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雛人形 

平安時代には三月三日(もちろん旧暦)を上巳の節句としました。
上巳というのは「その月の最初の巳の日」ということですから、三日と限定されるものではないのですが、すでに古代中国から三日を上巳としていたため、日本でも古くからこの日と定めていました。
この日には

    曲水の宴

がおこなわれ、今も太宰府天満宮ではグレゴリオ暦の3月の最初の日曜日に行われます。今年はたまたま3日がその日に当たります。
今年の旧暦三月三日は4月11日にあたるそうですが、この日もたまたま巳の日です。
江戸時代になると大名の娘の嫁入り道具に立派な雛人形が用意されたり、富裕になった庶民の中にも雛人形を飾る習慣ができました。今はそんな大きな家に住む人が(特に都会では)いませんので、

    団地サイズ

のものも多いですね。
私は昔から雛人形が好きで、特に有職雛人形は王朝の風情があって、見ていて飽きません。
昨今そういう雛人形は何かの催しでもない限り見られませんが、だからこそ展覧会があると出かけようという気持ちになります。
何年か前には大阪市の「くらしの今昔館」で古い雛人形を見たことがありました。今年はどうも出歩けそうになく、残念ながらあきらめており、SNSなどで見かける写真で楽しんでいます。

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墓さまざま 

墓のない人生ははかない、というのは、京都の石匠でいらっしゃる河波忠兵衛さんのキャッチフレーズ(?)ですが、近ごろは「墓じまい」といって、田舎のお墓を閉じることがあるようです。子どもの数が減ったり、独身を通したりする人も増えて、墓を維持できなくなることも多いようです。
私は墓を建てる予定はありません。親がきちんと建てており、そこに入れてもらえれば良いと安易に考えています。
次の世代もいますので、墓の維持については私の代ではなにも案ずることはなさそうに思っています。
実は、私は自分の入る墓なんて要らないとすら思っているのですが、子孫が

    先祖を偲びたい

と思う気持ちもわかります(私にもそういう気持ちはあります)ので、おとなしくしきたりに従うつもりです。
田舎の墓がなくなるのに対して、学業や仕事のために都会に出る若者が増え、都市に人が集中すると、今度は都市近辺の墓地が手狭になりそうです。
岩下志麻さん主演のコメディタッチの映画に「お墓がない!」というのがありました。天涯孤独でプライドの高い映画女優が、自分にふさわしい

    墓探し

をするものでしたが、著名人になると個人の墓を建てる必要に迫られることもありますから大変です。
私は以前、しばしば文楽の方のお墓を訪ねて回ったことがあります。大阪の寺町近辺に行くと思いがけないお墓に出会いますし、私の家の近くにもどう見ても文楽の人としか思えない名前の墓石があります(ただし『義太夫年表』には見当たりませんでした)。
中にはすでに墓石がもろくなっているものもあり、無縁になってしまったものも見かけます。そうなるとほんとうに「はかない」と感じることもあります。

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あたふたした二月 

3か月に一度押し寄せる原稿の波がこの2月にもやってきました。いつもながらの悪戦苦闘でしたが、2月20日にすべて提出して無事にクリアしました。もっとも、えらい大先生とか、流行作家に比べると雀の涙ほどの量なのですが。
それでも、ともかくも2月の主だった仕事は終わりました。
寒暖の差の大きさで体調がまたもや悪化したこともあって、締切直前(つまり2月中旬以降)はかなり苦痛でした。もっと早く書いておけばいいのに、といつもながら反省しています。
書くこと以外では、月例の『源氏物語』の講座でお話しする仕事もありました。『源氏物語』の専門家でもなんでもない私にとっては、予習がなかなか大変で、資料(レジュメ)作りもしなければなりませんので、講座が終わるとすぐに次回の予習が必要になってきます。『源氏物語』を読むこと自体は楽しいことで、勉強するのも当然おもしろいのですが、無責任なことは言えない、という重圧だけがしんどいといえばしんどいかもしれません。
ところで、2月には

バレンタインデー

というのがありますが、私にはとんと縁のない行事です。このブログでは何度も書いていると思いますが、学生さんには人気がありませんし、そもそもこんな時期に学生さんはめったに大学には行かないので会わないのです。それ以外にも、あまり人と会うということがありませんから、当然どなたからもいただくことがないのです。
ところが今年はひとつ、とてもしゃれたチョコレートをいただきました。6個入っているのですが、缶入りの豪華なものでした。いったいどなたが、ということなのですが、なんと、『源氏物語』の講座においでいただいている7人の女性方からいただいたのです。
高齢の方なのですが、とても気の利いたことをしてくださいました。皆様ありがとうございました。
2月はとても暖かい、

    春、本番

という日があったかと思うと、また冬に逆戻りしたりしました。こういうのは私にとってはやはり健康にはよくないのです。
そんなわけで、何かと大変だった2月でしたが、いよいよ春の到来ということになりました。私は3月に関してはまあまあ余裕ができそうな気がしています。このあたりでまたひとつ創作浄瑠璃の骨格だけでも考えてみたいと思っているのですが、果たしてどうなりますやら。

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孫が生まれたような 

私がほんとうの意味で指導した学生というのは、もう全員30歳を過ぎています。「ほんとうの意味で」と申しましたのは、授業だけするのではなく、それ以外の場面でもつながりの多かった人こそが「指導した」といえると思うからです。
そういう世代の人たちの何人かとは、今でも年賀状のやり取りがあったりFavebookやInstagramでかろうじてつながりがあります。
あまり熱心に空書き込みをする人はいませんが、それでも何かあったときに報告のようなことをしてくれます。
最近、一番ホットだったニュースは子どもが生まれました。というものでした。
私の学生時代なら女性は25歳までにおおむね結婚して、20代後半には母親になる人がとても多かったのです。しかし、今や30歳を過ぎてから結婚する人も少なくなく、35歳までに最初の子が生まれる、という話をよく聞きます。最近出産の報告をした学生さんは

    昭和の末

の生まれでしたので、すでに30代の後半です。この年代での出産は、日本産婦人科学会のいう「高齢出産」(35歳以上の初産婦による出産)と言われますが、今はほんとうに珍しくありません。
彼女の同年代の卒業生の中には、もう小学校に行くお子さんのいる人もいますから、早い人はそれなりに早く出産しますね。
今は、結婚年齢の高齢化、出産年齢の高齢化が進んで、少子化にもつながります。
若者たちは子どもが育てられるのか不安が多いようにも聞きます。実際は私のような貧乏教員でも育てられるのですから何とでもなると思うのですが、不安を持つ気持ちはわかるように思います。
仕事を続けたいけれど、子どもができても

    保育所

に入れられるかどうかわからない、保育所に入れることができても何かあったときには仕事を差し置いてでも駆け付けなければならない、夫は嫌がるのでどうしても妻の負担になりがちだ、などいろいろ問題がありそうです。
それでも、かつての教え子さんが結婚した、出産したという話はやはりうれしくなります。私は、孫というものを持たないのですが、なんとなくこういうニュースに触れると自分の孫ができたような気になります。

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マルハラ 

メールというのができたころは「最新の通信連絡ツール」として、当時の若者たちはこぞって使うようになりました。もう手紙なんて書かなくていいんだ、という人たちが一気に増えたと思います。
ところが今や、メールの使い方がわからない、パソコンのキーボードが打てない、という若者が増えています。最新のツールだったものがあっという間に色あせて来たようです。今はLINEか、あるいはインスタなどで会話をするように連絡しあうのが当たり前で、手紙の延長上にあるメールは面倒なものなのでしょう。
会話と手紙では文章の質が異なります。手紙の面倒くささは多くの若者にはたまらないほど嫌なものかもしれず、メールも面倒なものの部類に入るのでしょうね。
最近はLINEなどで文の終わりに

    句点、つまり「。」

をつけるのを嫌がる若者がとても増えています。
(若者)今日、休みます
(上司)どうかしたの。怪我でもしたのかな。
(若)風邪です
(上)症状はどうなの。熱はあるの。
(若)38℃を超えています
(上)わかった。それではしかたがないね。
とやりとりしたとすると、上司はことごとく文のおわりに「。」をつけますが、若者は一文だけで返事するので「。」を書かないのです。そのためなのか、「。」を付けられると、相手が怒っているように受け止めてしまうようです。上司は「しかたがないね、ゆっくり休んでね」といたわって返事をしているつもりでも、若者から見ると、「休むなんて軟弱な奴だ」「ちょっとしたことで休みやがって」と文句を言われているように感じるのですね。
私にはその感覚がよくわからず、「そんなのごく一部の人だけでしょ」と思っていたら、豈図らんや、かなり多くの若者に共通するとのことです。
そして、こういう「。」付きの返事を送られると

    マルハラ

とまで言われるようです。鑓の権三の紋の「丸に二つ引き」の親戚かと思ったら、「マル・ハラスメント」なのだそうですね。「マルを付けられることでいじめを受けている」と感じるのですね。さすがにこういうのをハラスメントと言うのは言い過ぎだと思うのですが、若者たちはけっこう真剣です。感覚の問題ですから、いくら「そんな意味はないんだよ。」と諭してもダメなのでしょうね。
いささか悩んでしまいます。

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