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代役、豊竹希太夫 

文楽東京公演で『妹背山婦女庭訓』の通しが出ています。なんでも、初日から三日間、豊竹呂太夫さんが珍しく休演なさったそうで、この三日だけはお弟子さんの豊竹希太夫さんが代役を務められたのだとか。
場は「金殿」。これは大変な場です。この十年ばかりの記録を見ると、嶋師、咲師、津駒さんらの持ち場で、咲さん休演の時に英(呂)さん、咲甫(織)さんらが代役を務めています。
鱶七(金輪五郎)の豪快さ、お三輪のあわれなど変化に富んで、聴きどころ見どころのある場ですから、相当な力量が要求されるところでしょう。
さて、その場をいきなり語れと言われた

    希さんの心中

はどんなものだったでしょうか。
代役は、本来の太夫と同等の力量の人が語ることもあれば、弟子などかなり下の人が語ることもあります。咲太夫さんの代役に咲甫さんが立てられたのはやはり弟子筋ということになるでしょう。これまでにも越路師の代わりに嶋師、住師のかわりに文字久(藤)さんなどの例があったことを思い出します。
以前、十代目若太夫師のことを調べていた時に、若太夫、当時の七代嶋太夫が竹本源太夫師(九代源太夫の祖父)の代役で「殿中刃傷」を語って評価された話を読んだことがあります。時に二十九歳だったそうです。こういう話は昔の芸談などにしばしばみられるもので、代役はステップアップのきっかけにもなるのでとてもいい経験になるようです。
その一方、あまりにも分不相応な重荷になるともいえますから、その点では苦痛も半端なものではないでしょう。
分不相応というのではありませんが、タイプの違う代役をしたことが命を縮めたのではないかと言われるのが

     三代目竹本春子太夫師

の例です。昭和四十四年二月、国立劇場でのことですが、八代目竹本綱太夫師の代役で春子師は『妹背山』「山の段」の大判事を語ることになって、連日のように二代目野澤喜左衛門師からダメ出しが出たため相当苦労なさったとのことでした。そしてその次の大阪朝日坐の公演で春子太夫師は心筋梗塞を起こされて、再起されることなく亡くなったのでした。
また、英太夫時代の今の呂太夫さんが九代目源太夫師の代役で『源平布引瀧』「実盛物語」を語られたときは源師の襲名披露公演でありながら、当の源師が手術後のために出演しないという事態になり、英太夫さんは「ずっと重い荷物を持っているようなしんどさ」があったと語ってくださいました。
さて、このたびの公演は通しですから、上の人たちはそれぞれに大きな場を持っています。呂太夫さんの代役にふさわしい人となると(少し後輩の人が代わることも多いので)千歳さんや呂勢さんもいらっしゃいますが、「山の段」で死力を尽くしていらっしゃるだけに無理をいうわけにはいかないでしょう。
というわけで希太夫さんです。なんだかんだと言っても希さんももう15年選手で、40歳を過ぎられました。「金殿」は希さんのニンとは違うようにも感じますが、呂太夫さんの一番弟子としては言われたら引き受けないわけにはいかないでしょう。三日間だけの代役であったとはいえ、相当のプレッシャーだったこととお察しします。あまりにも役が重すぎて、つぶされそうになったかもしれません。評判も上々というわけにはいかなかったように漏れ聞いています。
しかし、この体験は生涯忘れることのないものになるはずで、希さんがひと回り大きな太夫になることができるなら、その日に不満を持たれたお客様がいらしても赦してあげてほしいと願わないではいられません。そして、希さんはけっして落ち込んだりしないで、ますます精進なさってご自身のニンに合った語りの道に進んでいただきたいと思うのです。お疲れさまでした。

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2019年5月文楽東京公演初日 

本日、東京国立劇場で文楽5月公演が初日を迎えます。
この公演は『妹背山婦女庭訓』の通しで、大序の「大内」に始まって「小松原」「蝦夷子館」、二段目の「猿沢の池」「鹿殺し」「掛乞」「万歳」「芝六忠義」、三段目の「太宰館」「妹山背山」、四段目の「杉酒屋」「道行恋苧環」「鱶七上使」「姫戻り」「金殿」という内容です。なかなか素晴らしい本格的通しで、今、これ以上を望むのは難しいのではないでしょうか。
しかし、これだけのことをするのに、切語りは一人しかいない。寂しい限りです。

それにしても、本格的な通し上演は

    東京でしかできない

のでしょうか? 意味が今ひとつわかりません。
チケット料金ですが、一等7300円・・。東京はどうしても高くなります。

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2019年文楽4月公演千秋楽 

春の文楽も本日が千秋楽です。
『仮名手本忠臣蔵』は何といっても名作です。このたびは「力弥使者」が上演されたのがよかったと思います。文楽劇場では初めてだと聞きましたが、それなら、私はいつどこで見たのでしょうか(笑)。
またこの公演では

    豊竹藤太夫 さん

が改名後の初舞台でした。藤太夫さんももう60代半ばです。切語りになってもなんらおかしくない年齢なのです。今はなかなかそうはいかないようで、ファンからも、「あの人はダメ」「まだまだ」という声が聞こえてきます。しかし私は切語りはきちんと4人は揃えていただきたいと思っています。今は咲さんおひとりですが、あの人とあの人とあの人は十分資格があると思っています。もちろん呂、津駒、千歳です。
欠点を言い出したら切がありません。そうではなくて、今の文楽で時代物を通しで上演する場合、序切は誰、二の切は誰、三の切は誰、四の切は誰、と言えるようにしておかないと格好がつかないと思っています。こういうことを言うと大抵「甘い!」と一蹴されるのですが、文楽をつぶさないためにも必要なことだと思えて仕方がありません。
さて、このあとは東京で、なんと『妹背山婦女庭訓』の通し! すごいなぁ、東京は。

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第45回だしまきの夕べ 

昨日、恒例のだしまきの夕べがおこなわれたそうです。「そうです」なんて、まことに他人ごとのような言い方ですが、私は今回も体調不良で参加できませんでした。なにしろ、文楽劇場どころか、大阪にもフェルメール展以後足を向けられないでいますので。
また、いつもここに議事録を描いてくださるやたけたの熊さんも病欠だったそうで、今回は議事録無しになりそうです。
どなたか書いてくださるといいのですが、このブログもあまり読まれなくなっている状況で・・・。
多分、くみさんご推奨の居酒屋さんでおこなわれたと思うのですが、私、まだここに行ったことがありません。
どんなお話があったのか、気になるところですが。

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2019年4月文楽公演 

本日文楽4月公演が初日を迎えます。
この公演で竹本文字久太夫さんが豊竹藤太夫と改名されます。読み方は「とよたけ とうだゆう」だそうで、ご先祖のお名前に由来することは以前ここにも書きました。今の時代、竹本と名乗るか豊竹かで芸風が変わるということはありませんが、なんとなく豊竹のほうが華やぎがあるような気もします。藤太夫という名には豊竹が映るのではないでしょうか。藤の花の豊満なようすがうかがえるようです。
藤太夫さんは体の大きな方ですが、肩で風を切って歩くような方かと言いますとそうではなく、とても

    繊細で礼儀正しく謙虚な

お人柄です。住夫師匠のごひいきのお客様がいらっしゃる時など、よく客席まで出てご挨拶などなさっていました。
私のことなどご存じないと思っていたのですが、あるとき用があって楽屋口にいましたらたまたま出ていらっしゃった当時の文字久さんが大きなお体を折りたたむようにしてご挨拶してくださったことがあってびっくりしました。
この誠実なお人柄ゆえに先輩の方々からも大事にされていらっしゃるようにお見受けしています。
藤太夫さんにますますの輝きが出ますように。
さて、四月公演の演目ですが、まあなんというか、わかりにくい番組です。

第一部が『仮名手本忠臣蔵』の大序から四段目まで。
第二部は『祇園祭礼信仰記』「金閣寺」「爪先鼠」と『近頃河原の達引』「四条河原」「堀川猿回し」

『忠臣蔵』を一度に上演しないのは「時間がない」「太夫がいない」という理由から、ともいわれますが、ほんとうでしょうか? 朝は10時ころから初めて、二段目あたりまでは日替わりで目いっぱい若手を抜擢すれば5月東京の『妹背山婦女庭訓』の通しが実施できるように、不可能ではないと思えてなりません。できないのではなく、「分割通し」なるものが可能なのかを実験することが目的になっているのではないでしょうか。そうとでも割り切らないと、とても観に行く気になれません。いや、割り切っても、あまり行く気にはなれません。かえって忠臣蔵の魅力を失わせることになるのではないか、と危惧しないではいられないのです。