上演されない忠臣蔵(補) あの盗賊は誰? 

以下の記事は26日に出そうと思って書いていたものです。玉男師匠のことで、すっかり遅くなってしまいました。


「上演されない忠臣蔵」についてしばらく書きましたが、実はひとつ心残りがあったので、補遺として書きとどめます。
「二つ玉」についてなのです。

与市兵衛が夜道を歩いてくると、後ろから大きな声がしますよね。

    斧定九郎!

そうです。誰もが知っているあの人です。
しかし、お気づきでしょうか? 現在おこなわれている床本ではこの人物が定九郎であると特定されるのは、駆け来る猪を見送ったあとなのです。

    あはやと見送る定九郎が背骨をかけてどつさりと

という部分です。
しかも、定九郎とは誰なのかは何の説明もありません。
九太夫の息子であり、父に勘当されて山賊となったことは「勘平腹切」の郷右衛門の言葉ではじめてわかります。

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吉田玉男師匠ー父のような 

玉男師匠についてついついあれこれ書いてしまいました。
そろそろ、こもごもに到る万感を胸にこめておこうと思います。
他のブログの皆さんにすっかり遅れをとってしまいました。

最後に個人的な思いを。

吉田玉男師匠を、私は

    父のように

思っておりました。
「あつかましい!」とのお怒り、ご不満の声に耐えながらさらに書きます。

玉男師匠の方が年長でいらっしゃるのですが、60代で亡くなった私の父は、玉男師匠と風貌が似ていました。
大げさに申しますと、そっくりでした。
はじめて玉男師匠を見たときから、そう思いました。

父が亡くなった直後、

    「伊賀越・沼津」

を見ました。
十兵衛は玉男、平作はやはり今年亡くなった作十郎、床は住大夫、燕三(先代)でした。
泣けて泣けてしかたありませんでした。

そんなわけで、父を失ったあとも、勝手に玉男師匠を父のように思い続けていたのです。
文楽劇場に行けば永遠に玉男師匠=父に会える、そんな錯覚にも似た気持ちを抱いていました。

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吉田玉男師匠ー大きく見せる 

初めて文楽をご覧になった外国の方が「life-size の人形をmanipulateする劇」とおっしゃったことがあります。
人形が等身大に見えるのですね。
実際はそんなに大きなものではありませんが、人形遣いが船底に身を沈め、人形を持ち上げて遣うためそのように感じられるのでしょう。と同時に、人形の動きが豊かで幅があり、いわゆる「肚」があると、まさに

      ライフサイズの演技

に見えるのだと思います。
勘十郎さん(当代)が襲名前の簑太郎最後の大阪公演で「壺阪」のお里を持たれた時、黒衣だったのですが、人形がとても大きく感じられたことがあります。
これなら勘十郎になっても大丈夫、と生意気ながら思ったものです。

玉男師匠の場合さらに存在感があり、ひと回り人形が大きく見えるような気がしました。
舞台裏のことは先日の弥陀六のことだけにしようと思っていましたが、もうひとつだけ。

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吉田玉男師匠ー「てったい」のスペース 

昨日の記事の繰り返しになります。

玉男師匠の人形を見ていた思ったことのひとつに

    左遣い と 足遣い を 生かす

ことがあるわけです。
主遣いというのは実は左や足も遣うのだと感じました。
いくら主遣いがうまくても、「てったい(手伝い)=左遣いと足遣い」が動かなければどうにもなりません。
しかし、若い人形遣いさんが主遣いのときはどうも左遣いや足遣いが自在に動いているように見えない、窮屈そうに動く感じがするのです。段取りを追うのに精一杯のような。
すると当然人形全体の動きもぎこちなく見えるように思うのです。

玉男師匠の場合は「てったい」がきちんと芝居をしている。
それを最初に思ったのは、いつのことか忘れたのですが、

    「吉田屋」

で玉男師匠が伊左衛門を遣われた時です。もちろん夕霧は簑助師匠でした。

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吉田玉男師匠ー動く左と足 

昨日やたけたの熊さんが玉男師匠の

    指導力

のことをお書きでした。
私は詳しくは存じませんが、間違いなくすばらしい指導者でいらっしゃったのでしょうね。
入門当初からのお弟子さんが玉女、玉輝、玉英、玉志、玉佳、玉勢、玉翔、退座した玉実、玉世(玉男の孫)。入門時は別の師匠の門下で途中から玉男門下になられたのが玉幸、玉也、玉誉。
孫弟子が幸助、玉若。
最初からのお弟子さんは「玉」にひらがなで1文字が基本の芸名ですね。

左遣いや足遣いを割り振る小割も玉男師匠がずっとなさっていました。以前は先代勘十郎師匠と一緒になさっていました。これによって若手は玉男師匠が何を期待してくださっているかを感じ取れるのではないでしょうか。

若手の指導といえば、若手の公演にも指導力を発揮なさっていました。
これまでに10回の公演をおこなった

    十色会

は当初からずっと

    指導 吉田玉男吉田簑助

でした。「これは箔をつけるために師匠の名前を借りただけだろうか」という疑問を持つ人もあるのですが、とんでもない話です。
ほんとうに熱心に指導なさるのです。玉男師匠は主に立役、簑助師匠は主に女形。
自分の弟子とか何とかいう話ではありません。
文楽の未来をになう人をすべて指導されるのです。

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吉田玉男師匠ー逝去 

文楽人形遣い

    吉田玉男師匠

が24日午後0時12分逝去されました。
87歳。
忠臣蔵の千秋楽を見届けるかのように、などというのはきれいごとでしょうか。

実はまだ気持ちが整理できないくらいで、ここにも何を書けばいいのかわかりません。

とにかく、私が文楽を見始めた時から玉男師匠が人形の座頭の位置にいらっしゃったので、何かこれで私の文楽も終わってしまうのではないかと、妙な動揺を覚えます。

続きが書けそうになったら書きます。とりあえず。



下に続けます。

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東京公演千秋楽 

本日、文楽東京公演が千秋楽を迎えます。
東京はあっというまに終わる感じがします。
このブログもずいぶんネタにさせていただきました。
本日いらっしゃる方、どうぞ最後のご感想をください!

東京は忠臣蔵の秋・冬。
どうか歌舞伎もお楽しみあれ!

文楽は、次は地方公演。

  第一部が「菅原伝授」四段目と「釣女」
  第二部が「曽根崎心中」

呂勢大夫・清治の寺子屋の奥なんていうのもあります。
醜女は勘弥。どちらかというとまじめそうな人ですが、実はかなりチャリが好きらしいです。
燕三は襲名のご挨拶もかねての巡業ですね。

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上演されない忠臣蔵(その5) 大詰 

5日間、だらだらとした記事にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
今日で最後、十一段目です(また長くなります)。
今回の公演では

    「花水橋引揚」

としていますが、

    「光明寺焼香」

で締めることもあります。
いずれにしても、原作とはまるで違った終わり方です。

さて、原作の十一段目とは・・・。

船に乗って師直邸にやってきたのは大星義金(由良助)、原郷右衛門、大星力弥、竹森喜多八、片山源太、奥山孫七、次田五郎、片山源五、大鷲源吾……総勢46人(+早野勘平の形見である縞の財布)。

一方、油断している高師直は芸子、遊女に舞わせ、歌わせ、薬師寺を客としての乱痴気騒ぎ。そしてやがてざこ寝というありさま。

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上演されない忠臣蔵(その4) 天河屋 

「山科閑居」の段切近くで、力弥が

  泉州堺の天河屋義平方へも通達し、荷物の工面つかまつらん

と言います。
この天河屋(天川屋)を取り上げたのが十段目ですが、これもめったに上演されません。
実は私も文楽では一度見たきりです。
史実としては大阪の商人天野屋利兵衛(利平とも)のお話とされ、講談などでもおなじみです。天川屋利兵衛という人もいたといわれます。

長くなりますので端折って書きます。

  堺の商人 義平

は妻を実家に帰らせ、使用人には難癖をつけてクビにして、今では阿呆の丁稚伊吾と四歳の息子よし松がいるだけ。
実はこれにはわけがありました。

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上演されない忠臣蔵(その3) 評議 

四段目。
判官が切腹すると、石堂右馬丞は由良助に声をかけ、薬師寺次郎左衛門は横柄な態度で奥で一服します。
顔世御前は悲嘆にくれて、「ご菩提~ィィ♪」のオクリとともに葬送へと向かいます。
そして「城明け渡し」となり、由良助ひとりが

    はったとにらんで

で、チョーン。
今回もそういう上演であり、私もこのパターンしか知りません。
しかし、「切腹の段」の最後が「ご菩提」と中途半端に終わっていることからもわかるように、原作はもう少し話が続きます。
すなわち、オクリで「ご菩提ィィ♪ 所へと急ぎ行く」とあって、

    残った面々による評議

がおこなわれるのです。

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上演されない忠臣蔵(その2) 文使ひ 

今回の公演はプログラムによりますと

  判官の無念(第一部)
  おかると勘平の悲話(第二部)
  武士の意気地と恩愛(第三部)

というテーマに分けたのだということです。
それほど意味はないことだとは思いますが。
おかげでコンパクトになったともいえますし、通して見る場合は割高だともいえます。
本蔵の話はあまり問題にされていないですね。「梅と桜」が省かれるわけです。
ところで、おかると勘平の悲話は第二部でどうぞ、というわけでしょうか、今回は

    腰元おかる文使ひ

も省略されていました。ちょっとびっくりです。「裏門」が唐突だったのではないでしょうか?

その「文使ひ」とは、こんな話です。

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上演されない忠臣蔵(その1) 梅と桜 

忠臣蔵の上演は通しが原則。
といってもすべてを通して上演すると早朝から深夜までかかってしまいます。
そこでかなりカットされるのが実情。
ここでカットされた部分を整理しておこうかと思うのです。
説明的になってしまいますが、お許しを。
今日から5回に分けて書きます。

戸浪さん、やたけたの熊さんも上演してほしいとおっしゃっていたのが二段目の

     と 

の部分。「力弥使者」と言ってもよいかもしれません。

こんな内容です。

師直に対してブチ切れた若狭助。
案ずるのは若狭夫人も家来の加古川本蔵も同じこと。
本蔵の妻戸無瀬と娘の小浪が奥様のご機嫌伺いをしたあと出てきます。
そこへ判官の使者として力弥が来ます。本蔵は妻に口上を受け取るように命じますが、戸無瀬は仮病を使ってその役を小浪に譲ります。二人は許婚なのです。
戸無瀬は「ごちそうしなさいよ、でもし過ぎちゃだめよ」とわけありげに言って去ります。

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さようなら東京 

実は13日に忠臣蔵の第一部を見て帰ろうと思ったのです。
楽屋にも「また明日拝見します」といっておいたのです。
でも、どうしても耳の状態が悪すぎて諦めました。

    残念です・・・

雨のそほ降る中、ホテルから半蔵門に出て、誰もいない皇居外周を祝田橋まで歩きました。
少し遠目に国立劇場も見ました。
またここで文楽を見ることができるのだろうか。
このごろそんなことばかり考えてしまいます(ダメですね)。

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東京公演 忠臣蔵(その5 おまけ) 

楽しかった一日が終わり、ホテルに戻りホッと一息。心地よい瞬間です。
戸浪さん、お園さん、ツチ子大夫さんに会えました。
公共放送勤務の友人からメールももらいました(Hさん、この記事も見て下さってます?)。
ホテルへの帰り道、十一時過ぎには近くのコンビニから出てくるR茂大夫さんとばったり。いつものようににっこりご挨拶してくださいました。
ぐっすり睡眠。そして朝が来ました。
帰宅する前に、どこかに行こうと思っていました。
今回はそのつもりはなかったのですが、やっぱりつい足が向いてしまいました。

      両国 へ

おりしも大相撲秋場所。何人の力士と出会ったかわかりません。
とにかくすごい数ですね。遠くから見てもわかるので、特に強く印象に残ります。
横断歩道でたまたま把瑠都(バルト)関と並び、彼はハンバーガー屋さんへ。女性のお客さんが目を丸くして見上げていました。
「日本相撲協会」なんでしょうけど、実際は

    両国町内大相撲大会

のようですね。
私の目当てはちゃんこ料理ではありません。
もう、何度行ったかわからない

    回向院 と 吉良邸跡

を訪ねることです。
吉良邸跡は猫の額のような公園になっていますが、おきまりの(?)

    首洗いの井戸

もあって、まあ、一度くらい行ってもいいところですね。

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東京公演 忠臣蔵(その4 七段目) 

『忠臣蔵』七段目は

  祇園一力茶屋

仮名手本忠臣蔵では、伏見ではなく、祇園が舞台です。
やはり花街。色っぽい感じですね。もともと歌舞伎から来ているとも言われるだけに、いろいろな意味で文楽と歌舞伎の間を行くというか、どちらにも映る場面という気がします。
文楽を無理に歌舞伎にしたり、その逆だったりする作品もありますが、これなどはどちらでも自然に見られるような。

なんといっても、床がすごいです。入れ替わり立ち代り太夫さんの出入り。よく間違えずに自分の席に着けるな(笑)、と思うくらい。
で、千歳大夫の由良助。呂勢大夫のおかる、文字久大夫の平右衛門。
その迫力はびんびん伝わるのですが、残念ながらあまりよく聞こえません。

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東京公演 忠臣蔵(その3 六段目) 

『忠臣蔵』六段目は

  「身売り」「勘平腹切」

「身売り」は文字久大夫・清友。文字久大夫はこういう場をしっかり語るようにして変化を身につけてほしいです。ここは冒頭の「かかんつれて」がいい雰囲気です。これだけなら幸せな山家の家庭。しかし、一文字屋の縞の財布が暗雲を漂わせて切場へ。おかるは戸惑いのまま。
「腹切」は綱大夫・清二郎。じわじわと語り込んで、山場を作っていく綱大夫の芝居心。やはり義太夫の王道を行く人ですね。
ただ、正直に申しまして、私の聴力ではその真骨頂をじっくり味わうまでは参りませんでした。
とても悔しい思いをいたしました。

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東京公演 忠臣蔵(その2 五段目) 

この秋、東京は忠臣蔵の季節。
その先陣を切るのが文楽の「仮名手本忠臣蔵」です。
私は事情があって第二部しか観劇できませんでした。
む、む、無念、口惜しやなぁ・・・。

さて、第二部は五・六・七段目。
今日はそのうち五段目についての感想を。

    「山崎街道出合い」

早野勘平と千崎弥五郎の出会いです。
歴史上の人物としては萱野三平、橋本左内をくっつけたような人と神崎与五郎になりますね。

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東京公演 忠臣蔵(その1 3人トーク) 

昨日、東京国立劇場の

    『仮名手本忠臣蔵』 第二部

を見てまいりました。
五段目から七段目まででした。

それにしても、国立劇場は素敵なお客さんがいますねぇ。
席について左隣を見るとリカちゃん人形のようにおめめパッチリの娘首のかた、そのむこうには皇居からちょいと抜け出してこられたようなきりりとした着物姿の貴婦人。雪姫と政岡のようでした。
ん? この人、ひょっとして…。

   え! お園さん!?

   あらら! 戸浪さん!?

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東京へ 

本日東京に参ります(けっして夜行バスではありません 笑)。
もちろん9月文楽公演が目当てです。
はっきりいうと「一力」の由良助とおかるです。

    簑助勘十郎

世紀の競演です。
そして、

    千歳大夫、文字久大夫、呂勢大夫

という、ちょっと信じられないような若手の床も楽しみです。
耳の病気のため、ひょっとしたらこれが国立劇場での「聞き納め」かもしれないと少し寂しいのですが、しっかり「見て」まいります。

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最後のオープンキャンパス 

9・11から5年がたちました。

昨日、私の勤務先では

  本年度最後のオープンキャンパス

がおこなわれました。
この時期はもう受験生の心はかなり決まっていると見てよく、関心は試験問題に移っているかもしれません。
それでもまだ迷っているという受験生が来ました。
心理学の説明を受けて楽しそうにしていたのですが、そのあと私のところにも来て、文楽人形をさわって帰られました。
結局、この2ヶ月、高校生の何人が文楽人形に関心を持ってくれたでしょうか?
それはまもなく始まる入試応募者の数となって返ってくるのかもしれません。


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日曜出勤 

毎日いろいろ書いていますが、東京公演のご感想をいただけるようでしたら、どうぞ適当な場所(笑)に書き込んでください。

夏休みはまだ続いています。後期は21日から。私は22日からスタートです。
でも、夏休み中は土日の出勤も多く、

    今日(10日)も出勤

です。

学生は今ヨーロッパに行っています。イタリア組とロンドン・パリ組に分かれています。旅の趣旨が少し違うのです。
ロンドンではシェークスピアやオペラ座の怪人などを見たそうです。
今はパリのルーブルのすぐそばに滞在中。
こうして舞台と美術館をめぐりながら、町を写真撮影しているのではないかと思います。

もちろん教員が同行しています。
私もお誘いいただいたのですが、やはり役に立ちそうにないので(というか迷惑をかけそうなので)留守番を買って出ました。

そもそも、英語もあまりうまくなく、フランス語はさっぱり。
イタリア語もオペラで聴いたくらいです。「恋とはどんなものかしら」とか(笑)。

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呂大夫忌 

豊竹呂大夫(五世)が亡くなったのが6年前の9月9日でした。
さっそうとした美男で、礼儀正しく、愛想もよく、大変な勉強家であり、子供の頃から義太夫を語り続けた人であり、ほんとうにすばらしい方でした。
この時期が来るとどうしても思い出してしまうのです。

前橋のご出身でしたので、師匠の十世豊竹若大夫に稽古をつけてもらうために、大阪住吉の若大夫家に一定期間内弟子の形で住み込んだりなさったようです。
やはり子供時代ですから寂しい思いもなさったと聞いています。
そして少年太夫、豊竹若子大夫としてデビュー。ほぼ同じ時期に竹本綱子大夫(現豊竹咲大夫)、鶴澤清治もデビュー。
この三人はほぼ同年で子供ということで評判だったようです。
太夫を続けながら立教大学に進まれ、師匠の前名呂大夫を襲名なさいました。ちなみに四代目はそのころ退座していらっしゃった現在の嶋大夫師匠です。
先ごろ亡くなった喜左衛門師匠の襲名披露では、織大夫(現綱大夫師匠)の代役でしたが、「尼崎」を語られ、すばらしい力感で度肝を抜かれた思い出があります。
だれもが少なくともあと20年と思っていたでしょう。
ご健在なら今61歳になられています。

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東京公演初日 

秋の訪れとともに

    文楽東京公演

が初日を迎えました。
9月8日~24日の17日間の公演です。

関東地方在住のブログ仲間の皆さんの報告が楽しみでございます。
それぞれの見どころ聴きどころを胸に隼町にお出かけかと思います。
行けない皆さんも、蚊帳の外の野次馬根性であれこれ言いましょう!

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東京公演第三部 

第三部は

  道行旅路の嫁入から花水橋引揚

清之助の小浪はきれいですね。でも、そろそろ小浪は卒業でしょうか。
この人はそのうちに勘平を遣って欲しいとも思います。
さて、「山科」の大星は勘十郎。難しいでしょうね、山科だけというのは。簑二郎の力弥にはみずみずしさを期待します。器用に見せるのではなくて。一力でおかる・平右衛門でからんだ勘十郎・玉女がここでは由良助と本蔵。おとなの男たちです。
10年後はこれが当たり前になっているのでしょうね。
ここでも文雀・和生の師弟コンビがぶつかります。今回はこういう組み合わせが多いんですね。
床はやはり「山科」が気になります。咲大夫に一段語って欲しいくらいですが、住大夫と前後を分けます。81歳の「山科」すごいですね。咲大夫も還暦を過ぎて、油の乗ってきたところ。もう実力は切語り。三味線が錦糸・燕三というのもいいですね。
「雪転し」の咲甫大夫、清志郎も忘れてはならないでしょう。抜擢に応えて欲しいものです。

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東京公演第二部 

第二部は

  山崎街道から一力茶屋

「二つ玉」は幸助の定九郎がどんな大きさを見せてくれるでしょう?
定九郎はどこか滑稽にすら演じられるように思えるのですが、一方で歌舞伎の色悪の逆輸入もあり、正直言って中途半端な印象を持っています。
浄瑠璃の本文は決して滑稽なものではありません。
かなり前ですが相生大夫さんがここでチャリ場のように入れごとをされました。面白かったという意見もあり、大衆芸能らしくサービス精神があっていい、といった人も少なくありませんでした。
しかしそれなら首を小団七にでもしたほうがいいのではないか。とにかく妙に違和感を覚えるのです。
幸助の遣いぶりをしかと見てこようと思っています。
「身売り」は冒頭の母娘の会話がほほえましいです。そこへ入ってくる才兵衛の無神経でさえあるおおらかさが悲劇を際立たせます。最近腕をあげてきた勘市・玉佳が小さくならずに動いて欲しいです。
「勘平腹切」はやはり浄瑠璃らしい浄瑠璃ですね。物語としても変化があって実に面白い場面です。
早野勘平という、仇討ちに参加しない者がこの作品のクライマックスに位置するのが作者の工夫ですね。この男がお客さんに最も近い存在なのではないでしょうか。いい男だけど、することなすこと交喙(いすか)の嘴。
「一力」
昨日の記事に戸浪さんが忠臣蔵も恋の物語、というコメントをくださいましたが、「妹背山」はもちろん、「太功記」も「千本桜」も「菅原」も恋なくしてはこれら時代物も物語が成り立たないようですね。
ところで、大星とおかるは恋の関係にあるのでしょうか? そんな思いも抱きながら見たいと思っています。簑助の大星と勘十郎のおかる。これはもう歴史的共演。こんなコンビで演じられる日が来るとは全く思いも寄らぬことでした。平右衛門が玉女。おかるとのからみが楽しみ。

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東京公演第一部 

文楽九月東京公演は8日から始まります。
今回は『仮名手本忠臣蔵』の通し上演。
今日から三日間、私なりのみどころを書いていこうと思います。

まず「第一部」。
忠臣蔵が太平記の世界に移されていることはご存知だと思います。近松の『碁盤太平記』がすでにその形をとっており、それを受け継いで決定版にしたのが『仮名手本忠臣蔵』。
高師直も塩冶判官も実在の人物。
師直が判官の妻に横恋慕したのも太平記そのまま。
太平記にはお風呂をのぞき見しちゃうなんていう話も入っています。
それをあの赤穂事件に結びつけた近松や千柳ら浄瑠璃作者たちの発想のすばらしさはなんとも尊敬に値しますね。

タイトルもうまくつけてあります。いろは47文字と同じ数の忠臣たちのお話。仮名の手本であり、手本になる忠臣であり。

今回の第一部は

  「兜改め」から「城明け渡し」まで

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始末 

まるでこのブログのテーマとかかわりのない話です。

私はかなり

    ケチ らしい

のです。
「らしい」というのは自分ではそう思っていないからです。
ティッシュペーパーは1枚(厳密には2枚ですけど)ずつしか使わないし、手を洗うときは石鹸でごしごしする間は水を止めています。誰もいないところの電灯がついていたら消します。コピーは当然表裏印刷。裏面の白い紙はA4ならパソコンのプリンタやファックスの用紙として使います。図書館に行くときに必ず持っていくメモ用紙も授業プリントの余りの紙を小さく裁断したもの。電車一駅なら歩いてしまいます。

      当たり前

と思っているのです。
ところが周りから見るとかなりのケチに見えるらしいのです。
白い目で見られる事も、ずばり口に出して言われることもあります。
でも、エアコンも使いますし、学生と何かを食べに行ったらたいていはおごります。

始末するのは私にとっては当然過ぎるほど当然の事です。
それでも、いつも赤字赤字で苦しんでいます(なぜ?)。

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北海道から 

先日北海道の方からお手紙をいただきました。
といってもまるで存じ上げない方です。
実は、6月に放送されたテレビをご覧になった方で、お子様が多くの障害を持っていらっしゃるというお母様です。
ご自身は健常でいらっしゃって、お子様のことで本当に心を砕いていらっしゃるご様子です。
最初にお手紙を下さったのは6月の終わりだったと思います。
お返事を差し上げましたところ、今回また書いてくださったのです。
福祉活動の一環として

  文楽人形を学生が遣う

催しをしている事がテレビでも放映されましたが、それに強い関心を持たれたようです。
お子様にぜひ見せたい、というお気持ちになられたそうです。

そういわれますと飛んで行きたいくらいなのですが、なんと申しましても北海道です。学生を連れて行くにもなかなか難しい問題があります。

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あせり 

なかなか書けません。
書くことを仕事にしている者が書けないというのは、要するに仕事ができていないということです。
もともと鈍い頭が、暑さのせいでさらに働かず、怠け癖もしょっちゅう顔を出して筆が遅れるのです。

    昔の大学の先生

は偉かったですよね。
私が学生時代、まだ先生たちの間にはパソコンはもちろん、ワープロも普及していませんでした(学生はワープロはかなり持っていました)。
夏休みには、その先生たちは研究室に来て、ドアは開けっ放し、扇風機はつけっぱなし(クーラーはありませんでした)で、原稿用紙を一生懸命埋めていらっしゃったわけです。

恵まれているのに仕事ができない我が身が情けなくさえあります。

    「文楽評」

もなんとかしたいのですが、もがいているところです。

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半年 

関東地方の皆様。
地震のお見舞い申し上げます。
慣れていらっしゃるでしょうけれど、やはりいやですよね。
おりしも今日9月1日は関東大震災の日ですね。

さて、このブログを立ち上げてから半年が過ぎました。
皆さんのおかげで続けられるのです。
これは間違いありません。

    ありがとうございます

文楽を愛しながら、肝心の浄瑠璃が聴きづらくなっている。
こんな状況に置かれたとき、この芸能から去っていくのもひとつだとは思ったのです。
私が去ったところで、文楽には何の影響もありません(笑)。
でも、少し語弊があるのですが、なんだか“悔しくて”、これからもなんとか関わり続けることはできないだろうかとも思ったのです。
そもそも大学の授業の中で伝統演劇に関わっているからには、そう簡単に放棄できないだろうとも思いました。
しかしやはり、コミュニケーションがうまく取れないことには違いなく、何か道はないだろうかと暗中で模索していたのです。

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