似てるのか? 

昨日、新しい総理大臣に野田佳彦さんが選ばれました。
えっ、誰? という感じがしないでもない人です。実は私もほとんど知りませんでした。千葉県の人だとか、早稲田大学を出た(松下政経塾出身は知っていましたが)人だというのも初耳。
どんな人なのかは知るすべもなく。ぽっちゃりしておもしろみがなさそうで、イメージとしては傲慢な感じも(あの体格と笑顔の少なさゆえか)していたのです。
ところが奇妙に野党受けするし、与党内でもあまり敵がいないとか。
普段政治家についてあまり関心を持っていないので、いったいどんな人なのだろう、ここ数日は新聞から情報を得ていました。
先日紅娘さんが自虐ネタの演説に笑ったとおっしゃっていましたが、どうやらそれは「この通りのルックスなので支持率は上がらない」とかそういう冗談交じりのことだったようです。まあ、あの立候補者の中で

    きれいな男前顔

という観点からは最下位だった(失礼!)でしょうね。しかし、味のあるお顔だといえるかもしれません。
新聞によると、

    まじめ、愚直

というのが誰もが言う人物評でしょうか。その一方、誰にでもいい顔をしたがる、華がない、ダサい(笑)などのマイナス評もすくなくありません。

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亘さんと玉路さん 

この春、技芸員になられたのはお二人でした。
私はどうもここに書いていないようで、失礼しちゃったな、とお詫びかたがた書かせていただきます。
まず、太夫では、

    豊竹亘大夫 さん

若手太夫さんがどんどん入ってきていただきたいのですが、なかなか難しいようです。しかし咲寿さん、小住さんに続いて亘さんが入られて、少し心強い思いがします。
ご本名も、字は違いますが、「わたる」さんだそうです。
亘さんは、英大夫さんのお弟子さんになられました。英さんは越路師匠や嶋大夫さん、小松大夫さん、呂大夫さんなどの教えを厳しく受けていらっしゃいますから、いろいろ細かいこと、いわば秘伝のようなこともご存じ。しっかり学んでいただきたいものです。
夏の公演の「日高川」でお目見えでした。
9月公演では

    大津宿屋

の掛け合い、11月公演は「五条橋」。まだまだ隅っこのほうに座っているだけですが、頑張ってください。

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笑うこと 

人はどういうときに笑うのだろう? と考えます。
落語や漫才などの話芸なら、基本的には耳で受け止めて笑いますね。
文楽も、人形を見て面白いということはありますが、やはり「笑ひ薬」にしても「宝引」にしても、基本は語りでわらうのだろうと思います。
漫画は目で読んで笑う、のでしょうが、実は私は子供の頃から漫画を読んで

    笑ったことがない

のです。話の世界に没頭できなかったのでしょうね。ですから、ときどき、漫画を手にして声を上げて笑っている人を見ると不思議になるくらいなのです。
あとは何と言っても親しい人と話して笑う。これが実際の生活の中では一番多いのではないでしょうか。もうひとつ多いのは

    お愛想笑い

かもしれませんが。
となると、今の私はなかなか笑う機会がないのです。ほんとにお愛想だけ。
腹の底から声を出して笑う、というのをもう何年もしていないと思います。

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肩書 

リタイアされた方が集まる場があれこれあるようです。
そんな場所で自己紹介をされる場合、たいていの方は現役時代の職業や身分を言われるそうです。曰く、「○△商事の神戸支店長でした」「★☆中学の校長をしていました」等々。
たしかにそれが一番手っ取り早く自分をわかってもらう方法なのかも知れません。

    肩書

というのはやはり名前に次いで大事なのでしょうか。
以前、名刺に肩書を5つくらい並べて書いていた人がいまして、こうなるともう肩書マニアみたいなもんだ、と感心しました。少年野球の団体の役員をしている人(本職はドライバー)でしたが、その役員名をずらっと並べた名刺を作っていらしたのです。
私は逆にこの肩書というのが苦手で、名刺など、できれば名前とメールアドレスだけ書いてあるのがいいと思うくらいです。実際、

    教員

で済ませられるものはそうしてきましたが、なかなかそれでは許されないのも事実です。
職場が作ってくれた名刺にはある程度(アドレスを書くかどうかなど)自由が利いたのですが、それでもある程度のテンプレートが決まっていましたので、いわゆる肩書は載っていました。

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小松左京さん(続) 

小松左京さんのSF作家としての業績やその見識の深さ、教養の豊かさなどについては、多くの追悼記事が出ましたし、私など小松さんのいい読者でもありませんから何も言う資格はありません。
ただ、東京一極集中のことを考えると、関西の

    知の巨人たち

を何人も思い出してしまい、そのお一人が小松さんでした。つまりその都市文化論や文化支援者としての行動に関心があったということでした。
芸能ファンとしては小松さんと米朝師匠のコンビを思い出します。このお二人のお話の中に入ってみたかったです。タバコの煙には閉口したでしょうけれども。
「関西で歌舞伎を育てる会」の代表世話人をなさったことも有名です。
大阪フィルハーモニー交響楽団の支援、学研都市の提案、大阪万博や花と緑の博覧会にも関わった方でした。
小松さんは、関西は

    文化の首都

であるべきだ、とおっしゃっていましたが、その心意気が伺えるお仕事でした。

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小松左京さん 

春の地震とその余波でまだまだ混乱が続いているように思います。
政治の世界でも、どうすればよいのかわからないようで、内閣はガタガタしました。辞めるのを前提に信任するという不可解なできごともあり、与党の中も混乱、ついに総理大臣の交代となります。
原郷右衛門ではありませんが、

  御身らはどうしたものだ

と言いたくなりました。

災害復興といえば阪神淡路、中越などの大震災の体験もあり、戦争末期の東京、大阪、広島、長崎などへの空襲や原爆投下からの再生の実績もありますから、時間はかかるもののきっとできると思います。
ただ、原発は今なお予断を許さない状況であり、今後の問題もありますから、関西でも九州でも北海道でも不安を抱きながらニュースを見ている人が多いと思います。
大きな不安を抱いて、沖縄に逃げたい、と半ば本気で言っている学生もいます。
国会の委員会で強く問題を訴えた大学教授もありました。

そんなとき、やはり考えざるを得ないことのひとつは、この国はほんとうに

    東京一極集中

でよいのだろうかということです。
政治も経済も文化も、あんな小さなところに固まってしまってよいはずがない。

私は東京の町も人も好きです。学生時代から30代にかけては、両親(芝公園)と伯父(烏山)が東京にいましたし、歴史研究の恩師が東京大(史料編纂所)から関東学院大にお勤めでしたので、東京の街はずいぶん歩きました。
とくに下町が好きで、そういうところで出会うおっちゃん(おいちゃん?)たちが近所の子どもに向かって「おう、おめえら、なにやってんでぇ」なんて東京弁でまくし立てているのを聞くと本当にうれしくなったものです。
どちらかというと無国籍的な町ではなく、そういう江戸臭い東京が続いて欲しいと願うのです。
そのためにも国のさまざまな機能は大胆に分散すべきだとずっと思ってきました。これを言うと「関西人のひがみ」という強烈な反応(それこそひがみ)があります。あほぬかせ、っちゅうねん。

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消えゆく「太夫」 

竹本義太夫、と学校では習いましたが、昔の番付に「竹本義大夫」と書いてあるものも見たことがあります。
太夫さんを「△▽大夫」と書く歴史はそういう意味ではずいぶん古いことになります。
ただ、それでも主流はずっと「太夫」だったわけです。それを昭和20年代の終わりごろに、一説によると

    豊竹山城少掾

が「大夫」と書くように決めたとか。
律令時代には、官職の名称として「中宮大夫(だいぶ)」「東宮大夫(だいぶ)」などがありましたが、それ以外に五位あるいはそれ以上の官吏をさして大夫(たいふ)と呼ぶこともありました。あの平敦盛は五位で官職を持たなかったので「無官大夫(むかんのたいふ)」と呼ばれました。こういう時代はすべて「大夫」と書いていましたので、のちに「太夫」と書かれるようになったとしても、元をただせば「大夫」に行き着くのです。
山城少掾は、元が「大夫」だからそれに倣おう、という気持ちだったのでしょうか。
歌舞伎の竹本は変わりませんけどね。
それにしても、ずっと「太夫」と書いていたものを見事に「大夫」に改めたものだと思います。抵抗はなかったのでしょうかね。
今はもう、当たり前のように住大夫、源大夫、嶋大夫などと書いていますが、時々困るのが文楽の歴史的なお話をするときです。七代目は竹本源太夫で九代目は源大夫、と書いたりしますと、

    字が間違っている

と言われかねません。だからといって、もういまさら「太夫」に戻すのは困難でしょうね。

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田舎はすばらしい 

夏休みらしい夏休みに入る直前の、お盆をはさんだ1週間、人口密度のきわめて低い地方にいました。
周囲にはスーパーはおろか、コンビニもありません。以前唯一営業していた雑貨屋のような店も閉じられていて、ここにあった飲み物の自動販売機も姿を消していました。食べ物を得ようとすると車で10分ほど行く必要がありそうです。
というと、いかにも暮らしにくいように思われるかも知れません。
しかし、そんなことを感じるのは「都会」の

    野暮な人間

ばかり。

以前、この町のもっとも便利な地域(スーパーもコンビニも駅も近い所)に半年あまり住んでいたのですが、新築3LDK駐車場込みで6万円ほどでした。アパートの前が広大な空き地で、来訪者はそこに車を停めてもらうことができました。
周囲は大きな家が多く、特に山のほうへいくと土地が安いのでしょう、御殿のような(笑)家も多々あります。
持ち家の方は規模の大小はあるにせよ、畑を作っている方が多く、ジャガイモやにんじん、たまねぎに大根、立派な作物ができるのです。

隣町は大きな工場があるため、人口のわりに税収が多く、学校の給食は無料。文化的な催しにもふんだんにお金をかけていたはず。
そういう意味では実に

    住みやすい町

です。こういうところに住んで、月に一度くらい大阪に行き、文楽や美術を楽しんでまた帰っていく。そんな生活をしていたことがあったのです。それもまたよき生活といえそうです。

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夏休み 

やっと夏休みらしくなってきました。
しょっちゅうぼやいていますように、当今大学の夏休みは8月2週目あたりからになります。その直後のお盆の間はやはりあれこれ行事があって落ち着きません。
でも、それが終わると

  義務のない時間

が訪れてくれるのです。
去年まではそれでも、なんだかんだで、ずっと束縛されていました。
今年はそれがないことがどれほど幸せかと思い知らされています。
この時期にやりたいことが必ずあるのですが、毎年それの半分もできればよしとせざるを得ないように思います。
しかし今年からは毎日が日曜日になりました。
夏休みらしい夏休みが、ひょっとしたら学生時代以来に訪れてきた感じです。
これから3週間くらいはしっかり仕事ができそうです。

申すまでもないのですが、夏休みというのは

    学生が休む

のであって、私どもは休むわけではありません。
もちろん、ビジネスマンの方々に比べると楽なもので、「捜さないでください」と書置きして(笑)ふらふらと散歩に出たり、いくらかのバカンスを楽しむ方もあります。しかし基本的にはこの時期に、普段できない仕事をしっかりこなすことが重要なのです。
というのはまあ格好をつけただけのことで、私の場合はバカンスなどという経済的余裕がありませんのでじっと家にいるだけのことですが(笑)。

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八右衛門 

以前も書いたことがあるはずですが、思うところがあって再び。
先日の神奈川県での曽根崎心中原作版上演は、いろいろな試みがあったようで、なかなか評判がよく、感銘を受けた方のコメントを散見します。
普段の公演ではできないことを試すことができるのがいいですね。多くの方が舞台の奥行きの使い方に言及されていましたが、そのほかにも、

    九平次の首

もいくらかの話題になっていました。
従来、九平次は陀羅助が用いられ、嫌味な顔つきです。それを検非違使に少し苦味を加えたような白塗りの首を新調されたようで、雰囲気が違っていたとのことです。二枚目系統の発想なのでしょうね。
これはおそらく演出者のお考えなのでしょうが、こういう試みも私は歓迎したいと思っています。ただ、九平次にそれが合うのかどうかは観てみないとわかりません。肯定的なご意見も伺っていますが、どうだったのでしょうか。
文楽の首はもう動かしようがないのかというと、必ずしもそんなことはないと思います。
人形遣いさんの考えで思い切って首を変えることも試みていい。失敗もあるかもしれませんが、元に戻せばよいでしょう。

    文楽の将来

を見据えたら、一時の失敗はかまわない、もしうまくはまったらちょっとした革命になるかもしれません。
なかなか若い人形遣いさんは言い出しにくいかもしれませんが、与えられた役を淡々とこなすだけでなく、積極的に演出に関わっていくような形もこれからの文楽には必要になるかもしれません。
今回の九平次の首が本公演でも生かされるのか、やはりそうはいかないのか、今後の議論を待ちたいと思います。

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内子座 

愛媛県喜多郡内子町にある芝居小屋が内子座。
ホームページによりますと「木蝋や生糸等の生産で経済的にゆとりのある時代に、芸術、芸能を愛してやまない人々の熱意で生まれた木造の劇場」で、

    大正5年(1916)2月

の創建。木造2階建て、瓦葺き入母屋造りで、昭和60年10月に劇場として再出発したもの、とのことです。650人しか入れない、文楽にはちょうどよい規模の劇場と言えるでしょうか。
もっとも、満員になるとさすがに窮屈さは否めず、これは各地に残る芝居小屋に共通する問題。しかしそれがまたいかにも「劇場」ではなく

    「芝居小屋」

という感じになってよいのかもしれません。
内子座の柿落とし公演は淡路の吉田伝次郎座の人形浄瑠璃だったそうですが、平成7年5月にはついに「内子座文楽」が実現したのでした。その後一時休止にもなりながら、今年も15回目の公演がおこなわれることになったのでした。

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外食 

勤務先の学生食堂で昼食を摂るのは日常的です。しかし、夜は呼吸がつらいとなかなか外に出られないのです。皆様からご覧になると不思議ですらあるかもしれませんが、そんな日々なのです。
最近外食したのはいつだろう、と思い返してみました。体調はあまりよくなかったのですが、3月に長女の

    大学入学祝い

をしましたので、あれがもっとも最近かも知れません。といっても近所の和食の店でしたが。
それ以外には・・・なかなか思い出せません。
古い話ですが、昨年の夏(笑)に

    だしまきの夕べ

に参加しましたので、ひょっとするとそれ以来だったのかもしれません。

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夏は終わらない 

大学院の学生の頃からお盆の時期は毎年1週間、京都で研究会がありました。今もおもな仕事になっている、藤原道長の日記を読む会でした。歴史学の基本を専門的に修業したわけでもないのに、えらそうに発表させていただいたりして、歴史専門の人の顰蹙をかうのが常でした。

    若気の至り

ということで勘弁していただきたいところです。まもなく完結する16冊の本に結実し、私はそのうち7冊に分担執筆させていただきました。
この研究会の間に必ず

    五山の送り火

があって、研究会の会場のビル屋上から見学しました。「妙法」が目の前でした。
暑い夏の名残のようで、この研究会が終わると秋風が(心にも)吹くのでした。

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コナン君 

日本文化の授業の中で、学生が盛んに「その話は『名探偵コナン』の映画で観た」とリアクションをくれました。
義経や弁慶のこと、京都の通り名のこと。
この漫画は、なかなか歴史教育に寄与していただいているようで感謝しています。こちらもお返しに宣伝しなければ、と思うのですが、そんなことしなくても学生はたいてい知っていますよね。
「ハリーポッター」やジブリ映画とともにかなり人気は高そうです。
長男もこの漫画は大好きで、ずいぶん単行本を持っています。そこで、それを借りて私も読んでみました。
しかし、タイトルの「名探偵」って、ずいぶん

    クラシック

ですよね。なにしろ主人公がシャーロック・ホームズ(コナン・ドイル作)の大ファンだそうで、そりゃあクラシックにもなりますね。バイプレーヤの子供たちも「イレギュラーズ(Baker Street Irregulars)」さながらに

    少年探偵団

を名乗っていて、これもホームズや明智小五郎の世界。と思ったら居候先のおっちゃんの名前も「小五郎」だそうで。

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古く新しい「曽根崎」 

神奈川県横浜の神奈川芸術劇場で、鶴澤清治師匠の作曲になる、古くて新しい

    曽根崎心中

が上演されました(14、15、16日)。
この公演は3月23日から上演される予定だったのですが、例の震災のため中止になっていたものです。

我々が普段観ている文楽の「曽根崎心中」は

    野澤松之輔

の作曲、脚色によるもの。かなり簡略になっています。たとえば、冒頭の「観音めぐり」は割愛されていますし、詞章もかなり変えられています。そのため、一部にはこれを曽根崎心中と呼んで上演する価値があるのか、とまでいう方もいらっしゃるようです。ただ、非常にコンパクトにまとまっていて、全体で1時間半ほどですから、文楽入門にうってつけとも言われます。皆様はお好きでしょうか?
この作品は長らく上演されていなかったわけですが、昭和28年に東京の新橋演舞場で二代目中村鴈治郎と中村扇雀(現・坂田藤十郎)による歌舞伎で大ヒットしました(宇野信夫の脚色)。それを受けて本家の文楽では昭和30年1月に、四ツ橋文楽座で二世吉田栄三(お初)、吉田玉男(徳兵衛)の人形で上演したのでした。

今回、私は残念ながら拝見することができなかったのですが、多くの文楽ファンの方が横浜までつめかけたとうかがっています。
ぜひその様子を教えていただきたいと思っています。

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成果は少なくとも 

お盆休みが終わり、世間はまたあわただしい日常が動き始めます。
休暇を取られた方、いかがでしたでしょうか?
私も何もないところでのんびりと時間をすごし、明日(17日)帰ることにします。
私のいるのは旧山陽道の西の端のほうで、安芸国と周防国との国境(くにざかい)あたり。慶応元年の第二次長州征討(長州戦争)での戦いの場のひとつとなった

    芸州口

のあたりです。
あの吉田松陰も捕えられて江戸に移送されるときに

  夢路にもかへらぬ関を打ち越えて
             今をかぎりと 渡る小瀬川

と詠んだ小瀬川(おぜがわ)の渡しも目の前です。

松陰
↑吉田松陰の歌碑(山口県岩国市)

こちらも暑いのですが、そういう歴史の跡を訪ねて散歩するくらいがちょっとした息抜きになりました。
山口県岩国市はすぐ近くで、ここにはご存じ錦帯橋があります。もう何度も行ったところですが、やはり壮観です。

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懐かしい記事 

夏休みに入る前、少しでも研究室を掃除しようと思ってバタバタしていました。
結果的にはかえって汚くなったという説も濃厚(笑)なのですが、そこはまあ、何かをしたという事実だけでも自ら評価することにしています。
こういうことをすると、

    昔懐かしいもの

がひょっこり出てきたりするもので、それをながめているうちにまた余計な時間が経過するというのがお決まりのような気がします。
まだ私の勤務先に文楽人形がなかったころ、それでも学生と一緒になにか浄瑠璃に関することをしたいと思っていたのです。
当時は短期大学で、国文科がありました。卒業研究の類はないわけではなかったのですが、短大でもありますし、彼女たちに学術論文を書けと言っても無理な話です。
教員によっては、真似事でもいいから書かせようというタイプの方もありました。しかし私は何か国文学に関することで

  ほかの短大ではできないこと

をしようと思って、学生に呼びかけをしました。卒業のゼミは学生が教員を選びますので、希望者がなければ話になりませんが、私はとんでもないことを呼びかけたのでした。
今から14年前、1997年度のことでした。

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初陣 

若武者、初陣、討死。
桜の木の下に横たわる十代の少年の哀れにも美しい最期。
つわものどもの夢の跡など、実際は悲惨そのものだったにせよ、文学に昇華された場合、そんなイメージが漂います。
文楽でいうと、平敦盛(熊谷小次郎)、市若、そして武智十次郎。

    初陣

がすなわち彼らにとっては最期の戦い。
そこに母子の情愛(市若)、父子の絆(小次郎)などが絡んで、悲哀がさらに増幅されます。
そして十次郎の場合は父と子、母と子、祖母と孫、さらには婚約者同士というつながりがありますから、さらに悲劇的といえるかもしれません。
少し前にも書きましたが、光秀の人生が傾いていく中で、小次郎は驚くべき

    人間的成長

を果たすように思われます。主君に仕え、父の背後にあり、恋愛にも疎いそんな若者が、いつしか自己主張をするようになっていく。『絵本太功記』は十次郎の成長の物語という側面もあるような気がします。

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主殺し 

『絵本太功記』で、さつきは光秀を

    主殺しの極悪人

として責め続けます。光秀もそのことで思い悩むのです。
主君を滅ぼすのは、下剋上の世の中ではあり得たことで、そこまでこだわることもないだろう、というのは戦国時代も江戸時代も、同じように「武士の時代」と考える我々からの発想かもしれません。
文楽の「今」は江戸時代。あのこだわりはやはり下剋上の時代を乗り越えて、良くも悪くも安泰の時代に入った江戸の価値観や倫理観に基づくものと言うべきなのでしょう。
主君は絶対。という前提があるからこそ、それに反逆することは極悪の行為、天下の大罪。もしそんなことをしたら眷族にまで累の及ぶ罰則が待ち構えています。安定した世の中とは言いながら、それは一種の恐怖政治の時代かもしれません。
おかみに逆らおうなんてもってのほか。だまって言われるとおりにしておればいい。万一逆らうなら一族累代不名誉な名を着せられて滅ぼされる。
江戸時代には実際は行われなかったようですが、主殺しの罰は

    鋸引き

の上で磔(はりつけ)が決まりでした。いわゆる「みせしめ刑」として、寒気がするような処刑の方法が(名目上とはいえ)続いていたわけです。
それほどに重罪と考えられていた行為ですから、さつきの気持ちもゆえなしとはしないのだろうと思います。

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太功記の人たち(続) 

今回の絵本太功記は光秀物語なのでその一家中の人たちも重要な役を果たします。
勘寿さんのさつきはなかなかしたたかでした。
さつきという人は一徹な人ですが、そういう意味では光秀とそっくりなのかも。
さつきは光秀をさんざん悪者扱いしますが、実は彼女ははっきり息子の中に自分を見ているのだろうとも感じます。
手に取るように息子の所業が理解できる。それゆえに

    自分の欠点

を見せ付けられるようでもあり、ついついいろいろ言ってしまうのではないかとさえ思うのです。彼女が尼崎に下るのは自分の心の暗部に耐えきれなかったからかも知れません。
光秀とさつきはなかなか目を合わさない。母親と息子の関係はそんなものでしょうか。

  時は今
    あめがしたしる
         皐月かな
 (愛宕百韻)

歴史上の人物としての明智光秀は天下人となる決意をこのように詠んだと言われます(そういう意味ではないとも)が、謀反の起こった皐月を名に持つ彼女はこの芝居を動かす重要な人物のようです。
勘寿さん、お疲れ様でした。

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探さないでください 

1週間ほど旅に出ます。お願いですから探さないでください(笑)。
落語では伊勢参宮などの「東の旅」、金比羅参りなどの「西の旅」がありますが、私の場合は

    西の旅

になります。
といっても、西方浄土とまでは行かず、インドでもカンボジアでもなく中国です。え? 中華人民共和国か、それとも台湾か、とお尋ねですか? いえいえ

    広島です

こんな時期に西へ行くのは混雑に紛れ込むわけですからいやなのですが、これも浮世の義理です。
新幹線なら楽ですが、車なのでスピード違反に気をつけて安全に往復してきます。

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2000 

皆様にとっては、いわばどちらでもよいことなのですが、実はこのエントリーがちょうど

    2000本目

の記事になります。
中味の薄さはともかく、いろいろ書いてきたな、と思います。だいたい、飽きるということを知らないものですから、いくらでも書いてしまうのです。見当が付かないのですが、毎日500字(たぶんそれでは済まないと思いますが)書いても100万字? そんなになりますか? 計算、苦手ですので3桁ほど間違っているかもしれません(笑)。もし間違っていないとしたら、原稿用紙にして2500枚ですよね。
我ながらひまな人間です。
しかし、どなたの目にも触れず、またどなたもコメントを下さらなかったから続いているはずがありません。
つまり半分は皆さんの責任です(笑)。
ほぼ、

    毎日1本

の割合で書いており、1日だけ2本書いたことがありますので、日数にすると1999日目。明日が2000日目ということになります。

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太功記の人たち 

昨日、文楽夏休み公演がつつがなく千秋楽を迎えました。
今回期待していたのは

    絵本太功記


でした。「二条城配膳」から「尼崎」まで、よく言えば息も継がせぬ、悪く言うとちょっと息苦しい構成だったかもしれません。
時間の関係でこういう形になったことは分かりますし、とりあえず話が通りましたので文句は言えません。
それにしても玉女さんは大変でした。
プログラムの中でご本人もおっしゃっていましたが、通し狂言だとどこかでごそっと休む時間が取れます。ところがこういう上演ですと光秀はあまり休めない。
公演の終盤になるにしたがって、苦しさが増してきたのではないかとお察ししたしだいです。
特に、

    妙心寺

で、かなりエネルギーを使われたような気もしました。
本公演では光秀は初役だと伺いましたが、尼崎だけにするか、通しでうまく休める時間があるか、もう少し楽に演じていただければと思いました。
とにかくお疲れ様でした。

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ハッピー千秋楽デー 

忘れようとして思い出せない、というのは漫才師鳳啓介さんのギャグでしたが、忘れようにも忘れられないのは簑助師匠のお誕生日。昭和8年8月8日というのですから、おめでたいとしか言いようがないですね。
私の同僚のお嬢さんにも80年8月8日生まれという方がいらっしゃいます。
とにかくもおめでとうございます。と申し上げて驚くのは簑助師匠が

    78歳

になられたということ。私が文楽を熱心に見るようになった頃の長老は桐竹亀松さんや吉田玉五郎さんでしたが、いかにもおじいさんでした。しかしあの頃両師匠は70代でいらしたと思いますので、その年齢に簑助師匠が到達されたというのはただただ驚きです。しかも相変わらずお若いままで。私は師匠の40代の頃から拝見していますが、その間ずっと華のある女形、二枚目を中心とした人形遣いさんであり続けられました。
これからもどうかお元気で、ご活躍くださいますように。
毎年ちょうど師匠のお誕生日の頃が

    夏休み公演の千秋楽

にあたり、今年はまさに同じ日。ハッピーバースディがハッピー千秋楽です。

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そして、だしまき 

昨日は旧暦7月7日の七夕でした。
気温はともかく、秋が近づいています。
そして昨夜、年に1度ならぬ、公演ごとに1度の

    だしまきの夕べ

の10回目がおこなわれました。
ご参加の皆様、いかがでしたでしょうか。
私は前日文楽に行っていたのですが、ちょっと無理をしてしまったため、昨日は朝からあまり元気がありませんでした。
で、病院に行って、酸素の検査数値が90を超えていたら(95以上が正常値)行こうと思っていました。結果は87。
まったくダメでした。
例によって点滴を打ってやたけたの熊さんに

    お詫びメール

なんだかこれって何度も繰り返した行為のように思えます。
お詫びの言葉もありません。

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七夕と庚申 

7月7日は七夕。
たまたま読んでいた、今から1001年前の京の都の七夕のことです。前夜からの風が収まらず、昼間は風雨。夜に入っても風は強く、大雨が降ったようです。翌日には鴨川の堤があちこちで決壊したことが記録にあり、あるいは台風だったのかもしれません。これでは星を眺めたり、牽牛織女についての和歌や漢詩を詠んだりすることもかなわなかったでしょう。
そして今からちょうど1000年前の

    寛弘8年

の七夕は、というと、これまたのんびり星を見上げている場合ではなかったようです。
その直前の6月22日に、退位したばかりの一条上皇が亡くなったからです。数え年の32歳。一連の葬送の儀式の最中ですから、七夕どころではなさそうです。
かくして寂しい七夕が続いたのですが、寛弘6年(一条上皇崩御の2年前)の藤原道長の日記を見ると、ちょうどその日は庚申(かのえさる)で、一条天皇から

    庚申待

をするから集まれ、という連絡がありました。道長も早速参内したようです。

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字幕再点検 

「文楽に字幕!」
日本語なのに? 音曲なのに? 伝統芸能なのに? と、当初はかなり反論が多かった試みでしたが、今やかなりその声は減りました(皆無ではありませんが)。
おそらく今となっては廃止は困難。こうなったらよりよき字幕を求めるのがよいかと思います。
先日あるところで(Twitterですが)、ある熱心な文楽ファンの方(えるさんですが)がつぶやいていらっしゃいました。「しれもの」という言葉についてです。これは本来は「愚か者」のことですが、派生して「したたか者」の意味にも用いられました。「馬鹿」にも「程度が尋常でない」という、時として誉め言葉になる用法もありまよね。たとえば、「役者馬鹿」は褒貶いずれの意味もあるでしょう。
この文楽ファンの方(笑)は、『絵本太功記』「妙心寺」で、「彼も

    痴れ者」

と書かれていたことについて「明らかな誤字とは違って語源的に正しい表記だけどわかりにくい」「確かに「痴れ者」は辞書的に正しいけど、現代じゃもう、褒める使い方は消えてる」ので、「引っかかり少なく、するすると情報キャッチできる方が親切」だとおっしゃっていたのでした。
たいへんよくわかるご意見で、えるさんの見識と弁舌(達意の文章)にはいつもながら

    感心するばかり

です。
文楽劇場の方は真面目で熱心、向上心をお持ちですから、こういうご意見はどんどん伝えていけばよいと思います。

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前期授業終了 

昨日、前期の授業がやっと終わりました。
といっても、小論文の返却だけ。もはや授業をしっかり90分、などという余力はありません。
いや、こんないい加減なのは私くらいで、同僚のみなさんは真面目に授業されますよ。誤解なきようにお願いします。
とにもかくにも、今年度の仕事も成績を出せば

    半分

は終わり。
ただ、ちょっとしたわけがあって昨日は二人分の成績が出ず、8日にもう一度出勤しなければならなくなる見込みです。
それでも例年よりは相当楽になります。以前でしたら、夏休み中にもオープンキャンパスや、ここには内容を書くことのできない(笑)

    大きな仕事

があったので、授業が終わっただけではまだ半分とは言えなかったのです。でも今年からはそれらの雑用とは無関係。9月の終わりに後期が始まるまでは大学とは事実上おさらば。天下晴れて好きなことをしようと思います。

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古典に入り込む 

『心中宵庚申』は夫婦の心中物語。たとえば、金や制度が原因で結婚できずに心中する話はよくありますが、夫婦がなぜ?
武士の家からの養子、嫁入り、姑、自分は薄幸と思い詰める心、現代人には理解しにくい問題もあります。

学生に古典文学の話をすると、「昔の人は気の毒」「現代人は幸せ」「私は現代に生まれてよかった」と、きわめて単純に考えることがあります。
しかしあなた方がそう言うように、100年後の人からはその時代の価値観によって、「平成時代の人は

  気の毒、不幸」

と言われるのですよ、必ず。「平成の時代は不幸な時代でした」でよいのですか? きちんと評価してもらった上で、後生の人によくも悪くもこの時代を知ってもらうことが必要ではありませんか?
そのためには100年後の人は100年前の考え方、価値観に、多少違和感があっても、戻ってもらうことも必要ではありませんか?
そのために古典文学は生き続けるのではないでしょうか。
昔のイギリス映画で、生意気な小学生が、ラテン語を勉強しないいいわけに、

    昔のローマ人

とは話せないから、といって教師を激怒させる場面がありました。子供の理屈としてはまことに痛快でした。
教師はなぜラテン語を学ぶのかを説明しないとこういう元気な子供にはしてやられます。

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咲大夫を聴こう 

まだ年号が昭和だったころ、豊竹咲大夫さんは病気をされたことがありました。40代はじめだったのではないでしょうか。たしか、お腹にメスを入れられたはずです。
咲大夫さんといえば、呂大夫さんのライバルとして、やがては義太夫界の双璧となると目されていらっしゃいました。ところが、このご病気で、お元気だった呂大夫さんに遅れを取るのではないかとさえ思いました。そしてその後もなんとなく大丈夫かなと気になることがあり、平成7、8年頃にも何度かの休演があって、不安定さを隠し切れないことも。
ところが、忘れもしない平成10年12月、東京国立劇場で清介さんとのコンビで

    山科閑居

を一段通しで語られました。われながら瞳孔が開いてしまったのではないかと思うくらい、まばたきすら忘れるようなすさまじい語りでした。咲大夫さんは本当に復活したのだ、と強く感じました。
ところが、その2年後、思いも寄らぬ呂大夫さんの急逝。咲大夫さんはどんなお気持ちだったでしょうか? ご自身に課せられた責任が倍増、三倍増したことを実感されたのではなかったでしょうか。
やがて60の坂も越えられ、いよいよ力を発揮する日が。一昨年の4月から切語りに出世されたのでした。私が自信を持って聴いたといえるのは平成18年初春の「金殿」までですが、その後も「松右衛門内より逆櫓」「山科閑居」「妙心寺」「日向嶋」「正清本城」「豊島屋」など、じゅうぶんに力を感じることができました。
切語りになられる前からコンビを組まれていた燕三さんは、優しいお顔立ちに反して、

    逞しい腕

の持ち主。時代ものの激しい場を語る咲大夫さんの三味線として磨きがかかってきたことと思います。

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