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一遍上人絵伝 

僧・智真。
遊行上人とも一遍上人ともいわれる人。教信や空也といった先人を敬い、各地を放浪しながらい踊念仏を行ったことであまりにも有名。時宗の開祖で、13世紀すなわち鎌倉時代の僧侶です。
今、京都の国立博物館で「一遍聖絵と時宗の名宝」の特別展が行われています。
えらそうに書きましたが、私は一遍上人のことなどほとんど何も知らず、以前からもうちょっと勉強しないとな、と思っていたところです。というのは、私はしばしば絵画資料としてこの

    『一遍聖絵』

とも『一遍上人絵伝』(絹本著色)ともいわれる、鎌倉時代のj絵巻物を使わせてもらっているからです。
昔の人の生活を知るためには、さまざまな文献が残されていて、それを読むことはもちろん大切なのですが、百聞は一見に如かずで、絵画資料は一見してそのものを見せてくれるので極めて有益です。それで、暇なときはよく図書館に行って絵巻物の代表的なものを集めた『日本絵巻大成』をパラパラと眺めたりしています。すると、思いがけない絵が描かれているのを発見して面白いのです。

    青旅衣 木の根かやの根
    いづくにか 身の捨られぬところあるべき


旅衣を着てあちらこちらに行く私はいったいどこに身を捨てられないところなどあるだろうか。どこにだって捨てられるのだ。
これは一遍の歌で、たしかに各地を歩き回った彼らしい歌だと思います。
ちょっと体調がすぐれないのですが、いくらか歩けるようになったらぜひ博物館まで行きたいと思っています。そしてその前に図書館でもう少しこの絵巻について勉強しておこうと思っています。

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変な名前? 

『枕草子』「虫は」の段では、ハエのことを「愛敬なきもの」と言っていて、顔にとまられた時の不愉快さについて書いていました。実は清少納言はそのあとに「人の名につきたる、いとうとまし」という一文を書いています。人の名前に「蠅」という字が付いているなんて、まったくいやになる、というのです。実際、そんな名前があったのか、と思うのですが、古くは実際にあったことが『古事記』などにも残っています。そういえば私が昔書いた新作浄瑠璃の『斎宮暁白露』(文楽なにわ賞という、あっという間に終わった新作募集の受賞作でしたが、日の目は見ませんでした)という作品にも「蠅男」だったか「螻蛄男(けらお)」だったかの名前を使ったことがありました。
「螻蛄男」というと『堤中納言物語』の「虫めづる姫君」では虫をかわいがるという変わった姫君が童たちの名前として「けらを」「ひきまろ(ヒキガエルの男)」「いなかたち(不詳。蜻蛉のこととも)」「いなごまろ」「あまびこ(やすで。ムカデに似た虫)」などとつけたという話もあります。
最近はキラキラネーム全盛で、いつぞやは

    「王子様」

と名付けられた人が改名したというのがニュースになりました。もっとも、舞台美術家、エッセイストなどとして活躍されている妹尾河童さんは本名が「肇」だったのに、「河童」のほうが通りがよくなって、ついに正式に改名なさったのだとか。オーソドックスな名前をキラキラ(?)に変えた珍しい例かもしれませんね。
それはともかく、昔の人の名前には不思議なものもあります。「中大兄皇子」「大海人皇子」などもそうですが持統天皇の諱の「鸕野讚良(うののさらら)」もなかなかのものです。「さらら」ちゃん、なんて今どきはありそうですけどね。神話の時代になると「ひこほほでみ」とか「たぎしみみ」とか、ますます不思議感が増します。
平安時代の話なのですが、

    漢籍

から名前をとるというのは(元号も同じですが)珍しいことではありませんでした。紀貫之や紀有朋は『論語』の「一以貫之」「有朋自遠方来」からとられているようで、これはなかなか格式があっていいかもしれません(今の総理大臣は嫌いなんだろうな・・)。ところがその貫之は幼名が「あこくそ」だったと伝わっています。「くそ」はないでしょ、と思うのですが。
『源氏物語』「若紫」巻には童女の名前として

    犬君(いぬき)

が出てきます。これはニックネームのようなものなのかもしれませんが、そう呼ばれていたことは間違いありません。
平安時代の貴族女性の名前には「明子」「倫子」「彰子」など、昭和生まれの女性といっても不思議でない名前がありました。ただ、読み方は不明瞭なものが多く、それでも「明子」という人が「あきらけいこ」と読まれたらしいことは分かっています。やはりちょっと変わっていますね。

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虫は 

学生に聞きますと、「虫が苦手」という人がとても多いのです。看護師になる学生なんて、人体の解剖の見学にだって行くのです。「平泉中尊寺金色堂の藤原氏のミイラを見てみたいですか?」と聞いたら「ぜひ見たいです」という人も少なくありません。私なんてよほどそちらの方がご免こうむりたいのですが、学生はそういうのは怖くなくて、虫が怖いと言います。ゴキブリなんて最近は名前も呼んでもらえず「G」と略称されてしまいます。蛍も光はきれいだけど、手に取るなんて考えられない、とのことです。
いつぞやは図書館で学生が飛んできて

     「ム・・・虫が・・・」

というので、私が手に取って窓から放してやりました。飛んでくるのは学生じゃなくて虫の仕事だと思うのですが。
『枕草子』に「虫は」という段があります。鈴虫、松虫、きりぎりす(今のコオロギ)、ヒグラシ、蝶、蛍などはまあまあわかるのですが、
ミノムシについて「いとあはれなり」と言っています。親がみすぼらしい着物を着せて「秋風が吹くころに帰ってくるからな」といって逃げて行ったのも知らずに「ちちよ、ちちよ」と心細そうに鳴くのがなんとも「あはれ」だというのです。ヌカヅキムシ(コメツキムシ)も「また、あはれなり」だそうです。ちっぽけなくせに仏の道に進む心を起こすのか、額づいてまわっていることよ、思いがけず、暗いところでほとほとと音を立ててうろついているのは面白いこと」と言っています。学生は

    エーッ!

なんて言いながら読むのでしょうか。
ただ、ひとつだけ「これくらいかわいげのないものはない、にくらしいものというべきだ」として名前を挙げている虫があります。それはハエなのです。「そのハエが濡れたような足で顔にとまったときなんてもう・・・」とまで書いているのですが、これはいつの時代の人も同じ気持ちだったでしょう。こういうことまで書くのが『枕草子』のおもしろいところではあります。
今「いつの時代も」と書きましたが、そういえば最近、ハエって見なくなりましたね。

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1年分のシラバス 

授業の予定表というのを書かねばなりません。実は、一般の方対象の講座も、以前のような公開講座ではなく、文部科学省様のお墨付きの授業のひとつになっているのです。詳しいことは私にはわからないのですが、そうすることで補助が出るとかなんとか。
ただ、中味は依然と何も変わっておらず(笑)、『源氏物語』や『枕草子』を読んでいるだけです。いや、読んでいるだけ、というのは正しくなくて、私なりの個性を出したいですから、平安時代の

    史料を読む

という、ちょっとばかり面倒なこともしています。なにしろ漢文ばかりの古い文献を読みますので、果たして受講者の皆様がどのように受けてってくださっているのか、気になるところではあります。こういう史料を読む習慣が何となくではありますが身に沁みこんだのは、私の日本史の恩師である亡き山中裕先生に鍛えていただいたからです。先生には藤原道長の日記『御堂関白記』の注釈をする仕事に加えていただいたのですが、この日記を読むためにはどうしてもかなりの種類の史料を読まねばなりません。仲間の日本史専攻の人にとっては何でもないことでも、文学専攻の私は

    おろおろしながら

ついていくほかはなかったのでした。それでもいくらか身についたものを、講座の受講者の皆様にもご紹介しようと思っているのです。どういうわけか、この講座に、大学時代日本史を専攻されたいかにもインテリらしい女性(またすごい美人なのです)が来られていて、この方は時々おもしろいとおっしゃってくださいますので、それを力に頑張っています。
この講座もシラバスを書かねばならず、それも何と1年分! 来年の2月のこの日にはこういう内容の授業をします、って書かねばならないのです。もちろん実際はかなりいい加減で、去年のシラバスなんて結局書いたものの7割くらいしかできませんでした。
もうすこしアバウトな講義要項くらいでいいと思うのですが、それではダメなのだそうです。難しい資料を読むよりこちらのほうがよほど面倒です。

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久しぶりの声出し 

先日、久しぶりに大きめの声を出しました。1月の後半以来ですので、2か月半ぶりくらいです。私は自分で自分の声がわかりませんので、つい大きな声を出してしまいます。しばしば「もう少し小さめの声でお願いします」と言われるくらいなのです。
自分でもそれはわかっているのですが、しゃべっているうちに声の大きさがわからなくなり、小さくて聞こえなかったらまずいと思って、つい

    張り上げてしまう

のです。
先日も、どうも自分では大きすぎたのではないかと思うのです。
そのためか、3日連続で話をした後、体力を使い果たしたような感じになって、かなりぐったりしてしまいました。
その翌日は朝から横になりっぱなしで二度寝もした挙句に病院に行ったのです。動脈血内のヘモグロビンと酸素の結合の度合いを調べる簡単な検査をしたら、かなり状態が悪くて、歩くのもおっくう、

     「またかよ~」

という気になりました。ただ、少し薬を調節してしばらく様子を見ようという感じでしたので、仕事に差し支えるほどではなさそうです。ところが、翌朝、鍵が行方不明になり、病院に忘れてきたのではないかとちょっとした騒動。何のことはない、前日着ていた上着と違う上着のポケットを探していただけで、前日のよれよれの上着を見つけるときちんとポケットに収まっていました。どこか感覚が鈍っている(ボケている、ともいう?)のだろうと思うのです。
文楽4月公演も中盤になりました。実はまだまったく行っていないのです。劇場で「待ってました」と声を出す習慣はないのでどうってことはないのですが、なにしろあの劇場まで行くのがひと苦労です。
声の出しすぎに注意、です。

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