50代 

私の住む町、宝塚市では2代連続で市長の汚職による逮捕、辞職という事態が出来し、先日市長選挙がおこなわれました。
前回の選挙では7人、今回もまた6人の候補者がいたのです。
決め手のない人ばかりで前回同様の混戦でした。
今更「クリーンです」では訴えにならないのであって、何を主張されるのかにいくらか期待していたのですが、「役人出身でなければできない」「中央とのパイプがないとできない」「長年の政治家でなければできない」「女性でなければできない」「役人や政治家以外でなければできない」などなど肩書きで勝負しようとする人の多いこと。「いったい、誰ならできるの?」と聞きたいくらいでした。
中には具体的なことを言っていた人もいましたが、その人は落選していました。
市民の選択姿勢も何だか熟していないような……。

意外だったのは立候補者の年齢です。

  40代と60代ばかり!

30代は頼りないし、70代以上はそろそろ引退願いたいですし、やはり40~60代がいいところかなと思うのですが、ぽっかりと穴があいたように50代の候補者がいないのです。

若すぎず、体力や気力にはあふれているはずの50代の候補者がいないのはどうも不思議です。

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錯覚 

私が単にボ~ッとしているだけなのかもしれません。
しかし、すばらしい芸を見せられると、ことあるごとに

    錯 覚

させられるのです。今目の前で起こっていることが現実と空想の間を浮遊しているかのような状態。
「忘我」「陶酔」といってもよいのかもしれません。
今回の公演を拝見していて一番錯覚させられたのは、悔しい(別に悔しがることはないのですが)ことに、またまた勘十郎さんでした。
三番叟でも、狐忠信でもふと我を忘れてしまうことがあり、そのときはたいてい勘十郎さんが舞台にいるのです。

「椎の木」は黒衣でしたが、やはり印象的なのは玉也さんの権太。あの憎らしそうなところがご本人そっくり・・いや、うそです。玉也さんはとてもいいかたです。でも、あの人形を遣われるときのなんともいえない憎らしげな表情(でしょ?)を思い浮かべながら権太を見てしまって、玉也さんにぴったり、などと思ってしまいました(やっぱり失礼ですね)。

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起承転結 

大学の授業が一段落。明日からゴールデンウィークでちょっとした長期休暇です。
いくつか授業を担当してみて、学生の文章力を向上させようという

    日本語表現

はどうも彼女たちの関心を呼び覚まさないようです。
こんな話聞いても何もならない、と直感しているのかもしれません。
私としては精一杯なのですが、こういうスキル科目(という言い方をするのです)は方法の問題としてかなり難しいものがあります。いまなお手探り状態です。
先日は次のような授業でした。

    起承転結

というのは漢詩の手法ですから、必ずしも日本語による文章作成に役に立つとは限らない、という意見があります。
しかし、以前も書きました芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の冒頭の構成を見ると、やはりそれなりに意味はあると思えるのです。
先日、その内容の話をするのに、私が書いた文章を読ませてみました。
反応は・・・・やはり芳しくありませんでした(笑)。
こういう方法もダメなんですね。

で、私の文章がどれほどおもしろくないか、以下に書き留めておきます。
ヒマで仕方がない、という方のみ(!)お読みになってください。

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鹿踊り 

寿式三番叟のように荘重な「ソナヱ(ヘ)」で始まる曲もいいのですが、今回始大夫が語った二段目「渡海屋」の冒頭の「三重」は勢いがあって好きです。
この段は先代綱大夫師の演奏をイヤというほど聴きました。一時は車にカセットを積んで通勤の往復はこればっかりでした。相模五郎の「ぼいまくり」まで耳にこびりついています。

そして三段目がまたすてきです。
椎の木は

    鹿踊り

の旋律で「みよ~しぃの~は~」。大好きです。
いまやベテランになられたある太夫さんからちょっとしたわけがあってテープをお借りしたことがあるのです。「もういりませんから差し上げます」といわれて、勉強させてもらいました。その裏面に当時若手でいらしたその太夫さんが重鎮の三味線の師匠に稽古をつけていただいている音が入っていたのです。聴いたら悪いかなぁ、と思ってお尋ねしたらお笑いになって「まあいいですよ」といわれたので拝聴しました。
なるほど、義太夫の稽古はこうやってするんだ、と更に若輩だった私ははじめて知ったのでした。
その曲が「みよ~しぃの~は~」だったのです。

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千秋楽となりました 

国立文楽劇場25周年記念公演がいよいよ

    千秋楽

です。
16年はひと昔ですが、25年は一世代。
あの時生まれた人がそろそろ親になってもおかしくないわけです。
それほどの時の変遷があったのだと思うと感慨ひとしおです。
昭和59年の春、私はまだ20代でした。
当時付き合っていたSさん(笑)と行くために2枚のチケットを買いに行きました。すると、文楽劇場の1階ロビーに数十脚のいすが並んでいるのです。
芝居絵が掛かっているあたり、正月ににらみ鯛が置かれるあたりです。
そこに座って、チケット売り場が空くのを待っているわけです。職員の方が

    次の方どうぞ

と呼んでくれて、数十分待ちでチケットを買うのです。当時は売り場ももちろん今のような座席の画面はありません。一日一日の座席表が用意されていて、売れたらそこをいちいち売り場の人が消していくわけです。
それにしてもびっくりの大盛況。西宮球場でオールスター戦があるようなものでした。
誰もが言いました。

  朝日座のガラガラ状態は何だったんだ?

と。
そして連日満員でついには日延べ公演までありました。
今は昔の物語です。

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少女 

大学生の中にはすっかり大人びた学生もいれば少女のような学生もいます。
あるいは、一人の学生の中に少女の面影と大人の面差しがあるといってもよいかもしれません。
そして、たとえば夏休みなどの長期休暇を経たあと、少女から一気に大人に変化してしまう学生がいたりします。
また、卒業して社会人になるとものの見事に大人びて行きます。

「義経千本桜」で少女といえば、

    お安=安徳天皇

でしょう。
彼女もまた「ご幼稚なれども」「ねび」ている人です。
幼けれども十善の君ですから、和歌を詠んだり知盛に向かって「仇に思ふな」と声をかけたりします。
この公演では簔次君がよく辛抱して持っています。
若い女性というと

  卿の君  静御前

も忘れられません。
少女というには大人びていますが、大人というには若やいでいます。

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二人が一人 

25周年の幕開きは申すまでもなく

    寿式三番叟

です。
綱大夫師匠の途中休演は残念ですが、呂勢・文字久・南都らに清治・清二郎・喜一朗らの勢いのあるところが床を勤め、手摺は和生・勘十郎・玉女・清十郎という当代きってのスター揃い。
一番叟はすっきりとした水も垂るるような清十郎の千歳。二番叟の翁は堂々の和生。そして三番叟はもう本公演では見られないかと思っていた勘十郎、玉女。

三番叟が橋掛で控えているとき、翁の舞になります。少し座を下がる三番叟。
その瞬間私はまたまた錯覚させられてしまいました。一人の人形遣いが二体の人形を一度に遣っているかのように見えたのです。後ろに位置する勘十郎がよく合わせているのでしょうが、そういう作為をまるで感じさせない自然な動き、まさに阿吽の呼吸です。
方や又平首、こなた検非違使首。舞になっても個性が際立つのにひとつになる二人三番叟。
勘十郎、玉女それぞれが二体の人形を遣っているようで、だからこそエネルギーが倍加するのかと思えます。
歴史に残る三番叟に我々は出会えているのだろうとその僥倖をかみしめざるをえません。

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つみきのいえ 

アカデミー賞短編アニメ賞を受けた

    つみきのいえ (加藤久仁生監督)

を見ました。
といいましても、DVDで、授業の一環として学生と一緒に見たのです。
画面はテレビではなくプロジェクターで映写したスクリーンですから、まあまあの大きさです。

最初にナレーションなしの形で、次にナレーション付きで見て、学生がそれぞれ意見を述べていました。指導する教員がうまく学生から意見を引き出すので学生も積極的に討論に参加して、居眠りするなどということはありえませんでした。

ひとつのポイントはナレーションの必要性。
いろいろ意見が出ていました。

 ◆不要論・・観客のイマジネーションを削ぎかねない
 ◆必要論・・ナレーションによってわからない部分が分かった
 ◆あったらあったでいいし、なくてもいい
  
などの意見が出て、面白い話し合いになっていたようです。

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安徳女帝? 

皇室典範第一条は、皇位は

  皇統に属する男系の男子

が継承すると定めています。
この話を学生にすると、ほぼ間違いなく不満の声が上がります。
「女でもいいと思います」「昔は女性天皇もいましたよ」などと。
女性天皇は十代八人。現天皇が125代とした場合、8%が女性ということになります。
しかしその多くは6世紀末から奈良時代まで(江戸時代に2人)で、男系であり、しかもつなぎ役の意味合いが濃かったようです。平安時代には女性天皇はいなかったわけです。
原則はあくまで男性。だからこそ平清盛はわが娘徳子が高倉天皇の子を産むとき、必死になって男子誕生を願いました。
で、産まれたのは……。

  言仁 (ときひと) 親王

親王というからには男の子です。

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結局、音楽 

文楽では昔は太夫・三味線・人形の順に格が違っていたといいます。
一座の総帥は太夫。
それでいうなら、先代燕三師匠や玉男師匠のほうがお年上であっても、住大夫さんが総帥、ということになるわけです。
近代になって三業それぞれが重要という意識が高まってきましたが、先人のお話など伺っていますとやはりどこかで太夫・三味線・人形の順は意識されていたように思います。

    道行初音旅

は床も手摺も華やか。
その美しさは絵巻物のようだとさえ言われます。
文楽を紹介する本でこの場面の写真が載らないことはないくらいでしょう。
しかし、音楽のわからない私だからこそあえて言うのです。
この一場は

    人形も含めて音楽だ

と。

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泣ける 

華やかな公演で、客席も明るい雰囲気ですが、寂しさもあります。
やはり

    綱大夫師匠

の途中休演は寂しいです。三番叟の翁という、重い格の必要な語りはこれくらいの重鎮の師匠でなくてはなりませんから。
松香さんのお休みも寂しいです。松香ファンは多いですからきっと皆さんそう思っていらっしゃるでしょう。代役の英大夫さんはもちろんご健闘ですが。
そして玉若君がいなくなったのも・・・。

しかし、泣けると言ったら私などやはり

    道行初音旅

の舞台です。
これは寂しくて泣けるのではありません。
25年前は

    勘十郎 (狐忠信) ・ 簑助 (静御前)

でした。今の清十郎さんと同年の50歳の若さだった簑助師匠は水も滴るあでやかな静御前。山越の扇は高々と弧を描き、勘十郎師匠の手に。
その弧があまりにも大きくて時間が止まったような錯覚に陥りました。

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第1回BB回 

昨日、国立文楽劇場横の小料理屋「R」で記念すべき

    第1回 BB会

がおこなわれました。
ご出席の方は関東から花かばさん、文楽ファンシスターズ(このブログにはコメントを下さったことはないのです。ぜひお願いします!)、関西からはやたけたの熊さん、まゆみこさん、某雑誌編集長の6名だったそうです。
「だったそうです」と申しましたのは、私は劇場には行ったのですが、事情があってお先に失礼してしまったからです。

シスターズの方は舞台裏を案内してくれた人形遣いさんからおみやげをもらって、K十郎、K次郎師弟と写真も撮ってもらって(K次郎さんがお目当てだったようです)、あちこち見学させてもらって、

    大満足

だったと思います。

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人気がない! 

以前も書きましたが、今年から大学では「日本語表現」という授業で学生の日本語力のてこ入れをしようということになりました。
私はたまたまその授業を担当する一人になったのです。
たしかに大学生の日本語力(漢字の知識、文章表現の力、敬語など)は危機的でさえあります。
就職して最初の研修で

    0から9までの数字

を書かされて徹底的に直され、ショックを受ける新人がいるという話も聞きました。
しかし担当する教員(3人)にも温度差はあります。
最高齢の先生はかなりゆったり。私は最年少(!)なのですが、相当力んでいます。
で、ふたを開けてみると学生はやはりあまり厳しいのは御免蒙るということらしく、1回目の授業の時に方針を話しましたところ、2回目の授業では

    1割が逃げました!

ゆったりした先生のほうに流れたのか、一切やめたのかは知りません。
個人的な人気の問題なのか、面倒だ、ということなのか・・・。

人気がないのはいつものことなのですが(笑)、漢字を覚えろとか、文章をがうまくなるようにとか、そんなの余計なお世話で、それよりも英語やパソコン技術が大事と思われているのかな。
でも、だからこそ

    リメディアル科目

が必要になるんだとも感じるのですが。

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「歌劇」4月号 

宝塚歌劇ファンの皆様ならまずお持ちの雑誌、

    歌 劇

の4月号の表紙を飾るのは申すまでもなく安蘭けいさんです。
凛々しくも美しい女性です。
「安蘭けいサヨナラ特集」「遠野あすかサヨナラ特集」が組まれています。
そのほか、星組の退団者の皆さんも何人か。
別れの季節ですね。
しかしその一方で、今春宙組公演「Amour それは…」で初舞台を踏む第95期生のみなさんのモノクロの写真も出ています。これまた瑞々しくてすてきな方ばかりです。やがてカラー写真になってこの雑誌を次々に飾ることでしょうね。
みなさん背が高く、150cm台の人は珍しいほうで、177cmという人が2人いらっしゃいます。
安蘭けい、遠野あすかさんと入れ替わるようにデビューする彼女たちの中からはたしてどれくらい活躍する人が出てくるでしょうか。

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今年のゼミは 

新3年生と一緒に

    何かをやろう

というゼミ。
文学部でしたら小説を読むとか、作家研究をするとか、古典の注釈をするとか、まあいろいろありますが、私どもの学部ではそういうことはしません。

今年のゼミでは、まず

    映画評論

をやろうということになったようです。
何か映画を見て、それについて論じ合う、というものです。
以前にも一度体験しているのですが、なかなか面白い意見が出てきて、これはこれでいい授業になるのではないかと思います。
教員は3名。基本的に学生の意見を聞くことから始めることになるでしょうが、われわれも何かいわねばならないので、いいかげんに見るわけには行かないのです。
私以外の教員2名は映画をかなりよく見ている人なので、作品の選定もしてくれるようです。
以前は

    初恋の来た道(中国)

    おばあちゃんの家(韓国)

    マッチ工場の少女(フィンランド)

    運動靴と赤い金魚(イラン)

などなかなか個性的な選定をしてくれました。

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大阪大の大大阪 

なんだかややっこしいタイトルになってしまいました。
大阪府豊中市にある大阪大学で、この27日から

  大阪大学総合学術博物館 第4回特別展
   昭和12年のモダン都市へ 観光映画「大大阪観光」の世界


を開催する、とのご案内をいただきましたのでお知らせいたします。
場所は大阪大学豊中キャンパス(大阪府豊中市待兼山町)内の大阪大学総合学術博物館・待兼山修学館です。モノレール柴原駅よりも阪急石橋駅からのほうが便利です。

大阪市電気局(現・交通局)と産業部の制作による観光映画「大大阪観光」(1937年。大阪市指定文化財)が上映されるそうです。
大正14年から昭和6年まで、大阪市は東京市よりも人口の多い日本一の大都会でした。その数年後の大阪を描いたもので、沈滞気味の昨今とは違って、いわば大阪の黄金期が映像でうかがえるわけです。
電気科学館のプラネタリウム、美術館、天神祭、そして道頓堀の夜景、千日前の賑わい。
地下鉄に採用された女性車掌なども登場するそうです。そしてそこに流れる音楽は

    大大阪地下鉄行進曲

なんともすごいタイトルです。

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礼を失する 付360,000 

先週の土曜日は本来

    BB会

を催す予定だった日でした。そして、九州から遠来のお客様もいらしてくださり、私としては何とか劇場に行きたかったのです。ところがいささか事情もあって参加できませず、失礼をしてしまいました。
気温がぐっと上昇して、桜は一気に満開から散り初め。
土日の人ではすさまじいものでした。
昨日お伝えしましたように、私は日曜の午後には大阪梅田で講座をしておりました。
家人は、私がよみうり文化センターで講座を持つといいましたところ、早速HPを調べて

    ああ、これだこれだ

と納得していました。しかし家人が席をはずした隙にそのページを見ると、後藤静夫先生、豊竹英大夫さん、鶴沢燕三さんらの

    ようこそ文楽の世界へ

の講座(梅田ではなく、天満教室)でした。納得するなってば。

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安倍晴明のお話 

昨日から月に1回、4か月に亙って、大阪梅田のよみうり文化センターで藤原道長の日記から当時の人々の日常を垣間見る

    平安時代の人々の息遣い

という講座を始めました。なにしろ講師が私ですから、人気がなくて、受講者がさっぱり集まらなかったのです。
かろうじて講座が成立するだけの方がおいでくださり、始めることができました。
おいでくださったみなさま、ありがとうございました。
昨日は第一回で、取り上げた人物は陰陽師で天文博士となった、

    安倍晴明 (921?~1005)

でした。
夢枕獏氏の小説で爆発的な人気となり、野村萬斎主演(アノ、滝田監督)で映画にもなりました。
伝説上の晴明は葉っぱを使って蛙を殺したとか、家には人がいないのに式神を使って蔀(しとみ)を上げ下げしたとか、通りで鬼がやってくるのを発見したとか、いろいろ言われます。
しかし、実際の彼の生活はそんなものではなく、何かがあると占いをすることが重要な仕事でした。
多武峰で藤原氏の先祖の墓が音を立てて揺れ動いたという情報が伝わると(実際は地震だったのでしょう)、それは何か悪いことの予兆ではないかと、晴明に問い合わせが来るわけです。
藤原道長とは年齢差が大きく(通説どおりなら45年差)、道長が権力を握った30代の頃といえば、彼はもう70代後半から80代だったことになます。
これくらいの年齢の人の言うことになると、なんだかありがたみがありますよね。
伝説もご紹介しましたが、私の話では主に道長の日記に記されている史実のみを取り上げました。ですから、あまり面白くありませんでした(笑)。
ご出席くださった皆様、申し訳ありませんでした。

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書きたい 

肉体的にかなり厳しい日々を送っているのです。
あと何年持つものかわからない(笑泣)だけに、できる仕事をしておきたいと痛切に感じます。
あいにく能力も勤勉さもないので、エッセイストになれるとは思っていませんが、でも、文楽についてあまりにもものを書かずに終わってしまうなら残念です。
とおりいっぺんの「解説」なら江戸時代演劇の専門家の方がいくらでもいらっしゃいますのでお書きになるでしょう。私の出番はありません。
むしろ

    私だけの文楽

を書き留めておきたいという願望が渦巻いているのですが、そんなものを書かせてやろうという場所はなかなかありません。
今文楽をひたすら

    見るばかり

で、一般の方々と比べてきわめて偏狭な見方になっているのではないかと感じることがあります。
しかし、見るだけの文楽というほとんどの方が体験しないことを私はこの2年ほど続けているわけで、それなりに書き残せることがあるのではないかという思いも抱いています。

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「痩せ」の美意識 

昨日書きましたように、いささか痩せています。これ以上痩せるとほんとうにまずいかもしれません。
要注意です。
日本人女性のBMIは世界的に見ても低いのだそうです。
ほんとうに細い人が増えました。細ければいいというものではないと思うのですが・・。
ただ、「痩せる」というのは日本人の美意識に深く関わる言葉だと思います。
昔なら

    痩 す

ですね。
日本人は繊細さを好みます。
それは「優美」という言葉でも表されるわけですが、この「優」は「やさしさ」です。そして「やさし」は「痩す」と同じ根っこの言葉なのです。
本来「やさし」は

  身も細るような思いがする

という意味で、そこから控えめだとか遠慮がちだという意味になっていきました。

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痩せてる・・・ 

このごろ体重が少し落ちているよなぁ・・と思っていました。
私は183センチほどあるのですが、学生時代からずっと68~70kgの間で推移しているのです。
最高で74kgまで太ったことがありますが、その時は食べ過ぎ、運動せずだったように思います。
最近ベルトの穴が完全にひとつ中に入ってしまいました。今朝ベルトを締めるとちょっと窮屈だったので「少し戻ったかな」と思ったら、2つ中に入っていました(笑)。
で、このところ体重を量るのが怖かったのです。しかし健康問題もありますから、意を決して(笑)量ってみると

     65kg!

しかも着衣のままで!
劇画なら

    ガ~~~~ン

と書くところでしょうね。
着衣だったので68kgはあると思っていたのですが・・・・。
何しろこの1年半でお酒を飲んだのは20回以下。食欲も減退していますので、こりゃあまずいです。
理想のBMIは22だといいますが、これは私の場合74kgくらい。私の今のBMIを計算すると

    19.1

20歳の頃ならモデル体重だと言えたのでしょうが、今となっては単なる痩せすぎです。

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始まりました 

文楽は4日からでしたが、昨日から

    大学の授業

も始まりました。
思い起こせば、私の学生時代は事実上4月後半に始まり、ゴールデンウィークがあるのでさらに事実上は連休明けに本格的に始まっていたような気もします(笑)。
昨日私はいきなり1時間目から授業があって、様子を見ている雰囲気の学生に対してまずはオリエンテーション的に話をしておきました。
シラバスというのは15回の授業すべてに細かく書くわけですが、実際はなかなかその通りには行かないのです。できないことは書くな、といわれてもしかたがないのですが、書くときには「具体的に」と求められ、板ばさみになるのです。
しかし昨日はほぼ予定通りの話ができました。とはいえ、最初は学生もまだ乗ってきませんから、さほど深い話はできないのですが。

「日本の文化と歴史」という授業が一時間目だったのですが、テーマは

    日本の範囲

改めて日本の地理的な範囲を調べてみると面白いものですね。
日本最西端は台湾のすぐそばですし、最東端はグァム島より東。最南端は台湾より南にあり、さて、最北端は? いわゆる北方領土問題がありますから、日本の立場としては択捉島になるわけで、領土問題に触れながらの話となりました。
人口、面積など、小学校で習ったことも含めて話しました。
さらには憲法からその憲法の第一条に記される天皇の話までしました。

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釣瓶鮓屋 

大学に入った頃、

    吉野の鮎 (高木市之助 著)

という本に出会いました。
恥ずかしながら、吉野の名産案内の本かと思うくらい知識がありませんでした。
実際は記紀万葉に関する重厚な研究書でした。

  み吉野の 吉野の鮎 鮎こそは 島辺もよき

   え苦しゑ 水葱の本 芹の本 吾は苦しゑ(日本書紀)

「吉野の鮎なら島辺にいてもいいだろうが、苦しいよ、私は。鮎ではないから、こんな水葱や芹のあるところにいるのは苦しいよ」。
天武天皇の吉野入りを風刺した歌だと言われますが、吉野という地はなにやら逃げ込みの地であるようです。
こんな昔から吉野川といえば鮎だったのですね。
そして、「義経千本桜」三段目は「すしや」。
もちろん今のすしとは違い、「吉野川のアユで作った早鮨。酢でしめたアユの腹に鮨飯を詰め、釣瓶形の桶(おけ)に入れて押したもの」と辞書にあるとおり。
今の鮎鮓はそれともまた少し違うようです。
学生時代に友人と食べに行った

    鮎の姿鮓

は鮎の顔がヒラキにされて鮓の上に乗っていますので、食べようとするとにらめっこをする格好になり、同行した女性は「とても食べられない」と言って顔を背けていました(笑)。

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銀行にて 

 ※BB会情報、更新しました(→こちら

被害妄想と思われそうな話です。
この春、一斉に金融機関への改印届をするため、先日銀行を3箇所巡りました。これで7つの口座の印鑑を変えたことになります。
この日最後に行ったのは神戸にある某銀行。
やっぱり好きです、この町。特に

    旧居留地 界隈

は神戸ならではのセンスが光るように思います。
そんな地域にある銀行に着きましたが、届けを出す場所がわからず警備員さんに尋ねると2階とのこと。足の不自由な方ならエレベーターに乗せてくれるのだろうな、と思いながら階段をとぼとぼ上がります。
この時点でなんだか不安になりました。
意外なほど人が少なく、待つこともなく窓口へ。係は40代かと思われる女性。最近の銀行ではわざわざ立ち上がって頭を下げてくれるところもありますが、ここはそういうことはなし。別にかまいません。
来意を告げ、障害のことも伝えて「細かいことはメモしてください」とお願いしました。しかし彼女は全くそのそぶりは見せず、ただただしゃべっています。目が不自由な方に「これを見てください」とは言わないでしょうに。

  この人は分かってくれないんだな

と、観念しました。
何となく方法は見当がつきますからさっさと済ませようと、書類を作り終えました。
たいていの銀行だと「これで完了です」となるのですがここはそうではないようなのです。そのことについて(というのはあとでわっかたのですが)最後に彼女はまたにこりともせずに事務的にしゃべりはじめました。
重要なことに思えましたので、「申し訳ないのですがメモしてもらえませんか」と言いました。すると……。

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文化を語ろう 

私は今勤務先での所属先は「現代社会学部」というのです。
ここには「こころ」「福祉」「文化」「情報」というクラスタ(またまたわけのわからない英語ですみません)があります。

  「クラスタ」 は 「葡萄の房」

のこと。葡萄の房のようにひとつの学科の中にいくつもの学びのテーマがあるというわけです。
昨今は「こころ(心理学)」「福祉」に人気が集中するようで、実際福祉関係や心理学関係の学部学科が私の学生時代とは比較にならないほど増えています。
私の勤務先では2年生から主に自分が関心のあるクラスタで学べるのです。おそらく「こころ」「福祉」に圧倒的な数の学生が集まるのだろうと思っていました。
私の予想では

  こころ:福祉:文化:情報=4:4:1:1

だったのです。

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吉野の桜 

先日吉野に行ったとき、木で目立っていたのはやはり

    ス ギ

でした。
桜ももちろんあちこちにあるのですが、やはり咲いてこそその姿が見えるようです。
中千本あたりから見渡した風景は、これで桜が咲いたらどんなにきれいだろうということでした。
現代人にとっての桜は多くはソメイヨシノ。目の前で、あるいは目の真上に見上げる形で鑑賞するもののようです。
花見で宴会、というのがまさにそうですね。

しかし昔の人にとっては遠望するもの、山の桜を見て

    霞か雲か

と見渡すものでした。
吉野の桜はまさにそんな感じですね。

万葉時代以来、吉野は数々の歌に詠まれました。

  見れど飽かぬ吉野の川の常滑の絶ゆることなくまた還り見む(人麻呂) 
  み吉野の象山の際の木末にはここだもさわく鳥の声かも(家持)

など、まず思い出される歌です。

古今集の頃は「桜」ではなく、「雪」が詠まれるのが常でした。

  ふるさとは吉野の山し近ければひとひもみゆき降らぬ日はなし(読み人知らず)
  み吉野の山の白雪積もるらしふるさと寒くなりまさるなり(坂上是則)

また奥深い地として、人生がイヤになったら入って行っちゃうようなところでもありました。

  み吉野の山のあなたに宿もがな 世のうき時の隠れ家にせむ(読み人知らず))
  み吉野の山の白雪踏み分けて入りにし人の訪れもせぬ(壬生忠岑)

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25周年初日 

国立文楽劇場開場25周年記念

    四月文楽公演

が今日初日を迎えます。
私も、とりあえずこの劇場で25年見続けましたので、それ以前(朝日座時代)を含めて文楽のおおよその形はつかませていただきました。
悔いはない、というと嘘になりますが、二度と文楽に行けなくてもなんとか満足できるように思います。
越路大夫師匠が、明日のことなど考えずにいまこの舞台を精一杯勤めるだけだ、という意味のことをおっしゃっていたように記憶しますが、私ももう今やその心境。次の公演はともかく、今上演されている公演をしっかり楽しみたい、と思うのです。

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25年前の配役 

文楽四月公演は明日開幕です。25年前と同じ演目ですがもちろん演者は大きく変化しています。今日は資料としてそれを並べて書いておきます。
青字は故人。緑字は引退・廃業。名前のあとの【 】内はその後襲名、改名されての名前、右側の( )内が今回の演者です。

寿式三番叟
  翁     竹本文字大夫【住大夫】  (竹本綱大夫)
  千歳   豊竹小松大夫     (豊竹呂勢大夫)
  三番叟  豊竹呂大夫       (竹本南都大夫)
  三番叟  竹本相生大夫     (豊竹つばさ大夫)
        竹本三輪大夫      (豊竹芳穂大夫)
        竹本南司大夫       (豊竹希大夫)
        竹本文字栄大夫    (豊竹咲寿大夫)
        竹本南都大夫

        野澤勝平【喜左衛門】 (鶴澤清治)
        豊澤富助        (鶴澤清二郎)
        鶴澤清友        (野澤喜一朗)
        鶴澤浅造        (鶴澤清丈)
        竹澤弥三郎       (豊澤龍爾)
        鶴澤八介        (鶴澤寛太郎)
        竹澤団治【宗助】    (鶴澤清公)
 人形
  翁     桐竹亀松        (吉田和生)
  千歳     吉田文昇        (豊松清十郎)
  三番叟  桐竹紋寿        (桐竹勘十郎)
  三番叟  桐竹一暢        (吉田玉女)

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最近気になること 

自分のことは棚に上げないと世の中の批判というものはなかなかできないものです。
というわけで、棚いっぱいに自分のことは上げておきます。
その上で最近どうも気になることを書いておきます。

大阪府はどうしても

    府立国際児童文学館

を廃止するようです。本気で府議会の皆さんはこの案に賛成しているのでしょうか?
知事との関係もあるから、ここはまあ目をつぶっておこう、などという見識のなさゆえではないでしょうね。
児童文学館からの改善案は不満だったようですね。
大阪センチュリー交響楽団への補助も大幅カット。府知事は「オケへの支援署名した10万人が2000円ずつ出したら2億円集まって、維持できる」と放言したそうですが、それは大変恥ずかしい発言だと私には思えます。
880万府民の税金から2億円出すなら一人あたり25円足らずです。要はみんなで支えるのか一部の好事家だけのものにしてしまうのかの考え方の違いだろうと思います。

    漢字検定協会


の理事長はなぜ一連の騒動についてきちんと説明しないのでしょうか? 文部科学省は理事長の交代を視野に入れているのでしょうが、当然でしょう。理事のみなさんもどうぞ頑張ってください。

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阿修羅像 

時々私は乱暴なものの言い方をします。見識がないと非難されることもしばしばです。
かなり気が短く、理性に欠ける人間なのです。
今日もまた上方ぜいろくの戯言と笑われるでしょうか。

奈良・興福寺の

    阿修羅像

が東京に行きました。
昨日から始まった東京国立博物館での展示のため、さらにはそのあと九州国立博物館をめぐるためです。
なんともいえない困ったような表情のあの姿は子供の頃切手のデザインになったこともあってよく覚えていました。
半世紀ぶりに外に出て展示されるのだそうで、期待する方は少なくないようです。私もこの展覧会の成功を確信し、またお祈りもしております。

ただ、私はあえて異を唱えます。なぜ東京で展示するのか。東京なら多くの人に見えてもらえる。地元の人はもちろん、出張の人がふらりと寄ったり、ゴールデンウィークにディズニーランドに行く家族連れがついでに立ち寄ることもできる。天皇も総理大臣も行こうと思えば行ける。
小学生でもわかる理屈です。しかし私には小学生なみの理屈でしかないとも思えます。

こういう、めったにない展示ならむしろ盛岡とか新潟とか、そういった普段あまり人の集まらない地域で実施する勇気はないのかと思います。

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