過信 

実は、私は授業に自信を持ってきました。個性的な視点から、時間をかけて予習をして、はっきりした発音で話して・・。
世の中に掃いて捨てるほどいる(笑)教員の中でも、真ん中よりは上の授業をしているつもりでした。いわば

    偏差値53くらい(笑)

の教員だと。ウーン、ホンネをいうと55くらいに自惚れていたかも知れません。

しかし、最近それは自信ではなく

    過信

だとわかってきました。
「授業アンケート」というのがあります。13回目あたりの授業のあとで学生に授業を採点してもらうわけです。いい加減に採点している学生も少なくありませんが、中には一生懸命書いている人もいますので、ある程度は意味があると思います。
他の教員の点数も見ることができます(公開されています)ので、以前自分がどれくらいの評価を受けているかを同じ科目を担当している教員と比べたことがあります。
私の点数は・・・低い・・・orz
だいたい5点満点で4点以上がつくのですが、私は3点台だったことがあります。
その時は「まあ、たまにはこういうことも」と、依然として自惚れていたのです。

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初春公演に寄す(2) 

以前、「七福神宝入舩」は、幕が開くと船がドンと据えられて、七福神が登場していました。
今は回り舞台の機構を使って文字通り「入舩」の動きがあって定位置に収まります。こういうのは劇場の特色を生かしてどんどんやればいいと思います。

    手ぬぐい撒き

も七福神から。
手ぬぐい撒きは、今は初日から10日まで限定のお楽しみですが、以前は楽日までありました。全日とは言いないまでも、11日以降も土日祝くらいは撒いたらどうでしょうか。
芸尽くしですから、三味線の聴かせどころ。人形はやや型通りに見えましたが、演目の性格を考えたら少しハメをはずしても、と思いました。

    卅三間堂棟由来

は平太郎住家からになるとやはりコンパクト。
玉也さんはキリッとして好演です。いい人形遣いになられたと感じます。「三世栄三」というわけにはいかないのでしょうか。
文雀師匠は手に入った役ですが、ケレン味もある演出がありますのでちょっとつらい点も。後退して田楽返しというのはハラハラしました。

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初春公演に寄す(1) 

文楽初春公演も終わり、春を待ち望む時候となります。
旧暦の元日も過ぎ、厳寒の日々とはいえ、立春はまもなく。春は遠くはありません。

私なりの初春公演感想を少しだけ書き留めておきます。
人形ばかりに関心が集中する私ですが、もっとも印象的だったのは

    佐太村

でした。え? 「千本」じゃないの? と言われるかもしれませんし、そりゃもう、「千本」もよかったのです。清十郎さんは勘十郎さんに気圧されることなく自身の演技をなさいましたし、勘十郎さんはもう炸裂という言葉が似合う凄まじさ。
狐に限らず、動物は顔の表情など、本来は感情をあらわにしないもの(怒りは例外)。それが、表情のない人形を用いることで、まさに狐の、狐以外ではありえない感情表現を成り立たせてしまうスーパーマジック。
検非違使から耳動き孔明への変化がその真髄に見えます。
そして「河連館」での、人間のスピードを超える勘十郎さんの早替り。このかたの当たり役の随一に狐忠信が入ることは疑い無かろうと思います。
感銘を与えるだけでもすばらしいのに、幕が引かれた瞬間に

    もう一度観たい

と思わせる。観客に、いわば「とどめを刺す」力が勘十郎さんにはありました。
玉男師匠は舞台をキリッと締められましたが、勘十郎さんは舞台を異空間に解き放つ演技に見えました。立ち役のさまざまな魅力だと思います。

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和田合戦女舞鶴(第四の3) 

秋の朧月を受けてよしありげな浪人が「為氏卿の歌道を慕い、推参しました」と案内を乞います。ちょうど為氏が一間から出てきて、歓迎します。浪人は「先生は百人一首をお撰びとか。私の歌も加えていただきたく存じます」と言います。為氏は「祖父が書き残した色紙を集め、99首は撰んだものの、

    一首足りません

ぜひあなたの歌を」と頼みます。浪人は「自分は関東者で、塩竈を見て『世の中は常にもがもな渚漕ぐ海士の小舟』まで詠んだのですが、あとの七文字が浮かびません。ご添削を」と願います。為氏は感心し、「添削には及ばないので七文字は今夜泊まって考えてください」と言い、浪人はそれに従って「雪見の亭」に入ります。
為氏が色紙の整理をしているうちに、ついまどろみます。するとそこに、

    斎姫

が現れたのです。

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韓国のみなさんと 

昨日は韓国から来ている留学生のみなさんのちょっとした催しがありました。
いや、私はちょっとした催しだと思っていたのですが、なんでも「国際シンポジウム」という大仰なタイトルがついていたのです。
その中で私に

  文楽人形

を見せてほしいという依頼がありました。
あいにく、私は韓国語が話せません。ですから日本語でお話しせざるを得ないのですが、留学生の皆さんも必ずしも日本語がペラペラというわけにはいかないらしいので、お話はかなりカットしました(サボったともいう)。
やはり人形の動きを見てもらうのが一番だろうと思い、いくらか人形に接したことのある人にお願いすることにしました。
先日このブログに少し書いたのですが、今回主遣いを担当してくれたのはかつて吉田勘弥師匠に習ったことのある卒業生で、現在は事務の仕事をしてくれている人です。
昔取った杵柄というべきか、さすがにうまい、特に彼女は学生時代に娘首の人形で15分くらいの芝居を上演した経験がありますので、その力は半端ではありませんでした。もちろん私よりうまいのです(笑)が、えらそうに「ああやって」「こうやって」と注文をつけるのは私の仕事です。
もう一人は昨年秋に幼稚園に一緒に行ってくれた4年生の学生さん。このブログには最近「まゆみん♪」さんとして時折コメントをくれています。彼女には左遣いをお願いしました。

まず人形がご挨拶

  ○○ヨジャデハッキョエ ヨロブン
  イルボネ オソ オシプシヨ

これで合っているのかどうかは分かりませんが(笑)、「○○女子大学校のみなさん、日本にようこそいらっしゃいました」と言ったことになっています(笑)。
腹の中では失笑されていたでしょうが、とりあえずクレームがつかなかったので、何とか分かってくれたことにしておきます(笑)。

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採点中 

授業の終わった科目から順番に成績を出しつつあります。
私はいわゆる

    試験

ということをあまりしません。科目がすべて教養で、しかもほとんどがスキル科目なので、実践をこなしてくれればそれでOKということにしています。もっとも、「敬語のセンセイ」としては、やはり正しい敬語だけは覚えてほしいと思い、小テストはしました。
もうひとつ大きな課題は手紙を書くことだったのです。きちんとした手紙を書いて、封筒に入れるまでを課題としました。
わかってくれる学生もいたのですが、やはりこういう科目はまじめに取り組もうという姿勢に欠ける人が多いのが実情です。
何度も何度も言ったことを最終的には

    まったく無視

という結果が多くの学生の提出物から出てきました。
やはり教え方にかなり問題がありそうで、来年度は考えねばなりません。
例を挙げると「前略」というのは前文を略すので時候の挨拶などは書かないわけです。今回は必ず時候の挨拶を書いてもらうので、当然こういう頭語は使えません。しかも私は学生が女性であることに鑑みて、「拝啓」とか「謹啓」などといった硬い言葉は使わないようにしようということにしていたのです。にもかかわらず、「前略 寒さも厳しくなりましたがいかがお過ごしでしょうか」というのが出てきます。
また、「これは『悪い例』です」といってプリントに書いた上で説明したものを、正しいものと思ってそのまま書いているのも少なくありませんでした。要するにプリントは持っているけれども、説明は聞いていない、ということです。
がっかりです。

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来年度の講座 

一昨日、平成23年度の正規の授業が終わりました。
「正規の」と付け加えたのは、まだ補講があるからです。
それにしても、とりあえず今年度もなんとかここまでたどり着いたという感じです。

    あっぷあっぷ

しながらではありましたが、ほっとひと息です。
週に6コマの授業と1コマの公開講座。高校教諭並みの時間がかかる授業を3日でこなすので、かなりくたびれました。
来年度はコマ数を減らされますので、公開講座を1コマ増やしてみようかと思うのですが、テーマを思いつきません。
以前、「御堂関白記(藤原道長の日記)を読む」「文楽人形を遣いましょう」という2講座の開講をアナウンスしたのですが、受講申込者が少なくて

    断念

したことがあります。
「御堂」はリタイアされた男性を、「文楽人形」は40代くらいの主婦層をターゲットにしたのですが、皆目ダメでした。

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'12初春公演千秋楽 

文楽初春公演は、本日が千秋楽となります。
寒さの厳しい中、技芸員さん、裏方さん、皆様お疲れさまでした。
例年ですと初春公演は十日戎の頃まではよく入って、その後ぱたりと客足が減るということもありましたが、今回は公演後半でも休日などは満席になりましたし、平日もそこそこ入ったのではないでしょうか。
まことに

    めでたうさむらいける

という感じですね。
咲大夫さんや勘十郎さんの至芸が堪能できる「四の切」をはじめ、菅原の三段目では住大夫師匠の活躍もありました。「卅三間堂」では泣かされ、「壺坂」では嶋師匠の人間味が評判で。
「七福神」も工夫されて、技芸員さんはもちろん、制作の皆さんも成功だったのではないでしょうか。
私は、演目を見たときには

    なんだかなぁ

なんて言っていたのですが、お詫びしなければならないのかもしれません。

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和田合戦女舞鶴(第四の1) 

道行は三段目からすぐに続きます。
秋風の吹く街道を都に上る綱手と公暁です。難行苦行の旅をする先将軍の若君、苦行ならぬ公暁です。綱手は嵯峨にいる養父母を訪ねるつもりで、都に入ります。
鶴ヶ岡の別当阿闍梨は善哉君を奪われたため、去年の秋から各地を探し回っています。粟田口で往来の人に勧進を請うています。
そこに藤沢の郎党

    根来伴蔵

が現れ、荏柄の妻子がこの街道に来ていると聞いてきたが見たら知らせよと言って去ります。
綱手と公暁(善哉)が来ます。阿闍梨は善哉と悟り、近づくと善哉が顔を見せます。阿闍梨はさてはお前は鳥屋の女房か、と咎めますが、綱手はわけがあると言ってなだめます。
すると根来伴蔵が現れ、襲いかかりますが、綱手が機先を制し、根来の家来を殺したあと、もみ合いながらその場を去ります。阿闍梨が善哉を連れていこうとすると綱手が戻り、尼君がしかるべき師僧に預けよとおっしゃっていたので善哉を阿闍梨に預け、自分は夫をさがすと言います。
根来の気配がしたので、阿闍梨は綱手に左の道を行けといい、善哉を厨子に隠し、綱手が倒した根来の家来の血を身体につけて倒れます。やがて根来が来ると、阿闍梨は「女に斬られた。子を連れて右の道を逃げた」と教え、根来はその通りに追って行きます。
うまく根来を騙した阿闍梨は、善哉を背負って

    鎌倉

を指して立ち去ります。

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雲を見る 

このところ、朝起きたら10分ばかり雲を見つめています。

    えせロマンティスト

みたいですが、今さらそんな格好をつけてもしかたがありません。
かといって、漁師さんのように雲の動きで風や天気を予想しようというわけではありません。
むしろ、できるだけ無意味にそうしています。
少しずつ夜明けが早まってきてはいるものの、あまり早起きするとまだ何も見えず、しかし次第に雲の形が明らかになる、そんな時間帯も心地好いのです。

    オーイ、雲よ

と語りかけたりはしません。ただただ雲の流れを見るだけです。
とにかく最近は目の前ばかり見ているような気がして、もっと遠くを眺めることが必要なのではないかとぼんやり思っているのです。
そうすることで何かが見えてきたり、決心できたりすることもあるかな、と。

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いたみ 

大切な文楽人形を酷使しています。
あちこちに連れて行ってはご覧いただくので、どうしてもきれいなままでは維持できません。
髪が乱れます。
文楽劇場の床山さんに持っていって

  ちょっと直して!

というわけにもいかず、できるだけ髪には触らないようにしつつ、人形にもある程度は我慢してもらっています。
以前、元床山の巨匠Nさんの工房に持っていって手直しをしてもらいましたが、何しろ予算のこともありますのでなかなかしょっちゅうというわけにはいかないのです。
その点、ツメ人形君は楽です。

塗りもどうしても褪せてきます。娘人形の手は真っ白。

    胡粉

を塗りますが、これも素人がどこまで手を出せばいいのかちょっと悩んでしまいます。胡粉は日本画の画材店に行けば置いてありますから、劇場に一日入門して教わったらできそうにも思うのですが、そうもいかないでしょうか。

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和田合戦女舞鶴(第三の4) 

板額は足音を立てずに表のほうに行ったかと思うと板間をガタガタいわせてあたかも人が入ってきたかのように装います。そしてまた足音を立てずに元に戻ってさりげない様子で
「そこにきたのは誰じゃ」というのです。「え? なんですって、

    荏柄平太!?

姫君の仇の平太か!」と独り言を始めたのです。尼君、綱手、与市、そして市若も様子をうかがっています。
「私に言いたいことがある? え? あの市若を取り返しに来た? それはだめです。たしかに市若は

    あなたの子

ですが、私と与市殿が育てたからは私の子。今になって返せなんて。あなたは主殺し。自分がその子だと知ったら市若は腹を切らねばなりません。先ほど、もし自分が公暁の立場なら腹を切ってさすがは武士だといわれたいと言っていました。かわいそうに、取り返すなどといわないで。え? 踏み込んで取り返す? なりません」
板額畢生の大芝居です。
与市は板額のはかりごとだと察しますが、尼君と綱手はわけがわかりません。
そして一間にいる市若は、自分が実は平太の子だったとは・・・とついに覚悟を決めて腹を切りました。

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書けない原稿 

藤原道長の40代の頃についてあれこれ史料を読むことが多いのです。
当時の40代というと、子供は成人して、孫もいるのが普通。道長も数えの

    43歳

で祖父になりました。
その孫は、娘の彰子が中宮となって産んだ、天皇の子でした。やがてこの子が即位すると道長は外祖父としてさらに強固な権力を確立することになります。40代という年代は、今は「中年」と意識されているようですが、この当時はどうだったのでしょうか。
長寿の祝い、とまでは言わなくても、

    四十の賀

をした時代ですから、今でいうと還暦くらいの感覚でしょうか。

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花のように 

仕事場には事務系の職員さんがたくさんいらっしゃいますが、大半はあまりお話しもしない方々。
お名前も知らない人が多いのです。
そんな中で、我々にもっとも近い職員さんというと、学科事務を引き受けてくれる

    副手

という職名の人になります。
非常勤職員ですので、しばしば交代がありますが、今働いてくれているのは

    卒業生

なのです。
昨年12月から来てくれて元気に働いているようです。
学生時代のなごりで、ついファーストネームに「ちゃん」を付ける呼び方をしてしまいます。

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イメチェン 

最近、あまり使いませんかね、「イメチェン」ということば。
イメージチェンジ。割合によく使われた言葉だと思うのです。

    モデルチェンジ

なら、まだ新車の発売などでまだ使うと思いますが、イメチェンは瀕死語でしょうか? まだまだ生きてます?
俗語、流行語に疎いですから、そのあたりはよくはわかりません。
このブログはもう何年もイメチェンをしませんでした。
いわゆるテンプレート(ひながた)の変更をしてこなかったのです。
その理由は、単に面倒だっただけのことです(笑)。

このままでいこうとも思ったのですが、なんとなく気分転換したいと思うようになり、それなら

    

をイメージするものでも、というわけで、変えてみました。
変更すると最初は使いにくいのですが、季節が進めばまた変えることにして・・・。

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和田合戦女舞鶴(第三の3) 

兜の忍びの緒(あご紐)がほどけているのです。
奇妙に思った板額が問いただすと、これは母様に会ったら結んでもらえと父上に言われたとのことです。
いったん切った縁ではあるが、しばらく忍んで

  また縁を結ぼう

という謎だと思った板額は結んでやろうとしますが、その拍子に切れてしまいます。
討死する者は忍びの緒を切るといわれるが、自分は討死するのだろうか、と市若は不安になります。板額は「案ずることはない、付け替えてやろう」といって門内に入ります。
やがて門前に与市がやってきて、館の中では尼君が綱手と公暁を連れて出てきます。
そこに板額も出てきて、子供の軍勢をよこしたのは法を立て、親子の道も立てる道だから早く公暁の首を討って差し出すべきだと言います。
すると、尼君は涙を浮かべて

  思いがけない告白

をするのです。
「公暁丸が平太の子というのは嘘で、実は頼家の一子善哉丸なのだ。出家させようと鶴ヶ岡に預けたが、実朝に子がいないので万一の時は跡継ぎにしようと、与市を手車屋に、平太を鳥屋に仕立てて奪わせたのだ」と。
綱手も「わが子ならここまで助け置きはしない。疑いを晴らして欲しい」と言います。

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絵巻三昧 

昨年末からずっと絵巻物の読解に励んでいます。
申すまでもなく、専門家が何年もかけて勉強されてもなお難しいものを、私などがほんのわずかに勉強したところで何が分かるわけでもありません。
ですから、もっぱら先人のなさった勉強の成果をなぞっているわけです。
ここまで眺めてきたのは

伴大納言絵巻
源氏物語絵巻
年中行事絵巻
吉備大臣入唐絵巻
信貴山縁起絵巻

という、それこそ絵巻物の代表的なものばかり。炬燵に入ってずっと眺めていたり、解説を読んでみたり、時々ツッコミを入れてみたり、せりふを作ってみたり。はっきり言って勉強というよりは

    遊んで

います。
絵巻物愛好家といえば

    後白河法皇

です。多くの絵巻物作品を作らせたと思われ、上記のものもかなり彼が関わっていた可能性があります。
後白河さんというと梁塵秘抄のおじさん。「遊びをせんとや生まれけん」の世界ですから、私も遊ばせていただいております。
今、NHKの大河ドラマで平家がテーマの番組を放送中だそうですが(テレビがダメな私はまったく知りません)、私が覚えている大河の後白河法皇といえば、『新平家物語』の滝沢修さん。平幹二郎さんの清盛でした。もう40年前だそうです(古い!)。

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『上方芸能』という雑誌 

私がはじめて雑誌

    上方芸能

に書かせていただいたのは、116号だったと思います。かねて敬愛(熱愛じゃないですよ)していた森西真弓さんから

    文楽の新作

についての論文を書くように言われたのです。私がそういうことに興味を持っていたことを知っていらしたので、一度書かせてみよう、と思われたのでしょう。
もちろん不出来な小論でしたが、この雑誌とのご縁が深まるきっかけにはなりました。
そして、平成11年の終わりに彼女からまたも手紙があり、今度は「文楽評」の依頼だったわけです。思えば森西さんにはお世話になった、というか、ひどい目に遭わされた(笑)というか。

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和田合戦女舞鶴(第三の2) 

一番に進み出たのは佐々木の末子綱若。続いて土肥実千代、千葉資若、千葉胤君、宇都宮岩松・・・・すべて十一歳以下の少年たちです。 
不審に思う実朝に大江広元は言います。「大人の軍勢で綱手母子を奪いとるのは簡単なこと。しかしそれでは尼君の心を重んずることはできない。子供の軍勢は国の掟を糺すためのもので、実際に戦いを挑むのではないから、尼君の心も和らぐだろう」と。
人々はこの名案に感心しますが、阿佐利与市はその中にわが子の

    市若

がいないことを不審に思います。広元は、「与市と板額とは縁を切ったといっても血筋はつながっているので、市若を入れるべきかどうかは実朝将軍にゆだねる」と言います。藤澤入道はとんでもないことだと反対しますが、実朝は「忠義のためには親をも捨てるのが臣下の習いだから、市若を後陣の大将として加えてやろう」と言います。
くつわの音は

    ちりりんりん

とかわいらしく、一同は尼君の館に向かうのです。

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可能性 

授業も大詰めになりました。時々ここに書いて参りました

    日本の文化と歴史

という授業は歌舞伎の話を終えました。学生は歌舞伎役者の名前をどれくらい知っているかと思い、50歳以上のベテランと40歳以下の若手に分けて「何人知っていますか?」と尋ねてみました。小学校の授業みたい? まあそうおっしゃらずに。
若手組は「愛之助、染五郎、海老蔵、勘太郎、七之助、獅童」にしたのですが、かなり知っているようでした。海老蔵と獅童の知名度は高いと思っていたのですが、ラブさんもかなりのものでした。
ベテラン組は「藤十郎、猿之助、幸四郎、菊五郎、吉右衛門、仁左衛門、団十郎、玉三郎、勘三郎」を出しました。するとある学生が自信満々に言いました。

    「仁左衛門以外

全部知っています」と。
オイオイ!

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あと2週間 

十日戎も今日は残り福。
そして昨日から授業が再開になりました。実際は6日からだったようですが、私は事実上、週の前半だけ雇われている身の上ですので。
授業は多分23日までだと思います。多分、というのがアヤシイですが、まあ、そのうちにわかるだろう(笑)とのんきにしています。
つまり、あと2週間で

    2011年度の授業

は終わります。そのあとは成績を出すだけで、4月まではかなり余裕があると見込んでいます。
来年度の予習はできるだけしないことにして(笑)自分の勉強をしたいですが、新年度からのさらなる

    収入減

とそれに伴う巨額の(笑)赤字を少しでも減らすためになんとかしたいとも思っています。
といっても、私にできるバイトのクチなんてなかなかありません。名案がひとつ。どこかの大学で入試問題作成者を募集していませんかね。秘密厳守、締切厳守をお約束しますが(笑)。

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和田合戦女舞鶴(第三の1) 

年を越えて、「和田合戦女舞鶴」の続きを書きます。
私自身の覚書なので、せっかく来てくださった皆様にはあまり意味がないかと存じます。お詫び申し上げます。

いよいよ眼目の三段目になります。

政子は荏柄平太(えがらのへいた)の妻綱手(つなで)とその子の公暁丸(きんさとまる)をかくまっています。
一方、実朝は藤澤入道や阿佐利与市らと評定を重ねています。実朝は諸大名に「荏柄平太の親族を探し出して糾明しようと思うのだが、なぜか母君(政子)が綱手と公暁丸をかくまっている。どうすればよいか」と相談します。
与市は「尼君(政子)の心に逆らわないよう、幾重にも利害を説いて

    平太の妻子

を受け取るべきだ」と言います。一方藤澤入道は「たとえ尼君が相手でも天下の大罪を犯した者は厳罰に処せられるべきだ、それを利害を説くなどとは、さては、表向き離縁した板額(はんがく)と裏で通じて肩を持つのか」と決め付けます。さらに入道は「息子の四郎がすでに受け取りに行ったからやがて戻る」と言いますが、与市はあまりの雑言に堪えかねて

    刀の柄

に手をかけます。実朝が二人を制し、とりあえず四郎を待とうとなだめます。

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あっちこっち 

インターネットなんて20年ほど前は無縁なものでした。
当時、パソコンを使うのはもっぱらデータベースを作ること。私のような、平安時代の文学研究などというと

    索引作り

が欠かせない仕事なのです。
そのためにデータをバンバン入れていって、あっというまに並べてくれるパソコンは重宝しました。
20数年前に作っていた索引は、NEC5200というのを使って、データは5インチ(5.25インチ)のFDに入れて同業者とやりとりをしていました。
阪神大震災の頃、つまり17年前に作っていた索引はACCESSを使っていました。あのときのOSはウィンドウズNTだったと思います。この索引は私家版で公にして、多分国会図書館にも入っているはず(笑)。
文楽評の原稿を始めた頃は12年前でしたのでもうワードを使って書いていました。でも、まだ

    プリントアウト

して送っていたのではなかったかな? 
私はメールを使っていましたが、某雑誌の(笑)編集部がまだだったような気がするのです。
ほんとうにこの15年の間にパソコンとのつながりは深まってしまいました。まだスマホを使っていない私は、パソコン頼みの状態が続いています。
機械音痴なのに、ブログだのmixiだのツイッターだのFACEBOOKだの、いつの間にか泥沼にはまりつつあります。

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だしまき新年会 '12 

昨日は1月7日、年に4~5回の

    だしまきの夕べ

でした。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。
文楽初春公演はまだ序盤ですが、そろそろ舞台も安定してきたでしょうか。
1公演に3回観に行くとした場合、私はだいたい4、5日目に行って、そのあと1週間おきくらいにいくのが普通だったと思います。
今年はペースを落として前後半各1回ずつ拝見するのがいいかな、と思っています。
だしまきの夕べに日程を合わせて1回、あと1回はひとりでこっそりと(笑)。
楽屋にお邪魔するのも極力ひかえて、客席からひとすじに拝見したいと思っています。それが

    本来の観客

の姿ですよね。

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正月疲れ? 

12月30日から1月5日まで自宅を離れていました。
といっても楽しい正月を過ごしました、というのではなく、浮世の義理(笑)で。
私個人はほとんど寝ていたというか、最初の5日間(つまり3が日が終わるまで)は外の空気すら吸わない状態でした。
で、4日は年始早々の法事。
私の家がめったに法事関係の行事がなく、特に親戚の法事に行くという経験がほとんどないものですから、どうも慣れません。
しかも

    お経や説教

の時間はまったく私には何がなにやら分からない時間。だからといって席をはずすわけにも行かず、これはかなりの苦痛です。
これで終わればまだしもなのですが、やはりそうもいかないですよね。

    御斎

というのでしょうか、食事会があるわけです。これまた大の苦手。15人ばかりでの会席料理。
どなたともおしゃべりできず、ただ、子供の蔭に隠れて(笑)ひたすら食べていました。
ふぐと昆布、いかの味噌和えの前菜二品に始まって、ごはんものは握りずし、てんぷら、肉、牡蠣などを経て、汁物と水菓子で〆。汁物のわかめの磯の香が印象に残ります。
さすがに広島の牡蠣はただものではないですね。肉が厚くて堂々たるものです。私はあまり牡蠣は好きではなかったのですが、広島で暮らした4年の間に一気に好きになりました。ナマでは食べませんが、フライも鍋物もそして何と言っても殻つきを炭火なんかで焼いて汁と一緒に食べるのがおいしいです。

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いいたい放題 

12年に亙った「文楽評」の仕事は、間違いなく私の人生に大きな意味がありました。
プロのみなさんがなさることを分不相応に言葉にして表現するのは、書くことを仕事にしている者としても、半端ではない難しさがありました。
劇場にはいつもノートを持ち込んで、感じたことをメモするだけでなく、時には幼稚園児の落書きのような絵(人形の動きなど)を瞬時にノートに書き付けていました。
一方、言葉にはできなくても、浄瑠璃や人形の表現するものを敏感に感じては涙を流す感性だけは養いたいとも思って、何も書かずに声と音と姿に没入する機会も作るようにしました。

    勉強

は不十分でした。私はもともと江戸時代の歴史、思想、風俗などに疎く、戦国時代の大名の名や人間関係もあまり詳しくないのです。それだけに、もっと彼らの置かれた社会や美意識、常識、思考回路などを勉強すべきだったと思います。
文楽評の前任者が文楽や歌舞伎にとどまらない偉大な劇評家の

    宮辻政夫さん

だっただけに、その落差は読者諸賢には歯がゆく感じられたことと、申し訳なく存じております。

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自宅に帰ります 

正月を田舎で過ごしました。特になんということもない日々でしたが、三が日明けの昨日、法事があるというスケジュールでした。
こういう場合、会った人には「おめでとうございます」というのでしょうか? 適当にごまかしましたけどね。
そして今日、自宅に帰ります。
明日は仕事場に行って新年の授業の準備をして、できれば

    文楽劇場

に行きたいと思っています。
昔と比べると、土曜に授業がなくなり、祝日が増え、休みがずいぶん多くなりました。その一方で授業コマ数は年間で実質4~5回増えており、いきおい夏休みや冬休みが削られることになります。私の仕事場では年末いっぱい(26日まで)授業だったため、年始は10日から。しかし長男長女の大学はどちらも

    明日から!

授業だそうです。

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だしまき予告ふたたび 

ツイッターで相互フォローしている、いつもすてきなツイートをされる方がいらっしゃるのです。まったく見知らぬ方ですが、その文を拝見していて、ずっと

    センスのいい方

だな、と「片想い」(笑)していたのです。
美術関係のお仕事をされているそのかたが、「傾城反魂香」のことをつぶやかれた時に(絵師の話という関連で)反応してしまい、つい

    告って(笑)

しまいました。要するに二度ばかり個人的につぶやきあったわけです。もちろんまじめな話です。
そうしたら、その方が「ブログも拝見しています」と書いて下さり、びっくり。毎晩0時にはブログ更新の通知がツイッターに出るように設定してありますので、興味を持ってくださったテーマを読んでいただいているのかも知れません。
ウー、ドキドキ。

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'12 初春公演初日 

新年も三日目。今日から文楽初春公演が始まります。
昨年のこの日の朝、私は劇場に行ったのですが、今年は失礼致します。
さて、この公演は

    七福神宝の入舩

で幕を開けます。私はこの演目を学生時代にはじめて観たのですが、そのとき「七福神をすべて言え」といわれたら多分ダメだったと思います。というよりはこの演目を見て七福神を覚えたといったほうがいいかもしれません。布袋、大黒、弁天、毘沙門は「身売り」の一文字屋のせりふで覚えていたかもしれませんが、寿老人、福禄寿あたりが怪しかったように思います。
文楽は勉強になります(笑)。
主に人形のほうで遊びも入ることがありますが、それはそれでいいだろうと思います。いかにも大衆芸能らしい、おもいきり前受けを狙うのもこういう演目ならよろしいかと。

そして「七福神」のあとは
「菅原伝授手習鑑」から「茶筅酒」「喧嘩」「訴訟」「桜丸切腹」、さらに「卅三間堂棟由来」の「平太郎住家より木遣り音頭」となります。
「春先は、在々の鋤鍬までが楽々と、遊びがちなる一物作り」(茶筅酒)という季節感ではありますが、ちょっと早めですね。
「春の半ばも冴え返る、又もちらつく雪の空」(平太郎住家)もやはり春。

  見渡せば柳桜をこき混ぜて都ぞ春の錦なりける
                     (古今和歌集 素性法師)

という歌を引くまでもなく、柳と桜は春のさかりの代表的な景物です。

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元日は 

去年の元日は宝塚の自宅にいました。
早朝から、緑の袴の宝塚歌劇の生徒さんたちに囲まれるようにして宝塚大橋から歌劇場あたりを散歩し、少し引き返したあと、清荒神まで歩いて初詣に行き、ひとりでぶらぶらと山道を下りてきたのでした。
今年は宝塚よりはるかに田舎の町で新年を迎えました。昨日はすっきりしない天気でしたが、寒さはさほど厳しくはありませんでした。パソコンが使えませず、私の古い携帯からはコメントできないブログにはご挨拶を失礼しています。

    年賀状

も拝見しておりません。これまた失礼している方も多いと存じます。
昨日の私の状態をひとことであらわすと、

    お腹がすいた

です(笑)。パンをふたきれとコーヒー1杯飲んだだけで、夕方まで何も食べられず。
ウーム、この1年を象徴する元日だったらどうしよう?

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