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2019年9月文楽東京公演千秋楽 

本日、文楽東京公演が千秋楽を迎えます。
主に千葉県を襲って甚大な被害をもたらした台風がありましたが、文楽はつつがなく千秋楽を迎えて何よりでございます。
噂では、かつてほどチケットが取りにくくはないとのことで、特に夜の部は空席も目立つと聞きます。
企画制作の問題もあるのか、気になるところです。
今度は東京で

    菅原伝授手習鑑

の年間通しをやります!・・とでもいうことになるのでしょうか。
このあとは、一部の方はアメリカで原作版の

    曽根崎心中

の上演があるとかで、他の方は地方公演その他のお仕事でしょう。
なにとぞご健康に留意されつつ、頑張ってください。
さて、そのあとは十一月の錦秋公演。秋も深まる頃ですね。

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曼珠沙華 

世にも不思議な姿の花。秋の彼岸になると咲く花。
彼岸花とも曼珠沙華とも言いますが、どちらの名前も仏教的なもので、この時期ならではのものです。
サンスクリット語で

    manjusaka

というのだそうで、それを日本風に読んで曼珠沙華。
何を言おうとしてあんな姿を見せるのか、花に尋ねてみたいものです。
今年も咲いているかなと思って、近くを歩いているのですが、昨年見かけたあたりには見られず、まだ出会っていません。
今年の夏の

    上がったり下がったり

した気温の変化についていけずに季節を見定めかねているのかな、と思ったり、いや、たまたまなのかな、と思ったり。
地獄花とか幽霊花などの別名もあるそうで、不吉さを感じ取る人も多いようです。
義理堅く、彼岸の中日に咲くのかな、と期待しています。

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竹本錣太夫 

竹本津駒太夫さんが六代目竹本錣太夫を襲名されるそうです。
おめでとうございます。

先代、つまり五代目錣太夫(1876〜1940)は江戸っ子で、本名井上市太郎。芝の金杉の出身だったそうで、私の親が長らく住んでいたところとは目と鼻の先です。幼くして義太夫節の稽古を始め、豊竹岡太夫に入門して小政太夫、さらに竹本識太夫門下となって識子太夫から錣太夫。1897年に大阪に来て大隅太夫門下から伊達太夫門下。主に彦六系に出たあと、1914年から文楽へ。
実際に語りを聴かれた吉永孝雄さんによると、時雨炬燵の伝海坊や雷門のどじょうなどのチャリにおもしろさがあり、端場の名人だったそうです。
艶ものの味があり、妹背山の山の段では

    雛鳥

を語られたそうで、津駒太夫さんとは重なる部分もありそうです。
この襲名は寛治師匠のお勧めがあったのでしょうか。そのあたりはもう少し先にわかるでしょうね。
津駒太夫さんは広島県出身。四代津太夫門下になって、新派に行かれた伊志井寛さんがかつて名乗っていらした津駒太夫としてデビュー、一時は掛け合いで姫などを語っていらっしゃいましたが、どうも私は違うように思っていました。
むしろ本格的な時代物か、時代世話が合うのではないか、と感じていました。
最近は切り場に相当する場を語るようになられ、咲、呂に次ぐ位置にいらっしゃいます。
竹本姓では一番上ですよね。
この襲名で、

    切語り

となっても何の問題もないと思います。
寿命が伸びているとはいえ、津駒さんも70歳を過ぎられました。
いろいろご意見もあるでしょうが、呂太夫さん、錣さんは早いうちに切語りになっていただきたいと願っています。
津駒さんとはもう30年くらい前に言葉を交わすようになり、温かいお人柄なのでずっと応援してきました。
これからもますますお元気でご活躍いただきたいと心からお祈り申し上げております。

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韓国を嫌う高齢者たち 

先日、朝日新聞の世論調査が記事になっていて、その中に「韓国が好きですか。嫌いですか。特にどちらでもないですか」という項目がありました。
その結果は
「好き」13%
「嫌い」29%
「どちらでもない」56%
でした。
この結果をどのように読めばいいのか悩むところです。嫌いな人が好きな人の2倍以上もいる、ともいえますし、嫌いという人は3人に1人もいない、ともいえます。
年齢別の結果も出ていました。若い世代は

    「好き」という人

が多く、18歳~29歳では「好き」が23%で「嫌い」は「13%」ところが世代が上がるにつれて「嫌い」という人が増えていきます。70歳以上に至っては「好き」は7%で「嫌い」は41%にのぼります。
私は若い世代の人との付き合いがほとんどですので、韓国が嫌いという声はめったに聴きません。留学生が来ると喜んで話をしていますし、韓国語を習ったり旅行に行ったりもしています。それよりも何よりも、韓国の音楽が好き、ドラマが好き、役者さんが好きなど、

    文化面で

韓国を愛する人が多いのです。これは誠に健全な感じがします。
私はあいにく音楽もドラマもわかりませんが、韓国語は少しだけかじったことがあり、「アンニョンハセヨ」レベルではありますが、文字も少しは読めます。
国民性はやはり違いますが、それはどの国でも同じことでしょうから気になったことはありません。
それにしても、「嫌い」という人がそう多いわけでもないのに、「嫌韓」の本を出したり雑誌で特集したりすると「売れる」というのも妙な感じです。「嫌い」という人の間で売れればそれでよいのかもしれませんが、実際は嫌っている人が多いわけでもないのに「韓国はひどい国だ」といわんばかりにメディアがあおるのはまったくばかげているとしか思えません。
それにしても高齢者のみなさん、何の恨みがあるのでしょうか。

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久しぶりの福島 

福島と言っても、大阪市福島区のことです。長らく通っていた病院があるのですが、このところ、ご無沙汰しています。でも必要があって、5年ぶりに(!)行ってきました。ここはすぐそばに「逆櫓の松」の遺跡があって、実際、樋口兼光が物見をしようとして登ったらポキッと折れそうなひょろりとした松が植えてあります。町中の狭いスペースですので、大木だと迷惑になるかもしれませんが。またその前はかつての蜆川で、浄正橋が架かっていたところです。
病院は建て替えされたために要領が分からず、一から教わりながらなんとか診察室にたどり着きました。今は

     電子カルテ

が普通になりましたが、主治医は以前からパソコンが、というよりキーボードが苦手な人で、今なお人差し指一本でカルテを書いていました。聴力検査をするところには言語聴覚士さんがいるのですが、以前と同じ人で、「おひさしぶり」という感じでにこにこしながら対応してくれました。この人は以前私が出たテレビにも一緒に映ったことがありましたので、それでよく覚えてくれているのだと思います。
用件は済んだのですが、このあと事務の人がうまく対応してくれなくて、とてもひまがかかりました。こういう障害はなかなか分かってもらえないのです。私は普通にしゃべっていますので、あちらも話は普通に通ずるのだと思ってしまうのですね。いくら言っても理解してもらえないことがあります。
帰り道は、新福島駅からJRに乗ればいいのですが、久しぶりですし、交通費も安いので(笑)阪急の梅田まで歩きました。その道は、かつての蜆川に沿った道で私は何度歩いたことかわかりません。

     梅田橋

跡から矢頭長助、右衛門七親子の墓や『五大力恋緘』『盟三五大切』『国言詢音頭』でおなじみの「五大力の碑」のある浄祐寺を経てきんつばやのある出入橋、さらには南詰に石碑の残る(斜めになって倒れそうでした)

    桜橋跡

から曽根崎新地へ。
梅、桜といえばもうひとつ松があるわけですが、松を表す

    緑橋

はもう何も目印になるものが残っていません。
このブログにもそのあたりを歩いた記事は書いたことがあります。
梅田に着いたころには「今日は何の用でこんなところに来たんだっけ?」という感じになっていました。

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