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狂言風オペラ(14) 

「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァ伯爵は、憎めないところもありますが、本来は権力的なのです。
オペラの二幕では妻の不貞を疑い、小姓のケルビーノを殺してやる、とまで言います。四幕では人々が揃って

    お許しを!

と言っても聞く耳を持ちません。
自分は間違ったことはしない、と思っているのですが、所詮裸の王様。権力を持った人間の浅はかな姿をまざまざと見せます。
こういう俗物は古今東西を問わず、どこにでもいます。
狂言風オペラの「フィガロの結婚」でも、そのような人物を描こうと思いました。ただ、制約があります。文楽人形の

    

です。フォルスタフの人形を使う、と聞いていましたので、若干性根が変わります。原作よりも三枚目の要素を強くしようと考え、美男で和歌の名手在原業平の子孫でありながら、雅びの心のかけらもない人物ということにしました。
ただ、権力への警句はどこかに入れたいと思い、フィガロ(太郎)に「権力者はその力の半分を己の欲望のために使い、あとの半分は己の過ちを隠すために使う」と皮肉を言わせたりしてみました。
又三郎さんのアドリブもあって、その部分は爆笑があったようでした。

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狂言風オペラ(13) 

春の夜の闇はあやなくて、ラベンダーの香りを隠すことはできません。
人と人との心のすれ違いは闇も生じさせますが、それもまたあやなきものです。愛と赦しがあれば、どんな狂おしい1日も安らぎのうちに終わらせることができます。
けっしてキザなことを言っているつもりはありません。
狂言風オペラ「フィガロの結婚」は、そんな思いで書いたのです。
ロレンツォ・ダ・ポンテが書いた「フィガロの結婚」の台本のラストシーンに次のようにあります。

Ah tutti contenti
Saremo così.
Questo giorno di tormenti,
Di capricci e di follia,
In contenti e in allegria
Solo amor può terminar.

ああ、これで私たちは皆しあわせだ。
苦悩、気まぐれ、愚かさのこの1日を、
満足と歓喜のうちに終わらせるのは愛だけだ。

この、Solo amor(愛だけ)を、私は

    Amor e perdono(愛と赦し)

としてみたのです(イタリア語はわかりませんので、間違っているかもしれません)。
豊竹呂太夫さんの本を書くために、呂太夫さん邸でお話を伺っていたとき、呂太夫さんがしきりに「赦し」ということをおっしゃっていました。「酒屋」のお園も「紙屋内」のおさんも、自分を犠牲にしているのではなく、まして貞女などと言って片付けられるものではなく、半七を、三勝を、治兵衛を、小春を赦しているのだ、と。それも

    大きなヒント

になりました。
プログラムには、私は文を書かせてはいただけませんでしたが、もし書けと言われたらそんなことを綴っただろうと思います。

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狂言風オペラ(12) 

このお芝居は、ある春の1日のできごとを描いたものです。
フィナーレはもう夜。春の夜です。私はその場面を頭に描きながら「古今和歌集」の一首を思い浮かべました。

  春の夜の闇はあやなし
    梅の花
      色こそ見えね香(か)やは隠るる

よい香りのする花は、夜になると色は見えなくなりますが、香りは隠れようもありません。梅はそんな魅力のある花なのです。
原作にはないのですが、私はこの香りを芝居に生かしたくなりました。
そして、奥方の趣味がお香である、という設定にし、梅の香りとともに、もうひとつ、この話のテーマに関わる香りを使いたい、と悩みました。
江戸時代に、

    ラーヘンデル

という花が海外からもたらされました。ラーヘンデルとは、ラベンダーのことです。そして、ラベンダーの花言葉には「優美」「沈黙」「あなたを待っています」などに加えて

    赦し合う愛

というのがあることを知りました。これだ、と思いました。

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狂言風オペラ(11) 

次は3月22日のけいはんなホールでの公演。なんでも親子無料招待という企画があったらしく、親子連れが多かったそうです。チケットが売れなかったのかな?
しかし、内容は

    大人の笑い

を意図したものですし、やや言葉も難しかっただけに、子供さんたちにはどう映ったのか、気になるところでした。
この公演には、最初の顔合わせの時に手伝ってくださったK.T.さんが行ってくださったのです。
そして、いよいよ千穐楽。
3月23日にいずみホールでした。
お客さんはほんとうに来られるのだろうか、と心配でしたが、同僚の野崎小町さんがお母様とご一緒にいらしてくださいました。叔母夫妻、公開講座に来てくださっている方も何人か。
おっと、あそこに見えるすらっとしたいい男はやたけたの熊さんじゃありませんか。そして、着物姿もとてもお美しいあずまさん(熊さんとお親しい、だし巻きの夕べの常連さん)もいらしてくださいました。すれちがいにはなりましたが、まゆみこさんも、フェイスブック友だちの何人かの方も。
熊さんは「いやぁ、笑った、

    笑った」

と言ってくださいましたが、もしほんとうなら嬉しいです。
又三郎さんあたりがさらに強烈なアドリブを入れてくださったみたいです。
こうして、狂言風オペラ「フィガロの結婚」の1年目は幕を下ろしました。
少しだけでしたが、お手伝いした者としてもやはりいささかの満足感がありました。もちろん、反省点もいろいろありますので、それが何より大きな財産になりました。

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狂言風オペラ(10) 

実は脚本を書いてからそれが改定されたものになる過程では、ここには書けない思いが渦巻いていました。それが、昨年一連の記事を削除した理由だったのです。しかし、よく考えたら、素人の私が超一流の演者さんによって演じられる芝居の、1万も出してお客様が観てくださる芝居の脚本をそんなにすらすら鮮やかに書けるわけがありません。
それを思い知らされたという意味では

    いい経験

になったと思わなければバチがあたります。
私は11月の時点で事実上お役御免になりましたので、あとは公演の成功を祈るばかりでした。
そして、3月19日観世能楽堂。昼と夜の2回の公演がありました。びっくりしたのは目付柱がはずされていたことです。あんなことができるのですね。それによって確かに

    観やすく

なったと思います。
知り合いの方々も観に行ってくださいました。
私の脚本で想定していたよりはるかに多い笑いがあったようです。
アドリブもかなりあったみたいです。
娘も観に行ったのですが、こんなことを言っていました(身内の言葉ですから、話半分に聞いてください)。

「お客さん、めっちゃ笑ってた」
「わかりやすい」
「おもしろい」
「勘十郎さんが歌ってた(笑)」
「能も狂言も文楽もきちんと観たいと思った」

ボキャブラリーが乏しいです(笑)が、彼女は中学高校をずっと演劇部で通しましたので、興味は持ってくれたようです。

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