暮れ行く年 

おきまりではありますが、大晦日なので少しばかり振り返りをしておこうと思います。
文楽は、地味ではありましたが、

    三世 吉田文昇

の襲名に始まりました。なぜあんな地味な襲名だったのだろう、といまだに不可解です。
何も一幕作って口上を述べろといっているわけではありません。大名跡の復活というわけではないのですから、それはやむをえないと思います。
それでも、もう少し役をつけてあげてほしかった。「小鍛冶」に出られるならなぜ稲荷明神ではいけなかったのか。また、ロビーに先代の写真を飾るとか、展示室に文昇の名前についてのコーナーを設けるとか、ちらしに新文昇さんの写真を入れることもできたはず。鏡抜き(鏡開き)に三番叟と共に新文昇さんをなぜ出さないのか、年頭の挨拶でなぜそのことに触れないのか、なども理解できません。
幕内の事情など私は何も知りません。そんなこと一観客の知ったことではありません。宣伝じゃないですか。どうしてそういう宣伝をしないのでしょうか。「お客さんが入りませんなぁ」「そうですなぁ」で済ませているといわれても仕方がないと思います。
四月の襲名はまた異例でした。源大夫師は口上のみの出演、藤蔵さんは英大夫さんとのコンビで出演。源師はその後も休演を繰り返され、残念でした。
夏休みの「太功記・尼崎」だけではありませんが、今年もまた

    咲大夫・燕三

のコンビが乗りに乗っていたようです。旬というのでしょうか、これを聴かないとこの時代に文楽ファンとして生きているかいがありません。

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和田合戦女舞鶴(第二の3) 

夫のためと思ってせっかく門を破ったのに、思いがけず叱られた板額はその場に伏して泣くばかりです。
そのとき、奥から使いの者が現れ、城の九郎資国が会いたいといっている、と与市を招き入れます。
平太の父親がいると聞いた与市は

    平太の行方

を聞きだそうと白砂を蹴立てていっさんに奥に駆け込みます。
あとに残った板額は資国殿はわが伯父、姪の婿である与市殿との間にどのようなことが起こるのだろうかと案じます。
そこに、入道親子の「門を破った女を生け捕りにせよ」という下知に従った者どもが現れます。
しかし、所詮板額の敵ではありません。
板額は次々になぎ倒し、挙句には門柱を振り回して追い散らすというすさまじい働きをします。
この上は藤沢入道父子も首を引き抜いてやろうと手荒なことを考えた板額が駆け込もうとすると阿佐利与市が飛び出してきて、板額に声をかけます。
「そなたの伯父の資国は評定の結果

    切腹

と決まった。介錯は拙者が引き受ける別れを惜しめ」というのです。
板額はまたも悲しみの涙を流し、佇んでいます。

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兄妹心中 

恩師藤岡忠美先生のご著書「王朝文学の基層」(和泉書院)からお借りする話です。
1979年公開の映画に神代辰己監督、原田美枝子主演「地獄」があります。
当時の私は、文楽に関心はありましたが、映画や音楽は西洋ものばかり。日本映画はほとんど知らず、この作品も観ていません。
かなりどろどろした内容ですから、知っていても観ようとしたかどうかはさだかではありません。
この映画の挿入歌として

    山崎ハコさん

が歌われたものに兄妹心中(「おとどいしんじゅう」と読むべきか)をテーマにしたものがあったとか。
「兄妹心中」というテーマは私も聞いたことがあります。妹を女として愛したと兄が告白します。妹は苦し紛れに、瀬田の唐橋を流す虚無僧が私の恋人なので、あの虚無僧を殺してくれたら兄のいうことを聞くと答えます。実際は妹自身が虚無僧に化けて兄の手にかかるのです。そしてそれと知った兄は驚愕して跡を追うという話です。
同工異曲のものが各地にあり、四国にも

  伊予の松山兄妹心中

というものがあるようです。

私の恩師は昭和19年秋に勤労動員で富山市笹津のマグネシウム工場に行かれたのです。時局はかなり切迫しており、終戦まではもう1年もありません。その工場の寮で、俳句を通じて出会った第四高等学校(金沢)の生徒たちがこの歌を「声をひそめて」合唱したのを聴かれ、かなり強い衝撃を受けられたそうです。

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血液検査 

化学ほど苦手な科目はありませんでした。
恩師に対して失礼ではあるのですが、高校時代の化学の教師というのが、まったく何を言っているのかわからない人で、受験科目に選ぶのも断念しました。
さらに失礼なことを申しますと、当時は化学の授業時間がもったいないとさえ思っていました。

  水兵リーベボクノフネ

なんて、わけもわからずに覚えたなあ。水素、ヘリウム・・・以下不明(笑)。

さて、ご多分に漏れず、私も時々血液検査をします。
そうすると、化学っぽいことばが山ほど出てきますよね。不思議なことに私はああいうのがけっこう好きなのです。
赤血球、白血球、ヘマトクリット、血小板、MCV、MCH、MCHC、好酸球、好中球、単球・・・。
この間、炎症があったので抗生剤を使って再度検査した結果を見せてもらったのです。けっしていいかっこうをしようと思ったわけではなかったのですが、医者が口を開く前に、つい「あ、

    CRP値が正常

になってますね」とナマイキなことを言ってしまいました。医者は「しろうとのくせに」といわんばかりの不愉快そうな顔をしていました。ああいうときは医者の顔を立てて「へー、これが炎症の有無を示すのですか。全然わかりません~」といわねばなりませんね。失敗、失敗。

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冬休み 

昨日、年内最後の授業に行きました。学生のみなさん、こんな時期まで付き合ってもらって感謝しています。
私だって12月最終週まで正規の授業をさせられるなんてほんの数年前までは思いもよりませんでした。
・・・というわけでやっと冬休みです。授業終了と同時に事務方も多くは休みに入るのではないかと思います。新年の始まりも今や教育職と事務職の違いはなさそうです。
以前は「学校の教師って休みが多くて

    いいよねえ」

と言われたものですが、もうそんなことはないのです。

といいながら、年末年始は10日間休みをいただくことにします。基本的にはのんびりしますが、普段なかなかできない、しかも急ぎの勉強だけはしておきます。
この正月は日本美術、といっても、尾形光琳でも写楽でも上村松園でもなく、古代の美術資料。絵巻物あたりですね。
講読中の「紫式部日記絵詞」のほか、来年度は

    源氏物語絵巻
を勉強したいので、いわばその準備です。

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'12 だしまき新年会 

まもなく2011年(平成23)も幕を下ろします。そして2012年の1月3日から文楽初春公演が始まります。
新年は太夫さんの世代交代をぜひお願いしたいと思っています。申し上げにくいのですが、トップクラスの太夫さんはそろそろ東京公演から撤退されたらいかがでしょう。全面撤退でなくても、5月だけの出演とか。夏休みも休まれてはいかがでしょうか。その間は素浄瑠璃の会を催されるなどの出演方法もあるでしょう。
中堅には任せられん、というお考えは間違っていると思います。大師匠こそ英断を。

それはともかく、初春公演期間中にはまたまただしまきの夕べがおこなわれます。

    1月7日(土)

の第二部終了後です。多数のご参加をお待ちしております。
妙に中途半端な演目ですが(笑)、勘十郎さんの狐忠信に再会できるのは嬉しいです。また鼓抜けや見台抜けをされるのでしょうか。どうせなら宙乗りも派手にお願いします(大変でしょうから、無理にとは申しませんが)。

  中堅の人形遣いさん

が活躍されるのを観ていますと、ますます太夫さんの配役がいびつな感じがします。

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和田合戦女舞鶴(第二の2) 

松が谷の藤沢入道の館です。
斎姫はここに軟禁されており、病気がちです。腰元たちが仕事の合間に、姫に同情しながらも、最近は荏柄平太が姫に付文(ラブレター)をしているなどと噂話をしています。
そこに姫の乳人役である城の九郎資国が見舞いに来ます。姫が現れて恋の苦しみを打ち明けると、資国は「好きな男と結ばれるのがよいのです。姪の板額は幼少で両親に死なれたため自分が娘同然に育てました。美人ですが、力の強いのが取り柄という大女房。それでも美男で聞こえた阿佐利与市と結ばれて、十歳になる市若という息子までいます。あなた様も元気になって、好きな人の子を生みなさい」と励まします。
そこに資国の子、

    荏柄平太胤長

が政子の使者として来たというので、資国は外出中という藤沢入道を奥で待ち受けるといってその場を去ります。
腰元たちは尼君の使者というのは嘘で、また言い寄りに来たのではないかと考え、姫に会わないことを勧めますが、姫は母政子の使者なら粗略にできない、自分には思案もあるといって会うことにします。
平太の口上は、義時、常盛ともに幕府の重鎮なので、軽んずることはできないから、姫の好きなほうに嫁に行けというものでした。姫は「義時でも常盛でもなく、そなたと一緒になりたい、しかしそなたには綱手という妻もいるので鎌倉では添えない。京に連れて行って欲しい」といいます。しかし平太は「為氏を慕うあまり、京に行ってその妻になろうというのだろう」と見抜き、いっそここで、と姫に抱きつきます。
姫は平太を突きのけてさんざんに罵り、すぐに立ち退けといって奥に入り、お付きの者たちも従います。
平太は「恥をかかされた、もう生きてはいられない、こうなったら

    一念を通さずにはいられない」

とまなじりを決してあとを追います。

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和田合戦女舞鶴(第二の1) 

秋も半ば、八月十五日の鎌倉鶴岡八幡宮、今日は

    放生会

です。
歴史物語の『増鏡』にも「石清水の流れをわけて、関東にも若宮と聞ゆる社おはしますに、八月十五日都の放生会まねびて行ふ(岩清水八幡宮の分霊によって、関東にも若宮、すなわち鶴岡八幡宮と申しあげる社が鎮座されているが、八月十五日には都の放生会にならってここでも行なうのである)」と記されています。
放生会では捕えられた生き物を逃がしてやることがおこなわれますが、今日も鳥売りが鳩や雀を参詣人に売っています。買った人がそれを逃がしてやるのです。「買はぬは大きな殺生人」などと調子のいいことを言いながら売っています。一方では土細工の手車屋が子供相手に商売しています。手車は今のヨーヨーのようなものですね。
二人はなかなか商売がはかどらないことを愚痴って、ついに酒でも飲もうということになり、手車屋が五合徳利を持って買いに行きます。
若宮の別当阿闍梨の秘蔵弟子である

    善哉丸

は十一歳。実は前将軍頼家の妾腹の子です。出家させようと阿闍梨に預けられているのです。善哉丸は小鳥を放そうとして小僧たちとともに買いに来ます。鳥屋は全部売りつけようと、籠の口をわざと開けて善哉君に鳥かごを差し出します。善哉丸がどれにしようかと手を入れようとすると、鳥がすべて飛んで逃げます。鳥屋は全部で30貫だとふっかけます。金がないなら着物や刀を置いていけといわれ、善哉君はあまりのことに刀に手をかけます。なおも食い下がる鳥屋に切りつけると小僧たちがこれは大変だとばかりに善哉丸をつれて逃げて行き、鳥屋もあとを追います。

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お生まれなった 付660,000 

今日は天皇誕生日です。天皇は昭和8年(1933)誕生だそうで、文楽でいうと簑助師匠と同い年になりますね。
当時の国民は、まもなく生まれるのが皇子=皇太子たるべき人=でありますように、と渇望していたでしょう。というのは、昭和天皇にはすでに4人の子があり(1人は早世)ましたが、女子ばかりだったからです。皇后(香淳皇后)はそのために

    女腹

という陰口すらたたかれていたようです。子供の性別は母親には無関係だといわれますが、やはりそうは思ってくれないのが世間であり、当時の科学常識のレベルだったでしょう。
今の皇室も三笠宮系にふっつり男子が途切れ、天皇系も一番下の世代は悠仁親王のほかはすべて女子。このままでは現在23人の皇室が近く激減する可能性が指摘されています。内親王、女王が次々に「結婚年齢」に達しつつあり、現行の

    皇室典範

の規定では、彼女たちは皇室以外の男性と結婚すると皇籍を離れることになるからです。
長らく、天皇に側室を置きながらなんとか男系で維持してきた(たとえば明治天皇の母は典侍中山慶子、大正天皇の母は典侍柳原愛子で、いずれも皇后ではありません)皇位の存続についても、今後どうなるかは疑問なしとしません。

昭和の天皇にも側室が置かれるべきだという考えがあったと聞きます。しかしそういう、今では考えられないことが起こらずに済んだのは、昭和8年12月23日の皇子誕生ゆえだったのかも知れません。

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和田合戦女舞鶴(第一の2) 

女の出る幕ではないという常盛と義時に、板額は「夫は町廻りをしており、内向きのことは私に任されている。やめないと力づくでも止めてみせる」と言います。実際、板額は腕力に関してはただものではないのです。
3人が睨み合っていると為氏が割って入り、「自分が宣命使としてここにいるからは、ここが王城の地だ。この地を汚すことはならぬ」と制します。神妙に平伏する一同に為氏も機嫌を直し、双方ともに

    意趣を持つな

と釘をさしてこの場は収まります。
政子はもてなしのために義時がシテ(鬼神)、アイ(末社の神)を斎姫がつとめる

    紅葉狩

をお目にかけたいと言います。すると能は苦手の常盛もワキ(惟茂)を勤めると申し出て、上演されることになります。
番組は「式三番」「弓八幡」「花月」「松風」「紅葉狩」「猩々」です。
「松風」も終わり、次は「紅葉狩」。斎姫は乳人の城の九郎資国とともに準備にかかります。すると資国の息子、荏柄平太の妻の綱手が出迎えます。資国は姫にしばらく休息するように言って奥に入ります。姫は綱手に、「為氏卿に恋い焦がれ、和歌や手紙を送ったが、これまで返事がなかった。今回がよい機会なので何とかしてほしい」と取り持ちを頼み、綱手は為氏をこっそり呼んで二人を逢わせます。
姫は

    夫婦になって

と告白しますが、和田、北条の妻争いの中に自分が入ると天下の騒ぎになるから、と振り切って去ります。
絶望した姫は死のうとしますが、そこに藤沢入道が現れ、言うとおりにすれば為氏と夫婦にすると請け合います。入道が言うには、「北条は和田を打ち殺そうと笞の杖に鉄を用いる。だから末社の神がワキの和田にに刀を授けるとき、真剣を渡せば、二人が勅使の前で

    私の宿意を晴らそう

としているとして捕え、姫と為氏を夫婦にする」というのです。実際に命の奪い合いになる前に捕えるから心配ないとも言われ、姫は無分別にも承知してしまいます。

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武者小路実篤 

今東京で市川亀治郎丈らによって、

    その妹

が上演されているそうです。武者小路実篤作の戯曲ですが、私は舞台では観たことがなく、高校生のときに原作を読んだだけです。
今の学生は武者小路さんなんてめったに読まないでしょうね。文庫本にどれくらい入っているのでしょうか。
私が高校生の頃はまだまだ愛読者は多く、私も新潮文庫、角川文庫、旺文社文庫(旺文社文庫は当時まだ箱に入っていました)、さらには図書館にあった全集でかなり読みました。
栗原小巻、横内正、新克利で映画になった「愛と死」も観ました。
あまり詳しくない近現代文学なのですが、三島由紀夫、谷崎潤一郎、遠藤周作とともによく読んだ作家です。
今、その武者小路さんが取り上げられているのが懐かしいというか、ちょっとした感慨につながります。

    達磨

を描いた芝居(タイトルはなんだったか? ずばり「達磨」かな?)には武者小路さんご自身が達磨役で出られたことがあったような気もします。もちろん拝見はしておりませんが。
「桃栗三年柿八年達磨は九年俺は一生」ともおっしゃっていました。
達磨は九年壁に向かっていたのですね。

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節電の冬 

管内の11基の原子力発電所のうち10基までが停まるとあって、関西電力は19日から節電協力を企業や家庭に要請しています。
平日の9時から21時までの間で、10%以上といいますから、かなり大規模ですね。実際できるものなのでしょうか。企業はさすがにこぞって協力するのでしょうね。経費削減にもなりますし。
公開講座にお越しになるご年配の女性が憤慨しておっしゃいます。贅沢に慣れきった現代の若者には至難のわざ、と。つまり家庭の電気消費のほうが問題かもしれません。

夏にも同じことを申しましたが、普段から節約、倹約を徹底している(余儀なくされている?)私も、まるで自信がありません。
仕事場ではドア側の蛍光灯を消して、奥のデスクの上だけ点灯するなどということもしています。時には両方消して昼寝していることも(笑)。

    貧乏性

がしみついて(笑)ちょっと情けなくもありますが、真正の筋金入りの貧乏(笑)なのでしかたがありません。

そんな話題が霞むかのように、北朝鮮の「最高指導者」が亡くなったというニュースが流れました。あの国なのですべての情報が正確かどうかは置いて、69歳とは若かったですね。1942年2月、日本の俳優、近藤正臣さんと1日違いの生まれだそうです。同じ年には小沢一郎さんもお生まれです。
肉付きのよい三男坊も「卓越した指導者」だそうですが、とても信じられません。
世襲するなら、正恩改メ

    三代目金日成

と襲名でもしたらどうでしょうかね。お囃子と一緒に国際舞台に出てくるのも一興ですよ。

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和田合戦女舞鶴(第一の1) 

並木宗輔作『和田合戦女舞鶴』は、文楽では平成元年に「板額門破り」と「市若初陣」が文雀師匠の板額で上演されていますが、このところまったく観ません。
しかも、それは東京の国立小劇場でのこと。大阪のファンはこの作品と、とんと縁がありません。
江戸時代演劇の専門家ならともかく、一般の我々は

  テキストを読む

ということもあまりしませんから、その内容もあまりわからないのが現実です。
しかし、昨年、早稲田大学で豊竹英大夫さん、鶴澤清友さんが素浄瑠璃で上演され、なかなか評判がよかったようです。
この際私も丸本を読んでおこうと思い、わからないながらに読みました。
どうせなら

    あらすじだけ

でもメモしておこうと思い立ちました。
多分年をまたいで断続的に書き続けます。退屈だと思いますので、あらかじめお詫びしておきます。

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ちょっとマズイ 

このところ体調不良です。金曜日に4つの急ぐ雑用を片付けるために市役所と郵便局に行ったのが

    よかったのか

悪かったのか。
なにしろ水曜の授業が終わった時点でほぼダウンでしたから。
あと1週間あまりの仕事はなんとかこなさねば大変なことになります。回数さえこなせば誰も文句はないらしく、(私はよくは知りませんが)文部科学省様のおっしゃるように、15回の授業をおこなっております、という資料を見せれば補助金になるのでしょうか。役人たちも「我々の言うとおりに教員どもは働いておるか、ういやつじゃ」で満足しているのかなあ? ・・・なんて、こういうのを

    逆恨み

というのでしょうね。お恥ずかしいです。
来週は点滴ウィークになりそうで、水曜から週末くらいまで入院してしまうのも一案かなと思ったりしています。

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顔見世 

歌舞伎の世界は年中なんだかんだと

    話題

があります。家というものがはっきりしていますので、襲名が頻繁におこなわれることをはじめ、座がいくつも組めますから今度のあそこの劇場ではあの人とこの人の組み合わせ、こっちではこんな座組み。
話題が先行しがちな気がしないでもないのですが、やはり客の立場からすると、面白みはあると思います。
一方文楽は年中

    顔見世興行

のようなところがあって、意外性に乏しい。これではやはり飽きられるもとになると思います。いついっても住大夫師匠も寛治師匠も簑助師匠も聴ける、観られる。それはそれでうれしくはありますが、興行としてはどんなものでしょうね。相撲も年中同じ顔ぶれですが、こちらは誰が勝つか分からない、番付がどのように変化するかわからない、いつ引退するかわからない、など、かなり違います。
文楽は2つの座を組むほど人がいない、とはよく言われますが、何も完全な一座を二つも三つも組むことはないわけで、一つメインになる座を大阪においておけば、あとは小さなグループで全国を回ることもできます。
地方公演とは別に、素浄瑠璃で回るとか、「三番叟」と「酒屋」や「お里沢市」の人形つきで回るとか。
そういう公演は本格的ではないと嫌われるのかもしれませんが、5.6人のお客さんしかいなくても、各地を回って文楽を広めることは悪いことでもないと思っています。

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王朝文学の基層 

私には恩師と呼べる方が何人かあります。
その双璧は藤岡忠美先生と山中裕先生。藤岡先生は平安時代和歌史を中心とした文学研究者。山中先生は平安時代の古記録や年中行事を中心とした歴史学者。どちらも心証より実証を重んじられ、資料・史料の読みの深さ、確かさは私の亀鑑となっています。研究に対する厳しい姿勢と熱い情熱は、私などはるかに及ばないのです。それでもやはり両先生の文献などに向き合う姿勢は私にもしみついています。
山中先生とは藤原道長の日記の注釈で、藤岡先生とは壬生忠岑の歌集の注釈でご一緒させていただき(というよりは先生方のご指導のもとで書かせていただき)、それらは私の数少ない

    研究業績

として大切なものとなっています。
この20日付で、藤岡先生が新刊

    王朝文学の基層(和泉書院刊)

を刊行されることになり、私はひと足先に頂戴いたしました。

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文楽人形の授業(続) 

実は一昨日の授業では、越路、小松、喜左衛門(二世)、勝平、簑助の「伊達娘恋緋鹿子」を見せていくらかの話をしました。
舞台の色彩に関心を持つ学生がいましたし、さすが簑助師匠若き日のお七、絶品ですから、人形の動きにドキドキしたという者もいました。
そして、わずか5分ほどのビデオが終わったあと、「実は、今ビデオで見た

    お七さん

に来てもらっています」と言って、教室のドアを開けると、待機してくれていた2人の4年生の学生が人形とともに入場してきたのです。教室内の学生は

    えっ? えっ?

という顔をしていました。
「いきなり入ってきたのでびっくりした」とは、ある学生の感想でいた。
プロがうまいのはいわば当たり前、それをみんなのセンパイが遣ったら果たしてどうなるかにご注目。

まずは人形遣いさんの衣装である黒衣を4年生の学生に試着してもらいましたあれよあれよというまに人形遣いさんのできあがりです。
そしてプロの技法を真似て、人形が挨拶したり手紙を書いたりする動きを見てもらいました。実は左を持った学生は昨日初めて稽古したに過ぎなかったのですが、頑張ってくれました。
そのあとこういうもので皆さんの先輩達が高齢者施設、小学校、障害者施設などを訪問してきたのです、と過去の写真を見せて紹介しました。
そして・・・・

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文楽人形の授業 

私が続けてきた

    日本の文化と歴史

という授業では、必ず伝統芸能の話をするようにしています。
能、狂言、文楽、歌舞伎。もちろんそれ以外にもいろいろあるわけですが、やはり代表的なものといえば

    世界無形遺産

にも登録されているこれらの芸能ということになります。
映像も用いますが、やはりナマで見るのとはまるで違います。できれば小鼓だけでも買ってもらって学生に触らせてみたいなどと思ったことはあるのですが、私自身が打てませんのでもったいないですし、そもそもどういう予算で買えばいいのかわかりませんし。
それで、これまでは文楽人形を持っていって見せてきました。
ただ、私一人では何もできませんので、「ふ~ん」という程度の反応しか得られなかったわけです。

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’11.12月公演千秋楽 

文楽東京公演があっという間に千秋楽となりました。
12月公演は短いですね。
今回は

    奥州安達原

の二段目の上演があったので興味津々だったのです。しかし、身体が思うように動いてくれないうえ、十一月に一週間休んだツケもまわってきて、どうにもなりませんでした。
もう東京には行けないのかな、それならそれでもいいかな、と思うようになってきています。
で、ご覧になった皆様はいかがお感じになったのでしょうか。
もちろん

    曽根崎心中

も忘れるわけには参りませんが。
次は博多座。22日、23日で、演目は「先代萩の御殿」「堀川猿回し」「弁慶上使」「曽根崎心中」。
この演目でベテラン勢総出演。う~ん、年に一回の博多だからやはり必要なのでしょうか。
英さんが生玉で、津駒さんが道行のお初で、なんだか本公演より役不足です。

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あと2週間 

11月頃から、あと何日くらいあるのだろう、と数えることがありました。
もちろん

    もういくつ寝ると

の発想ですね。年末の授業がなかなか終わらないのでついつい数えてしまいます。私は26日まで。あと2週間です。天皇誕生日がありますが、そもそも金曜日は研究日なので休みになっても関係ありません。
この年末は掃除も年賀状書きもしておらず、果たしてできるのかどうか不安です。
呼吸器の病気が再発というのか、再出現というのか、またぞろ出てきましたが、今回は以前改善したときの薬が使えない状況にあって、もうおっかなびっくりで暮らさねばなりません。
とにかく少し様子を見て、悪ければ点滴に通って・・・。
さえない年末年始になるのではないかと今から案じています。
今日はおそらく例の

    今年の漢字

というのが発表されるのでしょう。
漢字辞典ネットというところが『予想』というのを出していました、それによりますと

  「原」「災」「被」「震」「波」「放」「電」「絆」「難」「乱」

などではないかとのことです。さあ、どうなのでしょうか。

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英語会話 

中学時代、英語のテストで90点以下を取ることなんてまずありませんでした。それで自分は英語ができるのだ、と思い込んだのが大きな誤り。
田舎の公立の、暴力イジメ付き中学で優秀でも、世間は甘くありません。高校もたいしたことのない公立高校でしたが、それでも英語の成績はダウン。しかも高校の英語教師に苦手なタイプの人が多く、どんどん成績は下がったのです。

    大学入試

は多分ギリギリの成績(数、理はもっと悲惨)。国語と社会で合格したようなものでした。
大学の英語の授業もつまらなくて、イギリスの長編小説を訳すだけというのは退屈でした。
こんな英語の授業は役に立たない、と勝手に決め付けて、会話は少しでもできるようになりたいと思いましたので、NHKラジオの

    英語会話

という15分番組をずっと聴いていました。講師は早稲田の東後勝明(とうご かつあき)さんでした(次に講師になられた清泉女子大学の大杉さんにもお世話になりました)。

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敬語の添削 

学生にいやというほど敬語の話をし続けてきました。
それはもう、しつこいくらい。その上で敬語を使った文章を作らせて添削しています。
やはりまだできはよくありません。中には「話を聴いていないのではないか」と思わせる者もいます。
「とうぞ申されてください」「先生は来年退職致されるのですか」のような尊敬語と謙譲語の混乱もあります。
「私のお母さんがこうおっしゃっていました」「(来客に向かって)この新製品は、今、(うちの)課長さんがおっしゃいましたように、人気があるのでぜひ使ってください」のように、誰を敬うのか、という根本的なところでの間違いもあります。
講義形式でもっと丁寧に話した上で、やはり個別の添削が必要だと思います。
ほんとうは、さらに学生ひとりひとりと面談する形で

  「あなたの間違いは

こういうところにあります」と話しながら添削済みのものを返却したいのですが、もうそんな時間はありません。そんなことをしていると、敬語だけで15回の授業時間を使い果たしてしまいそうです。
お節介が過ぎるのかも知れません。社会に出て周囲の話し言葉を聞き慣れれば、自然に身につくだろうとも思うのです。しかし、就職試験もありますし、つい

    老婆心

が出てしまいます。
就職活動をするまでに常識の範囲の敬語くらいは身につけてほしいと思うのですが、必死になるのは教員ばかり。やはり学生は「単位さえ取れればいいです」の構えかな。

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東京には行けない 

このごろめっきり動きが悪くなりました。
幸いこの秋はあまりつらい状態ではなく、京都あたりまでは出かけましたが、泊りがけではどこにも行っていません。
12月の文楽公演は

  奥州安達原の二段目

が久しぶりに出ましたので、行けるものなら行きたいと思っておりました。
しかし、11月半ばの発熱あたりからおかしくなって、その後はまた呼吸が十分にはできない状態です。
そんなわけで、もう先月末の時点で諦めておりました。
もっとも、経済的事情もなかなか許してくれませんので、もっと前から諦めようかな、とは思っていたのです。お金がないと思っていたところに体調不良。こういうのを渡りに船、っていうのかなぁ?(笑)

  2月の東京公演

の演目も出ていますが、まあなんというか、はぁ、そうですか、という感じなので、行く気が起こるかどうか。
少なくとも、今の体調ではとてもこわくて、東京なんて一人ではいけません。
去年9月の台風でひどい目に遭って以来、一人での遠出が不安です。トラウマというのでしょうか。

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掃除も何も 

今年はきちんと掃除をして新年を迎えようと思っていたのですが、どうも無理な状況です。まずは無事に年を越すこと自体を考えねばなりません(笑)。
借金だけはしていませんので取り立てが押し寄せるということはないのですが、いつそういう日が来るか、戦々恐々です(笑)。
さて、11月から年末に何かあってはいけないというので掃除を始めはしたのです。
おもに風呂場。カビが気になるのでせっせと磨いていました。カビ取りは呼吸器に良くないので、マスクをして窓は全開にしてゴーグルもつけてもちろんゴム手袋もして。いわば

    完全防備

ですね。
とりあえず風呂場はきれいになった、さて次は窓拭きと思っていたのです。ところがどうも忙しさが半端ではなく、おまけに高熱を出して1週間休んだりしたものですから仕事はたまるばかり。
そうこうしているうちにまたぞろ呼吸器が変調を来たし、窓拭きは

    無期限延期(笑)

になりました。

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兵庫県へいらっしゃい 

11月の文楽劇場は客席がかなり寂しかったのでした。
劇場が大きすぎることもありますが、やはり地元の方々がこの芸能にあまり関心をもたれないのは残念ではあります。
もちろん、劇場に来るかどうかはお客さんの自由であり、観たくもないものを観る必要はないともいえます。
ほかに観るべきものも多くあるのでしょうし、不景気で余裕がないという事情もあるかもしれません。
かくして、残念ながら大阪の人たちが必ずしも文楽を盛り上げているとは言いきれず、

    団体さん

を動員してもなかなか客席は埋まらないという状況が続いています。
朝日座のころはもっとひどく、太夫さんと閑古鳥の鳴き声が競い合っていました。
それ以前、昭和30年代も盛況というわけにはいかなかったようで、松竹が手放さざるを得なかったのも民間の企業としてはやむをえなかったのかもしれません。劇場もついに国立になり、本公演の企画制作は国立劇場にゆだねられることになってしまいました。
それでも、国、大阪府、大阪市、NHKなどがバックアップしつつ、なんとか大阪の文化を守り続けてここまでやってきたのです。
ところが数年前から肝心の

    大阪府

がこの芸能に理解を示さなくなり、このたびは大阪市も「理解しません」宣言をするようです。
文楽協会の理事には大阪府知事や大阪市長が入っていますが、まるで理解もしようとしないしお金も出さないなら、もう辞めてもらったほうがいいと思います。

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12分の5 

12月になると1年を振り返る行事があれこれあります。
つい先日、ネット流行語大賞というものがあるのを知りました。こういうのは大の苦手。いったいどれくらい知っているのか、と気になりました。
ベストテン(10位が3つあったので、実際は12の言葉)を見ると意外なことに

    12分の5

も知っていました。「ポポポポーン」「なでしこJAPAN」「ヤシマ作戦」「edano nero」「まんべくん」の5つでした。我ながら優秀じゃないか、と納得したのでした。
ただ、こうやって眺めてみると、

    東日本大震災

がらみが3つもありますね。やはり今年は震災に明けて暮れようとしています。

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奥州安達原(第五) 

時代物の浄瑠璃は、結末はどうでもいいようなところがあって、五段目などめったに上演されません。

    奥州安達原

の場合も三段目はしばしば、四段目、二段目が時たま上演されるくらいで、初段と五段目はほとんど無視されています。
実際、五段目というのは短いですし、大きなドラマがあるわけでもありません。
「安達」の五段目もきわめて短いものです。

岩手県一関市にあったという小松柵に八幡太郎義家が新羅三郎義光や鎌倉権五郎景政らとともに安倍貞任を攻めます。
敵方が押し寄せてきたのを景政が追っ払い、さらに景政はあとを追っていきます。
入れ替わって現れたのは

    安倍宗任

で、義光と組み合います。
さらにそこに

    貞任と義家

が現れます。
義家は貞任が三種の神器を渡したことを多として自分の首を討って父頼時の妄執を晴らせと潔く言います。
貞任は義家の兜を打ち落としたあと、自らの腹に刀を突き立てます。そして、宗任を家来にして欲しいと願い、最期を遂げます。

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奥州安達原(道行) 

奥州安達原の三段目はあまりにもおなじみなのでもう書きません。四段目も「一つ家」は割合に良く知られています。
しかし四段目というと忘れてはならないのが道行ですね。

  道行千里の岩田帯

です。岩田帯は妊婦さんの帯ですね。
道行をするのは生駒之助と恋絹のふたり。初段で奥州へ行けと命ぜられての旅です。
冒頭は

    傾城の癪は誠の置き所

で始まります。なるほどねぇ、という言葉です。
「傾城の癪人を見て起こるなり」といえば川柳の皮肉ですが、傾城はいやな男が相手だと癪を起こす(もちろん仮病で)のですね。「一分出し夜の明けるまで癪を押し」ともいいますが、金を払った男は癪だといわれてやむを得ず世話してやり、そのまま何もせずに夜を明かすことになってしまう、というわけです。遊女もただものではありません。
それを逆に言うと、傾城が癪を起こすのはあらゆる客に嘘を言ってでも一人の男に誠を尽すのだという、この道行の本文になるわけです。
道行の最初の言葉は作者も工夫を凝らしますね。
二人は葛城の神霊丹という薬を売って東北を目指しています。

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奥州安達原(第二の3) 

お谷は勇んで帰宅し、「お金はもらった。代官様が先に帰って取り逃がさないようにしておけとおっしゃった。もうすぐここにおいでになる」と言います。
そこに大勢の捕り手。「鶴を殺せし大罪人はこの家の主、善知鳥安方」と声を挙げます。文治が覚悟して縄にかかろうとするとお谷はびっくり。
自分が持って行った訴状には夫文治の名前が書かれていたのです。しかし字の読めないお谷はそれが分からず、伏しまろび、涙にくれます。「さてもさても世の中に

    物書かぬ身の上

ほどつらい悲しいものあらうか・・・」と。
文治は妻が歎くのももっともと思いつつ、千代童を大事にしてほしいと言って縄にかかろうとします。
お谷の絶叫に千代童が屏風を力に伸び上がって父が縄にかかるのを見てショックを受け、屏風もばったり倒れて、千代童自身も倒れて、そのまま息絶えます。
お谷は、夫に別れ、子に別れて、一人でどうやって生きていけばよいのかと歎きます。
文治も「四百四病の煩ひより

  貧ほどつらいものがあらうか」

と言い、これまでに自分が多くの殺生をしてきて、子のために餌を求める親鳥を殺して、その結果子も死なせたはずだから、その報いだと思うのです。
捕り手が文治を引っ立てようとします。するとそのとき、「鶴殺しの科人はこれにあり」という声がするのです。

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奥州安達原(第二の2) 

二段目の切場は「文治住家」です。
外ヶ浜の文治安方の家では夫の留守の間もお谷が子の千代童の世話をしています。そこに年行司(1年交代で村の世話役を務める者)の庄右衛門が代官からの廻り状を持ってきます。お谷は字が読めないため、庄右衛門は読んでやります。四五日前に岩城山の麓で金の札の付いた鶴を殺した者がある。訴え出たら身内の者であっても黄金十枚が褒美として与えられる、とのことです。庄右衛門は「文治には覚えがないか、もしこの村に犯人がいたら京まで連れていかねばならない」と言います。お谷は夫に限ってそんなことは、と否定し、庄右衛門は帰ります。
お谷が千代童に薬を飲ませようとしていると、南兵衛がくつわ(遊女屋)の亭主(実は南兵衛が雇った偽者)を連れて来ます。お谷を器量を見定めて三年五両で手を打ちます。借金のかたに青森の町で遊女にするというのです。
そこに文治が帰り、妻は売らない、借金を返すと言って三両の価値はあるという

    金細工の札

を渡します。いわくありげなものです。それでは足らぬという南兵衛に対して、文治は夜までには返すと言ったので、くつわの亭主に化けていた五助という男は帰り、南兵衛はこの家で金が整うのを待つと言って奥に入ります。
お谷がさきほどの金の札について文治に問うと、拾ったものだと言います。お谷はさらに、家計の苦しさと千代童の人参代がかさむから、いっそ私を身売りしてくれと言います。
文治は案ずるなと言った上で、

    一通の手紙

を書き、代官所に持って行けば金になると言います。
鶴殺しの犯人を知っているので、訴人をする手紙だというのです。お谷は字が読めないので中味は分かりません。

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