今年、あれこれ 

去年の大晦日はとんでもなく暗い記事を書きました。だいたい過去を振り返ってしまうと暗くなるのが私の性分です。
今年もいくらか振り返ってみますが、さてどうなりますやら。
文楽には一年間通うことができました。何度も「もうだめ」「この公演は行けないかも」という危機があったのです。呼吸困難のために、日本橋の

  7番出口に向かう階段

の途中で立ち止まったり、昇りきってから5分ほど呼吸を整えたりしたこともありました。もうあんな思いはしたくありませんが、新年はどうでしょうか。
文楽評の仕事は08年11月公演から新しい方をお迎えして、私は後方支援的な役割になりました。もうすぐにでも姿を消して問題ないところですが、相棒の先生が「まあそう言わないで」と留めてくださっていて、私もまだ逡巡しているような状態でここまできています。ただ、私はこのところ文楽が面白くて仕方がなく、その面白さを伝えることができれば、というわがままな気持ちが芽生えていることは事実です。
教員としての

    本来の仕事

もひどい状態でした。立って話をすることができないことが増え、すわったままでのパワーポイント頼みの授業になったり、授業時間を短縮したりすることも珍しくありませんでした。学生諸姉には迷惑をかけました。一般の方にお話しする講座、講演でも前期は中止、中断があり、後期も延期させていただいたままの状態になっているものが2種類あります。
書き物はもうさっぱりだめでした。反省などと言うレベルではありません。来年提出する研究業績書がこわいです。

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ひとりの元日 

去年の今日(12月30日)、「ひとりの正月」という記事を書いています。
二日後の元日は一人で過ごします、ということだったのです。実は来年の元日(あさって)も同じことになりそうで、ほぼ同じタイトルの記事にしました。
我ながら進歩がないなぁ(笑)。
耳の問題を抱えてから、家の中でもポツンと一人でいることが多く、また私は早寝早起きをしますので、

  誰にも会わない朝

というのも慣れっこ。
そういう意味ではいつも通りの一日(笑)とも言えそうです。
だからといっていつも通り出勤するわけにもいかないので、さて、あさってはどうしようかと思っています。
一人とは言え、チワワ君がいますので放っておくわけにもいかず、とりあえず彼と散歩ですね。
でも、寒空の下、公園で犬を抱いてカロリーメイトかなんか食べてたら、

    職務質問

されるかも(笑)。あるいは「元気出しなよ」と道行く人が肩をたたいてくれたりして(大笑)。

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紅白 

紅白、と言われて、第一に饅頭を思い出す私は変でしょうか?
少なくとも年末に「紅白」といったら饅頭じゃないですよね。
私の両親は大晦日は

  「紅白歌合戦」

と「ゆく年くる年」を観ることを金科玉条のように守っていました。
「そうしないと正月が来ない」と頑ななまでに思っていたようです。
そして私の兄も妹もそれに倣って、今でも観ているのではないかと思います。
ところがあまのじゃくな私です。家族でたった一人、高校生の頃から「これのどこがおもしろいの?」などと生意気なことを考えるようになって、それ以来全く観ていません。
学生の頃は部屋で一人になって

    「第九」

を聴いていたように思います。とにかく大晦日から元日、三が日あたりはクラシック音楽三昧。オペラだのオーケストラ曲だの室内楽だの、もう朝から晩まで、という感じでした。
その当時はまだ邦楽ではなかったのです。
その後は年末はクラシック、年始は邦楽に変わっていきました。

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来年は寅年 

来年は寅年。ということで、関西の野球ファンはきっと盛り上がるのだろうと思います。
私はあいにく

    タイガーズファン

ではありません(アンチでもありません)ので、あまり関心はないのですが、周囲には早くもかなり盛り上がっている人が少なくありません。
関西の景気回復にはタイガーズの優勝が起爆剤になるのでしょうか? そうであれば私もなんとなく応援したくなりますが(笑)。

最近よく言われますが、虎という動物は驚くべき勢いで

    姿を消しつつある

のだそうで、皮を取るための狩猟や森林の破壊などが原因になっているようです。
世界で5,000頭くらいしかいないとか、今世紀で95%減ったとか聞きますが、いくらなんでもひどすぎますね。

ことわざにも多く用いられ、絵にも描かれ、一休さんが捕まえようとした恐ろしくも愛すべき虎は絶滅などさせたくありません。

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掃除、いかが? 

もう、文楽どころではありません。

    年末の大掃除

に励んでいます。
職場の研究室は10日頃から少しずつ。ほうきでサッサッ、モップでキュッキュッ、雑巾でゴシゴシ。
ホームセンターで調達した掃除用品と職場の用具入れにあるものを使って、誰にも見つからないように(笑)早朝などに掃除していました。あまりきれいになっていないなあ、と思っていたら、学生が磨いた机を見て

    あれ? 掃除しました?

と言っていましたので、それなりに効果があったのでしょう。
少しずつ多めに作ってしまうために不要になったプリント類が山ほどあるのですが、裏が白いと捨てきれません(笑)。それでもかなりのゴミを出しました。

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正月のお酒 

お酒をあまり飲めない昨今ではありますが、正月にはどうも日本酒が欲しくなります。
ビールもいいのですが、やはりほかほかしますし、なんとなく落ち着いた気分になるのです。
ほんの一合か、多くて二合くらいでいいのです、これをちびちびやりながら何か食べるものをつついているのが正月らしい雰囲気です。二合半(450cc)は「こなから(小半)」、すなわち一升の半分の半分の意ですが、これくらい飲むとかなりいい気分になりそうです。
落語の世界でも「亭主に毎晩二合ずつ飲ましてる一合三銭五厘のお酒を」(「質屋蔵」)のように描かれることが多いように思います。晩酌というのはこれくらいが適量なのでしょうね。

私の好きな銘柄はしばしば申しますように

    白鷹

ですが、正月は浮気しまして、一昨年は「越の寒梅」、去年は「呉春」でした。
今年も近所のディスカウントの店に行くと一升瓶がいろいろ置いてあって迷います。
かつては幻の銘酒などといわれていた「越の寒梅」はいつもあって、あまりありがたみがなくなってきました。
今年は

    黒松剣菱

が目立って多く入荷していました。これにしようかな・・と思いつつ、まだ買っていないのです。

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持ち帰るもの 

年末年始の休みが、土日のはさまり具合の関係があって長いのです。どうやら

  12月25日~1月7日

のようです。
学校の休みとしては長くはないのですが、夏休みが1か月ほどしかなかったので、冬の2週間余りがとても長く思えます。
どちらにしても普通のお仕事(ってこともないですが)をされている方には申し訳ない長さです。
しかし、家でいくらか勉強したいと思っていますので、本を持ち帰ることにしました。
ほんとうは数10冊持って帰りたいのですが、重すぎて無理だと思いますのでやむを得ず数冊にしました(笑)。
文楽関係の本はなく、すべて

  平安時代の歴史や文学

に関するものです。
冬休みにどれくらい勉強できるのかは分かりませんからあっても無意味なものもあると思うのですが、ないとやはり不安で困るのです。

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天皇誕生日 

今の天皇は昭和8年12月23日のお生まれだそうで、昨日が

  76回目のお誕生日

まずはおめでとうございます。年末なのでなんとなくあわただしい感じがして、しかもクリスマス直前ですからうっかり忘れそうになることもあるのですが、休日でもありますし(笑)、忘れてはいけません。
皇太子時代が長かったですし、白くはなられたものの髪も豊かでいらっしゃるので、なんとなくお若いような印象を持ってしまうのです。しかし、ご長男が来年50歳になられるのですから、76歳でも当たり前ですよね。
昭和8年というと、文楽の

    吉田簑助 師匠

と同い年になるのでしょうか。どちらもまだまだご活躍いただきたいので、どうぞ来年もお元気でいらっしゃいますように。
皇后もとてもすてきな奥様でいらして、あれほどすてきな皇后が過去にいらしたのだろうかと、過去の皇后のことなど何も知らないのですが、思ってしまいます。
皇后は1歳下だったと思いますので昭和9年でしょうか。文楽には9年生まれはいらっしゃったかな?

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クリパ 

昨日は大学の授業の最終日。学生の顔を見るのも今年のお名残です。
新型インフルエンザに罹った学生もいますが、何とか年内には治りそうですから、正月は楽しく迎えられるでしょう。
私も公的な仕事は終わり、あとは自分でやりたいことをすればよし。とにかくほっとします。
私は一昨日(月曜日)の授業が最後でしたが、その授業は研究室でおこなう少人数授業なので、まじめな話はそこそこにしてあとはおやつタイム。なかなか楽しい時間を過ごしました。
終わった時に

    すてきな新年を

などと挨拶すると、ほんとうに年の暮れだなと実感します。
ところで、この時期、夜歩くと一般家庭でも

    イルミネーション

のキラキラするところが増えたのに驚きますね。以前なら玄関にリースなど飾るくらいだったのに、今は派手です。
私はあいにくあまり好きではないのですが、きれいと言えば確かにきれいだとは思います(素直じゃないなぁ、我ながら)。

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今年最後の原稿 

もうやめよう、もうダメだと思いながら、今年1年、相棒のM先生にリードしていただきながら

    文楽評

の仕事を続けさせていただきました。
これは決して謙遜ではなく、私はほとんど人形に関する思いを少し付け加えさせていただいている程度で、M先生がきちんと書いてくださっているので何とかなっているのです。
いわゆる合評とは少し違うかもしれませんが、原稿を仕上げるまでのプロセスはなかなか楽しいものなのです。
お互いに遠慮なく言いたいことを言いますので(笑)、ひとりではとても思いつかないようなことをうかがえるのが嬉しいです。
しかもM先生とは

    割合に意見が合います

ので、さほど喧嘩はせずに文章が落ち着き、混乱が少なく済んでいます。ひとりの時は、これでいいんだろうかとずいぶん悩みましたが、今は意見が合うとたぶん大丈夫だろう、と思えるので精神衛生上も(笑)ありがたいです。

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最終日 

年内の授業は私の場合今日が最後です。
ヨタヨタしながらやっと後期授業の八割が終了しました。
明日、一般の方にお話しする仕事があって、これで私の年内の「義務としての仕事」は終わりです。
ビジネスマンの皆さん、お店をなさっている皆さんはまだまだお忙しいでしょうから申し訳ないくらいです。
この後期は本当にひどい目に遭いました。
結局休講を2回ずつした上、時には授業を早く切り上げたりして、いわば

    ごまかした

こともありました。
そういうことをしているから学生の信頼もなくなり、もともとおもしろくない話ですので余計に学生は授業を離れていくのかもしれません。どうにも

    受け容れてくれない

学生があとを絶ちません。
先週、ある授業が終わってから何人かの学生が

  今日の授業は騒ぐ人がいた

というのです。
不覚にも私はまったく気付いていませんでした。
こういうときが一番がっくり来ます。
中には一生懸命話を聞こうとする学生がおり、結局迷惑するのはそういう学生たちです。
しゃべるのだけは絶対に困る、耳の病気があって注意できないことを理解して欲しい、と、それだけは何度か言ってきたのですが、やはりだめらしいです。
私の信奉する(?)性善説は通用しないのかも知れません。

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だし巻きの夕べ(予告の2) 

先日、やたけたの熊実行委員長から連絡がありました。

  新年 だし巻きの夕べ

の開催が本決まりになったようです。
宵戎の夜、すなわち

  平成22年1月9日

の文楽第二部終演のあと、季節料理Rのテーブルひとつを貸切にして(笑)、集まられた方で楽しみましょうということです。
その日においでになる方はどうぞご遠慮なく参加なさってください。
「知ってる人がいないから」と遠慮される方もいらっしゃるかもしれませんが、気になさらないでください。まったく初対面という方もすでに参加を表明してくださっていますから何も

  怖くはありません(笑)

紳士淑女の集まりですから、話題健全、会計曇りなし(笑)。
じゃあ、行ってみようかな、という方、もちろん当日の飛び込みもありですが、劇場にいらっしゃるご予定がお決まりになっていたらあらかじめお知らせいただければ助かります。もちろん急にいけなくなった、というのも問題ありません。

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追い込み 

今日は補講の日。土曜日でも出勤します。これでほぼこの後期休んだ分は取り返せることになります。
せっかく出勤するので、夕方までは雑用をこなしておこうと思っています。
年内に済ませるべきことは済ませておこうというのはやはり貧乏性でしょうか?
私の場合、

    単なる貧乏だ

という説が有力ですが(笑)。
以前、国文科の教員の頃は、授業の予習に割く時間はあまり多くありませんでした。正直申しますと、1時間もあれば予習はできてしまい、しかも同じ授業を2つくらい繰り返すことが多かったので、同じ授業コマ数であっても、今よりずっと楽だったのです。
働けど働けど、本当に楽にはならない庶民生活ですね。

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一輔賛江 

今年の2月25日のこのブログの記事は豊澤雛文さんの咲くやこの花賞の受賞がテーマでした。その時に私はこんなことを書いています。

  文楽で咲くやこの花賞にもっとも近いのはその名も咲甫大夫さんか、
  あるいは清志郎さんか、あるいは一輔さんか玉勢さんかなどと期待し
  てるのです(一輔さんは今年で年齢制限いっぱいです・・笑)。


そして、年齢制限一杯だった

    吉田一輔 さん

がめでたく今年度の受賞者に決まったこと、あちこちの文楽ブログなどではとっくに話題にされているのに、私はいろいろ書いているうちにすっかり遅れをとりました。
改めて一輔さんにお祝いを申し上げます。
申すまでもなく、一輔さんは桐竹亀松さんのお孫さん、桐竹一暢さんのご子息です。一暢さんは残念ながらまだお若いのに亡くなりましたが、こうしてご子息が立派に跡を継がれているのは救いと申すべきでしょうか。
一暢さんは女形は美しく立役も凛々しく、次代をになう人形遣いと言われ続けてこられましたが、本当に残念なことでした。一輔さんはご尊父の弟子になられて厳しい教えを受けられ、着実に力を付けていかれました。
ご尊父亡き後は一暢師匠も敬愛されていた簑助師匠の門下に入られ、姓も吉田となりましたが、ここでもさらに飛躍が見られました。

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忠臣蔵、知らない 

忠臣蔵の認知度はかなり低いものでした。
12月14日を記念して(笑)「忠臣蔵の美意識」のタイトルで昨日おこなった「日本の文化と歴史」という授業の中でのこと。
「忠臣蔵を知っていますか?」という問いかけに、「まったく知らない」「『忠臣蔵』という言葉だけは知っているが中味は知らない」という

  「知らない」派が 91%

でした。「忠臣(ただおみ)さんという人の家の蔵のことかと思った」と答え答えた学生もあました(キミ、ネタじゃないよね?)。
中には「毎年関連するテレビ番組を見ている」という者もいましたが、やはりそんなものなのですね。

私は別に懐古趣味で話しているわけではなく、あくまで日本人の美意識の話をしたいわけです。
おりしも某政党の幹事長さんが若い新聞記者の無知を罵倒し、お役人さんをこきおろす記者会見をした直後でした。どの意見が正しいと言うことは別にして、ああいう態度でものを言うとなんとなく吉良さんみたいな嫌われ方をするんじゃないかと思っていたのです。
すると、まったくそれと同じ事を言って来た学生がいました。
吉良と浅野も

  此間の遺恨、覚えたか

という浅野の言葉の真意がはっきり分かりませんから、どちらが正しいというのも安易には言えないでしょう。しかし芝居は徹底的に吉良を悪人面で描きました。こうなるともう吉良さんの名誉はなかなか回復されませんね。三河の皆さんは臍をかまれているかもしれませんが。

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忠臣蔵、知ってる? 

一昨日は、陰陽の暦こそ違え、

    忠臣蔵の日

でした。
元禄15年12月14日夜、江戸の本所松坂町を47の暗闇が疾走し、激しい闘争と探索の結果、屋敷の老主人の首級を挙げ、夜明け前に退散しました。
彼らは一人を除いて高輪泉岳寺に赴き、そこで浅野内匠頭長矩の墓前に首を手向け、そのあと翌年二月に切腹することになります。
一人、というのは寺坂吉右衛門。彼がどこに行ったのかは厳密には分かりません。だからこそさまざまな憶測を生むことにもなります。
以前もご紹介しましたが、大阪の吉祥寺(天王寺区六万体町)に吉右衛門は現れて供養墓の建立を依頼したという話もあります。

20070308173012.jpg
吉祥寺の四十七士像。ニギヤカ・・・

吉祥寺赤穂浪士の墓
吉祥寺の四十七士墓

それはともかく、大学生は赤穂浪士だの討ち入りだのといってもあまり興味もないようで、何のことか知らないというものが少なくありません。
それでも、親が関心を持っていたからなどの理由で子供の頃になんとなく聞いたり見たりした覚えがある、という学生はいるようです。
いくらなんでも忠臣蔵フリークはいないでしょうね。四十七士の名前を全部言えるとか・・・。

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橋を尽して(3) 

京橋までやってきました。京街道の起点ということから付けられた名前の橋です。
この橋を北へ渡ろうとすると大阪城はすぐ背後ですが、真っ暗闇でもあり、彼らはその存在をほとんど意識しなかったのではないでしょうか。

京橋1
京橋を北から見る。二人は右奥手から手前に向かって歩いてきたわけです。

これで片町に着きました。現在京阪電車が走っているところはかつての鯰川。この川を越えるべく御成橋を渡るととうとう網島です。

御成橋のあったあたり
御成橋のあったあたりを北側から。京阪電車の線路の下をくぐる地下通路になっています。

   妙法蓮華京橋を越ゆれば至る彼の岸の

   玉のうてなにのりをえて仏の姿に身を成り橋

さあ、大長寺はもう目の前です。
網島に入って進路を北東に取ると大阪市公館(都島区網島町10-35)があります。その隣が藤田邸跡公園、さらにその隣が藤田美術館(都島区網島町10-32)。当時はここが大長寺だったのです。公園の中にでも、このあたりが旧大長寺であり、小春治兵衛の心中の場であるという碑が建てられないでしょうか。

藤田公園1
藤田邸跡公園入口。門は旧大長寺山門

藤田公園2
藤田邸跡公園

藤田美術館1
藤田美術館入口

小春治兵衛のゴールに我々も到着しました。
どのあたりで心中がおこなわれたのでしょうか。

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橋を尽して(2) 

天神橋の北詰にやってきた二人です。北を見れば天満宮の参道はすぐそこ。つまり治兵衛の家も遠からぬ距離にあるのです。しかし、

  北へ歩めば我が宿を一目に見るも見返らず

とありますので、治兵衛は北を見ることができなかったのですね。
もし見ていたらこういう感じです。

天神橋から北を見る
天神橋から北を見たところです。正面奧が参道。

道行の経路からはずれますが、ちょっと寄り道をします。
大阪天満宮(天満の天神さん。大阪市北区天神橋2丁目)は地下鉄南森町駅を降りてすぐ。治兵衛はしょっちゅうこのあたりを行き来していたのでしょう。私事で恐縮なのですが、私の元の本籍地は大阪市北区西天満だったのです。父親のゆかりの地であるわけです。ですから、子供の頃、天神祭だといっては父親はここに連れて行きたがりました。私のかすかな記憶に、この神社で父親に肩車されている自分の姿があります。

大阪天満宮3
天満宮表門。なかなか立派です

大阪天満宮2
天満宮本社。この日は私のすぐ横で落語家さんが写真を撮っていました(笑)

その落語家さんの出番があったのでしょうか、天満繁昌亭は神社のすぐ北側。
この日もお客さんはよく入っていたようです。一度でいいからここで落語を聴きたいです。

繁昌亭
繁昌亭。ちりとてちん♪

南側から神社への参道に治兵衛の紙屋はあったらしく、今は天神橋筋商店街となっています。地元の人のいう「じゅっちょめ」で、南北に2.6kmもある、日本一長い商店街です。

天神橋筋商店街1
この向こう側のどこかに紙屋治兵衛が・・

天神橋筋商店街2
これは天神橋筋2丁目あたりです

寄り道ついでです。天満宮の北を東西に国道1号線が走っていますが、今はここを東へ行くと網島に行くことができます。造幣局の北側を歩くと桜宮橋(銀橋)があり、これを越えると網島のある都島区になるのです。

桜宮橋から
桜宮橋から南南東方向を見ています。大阪城の天守閣が見えます

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橋を尽して(1) 

私が一般の方に文楽関係でお話しする場合、いわゆる専門家ではありませんので、何か別のアングルからテーマを設けるほかはないと思っています。最近は文楽ゆかりの地をご紹介しつつ、文楽作品お話をさせていただくことが多いのです。そのためにはしょっちゅう歩き回ることが必要になってきます。

もともと歩くのが好きで、司馬遼太郎さんじゃありませんが

    街道を歩く

なんていうのは学生時代から続けています。
もともと平安時代が専門ですから、たとえば水無瀬とか、芥川とか、昆陽池とか、芦屋とか、そういうところは深い関心を持っていました。ところが文楽ゆかりの地をたずねるようになると、大阪の街中もなかなかおもしろく思うようになりました。
事情で延期させていただいたのですが、勤務先の地元、吹田市の講座で近松門左衛門のお話をさせていただくことになっていますので、先日、入試の仕事が早く済んだのでぶらりと大阪市内に出てみました。過去にも歩いたところではありますが、手持ちの写真がやや少ないので改めて撮影に行きました。
で、今回の歩きのテーマは

    名残の橋尽し

でした。なんだか年内に歩いておかないと年を越せないような気がしまして・・・。
実際に歩いたのは天満宮を起点として大長寺に向かい、そこから曽根崎へと小春・治兵衛の道行を逆行したのですが、ここでは改めて彼らの道行をなぞる形で再構成し、十一月公演以来断続的に書いてきた「道行」のまとめとしようと思います。

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演出のお稽古 付440,000 

大学3年生の後期はなかなか大変です。
授業はほぼ連日、就活は当たり前。加えて悩むのが

    卒論のテーマ決定

です。
私のような文学部国文科の場合、この時期に現代文学、国語学のように大雑把に決めておいて、4年生になってから三島由紀夫とか中世の音韻とか、具体的に絞って行けばよかったのです。

勤務先は人間社会学部文化表現コースですので、論文でも制作でもOKです。
そこで3年生で卒業制作の練習をしておいて、自分に合ったものを見つけていこうということになっています。
今年はこれまでに映画批評とクレイアニメ制作を実施してきました。
そして、最後のテーマは私の身勝手で選んだ

    文楽人形劇の演出

の試みです。

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なまっとる 

大阪以外の地域出身の太夫さんは、義太夫節を語るのは大変だろうとお察しします。
義太夫節は基本的に上方の言葉で節付けされており、「千本桜・すしや」の冒頭「春はこねども花咲かす」の「春」は「る」が、「花」は「は」が高くなります。一事が万事、慣れるまでは大変ですね。
しかも、特に関東地方出身の方に感ずることがあるのですが、日常会話からはなかなか関東訛りが抜けないような。そうでもないですか?
この間、白鷹さんで文雀師匠の会があったあと、帰り道にえるさんから(お名前を出してすみません…笑)

    なまっとる

と叱られた(笑)方があったと、当のえるさんのコメントで知りました。
いやあ、えるさんは強し。
いやなに、他人事ではありません。アナウンサーの仕事を考えたことがあった中学時代、私は放送部にいて、

    共通語の稽古

をしていたことがあるのです。
そして、給食を食べながら聴く「お昼の放送」という番組を毎日流していました。
クラシックばかり、しかも田舎の中学の放送部が持っているレコードですから、同じ曲をしょっちゅう使い回していたのです。新世界、悲愴(ベートーベンの)、未完成など何回聴いたことかわかりません(笑)。
その放送の前後に私の声が流れたりするわけです。

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沖縄からお菊まで 

「日本の文化と歴史」という授業は大忙しです。
「天皇」「世界遺産」「愛と死」と三大テーマとして話しているのですが、過去の話を現在に結び付けて、その上で毎時間学生には未来の展望をしてもらうように仕向けています。
昨日問題にしたのは

   46歳になった雅子妃

   沖縄の世界遺産と普天間問題

雅子妃は昨日が誕生日でしたから、彼女のこれまでをふり返って、学生が自分の問題として彼女を見つめてみようということです。国際派キャリアの女性が日本で一番古い家に「嫁に行く」というギャップ。皇太子の「守ります」求婚、29歳での結婚、37歳での初産、男子が期待されるという宿命と果たせなかったことのストレス。もちろん皇太子による「人格否定」発言も話題にしました。
ゴシップとしてではなく、真摯に話をすれば、学生はまじめに受け止めてくれます。
雅子妃は女子を産んだ、それは事実なのだから「男がよかった」などといっていても始まらない、私たち国民はその事実を真正面から受け止め、積極的に関心を持って我々の象徴である皇室をサポートすべきだと思う。
そういう意見を述べた学生がいました。

    皇室をサポート

とは、なかなか言えることではないと、私は感心しました。

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東京公演中です 

行けない、とあきらめてしまっているものですから、つい書き忘れていました。
ただいま文楽は

    東京公演

の真っ最中です。
関東では盛り上がっているでしょうか? 演目は

    近江源氏先陣館

    伊達娘恋緋鹿子

で、このほか鑑賞教室では仮名手本忠臣蔵の三、四段目。
16日までですが、私はもうとてもゆとりがありません。昔はそれでも飛んで行ったのに、今はむやみに忙しくなってしまいました。
おいでになった方は少なくないと思います。ぜひ評判をお教えください。

今年度はかろうじて2月に行けるかどうか、というところです。
ちなみに、その2月公演は

<第一部>「花競四季寿」「嬢景清八嶋日記 花菱屋・日向嶋」
<第二部>「大経師昔暦 大経師内・岡崎村梅龍内・奥丹波隠れ家」 
<第三部>「曽根崎心中 生玉社前・天満屋・天神森」

二部、三部は売れ行きがいいのでしょうね。

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ついてくる心 

いつぞやこんなことを書きました。
「心中天網島」の紙屋内で、治兵衛が「女房の罰」ということばを口にした瞬間に、彼は

    おさんの「罰」

を背負って残るわずかな人生を生きていかざるをえなくなったのではないかと。
その言葉はもはや

    言霊

とも呼ぶべき力を持ったもので、これに取り憑かれたらもはや逃れようがありません。言葉を持ってしまった人間の宿命でしょうか。

私が勤務先で約10年にわたって試みてきた

    朗読

の授業はいよいよ今年度で最後、今は芥川龍之介作「蜘蛛の糸」をテーマにしていますが、先日その第一節を丁寧に読んでいきました。
車座になった学生が自主的に本読みをして読み方の問題(要するに間違いなく正確に読むという、教科書的読み方)を解決してくれたあと、私が一文ずつ読み方について話していきました。
ただ棒読みするのではなく、だからといって大げさに声を振り回すのでなく、芥川の文章に魂を込めるというか、逆に言うと芥川の文章の魂を声にするというか。

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芦屋道満の中の私 

いいお芝居を見ているとなぜか登場人物の中に一人は

    “私のそっくりさん”

がいると思うのです。つまり、どこか私自身を映すような人物ですね。
『網島』ならダメ男だけど何事にも真剣になる治兵衛、『千本』ならつかみどころのない弥助(どちらも二枚目過ぎますが…)、というふうに。
では、『芦屋道満』なら誰だろうと自問してみます。

保名? そんなもったいないことは申しません。
元方? よくも悪くもあちらのほうが大物です。
安田庄司? あんな実直者ではありません。
ふと思うのは、

    芦屋道満

その人ではないかということです。

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馬車馬 

上から読んでも馬車馬、下から読んでも馬車馬。
別にことば遊びをしているわけではありません。

    馬車馬 (ばしゃうま)

ということばは、やはり吉田玉男師匠を思い出させてくれます。
ことあるごとにおっしゃっていました。
私は馬車馬のようなもので、働いている時のほうが元気がいい、休むとダメ・・・。
こうして玉男師匠は80代後半まで一線の人形遣いさんとして活躍されました。
大正生まれの方がおっしゃると「馬車馬」ということばもなんだかとても実感にあふれてすてきだなと思います。
馬車馬君には悪いのですが、その「食らうためにこき使われている」というような生活感のない玉男師匠だけにかえって不釣合いの妙があって面白くさえ感じるのです。
あの世代の人たちは、戦後にバリバリ働いて高度経済成長の立役者となって頑張られたのですよね。
私の父は玉男師匠よりは若いのですが、やはり

    企業戦士

というにふさわしいような人でした。
我々世代はやはりあの

    父なる世代

をあだやおろそかに思ってはいけないと思います。

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だし巻きの夕べ(予告) 

普段から詩人のように言葉を操るすべを知って、たゆまずそれを磨いていらっしゃる方は、ほんとうに

    センスの光る

表現をなさいます。散文的で無口な(黙っていろと言われたらいつまでもそうしていられる)私にはできない芸当です。

文楽ファンの方がネット上で言葉を通して交わり、気が合いそうな方同士が劇場などで会われていわゆるオフ会を楽しまれる、そんな広場になるのもいいかなと思って、3年9か月の間この場を設けています(ほかにもいろいろ理由はありますが)。
私は実はもっとも恩恵を受けている者でして、この場を通していろいろな資料をいただいたり教えていただいたりしています。結局このブログは自分のためだったのだ、と改めて思うくらいです。

そうこうしているうちに、一度集まれる人だけでも集まりましょう、という空気が醸成され、すでにまゆみこさん、花かばさん、こでまりさん、まちるださん、やたけたの熊さん、そしてゲストとして上方芸能編集長がお集まりになってオフ会が行われたことがありました。
名づけて第1回


     BB会

でした。
その後もプチBB会は持たれたことと思いますが、このたび本格的第2段が計画されています。

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日は短い 

12月はそれでなくても早く過ぎていくのに、

    日が短い

ものですから、なんだか一日があっというまで、損をしたような気になります。
私も世間並みに忙しさが尋常でなく、ほんとうに参っております。
もぐらたたきのような毎日、皆様もおそらくご多忙のはず。お互い生身の人間なので、無理はしないようにいたしましょう。

昔の暦では(太陰暦も一律ではありませんが)、冬至というとおおむね11月のこと。つまり、11月22日が命日だという

    近松門左衛門

はそんな日の短い寒い頃に亡くなったのですね。
今日12月4日は、旧暦では10月18日だそうで、まだ

  小春・治兵衛 月間!

だったのですね。

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守れないルール 

世の中はルールなしではうまくいかないわけで、私も最低限は守るようにしています。
朝は9時から授業があり、遅い日は5時50分に終わります。
これは守らないと学生生活を脅かします。
先日書いたのですが、私は

  年賀状はこの日までに

出してください、などといわれるとつい守ってしまうほうです。
原稿の締切はメールに添付するのを忘れた事があるのですが(笑)、これもまず遅れません。
概してコンプライアンスということについてはまじめなのです。
とても遵守できないもののひとつには

    道路交通法

があります。
運転しながらメールをしたり、シートベルトを着けずに運転したりすることはありませんが、制限速度40km/hの道をそのスピードで走ることの怖さと迷惑を考えると、それはやはり守れません。
もちろん警察もそこはわかっていて50kmで走っていても何も言いませんよね。ハンドルやブレーキに「あそび」があるように、この10kmは「あそび」と考えるべきだろうと思っています。

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女性天皇 

私はここ数年、

    日本の文化と歴史

という授業でテーマのひとつとして天皇を取り上げています。政治的存在として、文化的存在として、社会的存在としてなどなど。
学生の反応が際立ってよいのは現在の皇室の話をする時間です。
現在29人で構成されている皇室ですが、今年の学生が「この人、知っている」と答えた人は最高で16人、最低で6人、平均すると10人ちょっとです。
多いと見るべきか、少ないか……。
三笠宮系の方々の知名度は驚くほど低く、天皇の弟、常陸宮の存在もまず知りません。
しかし、皇族のみなさんのエピソードを紹介すると一気に学生の目の輝きが増します。

大正天皇の母は皇后ではなかったとか、昭和天皇になかなか男子が誕生しなかったので側室が云々されたらしいなどと話すとやはり驚きの声が出ます。
時には、

◆愛子内親王はご両親(皇太子夫妻)のことを何と呼ぶのですか?

◆皇籍離脱した黒田清子さんはスーパーに買い物に行くのですか?

などの質問も飛んできます。

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