五郎兵衛師匠 

上方落語の重鎮で上方落語協会の会長も務められた

  露の五郎兵衛 師匠

が亡くなりました。
もともと役者(子役)でいらしたのですが、二代目春団治門下で桂春坊としてデビューされ、紆余曲折を経て桂小春団治から露の五郎、そして京の落語の元祖の名をそのまま継がれて露の五郎兵衛。
お若い頃は米朝師匠とお二人で下宿、というか、いわゆる「二階借り」をされていたこともあったそうで、米朝師匠が落語のマクラにそんな話をされていたことを覚えています。ずいぶん寝言をおっしゃったのだとか。もちろん米朝師匠は

    天狗裁き

のマクラに使われていました。
米朝師匠が司会をされていたテレビの「お笑いとんち袋」では米紫、小米(枝雀)、ひな子、松之助さんらとともに出演され、朝丸(ざこば)さんや我太呂(先代文我)さんが珍解答をされるのに対して、当時の小春団治さんはスマートな解答をされていたようにかすかながら記憶があります。この番組は東京の「笑点」同様のいわゆる「大喜利」なのですが、子供時代の私にとっては「笑点」よりはるかに面白い番組でした。
噺家としては、古典もさることながら、きわどいほど色っぽい話や怪談噺などが思い出されます。
芝居の素養は春坊として落語家になられてからも生かされて、宝塚新芸座の頃は演出や殺陣などご自身でつけられるほどでだったそうです。芝居噺がお得意だったのもゆえなしとしないと思います。映画では「ニワトリはハダシだ」に出演されました。

    大阪にわか

の伝承者でいらしたのも忘れがたいことです。

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新年度モード 

 ※BB会情報、更新しました(→こちら

三月も末、花冷えが続きますが、桜はかなり咲いてきました。
早いものは満開も目の前。のんびり屋さんもかなり咲いてきました。
それに合わせるかのように、大学は新年度の雰囲気が漂ってきました。
入学式を控えて、在学生に対する新年度のオリエンテーションが行われ、早くも

    前期の履修届

が(今は紙ではなく、すべてwebです)提出されました。
私は相変わらず役立たずなので、出勤してスタンバイしているだけ。同僚教員が一生懸命アドバイスを送っているのを申し訳なく見ているばかりです。

こうなると教員側も新年度の講義について予習しなければ、という気になってきます。
幸い今年度前期の私の担当は昨年に比べると極めて少なく、予習に関しては楽なのです。

今年も

    伝統芸能演習

を予定しています。
おなじみの先生に来ていただくつもりですが、受講する学生数は必ずしも多くはないと思います。

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母の慈悲 

維盛は身分を隠し、かつて維盛の父重盛から受けた恩に報いたい、という

    釣瓶鮨屋の弥助

からその名を譲り受けます。弥助は弥左衛門という隠居名を名乗り、店のことも維盛の弥助に任せ、弥左衛門の女房までが弥助を下にも置かず大事にしてくれます。
さらには娘お里の恋路。一家を挙げて弥助様々です。
弥助は感謝しつつも、

  段々お世話の上

大切なお娘御まで下され、御礼の申しやうもござりませぬ」といいます。

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飛ぶ鼓 

文楽に登場する動物には虎、ねずみ、鹿、鷲、猿、犬、蝶などが挙げられそうですが、最も重要なものはやはり狐でしょう。
『本朝廿四孝』『芦屋道満大内鑑』『玉藻前曦袂』などに登場しますが、『義経千本桜』の

    狐忠信

もまた格別の魅力があるように思います。
私にとってのこの役の雛形はやはり

    二世 桐竹勘十郎

のそれになります。亡くなってもう20年以上になるのに、この人がどれほど私の文楽人生に濃い影を落としているかをしみじみ感じます。
文楽劇場開場公演のときも、もうかなりやつれていらっしゃいましたがこの役を持たれました。純粋に演劇としての楽しみを味わわせていただけたのはもちろん、ケレンも楽しくみせてくれる、芸人さんらしい芸人さんでした。
最近の言葉で言うとDNAというのでしょうか、その血筋は明らかに当代勘十郎さんに受け継がれています(文吾さんもそうでした)。
当代勘十郎さんはお顔も本当にご尊父に似てこられました。特に人形を遣われるときのさりげない表情に「あっ!」と思わせられることがあります。

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さわる曲 

「渡海屋 大物浦」は義太夫の名曲ではありますが、この中には謡や平曲が取り入れられ、義太夫からほかの音曲に部分的に移行し、義太夫とその音曲の世界との二重写しになる劇的効果が醸し出されるようです。
昨日書いた「そもそもこれは桓武天皇・・・」がそうですし、そのあと知盛は

    夕浪に夕浪に、長刀取り直し

    巴波の紋、辺りを払ひ、

    砂(いさご)を蹴立て、疾風(はやて)につれて、

    眼(まなこ)をくらまし


ついには「飛ぶがごとくに」義経一行を追っていくわけです。この部分はもちろん謡曲「船弁慶」の

    夕波に浮かめる長刀取り直し

    巴波の紋、辺りを払ひ、

    潮を蹴立て悪風を吹きかけ、

    眼も眩み心も乱れて、前後を忘ずるばかりなり


の部分からの借用です。
似たような文章ではありますが、「船弁慶」では海上に浮かぶ知盛の亡霊、「渡海屋」では海辺に立つ知盛、ときちんと区別されています。
「船弁慶」では「夕波に浮かんで」「潮を蹴立て」いますが、「渡海屋」では浮かんではいませんし、蹴立てるのは砂です。

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開く障子 

『ひらかな盛衰記』「松右衛門内」では、樋口次郎兼光が松右衛門に身をやつしています。
そこへやってきたのがお筆。この家の子である槌松と取り違えられた駒若君を返してもらおうと訪ねてきました。
ところが槌松はすでに殺されており、松右衛門の舅である権四郎は怒り狂って現在養っている取り違えの子(駒若君)も殺してやると言って障子を開けます。
するとそこには松右衛門が

  若君を小脇にかい込み

       刀ぼっ込み力士立ち


という姿。姿は町人ですが、明らかに武士の骨柄。
しばらく身分は隠したままですが、なおも怒りの収まらない権四郎に対してやむを得ず、
「これこそ朝日将軍義仲公の御公達駒若君、かく申す我は樋口次郎兼光よ」
と名乗るわけです。

障子を開けるのは権四郎ですが、実際は自動ドアのようにすーっと開き、樋口と駒若君を浮かび上がらせます。

名場面です。

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閉じる目 

いがみの権太は困った男です。大悪党ではありませんが、親不孝者です。
椎木の下の茶店で、平維盛の妻、若葉内侍が、その子六代君とともに主馬小金吾を召し連れて夫を捜す旅をしているところにでくわします。
小金吾とそっくりの振り分けの旅荷をうまくすり替え、結果的に二十両という金をせしめてしまいます。

権太の特徴はなんといっても

    ぎょろりとした目

でしょう。首は小団七。髪は振り分け。
この目でにらまれるとさすがに恐ろしいものがあります。その力でせびり取った二十両といえるかもしれません。
しかし一方、大きな目は愛嬌があるとも言え、息子の善太にさいころ遊びをしてやるところなで、下がるはずのない目じりが下がっているようにも見えます。
善太の頑是無さには「鬼でも子には引かさるる」とあって、やはり親馬鹿なのです。
また、妻の小仙にもなんとなく弱いところがあって、こういう人間臭さが権太の魅力のひとつなのでしょう。

そしてやってきたのが父・弥左衛門の経営する釣瓶鮨屋。
ここではまず妹のお里と色男の弥助(実は維盛)をギョロ目でおどして奧へ追いやります。そして母親に甘えてまたまた金を出させます。
うまく騙せそうだと思った権太は

    目をしばたたき

ます。
そして、「年貢の金を取られてしまった。かくなる上は死ぬ覚悟だ」と言い、泣いて見せようとします。しかし、

    しゃくりあげても出ぬ涙

俳優にはなれそうにありませんね。舌で目を濡らそうにも

   鼻が邪魔して目の縁へ

       届かぬ舌ぞ恨めしき


となかなかうまくいきません。
大きな図体の権太が小柄な母に甘えて取るしぐさは母と息子のいつの時代も変わらぬ姿を伝えてやみません。

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踏む足 

平安時代の記録を見ていますと貴人が外出する場合、妙なことをする人物がいます。
貴人の無事のために呪術的な意味を込めて舞うように先行していきます。
中国古代の夏王朝の王の名に由来するという

    禹歩 (うほ)

と呼ばれる歩き方です。
地中には霊があり、その地霊に対してはむやみに逆らってはならず、言ってみれば挨拶をしながら歩いていくものなのでしょう。
大地は恵みをもたらしてくれるありがたいものであると同時に、その怒りを買うと不作という凶事にもつながります。だから地霊をあがめるという考え方ができますし、少し考え方を変えれば大地の中の邪悪なものを封じ込めて危険が外へ出ないように、いわばパンドラの箱を閉める行為として踏みしめるという見方も生まれてきそうです。
禹歩は陰陽道ではむしろ

    反閇(へんばい)

と言われるようで、私はまず、この言葉から覚えたものです。力士はしこを踏み、弁慶は飛びながら引っ込み、三番叟はさかんに足拍子を取る。

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伸びる手 

若い男がシュッと上半身裸になった姿は、それはそれでなかなか格好のいい場合があります。
上半身に限りますよ。
昔NHKのアナウンサーだった人(のちに俳優に転身された方だと思うのです)が、ある募集をするのに、まじめな顔をして

  ご応募の方は下半身の写真を同封の上・・・

と言ってしまって(生放送ですからどうしようもないわけです)、始末書を書かされたという話を聞きました。

電車の中で、とか、夜道を歩く女性の前で、という場合は犯罪めいてきますが、「おぼれている人を救助に行くぞ」「ポチが掘れと鳴くのでいっちょう掘るか」など

    さあ、ひと仕事!

というときに肩脱ぎになることがありますね。
そういう場合、ある程度筋肉が盛り上がっているほうがサマになります。
私のように骨ばかり大きくて肉のないタイプの場合はあまり似合わないのです。

文楽人形では「夏祭浪花鑑」の団七九郎兵衛ですね。彫り物の入った丸胴。
さんざん舅にいたぶられて、ついには手をかけてしまい、八丁目指して韋駄天走りで駆けていきます。かつて文楽劇場で花道を使って引っ込みをしたとき、勘十郎さんがあっという間に鳥屋口に入ってしまったことを思い出します。勘十郎さんか、左か足のてったいの人かはわかりませんが、汗が飛んできます。それはもうほとんど団七の汗であったわけです。

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宝塚市に住んで 

私の住む町、兵庫県宝塚市は田舎町ではありますが、生活するにはなんら不自由はありません。
必需品はもちろん市内で揃いますし、大都会には電車で神戸、大阪まで30分。
ところが、困ることもあるのです。
第一が

    映画館

小さな公設民営の映画館はあるのですが、やはりものたりません。お隣りの西宮市か伊丹市(宝塚市よりずっと小さな町なのに…)には大きなシネコンがあるのですが。
この町にはシネコンなどなくていいのですが、小さな映画館でももうひとつ近所に欲しい、といつも思います。
高校生の頃から(あの頃には宝塚市に映画館はありませんでした)、映画に行くというとまず大阪か神戸でした。当時はそんなもんだろうと思っていたのですが、宝塚市も人口22万の町になったのですから、それなりの文化施設はあってもいいんだけどな、と思わないでもありません。
歌劇以外何もありません、では寂しいです。

もうひとつ、意外なことに

    いい本屋がない!

先日、仕事の関係で本を買いに行ったのですが、近くの本屋には該当するものがありませんでした。けっして専門書などではなく、一般的な本屋なら置いてあってもよさそうなものだったので、なんとも思わずに出かけたのですが・・・。

    ショック・・・

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奈良が近い 

阪神電鉄の

    阪神なんば線

が開業し、大阪難波駅まで達し、さらにそこから近畿日本鉄道(近鉄)の線路につながって両社が相互に乗り入れることになりました。
これで、神戸三宮から奈良まで快速急行一本で約80分だそうです。
これまで関西では大阪・神戸・京都はそれぞれに独自の発展をしてきてしかも相互に行き来するのも便利でした。
しかし奈良はなんとなく置き去りにされてきた感があって、実際私なども奈良に行くというとちょっとした旅行気分になります。大阪や神戸に行くのに車を使おうという気にはなりませんが、奈良となると明らかに車のほうが便利なのです。

ところがこの新線開業で尼崎、西宮、芦屋、神戸の人などは奈良が一気に近くなったわけです。
文楽劇場に行くのも阪神沿線の人はこの新線で行くと便利なのではないでしょうか?

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肺気腫 

この2年ほど、まったく体調が思わしくありません。
呼吸器の病気は油断すると命にかかわりますので不安を伴い、不安がストレスとなり、ストレスが症状を悪化させ、という循環を作っています。
何か悪い病気なのではないか、明日をも知れぬのではないかと、大げさかもしれませんが疑心暗鬼が募ります。
先日かかりつけの医者にそういう話をしましたところ、

  不安ならレントゲンを撮って説明しようか?

と言われました。昨年も別のところで撮っていますが、そのときは「異常なし」とだけ聞いていました。
しかし医師の見落としもあるかもしれないわけで、今回は呼吸器の専門医であるかかりつけ医にゆだねることにしました。
ここのレントゲン技師さんは大変な美人で、年齢は40歳前後だと思うのですが、若々しくて、にこやかで、気立てがよくて、やさしくて、たとえて言うなら女優の島田陽子の若き日をそのまま少し老けさせて、ぐんと小柄にして、思いっきり庶民的にして・・・まあそういうことはどちらでもいいのでして(笑)、早速撮影。

結果的には

    心配ない。説明の仕様がない

とのこと。たしかに何の影もありません。

ただし、「肺気腫の状態ではあるね」との注釈つきでした。これだけ長らくゼイゼイいっているわけですから、それは覚悟していました。肺がなんだか

    ボヨ~ン

としている(笑)感じです。

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卒業式と覚悟 

一気に暖かくなった昨今です。
今日は勤務先で

    卒業式

があります。
袴姿の学生があでやかに学内を彩ってくれることと思われ、華やぎの一日になりそうです。

私の所属する学部では二期生が旅立って行きます。ただ、旅立ちといっても

    就職先もないまま

という学生が多く、前途はバラ色ではありません。
しかしバラは必ず萎れ褪せるることがあります。むしろ今のような時勢の中で卒業することで、将来きっと差し込むであろう薄明かりは実際の光以上に明るい輝きに見えるだろうと思います。苦労なんて、あって当たり前です。
子供の頃から食べるものに苦労したことなどなかった学生が大半でしょう。
安くはない授業料を払い続けてくださり、ここまで育ててくださったご両親に感謝しつつ、自分をしっかり見つめて欲しい・・・と教師みたいなこと(ん?私は教師だったか!)を思うのです。
来年の卒業生、その次の卒業生も就職は容易ではないでしょう。この春3,4年生になる諸君! それなら今のうちに自分をしっかり磨いておかねばならない。その

    覚悟

は今のうちにしておくことです。けっして甘いものではありません。

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合評 

変則的な合評ということをおこなっているわけです。
犯人は私です。黒幕は上方芸能の編集長です(笑)。

これは大変危険を伴うことだと思っています。
意見が合わずに

    喧嘩別れする

というならまだいいのです。
相手の出してきた意見に遠慮して、思ってもいないことを「まあ、いいんじゃないでしょうか」とごまかし始めたら最悪です。
思考停止に陥っているからです。
何が怖いといって、双方が自分の思いを出し合わなくなるのがまずいわけです。しかも私には引け目というか、劣等感というか、敗北感というか、もうやめなきゃ感(?)というか、そういうものがないともいえません。
ですから、最初にこの形式を始めた時に当時の相棒だった槌谷さんという方にはズバズバ物を言おうと思っていました。槌谷さんも同様に物を言ってくれました。

    たいへんありがたい相棒

でした。これならしばらくやっていける、と思っていたのです。

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報告書 

 ※BB会情報、更新しました(→こちら

私たちの仕事の場合、出張には2種類あるといってもよいと思うのです。
ひとつは

    文字通りの公務

です。地方入試の監督だとか、広報活動のための高校訪問だとか、授業の学外実習だとか。
いわば命ぜられて行く出張です。
もうひとつは

    研究活動

のための出張です。
これも形式的には学長の命令によるのですが、実際は各教員が年間の予算内(この予算、きわめて少ないのです!)で自分勝手に決めて行くわけです。
代表的なものが学会への出席。これは我々の世界では欠かせないものです。学会から出張依頼書を出してもらうこともありますし、私の大学では学会の案内はがきなどを「出張伺」に添付します。
それ以外でも勤務先を離れて勉強する場合は(たとえば大阪の府立図書館に行く、などという場合でも)出張届を書いて提出するように、と今は言われています。ですから私の先日の吉野行も出張扱いで行ったわけです。

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吉野紀行(3) 

ロープウェイで吉野駅まで降りて、疲労が激しいので「もう帰ろうか」と思ったのですが、いまひとつ成果が上がらず、大学に申し訳ないと躊躇している(麗しき大学愛!)と、駅前にタクシーの姿が!
ところが

    運転手さんがいない・・・

覗き込むと高いびきで(?)よくおやすみでした。
申し訳ない(ことはない)のですが、コンコンとノックして乗せてもらいました。今回タクシーを使えるのは出張目的の平安時代史の踏査だけと決めています(またまた大学愛!)ので、それなら藤原道長が吉野に来る直前に立ち寄った

    現光寺(比曾寺)

に行こうと決めました。この寺は今は世尊寺(吉野郡大淀町大字比曽)という寺になっています。
吉野川の北側ですので、どこかの橋を渡らねばなりません。運転手さんに「ちょっと道に迷ってください」とお願いして、『妹背山婦女庭訓』三段目の舞台となった

    妹山 背山

のほうに迷っていただきました(どこが大学愛やねん?)。

妹山背山
↑右手が背山、左手が妹山

写真を撮るならいい場所があると教えてもらいましたが、背山が切れてしまいました。でもこの距離(中腹なら300mくらい?)では「雛鳥の首討つたか!?」といくら大声張り上げても届きそうにありませんし、よほどの視力でない限り向こうの様子は伺えません。

改めて、それぞれの山の写真です。

妹山
↑妹山(標高260mほど)

背山
↑背山(標高270mほど)

背山は凛々しく、妹山はたおやか。誰が名づけたのでしょうね。言われてみれば、たしかに夫婦の山です。こういう見立てができる人のセンスを見習いたいものです。

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吉野紀行(2) 

電車に誰も乗っていなかったことからもお分かりいただけますように、近鉄吉野駅はオフシーズンで閑散としていました。切符を渡すのが私だけですから、終点「吉野駅」の駅員さんも深々と一礼してくれました。

駅の改札口を出るととすぐに立派な歌碑があります。

  よき人の よしとよく見て よしといひし

             吉野よく見よ よき人よく見


天武天皇の万葉集所載歌ですね。要するに吉野はいいところだ、と。
徒歩2分でロープウェイの「千本口駅」。80年近い歴史を持つロープウェイだそうで、本来はなんと、大峰山までつなぐ計画だったそうです。
おそるおそる近づくと、案の定誰もいません。なおも近づくと係のおばさんがなにやら持って出てきました。チケットでした。言い方が悪いかもしれませんが、幼稚園のバザーなどで使うような質素なものでした。こういうところもけっこう嬉しかったりします。写真に撮っておけばよかったと後悔しています。

ロープウェイはこんな感じ。現在の客車は三代目で定員は28人。定員いっぱい乗ったらちょっとこわいかも(笑)。

吉野山ロープウェイ
↑吉野山ロープウェイ

「吉野山」駅で降りて、このあとはバスに乗って奥千本の金峯神社まで行こうと思っていました。金峯神社のすぐそばには

    義経隠れ塔

や西行庵もありますし、手前には覚範首塚もありますから文楽にも関係は深いですね。
ところが、またまた事件が! 春はバスが吉野山駅からは出ていない! しかも上千本から出るバスも3月11日から運行! 私が行ったのは3月10日でした。
しっかりと調べていかなかった私が悪いのですが、さすがに呆然・・・。

ではタクシーに、と思って辺りを見回しても、なにしろオフシーズンです。それらしいものは見当たりません。まれに通過するのは「貸切」と表示された計画性のある人たちのおかかえタクシー。

やむを得ずとぼとぼ歩きました。

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吉野紀行(1) 

大阪方面から奈良県吉野郡吉野町に行くには、近鉄阿部野橋から

    直通の特急

が出ていて快適です。
ただし、橿原神宮前を過ぎて単線になるとさすがに都会を離れて深奥の度を深めます。
「岡寺」「飛鳥」「壺阪山」と、由緒ある名の駅を過ぎます。このあたりには、飛鳥寺、岡寺、橘寺、石舞台古墳、高松塚古墳、鬼の爼板、子島寺、そして壺阪寺など古跡が目白押しです。壺阪寺はともかく、飛鳥近辺を巡るのは自転車が便利ですね。
1002年前の藤原道長はサイクリングはせずに、子島寺(観覚寺)と壺阪寺に立ち寄っています。壺阪寺(南法華寺。高市郡高取町大字壺阪)はもちろん文楽ではお里・沢市。
道長は壺阪寺からそのまま山越えして現光寺(比曽寺。現在は世尊寺)へ行ったようですが、近鉄電車は壺阪山を過ぎたあたりで西に折れ、大きく迂回しながら南下します。福神(ふくがみ)、大阿太(おおあだ)あたりにはトンネルも。鬱蒼とした風景を切り裂いて走る雰囲気。ところが、一気に視界が開けると吉野川が見え、ここからは桃源郷さながらの佳景です。
私は下市口まで乗って、まずは「義経千本桜・すしや」の段ゆかりの料理屋「弥助」(吉野郡下市町大字下市)に向かいました。

「すしや」の最後に

  吉野に残る名物に

       維盛弥助といふすしや


とありますが、平成の現代でも名物に違いありません。
目印はベンガラの塀と壁。HPまである店ですから迷うこともありえず、無事到着。
オーナーは宅田家で、当主はもちろん弥助を名乗られます。
時間とお金と同行者があれば立ち寄りたかったのですが…。裏庭にはお里姿見の池などもあるのです。いつかどなたかご一緒に(笑)。

弥助1
↑弥助

弥助4
↑弥助 玄関

次に、お里の兄、いがみの権太の墓を目指しました。架空の人物の墓が立つというのもすごいですね。かねてから「なかなか見つけにくい」という噂を聞いていましたので心配です。私のあやしげな勘と浄瑠璃の神様の尊き先導だけが頼り。
途中、「檜の渡し跡」も眺めつつ、2kmあまりの田舎道。見え隠れする吉野川を左手に、どこまでも続く杉林を右手に眺めながら歩き、だいたい見当をつけていたあたりに着きました。
この辺から探し始めようかと、適当に細い道を入ると、驚いたことに目の前に突然こんなものが現れました。

いがみの権太の墓1
↑権太の墓(吉野郡下市町大字阿知賀)

ま、まさか、と思ってよく見ると「権太の墓」の文字が・・・。

    Oh my God of 浄瑠璃!

そして、最寄りの近鉄電車越部駅へ(平安時代歴史の調査ということで、勤務先の出張として行かせていただいたので、このあたりはの再乗車は自費です・・・笑)。

駅には権太の墓の案内も一応ありました。

イメージ 1
↑越部駅案内板
(右の案内板の最初に「いがみの権太の墓 南東0.6km」と書かれています)

そして15分ばかり電車を待って(なにしろ30分に1本ですから)吉野へ一直線・・・ここで

    驚愕の事件が!

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同僚Tさん 

このブログに長くお付き合い下さっている方は、あるいは覚えていらっしゃるかもしれません。
2006年6月にNHKテレビで番組を作ってもらった時のことです。
聴覚障害を持ちながら文楽と接し、学生と接している日常とはどんなものなのかを、当時大阪放送局にいらしたディレクターが興味を持たれて番組にしたいということでした。
福祉関係の番組ということで、こういうときはやはり福祉の専門家に話を聞いてみようと、まだ会話ができた私は同僚の

    T.N. さん

の研究室をノックしました。
Tさんは明るい笑顔で迎えてくださって、「いつでもいいから相談したいことがある」という私に対して、「今でもかまわない」と、早速話に乗ってくれたのでした。
「その番組なら知っているし、時々見ている」とのことで、ほっとした私は「もし出演することになったら一緒に出てもらえますか」と厚かましいお願いをしたのです。
彼女はそれも快諾してくれ、早速ディレクターに連絡し、数日後に3人で話をしたのでした。

スタジオ収録の時は、実に誠実に筆記を担当していただき、しかも必要に応じて司会者の質問にも答えるという、忙しい役回りをお願いしました。
実際に放送された十倍くらいの時間収録していましたので、お疲れだっただろうと思います。

あの番組をご覧くださった方は、

  ああ、あの美人の先生!

と思い出してくださることでしょう。

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風邪か疲れか 

張り切りすぎました。

吉野への憧れはかねてより強く、上代から現代まで、

  なぜ多くの人が吉野を愛したのか

いつも気になっていました。
吉野には親戚があり(私の父方は大和です)、子供の頃からなじみはありました。しかし、学生時代以来何度か計画した吉野小旅行は実現せず、はずかしながら成人後はついぞ訪れていませんでした。
しかし、行ってみるとなぜか懐かしいのです。

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吉野実地踏査 付350,000 

少し暖かくなったので、かねてから計画していた

    金峯山

の実地踏査をおこないました。

最大の目的は、藤原道長が寛弘4年(1007)秋におこなった金峯山参詣の跡をたどることでした。
それはそれで成果はあったのですが、このブログではあまり関係ないともいえます。
むしろ吉野といえば文楽では

    妹背山婦女庭訓

    義経千本桜

が有名です。
「妹背山」は吉野川をはさんで妹山と背山が並び、そこに館を設ける大判事と定高のやりとりが見ものです。
しかし、川をはさんで会話するというのは、よほどの大声でないと出来ないでしょうね。また、雛人形や雛鳥の首を背山に送る場面は、なぜか川を横切って(笑)流れていきます。

    芝居のうそ

ですね。大好きです。

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マラソン 

一昨日、名古屋国際女子マラソンがありました。
一年前の覇者は私の高校の(はるか)後輩である中村さんでしたが、今年は藤永さんという方が初マラソンで優勝されました。

途中までトップで頑張られた新谷さんという人は

    泣き顔

のような表情で力走されました。
藤永さんはサングラスをかけていらしたのでよくわかりませんでしたが、なんとなく口許が

    笑っている

ようにすら見えました。
そして、話題になった高橋さんはほんとうに

    笑顔

での走り。引退表明後、練習もあまりしていなかったそうですが、それでも29位。やはりすごい。

それにしても、なぜマラソンは女子がおもしろいのでしょう?
日本人が強いから。たしかにそれはありますね。

でも、何か他にも理由はありそうです。

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ありがとう 

昨日の名古屋国際女子マラソンで、高橋尚子さんは1000回くらい「ありがとう」とつぶやきながら走ったそうです。

そういえば、ホワイトデーに男性から何を言われたいかという質問に、多くの女性は

    ありがとう

といって欲しいと答えたそうです。
そんなものなんだな、と改めて感じました。
申すまでもなく「ありがとう」は本来「有り難い」つまり

    めったにない

という意味です。
「あなたのご好意は、めったにないもの、それほどに価値のあるものです」という気持で「ありがとう」というのですね。
面と向かってはなかなか言えない、いささか照れ臭い言葉でもあるのでしょうか。
浜村淳さんの人気の秘訣が納得されます(関西の人にしかわからないかな?)。

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諸届け 

春になると、きちんとして新年度を迎えたいと思うから不思議です。
何しろ普段はずぼらというか無精というか、いい加減なことばかりしている人間ですから。
先月末から勤務先の届けはもちろんのこと、銀行やら郵便局やら、

    さまざまな届け

に奔走しています。
職場ではこの一年に書いたもの(いわゆる研究業績)を提出する必要があります。書類にしてみるとあっけないものでこれだけしか働いていないのか・・・とがっくりきます。

銀行には改印届を出しに行きました。以前使っていた印鑑が使用不可能な状態になっており(安物を使うからです)、この際思い切って印鑑を変えることにしました。で、すべての口座の印鑑を変えようと思ってカードや通帳を調べてびっくり。

  いったいいくつの口座を持っているのか!

昔から持っている口座はもちろん、いろいろな事情でやむを得ず開いた口座も含めて9つありました。
それぞれに1000万円ずつ入っていればけっこう金持ちなのですが(笑)、数千円、というのが多く(笑)、カードと通帳ばかりがたまっています。
こんなことをしているのって私くらいかなと思ったら、転勤族の方など口座を開いてはそのままにしているのでどんどん増えていくという話も聞きました。
私も以前広島にいましたので、いまなおあちらの地方銀行の口座があります。8000円ほど入っていました(笑)。

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漢字の勉強 

このところ、来年度の授業のために

    漢字の勉強

をしているのです。
私の担当する「日本語表現」という授業は来年度からリメディアル科目(ああ、わけがわからん!)と扱われることになっています。リメディアルは「治療上の」ということですが、まあ簡単に言えば

    基礎補習科目

とでもいいましょうか、大学生となるにふさわしい基礎日本語力をつけましょう、ということなのです。
ばっかみたい! とのたまうなかれ。
私も内心そう思わないでもないのですが、実際にやってみると自分の日本語力のいい加減さにはあきれてしまいます。
漢字検定2級の教本を勉強していたのですが、高校卒業程度とあってさすがに大半はできますが、時々

    間違えるのです

「シップウジンライの勢いで駆け抜ける」。疾風は問題ないのですが、「ジンライ」はどう書くんだっけ?
「ライ」はそれでも「雷」であることはわかります。「ジン」は・・・。「迅速」のジンだと思いつくまでしばし時間がかかりました。

なんとも思わずに間違えて書いていることもありました。
「飛行機にトウジョウ(搭乗)する」。うっかりと「塔乗」と書いてしまいました。
普段はパソコンが勝手に変換してくれるのでまず間違えることはありませんが、いざ書いてみると混乱してしまいます。

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似ている? 

昨日、アンジェリーナ・ジョリーの「チェンジリング」について書きましたが、映画を見ているうちに私は

  この人、誰かに似ている

というもやもやしたものをずっと感じていたのです。

似ている、といっても、客観的に見て明らかに似ている場合と、ある人にとってはイメージが重なっても他の人から見ると「そうかなぁ?」という場合があるように思えます。
一卵性双生児の兄弟姉妹はまさに客観的に見て・・ということになるでしょうね。
マラソンの宗兄弟とか、こまどり姉妹とか(古い・・・)。

3~4年前、文楽の吉田玉翔君が大学に来てくれたとき、学生がまず言ったのは

  劇団ひとりに激似!

でした。私は当時「劇団ひとり」を知らなかったので、早速ネットで調べて確認しました。なるほど言われてみると似ていました。
私の父親は吉田玉男師匠に似ていましたし、兄は王貞治さんに似ています。

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チェンジリング 

先日、クリント・イーストウッド監督の

    チェンジリング

を見てきました。
アカデミー賞主演女優賞は逃しました(私は最右翼だと思っていたのです)が、アンジェリーナ・ジョリー主演です。
行方不明になった息子とロス市警が見つけてきたもうひとりの「息子」。
警察の横暴や無責任。どこまでも続く自己弁護。
クリント・イーストウッドはそれらを追及して、正義やヒューマニズムも描いていきますが、その描き方はどちらかといえば淡々とした感じでした。主人公のクリスティン・コリンズ(アンジェリーナ)は警察の非を暴こうというよりはただただ息子を返して欲しいだけ。彼女の警察への訴えは対決姿勢を前面に出すのではなく、節度がありました。

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シラバス 

学生時代、授業概要の小冊子をもらいました。
今期はこういう内容の授業をします、ということが詳しく書かれている・・・はずなのですが、まったくいい加減な先生が多かったのです。
私の指導教授はいつも

    平安時代文学の諸問題

で、何とでも解釈できるタイトル、内容については何も記されていません。ですから授業が始まるまでは何がおこなわれるのかわからないのです。
それでも文句を言うものはいませんでしたが、今はシラバスを細かく書かねばなりません。
シラバスは講義細目などと訳されますが、辞書は「学期中の授業・講義の計画や内容の概略を各時限ごとに記したもの」(大辞泉)と説明しています。

以前は12月に次年度のシラバスを書いたのですが、今は3月3日が締切でした。
どうしてそういうことになったかというと、印刷はせずに

    ウェブ上での公開


という形にしたからです。
おそらく経費も節約できるでしょうし、我々も締切がゆっくりして助かります。
シラバスの入力作業は家のパソコンからも出来ますので、朝から晩までいつでもできるのです。
大半は2月の前半に書き終えていたのですが、共同授業などがありますのでそれらについては他の教員と相談しながら書かねばならず、結局締切いっぱいまでかかってしまいました。

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耳の日 

三月三日はひな祭り。
でも本来は桃の節句で旧暦ですから季節感としてはまだ一ヶ月ほどありますね。
私の家にも雛人形はあるのですが、飾るスペースがなくて(笑)、ほとんど持っている意味がありません。
人形というのはどことなく悲しげなことがその属性であるかのようです。

また、今日は3・3の音の連想から、

    耳の日

でもあります。
目は閉じることができますが、耳はいつも開放的。眠っていても音は入ってきますし、手でふさいだくらいでは音は小さくなっても聞こえなくなることはありません。

そんな、外に開かれた器官だからこそ、いつなんどき感染に襲われるかもわかりません。

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新しいおもちゃ 

本当に困った教員です。すぐにおもちゃを買う・・・。
という声があったとしてもおかまいなしで、またまた文楽人形のための小道具を買っていただきました。
いい大学です(笑)。

例の

    有能な副手さん

から「荷物が届いています」との連絡がありました。居合わせたほかの教員が

    新巻鮭

が届いたのか? と言ったとか言わないとか。何しろ長~い荷物でしたので、たしかにそう見えないこともありません。

先日早速受け取りに行きました。
早速お披露目いたします。

小道具一式
↑今回購入した小道具一式


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