早退 

仕事を集中的に済ませようという意識が強く、出勤する日は朝7時半頃から夕方の7時半頃まで居続けます。
太陽と触れ合うことの少ない日々です。
しかし、文化的じゃないよなあ、と情けなくさえ感じています。なんといえばよいか、ものを感じる力が

    錆びつく

ような気がするのです。
以前はしょっちゅう、授業が終わり次第文楽劇場に行ったりしていたのですが、このところ体調がすぐれず、それができていなかったのです。なにしろ、日本橋で電車を降りてから文楽劇場までのわずか2分を歩くのがつらいのです。特に、悪名高い

    7番出口の階段

を思うとぞっとします。
穴を掘って日本橋の駅から文楽劇場の地下まで直線でつなげてくれませんかね。でエレベーターでシュッと上がる。どう考えても無理ですね。

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無形遺産へ 

昨日の日本文化史の授業は世界自然遺産、文化遺産のまとめから。
無事登録の決まった平泉と小笠原について話し、屋久島の問題も繰り返しておきました。
そして、

    暫定リスト

に入っている日本の候補地なども。やはり大阪府在住者が多いので、百舌鳥、古市(堺、羽曳野、藤井寺)の古墳群には関心があるようです。
世界遺産のなかった大阪と東京でしたが、東京(小笠原)に一歩先を越されました。しかし、これをきっかけに盛り上がるかも知れません。
そのほか、彦根城や飛鳥・藤原宮など、近畿は有力な候補があります。
関東、中部には、鎌倉の寺院神社〈神奈川)、富士山(静岡、山梨)、富岡製糸場(群馬)などがあります。ちょっとケチをつけますと、鎌倉には「古都」という枕詞が用いられますが、個人的にはいささかの違和感があります。鎌倉が都であったことはありませんし、むしろあれは

    傑出した地方文化

として価値があるように思います。平泉がそうであるように。
北海道や九州も実はまだ文化遺産はありません。北海道(青森、秋田、岩手を含む)には「縄文遺跡群」、九州には「宗像・沖ノ島」「長崎の教会群」などもありますので将来に期待が持てます。

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鎮魂の曲 

阪神淡路大震災から16年が経ち、今年は東北を中心に巨大な地震と津波の災害がありました。
そして、3月には文楽の4、5月の公演が中止になるとの噂さえ流れ、その可能性はかなりあったようでした。私は、あの時もし中止の決定がなされたら徹底的に抗議しようと思っていたのです。幸い、国立劇場はよき判断をして下さいましたので、私も醜態を曝さずに済みましたが。
文楽では、舞台を清める意味で番組前に

    幕開き三番叟

がおこなわれます。お客様に観ていただくというより、神に奉納するかのように。
それはとてもすばらしい習慣で、私も神様のお相伴に預かって楽しく拝見しています。

オーケストラの演奏会で、例えば大きな災害があったり、尊敬されるマエストロが亡くなったりすると、いわば番組外で追悼の短い曲が演奏されることがあります。
予定されていた指揮者が亡くなった場合など、指揮台は無人でコンマスがリードして静かな曲を奏でる。お客様はマエストロの姿を思いながら耳を傾ける。演奏が終わっても誰ひとり

  拍手はしない。

これもよき習慣だと思います。

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平泉 

岩手県は関西の地からはやはり遠いです。私は3度足を踏み入れましたが、2度は飛行機を使っています。しかも青森空港と仙台空港(笑)。
中尊寺のことを歴史の授業で習って以来、何としても行ってみたいと思っていました。しかし、その遠さのためになかなか本願は達せられず、やっと行ったのは大学院の時、東北大学で学会があった時でした。飛行機は取れず、新幹線でした。確かあの時は大宮だかどこかまで行って

    東北新幹線

に乗り換えるのではなかったでしょうか。とても不便で効率が悪い行き方でした。
岩手県というと盛岡くらいしか場所のイメージは湧きませんから、平泉もかなり北にあるイメージを持っていたのです。
ところが実際は宮城県のすぐ北。たしか、一関で一泊したような気がするのです。そしてよく朝早く東北本線で平泉へ。で、ざっと中尊寺界隈を回って午後には仙台の東北大学に行ったのでした〈その日の午後から学会が始まりましたので)。
あまり天気がよくなかったのですが、小雨の中尊寺もなかなか結構なものでした。
清衡、基衡、秀衡、泰衡の四代の栄華の跡。その当時の曼荼羅図、華鬘(けまん)、阿弥陀如来像などは今も残されています。
源義経の最期。弁慶の立ち往生。頼朝による攻撃と滅亡。
そしてなんといっても

    芭蕉の俳諧

多くの人が知っている

  五月雨の降り残してや光堂

  夏草やつはものどもが夢の跡

中尊寺や高館に行くとつい口ずさんでしまうのです。
幻想的な月見坂を通っての境内散策は思い出深いものがあります。
毛越寺も北上川も、学会のことはあまり覚えていないのに、この旅は忘れがたいものになりました。

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小笠原 

ユネスコの第35回世界遺産委員会(パリで開催中)は、小笠原諸島を世界自然遺産に、平泉を世界文化遺産に登録する決定をしました。

東洋のガラパゴスとも言われる小笠原諸島は東京都では初の世界遺産。東京のみなさん、とりあえず

  おめでとうございます

と申し上げます。東京都といっても本州からは約1000km離れていますから、本土の都民の方はあまり身近な感じはしないのでしょうか? でも、国立西洋美術館がなかなか難しいので、東京都が世界遺産になるのは当面これくらいでしょう。

小笠原諸島は白神山地、屋久島、知床(登録順)に次いで日本では4件目の自然遺産。
新聞記事によれば、登録されたのは父島など陸海合わせて約7940ha。
陸産貝類(カタツムリなど)をはじめ、固有種が多く、他の海洋島と異なることや、それを守るために島民と行政が外来種対策に熱心に取り組んでいることも評価されたようです。
現在、小笠原諸島を訪れる観光客は年間に

    約15,000人

だそうですが、世界遺産登録によって増えるかもしれません。もっとも、空港がなく、全て船で、しかも便数が限られていますから、大人数が一気に押しかけるということはなさそうで、その点では鹿児島からさほど遠くない屋久島とは事情が異なるかもしれません。
東京を10時に出ると父島に着くのは翌日の11時半。どこへでもヒョイと飛んで行ける昨今の旅行事情を思うとかなりの長旅です。

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若手会 

鑑賞教室は中堅会、若手会は若手会です。
九郎助住家の「実盛物語」を咲甫大夫、「糸繰馬」を芳穂大夫というのですから本当に若いです。
4月に住師匠が語られたところを

    相子大夫

さんが語られるというのも、いかに若手会とはいえ、ちょっと感動的ですらあります。
相子さんは若手会ではなかなかいい場をもらって、しかもよく期待に応えていらっしゃいますよね。
小住大夫さんのお声(26日の「釣女」の美女)も楽しみですね。
勘市〈九郎助)、玉佳(瀬尾)、幸助(実盛)という立役は近未来を占うような配役。
つばさ大夫さんの醜女も意外性があるでしょうか?
年に2日だけの貴重な会です。どうぞご健闘くださいますように。
この会は今年で11回目だそうです。当初主役級を人形遣いさんというと文司さんや簑二郎さん、玉英さん、勘弥さんら。
玉英さんは残念なことになりましたが、ほかの方々は今や

    準主役クラス

の役がつくようになっていますね。
時の流れを感じます。

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食わず嫌い 

もうすぐ授業で文楽の話をするのです。
せっかくですから文楽人形も持っていって学生に見せたいのです。
でも一人で人形を持ってもあまりおもしろくありません。
やはりせめて二人で主遣いと左遣いの

    コンビネーション

のおもしろさを見せたいではありませんか。
それでふと思いついたのです。
この授業には、かつて勘弥師匠から人形の遣い方を習った学生が一人いるのでした。
彼女に手伝ってもらったらそれなりにおもしろいのではないか?
で、さっそく本人に聞いてみたのです。
けっこうね、嫌がる学生がいるのですよ。そんなの恥ずかしいです、って。
ところが彼女は何事にも積極的ですから、ひょっとしたら、と思ったのです。
すると見事にOKの返事がきました。このブログにも来たことのある学生で

    ほしだ ちゃん

というのです。来週か再来週に練習して頑張ってもらおうと思います。
学生が人形を遣うと、見ている学生も

    食わず嫌い

にならずに済むのではないかと思うのです。

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「昼!」「何?」 

ルールも機能も用語もろくに知らないまま、ツイッターを使っているのです。
ただ、あまり熱心な

    さえずり人

ではありません。
英語は苦手ですが、「ツイッター」は「(鳥が)さえずる」の意味でしたよね。
日本の古代の人たちもおしゃべりを鳥のさえずりに例えることがありました。そういう場合、あまりよい意味には用いず、「何を言っているのかわからない」というニュアンスがあったようです。王朝の貴族は都以外の人を「みやび(宮び=都会風)」に対して

    ひなび(鄙び)

と軽んずるきらいがあり、そのしゃべり方などまさに鳥のさえずりにしか聞こえなかったのでしょう。
その「野卑な」言葉が現代の「美しい」共通語に行き着くのも不思議な話です。

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観光地ですか? 

日本の世界文化遺産を紹介して、歴史背景やさまざまな問題を考える授業を続けています。
昨日は、鹿児島県屋久島町が縄文杉などの保護のために観光客の立ち入りを制限する条例を定めるかもしれない、というニュースを伝えました。加えて、世界遺産になったことで起こった各地の問題(盗難、騒音、ゴミの不法投棄など)を新聞記事から紹介し、学生に意見を書いて提出してもらいました。

    難しいですね

という曖昧な見解が多いのは、いきなり大問題を問い掛けた私に責任があるのでしょう。でも、我々は町議会議員でも、屋久島町民でもありませんから、「無責任に」というと語弊がありますが、大胆に意見を言ってみればよいのではないか、とも感じました。
そしてざっと目を通しているうちに、見覚えのある字で書かれた紙にたどりついたのです。
彼女は日本人ではありません。ある国からスポーツ関係で

    留学

している人なのです。
かなり長く日本にいますので、日本語の理解は上々。なかなかなめらかな日本語で、こんなことを書いていました(私なりに彼女の考えを受け止めて、意味を補ってあります)。

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不潔な私 

まことに尾籠な話です。
不潔大嫌いのあなた、どうか、もうこれ以上読まないでください。
ずっと呼吸器の調子が悪いのです。今もすっきりしません。
文楽愛好家の集い、

    だしまきの夕べ

もそれで欠席を余儀なくされました。もう回復しないのかなあ、と、憂鬱な日々なのです。
そんなある、また点滴に行き、少し調子が落ち着いたので久しぶりに○○しました。さて、○○とは何でしょうか?
実は、ほんとうに不潔な話なのですが、

    入浴

が正解です。風呂に入るのはかなり体力が必要なので、息苦しいととても面倒なのです。
しかし、いつまでも入らないわけにもいかず、意を決して入りました。
とにかく汚い身体ですから、垢すりタオルを使って丁寧に洗いました。ひとことで言うと、「脱皮した」という感じ。
タオルの汚れはただならぬものでした。

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増える扇子 

昨日は父の日だったそうです。
今でも父親であるという感覚になれない情けない人間なのですが、子供たちはいつの間にか大きくなっています。
私にとって父というのは自分のことではなくやはり自分の父親のことであって、あのようには

    とてもなれない

と思って今に至ります。
世間の同世代の人が立派な父親になっているのを見て、ただただ感心するばかりです。
文楽に出てくるお父さんたちは(お母さんもそうですが)かなり年輩の人が多いようです。
「沼津」の平作はお米の父親とはとても思えません。いったい幾つの時の子供なんだ、と言いたくなるような場合があります。
それは、足し算、引き算の問題ではなく、彼らに

    父なるもの

という役割が与えられているからなのでしょう。
一徹な父、正義感に溢れる父、衰えた父、さまざまな役割があって、それにふさわしい年齢が設定されるのだろうと思います。
もうひとつ、やはり当時の人たちは50歳というともう老齢という感覚もあったのでしょう。
平安時代は40歳を超えるとそろそろ孫ができて、自分はいつでも隠居できるような(それでも70歳前後まで現役でいる人はかなり多かったようですが)体勢になっていたように思います。

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和泉式部 

毎年晩秋には、私どもの大学で吹田市民大学が開催されます。
今年も概要が決まりつつあるようで、どうやらまた私も担当があるようです。実施要領などまだ公表されていないと思いますので、全体的なことは省き、個人的なことのみ書きます。
例年私は先陣というか、とっかかりというか、前座というか、

    トップバッター

を命ぜられます。あえて理由をこじつけるなら古い時代を扱うから、ということなのですが、ぶっちゃけた話、人気講師陣の露払いです。
落語会で言えば

    東の旅

あたりを語る役回りでしょうか。今年もその「一番叟」をつとめるかもしれません。

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与市兵衛女房 

平安時代の女性たちもあまり本名は分かっておらず、宮仕えしている場合はいわゆる

    女房名

のみが知られることがあります。紫式部、和泉式部、赤染衛門、清少納言などなど。和泉は夫が和泉守だったことにより、赤染は姓、清少納言の「清」も清原という姓の省略形です。
宮仕えしていない場合はやはり道綱母(みちつなのはは)とか孝標女(たかすえのむすめ)のように父や子との関係で呼ばれることがありました。

文楽の演目には、重要な人物なのに名前のない人がしばしば出てきます。多くは女性。
誰々の母、とか誰々の女房とか。やはり女性は個人より誰の妻なのか、誰の親なのかということが重視されていたのですね。「絹川村」の三浦母、「すしや」の弥左衛門女房、「勘平腹切」の

    与市兵衛女房

などがそれにあたります。
歌舞伎では「おかや」という名を持つ与市兵衛女房は、本家の文楽では名は不明。でも六段目ではほとんど出ずっぱりです。与市兵衛は五段目であっけなく殺されてしまいますので、格段の差で奥さんの方が重要人物です。

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今夏の節電 

今年は、そしておそらく今後も末永く、夏の節電が求められるでしょう。
原発に賛成か反対かの問題ではなく、また電力会社から求められるまでもなく、無駄を避けるのは当然のことです。
私は普段から

    地味な生活

をしています。電灯は手当たり次第に消し、テレビは観ず、オーディオも使わない。自室にエアコンはなく、もちろん電動マッサージ機も(欲しいけど)ありません。
ですから、これ以上の節電を、と言われたら、パソコンを使わないことくらいかな、と思います。
できるだけこころがけます。
私の学生時代は教室にも教員や大学院生の研究室にもエアコンなどなく、唯一あったのが図書館。
隔世の感があります。ただ、あの当時は35度を超える日などほとんどありませんでしたから、なんとかやっていけたのですね。
夏休みに大学で勉強する先生は肌着姿の人もありました。とても女子大生には見せられません。
ところが今は夏に大学に行っても、

    スーパークールビズ

ではありますが、皆さんそれなりにきちんとした格好をしています。
もちろんそれはエアコンのおかげ。要するに電気の力で強引に熱を放出しながら涼しいところにいるわけです。
これからはそういうこともある程度我慢しなければならないのでしょう。

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千崎弥五郎 

歴代天皇や赤穂四十七士の名前をすべて言えるのが自慢、という人は割合にいらっしゃいます。私はダメで、せいぜい徳川十五代の将軍くらい。
四十七士には大石父子のほか、堀部義父子、原、吉田、大高、間、矢頭、不破、赤埴、片山、前原、近松、磯貝、寺坂などの面々がいます。
『仮名手本忠臣蔵』に出てくる人たちは微妙に名前が変えられていますから、大星、大鷲、矢間、寺岡などとして登場します。
早野勘平重氏も史実としては萱野三平重実。萱野氏は、今の大阪府箕面市萱野あたりの土地を持っていたので、その土地の名を氏とした、源氏の末裔です。その屋敷跡が今も残されていることは何度か記事にしました。三平の父は大島氏に仕えましたが、三平は赤穂の浅野に仕官したことが悲劇の序章でした。
内匠頭刃傷による浪人のあと、三平は仇討ちに加わる決意でした。しかし親から大島氏に再仕官するよう言われ、板挟みとなって自決したとのことです。
彼は俳人として知られ、浅野家では大高源吾(「あした待たるる」ですね)、神崎与五郎とともに有名だったそうです。三平の俳号は

    涓泉

で、辞世は「晴れゆくや日ごろ心の花曇り」。
その俳諧仲間の神崎与五郎則休(俳号は竹平)が、『忠臣蔵』では

    千崎弥五郎

です。神崎も浅野家譜代の家来ではなく、美作津山藩の出身。事情あって浪人ののち仕官したのが赤穂浅野家。いわゆる「神崎東下り」のエピソードのあと、仇討ちのために潜伏した江戸での住まいは麻布谷町から本所松坂町。
『忠臣蔵』では四十七士といえどもほとんどがチョイ役ですが、原郷右衛門(原惣右衛門)と千崎弥五郎はかなり目立ちます。

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リポートの山 

大学の授業も9週目に入りました。
夏休みまではまだあと1か月半もあります。そこまで身体がもつのだろうか、と思いつつフラフラしながら進んでいます。
昨日の日本文化の授業は沖縄、広島、兵庫などの世界文化遺産について。概ね西から紹介していますが、時間の関係でかなり駆け足になりました。

    姫路城

の話ではお菊井戸がらみで怪談を一席。
「いちまい、にまい」も語りました。「十六枚、十七枚、十八枚」となると落語の『皿屋敷』ですから、私はきちんと九枚で止めました。今夜トイレに行けない学生はいないかなあ?

厳島神社については舞楽の話も。広島勤務時代は桃花祭、菊花祭などでの奉納に何度も通い、宮司さんや権宮司さんにいろいろ教わりましたので、そんな体験談も。学生から

    舞楽の魅力は何ですか?

という質問があり、さて来週には答えねばなりません。何と言おうかな。
あなごめしや紅葉饅頭についても話しましたが、最近は小学校の修学旅行で広島に行くところが多いので、割合にポピュラーですね。

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それぞれの後ろめたさ(2) 

だらだらと書いています。
天下の名作「仮名手本忠臣蔵」の名場面「勘平腹切」の感想など、逆に陳腐かもしれません。しかし、ピント外れの感想でも言わずにはいられないのが名作の所以と推察あって、どうかご勘弁を。

勘平は申し開きだけはしたいと腹に刀を突き立てた後、事情を話します。
鉄砲で撃ち誤って殺した、という言い訳は今さら嘘とは思えず、確認のため弥五郎は与市兵衛の傷を確認。「芋ざし刔り」(二つ玉の段)にされた与市兵衛の致命傷は、鉄砲傷には似ていても、「これは刀で刔った傷。勘平、早まりし!」
郷右衛門と弥五郎がここに来る途中見つけた、鉄砲で撃たれた定九郎の亡きがらが思い合わされ、遅きに失したものの、

    すべてが氷解

します。
実は、図らずも勘平は義父の仇討ちを果たし、金も取り返し、義父の遺志の通り金を亡君仇討ちに使おうとしていたわけです。親殺しどころか

    完璧な連携

でした。舅と婿は往々にして寡言の繋がりを保つものではないでしょうか。
もはや「後ろめたい」では済まない義母は深く詫び、ついさっき「なぶり殺しにして」と言ったのに、今度は「必ず死んでくださるな」。
弥五郎は言葉もありません。郷右衛門は勘平が定九郎を撃ったのは「武運に尽きざるところ」として、勘平に連判状を見せます。そして同盟を許し(由良之助は100%納得すると郷右衛門は確信したのでしょう)、勘平の望みをかろうじて叶えてやります。

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それぞれの後ろめたさ 付620,000 

「勘平腹切」になると一気に事態は深刻に。めっぽう弥八ら、所の狩人が与市兵衛の亡きがらを運んできます。
哀しみにうちひしがれる与市兵衛女房は「かたきをとってくだされ」と勘平に訴えます(実は既に仇=定九郎=は討っている)。
しかし勘平は自分が殺したと思っているため、まともに亡きがらを見ることもできません。もし彼がもう少し世慣れた、擦れた男なら、義母の手前を繕ってつぶさに見て、その時点で与市兵衛の致命傷が

  刀で刳った傷

だと気がついたかも知れません。勘平の様子を不審に思った与市兵衛女房は、ついさっき彼が縞の財布を取り出しているのを「ちらりと見て」いたこともあってそれを証拠に問い詰めます。
折しもそこにやってきたのは原郷右衛門と千崎弥五郎。勘平が千崎に届けた五十両は受け取れないとのこと。こうなると勘平は自分のしたことが全く無意味であったと思わざるを得ず、絶望してしまいます。
義母、弥五郎、郷右衛門が立て続けに勘平を責めます。それはもう、

    追い詰める

かのように。たしかに裏切られた彼らが怒るのは当然。しかし、それにしてもなぜあそこまで?
ひょっとして、何らかの理由があったのではないか?
彼らにも後ろめたさがあったから、などという。

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オトナの初日&だしまき 

一昨日始まった文楽鑑賞教室は、基本的に高校生対象。しかし、一般のお客様も土日にはお越しください、というわけで、昨日(土曜)はいわば

    オトナの初日

でした。オトナの皆様、いかがでしたか?
技芸員の皆様も、やはり高校生相手とは雰囲気が違うでしょうね。特に、解説の反応など世代の違いを感じられるのではないでしょうか。
高校生といっても、もちろん一様ではなく、女子高、男子高など、高校によっても違うかもしれませんが、やはりオトナの多い土日は普段の公演に近い感覚でしょうか。

お出かけになった方々のご感想など、伺いたいところです。
さて、昨日はお出かけになったあと、夕方から劇場そばの季節料理の店「両輪」さんで、鑑賞教室でははじめての

    だしまきの夕べ

がありました。例によってやたけたの熊さんに何かとお世話になり、皆様お楽しみになられたのではないでしょうか。

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口から出次第 

仮名手本忠臣蔵の脇筋はおかる・勘平と本蔵の物語。本蔵は山科で大星に会いますが、何事も

    いすかの嘴の食ひ違ひ

をする青年らしく、勘平は主君の大事の後、大星に会うことなく山崎に落ち、そこで非業の最期を遂げます。
山崎街道で出会ったのは千崎弥五郎。この出会いが勘平には僥倖をもたらすものと思われたのに、話は皮肉な展開に。
亡君の石塔建立を名目に、事実上金を用立てれば仇討ちに加われるかも知れないという話。期待を抱いた彼はたまたま見つけた猪を撃ち、帰宅するはずでした。しかし撃ったのは人。薬を探そうとその人物の懐に手を入れると、よりによって垂涎の金。

    天の助け

と、おしいただいて飛ぶように去っていくわけです。結果的にはこの殺人は親の仇討ちになりますが、勘平はそこまで知る由もなく、しかもうっかり財布ごと奪って行ったのです。盗みとしては証拠の品を身につけるような行動ですが、この財布が与市兵衛から定九郎、勘平、郷右衛門、大星と渡り、亡君の墓前に届くのですね。二番焼香の手柄はその意味では与市兵衛一家でもあったのでしょう。そして、与市兵衛家は町人。客席の人々と同じ身の上。極論するとお客さんひとりひとりが48番目の義士だった、と、ここまで言うのは無理でしょうか?

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コレサ勘平! 

本日、文楽鑑賞教室が初日を迎えます。
私が見はじめた頃はまだ玉男、先代勘十郎両師が出ていらっしゃいましたので、メンバーはずいぶん変わりました。
今回のメインの演目である

    勘平腹切

では、和生、勘十郎、玉女、清十郎さんが勘平を持たれます。一日に4種類の勘平を観たくなります。前半、後半の交代の時なら2日ですべて観られますけどね。
勘平は腹を切る前後では激しく動きます。玉男師匠も、まだお若かったからかも知れませんが、かなり激しく、先代勘十郎師匠も存分に動いていらっしゃっいました。玉昇さんも遣われたかな? 遣われていたら、切れ味の鋭い動きだっただろうと想像します。先代清十郎師匠の勘平もあったのでしょうが、私は覚えていません。しかし、同様に鋭い勘平だっただろうと思います。

実は、今回の勘平で一番拝見したいのが当代の

    豊松清十郎さん

なのです。清十郎さんは昔から好きな人形遣いさんで、襲名された時はほんとうに嬉しかったのです。じっくりと役作りをされて、気品のある女形の細やかさは類を見ず、「はあーっ」とため息の出るようなあでやかさがあります。「橋本」のお照、「十種香」の八重垣姫、「苧環」の橘姫、「蔵前」のお染。ただ、私はもっと期待を大きく持っています。
女形なら夕霧や阿古屋、尾上、政岡を持って揺るがない風格、立役ならやはり先代師匠に負けない切れ味。その切れ味を勘平でぜひ拝見したいのです。

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引きこもり 

ちょっとまずいなあ、と思いつつ、このところ職場では最低限の仕事しかしていません。早い話が授業だけ。
なぜサボっているかと申しますと、もう今やガタガタの体調のせいです。
なにしろ、1週間の予習と授業のために4日、それも朝から晩まで、かかります。とはいえ、朝から晩まで働いているわけではありません。授業を終えると横になり、時には熟睡。
週末は家で翌週のために

    体力温存

に励ん(?)だり、病院でガバッと水分補給(注射針付き)したりしています。
耳と肺に因果な病気がとりつき、お祓いでもしてもらわないとどうにもなりません。学生には言わないようにしているのですが、立って授業をすることすら苦しい昨今です。文楽の人形遣いを志願しなくてよかった~。
私語をされてもわからない、というのは、耳のせいだけではないのです。
こちらがこんなだと、学生の集中力も落ちてくるでしょうから、教育的にも失格です。でも働かざる者はなんとか、って言いますしね。
優しい人は

    休んだら?

と言ってくださるのですが、休むと悪夢の補講が待っています。多学科学生の混成クラスなので、補講といっても実施できるのは事実上土曜だけ。

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厳しい評価 

先週、日本文化の授業で「大阪で世界遺産の価値のあるもの」についてアンケートを取りました。
「ない」という答えもかなり大阪多かったのですが、そこそこの名前があがりました。例えば百舌鳥古墳(いわゆる仁徳天皇陵)。羽曳野方面の古墳群もありますので、可能性はありそうです。
あとはタワーでした。
さすがは吹田市の大学。

    太陽の塔

を挙げる人も多かったのです。
タワーといえば、笑ってはいけませんが、かなり支持を集めていたのが

    通天閣

でした。某新聞社の「勝手に《関西》世界遺産」ならともかく、本家の方はまあ無理ですが、しかし、あの周囲の猥雑さは案外貴重なものと言えるかも知れません。
関西人である私でさえあのあたりへ行くとカルチャーショックを受けるというか、眩暈に襲われそうになります。
学生オススメ第一位は予想通り「大阪城」でした。難波宮跡などを含めると歴史の証言がいろいろ得られるところではあります。

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間違ってよかった 

学生は実に簡単な漢字を間違えます。ついこのあいだは「慢」という字を間違えていた人がいました。右下の「又」の上に「ワ冠(わかんむり)」を付けていて、本人に確かめたら「ずっとそう書いていて、間違いとは知らなかった」とのことでした。
こういう場合、私は、うるさがられることを覚悟の上でいちいち直すことにしています。

    直せば覚える

と思うからです。
そして、誤字の指摘をするときには、必ず「間違ってよかったね」と言うのです。間違ったから進歩するので、何も恥ずかしくはありません。よかった、よかった、と。
文章の添削も本人しかわからない書き方をしていると、「この文章では私にはわかりません」と意地悪を言います。でも、添削後には「これでよくわかります。よかったね」と付け加えます。「学生時代に直しておけば恥ずかしくはありません。いい年をして初歩的な間違いをするとちょっと恥ずかしいけどね」。
2歳下の私の妹は、30台後半で娘を産んだのです。その時に私がその娘の名前を詠み込んだ短歌を贈ったら、

  排句をありがとう

と、二重に間違えた礼状をよこしました(笑)。
かく言う私も、大学生のときに簡単な字を間違えていたことを指摘されたことがあり、今でも漢字はあまり得意ではないのです。

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指摘 

人間が作ったものでありながら、制御するのは時としてきわめて困難、というと原子力発電所のようですが、もっと身近にもそういうものはあります。
言葉がそうでしょう。
言葉ひとつで愛情が生まれるかと思うと激しい争いのもとにもなります。

    舌禍

などと言いますが、言葉は禍の元にもなります。
言葉を使いこなすには、やはり語彙を豊富にする必要があろうかと思います。そのうえでうまく使い分けることが必要でしょう。
シェークスピアの語彙の多さが知られますが、やはり詩人にとって語彙の豊かさは不可欠な要素と言えるように思います。
学生の書く文章の致命的な欠点のひとつに同じ言葉の安易な繰り返しがあります。
効果的な繰り返しではなく、やはり語彙の少なさや工夫の欠如のなせるわざだろうと思います。
繰り返しであっても、

    この世の名残夜も名残

などは詩人の表現のように思います。
学生ばかりかは、私もまた語彙には自信がありません。
笑芸作家の香川登志緒さんが、「昔の人はよう言葉知ってますな」と、たしか雁玉・十郎さんを指しておっしゃっていたと記憶します。悔しいですが、私も上の世代の方々には叶わないと思うことがしばしばあります。

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欲望という名の 

6月も5日。私はお酒が飲めなくなってついに丸5か月になりました。
もうこうなると飲みたいという欲望も失せてきました。ビールやワインの味も忘れつつあります。今日まで大阪・梅田ではベルギービールウィークエンドが催されているそうですが、行っても飲めないので自宅待機です。
そうこうしているうちにあの欲望もこの欲望も次々になくなり、早くも

    枯れてきた

のではないか(笑)と我ながら心配です。やはり時には欲望という名の電車にも乗らないとつまらないですよね。

もともと味覚音痴の私は食欲は量さえあればOK、出世欲はなし(そもそも出世って何だ?)、学生やすてきな女性の人気を集めたいという「本能」は保ち続けてきましたが、そんなことは所詮無理だったのだ、と、もはや諦めの境地(笑)。今はあと何冊か

    本を書き残したい

という気持ちに支えられているようなものです。文楽との30余年のお付き合いもなんとか形にならないものかと思うのですが、埒はあかず。ウムム、あまりのんきに構えていると、蕾のまま枯木になるやも知れぬ……。

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シャレのわからん 

失礼なことを言ってしまったのです。

いつぞやかつての同僚(女性)と電車を降りたところで出会ったのです。彼女(仮にSさんとします)は仕事のために急いでいましたのでその時はすぐに別れ、あとでメールをしました。「今朝は失礼」という程度のものです。すると彼女から返信があり、ひととおりの挨拶の後に「最近実家を出ました」と書かれていたのです。
「え? 何があったのだろう?」とは思いながら、とりあえずそのままにしていました。
そんな時、やはりかつての同僚でSさんと親しい女性(仮にKさんとします)にメールすることがあり、ついでにその話を書きました。すると、Kさんから、彼女は結婚して秋には出産します、との返事があったのです。

    それはめでたい

と、早速お祝いメールをしたのです。するとしばらくしてSさんではなくKさんからメールがあり、さっきのは

    冗談でした

とのこと。私は真っ青! 結婚ばかりか懐妊のお祝いまで言ってしまいましたので、これはいくらなんでも失礼なことを言ってしまった、と、すぐにSさんにお詫びのメールをしたのでした。

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昇格 

私のような職場では「昇格」ということがあまりありません。
あえて言うなら専任講師→准教授(以前の助教授)→教授くらいでしょうか。でも、教授だから准教授より偉そうにするということもありません(そういう人もいますが)し、「あの同僚は准教授だったっけ、専任講師だったっけ」とわからないこともしばしばです。
会社なら「部長さん」「課長さん」と呼ぶこともあるでしょうが、我々はせいぜい「○○先生」くらいです。会議で「△△准教授の教授昇格について」なんて言われて改めて「そうか、あの人は准教授だったのか」と気づくくらいです。
理系の人は割合に教授か准教授かなどを厳密に区別するようですが、文系、特に

    文学系

ではあまり気にしないのではないかと思います。私が「昇格」した時も、嬉しかったのは給与が数千円上がることだけ(笑)でした。
文楽では平人とか中老とか古老とか、さらには三業それぞれのトップクラスの格などがあるようですね。我々外部の者は番付の文字の大きさや「切」の字の有無などでわかりますが、文楽劇場以前はかなり長く番付はプログラムには付いていませんでした。朝日座のプログラムなど、出演者は

    五十音順

に並んでいるだけで、人間国宝クラスは別として、いつも相生大夫さんが最初に書かれていたような(笑)気がします。
昇格とは別に「襲名」があります。これは伝統のある芸能や工芸の世界ならではでしょうか。
襲名についてはこれまでにもいろいろ書かせていただきましたので今回は黙っておきます。

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思い出す4月 

今、文楽4月公演のことについての原稿の調整中です。
いつも申しますように、私はほぼ裏方で、相棒の先生が

    主筆

なのです。
いつも堂々たる原稿を送ってくださるので、口(筆)をはさむのが申し訳ないくらいです。
4月は襲名でおめでたかったのですが、源大夫師匠が口上だけの登場でしたので、やはり中くらいのめでたさだったと言わざるを得ません。
現役でいらっしゃる以上は、何とぞ健康に留意していただいて、床に上がり続けてくださいますようにお願いします。夏の

    尼崎

が関西での事実上のお披露目です。酷暑の中大変だとは思いますが、ぜひ勇姿を見せてください。
4月は「酒屋から道行」もありましたが、これから「酒屋」はどなたの語り場になるのでしょう。
越路、住、綱、嶋ときて、さて? 「酒屋」については、まずそれを思いました。
「布引」の人形は勘十郎さんの瀬尾。すばらしい「迫力」。しかも、「はくりょく」ではなく「せまりぢから」と訓みたくなるようなネジ! 玉女さんも汗びっしょりの熱演でした。勘壽さんの小まんも心に残ります。
「艶姿」では蛇足のかんはあるものの「道行」の簑二郎、勘弥のお二人の試行錯誤ぶりにたくましさを感じました。中堅の活躍は次の20年を思うとやはり頼もしいです。

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父の面影 

私は父親似だと言われてきました。いつぞや、久しぶりに会った近所のおばさんにも「まあ、●●さん(父の名)に

    そっくりになってきたわね」

と言われました。たしかに、年齢が積み重なると不思議なまでに似てくることはありそうです。
文楽の桐竹勘十郎さんなど、最近本当に先代そっくりになってこられました。一輔さんも一暢さんによく似ていらっしゃいます。
藤蔵さんもご尊父に似ていらっしゃいます?
以前書いたことがありますが、私の父はもったいなくも

    吉田玉男師匠

に似ていまして、父が亡くなった直後に観た「沼津」では、玉男師匠の遣われる十兵衛にいろいろな思いが重なって不覚にも涙を流しました。

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