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容疑者 

一昨日、大阪府吹田市の交番に刃物を持った男が侵入し、警察官に切りつけ、拳銃を奪うという事件がありました。
この時期の午前5時過ぎということですから、もう外は明るくなっていたでしょう。私はいつも活動を始めている時間帯です。
警察は迅速に動いて容疑者は翌日の早朝に逮捕されましたが、なんとも悲惨な事件でした。
逮捕された早朝、私はまさに容疑者が乗っていた阪急電鉄の電車を使ったのです。そして、関大前駅に着いたときは、つい公衆電話を探してしまいました。容疑者が犯罪の下準備に使ったといわれる電話です。たしかにありました。彼はあそこにいたのか・・・。犯行のあったのは関大前駅の隣の千里山駅そばの交番。この駅に着いたときは被害にあった警官のことがあまりにも気の毒でになりました。容疑者はそのあと着替えを買うために、また北千里駅まで電車に乗ったのでしょうか。

    憎むべきは罪

で、その犯行に関してはあまりにもひどいものでしたが、その罪はどのようにして表に出たのか、やはりそれは気になります。
容疑者の心の中はわかりませんが、単に「狂っている」とか「異常」だとか、そんな言葉で片づけたくない思いを持っています。
異常な人間というのがいて、つまり一般人とは異なる人種がいて、それが罪を犯すのであって、一般人はそういう危険性はないのだ、などというのはどう考えてもおかしいのです。私もまた、いつそういう心境になるかわからない、という

    不安

を持たないわけではありません。
昨日まで普通であったはずの人が突然とんでもないことをする、なんて、珍しいことではないはずです。
興味本位ではなく、自分の心を照らし合わせるためにも、この容疑者の心の動きに関心があります。

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顔じゃない 

『源氏物語』に末摘花という女性が出てきます。
彼女は常陸宮のお嬢さんなのですが、父宮はすでに亡くなっていて、頼る人もなく侘しい生活を送っています。
十八歳の光源氏は前年に夕顔という魅力的な女性と死別して、またあのような人に出会えないものかと思っていた頃でしたので、噂を聞いて訪ねて行きます。
琴がうまいらしいのですが、
引っ込み思案で張り合いのない人です。あまり熱心になれないものの、共寝をするようになって、光源氏は彼女がどんな顔をしているのか見たいと思います。雪が積もった朝、雪明かりでその顔を見ようとして彼女を端近くに(簀子=縁側に)誘います。そして雪に照らされた姿は・・。
座高が高く、顔が大きく、痩せていて、何よりも奇妙なのがその鼻。長くて先が垂れたようになっていて、

    普賢菩薩の乗り物

のようでした。普賢菩薩は象に乗っているのです。光源氏は愕然としてしまいます。そして、何でこの赤鼻の女性と馴染んでしまったのだろう、という歌まで詠んでいます。
この場面を読むと、学生は光源氏に対して「やっぱり顔で選ぶの?」と不満げです。

平安時代に紀長谷雄という人がいました。この人の詩に「貧女吟」(『本朝文粋』所収)があります。
とても見目麗しい富裕な家の深窓の令嬢が、ある男と結婚するのですが、この男ときたら酒に博打にうつつを抜かして財産を食いつぶしてしまいます。やがて彼女の親が亡くなり、夫も離れて行き、彼女は侘しい晩年を送ることになるのです。紀長谷雄はこう言います。
「世のお嬢様がた、夫を選ぶときは

    心を見なさい。

ぱっと見だけで選んじゃダメですよ。また、娘を持つご両親も、この言葉を肝に銘じなさいよ」。
なるほど長谷雄のいうとおりです。正論です。そしてこれは世の女性のみならず、男性向けの金言でもあろうかと思います。しかし、こういうことを長谷雄が言わねばならないということは、いかにぱっと見だけで選ぶ人が多かったか、という現実の裏返しだとも言えそうです。
たかが皮一枚のことなのに、それだけで人を見てしまう恋人たち。『源氏物語』は人間の弱さをあますところなく描きます。

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美人の条件(2) 

では髪が長ければ美人だったのかというとそうでもなく、先述の末摘花という人は、髪はとても長くて美しいのです。彼女の抜けたけを集めて「かもじ」にすると立派なものになったのだそうです。ヘアドネーションにはうってつけの髪だったのでしょうね。しかし、色好みの光源氏は、彼女の髪に触れるだけで満足しておけばよかったのですが、雪明りの日に「少しこちらに出ていらっしゃい」と簀子(縁側)のほうに出てくるように呼びかけ、彼女が少しにじり出てきたときに雪に照らされたその顔を見てしまって愕然とするのです。
『今昔物語集』にはこんな話もあります。茨田重方(まんだのしげかた)という女好きの男が、初午(はつうま)の日に同僚と一緒に

    稲荷社

に参詣して中の社まで来たときに(この日はナンパ公認の日でした)なまめかしい感じの上品そうな女性がいたので早速声をかけると、彼女もさほど嫌がらないので「うちの嫁さんときたら猿みたいな顔で、どうしようもないのです。あんな女とは別れるのであなたと一緒になりたい」と言ったら思いきりバシッと叩かれます。実はこの女は重方の妻で、夫が浮気者と言われているのが信じられないので、ほんとうにそんな軽い男なのかを試してみたのでした。「この姿や声で私だとわからないなんて!」と言った彼女は、「どこへでも行っておしまい! 私のところに戻ってきたらあんたの足なんてへし折ってやる!」と大変な剣幕で猛攻撃するのです。いくら何でも明るいところで顔を見ればわかりそうですから、顔だけは隠していたのでしょう。それでも上品そうな雰囲気だけで声をかけたのですから、どこまで顔だけを問題にしていたのか、という疑問も湧きます。さて、彼女が正体を現して「猿みたいな顔」を見せた時、重方はどんな顔をしたのでしょうか。
さて、

    美人の条件

なのですが、あごがふっくらしている(細くとがっていない)とか、髪の下がり端(さがりは。肩のあたりで切った髪の下がった端の部分)が美しいのがいいとか、腫れぼったい目はあまりよくなくて切れ長の方がよかったとか、色は白くて肌はきめ細やかなのがいいとか、細すぎてはいけなくて、むしろぼっちゃりした方がいいとか、そういうのは何となくわかるのですが、こう並べてみても私などはあまり明確なイメージが湧きません。室内のあまり明るくない時代で、しかも貴族の女性は多くの場合室内にいますから、物腰とか教養とか、そういうことも条件なのだろうな、と思います。

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美人の条件(1) 

学生に『源氏物語絵巻』などを見せますと、「昔の人の顔は目が細くて切れ長で、おでこが広くておちょぼ口で・・・。みんなあんな顔だったのですか?」と言います。「もちろんそんなことがあるはずはなく、今でも少女漫画などでは顔の半分くらいありそうな目とか穴のないとがった鼻とかけっこうワンパターンじゃないですか」と答えるようにしています。しかし彼女たちは引き下がりません。「では、どういう顔が美人とされたのですか?」とたたみかけて来ます。
以前もこのブログで書いたように思うのですが、

    『新猿楽記』

という奇書ともいうべき本の中に不美人の描写があります。右衛門尉なる人物の十三女について、これでもかというほどひどい描写でその醜女(しこめ)ぶりを描写するのです。いや、彼女は醜いだけでなく性格も頑固で宮仕えなどできそうにないのですけれども・・・。
さて、その風貌は、髪はバラバラ、、額は狭い、歯が出ていて、顎が長くて、頬が高く、鼻は曲がっていて、鳩胸で、蛙のような腹で、首は短く、足も手のひらも巨大で・・・。これ以上書くとこのブログが炎上するんじゃないかと思うくらいです。でもこれ、私が言っているのではありませんからね(笑)。
一方、右衛門尉の十二女はこの上ない美人で、数多くの男から求愛されています。この女性については、「翡翠のかんざしが髪によく似合って、あでやかな化粧の様子は落ち着いた感じだ。蓮の花のようなまぶたをくるりとめぐらしてひとたび微笑むと、かぎりなく愛敬にあふれて・・・」とあって、化粧がどうのこうのとかにっこり笑うとかいうことばかりで、顔のパーツについてはあまり具体的な描写はありません。
『源氏物語』で不美人というと、

    末摘花

という人ですが、この人も、座高が高くて、顔色は青白く、額は出っ張り、痩せていて、極めつけは鼻が長くてその先が赤く、まるで「普賢菩薩(ふげんぼさつ)の乗り物」のようだ、とまで言われます。普賢菩薩はいつも象に乗っていますから、鼻がそれほどに長いと言っているわけです。
その一方、美女たちについては「きよら」とか「をかし」とか、漠然と言われることが多いのです。よく言われるのは髪の長さ、美しさで、平安時代の藤原芳子(宣耀殿女御)という人はあまりにも髪が長くて、からだは牛車に乗っているのに、青の髪の毛の先はまだ建物の母屋の柱のところにあった、とまで言われます(『大鏡』)。・・・以下明日に続く。

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衣冠より始めて 

このところ、講座で読み続けている『九条殿遺誡』は、戒めの言葉が多く載っていますので、生き方の参考になることが多いのです。私のように常識や理性に乏しい者にとっては耳の痛いこともいろいろ書かれています。
しかし、九条殿こと藤原師輔がこういうことを言い残さねばならなかったということは、当時の人々もあまり守れていないことだからこそではないでしょうか。誰もが守る簡単なことならわざわざ書き残すことはありません。歩くときは片足ずつ前に出しなさいとか、まばたきは必ずしなさいとか、そんなことは書いていません。「ついついやってしまう」という過誤に対して訓ずるものなのです。師輔は「始自衣冠及于車馬、随有用之(衣冠より始めて車馬に及ぶまで有るに随ひて用ゐよ)」と言っています。当時の正式な装束の衣冠をはじめとして、牛車や馬に至るまで、

    あるものを使いなさい

というのです。つまりむやみに美麗であることにこだわって贅沢をするなということです。
「過差」ということばがあります。「過」は文字通り「過ぎること、超えること」で「差」は「等級」「階級」などの「しな」です。すなわち「過差」とは「分不相応であること」「分不相応なぜいたく」を意味します。
とかく人は新しいものを欲し、古くなったものは

    邪魔もの扱い

をします。当時は原則的にアクセサリーを着けませんので、装束を派手にしたり、立派な車や馬、牛などを使って他人と競うようになったのです。男性貴族は、身分によって限度はあるものの、下襲(したがさね)の裾(きよ)という平たいシッポのようなものを長々と後ろに伸ばす装束を好み、またそれを派手な文様で作って美をアピールしたのです。女性たちの装束も季節に合わせた色とりどりのものを身に着けて、織物などかなり派手になりました。それを戒める法令まで繰り返し出るのですが、当の貴族が守らないのですからどうしようもありません。師輔の子である伊尹という人は「過差ことのほかに好ませたまひて」(『大鏡』「伊尹」)という人だったらしく、そのためか、伊尹が天寿を全うできなかったのは「九条殿の御遺言をたがへさせおはしましつるけとぞ人申しける(父上の九条殿のご遺言を守られなかったためだと人は噂したのであった)」(『大鏡』「伊尹」)」とも言われています。
私は、新しいものを手に入れる余裕がありませんので、パソコンは中古(しかも自腹では買っていない)ですし、かばんも骨董品、本は自前のものは少ないですし、今は車も持っていませんし、靴もボロボロになるまで履き続けて、仕事場では安物のスリッパを用意して靴の減りを最低限にしています(笑)。
学生からは「どうしてトイレスリッパを履いているのですか?」と言われます。
藤原師輔に褒めてもらえるかもしれません。いや、案外「そこまでしろとはいっていないぞ」と叱られるかも(笑)。

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