桐竹紋寿さん 

桐竹紋寿さんが亡くなりました。
昭和九年のお生まれですので、簑助師匠より一歳年少の82歳。
淡路島のご出身で、子どものころからスターだったそうです。
桐竹紋十郎師匠に入門されて、紋若から紋寿。
もちろん立ち役も遣われましたが、やはり印象に残るのは娘、老女形を中心とした女形でしょう。

『妹背山』のお三輪、『新版歌祭文』『染模様』のお染、『恋飛脚』の梅川、『廿四孝』のお種、『矢口渡』のお舟、『布引滝』の小まん、『壺坂』のお里、『一谷』の相模や藤の局、『菅原』の千代、『網島』のおさん、小春、『安達』の袖萩、立役では『忠臣蔵』の判官、勘平、『夏祭』の三婦、チャリものでも『朝顔話』の祐仙、『桂川』の儀兵衛、『恋娘』の丈八などで笑わせてくださいました。

思い出すお役が山ほどあります。

肺を病まれて、一昨年にいただいた年賀状だったと思うのですが、はこれからも舞台には立つが、脇で仕事をする、という意味のことをおっしゃっていました。
呼吸器の苦しさは私も知っていますので、重い人形を持つのはさぞかし大変だっただろうと思います。
紋寿さん、長らくありがとうございました。

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印刷所へ 

豊竹英太夫さん(4月からは呂太夫さん)の本は、今日の午後に印刷所に入ります。もうこうなると手が出せません。
一昨日、印刷所から白焼きが出て、もうその時点で著者の私は何もしないのが普通だと思うのですが、編集者さんから一緒にやりましょう、ということでまたまた参加しています。やはり気になるものです。
白焼きというのは以前なら「青焼き」と言われていたプロセスに当たり、昨今の

     CTP(Computer to Plate)

の印刷方式では白焼きになりました。これを確認して終わりなのです。
私の校正が頼りないので、編集者さんにはかなり迷惑をおかけし、いきおい印刷所さんにも白焼きまで来てまだ通常の校正のようなことをお願いせざるを得ません。
と同時に、きっちり印刷された

    チラシ

も届きました。以前このブログでも紹介したことがありますが、あれはいただいたデータをプリントアウトしたものだったものです。
仕事場でいくらか撒いて、あとは置いてくれるところがあればお願いしようと思っています。
今日の午前中まで、さらにチェックします。

追記
この記事を書いたあとで、桐竹紋寿さんの訃報に接しました。16日に亡くなったとうかがいました。
紋寿さんはゴスペル・イン・文楽のキリストの人形を遣われましたので、当然、本にも書かせていただきました。略歴欄には

桐竹紋寿(1934〜)

と書いていたのですが、

桐竹紋寿(1934〜2017)

と訂正せねばなりませんでした。
最後の訂正が、こういう形になり、悲しいです。

呂太夫チラシ表20170222
↑チラシ(表)

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関節炎 

フィギュアスケートの三原舞衣さんという選手が四大陸選手権で優勝しました。しかも堂々たる成績でした。ジャンプの安定感がすばらしく、まぐれではない実力を示したように感じます。まったくの素人の私が言っても説得力はありませんが。

三原さんは神戸のスケートクラブに所属している関西人。実は、私の長男の高校の教え子に当たります。長男はあまりテレビを観る方ではありませんが、なんだかテレビ前に陣取っているなと思ったらフィギュアスケート。つまり三原さんを一生懸命観ているのです。

とてもかわいい、といってもアイドルっぽいのではなくて、愛敬のある普通のお嬢さんという感じで、長男は自分のスマホに彼女の

    制服姿

の写真も入れています(アブナイ?)。

三原さんは原因のよくわからない関節炎で入院までしたことがあるようで、そこから世界のトップクラスに躍り出たことがちょっとしたシンデレラストーリーのようになっています。ガラスの靴ならぬスケートシューズを履いた彼女のますますの活躍を心から祈っています。

私が蜂窩織炎になってその後も困っているのが関節の痛みです。三原さんとは比べものになりませんが、関節の痛みというのがつらいこと、それを克服してその関節を最大限に使いながら競技を続ける意思の

    すさまじさ

だけはわかります。またそういう病歴を背負いながら、屈託のない笑顔で氷上に舞う姿を見ると、私などよりはるかに立派だと思います。

この記事を書いている時点でも、私の右手首はじゅうぶんに曲がりません。しかし三原さんの活躍は、高校生の女の子に負けているわけにはいかないぞ、と思わせてくれます。私もスマホに彼女の写真を入れとこうかな(さらにアブナイ?)。

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蜂の巣 


蜂に刺されたことは、三度は覚えています。
二度は子どもの頃で、ぼんやり外を見ていてなんと「あご」を刺されたことがあります。刺された私もバカですが、蜂もどういうつもりだったのでしょうか。足を刺されたことも微かな記憶にありますが、いずれも小学生だったと思います。
もう一度は大学院の頃で、なんと、シャツを着ようとしたらそこに蜂が紛れ込んでいて腕を刺されたのです。蜂にしてみればのんびり休んでいたら長いものがぐぐぐっと入ってきたわけですから、反射的に刺したのかも知れません。おそらく外に干していた時に入り込んだのでしょうが、きちんとアイロンをかけておけばそのときに気づいたのでしょうが、それを怠って皺のまま着ようとしたのが失敗でした。ずぼらな学生時代の生活を思い出します。
蜂に刺されると本当に痛いです。特にスズメバチなどになると痛いばかりか恐ろしくさえあります。スズメバチに巣を作られたら厄介で、取り除く専門の業者もあるのだそうですね。
蜂の巣は難しい字で

    「蜂窩」

とも書きます。訓みは「ほうか」。
皮膚の組織の深いところに炎症を起こすと、そのあたりが蜂の巣のように見えるのだそうで、この症状を蜂窩織炎というそうです。何もそんな難しい名前を付けなくてもいいのに、と思うのですが、そう思われませんか。第一いかにも痛そうな名前じゃないですか。また、漢字が難しくて、今は電子カルテだから勝手にパソコンが変換してくれます(してくれないものもあります)し、医者のパソコンソフトにはあらかじめ書き込まれているのかも知れませんから問題ないですが、紙のカルテだと国語の苦手だった医者などは「峰過識炎」なんて書いてしまわないでしょうか。まあ、わかりますけどね、それでも。
私の右手の炎症はどうもこの蜂窩織炎だったらしいのですが、不思議なことに血液検査をしても

     白血球

が増えておらず、医者もそれで首を傾げたのでした。
この病気、へたをすると38度以上の熱が出る場合もあるそうで、かなりつらいようです。私は右手の痛みだけだったのですが、それでもいいかげんつらかったです。
まだすっかりもとの通りというわけではないのですが、ほんとうに蜂窩織炎なのでしょうか。あるいは蜂に刺されて腫れたのでしょうか?

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2017年2月文楽東京公演千秋楽 

本日、文楽東京公演が千秋楽を迎えます。厳しい寒さの中、皆様お疲れさまでした。
この公演をもって三代豊竹英太夫の名は番付から消えます。四月の番付には「英太夫改め 豊竹呂太夫」と書かれることになるのでしょう。
その四月公演は

第一部(午前11時開演)
寿柱立万歳
菅原伝授手習鑑 (茶筅酒、喧嘩、訴訟桜丸切腹)
豊竹英太夫改め 六代豊竹呂太夫襲名披露 口上
菅原伝授手習鑑(寺入り、寺子屋)

第二部(午後4時開演)
楠昔噺 (碪拍子、徳太夫住家)
曾根崎心中 (生玉社前、天満屋、天神森)

とのことです。