忘れられる 

学生に尾崎紅葉や泉鏡花の話をしても

    それ、誰ですか?

という反応しか返ってきません。私が高校生のときかなり読んだ武者小路実篤も庄司薫も石川淳もダメでしょう。先日亡くなった北杜夫さんでもわからないかも。
漫画家の

    手塚治虫さん

ですら名前も聞いたことがない、と言われたことがあります。「鉄腕アトム」「知らない」「リボンの騎士」「さあ?」「ブラックジャック」「なんか、聞いたことがある」という具合で会話になりませんでした。
私の世代だって「田河水泡」と言われてわかる人は多くはないでしょうから、仕方ないことなのでしょうね。

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文楽アレルギー? 

どうしてかなあ?
8月半ばから最近まで、言い換えると、文楽夏休み公演が終わってから大阪で文楽の公演がなかった時期は、なかなか調子がよかったのです。
2か月半も異常なしなんて、久しぶりだったのです。ところが、錦秋公演が近づくとなぜか下降気味。
冷え込む季節という理由もあるのでしょうが、タイミングが悪すぎます。
こうなると、私は

    文楽アレルギー

なのだろうか、と疑いたくなってきます(笑)。
例年とは種類の違った忙しさの渦中にあるのも事実ですが、この程度の忙しさなんて一般社会ではあたりまえのことですから、理由になりません。
思い当たるのはやはりあの幼稚園での

    文楽人形劇

です。あれが終わって、少し気が抜けたように思います。

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錦秋公演はじまり~ 

文楽はいよいよ錦秋公演が始まります。
嶋大夫師匠らの休演があるとのことで、残念ではあるものの、代役を楽しむという面もありますから、よい方向に考えましょう。呂勢さんの「子別れ」ですね。それにしても嶋大夫師匠、どうぞお大事になさってくださいますように。
秋の演目ということで、

    菊畑

    沼津

    紅葉狩

などが選ばれています。全体を列挙すれば、
第1部が
 「鬼一法眼三略巻」の鞍馬山、播州書写山、清盛館、菊畑、五条橋。
第2部が
 「恋女房染分手綱」の道中双六、重の井子別れ。
 「伊賀越道中双六」の沼津。
 「紅葉狩」
ということになります。
母と子の別れあり、父と子の別れあり。
そして、戦国武将と共に日本人の大好きな義経周辺の話も。

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たばこ 

私は生まれてからこんにちまで、タバコというものをくわえたことがありません。
健康のためなどという理由ではなく、どうも見た目にかっこうのよいものでないという気持ちがあったのと、貧乏学生でタバコ代も倹約するに越したことはないと信じていたからです。お酒は付き合いがありますからやむをえない面もありましたが、タバコはそういうこともありませんから、吸うきっかけもなかったのです。
ですから、はじめて広島の短大に就職したとき、

    トイレの中

で学生がタバコを吸っているというのがどうにも信じられませんでした。不良中学生じゃあるまいし、と思ったのですが、実は深刻な問題だったのです。その後移った吹田市の短大でもやはりタバコは問題になり、トイレに煙を感知するスプリンクラーをつけて吸った学生をびしょぬれにさせてやろうか、などという話も冗談半分に出たことがありました。
いまや大学は全面禁煙。愛煙家の皆さんにはちょっと気の毒な気もするのですが、これが世の趨勢ですね。

錦秋の文楽公演では

    恋女房染分手綱

が出ます。この演目には「定之進切腹」や「沓掛村」などもありますが、やはり圧倒的に「道中双六」「重の井子別れ」の上演が多いですね。
「沓掛村」は先代住大夫がすばらしかったのだそうですが、私は当代住師匠で拝聴しました。とても面白かったので、また上演されることを願います。
「道中双六」は由留木の調姫が12歳を迎えて、入間家に嫁に行く折の話。12歳というと小学校5年生の年齢です。
本田弥三左衛門の猩々緋の道中羽織が印象的な冒頭、姫君は関東に行くのはいやじゃ、とだだをこねています。今なら関東の人が関西に行くのは「都落ち」だからいやじゃ、というかもしれませんが、この当時はやはり東国に野卑な印象を持つ人も多かったのでしょうか。
幕末の皇女和宮も将軍家茂に降嫁するのをかたくなに拒んだと言われていますが、由留木家はともかく、都の人には関東のイメージはあまりよくなかったのでしょうね。特に幕末は、関東には異人がいるというのがいけなかったのかもしれませんが、和宮は最終的に御所の流儀を守ることなどを条件にして降嫁を承知したそうですね。
いやがる調姫を慰めるべく、馬方の三吉が呼ばれて、彼が持っている

    道中双六

をして遊ぶ事になります。

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秋のだしまき 

恒例の告知です。
文楽錦秋公演もまもなく始まりますが、公演ごとの土曜の夜におこなっている

    だしまきの夕べ

は、今回も実行委員長初め関係各位のご尽力(ってほどおおげさなものではありませんが)で、開催の運びとなりました。

  11月12日(土)文楽公演第二部終演後

とのことです。かなり文楽にお詳しい方もいらっしゃいますし、そうでない方もいらっしゃいます。そういうことは何も頓着しないメンバーです。いつも10人前後の方が参加してくださるのですが、今回はいかがでしょうか。
新たにご参加くださる方も大歓迎でございます。
私は体調不良のためずっと欠席続きなのですが、ひょっとすると今回はいけるのではないかと思っています。
急激な体調の悪化を恐れつつ、その日の夜に予定を入れることだけはしないでおきます。

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効果音 

幼稚園での催しが終わった後、何人かのお母様方から感想などをいただきました。
さすがにいろいろ好意的におっしゃってくださるのですが、それはまあ話半分に(笑)、しかしありがたく承りました。勉強になったのは、どういうところに子供達が関心を持ったかを教えていただいたことでした。

なにしろ、人手もなければお金もない、いい加減な

    劇団

でした。
劇団とは大げさな、とおっしゃる方、まあそんなにのたまうなかれ。以前どこかで書いたとは思いますが、私の主宰する人形劇グループは、いつも劇団を名乗っています。劇団名は

    PUPPET PARTY

です。
今回、使った人形は解説やお遊び用の娘首(こどもたちには「おそめちゃん」と覚えてもらいました)とタイトルロールのツメ首(これは役名そのままで「ごんべえさん」)でしたが、これに関しては「もう一体使いたい」というわけには行かないのです。これ以上人形を買うなどということは不可能です。
ですから、それ以外のところで工夫をしなければなりません。

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ぶんらくであそぼ(4) 

これでお芝居は終わりました。最後にごんべえさんはなぜきのこをひとつ残してきたのでしょうね? これは作者にも分からない、ごんべえさんのなぞの行為です。
子供達が何かを感じてくれたら、と思いました。で、学生が「どうしてだと思う?」と尋ねますと「神様にあげた」という答えが返ってきました。たいしたものです。
さて、暖かい拍手をいただいて、最後のプログラムは

  文楽人形と一緒に歌おう

というものでした。
手遊び歌を2曲、子供達と文楽人形が一緒に歌いました。
曲は

  ぱんだ うさぎ こあら

  おべんとうばこのうた

でした。テンポを変えて3回ずつ。人形は主遣いと左遣いが左右の手をうまく合わせなければなりませんが、下手に合わせようとせず、自分が動けばおのずから合う、という気持ちで遣ってもらいました。成功だったと思います。
これでプログラムは終了。そのあと、園児達と一緒に写真を撮りました。その写真は全員の顔がはっきりと映っていますので、残念ですが掲載しません。
学生の皆さんはいかがだったでしょうね? 就職試験のときに、「学生時代にこんなことをしました」というPRのネタにしてみてはいかがでしょうか?

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ぶんらくであそぼ(3) 

ポツッ、ポツッ。おや、雨が降ってきました。
そして、遠くからごろごろごろという音が聞こえてきます。
ごろごろごろごろ。
「こりゃたいへんだ、雷様じゃ」
ごんべえさんが荷物をまとめて逃げようとすると、雨はどんどんひどくなってきました。
ポツポツという音がシャーッという音になり、やがてザアザア、ゴロピカ。そしてとうとう、ゴーッ、ドンドンドン。
「雨じゃ、雷じゃ、助けてくれ、助けてくれ。助けてくれ、助けてくれ・・・・」
ごんべえさんはうろうろするばかりです。   
雨と雷はますます激しくなってきました。
「助けてくれ、助けてくれ、神様、仏様、助けてくだされ、助けてくださりませ、助けてくだせぇ、助けて下せぇ・・」
ごんべえさんは神様にお祈りをしましたが、雨も雷もやみません。ごんべえさんは怖くて、寒くて、
「助けてくだせぇ、助けてくだせぇ、たすけ・・」
とうとう倒れてしまいました。

神様の救い
↑力尽きたごんべえさんと神様の救いの傘

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ぶんらくであそぼ(2) 

昨日はあちこちで素浄瑠璃の会や珍しい筑前琵琶と文楽人形の上演があったようです。
おいでになった方もたくさんいらっしゃるとうかがいました。行けなかった者としましてはどんなことでも知りたい気持ちでいっぱいです。どうぞお教えくださいますように。

さて、幼稚園での催しの続きです。メインはあくまで人形劇なのです。ですから、徐々に気分を高めていくように番組を構成しました。
次は

    小道具の紹介

です。
きのこ、おにぎり、すずめ、傘、杖など。どこで出てくるかを期待させようと思いました。いちいち反応してくれる21世紀生まれの園児たちはやはりすばらしいですね。

傘
↑小道具のうち、傘の紹介

そして、小道具ではありませんが、ツケ板も紹介して少し音を出しておきました。これは、本番でいきなり大きな音を出してこわがられたら(あるいは泣き出されたら)大変だと思ったからです。まあ、大丈夫だろうとは思っていましたが、万が一のことを想定しつつ、です。学生が園児に「こわくない?」と聞くと「ぜんぜん」という感じでした。取り越し苦労でよかったです。
さて、雰囲気が盛り上がった(かどうかわかりませんが)ところで、ちょっと休憩。こちらも準備しなくてはなりませんので。
この「ごんべえさん と やまのかみさま」というお芝居は全部で四つの部分からできており、完全に

    起承転結

の作りになっています。
 起 山を登ってくるごんべえさん
 承 山で雀と戯れたり、きのこを採ったりするごんべえさん
 転 嵐と「やまのかみさま」による救い
 結 感謝の気持ちと山をおりるごんべえさん 
という形です。
え? ベートーヴェンの田園交響曲のパクリじゃないかって? あのね、いちいちそういう突込みを入れるのはやめてください(笑)。

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ぶんらくであそぼ(1) 

この一か月くらい、私なりにこの活動に力を入れてきました。
公の仕事ではありません。あくまで個人的な興味関心意欲からお引き受けしたことです。
道連れにされた学生諸姉には申し訳ないくらいです。
奈良県にある、とある

    幼稚園

に行ってきました。
私はこれまでに公的機関(兵庫県、大阪府、大阪市、吹田市)、高齢者施設、障害者の集い、小学校の地域コミュニティの催し、児童センター、学童保育、大学祭、学会などの場で学生諸姉にお願いして、文楽人形をご覧いただく催しをおこなってきました。文楽の吉田勘弥師匠に教えていただいた技法を元に、古典ではない、それどころかふざけた内容とさえ言えるような人形劇をご覧いただいてきたのでした。
しかし対象となったのは最年少で小学1年生。幼稚園は未経験だったのです。
ですから、かなり苦労しました。
簑太郎時代の勘十郎師匠は

  「ひょうたん池の大なまず」

をお作りになって、園児にお見せになったようで、さすがにすばらしいお仕事だと思います。私も「ひょうたん池」は一度だけ拝見したことがあるのですが、とても面白く思いました。今回私が作ったのは

  「ごんべえさんとやまのかみさま」

でした。勘十郎師匠の足許にも及びませんが、精一杯工夫してご覧いただきました。
催しは1時間あまりという幼稚園側のご指示でしたので、これも大変でした。なにしろこれまでは30分程度のものしかしたことがありませんし、なんといっても幼稚園児はつまらないと思ったら遠慮なく無視するだろうという恐怖(笑)も持っていたからです。

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天気になあれ 

いまどきの子供たちは、靴を投げて「あした

    天気になあれ」

なんていうのでしょうか?
私はよくやりましたね。でも、不器用な子供でしたから、うまく靴が脱げなかったり、勢いあまってよその家に靴が飛び込んだり。
てるてる坊主に願いをかけて、靴で占う。ちょうど今ごろの遠足・運動会シーズンに多かったかもしれません。
もちろん、一義的には明日の晴天を願うのですが、どこかで

     明日の幸せを願う

気持ちもあるのだろうと思うのです。
昔は今ほど天気予報が精密、正確でなく、衛星写真などもありませんでしたから、明日の天気など、どうなるかわからない
のでした。特に、週間予報なんてほとんどあてにしていなかったように思います。

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むなしい言葉 

言っても仕方がない言葉というものがあるかもしれません。
寒いときに「寒い」とか暑いときに「暑い」とか、言うだけもっと寒くあるいは暑苦しくなりそうです。

  言ふまいと思へど今日の寒さかな

やはり言うまいと思う気持ちはあるのですね。

    忙しい

というのも言っても仕方がない言葉ではないでしょうか。だれしも社会で生きていこうとすると何かしら忙しいと思っているし、下手に口にすると人を不愉快にさせるし、忙しいといったからといって誰が助けてくれるわけでもないし。
むなしい言葉なのですね。
忙しいときは妙に時間が早く過ぎて、仕事の積み残しが増えてしまいます。
時間どろぼうに遭ったようなものです。

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皇位継承 

大学の授業で

    皇室典範

を話題にすることがあります。第一条は「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」です。これを学生に言いますと、学生はやはり「男子」という点を問題にします。理由は「男女差別」ということです。
天皇のおこなう祭祀には男性であることが前提のものがありますので、差別云々ではなく男性が皇位を継承するのが順当という考え方もありますが、今の時代に男性でなければならないというのはおかしい、と多くの学生は考えます。
女性天皇はほとんどが奈良時代以前。江戸時代に例外的に存在しますが、歴代天皇の90%以上が男性ということになります。
皇太子に愛子内親王が生まれたあと、秋篠宮に

    悠仁親王

が生まれるまでは女性天皇論もかなり優勢でしたが、最近はまた鎮静化しているように思います。
今の皇太子が即位したら、この状態では「皇太子」というものの存在がなくなってしまいます。その時点での皇位継承権第1位は秋篠宮文仁親王ですが、もちろん現皇太子の子供ではありませんので、皇太子とはいえません。皇太弟ということになるのでしょうが皇室典範にそういう名称は出てきません。
皇室典範第9条(天皇および皇族は、養子をすることができない。)がありますので、現皇太子が秋篠宮文仁親王を養子にして皇太子とする、ということもできないのでしょうね。

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この期に及んで 

他人様の日々を横目で眺めていると順調に見えてしまいます。
自分だけがこんなにさえない日々を送っているのではないかと思えて仕方がありません。
しかし現実には誰しもがそう思っているようで、人間というのは所詮同じようなものなのだな、と情けなくもホッとすることがあります。
最近、仕事でばたばたしている以外はまあまあ普通に生きていると思っていたのです。
いよいよ目の前に迫ってきた幼稚園に行く催しも

    学生諸姉

の奮闘努力のかいあって何とか形が整ってきたところです。ところがこの期に及んで私が風邪をひいてしまいました。
14日に奈良市の幼稚園に行ったのはよかったのですが、雨がひどくてしかも馴れない道をナビとにらめっこしながら進んでいく不安もありました。
帰り道、なんだかしんどいなぁと思っていたら鼻がかなりグズグズしています。
ああ、これは

    風邪だ・・・

と思い当たり、とにかく休もうと思いました。

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和泉式部と敦道親王 

このところずっと講演準備のために和泉式部と敦道親王について勉強しています。
敦道親王(981~1007)は冷泉天皇の第四皇子。わずかながら皇位に就く可能性を持ちつつ、その一方で皇位に就けないまま

    出家

を余儀なくされる可能性もある不安定な身の上。
その親王が、共に語る効(かい)のある女として和泉式部に心を寄せたのです。
二人の恋愛が進む過程を記したのが

    和泉式部日記

「和泉式部物語」とも伝えられ、ほかにも理由があって本人以外の作だという説もあるのですが、自作説の方が優勢です。
その中でとても印象的なのが9月20日過ぎの有明の月を二人ともに見ていたという部分。
今年の旧暦9月20日は、実は昨日(10月16日)だったのです。ですから20日過ぎは今日か明日あたり。
長月の有明は、晩秋の風雅な景物だったらしく、「堤中納言物語(貝合はせ)」や「徒然草」でも9月20日過ぎの出来事が描かれます。

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三曲線 

少年時代、一直線というのが大事だと教わったような気がします。
あることに集中して、ほかのことはある程度犠牲にしてでも真一文字に進むのがよい、という感じでした。
文楽の技芸員さんでも師匠世代の方になると一直線タイプの方が多いのでしょうかね?

    簑助師匠

も、ときどき「人形を遣うほかは何もできない」とおっしゃいます。
ご謙遜も多々あると思うのですが、なにしろ子供の頃に入門されてその仕事を今なお続けていらっしゃるのですからやはりすばらしいと思います。
中年世代以下の方は大学を出られた方も多く、他のジャンルの芝居を経験された方もいらっしゃるようにうかがっています。
大学に行っていらした方も、演劇専攻で卒論は浄瑠璃だったというのはわかるのですが、文楽をお辞めになった方も含めますと、外大のフランス語を出られたとか、ドイツ文学を専攻したとか、経済専攻だった、法学部だった、理系だったなどいろいろいらっしゃるようです。

  途中までは別の道

で、今は一直線なのでしょうか。

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あの実どう? 

昨日は本格的な雨でした。
見事に秋雨前線に乗っかられてるわけですね。
朝はまだたいしたことはなく、早朝に家を出たときは傘はいるのかな?という程度でしたが、その後はかなり降りました。

そんな中、早朝からただただ勉強。そして昼ごはんを早めに済ますと、奈良に向かいました。
来週の今日、文楽人形の催しをさせていただく

    幼稚園

に行って設備の様子などを拝見するためでした。当たり前の話ですが、幼稚園の場合幼児サイズなので極端に窮屈な設備だったりするとまずいな、と思ったからです。しかし実際はなかなか広い部屋で、しかも天井が3メートルはあるようなところでした。
これならゆったり動けそうです。
学生のうち主役の人形を遣うのは昨年の大学祭でも人形を遣った人で、とにかく稽古熱心。もっともっと面白くしたい、といつも言っています。彼女は背が高いので人形を大きく遣えますし、カンがとてもよいのです。
この催しのタイトルは、幼稚園側でつけてくださいました。題して

    ぶんらくであそぼ

どこかで聞いた? まあそうおっしゃらずに。
案内状も作っていただきましたが、それはまた後日ご紹介します。

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試行錯誤 

何度か私が不器用であることを書いたことがあります。
けっして謙遜ではなく、絵は描けない、字は下手、かなづちは苦手、彫刻刀は危険、なにをさせても不器用なのでした。
高校生時代によく読んだ

    武者小路実篤

さんは作家として一時はかなりよく読まれたと思うのですが、いつのころから、例の「仲良きことは美しき哉」とか「君は君 我は我なり されど仲良き」といった揮毫と共に描かれた野菜の絵が有名になったため、本職が画家だと思っている人があるようです。たしかに味わいのある絵を描かれました。
ただ、高校生の時に読んだ記憶なのではっきりしませんが、ご自身子供の頃は

    絵は苦手だった

とおっしゃっていたように思うのです。
不思議なものです。

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立って授業 

学生時代、教授陣はけっこう立って授業をしていました。
意外に若手教員の方が座っていました。某先生は著名な評論家でもありますが、著名な呑み助でもあり、あれは二日酔いで座っていらっしゃるのだろうかと思ったものでした。
私は背が高いので、立ってしゃべると学生が見上げるようになるようなので、

    教壇から降りて

しゃべることが多かったように思います。
ところが、ここ数年、あかなり呼吸器の調子が悪く、特にこの2年あまりは立ってしゃべるということはしなかったと思います。
いや、しなかったというよりはできなかったのです。
研究室から教室まで歩くと、倒れこむように(けっして大げさではないのです)椅子に座り、しゃべり終わるとしばらく動けず、学生が教室を去ったあとおもむろに立ち上がってとぼとぼと研究室に戻って、そのまま30分くらい横になっているということもありました。
からだに

    酸素が行き届いていない

ことが手に取るようにわかるのです。しびれるような感じで思うように動けないこともありました。

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キーボード 

このあいだ、必要があってかなり長いメールを書いていたのです。
こんなもんでいいかな、と思っていたところで突然キーボードが制御不能になりました。指令しているものと違った動きをし始めたのです。挙句の果てには勝手にパソコンの電源を切ってしまいました。

    何すんねん・・・

こういうときは大阪の言葉が一番しっくり来ます。
やむをえずちょっと掃除をしてみようと分解してみました。
ほこりだらけでした。カバーをつけていないのでこういうことになってしまいます。
綿棒を駆使してきれいにして、さらに何か妙なところはないか、分からないなりに調べてみて、これで動かなければどうしようもない、というところで組み立てなおしました。
結局

    どうしようもない

状態でした。考えてみればかなりの骨董品です。
パソコン自体が骨董品ですから、それに付いていたキーボードもかなりのものです。
ついに諦めて翌日電器店に行きました。

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掃除三昧 

三連休でしたが、いかがでしたでしょうか。
ツイッターなどを眺めていると、ずいぶんあちこちにお出かけの方がいらっしゃったようです。

仕事がいろいろありますのでそれをいくらかは進めて、それ以外の時間はできるだけ外に出たりからだを動かしたりするようにしました。
家が狭いのでなかなか落ち着かず、仕事はやはり仕事場でするほうが効率的です。パソコンも、私と末娘以外は全員ノートを持っていますが、私はお金がなくて買えないものですから(笑)、居間にあるデスクトップを使っています。落ち着かないのは当然かもしれません。
かなりあせっている仕事があるのですが、うまく運ばないのです。

    切羽詰って

きました。ルーティンの仕事もありますから、サボるわけにも行かず、特に学生に迷惑をかけるのはご法度中のご法度。
授業の予習は何週間も先まで概ねは計画できているのですが、私の授業は毎回

    学生からの質問

に答えることからはじめますので、必然的に毎週追われることになるのです。
質問に答えるためには、教養に欠ける私の場合、調べなければわからない事も多いので、余分な時間が取られるのです。

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紅葉狩 

錦秋公演で上演される「紅葉狩」は、もとは観世小次郎信光作になる謡曲です。
ほかの公演で上演してもあまり面白くない、錦秋ならではの作品ということになります。
ワキの

    平維茂

は、平安時代の中流貴族で、信濃守などの任にありました。貴族というよりは武将というほうがふさわしいかもしれません。史料にはいろいろ食い違いもあり、またあまり多くの史料に出てくる人ではなく、詳しい人物像は明確ではありません。
この作品は、彼がまさにその信濃守のときの伝説ということになります。
シテの

    鬼女

はもともとの伝説では京の都から追放された紅葉という妖術を持つ女性で、京に戻るために戸隠で盗賊のようなことをして鬼女と恐れられたのです。そこで平維茂が鬼女を討伐するために派遣され、苦戦の後、夢に現れた老僧から受けた降魔の剣で鬼女を倒したということです。
さて文楽です。
紅葉の季節の戸隠。維茂が供をも連れず、山に入り、琴の音を耳にします。幔幕を張っての風流の様子に「高位の方なるベし、興妨げんも不躾け」と思って通り過ぎようとすると、更級姫が幕から出てそれを止めます。「待てとお止めなされしは」と言っても権八・長兵衛ではありません。姫は維茂を誘いますが、この男はかなりの堅物。「男女七歳にして座を共にせず」なんて言うのです。執拗に引きとめる姫に、さすがの堅物もぐらりとなり、七歳ははるかに超えているのに座を共にします。そして姫の舞を肴についつい飲みすぎて酩酊し、眠りこけてしまうのです。
すると山神が現れ、「とくとく目覚め立ち去れ」と告げて去ります。目覚めた維茂がこのお告げで姫の正体を悟り、「世の災ひを絶ちくれん」と立ち上がると異形のものが現れ、「女の姿となって、先だって内裏で果てた我が眷属の鬱憤を晴らそうと思ったが、お前の持っている名剣の威徳に通力が破れた」と悔しがり、炎を放ちつつ秘術を尽して攻めてきますが、ついに維茂がこの鬼神を滅ぼしてしまう、というお話です。

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連休の地方公演 

文楽はただいま地方公演の最中です(18日まで)。
上演作品は人気曲ばかり。

    簑助師匠

以外は中堅から若手の布陣でしょうか。いや、咲大夫、清治両師匠はベテランでしたね。

「引窓」を呂勢、清治。「野崎」を咲、燕三。「合邦」を津駒、藤蔵から英、清介。
「引窓」は簑助のおはや、勘十郎の十次兵衛、玉輝の長五郎。
「野崎」は玉也の久作、清十郎のおみつ。
「合邦」は勘十郎の玉手、玉志の合邦。
河内長野市に始まり、東北、関東、中部を回る

    東コース

ですね。特に岩手県や宮城県、長野県といった震災の被災地に行かれて、地元のファンの方々はお喜びになったのではないでしょうか。長野は今日(9日)ですね。

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赤ペン 

最近電車に乗っていても、しばしばこれまでとは違った読書をされている方のお姿を見ます。
なにやら画面をにらんでいると思ったら指で

    ひょいと

なでると次のページへ。
ああ、便利そうだなと思って、ついつい覗き込みそうになってしまいます。
私はまだ電子書籍を当分使う気はない(ほんとうは買うお金がない)のですが、いつかああいうまねをする日が来るのでしょうかね。

このところ私は

    ボールペン

の消費量が異常なほど多いのです。
何かというとすぐにメモしますし、浄瑠璃の丸本を読む場合、必ずといってよいくらいその概要を、主に赤ペンで書いておくことにしていますし、その他何かと使うのです。
ついこのあいだ買ったはずのボールペンがもうインク切れになっている。そこで、今愛用しているのは替芯が手近な店で買えるものです。何しろすぐに使い果たしますのでハードの部分、つまりボールペンのインク以外の部分はまったく新品同様で、インクだけ替えることで無駄が省けますし、何と言っても安上がりです。
で、もっぱらゼブラのSARASA(0.7)を使っているのです。

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さびしさ 

先日学生が研究室に来ました。
幼稚園で実施する文楽人形の催しに協力してくれるためです。
そのときに、「君がこの後期になってはじめてこの部屋に入ってきた人ですよ」というとびっくりしていました。
昨年など、学生が入り浸っていて、いつでも誰かがいるような部屋でしたから。
今年から、私は

    ゼミ学生

というものを持ちません。もうこれからそういう学生はいなくなるのです。
「さびしいですか?」とその学生は聞いてくるのです。

    「さびしいです」

としか答えようがありません。
ゼミのない大学なんて実につまらないもの、味も素っ気もないものだと思います。
もうこのまま教員を辞める日までこういう状態が続くのです。
とまあ、愚痴を言っても仕方がないのですが、そういう、「気分的にさびしい」とか何とか言う以前に、困ることがあるのです。

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あごひげ 

髭というのがあまり伸びないので、学生時代など毎日髭をそるという習慣がありませんでした。
今はさすがにそうはいかないのですが、時々忘れたり朝遅刻しそうになってそのまま出かけたりすることがあります。
最近通勤電車内でメイクに余念のない女性を見かけますが、まさかひげそりはできませんよね。
でも、女性の皆さん、あれって、結局男性で言うと電車の中で髭をそっているのに匹敵する行為だと思うのですよ。あまり見栄えのいいものではありません。時には

    すっぴん から

メイク完了まで電車で済ませる人もありますよね。いかがなものでしょうね?
というわけで私の場合は、仕事先にひげそりを置いています(車内メークとあまり変わらないか?)。

ひげというと、口ひげとあごひげがありますが、肖像画で見る限り、戦国武将は割合に口ひげを多くはやしています。上杉謙信、武田信玄、今川義元、織田信長、豊臣秀吉・・・あごひげはあったりなかったり。もちろん同じ人でも肖像画によっては髭の有無が異なりますが。
源平時代で言うと源頼朝、源義経、平清盛、平重盛・・・。
平安時代の貴族も、あごにも口にも髭の見られる絵が残っています。源氏物語絵巻とか、紫式部日記絵詞とか、伴大納言絵詞とか・・・。
もっと古く、聖徳太子の絵といわれるものもそうですね。
やはり

    えらそうに

見えるのでしょうね。貧相に見える私など、案外髭を生やすとえらそうに見えるかな? よけいに汚らしい?

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働いています 

文楽のあらすじばかりメモしているのですが、平素はそういうことばかりしているわけではありません。
私もなんとか霞でも食べていくためには働かねばなりません。
つくづく、教える以外に能がない事を思い知っているのです。しかもその教えることも最近はかなり怪しくなっています。
大学は後期が始まりましたが、私はいつもながら専門の平安文学の話などさせてもらえません。授業で

  源氏物語 や 古今和歌集

を取り上げたのは何年前になるか、忘れてしまいそうです。
このままおそらく

    敬語の先生
    
で終わってしまうのだろうな、と思いますが、それならそれでもよし、働けるならまだありがたい話です。
世の中はやはり厳しいようで、私などを雇ってくれるところは見当たりませんから。
この後期も日本の文化史の話をひとつ、あとは「敬語の先生」をします。
文化史は人気がないのです。30人ほどしか受講していません。前期のほぼ半分です。「おもしろくないよ」という噂が広まったのかもしれません(笑)。

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皿屋敷の上演 

というわけで、10月22日に豊竹嶋大夫師匠の素浄瑠璃で播州皿屋敷が上演されるのですが、これは手摺にかけることは出来るものでしょうか?
制作の方は今回の素浄瑠璃公演をもとにしてたとえば来年の

    夏休み公演

あたりで上演することを模索されているのでしょうか?
それならそれで面白そうに思います。夏の夜の公演であれば、いろいろ試すことができるように思います。
ただ、いわゆる「鉄山下屋敷」だけだと皿の由緒や人物関係などちょっと分かりにくそうに思いますので、うまく端場(原作にこだわらないもの)をつけてみるなどの工夫もあってよいように思います。原作者の為永太郎兵衛と浅田一鳥には申し訳ないのですが、いくらか手を入れたほうがよさそうに思えます。もっとも、今伝わっている五行本ですら原作どおりではないこと、すでに申し上げたとおりです。
幽霊の人形というのは難しい面がありそうです。申すまでもありませんが、

    お化け屋敷

になったのでは半ば滑稽です。人形はそれ自体幽霊のようなものですから、それがまた幽霊を演ずるというのは逆に大変かもしれません。
お菊の幽霊は鉄山の心に潜むものでしょう。

    「心の鬼」

とはよく言ったものだと思います。それを描けば滑稽に堕することなどなく、きちんとした芝居になりうると思います。

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播州皿屋敷(下の4) 

青山鉄山はいったん播磨を去ります。ところが彼が行く先々にお菊の霊が現れるので、ふたたび播磨の青山(鉄山の領地のあるところ。今も姫路市青山という地名あり)に戻ってきます。
冷光院の命令を受けて、巴之介が鉄山を討つためにやってきました。

    七つの鐘

を合図に夜討しようというのです。午前4時前後です。鉄山の屋敷の表門には巴之介、高岡才蔵、舟瀬三平らがいますが、裏門には巴之介の子喜代若を大将にした女性達、柾の前や玉の井らが落人なりとも倒そうとして潜んでいます。
いよいよ七つになりました。
戦いが始まり、青山勢はほぼ全滅します。裏門に竹原藤内が逃げてきました。追ってきた藤内を捕えた高岡才蔵が柾の前たちに「山名宗全と青山鉄山の姿が見えない」といいます。藤内が命を助けてくれたら居場所を言うと懇願し、ぺらぺらとしゃべってしまいます。才蔵は「命は助けてやるが柾の前がどうなさろうと知ったことではない」と言い、女性達は巴之介への土産として藤内の首を挙げたのです。
才蔵の報告によって鉄山の居場所が分かりました。ところが鉄山は鉄の網で防御し、中に入れません。巴之介や三平、才蔵らを前にして鉄山は語り始めます。
「播磨から逃げ出して江戸へ行くと番町というところでお菊の霊が出て皿の数を数えそれが噂となって、土地の人は皿屋敷と言いふらした。紀伊国の親類に身を寄せると同じことが起こった。おりしも山名宗全も都で謀反が露見したので、言い合わせて立てこもることにした。今となっては潔く討死する覚悟だ」と。
そのとき山名宗全が来ましたが、鉄山は腹を切り、鉄の網を破った巴之介達によって首を落とされました。山名宗全も捕えられ、高岡才蔵の手に渡されました。

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播州皿屋敷(下の3) 

そこに舟瀬三平がやってきます。鉄山は、さぞおくたびれだろうから、今日はこのまま帰ってくれと三平に言います。
するとまたもお菊の

  「ひとつ、ふたつ、みつ・・・」

という声が聞こえ、三平も気が付きます。
鉄山は、しかたなく、お菊が皿を一枚盗んだから切って捨てたと言います。
しかし三平は鉄山の魂胆を見抜きます。鉄山は居直って、妻と言い合せての犯罪だからお前も同罪だと斬りかかり、それをかわした三平が詰め寄ると鉄山は懐の皿が気になります。それを見て取った三平が、皿はそこにあると言い、二人はもみ合いになります。するとまたしても、お菊の声でひとつ、ふたつ、みつ・・・このあたりはお菊の声と戦う男たちの様子が交互に描かれるところで、語りの面白さを発揮できるところでしょう。
三平は鉄山に当身をくらわせ、懐から皿を取り出します(よく割れなかったことですね)。三平がお菊に皿は十枚あると呼びかけるとお菊の霊も安堵し、空も一気に晴れ渡ります。
三平は井戸に向かって「死んだあとまで、主君や夫を大事に思ってくれる心底は忘れない、それにしてもお前が不憫だ」といって泣きます。
三平は、鉄山を蘇生させて巴之介の前に連れて行く、と言いますが、そこに忠太が現れ、巴之介を人質にして兄を放せといいます。人質を交換したあと三人は争います。

このあと五行本では忠太を殺し、鉄山は例の抜け穴に入って逃げていくことになります(抜け穴に入ったら冷光院のところに着いちゃうぞ!)。そして、巴之介がお菊の霊を慰めるために十二所権現の宮居の内へ勧請してやろう、といって終わるのです。嶋師匠はここまでを語られるのかもしれません。

ところが、丸本では話が少し違い、まだまだこの後に続きがあるのです。
まず、忠太はまだ殺されません。そして鉄山も抜け穴ではなく、忠太と一緒に門から逃げていきます。

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