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その後のニンニク 

二年続けてニンニクをプランターで育てています。
昨年の秋、ホームセンターで買ったのが2個入りのもので、それぞれに6つくらい種が入っています。しかしどうしても小さすぎるものや健康でないものが混じっていますので、それらは除いて、10個ほど植えたのです。
茎が出て、次々に葉が生長してきます。冬を越す間も寒風に吹き曝しにしておきます。今は1年で一番寒い時期ですが、それにもかかわらず葉は伸びてきます。最初の葉はだらりと垂れてしまい、水やりをしたときにそこに水がかかると水滴が残ってきれいな半球状の

    

になります。
今は9つ目の葉が見えています。若い葉は真上に伸びて元気そうです。
このあと、2月になったら肥料を与えることになっています。あとは虫に気をつけなければなりません。ニンニクはにおいがするから虫は寄り付かない、なんてことを書いてあるネット上の記事があるのですが、そんなことはありません。アブラムシの類がこの葉を好物にしているらしく、

    要注意

なのです。そして、花を咲かせようとして薹が立ってきますので、この花茎は除去して、あとは根が大きくなるのを待つばかり、ということになります。
今度ニンニクについて書くときは、さてどんな様子になっているでしょうか。

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2019文楽初春公演千秋楽 

本日、初春公演がめでたく千秋楽を迎えます
大阪での六代目竹本錣太夫さんの襲名はなかなか評判のよいものでした。錣さん、これからもどうか情の豊かな、また豪胆な浄瑠璃をお語りください。
二月東京公演は例によって三部構成です。

第一部(午前11時開演)
菅原伝授手習鑑(車曳、茶筅酒、喧嘩、訴訟、桜丸切腹)
第二部(午後2時15分開演)
新版歌祭文(野崎村)
竹本津駒太夫改め
六代目竹本錣太夫襲名披露狂言
傾城反魂香(土佐将監閑居)
第三部(午後6時開演)
傾城恋飛脚(新口村)
  鳴響安宅新関(勧進帳)

錣さんは引き続き襲名披露をなさいます。おそらく呂太夫さんも向上をお続けになるのでしょう。どうかつつがなく。

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『今昔物語集』を読もう 

学生時代、説話集をいろいろ読む機会がありました。梅沢本の無名の説話集、仮に『古本説話集』と名付けられたものを基本にして、そこからさまざまな説話に問題を広げていくようなゼミもありました。また、『富家語』『中外抄』など、説話集とは言ってしまうとちょっと違うものの説話的な内容を持つ作品も詠みましたが、これがもう難しいのなんの。今は注釈書も出ていますが、当時は何もなくて、手探りでした。
説話集には、『江談抄』とか平康頼(俊寛とともに鬼界が島に流されてかろうじて帰還した人物)が都に戻ってからまとめたという『宝物集』とか、『古事談』『発心集』『続古事談』『宇治拾遺物語』『撰集抄』『十訓抄』『古今著聞集』『沙石集』など古代中世に盛んに作られました。しかし、説話集の王者といえばやはり

    『今昔物語集』

でしょう。
分量が圧倒的で、中味もなかなか面白いのです。天竺(インド)震旦(古代中国)本朝(日本)の仏教説話や世俗説話を収めており、かぐや姫の話も入っています。
正直に申しますと、私は第1巻からすべてを通読した経験はありません。いつも、関心のある話、何かを調べるために必要な話をそのつど読むような読書の仕方できわめて

    いいかげんな

読者です。
今年の春、この作品を通して読んでみようか、と考えています。千話を超える膨大な分量ですから、簡単ではないと思うのですが、そう言っていると読まないままになりそうですので、頑張ってみようかと考えています。
あるテーマを念頭に置いていますので、一つ一つの話をじっくり読むのではなく、ざっと読み流す感じでもいいと思っています。


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授業は終わります 

今日実施する「児童国語」という科目をもって授業が終わります。
「児童国語」を担当しなさい、と言われたとき、はて、何をすればいいのか、と戸惑いました。
小学校の教員を目指す学生だけなら学習指導要領をきちんと読み、模擬授業をして、ということかと考えましたが、それは

    「国語科教育法」

という授業の範囲で、受講学生は幼稚園教諭や保育士を目指す者も多いのです。
悩みながら試行錯誤を繰り返して工夫を重ね、何とか務めを果たしました。学生には迷惑だったかもしれませんが。
実は、その工夫の過程で、最近私が力を入れている紙芝居を取り入れたのでした。
単に紙芝居を読むのではなく、紙芝居の教育的意義、歴史、技法などについてもかなり話しました。
今年度をもって

    お役御免

になるのですが、なかなか楽しい思い出になりました。
・・と、感傷に浸っている場合ではありません。まだ、一般の方対象の講座が2月いっぱいあります。これをゴールしなければなりません。

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世を宇治山と 

六歌仙と言われる歌人のうちの喜撰法師という人は『古今和歌集』「仮名序」に「ことばかすかにしてはじめ終はりたしかならず」と評されています。そのように評価できるということは、当時ある程度の歌が伝わっていたのかもしれませんが、その伝記もよく分かっておらず、歌といえばほぼあの有名な作品くらいしか分かっていません。
ところがその一首というのが有名になりすぎるくらい有名で、宇治という土地を特徴付けるような役割も果たしました。

  わか庵は都の辰巳しかぞすむ
     世を宇治山と人はいふなり


「しかぞ住む」という部分を「鹿ぞ住む」と解釈することがあったため、宇治山の絵が描かれる場合は鹿が景物にもなっています。北斎の『百人一首姥が絵解き』でもやはり鹿は欠かせません。実際は「そのように住んでいる」ということなので、動物の鹿は関係ないと思われますが。この歌は何と言っても下の句の「世を宇治山」に魔力があります。
宇治山の「う」に「憂」の意味が響き、憂い人が住むところというイメージが固定したのです。
源氏物語の八の宮も妻を失い、家を失って、この世のつらさを思い知って、ついには自身の山荘のあったこの地にやってきたのでした。そして彼は都にいる異母弟の冷泉院に

    あとたえて心すむとはなけれども
世を宇治山に宿をこそ借れ


という歌も詠み送ってもいます。もちろんこの歌の下の句には喜撰法師の歌が下敷きにされているのです。
別荘地でもあるのですが、ここで暮らすのはやはり何か特別な理由があるからでしょう。
京都の西の嵯峨のあたりも別荘地であると同時に隠棲する場でありました。光源氏も晩年は嵯峨で暮らしたことになっています。
宇治川の音を立てて流れる水も、別荘地として舟遊びをするならともかく、ここで暮らすと胸に響くものがあったようです。

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