七夕の話 

七夕は旧暦で祝うものです。今の暦の7月7日では意味がありません。
あるとすると、夏休み前の学校の行事くらいでしょうか。
旧暦7月7日は、今の暦に直すと毎年日が変わりますから、わかりにくいです。
今年は

    8月28日

だそうで、かなり遅いです。これは、今年は5月が2回ある、つまり閏5月があるからです。
実は、今がその閏5月で、今日7月7日は閏5月14日にあたります。
七夕は秋のはじめの行事ですが、8月28日ならいくらかそれらしいかもしれませんけどね。
子どものころ、なぜ「七夕」と書いて

  たなばた

と読むのか、不思議でした。
「夕」に「ばた」という訓があるのか、調べたこともありました。
結局、大学生になって本格的に日本文化を学ぶようになるまてわからずじまいだったかもしれません。

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密通のあとで(2) 

講座にいらっしゃるかたは男性おひとり、女性が9人です。
みなさん、柏木にも光源氏にもあきれる、というお顔をなさいます。
女三宮は、たしかに頼りないのですが、ほったらかしていた光源氏や無理やり押し入った柏木の責任は半端なものではないはずです。
作者は光源氏や柏木という、ひとも羨む貴人を、弱い人間として描いているようです。

完璧な人間

などいないのですね。
この場面、光源氏と柏木の心の中が、延々と描かれます。
彼らの言っていることは、どこかトンチンカンなところがあります。
柏木は空に目が付いているようで怖ろしい、と思います。後ろめたいことをしたら、誰かに見られているような気になるのです。彼はひたすら

光源氏の目

を畏れます。
このあと、光源氏は柏木を呼び、睨みつけます。その視線があまりに恐ろしく、彼は病の床に臥してしまいます。
この講座、夏休みまでにこのあたりまで読めるかな、と思っています。

密通のあとで(1) 

源氏物語の講座を続けています。
なにしろ、源氏については、ファンというだけで、何も研究していませんから、いざお話をしようということになると相当勉強しなければなりません。
120分お話しするのに何時間予習しているかわかりません。
今は

若菜下巻

で、光源氏の妻の女三宮と柏木の密通が光源氏に知られたあとの部分を読んでいます。
光源氏は今なお女三宮に送られる柏木の手紙を偶然見つけてしまうのですが、それがあまりにあらわに書かれているので、「艶書というのは、もっと

わからないように

書くべきだ」と柏木の不用意さを内心で責めています。
源氏物語の古注釈の中には、かつて光源氏が夕顔に送った文の字を筆跡を変えて書いたことや須磨の巻で朧月夜に送った文では事実をぼかして書いていることを指摘するものがあります。
昔の源氏学者はたいしたものです。
それはともかく、光源氏は柏木ごときに愛情をシェアした女三宮にも大きな不満を感じます。しかし、自分もかつて
父の后であった藤壺中宮と密通しているだけに、強くは責められないのです。
柏木は柏木で、よくよく考えたら女三宮という人は頼りない人だ、と自分のしたことを棚に上げて彼もまた不満たらたらです。
男たちの思いは勝手なもの、と言えるでしょうか。(続く)

薫ときたら・・・ 

『曽根崎心中』にせよ、『心中天の網島』にせよ、『冥途の飛脚』にせよ、「この男、何やってるの?」と言いたくなる男性主人公が登場します。こいつがもうちょっとしっかりしていたら、と思うのですが、だいたい、若い男はしっかりなどしていないものです。経験上(笑)そう思います。
呂太夫さんの本にも書いたのですが、こういうダメな男たちが道行の歩みでみるみるうちに成長させられ、

        「恋の手本」

にまで昇華することになります。ドナルド・キーンさんはそれを「寂滅為楽を悟った徳兵衛は歩きながら背が高くなる」(「近松とシェークスピア」)とおっしゃいました。
それにしても、若い男に翻弄される女性たちの悲しみは何とも哀れです。だからこそ芝居になるのでしょうが。

    『源氏物語』

には光源氏をはじめ、さまざまな男性が登場します。たいていは美男で聡明。『源氏物語』はそういう男が女性をとっかえひっかえする物語だと思っていた、としばしば学生がいいます。しかし、この作品はそれだけならこんなに長い間読まれ続けるはずがありません。
彼らもまた時としてダメな男で、やはり女性たちが彼らに翻弄されることが往々にしてあるのです。理想的な女性で光源氏に愛される紫の上でも実に悲しい思いをすることがあるほどです。

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源氏、源氏、源氏 

高校時代、古文の授業ではあまり多く『源氏物語』には接しませんでした。かろうじて「桐壺」「若紫」「橋姫」などには触れましたが、全体像はわからぬままでした。大学生になって、まず読んだのは谷崎潤一郎初訳『源氏物語』でした。これは戦前独特の雰囲気の中で書かれたもので、光源氏と藤壷の密通や光源氏が準太上天皇の位に就いたことははっきり書かれていません。藤壷密通の場面に来たのでどう書いてあるんだろうと思って楽しみにしていたのですが、がっかりしたことを覚えています。谷崎が訳したのに、時の政府から天皇家の名誉に関わるから削除しろと言われたわけではありません。出版側が

        忖度した

のでした。嫌な話です。
その後、原文に挑むことにしました。まだ私には無理かな、と思っていたのですが、なんのなんの、おもしろくて読むペースが巻を追うごとに上がっていきました。
しかしこの対策はとても私ごときの手には負えないと思って、研究対象にするのは尻込みしてしまったのです。頑張って

    卒論のテーマ

にすればよかったと今になると思います。
仕事をするようになってからは、授業で『源氏物語』をしょっちゅう取り上げました。しかしまだ若気の至りで、きちんと読めもしないのにいいかげんな話をしていたとあの当時の学生さんには申し訳なく思っています。

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