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救助袋 

先日、私の仕事をしているフロア(8階)で小火(ぼや)騒ぎがあったらしいのです。焦げ臭いような異臭があって、火がどれだけ出たのかは知りませんが、燃えやすいものが近くにあった場合は危険でしょうね。電気系統なのか、誰かの怨念によるものなのか(恐ろしい)はわかりませんが、初めてきいたできごとでした。
とはいうものの、私がそれを知ったのは、出来事があってから何日もしてからなのです。つまりその日は騒ぎになったのかどうかすら分かっていませんでした。こういうのは大変怖いです。
私はホテルに独りで泊まるのも怖いので、それも出不精になっている大きな理由なのです。みなさんがひととおり逃げおおせたところで火の手が回り、私一人が

    なんだか今日は暑いなあ

なんてのんびりしていたらドアから煙が入ってきたなんてことになりかねません。
しかしそういうことはありえないことはないのです。
幸いなことに、私のいる部屋は、たまたま窓の外に救助袋というのが設置されています。これはおおきな箱状のもので、なかに長い袋が入っていて、非常の際はその布袋を外に投げ、それが地上に着いたことを確認したら袋の中に飛び込んで降りるのです。

    垂直型

のものですので、なんだか怖いです。しかもこれ、けっこう古そうなんですが、途中で「びりっ」と破れるなんてことはないかな、とそんな心配もしています。万一のために、先日窓を開けて使用方法だけはチェックしておきました。人を頼ることはできませんので、自分の命は自分で守らねばなりません。

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季節の変わり目 

五月の2週目に冷える朝があって、またその前夜、うっかり窓を閉め忘れてしまったため、風邪をひいてしまいました。仕事でしゃべっていると、「なんだか変だな」「からだがふらつくな」というありさまで、その日帰宅して熱を測ると38度近くありました。たまたま病院に行く予定がありましたので、調べてもらったら

    「単なる感冒

です」とのことでした。私はあまり風邪薬を飲まないのですが、この時は鼻の症状があまりに不快でしたので「PL」という、元気になったら野球でもできそうな名前の総合感冒薬を処方してもらいました。もっとも、厳密にいうと「PL」(塩野義製薬)ではなく、それより一包につき0.2円(!)安いというジェネリックの薬でした。
風邪の症状は割合によくなったのですが、私の場合は持病への影響が出るので困ります。呼吸器がかなり苦しくなって、五月半ばはこのブログもほぼ見ていませんでした。毎日更新されているのは、連休に書き溜めたものが勝手にアップされているからです。

    SNS

にもほとんど行かず、失礼をしておりました。
何とか先週末あたりからよくなりましたので、またあちこちに何か書いていると思います。
今年は暑くなるのがやや遅めで、そのために桜が長持ちしたりしましたが、その関係もあってやや季節の変わり目の過ごし方が難しかったようです。
これから七月いっぱいまではノンストップですので、少しでも休める時間は休んでうまく乗り切りたいと思っています。皆様もどうぞお大事に。

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ほころびた古語辞典 

私は岩波書店の古語辞典を5冊持っています。家の勉強机の左右に1冊ずつ。仕事場のデスクの背後と右手すぐのところといつでも授業に持ち出せる棚に1冊ずつ置いています。このうち自腹で買ったのは1冊だけです(笑)。あとは書店から「(岩波は買取なので)古くなってもう置いておけないから廃棄するけどいらないか」と言われてもらったものや、かつて国文科に勤めていた時に学生が捨てて行った(もったいない!)ものです。赤くて堅めの表紙の旧版と濃緑色の柔らかな表紙の補訂版がありますが、私が持っているのは旧版を2冊、補訂版を3冊です。旧版は何と昭和49年12月初版のもので、刊行されたときにすぐ1,900円もはたいて買ったことを覚えています。数えてみると、もう

    40年以上

前ではありませんか! 補訂版は平成2年2月で、これもまもなく30年になろうとしています。
そんな長い年月が経つと、中味に問題点が次々に出てきて価値が薄れそうなのに、私は今なおこの辞書を愛用し、頼っています。
内容の充実度や正確さが素晴らしいうえに、言葉の説明がおもしろく、読んでいて飽きません。
私は小学校時代から国語辞典が愛読書だったのですが、この辞書を手に入れてからは

    愛読書は古語辞典

になりました。
いかんせん、中味は古びずとも、物理的には骨董品になってきました。分厚い辞書ですから、いかに堅牢な製本をしようともいつしかほころびが出てきます。特に私は扱いが荒っぽいので、劣化が激しいのだろうと思います。
そして先日、ついに自腹で買った旧版のものの表紙が完全に取れてしまいました。長い間勉強を助けてくれた畏友のようなものですから、かわいそうにすらなってきました。
もちろんその辞書は捨てたりすることはなく、また補強して活用させてもらっています。もうこれ以上辞書を買うつもりはなく、最後までこの5冊を大切にしていくつもりです。

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利息 

貧しいとはいえ、私も銀行にはお金を置いています。
私、「預けている」とは言わないのです。なんだか、こちらがお願いして預かってもらっているような気がするからです。そうではなく、銀行にはお金を「貸している」のだと思っています。だから利息を付けるのは当たり前です。私がお金を入れないと銀行は経営できないのですから(いや、あの、まあ、そんなに多額に入れているわけではありませんが・・・)。
昔は何かというと印鑑と

   通帳

というものが必要でしたが、今はWebで処理できるので、私は普段はあまり通帳を使いません。銀行によってはすでに通帳を使わない登録をしてしまったところもあります。それでも今なお何冊かが手元にあります。
子どもの授業料などのために銀行を指定されることがあったため、口座をあちこちに作る羽目になり、先日調べたら4つの銀行の通帳が出てきたのです。一つ一つの額は微々たるものなので、解約して整理しようと思っているのですが、とりあえず今いくらくらい残高があるのかを調べようと思い、通帳を持って銀行のATMをはしごしました。
A銀行では丸2年記帳していませんでした、B銀行では4年。C銀行は6年、D銀行に至っては17年! 少し色あせた通帳を機械に入れてからそれが出てくるまで長い時間がかかりました。
長らく放置していた口座の場合、お金の出し入れをしていないので、記帳されるのは利息のみ。そのうち、B銀行のものを見てみると、利息が半年で

    1円

でした。なんだかむなしくなってきました(笑)。これで休日にATMでお金を引き出そうものなら手数料が108円か216円か取られるのですよね(そんなもったいないこと、したことがありませんのでよく知らないのですが)。自分のお金を返してもらうのに、なぜこちらが手数料を払分ければならないのかさっぱりわかりません。
銀行にお金を「預けた」ものの手数料を取られて損をした人の話を新作落語にできないかぁと以前から思っているのですが、今回の記帳で利息の数字を見て本気で作ろうかと思うようになりました。

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問いかけ上手 

教員と言うのはやはり話のうまい人がいいのです。といっても、面白おかしいだけではダメで、中味のある、説得力のある話ができるかどうかが大切で、そのためには勉強もしっかりしないとまずいのです。
中味がないうえに話が下手ではなかなか学生に聴いてもらえません。特に私のような、専門科目と関係ない話をする者は、授業など無視して内職か居眠りを決めこまれる可能性が高いのです。それでもかまわない、という姿勢の人も実際のところは少なくありません。学生の顔を見ずにしゃべるだけで、学生は学生で何も聴かずに内職三昧、という授業風景を、廊下を歩いていたりすると見かけることもあるのです。話を聴かない方が悪い、とはっきり言う教員もいます。かと思うと、ぼんやりしている学生に向かって

    「単位、出さないぞ」

と脅かす教員もいるのです。でも、こういう言い方をされると、学生はまず間違いなく反発します。以前ある学生が「こんなことを言われて困っている」と相談に来たこともありました。昔のインテリだらけの大学ならともかく、大衆化した大学において、こういうのはやはりあまり賢明な物言いだとは思いません。
とえらそうなことを言いましたが、それなら私は話し上手で学生に受ける授業をしてきたのかというと、それはまったく違います。
ただ、私の場合、耳の病気をしてから、考えることがありました。話はもともと上手ではないし、ある程度才能も必要なので、それ以外に何か工夫するところはないだろうか、と思ったのです。
学生にはあまりものを覚えさせることは強要しない(覚えたければ覚えてもらえばいいのですが)、試験もしない、ただ考えさせることだけをしよう、というのが今の私のやり方なのです。
そのために私は

    問いかけ上手

になろうと決めました。
ですから私は授業中に「これ、どう思いますか?」としょっちゅう言っています。そして思ったことを書いてもらって必ず丁寧に読んで、次の時間にコメントすることにしているのです。
専門科目、特に資格にかかわる科目などではそんな悠長なことはできないでしょうが、教養科目の場合はどこまで話さねばならないということはありませんから、ペースは遅くなっても問題ないと思っています。
ただ、受講学生が多いので、彼女たちの意見を読むのに膨大な時間がかかるのがネックなのですが・・・。

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