鳥肌が 

野田首相が9月の大相撲千秋楽の白鳳・日馬富士の一番を見て「鳥肌が立った」と言ったそうです。するとその夜、東京の副知事さんだったと思うのですが、「間違った使い方だ」とTwitterで批判していました。
たしかに、この言葉は「怖くて(あるいは寒くて)ぞっとする」という意味です。
総理大臣ともあろうものがけしからんと。
まったくそのとおりではありますが、いま、若い世代では「ぞっとするくらい感激した」の意味で使われるのがむしろ普通です。学生が感激の意味で使った場合、私ならどうするかな、と考えたのです。おそらく目くじらは立てないだろうと思います。
野田さんについても私はあまり文句は言いません。
美しい日本語などひとつも知らない人が大阪の市長をしていますから、野田さんなどまだきれいな方です(比較の対象が間違っている?)。
それに、恐怖を感じるのとぞくぞくするのとは感覚的に近いので、こういう

    「鳥肌」

の用法は今後ますます定着していくと思います。

先日、源氏物語の授業でこんな体験をしました。
その日読んだのは光源氏と女三宮の結婚の場面でした。
ついでに、当時の結婚や離婚の話もしたのです。ところが、話し終わってもまだ時間がありました。そこで、思い付きで

    伊勢物語

の24段の話をしました。

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The Graduate 

一昨日、コンテナで野菜を作るということを書きましたが、何を作るかという思案の中でローズメリーやセージなどのハーブも考えていたのでした。
で、思い出したのが ♪ Parsley, Sage, Rosemary,& Thyme
という、サイモンとガーファンクルが歌った古曲、

    スカボロフェア (スカボローの市)

だったのです。
あの歌をはじめて聴いたとき、パセリは知っていましたが、そのほかは何のことかわからず、ローズマリーというと「ローズマリーの赤ちゃん Rosemary's Baby」を思い出しましたし、タイム=Timeかと思ったほどです。、まして、あの歌が古いものでスカボローがイギリスの町だとは知りませんでした。パセリ・・・の歌詞は、Wikipediaを見ると、これら4種のハーブは「二人の間の苦味を取り除く温和さ、互いの隔たった時間を辛抱強く待つ強さ、孤独の間彼を待つ貞節、出来ない仕事を果たす矛盾した度胸を具えた真の恋人、そして彼女がそれらをできた時に彼の元に戻ってくること」を象徴的に意味するのだそうです。

それにしてもマイク・ニコルズ監督の

    「卒業 The Graduate」

は、何度も観た映画です(一昨年の今頃、やはりこの映画に関する記事を書いています)。1967年制作の映画だそうで、私はリバイバル上映で観ました。45年前の映画ですから、ダスティン・ホフマンはもう74歳なのですね。ロビンソン夫人のアン・バンクロフトは実はダスティン・ホフマンとは6つしか歳が違わないのだそうで、「卒業」の時はまだ36歳だったそうです。今のペネロペ・クルスより若かったんだ。

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相撲の勉強 

とにかくすることがありませんので、このところずっと平安時代の史料と首っ引きでした。
いわゆる

    相撲節会

に関する史料を読んでいました。
江戸時代の大相撲とは違って、内裏で催される儀式です。平安時代にも神社に奉納される相撲はありましたが、節儀としていちおう恒例になっている(実施されないことも間々ある)のは内裏での催しでした。
当時の横綱あるいは大関に当たるのは

    最手(ほて)

といわれて、名誉職的な面もあったようです。

「花筏」という落語は上方にも江戸にもありますが、例によって私は上方専門で。提灯屋の徳さんが大関花筏の身代わりを頼まれます。花筏が病気で相撲が取れず、かといっていないと興行的に持たない。そこで体格の良い徳さんに、白羽の矢が立ち、土俵入りの真似事だけしてくれたら飲み食いはいくらでも出来るし、日当もたっぷり出す、と言われて、徳さんはついその気になってしまいます。
ところがいろいろあって素人力士の千鳥が浜と対戦する羽目になります。徳さんは怖くてたまりませんが、病気ということになっていますので、あっさり負けてもかまわんといわれます。一方千鳥が浜は父親に「素人が調子に乗るな、殺されるぞ」と叱られて、「相撲はとりません、見に行くだけは赦してください」と言います。
当日、名前を呼び上げられて、千鳥が浜はうっかり我を忘れて土俵の上へ。徳さんも千鳥が浜の体格を見てやっぱり怖くなって、ふたりともこわごわにらみ合い、徳さん、殺される、と思ってつい「だなんまいだ」とお念仏。それを聞いた千鳥が浜は「これは俺を殺す気だ。それで念仏を唱えている」と勘違い。こっちもまた「なんまいだ」。ついに立ち合い。徳さんでたらめに両手を前に出してわざと転がろうとすると、それが見事に千鳥が浜に命中して千鳥が浜がゴロッ。お客さんは大喜び。「花筏の張りはすごいなぁ。花筏は張るのがうまい」。それもそのはず、徳さんは提灯屋でございます。

オチはいまひとつですが、こんなお話です。
大関花筏は名誉職ではありません。しかし、病気になっても「せめて土俵入りだけでも」といわれるうところが看板力士のつらいところです。
一方、平安時代の最手は、本来は一番強く、この人の勝ち負けで左方と右方(当時は東西ではなく左右です)の勝敗がが決まったのです。ところが徐々に名誉職的になって行って、老齢の人もあり、相撲は取らなくなっていきました。

それにしても、「花筏」でいう、「殺される」なんて大げさて、今ではちょっと考えられません。そこがまた面白いところですね。
平安時代の相撲の節でもそんなことはまずありません。ところが、大昔はけっこう命が失われたらしいのです。

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学生時代を大切に 

少年は老いやすいのです。
20代の終わり頃、ある学会の懇親会で、20歳頃の私をご存じのベテラン教授から「君も紅顔の美少年だったよな」(笑)と言われました。私が発表者だったので、スーツにネクタイ。いっちょ前の格好をしていたから余計に昔を思い出されたのだと思います。まだ過去形で言われたくない、と憤然としましたが(笑)、美少年には程遠かったので反論はしませんでした。
学生時代はのんきでしたから、指導教授にはずいぶん歯痒い思いをさせてしまいました。もっとできることがあるだろう、という目で何度も見られました。
今はそれがよくわかります。
私は眠たがりなので、学生時代もたいてい

    11時

を過ぎたら寝るようにしていました。雀荘や当時「走り」だったゲームセンターで深夜を過ごし、いかにも

  青春を謳歌している

といった友人も少なくありませんでした。彼らから見ても私はずいぶん子供だったのだろうと思います。
ただ、昼間の活動はできるだけ活発にするようにして、大学にもせっせと通いましたが、それ以外にも、文楽、能、コンサート(主にクラシック)、美術館、時には歌舞伎にも行きました。絵なんてまったくわかりませんし、特に興味があったわけでもなかったのですが、興味のないものこそ観ておこうと思って出かけていきました。
本もとにかく多種多様。あれほど嫌いで苦手だった数学や物理学の本、もちろん新書版程度の簡単なものでしたが、そういう本も学生時代にあれこれ読んだものでした。同じく苦手だった語学も韓国語などをかじる程度に独学したり。でも、もう物理学も数学もさっぱりわかりませんし、韓国語はモノになりませんでした。それでもあの時専門の勉強以外のことにいくらかでも関心を持っておいてよかったとは思っています。

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卒業を前に 

毎年、年度内の仕事が終わるのは世間の皆さんと同様3月後半でした。
しかし、今年からは閑職(窓際とも言う)なので一気に2,3月の仕事がなくなりました。
先日はかろうじて関係のあった(少しだけ専門科目を担当した)学生の卒業論文の発表会があったようです。残念ながら人気のない(笑)私は、学生が集まることなく、ゼミ学生はゼロ。よって卒論指導も去年が最後だったのです。
よって、

    後期の成績

さえ出せばもう何もないのです。
加えて、昨日私の地元の

    高齢者大学

で毎年一度だけうかがっている講座を終えることができました。
これをもって平成23年度の仕事はほぼ終わたことになります。メチャクチャひま!

かろうじて残っている行事というと、3月に、知っている学生が卒業するのを見送るだけです。
最後の学生ですが、特に親しくしたのは2人かな。
ひとりは福祉、ひとりは看護の学生さんで、お世話をしたのではなく、こちらがお世話になったのです。
昨日の高齢者大学にも、このうち一人の学生さんが来てくれました。
というのは、この講座は平安時代の歴史や文学ではなく、文楽に関する話を求められているからです。
こうなるとお話は半分で、あとはやはり文楽人形をご覧いただくことになるわけです。

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