転勤 

ご多分に漏れず、私の周囲でも春の異動が盛んです。
勤務先内での転勤や転属の方、勤務先自体を移る方、新たに就職、退職する方などなど。
皆様の中にも異動される方がきっといらっしゃることと存じます。

    文楽の本拠地

に移ることになった! なんていう方は、ファンとしては観劇が楽になっていいですよね。
栄転された方いらっしゃいます?

職場でのコミュニケーションが一気になくなった私は、勤務先の諸事情にとんと疎くなりました。同僚の退職はここ数年、送別会の案内ではじめて知ることが多いのです。ただ、派遣社員の方についてはそれも知らされませんから、いつの間にかいなくなっているということも珍しくありません。
昨年ある同僚にお子さんができたのですが、私は30代のその人がいつのまにか結婚していたことすら知らず(当然、お祝いもしていません)、しかも相手が学内の事務職員さんだったとはまったく気が付かなかったのです。そういえば彼女(事務職員さん)は最近太ったなぁ、なんだかおなか周りが大きいなとは思っていたのですが(笑)。コミュニケーションを欠くと、これほどに

    情報に疎くなる

ものなのですね。
われながら愕然とします。

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あえて不満を 

また相撲の話で恐縮です。
私は決して熱心な相撲ファンではないのです。顔を見ても誰だかわからない力士のほうが多いくらいで、外国人力士など同じ顔に見える人もいます(笑)。

それでもひいきといえる人はいないわけではないのです。このところずっと、おそらく10年以上、魁皇関を応援してきました。
子供の頃も含めると、相撲でひいきといえるのは

    海乃山  魁皇

の二人だろうと思います。海乃山関は、小柄ながらなんとか勝とうとする精一杯の姿勢に惹かれたのかもしれません。

つい先日、内館牧子さんが新聞にその魁皇関について書かれていたのです。なぜ彼は人気があるのか、それはいわば

    チャンコの味

がしみた力士だから、と。以前ならたいていそういう人ばかりだったわけで、今はことさらそういう人を探さないといなくなった、絶滅危惧種なのでしょうか。
よく言われることですが、

  スポーツだから勝てばいい

というのではない、存在がそのまま「おすもうさん」と一般名詞化できそうな人なのかなと思います。
しかし、魁皇関もこの夏で38歳。力の衰えは明らかです。
だからこそ惜しみない声援を、と思いつつ、私はこの春場所で見た魁皇関に不満をぶちまけておこうと思っています。

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満願 付490,000 

大相撲春場所が満願となりました。
……という言い方は変ですね。素直に

  千秋楽を迎えました

と申し換えます。
先場所優勝の横綱が不祥事絡みで引退する中、かつて私が両国の横断歩道で立ち並んだ経験のある(どこかにそんな記事があるはずです…笑)把瑠都関の活躍もあって、なんとかつつがなく納められたようです。

前横綱というと、何かと不祥事があり、そのつど相撲とは何かという話が出てきました。
比較的若い世代には「格闘技なのだから勝ち負けさえはっきりしていればいい」と思う人も多いようです。
ところが一方に厳然として「文化」というものさしもあるのです。若い人はそれを用いないかというとそうでもないらしく、若手の新理事、貴乃花親方も

    相撲は神事

というお考えをお持ちのようです。
およそ芸能諸般には神事的な属性があると思います。神様に奉納するわけですね。
文楽も、舞台は神様に向かっているイメージで、そちらに向かって上演しているのを、そのお邪魔にならないようにわれわれが少し低い視線で傍観させてもらっているともいえそうです。
かつて何度か厳島神社で舞楽の奉納に立ち会った時のことを思い出しますと、やはりあれは神殿に向かっての上演だった、それを私も傍観させてもらっているのだ、と回想されます。

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春の愁い 

当たり前の話かもしれませんが、十代の頃はどんな気持ちで春を迎えていたのか忘れてしまっています。
春というと秋とは違った愁いを覚えることがあったようにも思うのです。

    春 愁

という言葉もありますし、万葉集で言えば、大伴家持の

    うらうらに 照れる春日に
         ひばり上がり 心悲しも
                    ひとりし思へば

でしょうか。
それとちょっと違うように見えるかもしれませんが、充実した体力をもてあます、はちきれそうな気分もまたあの頃の愁いだったのではないかと思うことがあります。
たたくとバチンと音を立てそうな身体。
ところが精神がついていかず、きしむ音がしたのです。
ギクシャク、キーキー、と。
自分で自分をコントロールする前に、生理としか思えない動きが自分をどこかへ持っていってしまう。
止めたくても止められず、止めなければと思っても止めたいとも思わない。
無謀というか八方破れか、おそらくそのために周りには多大な迷惑をかけてきたのだろうと思います。

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合わせない 

私のダメなところのひとつは、すぐに

  相手に合わせようとする

ところです。争いを好まない、穏やかな人格者みたいですが、実際はかなりの俗物ですから、要するに優柔不断で自己主張に欠けるといったほうが正鵠を射ていると思います。
日本人が何を考えているのかわからないという顔をしているといわれますが、それは無表情なのではなくてなんだかいつもヘラヘラ笑っている感じがするからのようです。それは、相手にどう思われるかを察知するために一時表情を保留するための表情、とでもいうべきでしょうか。生きる知恵としての表情、という感じがします。

  君子は周しみて比らず(『論語』)

と言います。
「周」は広く親しむことですので「したしむ」、「比」は「おもねること」と解釈されるようなので、そのとおりに訓じておきました。世に出ている論語の本では「周して比せず」と、音読みそのままにとどめてあるようですが。
立派な君子は他人(社会)と親しむことが大事。しかし、同時に、おもねったり迎合したりするのはいけないわけです。

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LET IT BE 

先日来、このブログの「リンク欄」に新しいページを入れさせていただいております。
その名も

  れっと いっと びー

正確には「Ume's れっと いっと びー」というのかな?
“Ume”さんが長らく続けていらっしゃるブログです。
この“Ume”さんとは10年以上前から切っても切れない(Umeさんは今にも切ってやろうとされているかもしれませんが・・・笑)縁にあるのです。勝手にご紹介してはいけないと思いますのでごまかしますが(笑)、才能あふれる方で、多方面でご活躍中です。
興味をお持ちのかたはぜひ一度ブログをご訪問下さいませ。

    LET IT BE

といえばもちろん

    THE BEATLES
の名曲。

  もてなやみ、わづらひありしとき、聖なる母君おはしましたまひて
  「汝、この金言をもつて則となせ、『れつと・いつと・びー』」
  とぞ示したまふ。

とでも訳しましょうか(笑)。

学生時代、ネイティブスピーカーによる英語の授業があり、その教師(ロシア系でした)がこの歌を教材にして

  “Mother Marry comes to me.”

の「M」音や“Whisper words of wisdom"の「W」に着目しようと言っていました。"relaxing"な音だから、とかなんとか。英語は苦手でしたが、こういう話はけっこう好きでした。

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恨む 

最近、時間がある時は、鎌倉時代の説話集である

  古今著聞集(ここんちょもんじゅう)

を読んでいます。
橘成季(たちばなのなりすえ)という人が編纂したもので、1254年の成立です。700余話ありますが、この1週間ほどで500話ばかり読みました。古典はおもしろいです。夢中になります。
その中にこんな話があります。

目の不自由な男が、目が見えるようになりたいと熊野神社に柴の灯を焚いて3年間祈願し続けていました。
文楽ファンには「眼病には壺坂寺」がお馴染みですが、「棟木由来」の熊野も信頼があったのですね。さすがは世界遺産(笑)。
ところが、3年経っても効果がなく、彼はついに

  熊野権現を恨みます

そしてある夜、こんな夢のお告げがあります。

「お前の恨みは分かるが、前世の報いを知るべきだ。お前は日高川(安珍・清姫の!)の魚だった。そして川に架かっていた橋を道者が渡るとき、『南無大悲三所権現』と唱えてくれたので現世では人身を得たのだ。灯に当たるという縁があるのだから、来世こそ明眼を得なさい。少しずつランクアップだよ。私を恨んじゃだめだよ」

夢のお告げは熊野権現だったのです。彼は懺悔(さんげ)して生涯灯を焚き続け、ついには目が見えるようになったのです。

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執着 

平安時代末期のことなのです。
「ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる」の歌で今も知られる藤原実定(後徳大寺左大臣)という人の

    官位への執着

のエピソードが残っています。
同じ「正三位中納言」だった藤原実長という人物が天皇の日吉神社への行幸の仕事をしたためにひとつ位が上がって従二位になりました。
ショックを受けた実定は実長と顔を合わせるのが嫌で同じ日に出勤しなくなり、自分も昇進させてもらえる理由を必死で探して、半年後に従二位にしてもらいました。それでも、あとからの昇進ですから序列はやはり下位です。大納言になったのも同時で、依然下位のまま。すると、実定は

  大納言を辞めるから

正二位にしてほしい、と言ってそれが許されたというのです。そこまでして実長を越えたかったというわけで、恐るべき執念です。
話は続きます。彼はやはり大納言を辞したことが残念で奈良の春日社に祈願。すると春日若宮社の「間もなく再任される」との御託宣を得ました。そして、大納言を辞任して12年後、あの「小松内大臣平重盛」が大納言から内大臣になった時、その大納言ポストを手に入れたというのです。さらに重盛が手放した左大将の職をも得ようと、今度は願いが成就したら厳島神社(広島の!)に参詣すると願を立て、半年後に成就し、実際厳島神社に行ったのだそうです。

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ああ吉野 

昨年3月に訪ねて以来、再訪の願いむなしく吉野に行けないままです。
交通の不便なところで、時季をはずすと町内の移動がかなり大変。自分で車を運転しながら、というのが一番なのかもしれませんが、歩いて訪ねたいところもあって、その意味では車は厄介でもあります。
昨年のこの時期は「義経千本桜」の、今年は

    妹背山婦女庭訓

の上演が目の前です。2年続けて吉野の春が文楽劇場にやってきます。
昨年の3月の記事に「吉野紀行」として3回ばかり日記を書いていますが、そこで触れることができなかったのが金峯神社や義経隠れ塔など。
昨年は趣旨が

  藤原道長の金峯山詣

の跡を訪ねることでしたので行けなかったのでした。
道長はこの時、はたしてどこまで行ったのかについても諸説あります。
例えば、彼は「子守」に行ったと記しているのですが、これは金峯神社の手前の、現在でも子守と言っている地域なのか、山上の子守明神を指すのか、なんとも微妙です。
こういうことを実感するために、実は

  馬に乗って(笑)

行ってみたいのです。

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四人組 

別にあやしげなグループの話ではありません。
それならカルテットとか四天王とか、書き方があるだろう、とおっしゃるあなた、至極ごもっともでございます。
しかしそれでは私がその4人に抱くイメージに合いませんので、まずはご容赦を。

    吉田玉英 さん

の思い出として忘れてならないのは

    口上

ですね。
各SNSやブログにもコメントがありましたし、このブログの追悼のお言葉にもいただきました。
頭巾をかぶったまま演目や床の紹介をするだけなのに、ファンの皆様には「今のは誰」「あの声は誰」と、かなり特定されているようです。
玉英さんはかなり長く口上を勤められましたので、私もずいぶん拝聴したように思います。

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卒業 

高校時代、映画を見に行くようになってしばらくした頃、

    卒業

がリバイバル上映されました。もちろん、マイク・ニコルズ監督、ダスティン・ホフマン主演のあの映画です。
“graduation”という単語は知っていたのですが、この映画の原題は“The Graduate”。英語の苦手な高校生にとってはこの音の響きもまた魅力的なのでした。
高校生の私がどれだけ理解していたのかは分かりませんが、とにかく印象深く、何度も行ったことを思い出します。
おそらく大阪の

    梅田スカラ座

だったと思います。北野劇場とともに私が頻繁に出没した映画館です。
両劇場とも、たまたま東宝の株主招待券をくれる人があって、その恩恵をを受けたのでした。
この季節になるとどうしてもあの映画を思い出してしまいます。冒頭の「サウンド・オブ・サイレンス」ももちろん忘れられませんし、「スカボロ・フェア」「ミセス・ロビンソン」も・・・。

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玉松さん 

文楽人形遣いを引退されていた、

  三世 吉田玉松さん

が一昨日(18日)午前3時18分、亡くなりました。先日の吉田玉英さんに続いての訃報でした。
私は玉松さん40代から拝見していることになります。立役の次代のホープとして、文吾さん、玉幸さんとともに注目されていたと記憶します。

玉松さんは、昭和22年に二世吉田玉市に入門、玉一郎、紋弥を経て、同48年三世吉田玉松を襲名、平成19年に引退されました。

その平成19年12月8日のこのブログに、私はこんな内容の記事を書いています。


◆ベテラン人形遣いの吉田玉松さんが正式に引退されました。簑助さんと同い年です。
◆番付では文昇さんと紋寿さんの間にいらっしゃいました。
◆小柄な方で、役も検非違使、源太、孔明などの印象の強い方です。
◆『伊勢音頭恋寝刃』の料理人喜助、『絵本太功記』の武智十次郎、『忠臣蔵』の勘平、『妹背山』の久我之助、『千本桜』の義経、「熊谷陣屋」の弥陀六などを覚えています。
◆平成14年11月に『冥途の飛脚』の妙閑で番付に名前が出ていますが、出演はされず、同年夏の「雪狐々姿湖」の源左母、9月の「夏祭浪花鑑」の道具屋孫右衛門が最後でしょうか。
◆端正な面差しで、眉も口元もきりりとして、でも、笑顔のとても明るい気さくで快活な紳士だったと記憶します。
◆楽屋への出入りなど、わりあいに派手なシャツなどを着こなされ、サングラスもお似合いの、おしゃれな紳士という印象が残っています。
◆今ご活躍なら、平作や定之進、白太夫などの老け役も持たれているのではないでしょうか?

(詳細は2007/12/08の記事をご覧下さい)

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お世話に 

この時期、「上方芸能」誌の文楽評の

    初春公演

の原稿が締切なのです。
今回もまた相棒の先生に全面的にお世話になりました。
今や私はサポート役で、相棒女史がメイン執筆者なのです。かつて私が単独で書いていた時のものと比べていただきますと(そんなヒマな方はいらっしゃっらないでしょうが)、お分かりになりますが、やはり

  文体が違っています

いかに私が怠けているかの証左と申すべきでしょう。
片棒かつぎの次男坊としましては、私より年下の相棒女史を姉のように慕い頼っているわけです。

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春は 

まさか仕事に直結することになるとは思っていなかったのですが、高校時代、古典古文は好きな科目でした。
芭蕉、西鶴、近松のような江戸時代の作品より、曖昧模糊とさえ感じられた平安時代のものが好きで、

    伊勢物語

などは文庫本を買ってコツコツ読んでいました。

高校で必ず学ぶものに、

    枕草子

の第一段があります。おなじみの「春は曙」ですね。しかし、はじめて読んだ時、必ずしも納得はしませんでした。「あんたは春は曙がいいかも知れないけどね」と、自分の美意識の乏しさをよそに、清少納言にツッコミを入れたものでした。
そのうちに、「やうやうしろくなりゆく、山際少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」の雰囲気(あくまで雰囲気程度でした)が好ましく思われ、さすがに面白く感じられるようになりました。
しかし、それは「枕草子」というビッグネームに引かれてわかったような気になっていただけで、ほんとうに魅力を感じていたのかは心もとなかったのです。

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おしゃれ 

おしゃれのセンスのかけらもないのです。
学生時代は数本使いまわしのネクタイに着たきりジャケットというスタイルが多く、男性ファッション誌など見向きもしませんでした。他人の服装も気にならず、

    コーディネート

などという言葉は知らなかったと思います(笑)。
「恋する文楽」を書いた畏友廣谷鏡子さんが、インタビューするために咲甫君に会った時、当時20代の咲甫君は

  廣谷さんと会うために

と、靴を買ったのだそうで、美貌の30代だった彼女はいたく感動していました。
サキホ君、やっぱり、おしゃれだよなぁ、と私も感心しました。モテる理由のひとつですね。

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大赤字 

生活が質素極まりないものですから、昔からあまりお金で苦しんだ経験がありません。
貧しいなりに生きてきた、という感じです。
いくらか余裕のある時は使わずにためていたお金もあります。
ところが、いわゆる

    教育費

というのは恐ろしく巨額です。
私に言わせれば塾など行かずに自分で勉強すれば「タダ」なのですが、どうも受験産業の口車に乗せられてお金をよこせと子供たちに言われます。
私自身は学習塾に通った経験はありませんのでその効用が理解できず、

    勉強は塾でする

という発想がまるでないわけです。
そもそも私の親はひどいもので、末娘(私の妹)を私立に行かせるのだから、男の子は公立以外には行かせないという摩訶不思議な理屈をこねておりました。妹は中学から私立に行って英語の塾などに通い、大学には親に買ってもらった車で通うという生活で、まったくどこのお嬢様かと思うほどでした(思い出しただけでも腹が立つ・・笑)。

それはともかく、私の家でも教育費はかさみ、行き着くところは

    大赤字

質素倹約してためてきたお金がここ数年春山の雪崩のように崩れ落ち、ついに預金がなくなってしまいました。

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出前 

勤務先の大学で文楽人形の授業をするのはおそらく来年度で終わり。
長らく教えてくださった吉田勘弥さんはじめ来学下さった太夫さん、人形遣いさんにはただただ感謝しております。
さて、教わる学生がいなくなるということは、私の部屋に住まう2体の

    文楽人形

はどうなるのでしょうか?
このままお飾りとして大学の玄関にでも移されてガラスケース入り?
それはやはりさびしいなぁ・・・。
私はこの人形を買ってもらったとき、原則的に

    学生が遣うため

ということをお約束していたのです。それが出来なくなるのはまことに残念で、今後のことを考え始めているところです。
クラブ活動のようなことは出来ないか、地元の一般市民の方に集まっていただいてお稽古することは出来ないか、などなど。
それと同時に、最後となる今年の学生の成果を発表する場も何か設けられればと思っています。もうあと2年で受講したすべての学生が卒業してしまう予定です。
一番ありがたいのは

    呼んでいただくこと

です。

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八方美人 

今の総理大臣は文楽のある技芸員さんの高校時代の先輩だそうで、その当時はお互いあまりご存じではなかったのかもしれませんが、今はそれぞれの道で最先端を走っていらっしゃいます。
高校の先輩後輩で、当時は知らない者同士で、今や最先端・・というと、私とやたけたの熊さんのような関係でしょうか(笑)。
「最先端」というところが違う? はい、言われなくても分かっています(笑)。
総理大臣はさすがに名家のご出身で、経済的には何不自由なく育たれたようで、いかにも品のよい

    お坊ちゃま

タイプですね。古典芸能にも関心を示されるようですが、文楽にはいらっしゃるのでしょうか? やはり歌舞伎が多いのでしょうね。奥様はタカラヅカのご出身だそうで、弟さんの奥様ももとはタレントさんでしたからなんとなくきらびやかな感じが漂います。
総理大臣は人柄もよいのだそうで、穏やかで、謙虚で、めったに怒らないし、あまり敵を作らないようです(弟さんはそうでもなさそうですけどね…笑)。
ただ、それを悪く言うなら

    八方美人

ということにもなりかねず、実際そういう評価をされることもあるようです。

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春が来た 

一気に暖かくなりました。
やはりお水取りが春を呼びます。うまくタイミングが合うというか、本当に伝統というものは恐ろしくさえあります。
これでもう季節はあとには戻らないでしょう。

奈良の古式に続いて、大阪の大相撲春場所、兵庫・甲子園のセンバツがおこなわれると、関西では

    本格的な春

になります。
今年は桜もまた早そうですし、プロ野球の開幕も早いですね。
「春が来た」(高野辰之作詞、岡野貞一作曲)という歌を歌ったのは小学生の頃だったでしょう。
なんとも単純な歌でしたが、だからこその名曲でした。「山に来た、里に来た、野にも来た」だったと思うのですが、

    

というのは人と自然が融合する微妙な場所ですね。
自然のままでは存在せず、かといって人間が入り込みすぎると破壊されてしまう、そんな場であるように思います。
文楽にも「~の里」という場面がありますが、何かそこから事件が起こるような雰囲気があります。

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会議 

会議がありますので○○室に集まってください。
そんなメールが入ります。以前なら「めんどくせーなぁ」なんて言いながらそそくさと出かけて行ったのですが、今はそういうわけには参りません。
何がおこなわれているのかわからないまま時間を過ごすのですから、参加しても仕方がないともいえますし、仮に参加した場合はなんとも苦痛なのです。
かつて要約筆記を引き受けてくれた同僚は転勤しましたし、今はもうこちらからお願いするのもつらく、

    黙って座っている

だけ、ということになります。
かえって気を遣わせるだけでお互い何の得にもならないので、必要なさそうなら参加しないようにしているのです。それでも「サボリ」には違いありませんし、時には顔だけでも出したほうがよさそうなミーティングもないわけではありません。

先日もある会議の通知があり、新年度から機能する部署の初会議なので顔だけでも出しておこうと行ってきました。
会議資料を1枚いただきましたので、それを眺めることはできます。しかし、何百回もよむことはないわけで、途中からは持参した本をチラチラ。いわゆる

    内職

ですね。
しかも会議はなかなか盛り上がったようで、次々に意見を述べているらしき風景が目に飛び込んできます。時間はおよそ1時間半。
かなりくたびれました。

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今年のアカデミー賞 

寺島しのぶさんの銀熊賞の演技を見たいのに、字幕のない日本映画は鑑賞に堪えず、残念でなりません。
そうこう言っているうちに、先日

    アカデミー賞

の発表がありました。所詮アメリカの映画賞に過ぎないともいえますが、やはり注目の的ではあります。
昨年は日本の作品が「外国映画」「短編アニメ」のニ部門で受賞し、おまけに

    ペネロペ・クルス

の助演女優賞もあって、個人的には満足したのです。
ペネロペは2年連続の助演女優賞(今年は「NINE」でノミネートされました)も期待されましたが、それはなりませんでした。受賞したモニークの演技はどんなものでしょうか。
主演男優賞のジェフ・ブリッジズは長年の苦労が……という感じなのでしょうか。モーガン・フリーマンは演技を超えていたかも。
主演女優賞の

    サンドラ・ブロック

はラジー賞とのダブル受賞のおまけつき。演技のうまさということなら、今やメリル・ストリープの時代なのかもしれませんが、サンドラ・ブロックもなかなか素敵だと思います。「しあわせの隠れ場所」は観たいと思っています。

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夭折 

文学部(国文科)などに行ったものですから、子規、芥川、透谷、太宰、有島、啄木、中島敦、そして三島まで、自殺を含む若死にした人達が学生時代の日常の話題になったわけです。わかりもしないくせに若さと死について語らったりもしたものでした。
口先だけではあっても、

    夭折に憧れる

ことがなかったとも言えません。
それはそれで、若気の至りですから、かまわないと思うのです。
しかし、その後実際に友人などに若死にされる体験を重ねると、どうにもやり切れない思いが積み重なります。
生きることは他者の死に遭うことにほかならないとしても、夭折されるのはつらいものです。
先輩、同級生、同僚、教え子など、10代から50代(50代は若死にですよね)まで何人の知己を失ったことかと思います。病気、事故、自殺。
自分自身が何度か生死の境から帰還しており、今もなおその危険と紙一重で生きている状況にあって、つくづく思います。まだまだ

  死んじゃダメだ

と。

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玉英さん 

昨日、文楽人形遣いの

  吉田玉英 さん

が亡くなりました。
59歳とはあまりに若すぎます。
えるさんと、玉英さんの遣う人形は妹か姉かとこのブログで話し合ったことがありましたが、もうそんな話もできなくなりました。
その時は書きませんでしたが、昨年末、東京公演中に倒れられた時に、もうだめかもしれない、という状態になられたことがあって、その時は奇跡的な回復をされたのでした。そして、ご本人は四月公演から復帰したいと意欲を見せて療養に励まれたとさえ伺っていました。
それだけに残念でしかたがありません。

玉英さんとは個人的にお付き合いはありませんので、思い出と言えば舞台だけです。
人形の姿をいつもきちんと見定めるようになさって、崩れない上品な芸を見せてくださいました。
派手な動きより性根を肚で見せるところに特徴があり、老女役に味が出てきたところでした。
これも裏の話なので書いたことはないと思うのですが、若手会だったか、道行の静御前を持たれたことがありました。私は開演前に舞台裏にいて幕が上がる直前の玉英さんのそばにいました。
緊張されていたはずなのに笑みも漏らされ、「受けてくれる?」と、後輩におっしゃって、あの「山越」の扇投げを最終チェックなさっていました。
床の演奏が始まり、舞台中央へ。あの笑みは消えて、緊張感あふれる表情のまま紅白幕が落ちるのを待っていらっしゃったお姿を思い出しました。
裏の話ですみません。

やがて三婆を持たれるだろうと期待していました。文司、玉英、亀次、簑二郎、勘弥というほぼ同じキャリアの人形遣いさんが力をつけて、勘十郎、玉女さんにぴったり付いているところです。本当に惜しい。どう考えてももったいない。
長い修業の必要な人形遣いさんですから、花開くのはこれからだったのです。

これも裏の話で申し訳ありませんが、華奢なおからだを黒衣に包んで、さあ頭巾を着けるぞという瞬間に目が合ったことがあります。
その時のなんとなくはにかむような優しい笑顔も忘れられません。

それにしても、「二人禿」のかわいい姿もよかったなあ。

玉英さん、どうもありがとうございました。
以前このブログの「二人禿」の記事に書いた腰折を再録しておきます。

 この婆も次女と生(あ)れしと思はする
  「妹遣い」か吉田玉英

 いたいけの禿つく羽根ゆらゆらと
  ゆれて汝(なれ)らもネンジュ藻となる

碍 

「しょうがいしゃ」の漢字に「障害者」を宛てるのをやめて、

    「障碍者」

としようという運動があります。昨年末以来話題になったのは、これまで常用漢字表に入っていなかった「碍」を新たに表に含めようという意見が文化庁の求めたパブリックコメントに多数寄せられたことでしょう。

「害」も「碍」も意味は

    さまたげ

のことで、心身などに障りやさまたげのある人を「障害者」というわけです。「碍」はもともと

    

の俗字だそうで、「礙石(道を遮る石)」のように用いられていました。古い言葉には「障礙(しやうげ)」というのもありますね。
ところが、戦後「害」だけが当用漢字、常用漢字とされたため、「害鳥」「害悪」「災害」なとの悪いイメージを「害」の字が一手に引き受けることになりました。

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不順 

春と冬がせめぎあい、奈良東大寺の修ニ会がそれを裁こうと土俵に上がっています。

    天候不順

の日々ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
かく申す私はさっぱりダメで、昨日は入試関係の仕事で出勤だったにもかかわらず遅刻してしまい、同僚には迷惑をかけてしまいました。
胸はしょっちゅうゼイゼイ言っており、確定申告の時期だけに「税、税」と聞こえなくもないのです(ダジャレも冴えないでしょ)。
入試はいよいよ最終回で、これが終わったことでおよそ年度内の義務的な仕事は完了です(多分)。
それにしても、昨年の10月から始まった入試がやっと終わり。気分的には半年入試に関わっている感じです。
準備の段階を含めると夏からずっと入試、入試。これが

    毎年続く

のです。
ほかにろくな仕事をしていないので、せめてこれくらいは、と思ってはいるのですが、休めないどころか遅れることもできない(その割に遅刻しましたが)というプレッシャーがあります。
天候は不順でも入試だけは不順というわけには行かないわけです。規則正しくずっと続くのです。
幸い、私は担当科目の関係者では(驚かないで下さい)最年少で、責任は比較的軽めなのですが、それでも重圧は大きいのです。
細かいことはマル秘なので言えませんが、担当できる教員があまりいないという人材不足の問題もあります。

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模様替え 

大学は今、次年度に向けて動いています。
幹部クラス(っていうのかな?)の人たちは恐らく多忙なのだろうと思いますが、私などは至って気楽です。
そこで毎年この時期になると試みるのが研究室の

    模様替え

です。
これまではパソコンを窓側に置いていた(ドアに背を向けて作業するかっこうになる)のですが、逆向きにしました。人が入ってきてもパソコンに夢中になっていると気が付かないことがあったのですが、これで来客が自然と目に入るようになります。
うちの学生はいたずらですから、私が気がつかないのをよいことにそっと入ってきて

    ワッ!!

なんておどかす不届き者(笑)がいます。これでもう大丈夫。ざまあみろ(笑)。
呼吸器が弱っていると、重いものを持ち運びするのが苦痛です。学生の頃は引越しの手伝いなんてしょっちゅうしていたのですが、今やもう手伝ってもらう立場です。
唯一他人にまさるとすれば、蛍光灯の入れ替えでしょうか。高いところに手が届く能力は今なお健在です(笑)。
このあとは書棚の整理、デスクの整理などをして、雰囲気を少しでも変えようと思います。

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カルシウム 

副作用の話をもう一つ。
どうも

    カルシウム不足

になるらしいのです。
副作用に加えて、動きが鈍くなりますので足をあまり使わないことになります。この相乗作用によってとたんに足腰が弱くなってしまうのです。
もともと歩くのは得意なほうですから健脚とまではいわないにしても普通の人に比べると歩くことは平気なのです。
ところが、調子が悪くなって薬で戻して、世間に復帰すると思いがけないことになってしまいます。
2週間も入院してしまうと足ががくがくします。そして座った状態から支えなしに立てないくらいになるのです。
電車で座っているとします。駅に着いたので立ち上がりますよね、それができないのです。
太ももに両手を置いて

    よっこいしょ

と言わないと(笑)立てなくなってしまうのです。
周りに座っていらっしゃる、明らかに私より高齢の皆さんが何気なく立ち上がるのを見ると、なさけなくなってしまいます。

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フミン 付480,000 

「東京に住んでいる」と常々言っていた知人に住所を尋ねると、「千葉県○○市」だったので驚いたことがあります。
関東の人は千葉でも埼玉でも神奈川でも栃木でも「東京に住んでいる」で平気なのでしょうか?
神戸や京都の人に「大阪にお住まいですか?」と訊いたら、「とんでもない」と激しく否定されると思います。

    関西=大阪

は地元の人間には成り立たない等式のようです。
大阪・兵庫・京都・奈良というのはばらばらで、それぞれが個性を主張しているところがあるようです。
ところが他の地方の方から見るとなんとなく「関西」はひとまとまりで、それゆえに勘違いされることがあるのです。
私の住む町である宝塚市は

    大阪府に属する

と。
甲子園球場も「大阪の」という枕詞が付くことが多いようです。大物浦があり、光秀のお母さんの隠居ところがあり、近松の墓のある尼崎市など大阪府尼崎市と思っている人が日本国民の過半数を占める(笑)のではないかと思います。実は私自身理屈では分かっているのに、時々尼崎市に行くと「ここは大阪」と思い込んでしまうことがあります。

くれぐれも申しておきますが(笑)私は兵庫県民であって

    府民

ではないのです。

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娘は美人 

先日、たくましくなりつつあると長男をほめた親バカ記事を書いてしまいました。
万一あれを娘が読んだらひがむかも知れませんので、私事の極致ですが、今日は娘についての親バカ記事を。

ぐうたらで愛想がなく、行儀の悪い(全然ほめてない)長女は神戸の女子高(著名人輩出率が高いようです)の演劇部。運動神経がイマイチなので(まだ、けなすか!)どうかとは思うのですが、すらっと背が高いこともあって、男役が多いようです。後輩の(中学演劇部などの)生徒から

    センパイ、カッコイイ

と言われているとかいないとか。

わが娘の成長は案外気がつかないものです。中3の時に文楽に連れて行ったら、幼少から知ってくれている某人形遣いさんが目をまるくして

  お、お姉ちゃんになりましたね

と言ってくれたことがあって、私は「えっ、どこが?」と思ったくらいです。

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ラッキーカラー 

オリンピックが終わりました。
結局私は女子フィギュア以外はほとんど何も見ていません。どうしても冬のオリンピックは種目を知らない、ルールを知らないなど限界がありそうです。
国家を背負わないとメダルなんて取れるわけがない、という知事さんもいるようですが、私はほとんどそういうことは気になりません。
税金を使ってるんだから、とよく言いますが、私だって学校はすべて税金のお世話になってきましたし、奨学金も多額のものをいただいています。それでもろくな仕事をしていません(自慢になりませんが)。

一番印象に残った選手は、以前書きましたようにフィギュアスケートアメリカ代表の長洲未来さんだったのですが、もうひとり、

     安藤 美姫 さん

は別の意味で気になってしかたがなかったのです。
というのが、私の勤務先に、彼女そっくりの学生がいまして、演技を見ているうちにその学生と紛れるようになるのです。
クレオパトラのように美しい学生、かどうかは異議を唱える向きもあるかも知れません(笑)ので強調はしませんが、なかなか元気でイキのいい学生であることは保証します。
今は就職で頑張っているようです。どうかみなさん、いい就職先があったら紹介してやってください。

ところで、安藤さんのクレオパトラの衣装は緑が基調でしたが、なんでも女子フィギュアの金メダリストはこのところずっと

    

基調の衣装が続いているのだそうですね。前回の荒井さんもそうでしたし、今回のキムさんも青。浅田さんは違いましたね。ラッキーカラーということなのでしょうか。
こうなると、次のオリンピックでもまた青が注目されるのでしょうか。

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