「曽根崎」の涙 

この公演の「曽根崎心中」で涙を流した人を何人も知っています。
特に道行の清治師匠の三味線、呂勢さんらの語り、そして簑助師匠と勘十郎さんの人形は格別で、しばらく席を立てない、という人もあります。
その

    清治師匠

が胃のポリープ切除のために休演されることになりました。
とにかくしばらくお休みいただいてまたお元気なお姿を見せていただきたいとまずは心から願っております。
胃は神経性の要素もあるとか聞きますが、何かとお疲れだったのでしょうか。
何もすべて大阪市長の責任だとは申しません。そう言ってしまうと八つ当たりになるかもしれません。
ただ、こんな時期だけに、昨日のツイッターでは師匠のご病気を知って、一連の市長発言の影響もあるのではないかと涙を流したとおっしゃる方が次々に出てこられました。
大げさなのではなく、ほんとうに泣いていらっしゃるように拝察いたしました。
ここまでくるともう罪とさえ言えそうです。

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信濃屋(その3) 

そこに、苦みばしった侍が一人やってきます。武士はお石に向かって
「油の小路仏壇屋へこちらの息女嫁入りさせるとのことだが結納を戻して

    破談にして

ほしい。というのは仏壇屋才治郎には世間に隠した妻がある。その女が自分を正式の妻にしてほしいと拙者を武士と見込んで頼んできたのだ。聞き届けてくれ」
と言います。仲間の長吉と義兵衛は勝手から出てきます。義兵衛が
「なるほど、頼まれて後に引かないのはお侍。隠し妻のある男にお半さんを嫁入りさせてから考えることでもないし」
と同調すると、長吉も
「奥様、お侍の頼みでもあり、変改がようございます」
と口出しします。お石は長吉の差し出口を咎め、
「媒酌は長右衛門様で嫁入り先は長右衛門様の小舅に当たる。お侍様には申し訳ありませんが変改というわけにはいきません」
と断言します。義兵衛はお石に
「妾のある男に嫁にやってはすぐに暇を出されます。若い

    お半さんが気の毒

です」
といい、長吉も
「そう思うけれども、金言は耳に逆らうようです」
と答えます。お石は長吉のませた口ぶりを叱り、侍に「変改できない」と伝えます。侍は
「この刀が見えないのか。このままでは帰られぬ」
と脅しますが、お石は頑なに拒みます。ついに侍は
「それなら座敷を借りて切腹する」
とまで言い出し、もろ肌を脱ぎます。

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だしまきの夕べ 2012・7 

昨日は国立文楽劇場に多くのファン仲間が集結しました。
そして第三部終演後には真夏の

    だしまきの夕べ

がおこなわれました。
私はちょっと別の用があったものですから、劇場にはいながら第三部は拝見しなかったのです。
しかし、みなさんと無事に合流していつものように季節料理の店

    両輪(りょうわ)

さんにおじゃましました。

今回も新たな参加者があり、私個人にとって初めてのかた(私がサボっているので)もいらっしゃり、とても嬉しい気持ちになりました。もちろん、常連の皆様が支えてくださってのことではありますが。

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山のこだま 

あなたと呼べばあなたと答えてくれるのが山のこだまの嬉しさです。
こだまは木霊。木の持つ神秘に霊力を感じた人がこちらの言ったことに答えていると感じ取ったのでしょうか。
やまびこというのも「山彦」なら山を擬人化したものでしょう。「ひこ」は「ひめ」の対義語で「こ」は男子を表します(「め」は女子。「おとこ」「おとめ」も同様)。
山には不思議な力を感じます。

最近文楽がらみのツイッターを見ていて気づくのは、文楽を擁護しようという人が各自ばらばらに思いを述べているのに対して、「市長派」とでも言うべき人たちがインコか九官鳥かはたまた

    山のこだま

のように市長や参与の言葉をそっくり真似てしゃべっていることです。
「劇場には3割しか入らない」「文楽界は特権意識のかたまり」「文楽界は恐ろしいところ」「(自分たちに反対するのは)エセ文化人、自称文化人」・・・。
ウソや誇張や誹謗の言葉を並べ立てるのです。しかも市長の気に入るような表現をしようとするのか、それらをさらに大げさに言い立てるのが常なのです。
最近ある人がリツイートされたので読んでみた、激しい口調のつぶやきは、アカウント名にはっきり市長の政党名を書いている人たちでした。

    薄ら寒い

というかおぞましいというか。

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曽根崎心中に寄す 

天満屋の車戸を開けて、初と徳兵衛は走った。
もう戻れない。追っ手は必ず来る。死のう。どこで? 南はだめだ。西も東も堂島の中。北へ行こう、北しかない。早く堂島を出よう。梅田橋だ。あの橋を渡ってあちらの岸へ。もう振り返るまい。この恋の街は。

  梅田橋彼岸を指して渡る背に
     北斗と競ふ恋灯り街

やっと抜けた、堂島を。恋を営むあの島を。所詮あの街の灯りも恋の闇の中。我らの闇は無明の道。暗きより冥きに入るだけのこと。天満屋で一人かかやいていたそなたとあの空に満つる星をたよりに歩いていこう。西か東か。弥陀のおわする西方浄土に背を向けて、こちらは東方薬師如来。浄瑠璃浄土に続く道。

  見上ぐれば天に満ちたる星の綺羅
     しるべに行かむ東の道

蜆川はなぜこんなにきらきら光るのか。いつしか天の川につながるのだろうか。だとすれば、我らの未来はあの夫婦星。きっとそうだ、そうなろう。初は織姫、この徳兵衛は牛に牽かれて天神参り。よし、天神の森に行こう。

  この川をたどればそこに天の川
     我とそなたの星に出逢はむ

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加賀見山旧錦絵(第三の2) 

郡代たちは「このたびの光明寺普請に際して金を出すように言われていますので領内の百姓に申し付けましたが、『先年の建長寺造営のときにも出しましたので今回はお許しください』と願い出てきました。どうしましょうか」と相談に来たのです。仁木は怒りますが、大杉源蔵が「百姓に金を出させるのは許し、郡代が知行を差し上げよ。百姓を憐れむことこそ武士道。そしてその分の金は私の知行から出してやろう」と事を収めます。郡代たちは大喜びで帰ります。この様子がまた奥に伝わり、源蔵は

    老分の役目

に引き上げられ、烏帽子大紋を下され、紙崎主膳については「源蔵を奥へ入れないように」などと言ったことによって大小を取り上げ追放との仰せが下されました。
大杉源蔵は主膳に向かって「自分は出世し、貴殿は主人の勘当。しかし栄枯は世上の常、悪いようにはしないからしばらくの艱難をしのばれよ」と声をかけますが、紙崎は黙って表に向かいます。将監は「主膳を追っ払え」と命じ、大杉源蔵、和田左衛門とともに奥に入ります。
様子を伺っていた尾上が紙崎に「忠臣のあなた様が勘当とは、御家の将来が心配です」と声をかけます。紙崎は「元は町人ながら今は中老となられたあなたを見込んで頼みがあります。伯父の大膳、仁木将監は花の方様親子を追放しようと企んでいます。どうかお二人のことを頼みます」と答えます。尾上は奥から呼ばれたので、「岩藤殿の

  懐中から落ちた密書

を拾ったのでこれも詮議の手がかりになるかもしれません」と言って紙崎と別れます。
奥から大杉源蔵が道芝を縛って引っ立ててきます。縫之介も走り出て源蔵に詰め寄りますが、源蔵は「細川の姫君と婚儀をされたら道芝は妾にすればよいでしょうご承知にならないならここで道芝を斬ります」と刀を抜きます。そこに当番の侍が現れ、宝蔵が破られて継目の綸旨がなくなっています」というので、縫之介はその綸旨は自分が預かっていたものなので無念の涙を流します。大杉は仁木の家来の犬渕藤内を呼び、縫之介を御前に連れて行くよう命じ、縫之介は奥に連れて行かれます。大杉は道芝の縄を解いて許してやると言うので道芝は一散に表に逃げていきました。

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伊勢物語を終えて 

昨日(24日)、長らく続けて参りました公開講座、

  伊勢物語を多角的に読む

が最終回を迎えました。
第1段の、いわゆる「初冠」から始めて、125段の「つひにゆく道」まで、一段も略すことなく丁寧に読んできました。受講してくださった皆様のご協力あってこその通読でした。心からお礼申し上げます。
ひとつひとつの話は短いですし、全体の分量もたいしたことはありませんが、丁寧に読んでみるといくらでも発見がありました。いい勉強をさせていただきました。
ひとさまにお話をしようとするとどれほど準備しなければならないか。これは仮にも大学という場所で講義をした経験のある方ならお分かりいただけると思います。特に私は基礎力に欠けますので、人一倍の予習が必要。だいたい一回お話をするために

    5時間

はたっぷり予習します。おそらく50回くらいかけて読んだと思いますので、予習だけでのべ250時間。講座自体が一回90分ですから75時間。少なく見積もっても全部で300時間は費やしたことになります。何もなければボヤ~ッと時間を過ごすだけの人間ですから、ただただありがたいです。

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信濃屋(その2) 

帯屋長右衛門は上下を改めて祝儀の装いをしています。そこにお半が駆け出して「あんまりです、あんまりです」とすがりついて恨み泣きをします。長右衛門は説得しようとします。
「おれが媒酌をしたわけは、そなたとわしのため。わしはもともと捨て子であったのを亡くなったそなたの父御の治兵衛殿が拾って五つの年まで養育して、子のない隣の帯屋へ養子にやってくださった。実の親にも勝る大恩がある。治兵衛殿が臨終のとき、枕元にわしを呼ばれて、『江戸に居る兄息子の治助より心配なのは妹娘のお半のこと。年をとってからの子はよけいに不憫だ。そなたは私に代わってお半を成人させて、

    よい婿

を取ってやってくれ』と遺言をなさった。それはわしを実の子同然に思われた末期のお頼みだったのだ。『ご心配なさいますな』と請合ったわしの心に、どんな天魔が魅入ったのか、思いがけず石部で交わした新枕。あれは時の勢いだったとはいいながら、二人の因果であろうか、なんという報いだ。これ、聞き分けてくれ。そなたを嫌うのではないが、義理もあり、子供といってもおかしくないそなたをそそのかしたと道知らず者だと世間の物笑いの種になったらそれぞれの親はもちろんのこと、女房の絹にも言い訳が出来ない。こういう色事をするようになったそなたはまんざら子供ともいえない。もう顔は合わせられないのだ。だから人の知らない間に俺のことを思い切って

    油小路に嫁いで

くれたら親たちへの義理は果たし、お互いに悪いうわさも立たない。俺のためだと堪忍して腹を立てずに嫁入りしてくれあちらの両親は立派な人で、婿の才治郎も若いけれども気立ても男ぶりもよい。だから媒酌を急いだのだ。機嫌よく祝言してくれ」
とわが身を悔む涙声で訴えます。

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ミニニンジン(11) 

すっかりこの記事を書くのを忘れていました。
実はあれ以後無事に収穫して口にしたり、葉も食べたりしたのですが、食べることに頭が行って写真を

    撮り忘れ

ました。
加えて、このところ文楽関係のことでいささかあれこれ考えていたので、記録もつけていませんでした。
もうひとつおまけに、持病の耳の具合が悪くなり、ちょっとばかり痛い目にも遭っていました。
そこで、次のものが大きくなるまで待とうと思ったのですが、あまりにも間が空いてしまいますので、ここに記憶を呼び戻しながら書き留めます。
それにしても、太陽と土の恵みはありがたいです。そしてニンジンの生命力に感嘆し、感謝しています。

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初 

遊女お初は実在の人物。曽根崎の天神森で心中した、いわば名も無い端女郎。
本人もまさか自分が300年経ってなお人の口にのぼるような存在になっているとは、生前は思いもよらなかったでしょう。
芝居では厄年に設定するためなのか

    19歳

になっていますが、実際は21歳だったようです。
どんな出自だったのか、うき河竹の奉公に出て、さてこれからの人生をどのように考えていたのでしょうか。
長くは続かない今の勤め。長生きできるかどうかもはなはだあやしいものです。
21歳でいつまで生きられるかわからない、自分の将来が見えてこない、そんな人生は今でもきっとあるのだろうと思います。私は幸いにしてその年齢の時は健康にも不安はなく、夢も希望も持っていました。
しかし彼女はそうはいかなかった。
お金に縛られ、愛情もどれが本物なのかわからないままだったかもしれません。

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2012夏休み公演初日 

2012年の文楽夏休み公演が本日初日を迎えます。
改めて演目を記しておきますと

第一部(11時~13時10分頃)
 鈴の音(すずのね)
 西遊記
第二部(14時~17時50分頃)
 摂州合邦辻
 伊勢音頭恋寝刃
 蝶の道行
第三部(18時30分~20時10分頃)
 曽根崎心中

毎度思いますが、夜の部はレートショーと銘打って上演するなら特別料金(もちろん特別に安い料金)にしてほしいという思いが抜けません。
3000円までにできないものでしょうか。

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梅雨明け 

梅雨が明けて一気に猛暑がやってきました。
午睡が不可欠な日々です。
眠ると30分から1時間くらい気がつきません。
犬の散歩もとても昼間は無理で完全に陽が落ちてからになります。
世の中にはビールとかいうものがあるそうですが(笑)、ぜひ飲んでみたいと思います。願わくは、

  28日に日本橋

あたりでエビスとかいうのをいただきたいものです。今のところ、何とか参加できるのではないかと思っています。
当日の観劇は未定ですが、どちらにしても用があって劇場には行くと思います。
ついに

    ミニニンジン

を収穫しました。ミニのさらにこぶりでしたが、まぎれもなくニンジンでした。
ところがボケてますね、写真を撮り忘れました。
まだできるかも知れませんので、その時はきっと。

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曽根崎も行こう 

このところ必要があってかつて流れていた蜆川沿いを北区堂島3丁目(梅田橋のあった辺り)の交差点から曽根崎新地のほうに立て続けに歩きました。
言い換えると

  お初・徳兵衛道行コース

ですね。
この道を歩くのはもう何十回目になるのやらわかりません。
田簑橋北詰あたりから歩いていますので、堂島を北に突っ切って、梅田橋から細い旧道を通って出入橋経由で緑橋、桜橋の跡、曽根崎新地、ついでに蜆橋跡のほうまで行って北に折れて御堂筋を少し歩いて梅新交差点の歩道橋を超えて梅新第一生命ビルの間から

    お初天神(露天神社)

へという道です。実際のお初・徳兵衛の道行コースとは異なっている可能性が高いですが。
昼間でしたので、曽根崎新地はまだ眠そうでした。

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だしまきの夕べ 2012・7(告知) 

何かとかまびすしい文楽周辺ですが、文楽劇場周辺でときどきかまびすしく飲み食いしているメンバーが

    だしまきの夕べ

の仲間たちです。
例によってお知らせをしておきます。

日時 2012年7月28日(土)
集合 第三部終演直後 国立文楽劇場1階(売店のあたり)
会場 文楽劇場から歩いてすぐの季節料理「両輪」
費用 3000円前後(たぶん)

いつも10人前後の方が集まって何も難しい話ではなく、ただただワイワイとしゃべっています。
文楽ファンの方、どうぞお越しください。
できればそろそろご参加のお声を頂戴いたしたく、このブログ、または実行委員長、女子部長、注文部長などにご連絡をお願いします。

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信濃屋(その1) 

文楽で頻繁に上演される演目のひとつに

    桂川連理柵

があります。
道行(恋の乗りかけ)、石部宿屋、六角堂、帯屋、道行(朧の桂川)は見慣れていますが、原作通りではなく、しかも上の巻の「信濃屋」なんて観ることができません。「六角堂」は現在上演されているあとにお絹の弟のエピソードが入ります。「道行朧の桂川」は原作にはありません。「帯屋」は今の上演ほどのチャリの要素はありません。丁稚の長吉の人格がまるで違います。「とぶぞ、とぶぞ」もありません(笑)。
いったいこの著名な作品の実像はどんな話なのか、気になります。
そこでまたあらすじをご紹介しておきます。丸本資料は早稲田の演劇博物館のHPでも拝見できますが、便利なことに、岩波文庫に活字化されています。

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微熱継続中 

いよいよ今週末から文楽夏休み公演が始まります。

    住大夫師匠

の休演は極めて残念ですが、文字久さんの熱演を楽しみにしましょう。
マスコミはいやな話題ばかり追わず、この公演の楽しさも伝えてください(幸い、そういう記事もあるようですが)。
大学はあと2週間くらいです。私の仕事はとりあえず31日まで。しかし、実際は8月にも雑用が残りそうです。
今日は

    海の日

だと思うのですが、まだ梅雨が開けず、この祝日はやはり20日に固定すべきようにも思います。
海の日「だと思う」と言ったのは、大学にはこの祝日はもはや関係ないからです。ほぼ毎年「祝日授業日」という矛盾した日になるのです。祝日法なんて関係ありません。

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加賀見山旧錦絵(第三の1) 

問注所に足利持氏ほか、仁木将監、和田左衛門、紙崎主膳らが詰めています。
将監は「細川家の息女操姫と縫之介様の婚儀が延引になっている。縫之介様が手越の傾城に惚れて承引されないというが、それでは上意に背くことになる」と苦りきっています。一同が奥に入った後の夕暮れ、縫之介が小姓を引っ立ててきたかと思うと、「小姓のふりをしているが、

    お前は道芝

だ。姿をやつして入り込んだのはこの館に言い交わした男がいるのだろう」と腹を立てています。道芝は、「あなた様に会いたさに源蔵に頼んでこうして入ってきたのです」と訴え、縫之介の誤解はとけます。将監がそっと様子をうかがう中、操姫が出てきました。道芝はあわてて小姓のふりをします。操姫が縫之介のつれない仕打ちを嘆き、涙を流すと、道芝はこの女性が操姫だと知って嫉妬のあまり名乗り、縫之介を操姫と取り合います。そこに将監が現れ、「この小姓は私が預かります。縫之介様と姫は奥へ」ととりなします。道芝はまたあとで、と目配せして縫之介と操姫は奥に入っていきました。
 そこに持氏が和田や紙崎を従えて出て来ます。将監は「この小姓は男に身をやつした女です。この女ゆえに縫之介様は婚儀を嫌っていらっしゃるのです」と明らかにします。持氏は「弟のことはあとで沙汰するとして、その小姓を近くへ」と呼びます。持氏は女の顔を見て、「そなたは

    梅沢村の茶店

で会った女ではないか。『まだ見ぬ花をたずねん』の古歌を書いたしおりを覚えているであろう」と言います。お来と勘違いしているのです。道芝は意味がわからず「私は縫之介様に会いたくて足軽の源蔵殿と一緒に来たのです」と答えます。持氏は源蔵を呼び入れます。源蔵は問い質されたので「その女はこの館の殿様に会いたいと申しました。殿様といえばあなた様。派手な傾城の姿でしたので館に入れるのは具合が悪いと思って小姓の姿にしました」と言い訳します。持氏は源蔵を見所があるといって盃を賜い、源蔵は酒をいただくのは身に余ると、盃を懐に入れます。

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自分の都合 

仕事が大変な時、自分の都合通りに周りが動いてくれたらどんなに楽かと思います。
夏は授業から離れてたっぷり勉強や身体のメンテナンスをしたいと思っても、文部科学省の「指導」ゆえに成績を出したらもうお盆休み。後期開始は約40日後です。
学生がきちんと勉強してくれたら単位なんていくらでも出しますが、欠席続きの学生、リポート提出遅れの学生は後を絶たず、何度も連絡したり、追加リポート提出を待ったり、昼休みなどを使って試験を受けさせたり。
しかし仕事なのでそれは

  仕方がありません。


試験やリポート提出の日に風邪をひく学生だっていますし、やはり若いですから「先生に頼んだら

  何とかしてくれる

だろう」と甘えている者もありますし、「大学に行きたくない」という問題を抱えている人もいます。
ですから、「これ以上我慢できない」ところまで我慢して、さらに「もうひと我慢」するのが教師の役割だと思っています。
もちろん、「やたら我慢すべきではない」という考えもあり、それはそれでひとつの方針だと思います。その時の学生の状況や教員との信頼関係、さらには教員のキャラクターにもよるでしょう。私のキャラクターではないのですが。

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住師匠のご病気 

恥ずかしながら、私はこの春まで大阪市長をどこかで信じていたのです。
『上方芸能』の「文楽を守れ」特集に寄稿を求められた時も。
いいわけをしますと、テレビからの情報を得ることができないのがかなり大きな原因です。
ネットもさほど熱心に見ていません。
ですからあの原稿では、文楽協会の問題はしっかり改革してほしい、しかし補助金はその間は出さないと無責任になる、市長は今後自分でチケットを取って客席できちんと観てほしいとだけ書きました。
筆勢も敢えて弱めにしました。
あそこでは、132人の文楽を思う人たちが筆を執りました。しかし、特別参与という人が

    噴飯もの

と言いました(大阪市の公開メール)。そして、彼らに言わせるとあのメンバーは「エセ文化人」であり「自称文化人」のようです。この人はさらにこの132人の中には手弁当で手伝ってくれる人がいるかも知れない、と、あくまで基準はお金のようです。ただでも手伝って、名を知られたい人がいるかもしれない、とも。
こんなことを平気で言う人間たちだったのか、とただただ情けなくなりました。
例えば、ドナルド・キーンさん一人を取り上げても、あの方が「エセ」であるはずのないことは自明のことでしょう。また、キーンさんが

    「文化人」を自称

されたことがありますか?
大阪市はこんな下品な人を市長にしてしまったのです。

かつて彼が府知事だったとき、部下の職員さんが自殺されました。そのことで反省を求めた府議会議員に対して「事実をよく調べもせずそんなことを言うのは人としてどうかと思う」とその議員を逆に悪者にして居直ったそうです。
人命に関わることと一緒にするのもどうかと思いますが、今彼が文楽に対して取っている態度のほうが、「ろくに調べもせず勝手なことを言うのは人としてどうなんだ」と言いたくなります。

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源氏物語と文楽と 

昨日は最高37.9℃あったのですが、とても休めず、普段に増してお粗末な授業をしてしまいました。学生の皆さん(誰も読んでないけど)申し訳ありませんでした。
しかし、昨日は素材と協力者に救われました。まずは

    源氏物語

若菜下巻を終えて柏木巻に入りました。不義密通を犯した柏木と女三宮。死の床で柏木が三宮に手紙を送り三宮も答えます。「私はもうすぐ最期を迎えます」という柏木に、三宮は「私もあなたと一緒に消えてしまいたい」と答え、さらに柏木が「私もあなたのそばにいます」と返します。
このあと、柏木は逝去し、三宮は出家します。
学生はさまざまな感想文を書いてくれました。

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気分が悪いのは・・・ 

調不良です。あちこち変です。でも、こんな時期に休講したら面倒なことになりますから、必死で出勤します。
15回の授業を義務付けられて何年になるでしょうか。大学教員受難の日々です。
食欲もないのでゼリー系のものとか水分を多めにとか、そんな気持ちで半日を過ごし、早々に帰るつもりです。
まだ大学はあと2週間あります。
勘弁してほしい、と切実に思います。
薬でごまかしながら、授業に行きます!
それにしても気分が悪いのはひょっとしてあの市長の妄言のせいじゃないか? ・・・いや、そこまで言うと私の発言が妄言になりますね。橋下様、失礼いたしました。

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文化の話として 

自分でも収拾がつかなくなってしまったのでしょう、大阪市長は文楽がらみでまるでおかしなことを言い出しました。
嫌みでもからかいでもなく、あの人本当に大丈夫だろうか、と心配にすらなってきます。
私は今年度も日本の文化と歴史の授業をさせていただいています。
そして、明日と来週の二回、

    文楽の話

をします。
文楽の歴史や人形の首の種類と用途、三人遣いの技法などを話します。
義太夫の話はもう難しいのであまりしません。
映像も見せますし、人形も持っていきます。
この前期は幸い人形の技法を学んだ

    卒業生

が事務の仕事をしてくれていますので、彼女に応援を頼んでいます。

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ミニニンジン(第10回)  

このニンジン日記は今回で最後のつもりでした。しかし有終の美を飾ることができず、もう一回書くことにします。
ミニニンジンの収穫は

    80日くらい

と聞いていましたので、8日に一度まとめたらちょうど10回くらいだな、と思っていましたが、なかなか計画通りには進んでくれません。
しかし、失敗も隠さず書く方が素人らしくていいでしょうから、今回もありのままに日記をつけておきます。

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願い事 

昨日は七月七日でした。世間では

    七 夕

といってお祭をしていましたが、毎年言うことですが、どうしても私はこの季節に七夕をイメージすることはできません。
やはり八月半ば以降の、暑いけれどもふと秋風を感じる頃こそ七夕らしいと思います。
もちろん季語としては秋。今年は八月二十四日が旧暦の七月七日に当たるそうで、ちょっと遅いですね。
七夕には願い事を書いて笹に飾ると叶うそうですが、皆さんは何を願われますか?
私は、やはり大阪がまともな町になることを願っています。長らく関わってきた学校ももう少しまともな考えを持ってくれることを願っています。たぶんどちらも今すぐには叶わないでしょうけれど。
個人的には、今なお、どんなことをしてでももう一度音が聴きたいと願います。声変わりしているはずの長男(ア・カペラでバス担当らしい)はどんな

    お兄さん声

になっているのだろうか? 咲甫君はどこまでおとなの浄瑠璃に近づいただろうか? 気になることはいろいろあります。

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勝ち負け 

以前から気になっていることです。
私自身、見聞きしたわけではありませんが、大阪市長がテレビなどに出て、「文化人」とやり合うことが話題になっていました。そして、かならず市長の勝ちだったとか、相手の負けだったとか、そんな総括をする向きがあるように思います。
で、おそらく市長は「クソ文化人」をバカにして喜んでいるのでしょう。
市長が浅はかなのは言うまでもありませんが、それを報道するマスメディアもなにを考えているのか、と思います。

    勝ち負け

とは何か? それになんの意味があるのか? 単におもしろおかしく「報道」しているだけではないのか? そんなことは、少なくともまともなマスメディアのすることではないと思います。
自分のことは棚にあげます。「文化人」は、それも真剣に学問に向き合っている「文化人」は、「クソ」でもなんでもない、尊い人たちです。キーン先生の読書量を思いやるべし、木津川さんや森西さんの活動も誰が立派でないといえるでしょうか。こういった人たちが陰で血のにじむような努力をしていることは容易に想像できます。しかし、それを当たり前だと思っているのが

    愚直な「文化人」

だと思います。文楽の技芸員さんと同じです。それを、詭弁の安売りで言い負かしては喜んでいる人が情けなく思えます。

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相手を悪者にして 

大阪市長の橋下君の拙劣な手法にはほとほとあきれます。
大前提は「自分は正しく相手が間違っている」という小学生並みの発想。
なんとか理屈をつけて相手を貶め、うまく引っかかったらここぞとばかりに屁理屈をこねて勝ち誇ったように自分の思いを通す。自分に不利なことがあるとさらに相手を悪者にしてその後でいくらか譲歩することで自分がものわかりのいいリーダーであると演じてみせる。
何か隠したいことがあると別のテーマを大声で語り、肝腎なことをから人の眼をそらす、いわば

    眼くらまし

の手法ももう飽きるほど見せられてきました。

ところがこれが案外一般受けするのか、相変わらず支持する人は多いように見受けられます。
また、虎の威を借って追随し、市長に誉めてもらって喜ぶ取巻き連中にも大きな罪があると想います。

    類は友を呼ぶ

といいますが、まったく困ったものです。そのうち虎が張子であったと気づいた頃には狐達もまた無残に散らばっていくことになるのでしょう。

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電車は楽し 

このところ、仕事には電車でいきます。
呼吸が楽なので、歩くのが平気だからです。
電車を使うと車の二倍の時間がかかります。交通費も割高。しかし私はやはり電車が好きです。
なんといっても

    危険

が少ない。プロの運転士さんと怪しげな私のハンドル捌きでは比較になりません。事故も違反もまず無縁。
7月は取り締まり強化月間だそうで余計にアブナイです。
そして緊張感が違います。車だと約35分、ほとんど緊張しっぱなし。それがないので楽です。
さらに、本が読める。私、電車では、あまり携帯をさわりたいと思わないのです。それよりは本。このところ、時代物浄瑠璃のコピーを持ち込んで、読みふけっています。解釈力に問題がありますので不十分ですが、だいたいどんな話か、ということくらいはわかります。
最近は

    御所桜堀川夜討

を初段から読んでいます。弁慶上使しか知りませんので、へー、こんな話か! と感心しながら楽しんでいます。

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加賀見山旧錦絵(第二) 

五月半ばの梅沢村。源蔵の妻お来が茶店を開いており、源蔵も来ています。そこに畑介が来ますが、その身なりを天竺浪人(逐電した浪人の洒落言葉。流浪人というくらいの意味)のようだとからかわれます。畑介も「志を改めて兄の勘当を許してもらうよう功を立てたいと思うがうまくいかない」といい、夫婦の仲の良さを羨みつつ、麦飯に行くので一緒に行こうと源蔵を誘います。源蔵は後から行くと言うので畑介は冗談を言いながら先に行きます。
冗談好きな畑介のことをお来が笑うので、源蔵は「あの方は実はご家老

    紙崎主膳様の弟

で、若気の放埒で勘当されたのだから言葉遣いには気をつけよ」とたしなめます。お来は気晴らしに酒でも買ってくると言ってでかけ、源蔵もその間に隣村の産土神に参ろうと立ち去ります。
 そこに年のころなら十八九の娘

    お初

とその父十内が現れます。十内は娘の介抱で病も癒えたので神参りに来たのです。十内は娘の器量の良さを惜しんで、みすぼらしい姿をさせていることを無念がりますが、お初はそんな父を慰めます。十内はお初の出世も願って神参りしようといいます。そこに鷲の善六がやってきて、十内に貸した十両の金の返済を迫ります。もし返せないならお初を嫁に欲しいというのですが、十内は断ります。しかし金の返済には困り果て、お初も泣くばかり。善六は返さないなら代官に訴えると息巻くので、お初は善六の妻になることも考えます。しかし十内は断固として拒み、金の代わりに命をやると言って腹を切ろうとします。そこに現れた通りがかりの商人風の男が二人の難儀を見て十両の金を出世払いで貸してくれ、十内は感謝して善六に金を渡し、善六は不承不承証文を返して去っていきます。この商人は船ケ谷の裕福な米問屋の坂間伝兵衛で、娘も足利家の奥御殿に奉公に出て、今では中老になっているというのです。伝兵衛が、この際お初を娘に預けて見習いをさせてはどうかと勧めるので、十内は感謝し、後日を約して別れていきます。

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悪口 

おとなげない、と思います。
人の悪口を言って溜飲を下げるのは何の実りもないような気がします。
最近どうもそういうことをしがちな自分に嫌気が差しています。
特にいけないのが

    ツイッター(笑)

です。
あまりにも手軽に短い文章でパッと書けてしまい、あっという間に忘れ去られるだけに、恥は掻き捨て、とばかりに言いたい放題言っているような感じです。
みんなしんどい思いをしているのに、なんだか自分だけが苦労しているような錯覚を覚える環境にあります。しかもそれらは概していくら吼えても効果がない、むなしいばかりに終わることの多いものなのです。
たとえば体調が思わしくないとか、お金がないとか(笑)、文楽の人たちが動揺しているのを目にしてしまうとか。
そしてそこには私などの力ではどうしようもないような

    権力

が介在している。
それでついついぼやいてしまうのです。

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加賀見山旧錦絵(第一) 

四月に国立文楽劇場で

    『加賀見山旧錦絵』

が上演されましたが、この作品は成立の事情も複雑で、四月の上演も「又助住家」と「草履打から奥庭まで」という大きく分けて二つの話からなっていました。又助のほうはお家騒動に巻き込まれた悲劇で、草履打以下は享保九年(1724年。近松門左衛門が亡くなった年)に石見浜田藩の江戸屋敷で実際に起こった中老の自害と侍女のあだ討ちという史実を基にした内容とのことです。
歌舞伎の『加賀見山廓写本』を取り入れて容楊黛が書いたこの作品は天明二年(1782)正月に江戸外記座で初演。「草履打」以下のくだりは『加賀見山旧錦絵』、又助のくだりは浄瑠璃化された『加賀見山廓写本』のもので、いわばそれぞれの面白いところを取って『加賀見山旧錦絵』のタイトルで上演していることになります。
ではそもそもの『加賀見山旧錦絵』とはどんな作品なのか、ちょっと気になりますので、読んでみたいと思いました。しかし、私など何を読めばよいのかわからないので、手近なところで

    有朋堂文庫

に入っている『浄瑠璃名作集 下』(大正11年発行)にしました。以下、そのあらすじを紹介しようと思います。例によって皆様に読んでいただこうというよりは私自身の覚書です。

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