心中紙屋治兵衛(7) 

「長町」の段の続きです。

母が目を覚まし、お市を捜します。お市はそっと姉を中に入れます。
母の頼みに従って肩をさすっていたお市はしばらくするとそっと

    小春に代わり

ます。
そうとは知らず、妙光は「この癪を起こしたのは小春のせいだ」と愚痴を言うとお市は「お姉さんを誤解しないで下さい。さっき飛脚が来て、姉さんからお金が届きました」と渡します。けがらわしい、治兵衛様に顔が立たないといって妙光がその金を放り出すので、お市は必死で姉を許してほしいと頼みます。
妙光は「治兵衛様は実は小春のために商売もうまく行かないようで、奥様やご一家から責められて死のうとまでなさったと噂になっている。それなのに今さらほかの男を持つなんて憎い娘だ。とは言っても、小春が町娘のままだったらあんなふうにはなっていなかっただろう。勤め奉公を許した

    私の誤り

だ。親不孝な子を持つのもすべて私の身の因果」と言ってまた咳き込みます。あわてて白湯を飲ませて左右から姉妹が世話を焼くと、妙光は不審を抱き「この白湯は誰がいれてくれたのか」と尋ねます。あわててお市いつも傍に置いているので私がいれたのだとごまかします。
妙光が「私が生きている間は小春を許さないが、死んだら姉妹むつまじく暮らしてほしい」と言うと小春は死なねばならないことを心の中で詫びるのです。

妙光はこの時実は小春がそばにいるのではないかと察していたのでしょうか? そうは書いていませんが、母親の直感としてなにかそういうものがあったのではないかと、観客としてはそんなことを想像することもできるように思います。

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心中紙屋治兵衛(6) 

『心中紙屋治兵衛』下巻は「長町」「紙屋」です。「長町」はこんなお話です。

ここは長町。病気で目も見えない母(妙光)を、孝行娘のお市が賃仕事をしながら世話しています。
近所の、ぶらり三八が「十夜で商売にならず、もう寝るつもりだ」と声をかけてくる。三八はお市を見て「顔立ちもよいだけに三味線でも仕込めばよいのに。姉娘もそうしているんだし」と言いますが、妙光は「姉娘の小春は私の目の病気を治したいといって孝行で勤めているので、親としてはやはり心配なんだよ」と話します。三八は「きれいな着物を着て、男に惚れられて、この世の極楽じゃないか。紙屋の治兵衛という人はそれで身代が苦しくなっているらしい。婆さんも若いころから三味線でも弾いていれば今頃儲かってるよ」などと気楽なことを言うのでついに妙光に叱られて、住まいに帰っていきます。

なんということもない話ですが、この会話の中に世間で遊女がどう見られていたか、男と女の目ではどう違うか、小春治兵衛のことがどういう噂になっているか、などが書かれています。また、妙光一家の生活ぶりも分かってきます。

外は十夜の日暮れ前。馬方がやってきます。

  「天満から米が

届いている」というのです。そんなものが届くはずがない、と妙光が不思議がっているとそこに紙屋治兵衛がやってきます。三俵の米を中へ入れさせ、馬方に酒手を与えて返します。
妙光が「小春がお世話になっているだけでなく、こうしてお心遣いいただくのはあまりな冥加です」と感謝していると、治兵衛は「小春とは縁を切った。もう夢が覚めた。互いの起請文を取り戻したので、もう念は残らない」と言います。妙光は驚いて「ほかに男を作ったのですか。しかしそれならあなた様はなぜこうしてご親切にしてくださるのです」と問うと、治兵衛は「ああいう女だから親の事も放っているだろう、とそなたを気の毒に思っているのだ。いったんは小春を請け出してそなたを隠居させようとまで思ったのだから、その気持ちは変わりませんよ。実の母だと思って大事にします。それが小春への面当てだしね。お市も姉に会っても物も言うなよ。あいつを思い切ったら我が家の者も機嫌を直し、わしも商売に精を出すようになった」と言って帰っていきました。

小春の母を思いやる治兵衛、とも言えますが、心にあるのはやはり

    小春への鬱憤

ということでしょう。

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花は咲いたけど 

きゅうりの成長は嬉しいのですが、ピーマンは大失敗でした。
朝早く家を出て暗くなってから帰るという日が続いたあと、ふと見ると葉がひどく欠けています。

ピーマンの葉

小さな虫にしてはずいぶんひどい。
これは

    ナメクジ

のしわざではないか、と思いました。
ナメクジ退治は、ビールで引き寄せて水没させる、忌避剤を使う、殺虫剤を使う、銅を置いて近づけないなどがあると本やネットの情報で読みました。花かばさんも「銅か薬剤ですね」とおっしゃっていたので、銅線を探して置いてみたのですが、これがほんとうにナメクジの仕業かどうかを確認することも必要だと、夜な夜な懐中電灯を持って探検に行きました。ナメクジは夜行性なのでやむを得ません。
すると、いました・・・。プランターに近づいているもの、プランターの土に降り立ったもの、そして今まさにピーマンの茎を這い登っているものも発見しました。銅線がちょっと足りなかったみたい(笑)。
結局2日で5匹ずつ捕獲しました。
3日目には1匹だけ、次の日にはキャベツの色の変わったのを(笑)置いておいたらそこに1匹。
まだ油断はなりませんので続けますが、なるほど、これだけいたらひとたまりもありませんね。
ナメクジの写真は

    苦手だ

とおっしゃる方のために掲載しません。

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育つきゅうり 

なんとなく、ネギは種から芽が出てそのまままっすぐ伸びるのだろうと思っていました。
実際に種まきして初めてその成長の仕方がわかりました。
逆U字型に折れ曲がったように伸びて、やがて種のほうが外に出て、次第にまっすぐになるのですね。
ほんとに我ながら小学生並の知識しかないことに自嘲気味になります。
小学校で習ったのかな?
習ったとしても植物に関心がなかったので覚える気もしなかったと思います。
やはり

    百聞不如一見

ですね。
今から理科の勉強をし直したいくらいです。

ネギ1

ネギ2
(上の写真から1週間後)

これは5月のはじめに種を蒔いたものなので、あと1ヶ月くらいで食べられるかな、と思います。

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2013年5月東京公演千秋楽 

本日、東京の5月公演が千秋楽です。
皆様お疲れさまでした。
4月大阪の「網島」がさらに深まったのではないでしょうか。
「陣屋」の評判もなかなかよかったようで、まず安堵。
皇后陛下も『曽根崎』にいらっしゃって、「ぐっとくるものが・・」とおっしゃった・・かどうかは存じません。
今回は道行だけを出遣いにしたそうで、私は予想が大外れ。てっきり全段出遣いだと思い込んでいました。国立劇場さん、失礼しました。
「生玉」のお初は一輔さんだったそうですが、簑助師匠は彼の将来のこともあれこれお考えなのでしょうね。50歳になるころには桐竹に戻ってゆかりのお名前を襲名されるのではないでしょうか。
このところ、

    玉佳さん

の評判を聞くことが多いです。もちろん、いい評判。楽屋でお見せになるあの満面の笑顔とは裏腹に、舞台では役の性根をきっちり見せるようになっていると多くの方がおっしゃいます。デビューの頃から観てきた者としては嬉しいです。

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銀 

浄瑠璃の本を読むと「銀」と書いて「かね」と読ませるのにしばしば出会います。
金貨なんて縁が薄い庶民にとっては実感なのでしょうか。私も平素は野口英世さんと仲が良く、福沢諭吉さんとは今一つ相性が良くないようです。いえ、私が嫌っているのではなく、何故かあちらがおいでにならないのです。五千円札なんて、いまだに樋口一葉だっけ、新渡戸稲造だっけ、と混乱します。二千円札くらい仲良くなれるかと思ったのですが、流通せずに終わりそうですしね。
江戸時代の「銀」=「かね」は、「野口英世」と書いて「しへい(紙幣)」と読む、という感じでしょうか。哀しい庶民の性です(笑)。
『心中紙屋治兵衛』を読んでいたら、治兵衛が丁稚に

    こま銀

を与えて、治兵衛が彼に小春への手紙を届けさせていることを、おさんに言わないよう口止めする場面がありました。豆板、小玉、小粒の銀です。「こま銀」は「細銀」のことですね。
丁稚はそれで虎屋饅頭などを買い食いすると言っています。
金というとあまりに派手すぎて、足利義満や豊臣秀吉の趣味を思ってしまいます。私は昔から金より銀のほうが好きで、子供の頃は何故かガムの包みの銀紙をきれいに伸ばして集めていたような記憶があります。

    ギンガムチェック

という言葉を初めて聞いた時、私はパッとあの銀に包まれたガムを思い出したくらいです(ネタじゃありません)。

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心中紙屋治兵衛(5) 

「茶屋」の段はほぼ現行の『心中天の網島』「河庄」と同内容です。言い換えると、我々は原作ではなくこの『心中紙屋治兵衛』の「茶屋」を「河庄」として鑑賞していることになります。
ですから、あらすじを書くほどのことはないと思います。
そこで、「浮瀬」との関係などについて少しだけ。
「浮瀬」の段切では、小春は河庄から呼ばれたので去っていきます。とすると、「茶屋」はその同じ日の夜の場面かと思えます。「浮瀬」では河庄へ行くというので顔を見合わせて名残を惜しんでいました。しかし、「茶屋」では、治兵衛は煮売り屋で

    小春の沙汰

を聞いて侍客で河庄にいると知るのです(近松の原作に同じ)。また、小春の行灯から背けた顔を見て治兵衛「痩せたなぁ」と思ったり(これも近松の原作に同じ)もしており、いかにも長く会わないような形になっています。思わず「あんたさっき『浮瀬』で会うてじゃらじゃらと話してたやろ」と突っ込みたくなりました。
太兵衛に二十両の返済を迫られた時は「それはこの間、石町の御出家に」と言っており、「この間」というのは今日という感じではありません。その他あれこれありますが、ひょっとして、「浮瀬」から「茶屋」までにはかなり日数がたっているのでしょうか。あるいは作者はそんなことをあまり気にせず、むしろ近松の原作を生かしたためにやや無理が生じた、というようなことでしょうか。こういうのは改作をしっかり勉強されている方ならお分かりのことと思います。

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心中紙屋治兵衛(4) 

そこに現れたのは木の嶋屋伊兵衛。逃げようとする治兵衛を引きとめ、昨日が期限の揚代の二十両をすぐに払ってくれと言います。
治兵衛がすぐには払えないと言い訳していると、伊丹の九蔵という男が現れ、『払えないならきっぱりと

    小春から退く

という一札を書けと迫ります。ある人物からそう頼まれた、というのです。そこに太兵衛が出てきて
「その金は俺が払ってやろう。俺は小春に惚れているが、さっきから話を聞いていてもう小春のことは諦める気になった。この金で顔を立てた上であとで俺に一札書けばいい」
と言います。
小春は太兵衛の男気に感謝しますが、治兵衛は
「この金で払って、もしあとで金が返せなかったら小春のことを思い切って太兵衛に譲るとでも書かせるつもりだろう」
と見抜きます。
ここでは

    「三寸まな板を見抜く」

という言葉が用いられており、いかにも治兵衛が鋭い理性を弁えた人物であるかが強調されています。のちにはあっさり騙されるので、この大げさな表現がまた面白く思えます。

九蔵が
「このままでは済まされない。代官所へ引っ立てる」
とつかみかかると小春は必死で止めます。
先ほどの僧が走り出てきました。仲裁するといいます。九蔵は「一緒にやっつけてしまえ」と言いますが、伊兵衛は今日の客であることに気づき僧にわけを聞きます。
すると僧は
「仲裁するのは出家の役だ。治兵衛殿、何の関係もない初対面の坊主だがあなたの心に感じ入ってこれを」
と廿両を投げ出します。治兵衛は驚いて金を見ると上書きに「御法恩の為。廿両畳講中」とあります。しかし僧は
「畳の表替えをあきらめれば済むことだ。恩は着せぬ」
と言うのです。治兵衛と小春は金を押し戴いて伊兵衛に渡し、僧はさらに前日からの入用だと言って五両を与えると伊兵衛は喜んで受け取ります。太兵衛と九蔵が帰ろうとすると治兵衛が怒って止めますが、太兵衛が暴力をにおわすと僧が相手が悪いから了見しなさいと忠告します。

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心中紙屋治兵衛(3) 

「浮瀬の段」の続きです。

丁稚が去ると、小春が走り出て、逢いたかったと涙を流しますが治兵衛は不機嫌です。
「小春と逢えないので様子を聞いたら、おれと心中するのではないかと親方が外へ出さず、牢屋同然の二階住まいをさせられていると聞いて、病気はしないか持病の癪が起こらぬかと案じていたのに、お前は着飾って浮瀬に来ている。別の色客ができたのか」


    愛想尽かし

をします。
なんだかもう、治兵衛みたいな男ですね、って治兵衛ですが。

小春は悲しくなって
「そんな気分ではありません。あなたとほんとうの夫婦になりたいと一筋に思い楽しみにしているのに、まだ疑うのですか。親方に引き離されてつらい命を永らえているのに、せめてひとことかわいそうにとでも言ってくださってもよいでしょう」
と恨み泣きします。
そういわれて、さすがに治兵衛も納得します。治兵衛が今日の客のことを聞くと小春は
「ご出家様です。日のうちだけのお客で気遣いのない方だというので来たのです」
と言います。治兵衛は
「それならこうして二人で話していると

    間男同然

だ。客が腹を立てまいか。念のため歩き歩き話をしよう。お前は畑のほうを、わしは海のほうを見て話そう」
と二人は少し距離を置いて話します。二人の様子を想像するとおかしいですね。

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心中紙屋治兵衛(2) 

すみません、ご退屈様ですが、心中紙屋治兵衛のあらすじを書きます。
「浮瀬」の段はこんなお話です。
 
神無月(小春)の頃、清水坂の上にある料亭の浮瀬では大坂の紙屋仲間の会がおこなわれています。そこに

    太兵衛善六

がやってきます。
太兵衛は
「俺は伊丹の者なので大坂の仲間には入っていないが、仕切銀を貸していて大坂でも幅を利かしている」
と自慢しています。
善六は
「私の従弟の紙屋治兵衛の身代は本来この善六が持つはずだったのに伯父の娘のおさんが私を嫌って治兵衛と夫婦になって子供まで生んで悔しくてならない。その無念を晴らそうと思って貴様と今の話を・・」
とわけありげです。どうも悪だくみをしているようです。それはそうと、善六というのは治兵衛の従兄だったのですね。おさんと結婚して店を持ちたかったのに、おさんは治兵衛を選んだので、それを妬んでいるのです。
さらに太兵衛は
「北の新地の小春に首っ丈のこの太兵衛だが、いくら呼んでも治兵衛に心中立てして来ない。治兵衛も妻子があるならず者だ。あいつらの手を切らすこの

    陰謀

がうまくいったら、お前も身代を引き継いでおさんも抱けるぞ。細工は流々だ」
と話しています。
岩木屋の手代新兵衛がほろ酔い機嫌で出てきます。太兵衛がそれを見つけて声をかけます。新兵衛は太兵衛を誘いますが、太兵衛は「用もあるので小座敷でもあったら少しだけ」と新兵衛と一緒に中に入り、善六は「自分は先に行く」といって別れます。

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しゃがむ 

最近はどうなのか知りませんが、以前よくコンビニの前でしゃがんでいる男の子(+女の子)がいました。
手には今買ってきたらしいお菓子や飲み物。で、しゃがんでしゃべっている。
タバコをふかしているのもいたかもしれません。

    ヤンキー座り

なんて言っていましたよね。
あれ、もし膝を揃えて体育座り(三角座り、お山座り?)しているとワルらしさに欠けてカッコワルイのでしょうね。
目いっぱい膝を広げてしゃがんでいるほうがワルそうに見えていいのかな。かかとを地面につけるのもお決まりだったのでしょうか。
しんどそうに見えたのですが。
同じしゃがむ格好でも

    蹲踞

となると相撲などでおなじみ。背筋を伸ばしてかかとはつけず、なかなかいい格好です。
「蹲踞」は「つくばう」ことでしょうから平伏するとか相手を敬うという意味がありそうです。

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心中紙屋治兵衛(1) 

近松門左衛門作として上演されている『心中天網島』の「河庄」の段は改作の『心中紙屋治兵衛』によるものだそうです。
安永7年(1778)4月、大坂北新地芝居初演で、作者は近松半二・竹田文吉。
その全体像は

上の巻 浮瀬の段 茶屋の段
下の巻 長町の段 紙屋の段

この「茶屋」が「河庄」にあたります。
初演の太夫は
  浮瀬(掛合) 是太夫 彦太夫
  茶屋     文字太夫
         政太夫
  長町     梶太夫
  紙屋     咲太夫
         染太夫
   跡(掛合) 梶太夫 文字大夫
でした(竹本姓)。

具体的にはどんな話なのか、この4、5月公演をきっかけに改めて読んでみました。かなり忘れていました(笑)。
せっかく読んだので、あらすじだけでも書いておこうと思います。例によって誤りがあるかもしれません。

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鈍っています 

10日間ほど元気だったのですが、早くも元の木阿弥
いつどうなるかわかりません。
あちこちに不調の連鎖が及び、気分も憂鬱です。
こうなると、それでなくても悪い頭なのに、いっそう錆び付いて回転が鈍くなります。はっきり顕れるのが

    丸本の読み

のスピードの遅さ。それに加えて読めない字が続出します。ただし、30分ほどほったらかして見直すと実に簡単な字だったりして読めてしまうことも珍しくありません。こういう簡単な字が読めないというのは鈍っている証拠です。
あえていいわけすると、江戸時代の本にはあまり慣れていないのです。一番親しんでいるのは鎌倉時代から室町時代の仮名(漢字はさっぱり)です。平安時代がそれに次ぎ、江戸時代は苦手です。しかも浄瑠璃の丸本となるとぎゅうぎゅう詰に書かれていますので、どこからどこまでが

    一つの文字

なのかを判断するが難しいのです。江戸時代の専門家の方々には恐れ入るのです。

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遠藤さん 

今、若い人に「遠藤さんと言えば?」と問いかけるとどなたのことを思い浮かべるのだろう、と突然(笑)思いました。
試しに「遠藤」で検索をかけると「綾」「照明」「憲一」「要」「正明」「久美子」と出てきました。「照明」は灯り関係の企業名でしょうか?
あいにく、私は誰一人知りません。どういう方々でしょうか。
実はトップには「保仁」という名が出てきていました。この人は知っています。サッカー選手ですね。「やすひと」から

    「やっとさん」

と呼ばれている人。
やっと一人わかりました。
遠藤という名は藤原氏の流れを引くのでしょうね。藤原氏はあまりにも多くなりすぎて「加藤」「伊藤」「佐藤」などの姓を産み、上流層は「近衛」「九条」「二条」「一条」「鷹司」の

    五摂家

をはじめ、「冷泉」「京極」「三条西」などを名乗りました。近衛さんは秀麿などに繋がり、宇多野の陽明文庫はこの一族のお宝を集めた文字通りの宝庫です。冷泉さんは今も京都御所の北、同志社大学に包み込まれるようにお屋敷があります。九条さんは京都御苑の南端に今も九条邸跡の池が残っています。大正三美人とされる、歌人で京都女子大学を設立した九条武子(父は西本願寺法主大谷光尊)はこの家の分家九条良致の妻となったのでした。

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読み始めています 

この間、ツイッターでちょっとつぶやいたことがきっかけで、思いついたように読み始めたのが

    心中紙屋治兵衛

です。近松半二、竹田文吉作。
その「河庄」が今上演されている「心中天の網島」に使われているわけです。時々書きますが、原作の「網島」ではなまいだ坊主の

    転合念仏

の場面があって、それを見物している中に太兵衛と連れ衆がいます。善六という人物はいません。
そして「口三味線」ではなく、太兵衛が「念仏」をやらかすのです。ただ、これはもう今では面白さはあまりよくわかりません。「口三味線」もあまり面白いとは思わないのですが。
縛られた治兵衛を見つけるのは太兵衛ですが、彼はいきなり治兵衛だとわかるのです。もちろんここでも善六なる人物は出てきません。
そのあと二十両返せ、と言う話になりますがこれは原作にはありません。このくだりは「心中紙屋治兵衛」を読めばどういうことか分かります。

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余談 

毎年十干十二支の話をしていて、学生に

    壬申の乱

の名称のいわれを聞くのですが、時々「高校の先生に教わりました」という人がいます。
高校の日本史の授業は時間がなくてなかなかゆっくりした話はできないと思います。本当はこういうことをひとこと教えておいていただくと子供たちはさっと理解すると思うのですが、なかなかそうは行かないのだろうと思います。高校の先生は、いや中学校も小学校もですが、なかなか大変です。
「壬申(みずのえさる)」の年はもっとも最近では1992年でした。大学3年生がその年の生まれです。あの学年の子たちには特にこの話をすると壬申の乱がいつあったかは二度と忘れないだろうと思います。
「壬申」は60年ごとにあるわけですから、1992年から60年引くとその年も壬申。大化の改新のあとだと言うことくらい知っていれば、60の倍数である1320年前の

    672年

と思い出せるはずなのです。
戊辰戦争(1868)、辛亥革命(1911)なども同じく十干十二支から来ていますからおおよその見当さえ付いていればわかるはずです。
「大きな古時計」の訳詞を書かれた人に保富庚午さんがいらっしゃいますが、この方も1930年(庚午)のお生まれです。

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今年も幼稚園? 

一昨年、昨年と、二年続けて奈良県の幼稚園で文楽人形を用いた劇を上演しました。
昨年は学生がいなくなったため、地元の皆さんに稽古していただいての上演でした。
予算の問題もありますので、今年はどうなるのかわかりませんでした。
ところが、先日、この話を最初に持ってきてくださった

  元雑誌編集者

のかたから連絡があり、今年もまた、と声をかけていただきました。
私は人形を持っていくだけで、あとはあちらにお任せのようなものですが、役に立つなら何でもしたいと思っています。
地元の皆さんは昨年で懲りた、とおっしゃっていないか、と心配なのですが、どうでしょうか。
いまのところ、一昨年の演目である

  ごんべえさんと
    やまのかみさま


で、という感じなのですが、また新作を作るかもしれません。
人形はツメが使いやすいので多分それにすると思います。

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グッド・ウィークの京都 

先日、京都に行きました。ひとつの目的は、なんと、

    平安神宮

だったのです。正直に言って、普段は近くまで行ってもほとんど素通りしています。新しい神社ですし、模型のようなイメージを抱き過ぎて、ありがたみがなく(笑)、こまかく観よう、という意識も高まりません。庭園は確かにきれいですが、一人でぶらぶらするのもつまらないかな、と(いえ、つまらないことはありません)。
平安神宮は平安朝大内裏の朝堂院(八省院)を復元したものですので、南門は

    応天門

です。あの、応天門の変の火災現場。あの門が火災に遭うとどんな感じだったのかを改めてイメージしたかったのです。

平安神宮応天門1
↑平安神宮応天門

もちろん、当時の応天門とは場所が違います。そこで、ものはついで、と、今回は本来の応天門の場所にも行ってボーッと周りを眺めていました(何も残っていませんが)。その前には二条城、二条陣屋、神泉苑にも行きました。

神泉苑5
↑神泉苑

朱雀門跡1
↑朱雀門跡(応天門はこの北にあった)

平安神宮のすぐそばには京都市美術館がありますので、リヒテンシュタイン展とゴッホ展も観てきました。

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左右非対称 

左右対称の文字というのがありますが、例えば「林」は本当に対称かと言うとそうではないと思います。
あまりにも対称で書くとつまらない字になってしまいそうに思います。
均衡があってよさそうに思えるのに、むしろどこか非対称のほうが魅力があると思います。

    人間の顔

もそうだろうと思うのです。なんとなく鼻を中心にして対称になっているようで、実際はそうではないだろう、と。
千円札の野口英世の顔は左右が随分印象が違います。
右側(向かって左)は割合に普通の顔に見えるのに、左側はちょっと怖い。影の関係もあるのでしょうが、半分隠してみるとよくわかります。

    文楽人形

はどうなんだろうと思うと、これはほぼ対称になっているような気がします。文楽人形の顔は無表情で、あまりあらわに感情を出しません(出すと人形遣いが表現するはずの喜怒哀楽がかえってわからない)。対称であることがが関係あるのかなと思ったりしています。



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胸を張る 

プロ野球阪神タイガーズにとてつもなく背の高い新人が入ったようです。
あのチームには新井兄弟という190cm近い選手がいますが、それをはるかに上回ります。
新井選手が言っていました「僕が人を見上げるなんてことはまずない」と。
しかし、このルーキーに並ぶと、新井選手も米粒のようです(それは大げさ)。
藤浪君というそうですが、彼は筋力をさらに強化して体重が増えると

    時速155km

くらいは常時出せるのではないでしょうか。
文字通りの大物です。
時速155kmというのは、普通の人ならほんとうに「目にもとまらぬ」速さです。バットは多分ピクリともしません。
我々レベルなら、120kmでも豪速球でしょうね。
背が高いと手も長く、足も長く、バッターからみるとなかなかボールが出てこず、出てきたかと思うと

    あっという間

にキャッチャーミットにおさまっています。背の高さは有利です。

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2013年5月東京公演初日 

文楽東京公演が初日を迎えます。

この公演では、竹本住大夫師匠が初春の大阪に続いて

    『壽式三番叟』の翁

で出演されます。関東地方の皆様もお待ちかねかと拝察いたします。
ほかの演目は、
『一谷嫩軍記』『曾根崎心中』『心中天網島』です。
今年は「公益財団法人文楽協会創立五〇周年記念」「竹本義太夫三〇〇回忌記念」「近松門左衛門生誕三六〇年記念」の冠が付きます。

    『一谷嫩軍記』

は「熊谷桜」「熊谷陣屋」のみ。「陣屋」を呂勢・清治、英・団七というのがすばらしい。太夫のお二人は一段階上に行くきっかけになって欲しいです。清治師匠の陣屋は十年ぶりくらいです。団七師匠は津大夫師匠の三味線で勤められていますから、頼りになります。「熊谷桜」の三輪さんは本来はこういう東風の切場に進んで欲しい人だと思うのですが。

『曾根崎心中』は簑助、勘十郎コンビは板についてきました。

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春は何色? 

日本文化の授業で四季と方角、四季と色などについて話しました。
春は東、夏は南、秋は西、冬は北。こういう考え方は風の向きともおおむね一致するのでなんとなく学生は分かりやすかったようです。
「では色はどうでしょうか。みなさんは春というと何色をイメージしますか?」と尋ねると、一番多い答えは

    ピンク

でした。なるほど、そういえば桜の季節。それでピンクの印象が強いのでしょうね。
ただし、日本古来の感じ方では、そういうわけには行かないですね。これは中国の五行思想から来ていて、そういう色ではないのです。もっとも、仮に日本独特のものでも、昔の桜は今のような「桜色」のイメージは強くではなかったでしょうから、ピンクというのは当たらないでしょうね。
夏に関しては、学生は「青」だと言います。これは海の色でしょうか。
「実は、春=青、夏=朱、秋=白、冬=玄(くろ)なのです」というと学生は不思議そうな顔をしていました。
ただ、「青春」とか「北原白秋」なんていうと「ああ、なるほど」という顔をしていましたが。
青龍、朱雀、白虎、玄武の話もしましたが、どうもこの中では「青」の感じ方に違和感を覚えるようです。それで、例えば高松塚古墳の青龍の写真を見せると納得します。

図1
↑高松塚古墳「青龍」

これはどうみても「緑龍」です。
青の感覚が今と微妙にずれるのでしょうね。もちろん今でも「青々とした草」「青信号」などと言いますから、

    

は我々の感覚の中にも残ってはいるのですが。

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籠りたい 

一か月ほど、誰もいないところに籠りたいです。
もちろんそんな贅沢が叶うはずはありませんが、切実にそう思います。
平安時代の貴族は優雅なもので、自分では野良仕事もしないのに権威をかさにきて食い扶持を搾取しています。
もちろん、すべての貴族が大金持ちなのではなく、細々と生きていた人も多かったはずですが。
源氏物語に出てくる

    末摘花

という女性は常陸宮の娘ですが、外見もよからず、生活も質素だったのです。
光源氏は二十代の不遇の時期に須磨、明石に隠棲しましたが、やがて許されて帰洛します。
しかし末摘花は忘れられた存在。光源氏がやっと訪れるとそこは

    蓬の生える

陋屋のようになっていました。
光源氏は須磨で籠居、その陰では末摘花のように京の都で貧しい暮らしをしています。どちらも悲しい日々だったのです。
紫式部はけっして光源氏を「年がら年中ハッピーで裕福で何事も思い通りになる人物」などとは書いていません。
学生に話をするとこういうところは意外だった、という反応があります。

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GW! 

4月は、話せない、歩けない、で苦しみました。
歩けないのは恐怖です。たかが100メートルの距離を移動するのに5分以上かかり、たどり着いたらしばらく動けない。
それこそ、津波などが襲ってきた日には太刀打ちできません。自宅は内陸ですから津波の恐れはありませんが、火事だ、地震だ、と言われても逃げられません。

    サバイバル

なんて無理です。
遊びに、なんて行けません。実につまらない日々でした。
やっとここ数日、歩けるようになり、そうなるとじっとしていられず、車にも乗りません。
朝、一番にすることは歩くこと。歩けるしあわせをむさぼるように、二時間くらい平気です。体力が落ちているので、途中休憩は不可欠。無理はできません。

体調不良になると、いつも怯えるのです。もう

    二度と歩けない

のではないか、と。おおげさ、と思われるでしょうが、実感です。

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ピーマン 

今年もモタモタと植物を育てます。
すでに書いたのですが、今年はキュウリとミニトマトを植えるつもりでした。
しかし、ホームセンターへ行って苗を眺めているうちに、なぜか急遽ミニトマトをやめて

    ピーマン

に変更してしまいました。
その苗を定植する前に蒔いていた種は葉ネギ(万能ねぎ)でした。
これはこれで簡単に芽が出て成長してくれますので嬉しいです。

葉ねぎの種
↑葉ネギの種

種は何百粒あるのでしょうか。ほんとうはこの倍の分量のものを売っていたのですが、どう考えても蒔ききれないと思ったのでこれにしました。それでも多量にあります。もったいないので、空いていたコンテナ(小さめの鉢)にも蒔いておきました。

葉ねぎの芽
葉ネギの芽

私はねぎが大好きですので、どんどん消費しようと思っています。

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可笑しかったのか 

先日、『天の網島』の可笑しみについていくらか書きました。
それではこの公演の登場人物は

    おかしかった

のか。
私は玉男師匠の治兵衛には可笑しさを感じていました。まじめじゃない(玉男師匠ご自身も真面目なような、どこかおかしいような←これが文楽の人間国宝たるゆえんではないか)。
それをどうみてもねっからまじめそうな玉女さんがどんなふうに表現されるのか、とても楽しみでした。玉男師匠の動きを思わせるところも多かったのですが、それでは玉女さんの可笑しさ表現にはつながらない。やはり玉女さんには早く

    玉男超え

していただきたいです。
玉男師匠よりうまくなれ、という話ではなく、異次元へ行っていただきたいのです。
孫右衛門といえば勘十郎師匠(先代)から文吾さん。なんとなくまじめでこわそうな気もしますが、実は気さくでかなり可笑しい師匠方。人間の厚みがあったというべきでしょうか。文雀師匠の孫右衛門もありましたが、和生さんはやはりその衣鉢を継ぐというべきでしょうか。

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仕事は進んだ 

何もしない連休が続いています。
この連休中に『源氏物語』を「澪標(みをつくし)」まで読むつもりでした。ところが、することがないので(笑)、連休が始まる日に読み終えていました。
初めてこの膨大な作品を通読したのは大学生の時、二回目は大学院生の時、そのあとは通読という形では一回読んだだけかも知れません。あとは関心のあるところや仕事がらみのところを拾い読みすることばかりになりました。まともな研究者ではありません。
今回はその意味では久しぶりの

    通読パターン

です。
文学の論文というのはいわば作品への

    ツッコミ

のようなものですが、私はこの作品に真正面からつっこんだことがないのです。
読むと何でも言えそうな気になるのですが、たいてい誰かが先に言っていて研究史をあまり把握していないので怖くて書けません。
で、もっぱら愛読者になっています。
今は授業で取り上げていますので、予習のためにもよく読みます。
おもしろくて、止まりません。

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過半数 

昨日は

    憲法記念日

でした。

この夏の参議院議員選挙の争点に憲法改定の是非が云々されています。
国民の過半数が賛成するなら、国会議員の3分の1が反対するだけで改定発議すらできないのはおかしい、ということだそうで、総理大臣は意気軒昂に憲法96条をまず改めたいと考えているようです。
私も反対しません。有権者1億人ですから、5000万人もの人が改めよと言うなら、改めてもいいと思います。しかし、あくまで実数として5000万人を求めます。パーセンテージで決めるのはダメ。
国民投票をして、投票率が仮に70%なら、5000万÷7000万=

    約71%

やはりこれくらいのパーセンテージは必要だと思います。
国会議員の3分の2で発議というのはまんざら荒唐無稽な数字ではないと感じます。

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働く肝臓 

えげつない4月でした。
授業だけは欠かせませんので必死にこなしましたが、それ以外の仕事はおそ松くんでした。
楽しみもなく、耐えているだけの毎日、というと悲劇の主人公みたいですが。
食べるものも満足ではありませんでした。買いにいったり、食べにいったり、というのが苦痛で、

    もう、いいや

で、何日過ごしたことか・・・。 orz
仕事場でも学食まで行くのが億劫で(エレベーターで降りるだけです)、何度も諦め、結局、一度だけしか行きませんでした。それで、また元気がなくなるので、完全に悪循環ですね。
研究室まで

    出前

してもらいたいです(笑)。
文楽劇場は家から一時間。遠くて遠くて、とても「通う」というところまでいけませんでした。
行くと、あの日本橋7号出口の階段が知るも知らぬも逢坂の関。うんざりしました。

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元気なお三方 

文楽4月公演は、あまり元気がなかったものですから、しっかり拝見した、という自信がありません。
楽屋に行ったのは千秋楽だけ。
第一部と第二部の間には、

    大道具のバラシ

を見学し、「関西舞台」の皆さんの手際のよさを眺めていました。
夜の部の幕間には、ご一緒する方がありましたので、楽屋の一番奥、たった今「河庄」を語られて着替えていらっしゃる最中のお師匠はんをお訪ねしました。タイミングとしては申し訳なく、失礼だったかもしれないのですが、もうこの時間しかなかったものですから、深くお詫びして短時間会っていただきました。
師匠は汗が吹き出して止まりません。血管もしっかり浮いて、とくとくと身体中にご健康な血が廻っていることが感じられました。またとない

    健康法

でしょうね、浄瑠璃を語るのは。
お顔もすばらしく、つやつやとして、お疲れなのにいろいろご教示賜りました。

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