26年もひと昔 

台風18号が去りました。
この台風がまだ東シナ海にあったころに、予想進路が新聞などに出ていました。
それを見ているうちに、今から26年前のことを思い出しました。
私は

    広島市佐伯区

のアパートで1人で生活していました。佐伯区というのは以前は佐伯郡の一部だったのですが、広島市に吸収合併されたのです。言い換えると、広島市とは言いながらかなり外れにあるのです。
私のいたところは海が近かったのですが、住宅街でしたので、海が見えたわけではなく、海辺という意識はありませんでした。
さて、平成3年9月、台風が来ました。

    風が強いらしい

と言われていたとおり、相当ひどいものでした。しかし、アパートの外に出て一番に驚いたのは水でした。道が見えないのです。アパートはほんの少し高い位置に建っていましたので部屋には影響はなかったのですが、そんなにひどい雨だろうか?と思うくらい意外なほどの水がでているのです。
今思うと、あれは風で海水が煽られて高潮のようになったものだったのでしょう。
海に近いことを思い知りました。

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あさがおのかんさつ(11) 

朝型の人と夜型の人がいるようです。小説家で夜にならないと書けない、という人もしばしばいらっしゃるようですし、学生からも夜出ないと勉強がはかどらない、という声がしばしば届きます。
私は完全に朝型で、受験勉強のときも、周りの友人が夜に勉強しているのに、私は夜は9時頃に寝て朝の5時頃から勉強していました。真冬でも凍えそうになりながらそうしていました。でも、夜遅くまで起きている、というとなんとなく大人っぽい感じがして、かっこいいな、と思わないでもなかったのです。大学生になって夜の街を歩いたりするとそんな気持ちになりました。
其角の句に

    草の戸に我は蓼食ふ蛍かな
              (虚栗=みなしぐり)

があります。
蓼食う虫という言葉のとおり、自分はちょっと変わっているが夜更かし型の放蕩人だ、と気取って見せたような句です。それに対して芭蕉は

    朝顔に我は飯食ふ男かな
             (虚栗)

と応じています。私は早起きをして朝顔を見ながら平々凡々として普通に飯を食っている男だよ、というのです。
なんだかもう、私自身の事のようで、芭蕉さんと同じ境地になってきたのかなと、喜ぶべきかどうか迷っています。ちなみにこの句を詠んだとき、芭蕉は39歳でした。

朝顔の句でどうにも不思議な魅力をたたえるものに

    朝顔やすでにきのふとなりしこと(真砂女)

があります。朝顔は花の名前ではありますが、「朝の顔」という意味も浮かんできます。自分の朝の顔。何かがあった翌朝の自分の顔。それをみていると、ああ、あれはすでに昨日のことになったのだ、と「あれ」をかみしめているようです。喜びと哀しみは別のものではなく、それらがひとつになってこの朝の顔を作っているのだと思うのでしょうか。何も言っていないのに、何かが伝わる俳句だと感じます。

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2017年9月文楽東京公演千秋楽 

以前は必ず行っていた9月の文楽東京公演。
行けなくなって7年になります。長い年月です。
今年の9月公演も、今日、千秋楽を迎えます。ケレン味たっぷりの『玉藻前』と、かつて広谷鏡子さんが

    文楽版タイタニック

と言っていた『朝顔話』。いかがでしたか。
東京公演、次は12月ですね。その12月は、吉田幸助さんが、

    樋口二郎兼光

を遣われるとか。襲名の前哨戦みたいですね。
このあと、地方公演を経て11月は大阪。また、皆さまにお会いできることを楽しみに。

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バッタ 

漱石の「坊っちゃん」に出てくる虫といえばイナゴぞなもし。
イナゴは多産だそうで、イナゴにあやかって子どもがたくさんできて家が繁栄しますように、という歌謡のようなものが古代中国にありました。
それが

『詩経』

に採られて今に伝わるのですが、『詩経』に入ることによって、とんでもない理屈がつけられます。
『詩経』には序があるのですが、そこでいかにももっともらしい意味付けがなされるのです。
これは、あるお后が

嫉妬しない

から王様がいろんな女性との間に子をなすことができ、朝廷は安泰だという意味だとされるのです。現代日本では通用しない理屈ですが、そういえばある皇族が皇位の安定的な継承のためには「現実的ではないが」とことわったうえで「皇太子に側室を置くこと」もひとつの考えだとつぶやかれたことがありました。
それはさておき、『詩経』はやがて日本にも伝わりましたから、いつしか「イナゴと后は嫉妬しない」と言われるようになったのです。
『俊頼髄脳』とか『宝物集』といった、平安時代後期の文献に見えます(『宝物集』は本によっては記載されていません。なお、『宝物集』はあの平康頼が鬼界ヶ島から赦免されて戻ったあとに書いたものです)。
イナゴもびっくりの珍説です。

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テレビに映る 

奈良にお住まいの知人のご子息は野球チームに入っているそうです。
お父さんもお母さんも阪神タイガーズファンでいらして、お子さまも小さい時から甲子園に連れて行かれたようです。
阪神は人気があるので、関西では毎日のようにテレビ放送があります。昔のテレビの野球中継はバックネット裏にカメラがあって

    審判の背中越し

に映るようになっていました。カメラの数は少なく、アングルは単純でした。
今はメインのカメラはバックスクリーンにあって、ピッチャーの背中越しに観る感じになっています。
いったい、何台あるのかというくらい、あちこちから写していて、しばしば観客席まで映ります。バックネット裏にいるお客さんなんて、何を食べているかがわかるくらいよく見えます。
その他、CM明けなどにも客席をぐるっと写したりして、あ、◯◯さんがいる! とわかることもあります。奈良の知人の方は、ご一家で映ったことがあるみたいです。
そして、先日、野球チームに入っているご子息が別の形で映ったそうです。
奈良市とお水取りのご縁のある小浜市は姉妹都市らしいのですが、その関係で少年野球の

    親善試合

があったらしく、それに出場されたのです。すると、近鉄のケーブルテレビが放送したそうで、きちんと解説が入ったり名前がスーパーででたりして、プロ野球並みだったとか。

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