手品 

28日の講演について来てくれた学生には大変な迷惑をかけてしまいました。
私の

    方向音痴

が原因です。
往路、途中まではかなりのハイペース。予定より早く着きそうな感じでした。
ところが一か所、迂回路があったのです。それで頭の中に入れていた地図が大混乱。
結局到着は予定より遅れ、ずいぶんあわてさせてしまいました。
復路、いきなり道を間違え、東に行くべきをうっかり西に行く道に入ってしまい、修正するのにこれまたいくらか時間をロスしました。
カーナビは? といわれるとお恥ずかしいのですが、つい先日こわれてしまい、買おうにも先立つものがなく、このところ地図頼りなのです。

さて、とにかく現地に到着しましたが、パソコンが不具合。結局取り替えてもらって、パワーポイントが起動するまでは私が話をつなぐことになり、出席者の皆様にも迷惑をかけてしまいました。
話の内容はかなりいい加減なもので、これまたさぞかし退屈な時間をお過ごしになられたと思うのです。
ところが、出席者のみなさんの目が

    パチッ!

と開いたのが文楽人形の登場の時でした。

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学生と講演へ 

昨日、公演じゃなくて、講演に行きました。
大阪市のある団体から呼ばれまして、大学で

  文楽人形によるボランティア活動

をしているというのはどういうことなのか話して欲しい、といわれたのです。
私の専門分野(平安時代文学)の講演ではなかったので、わりあいに気楽にお引き受けしてしまいました。変な言い方ですが、専門の講演は苦手、というか、かなり緊張してしまうのです。
こういう講演では人形を連れて行くほうがいいわけで、これまで何度かこういうことは経験しているのです。
ただ、私一人では思うように人形を遣うことも出来ませず、いささかもてあまし気味でした。
そこで今回、学生に声をかけてみたところ、たまたまその時間に授業がない者がいまして、手伝ってくれるというのです。

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とう 

先日、コメントの中で戸浪さんが

    とうがたつ

という言葉を使われました。
すると学生がやってきて、

    あれ、どういう意味ですか?

と聞いてきました。

  「(OLさんに向かって)お若いですね」
  「いえ、もう就職3年目で、とうがたっています(笑)」

って感じかな~などといって、何とか説明しました。
ところが、学生はなかなか意味がつかみきれず、「どんな字?」といいながらホワイトボードに

  塔が建つ

  藤が立つ

などと書いています。うんうん、なるほど。
「藤が立つ」というと、ついに私が選挙に出る!って感じでしょうか。
でも、そういう字じゃなくて、「ふきのとう」の「とう」で、

    「薹」

っていう字。と説明しますと、一生懸命この字を書いていました。

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平和な大阪 

この十一月公演のある日の出来事です。
第一部を見ることにしていました。
第一部のお楽しみの一つは45分から始まる

    幕開三番叟

ですね。
そこで10時40分頃には席に着こうと思って中に入りました。
すると、私の席におば(あ)さんがすわっていらして、両隣の同年輩の女性と大いに盛り上がってお話をなさっていました。
触らぬ神になんとやらで、そのうちに自分の席に戻られるだろうと思った私は三番叟を「立ち見」していました。
そして開演5分前に改めてその席を見るとやはりご歓談中でした。
しかたがないので声をおかけしたのです。するとおばさんの(おそらく)おっしゃるには

    私ら友達ですねん

・・・って、そんなこときいてませんよ。

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千秋楽の夜の部は 

24日の夜の部についてはいろいろ書くことがありそうです。
千秋楽というのは、今日で最後、ということで技芸院の皆さんも思い残すことの内容に演じようという気持ちが強いように思われます。特に人形遣いさんにその傾向があるのではないでしょうか?
以前、若手の人形遣いさんが大変大きな動きをされたことがありまして、それについてうかがいますと、「千秋楽ですから、師匠に叱られてもいいからとにかく思い切りやりたいと思って、あんなふうにしてみました」というお話でした。
もちろんうまくいくとは限りません。下手をすると悪ふざけやスタンドプレーにもつながりますし、芝居全体に破綻を来たす可能性もあります。いくらなんでも

    やりすぎだ

と批判されなくもない、いわば

    両刃の剣

であるわけです。しかしうまくかみ合うと思いがけない効果を生むこともありそうです。
昨日の千秋楽は私の目から見ますと大変うまくいって、しかも客席がそれを許し、さらに乗せた、という感じを抱きました。
とにかく、客席がここまで舞台と一体化したのは久しぶりだったように思います。
「靱猿」の文司と簑紫郎の猿曳きと猿、「恋娘」の勘弥のお駒、端役ではありますが、紋吉、玉翔の番太など。

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学生と文楽劇場 

昨日の千秋楽は学生2人と一緒に文楽劇場に行きました。
夜の部のみ勤務先から飛んでいったわけです。
例によって「休日授業」で、学生も授業を終えてから電車に飛び乗るかっこうでした。休日授業はほんとうにかわいそうです。

実はこの学生たちは文楽の経験は2度だけ。
初体験は人形の指導をしてくださる吉田勘弥先生が義経で出られた

    勧進帳

一幕のみ。その日の午後に授業の一環としてバックステージの見学に行ったところ、勘弥先生から「今夜見てよ」といわれまして、招待券をいただいての鑑賞でした。
もう一回は今年の夏休み公演で、

    西遊記

でした。
つまりこれまでは短時間の公演で、本物の文楽の長丁場を知らないままだったのです。
そして今回初めて4時開演、8時15分終演というフルコースを体験しました。

DSC01717.jpg 
↑学生作 バイオリン小道具
弦が三本!和風じゃ!
(未完成。ニスを塗ったりして完成させます)

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千秋楽です 

文楽十一月公演が千秋楽を迎えます。
襲名された

    五世 豊松清十郎 さん

は、とりあえずひと区切りですね。
大変お疲れだと思います。ご苦労様ですが、本日もう一日ご奮闘下さい。
また、この公演では人形遣いさんに世代交代を感ずることが出来ました。

世代交代というにはもうベテランの方ですが、

    吉田玉也 さん

は濡髪を堂々と演じられました。

    吉田玉英 さん

はお早をしっとりと、お駒の母を情感豊かに描かれました。
中でも大変すばらしいと思ったのは

    吉田文司 さん

でした。「靱猿」の猿曳もさることながら、児嶋元兵衛(ごとう もとべえ)の豪快な長六法は師匠文吾さんを思い出させてくれました。ご自身のポジションを確認されて、飛躍のいいきっかけになるのではないでしょうか?

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勤労に感謝・・されるか? 

今日は

    勤労感謝の日

ですね。
もともとは陰暦十一月の二番目の卯(う)の日におこなわれた、

    新嘗祭

なのですね。天皇が新穀を神に供えて、自らも食べる行事で、この一年の豊穣を喜ぶ意味もありそうです。
これが明治6年(1873)以降11月23日に定められたのだそうです。そして戦後はこれを勤労感謝の日として今に至っているということです。
この一年、と振り返るのはまだ早いですが、皆様はよく働かれましたか?
私など相も変わらず働けど働けどなおわが暮らし楽にならざり・・・のクチですね。

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1,000本桜? 

本日をもちまして、記事が

    1,000本

を数えることになりました。
このブログを始めた2006年3月1日からの連続で、日数は997日。
2006年8月に3つ多い記事を書いているだけで、あとは毎日ひとつ。
3日後(11月25日)には1,000日となります。
1000本と1000日のどちらをご報告しようかと思ったのですが、今日にしました。
その理由はふたつあります。ひとつは「千本」という音の響きです。文楽ファンならまずどなたもが

    義経千本桜

を連想されるでしょうし、私もそうでした。で、なんとなく華やかでいいかな、と。「千日」というと、「その千日が迷惑」と言われそうで(笑)。
もうひとつは、今日が

    近松門左衛門の命日

に当たるからです。享保九年(1724)十一月二十二日。
せっかくの記念日ですから、覚えやすい今日を区切りとすることにしました。
もちろん、近松が亡くなった十一月二十二日は、暦が違います。今の暦に当てはめると翌年(1725)1月6日に当たるようです。真冬ですね。
一般的に近松の生没年は(1653~1724)としていますが、WIKIPEDIAではこういう場合、太陽暦を用いて(1653~1725)としているようですね。これはこれでひとつのアイデアだろうと思います。ただ、生年については、誕生日が分かっているわけではありません(没年からの逆算で判断)から、太陽暦で厳密に言うと1653年とは限らず、1654年の可能性もあります。

ところが、近松の墓のある兵庫県尼崎市の広済寺では太陽暦の11月22日を命日と扱っており、毎年この日に近い日曜日に近松祭をおこなっています(今年は10月26日でした)。

    1・1・2・2 

ですから覚えやすいですよね。

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新しい女の子 

私の学生時代、学生は専攻ごとに「読書室」という部屋が与えられていました。要するに

    たまり場

ですね。
ここで先輩後輩の関係を築き、知らず知らずのうちに卒論だの就職だの、あるいは人間関係だのについてあれこれ教わっていったわけです。誰が持ってくるのか安っぽいウィスキーのボトルがあり、バレンタインデーになると哀れな私たちに心優しき女子学生が恵みのお菓子を置いていってくれたりしたのです。

現在の勤務先の私の学部にもそういう場所がある、と思っていたのですが、そこはパソコンが鎮座ましましている、という理由で飲食禁止だとパソコン管理をしている部署から(?)クレームがついたらしいのです。学生にとって、食べられないなら「たまり場」にはなりませんから、これは一大事。
早速、学部長がはからってくれまして、その部屋でもパソコンから離れたテーブルなら飲食可、ということになったようです。「お犬様」ならぬ

    おパソコン様

はエライのです。
それでも、何だかいづらいのか、学生は避難場所(?)を求めて、各教員の研究室をハシゴしているようです。
私の部屋も、昼ご飯やお菓子を食べる目的、かと思うとマジメに試験勉強をする目的などさまざまな理由で利用されています。研究日もない私ですし、うるさく騒いでも私は一向に平気ですから、学生も自由にしています。
もちろん私にも時々話しかけてくれます。
「先生、割り箸ない?」「今度紅茶買っといて」など、とても心温まる言葉(笑)を。

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最近気になること 

このところあれこれ忙しくて、気になることが多々あるのに何もできません。せめてここにメモしておきます。

    他のブログを訪問

することがおろそかになりがちです。コメントをすることにいたってはさらに横着を極めています。皆様、失礼しております。

    紅娘さんとの

30万ヒットの時のお約束が、今なお果たせずに停まっています。我ながら情けなく思っています。紅娘さん、ごめんなさい。

    高2の長男の身長が

いつのまにやら180センチくらいになっています。私はいつ追い抜かれるのでしょうか? なお、足の大きさは私は26センチ、彼は27センチです。

    日に日に減っていく

私の貯金は、底をつく日が近いのでしょうか? 学生時代から爪に火を灯すようにして貯めたお金がここ数年であれよあれよという間になくなっていきます。入るものが少ないのか、出るものが多いのか。

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タカラヅカを見たい 

星組トップの安蘭けいさん、遠野あすかさんが来春宝塚歌劇団を退団されます。
私は結局この人たちの舞台を全然知らないまま終わりそうです。
あらゆるお芝居を見たい、聴きたいのに、残念です。

しかし、彼女たちの姿はしょっちゅう家で見ることが出来ます。
私の家では最近普通のテレビ番組よりタカラヅカのDVDのほうが長時間流れているからです。

今、家族ぐるみで、来春デビューする予定の

    ある生徒さん

を支援しています。
その関係で、彼女の先輩たちのDVDがゴロゴロ転がっているわけです。
今も私のすぐ横のテレビでは2年前の星組バウホール公演が流れています。
この生徒さんについては、デビューされたらご紹介することもあろうかと思います。
すらりとした美形で、男役、娘役どちらもいけそうなお嬢さんです。

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文楽評について 

雑誌「上方芸能」はご覧いただけたでしょうか。
もうしばらく黙っていようかと思ったのですが、この辺でお知らせしてもいいかなという気になり、このブログをご覧いただいている方だけにご報告します。
実は、1年半私に付き合って主に床の劇評を担当してくださっていた

    槌谷 礁 (つちや・しょう)

さんが、今号でひとまず筆を擱かれることになりました。
長かったような短かったようなお付き合いだったのですが、心より感謝申し上げております。
当初は床について書いてください、ということでお願いしていたのですが、人形について、また芝居全体についてもいろいろ意見を言ってくださり、大変勉強になりました。
もう私は引退して槌谷さんにバトンタッチできるかなと思っていた矢先にご本人から「そろそろ降りたい」というお申し出がありました。

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文楽・超入門(9) 

文楽を見に行くと、プログラムを売っています。
あらすじ、解説、エッセイ、配役などが書かれていて、別冊にはテキストの全文が出ています。
そしてプログラムの最初のページには

    番 付

と呼ばれるものが入っています。小さくて見にくいのですが・・・・

番付

その公演に登場する太夫さん、三味線さん、人形遣いさんの名前がすべて出ています。
相撲の番付でもそうなのですが、

  格上の人ほど太い文字で

書かれます。
たとえば、太夫さんで言うと、住大夫、綱大夫、嶋大夫、咲大夫、松香大夫、英大夫、津駒大夫、千歳大夫といった人たちが一番太い字です。
次に三輪大夫、津国大夫、文字久大夫、南都大夫、文字栄大夫、呂勢大夫らがいて、一番細い字が若手ということです。

    ~大夫

は「~たゆう」「~だゆう」と読みますが、どちらで読んでも間違いということではありません。ただ、慣例として、「大夫」の前の名前の読み方が2文字の人は「たゆう」、それ以外は「だゆう」と読むことになっています。たとえば、「住大夫」は「住(すみ)」が2文字ですから「すみたゆう」、「松香大夫」は「松香(まつか)」が3文字ですから「まつかだゆう」、「英大夫」は「英(はなふさ)」が4文字ですのでやはり「はなふさだゆう」という具合です。

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泉水のキツネ 

ある方から面白いご指摘をいただきました。

    本朝廿四孝

「狐火」で、八重垣姫は諏訪法性の兜を手にします。諏訪大明神より授けられたと伝わる秘宝であり、武田の家を守護するかけがえのない神器と崇められていた兜。
武田信玄が諏訪法性の兜をかぶる時、戦に負けることはなかったとも伝えられる武田信玄のトレードマークと言える兜です。
そして、庭の泉水をのぞくと・・・

    庭の溜りの泉水に映る月影怪しき姿

が見えるではありませんか。
それは狐の顔でした。

その狐の顔の向きがいろいろあるというご指摘でした。

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文楽・超入門(8) 

元禄十四年(1701)三月十四日、江戸城でとんでもない事件が起こりました。
播州赤穂のお殿様である浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が吉良上野介(きらこうずけのすけ)に斬りかかったのです。
その理由ははっきりしないのですが、浅野は「日ごろの遺恨」を口にしたようです。
将軍のいる江戸城内で刃傷(にんじょう)事件を起こすなどもってのほか。取り押さえられた浅野は即日切腹を命ぜられました。そして、浅野家は断絶(おとりつぶし)となります。

    喧嘩両成敗

という考え方もなくはなかったようですが、結局吉良はお咎めなし。
浅野の家来である萱野三平(かやの・さんぺい)らは大急ぎで地元の赤穂に知らせに走ります。といっても走るわけにはいかず、早駕籠(はやかご)に乗って行きました。その所用日数が、なんと五日足らず。距離を600kmとしても、1日120km以上。それを駕籠に乗りつづけたのです!!

赤穂ではびっくり仰天。
なぜうちのお殿様だけが切腹なんだ! 浅野家だけが取り潰しなんておかしい! と大騒ぎする者もあります。家老の大石内蔵助(おおいし・くらのすけ)はとりあえず騒ぎを抑えて、赤穂の城を明け渡すことにします。

    敵討ちだ!

と張り切る人も多く、一方、謹慎して浅野家を再興しようという声もありました。大石もずいぶん悩んだようです。結局、お家再興は不可能となったこともあって、月こそ違いますが亡君の命日に当たる

    元禄十五年十二月十四日

の深夜に、大石内蔵助をリーダーとする47人が江戸本所松坂町(今の東京都墨田区両国3丁目)にある吉良邸に討ち入り、吉良の首を討ち、そこから浅野の墓のある高輪泉岳寺(東京都港区高輪2丁目)まで歩き、吉良の首を浅野の墓前に捧げたのです。
その時点で姿を消していた寺坂吉右衛門(てらさか・きちえもん)を除く46人はその後4か所の大名屋敷に分かれて謹慎し、翌年二月四日、幕府の命令によって全員が切腹したのです。
そのメンバーは、大石主税(おおいし・ちから)、堀部弥兵衛(ほりべ・やへえ)、堀部安兵衛(ほりべ・やすべえ)、原惣右衛門(はら・そうえもん)、吉田忠左衛門(よしだ・ちゅうざえもん)、大高源吾(おおたか・げんご)、潮田又之丞(うしおだ・またのじょう)、不破数右衛門(ふわ・かずえもん)、磯貝十郎左衛門(いそがい・じゅうろうざえもん)、片岡源五衛門(かたおか・げんごえもん)、小野寺十内(おのでら・じゅうない)、神崎与五郎(かんざき・よごろう)、近松勘六(ちかまつ・かんろく)、矢頭右衛門七(やがしら・えもしち、やとう・えもしち)らでした。
中には敵討ちに加わりたくても家庭の事情などで叶わなかった者もあり、あの早駕籠で赤穂に報告した萱野三平はそれを苦にして自宅(大阪府箕面市萱野3丁目)で切腹してしまいました。
萱野三平の邸跡は今もその一部が当地に残されています、三平の墓もすぐ近くにあります。

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文楽超入門(番外の2) 

今日から十一月公演も後半です。
第二部は4時から、「靭猿」「恋娘昔八丈」「五世豊松清十郎襲名披露口上」「本朝廿四孝」と、もりだくさんです。

    「靭猿」

は狂言からきたものですから、舞台も松羽目です。
「自分は身分が高いから何でも出来る」と大きな勘違いをする(いつの時代にもいる)大名と猿曳、それに間に立つ太郎冠者のやりとり。さらには何もいえないで芸をする猿の無邪気な姿が描かれます。
特に面白い物でもないでしょうが、あとの襲名披露の前祝的な内容です。

    「恋娘昔八丈」

は中堅人形遣いの吉田簑二郎さんと吉田勘弥さんが師匠(吉田簑助さん)の持ち役であるお駒に挑みます。師匠の役をはじめて遣うわけですから、おふたりとも緊張もするでしょうし、やりがいもあるでしょう。後半は勘弥さんです。うかがったところでは、前半からこの役のことが頭から離れなかったそうです。思い切りぶつかって欲しいですね。
黄八丈の小袖を着て処刑されたという歴史上の人物「白木屋お熊」をモデルにしているのでタイトルにも「八丈」がつきます。黄八丈は最初八丈島で織られたのでこの名があるそうですね。
三枚目なのに二枚目と勘違いしている番頭の丈八(名前をひっくり返すと「八丈」になります)の存在も面白いのですが、結局お駒は夫となる喜蔵(実は丈八の仲間の悪人)を殺すことになります。そして処刑の場で喜蔵と丈八の悪事が露見し、めでたく彼女は許されます。
これもまた襲名披露の前狂言としてめでたい幕切れのものが選ばれているわけです。

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文楽超入門(番外)~文楽初体験の方へ 

毎公演、文楽初体験の方がいらっしゃるはずです。
もしそういう方が「どんな芝居だろう?」と思われてネットを探し回られたら、と余計なおせっかいをするのです。

この公演、今日は休演日で、明日からいよいよ後半です。
そこで、簡単に見どころを書いておこうと思います。

後半の第一部は「双蝶々曲輪日記」「八陣守護城」です。

「双蝶々」は長い話ですが、今回はその一部分です。
関取の

  濡髪長五郎(ぬれがみ ちょうごろう)

が、ごひいきの息子さんの恋愛を邪魔する男を殺して追われる立場になることを示す「難波裏喧嘩」。
ここでは濡髪の豪快な力強さが見られます。

そして「引窓」の段。
濡髪は八幡にある母親の再婚先に別れの挨拶に行きます。そこは母の継子である

  与兵衛

の家でもあります。よりによって、この与兵衛はこの日庄屋代官に取り立てられて、濡髪を逮捕する役目を担わされています。
濡髪は潔く名乗り出ようとし、母や与兵衛の妻(お早)は逃がそうとします。与兵衛も事情を知ってついに逃がしてやるのです。
この場面では「引窓」(灯り取りの天窓)が大きな意味を持ちます。実は与兵衛の任務は夜の間だけ。
そこで最後は天窓を開けて、差し込む月の光を「夜明けの日の光だ。自分の役目は夜だけだから」といって逃がしてやるという趣向なのです。折しも放生会(捕えた生き物を逃がしてやる日)のことです。
しみじみとした母親と濡髪のやり取り、陰で支える嫁のお早。そして与兵衛の慈悲心。そういう人々の愛情が浄瑠璃の切々たる語りによって描かれます。
私が始めて泣いた浄瑠璃はこの作品でした。
やや地味な話で、初めての方にはひょっとしたら退屈かもしれませんが、よく浄瑠璃をお聞きになってください。じわっと来るかも知れません。

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オバマさん 

アメリカの次期大統領にまだ40代の若さを誇るバラク・オバマさんが就任することが決まったようです。はじめての黒人大統領ということでさらにフレッシュな感じがします。

日本にも「おばま」という姓はあります。漢字で書くと「小浜」だったり「小汀」だったり。
「小浜(おばま)」という名前の方はNHKの解説委員にいらっしゃいました。
一方、「小汀」というと、

  小汀利得(おばま としえ)

というジャーナリストがいました。
オバマ、という名から、私はまずこの人を思い出してしまいます。
私はあまり覚えていないのですが、父親が見ていたテレビ番組に「時事放談」がありました。古い番組ですが、小汀さんはこの中でいいたい放題をいう人として知られました。同じ番組でやはり毒舌で知られた細川隆元とともに「りゅうげんさん・りとくさん」でなかなか人気があったようです。
有名なのは、ビートルズの公演を日本武道館でおこなうことに猛反対したこと。42年前のことなんですね。

そんな、ちょっと怖いおじさんは、戦後有力になった日本語のローマ字表記派やかな文字表記派に対して、漢字仮名交じり表記を守ろうとした人でもありました。

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「上方芸能」170号 

季刊誌

    上方芸能

が刊行され、昨日私の手元に届きました。書店にもすぐに並ぶことと思います。
今回の特集は大衆演劇です。
根強い人気を持つ大衆演劇の本質や現状について詳しく書かれています。
実は私はあまりよく知らないものですから、こういう機会にいろいろ教わろうと思っています。

「贔屓のひき起こし」のページには高木浩志さんが

    竹本綱大夫 師匠

について書いていらっしゃいます。
綱大夫さんくらい多くのレパートリーを持つ人はいない、というお話から始まって、若き日のお二人のご関係などが紹介され、最後にはまだまだ頑張っていただきたいとエールを送っていらっしゃいます。

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文楽・超入門(7) 

近松門左衛門のことをずいぶんあれこれ書きました。
実際、今でも近松作品は人気演目です。
「曽根崎心中」など、好きな演目のアンケートをとると常に上位にいます。
近松以後の作者で著名な人といえば、並木千柳(なみき・せんりゅう)、三好松洛(みよし・しょうらく)、竹田出雲(たけだ・いずも)らがいます。彼らが作った名作に

    時代物の三大名作

といわれるものがあります。
すなわち、

    義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)

    仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)

    菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)

の三つです。
今でもこの3つの演目は近松作品に勝るとも劣らない人気を誇っており、歌舞伎にも移されて、不朽の名作といわれています。
「時代物」というのは過去の時代に材を取ったいわば時代劇。ところが、舞台に繰り広げられる風俗などは江戸時代風になっており、時代劇と現代劇がミックスされているわけです。
たとえば「菅原伝授手習鑑」は菅原道真とその周辺の人物が登場しますから、時代は平安時代です。ところが、男性登場人物の皆さんの多くはなぜか前額部から頭上にかけて髪をそり上げた、いわゆる「月代(さかやき)」を剃っています(これは中世末期からの風俗)し、着物も全く江戸時代風。
この作品の名場面といえば「寺子屋」ですが、寺子屋なんて平安時代にはありません。
ものの考え方も儒教道徳の色濃い江戸時代風です。
しかし、考えて見ますと、今の時代劇(「水戸黄門」とか「遠山の金さん」とか)も、現代風の考え方で描かれることは当たり前で、大岡越前が奥さんと並んで町を散歩したり、町のおかみさんがお歯黒もせずに白い歯を見せてにっこり笑ったり、また純愛ブームになると時代劇もそういう観点から描かれ、政界と財界の癒着が問題になると時代劇にやたら「河内屋」が出てきたり(笑)しますよね。

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清十郎の紋 

紋というのはデザインとしてすぐれているものが多いですね。……と、偉そうにいっても私は美術を見る目が怪しいですし、そもそも紋についての知識は実に怪しいのです。
自分の家の紋も「たしか、片喰(かたばみ)だったなぁ・・」という程度です。

もっともポピュラーなのは三つ葉葵(徳川葵)でしょうか。いつぞや子供がこの紋を「水戸黄門マーク」と言ったとか。
そういえば、子供の頃から「不思議な社名だ」と思っていた醤油の「キッコーマン」が「亀甲に萬(きっこうにまん)」の紋であることに気付いたのはかなりあとになってからでした。

文楽の技芸員さんもそれぞれ紋をお持ちですが、あまり詳しく存じません。住大夫師匠は木瓜でしたか? 寛治師匠は地紙の捩じ紋だったと記憶します。咲大夫さんの「丸に十」は一度見たら忘れられません。

登場人物も紋と共に記憶される人があります。大星由良助の「二つ巴」、熊谷の「向鳩」、「近江源氏」などの佐々木の「四つ目」などは有名です。
大星が「城明渡し」で提灯から切り取る塩冶家(浅野内匠頭も)の「違い鷹羽」も印象的です。史実の塩冶家は「花輪違」だったそうですが・・・。

そして今、

    八陣守護城

で目立っているのが加藤正清(清正)の

    蛇の目

です。

そうそう、この文楽公演で目立つ紋といえば、もう一つ大事なものを忘れてはなりません。

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浮舟 

昨日は吹田市民大学という場で

    源氏物語 浮舟の絶望

という派手なタイトル(?)でお話をしました。
源氏物語の最後のヒロイン、浮舟と彼女をめぐる人々についてのお話でした。
100名あまりの方々を前にしてお話しますので、大変緊張いたします。

  スーツ に ネクタイ


という私にしては珍しい姿でお話しました。めったにネクタイをしませんので、同僚から珍しがられました。

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展示室 

文楽劇場のお楽しみの一つは

    展示室

ですね。
ただいまは『八陣守護城』の主人公加藤正清こと

    加藤清正

に関する資料の展示があります。
尾張出身の清正は秀吉に仕えて、関が原合戦では徳川方に付き、しかし秀頼と家康の和解には努めたようです。
そんな清正の資料がいろいろ出ています。
長~い「烏帽子なり」の兜もありますよ。
そしてもう一つの企画は

    四世 豊松清十郎

懐かしい写真や遺品の舞台下駄などのほか、今回襲名された五世の少年時代の写真も展示されています。

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文楽・超入門(6) 付310,000 

ところで、近松門左衛門や竹本義太夫が活躍していた頃は

    文楽

という言葉はありません。
いずれお話ししますが、「文楽」はそもそも人名で、100年ほどあとに登場する人なのです。
うっかり言ってしまう「近松の文楽作品」という言葉は正確ではないわけです。

義太夫の本拠地は

    大坂の道頓堀

でした。
道頓堀は芝居小屋(劇場)のメッカで、とても粋で楽しい場所だったのです。
私の青春時代には朝日座、中座、角座、浪花座、松竹座があって、文楽、歌舞伎、松竹新喜劇、演芸、映画などが上演(映)されていました。
ところが最近道頓堀はずいぶん変わってしまい、なんだか全国どこにでもあるようなチェーン店が進出して、私にとってはずいぶんつまらない町になっています。

大阪市や大阪府が文化予算をもっとつぎ込み、企業メセナの力が再び活発化するようなら、ぜひ道頓堀をまた

    芝居町

として再建してほしいのですが、もう無理かもしれません。
天満の繁盛亭という落語の小屋が有名になりましたが、ほんとうはああいうものも道頓堀にあってもよいわけです。
芝居町を再建することは大阪の文化の再建を形にして見せることだとすら私には思えるのです。
もちろんその中に現代劇を上演する劇場もほしいですね。近松を上演している隣で三谷幸喜さんの芝居が見られる。かと思ったら落語会があって、映画が見られて、道頓堀の路上では大道芸までやっている・・・・。

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余裕が・・・ 

いやもうほんとうに

    日々牛歩

なのです。このところ毎日まったく何もできない状態です。
文楽のテキストをあれこれ読もうと思っているのですが、資料を作っただけで一行も読んでいません。
最近は本来の専門である

    平安時代文学

と付き合うことの多い日々です。
ご承知のとおり今年は源氏物語の千年紀ということで、私も話をさせられることが多く、その準備などで追われています。
源氏について本当に詳しければチョイチョイと予習すれば済むのでしょうが、私のようないい加減な者はきっちり予習しておかないと

    大ポカ

をやらかしかねないのです。

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アン・ブーリンの最期 

先日、ナタリー・ポートマン、スカーレット・ヨハンソン主演の

    ブーリン家の姉妹

を見てきました(以下、ストーリーを書いてしまいますのでご注意下さい)。
王妃の地位を得ようとなりふりかまわぬ姉のアン・ブーリン(ポートマン)と優しくおだやかな妹のメアリー(ヨハンソン)。
アンはブーリン家にやってきた王(ヘンリー8世)の気を惹こうと必死になりますが、結果的に王の目に止まったのはメアリー。
王妃の侍女という名目で宮廷に上がり、やがてメアリーは懐妊しますが、体調が悪く、王は彼女への興味を失っていきます。メアリーは王子を産むもののそのときすでに王の心はアンに。
アンは前王妃を追い落として念願の王妃の地位を得ますが、男子を生むことはできず、何が何でも男子をとあせり、ついには弟との近親相姦の罪(映画では未遂)などによって斬首刑になります。
メアリーは、ついには夫と共に田舎暮らしを選び、それなりに平和な人生を送ります。
そして、アンが産んだ女の子は、なんという運命の皮肉か、

    エリザベス女王(1世)

となったわけです。

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文楽・超入門(5) 

近松門左衛門が「曽根崎心中」を書いた時、何歳だったと思います?

    数え年の51歳

です。
50歳を過ぎて新しいことに挑戦しようとするなんて、なかなかたいしたものですね。
学生さんから見ると

    お父さんの世代

ですね。お父さんにも頑張るようお伝え下さい(笑)。
このあと近松は「冥途の飛脚(めいどのひきゃく)」「心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)」「女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)」「心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)」などの名作を次々に書いていきました。
ところで、これらのタイトルを見て、何か気がつきませんか?
タイトルの字数が決まって5文字でしょう。このほか、7文字というのも多いのですが、これは芝居のタイトルの基本スタイルだったのです。近松のタイトルが5文字の作品には、このほかに「平家女護嶋」「国性爺合戦」「心中重井筒」などがあります。

さて、「曽根崎心中」の初演(1703年5月。ただし当時は貞享暦という旧暦でした)の時はどんなふうに上演していたのでしょうか?

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古典の日 

昨日(11月1日)は京都で天皇夫妻を招いての催しがあり、

  古典の日

が宣言されました。
1008年の旧暦11月1日の『紫式部日記』に、藤原公任が「若紫さんいますか?」と戯れを言い、紫式部が「光源氏もいないのに若紫はいないわ」と思った、という記事があります。
つまり、この時点で

  『源氏物語』

の存在が確認されるのです。
それを記念して、古典の日としよう、というわけです。

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大阪公演初日 

文楽十一月大阪公演が本日初日です。
申すまでもなく

    五世 豊松清十郎

襲名披露があります。
演目は、第一部が

  靱猿
  恋娘昔八丈
  五世豊松清十郎襲名披露口上
  本朝廿四孝

第二部が

  双蝶々曲輪日記
  八陣守護城

です。
清十郎の八重垣姫はもちろんのこと、玉女の加藤正清、玉也の長五郎、玉英のおはや、簑二郎・勘弥のお駒など人形に新しさを感じます。
床は「鈴が森」を呂勢・清治、「引窓」の中を文字久・喜一朗、「城木屋」の前を咲甫・清友などですね。

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