ややおおげさに 

保育士を目指す学生がかなりいます。
実は、保育の現場では絵本の読み聞かせや紙芝居はあまりオーバーな表現はしないほうが良いとされています。
「子どもの想像力を邪魔しないように」ということのようです。

    声色

をおおげさに使ったり、身ぶり手ぶりを激しくしないすべきだ、とされます。
ただ、紙芝居は相手が誰であろうとあまり声色では表現しません。文楽や落語でも、若い女性の声だからといっても裏声は基本的には使わない、あれと同じだと私は考えています。
しかし、お年寄りならゆっくり低めに、とか、子供なら少し早きこ高めに、とか、そういう練習はしておいたほうがいいとも考えているのです。
ややもすると

    棒読み

になるので、あえておおげさに読んでみよう、と勧めています。
実際にやってみると、やはり遠慮がちで、もっと自己を開放してみよう、と煽ったりします。
このメソッドは演出家の竹内敏晴さんから学んだものも含みます。
さて、今日の授業はどうなりますやら。

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峠は何処? 

5月の連休明けから10週間にわたるハードスケジュールはいよいよ7週目に入ります。
ここから3週間が一番厳しいような気がします。
6週間が終わったのですから、数字の上では峠を越えたはずが、まだ

    登り坂

が続く感じなのです。
予習が終わらないまま授業に突入したり、授業開始直前まで図書館で予習していたり。そんなことが珍しくなくなっています。
実は、今日も午後の授業の予習がまだ不十分で、午前中はそれにかかりっきりになりそうです。
学生が作業をするのを見守るような授業がないのがさらに苦痛のタネなのですが、実は、先週から少しそういう時間が取れる科目ができました。
小学校、幼稚園、保育所の先生を目指す学生のための国語指導の科目で、理論的な話を終えて、

    紙芝居

の実践を始めたのです。
こんなこと、やってくれるかなぁ、と心配だったのですが、なかなか熱心で「うまくなりたい」という学生が多いのです。
最終的には全員に練習の成果を発表してもらうつもりです。

ただ、峠は、やはりまだ見えて来ません・・。

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いいね! 

「ファボる」という言葉があるようです。
ツイッターで「お気に入り」のボタンを押すこと。要するにfavoriteの意思を示すことですね。
こういう「〜る」という言い方は「タクる」(タクシーを使う)「disる」(けなす)などと同じ使い方でしょうね。
こういう言い方は若者なら誰もが知っているかというと、そうでもないのです。むしろ、嫌がる人も少なくありません。

    若者言葉

と言いますが、実際は若者の一部が使う言葉なのですね。いつの時代も同じです。
この「ファボる」は、facebookなどの言葉では

    いいね!

というようです。
このボタンを押すことで、投稿者への賛意を示すことになります。私もしばしばファボっていただきますが、やはり、なんとなく嬉しいものです。
だからと言って、私はあまりツイッターにせよフェイスブックにせよ、フォロワーさん、友だちに対して熱心に「♡」「いいね!」を押すほうではありません。
これは私の主義で、何でもかんでも「いいね!」というより、ほんとうにいいと思った時だけその気持ちを表明する方が性に合っているのです。
失礼なやつだ、と思われているかもしれませんが、それが私のホンネなのです。

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誕生日 

『菅原伝授手習鑑』「佐太村」で、七十歳を機に四郎九郎は白太夫と名乗るようになります。
そして、今日が誕生日だとも言います。
あの場面で気になるのは、当時年齢は数え年ですから、歳をとるのは一月一日。誕生日についての意識はそんなに強くあったのだろうか、ということです。
少なくとも、平安時代にはそんな意識はありません。
例えば、藤原道長も西暦966年の生まれであることはわかっていますが、何月何日に生まれたのかは不明です。記録にありませんし、彼自身「今日は私の誕生日だ」などと日記に書くことはないのです。
だから、というわけではないのですが、私も誕生日というものに

    無頓着

で、自分の誕生日もよく忘れます。
facebookでは誕生日を公開する人も少なくありませんが、私は非公開。
そして
    友だち

の誕生日にもメッセージを送ることはありません。
悪気はないのですが、お許しいただきたく。

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先生はお金持ち? 

このあいだ、ツイッターにこんな意味のことが書かれているのを見ました。
「大学の教員で秘書を持っているのはどれくらいの割合なんだろう、私の知り合いはみんな持っているが・・・」細かいことは忘れましたが、こんな内容だったと思います。
この方は冗談でおっしゃっているのだろうと思いますが、こういうのを信じる人もいらっしゃると思います。学部によっては助手という名の秘書のような人がいるのですが、私のような分野ではそんなことはありえません。
それでも、以前なら学科に1人は事務職員が付いていたものです。しかし今やそんなことは

    夢物語

です。
ですから私など、仕事の半分は雑用。以前なら事務方に頼んでいたことも全部自分でしなければなりません。もちろん、そうではない人もいるので、同じ学校でもかなり待遇は違うのです。
このあいだ学生に「先生は

    お金持ち

でしょう」といわれました。「は? お金持ちって、貧乏っていう意味ですか?」と意味不明の返答をしたくなりました。
どうもいろいろ勘違いをされているようで困ります。学生に私の年収を教えようかと思ったくらいです。多分びっくりすると思います。
大きな大学の、人気教員なら給料は高い、原稿料はガバガバ入る、本は売れる、メディアの寵児になると講演を頼まれたり、テレビなどに出たりして、それはもう私などの何倍もの収入があるでしょう。ああいう人を基準に考えられるので誤解が生じます。この際はっきり言います。私、貧乏です(笑)。

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