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夏越 

六月三十日。一年の半分が過ぎました。
古い時代のことを勉強してきたものとしてはやはり

    大祓

の日というのが頭に浮かびます。六月と十二月のつごもり。
六月はいわゆる「なごし(夏越、名越)の祓え」ですね。
昔は六月三十日は夏の終わりでしたから今とは季節感が違いますが、一年の半分という感覚は変わらないでしょうね。
この半年の無事を感謝してこの後の半年も健やかでありますようにと願い、また半年の穢れを祓う意味で夏越の祓えは今も各地で行われているようです。
私の地元でも人形(ひとかた)にふっと息をかけて(身体をなでるところも)神社に納めます。・・といいつつ、最近やってないから調子が悪いのかな?

    茅の輪くぐり

もあるはずですが、あまり行っていません。信心が足りない?

  水無月の夏越の祓をする人は
   千歳の命延ぶといふなり

何でもやっておかないとダメですね。

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秘書 

「秘」という文字が謎めいていることもあるのでしょうか(関係ない?)、学生にとって秘書というのはちょっと気になる仕事のようです。
敬語の話などをしているうちに、秘書の使う言葉にも触れることがあります。
ものはついでとばかりに

    秘書検定

の問題を少し取り上げてみると、普段さほどまじめな学生ではない者までがとても熱心に解こうとするのです。
たとえばこんな問題です。
(問)ファックスを送信する時の心得で次の中から不適切なものを一つ選びなさい。
    1 字が小さいときは、拡大コピーをして送信する
    2 「マル秘」扱いの文書は、送信状にその事を書いて送る
    3 急ぎのときは、送信したことを相手に電話で知らせる
    4 送信するときは、日付やあて先などを書いた送信状を添える
    5 送信した後は、送れたかどうかファックス機を確かめておく
おわかりになるでしょうか。
正解は2です。そもそもマル秘の文書を相手に何の連絡もせずにファックスで送るなど考えられません。送信状に「マル秘です」なんて書いたら逆効果になる場合もあるでしょう。マル秘なら覗いてみよう、という困った人が受け取ったら一大事です。
看護学科のある学生は、「転職する時に役に立ちますか?」と質問してきました。おいおい、君は看護師さんになりたいでしょう。仕事は大変だけど、看護師さんの方が儲かるよ(笑)。

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あと1か月 

今年も半分が終わろうとしています。一年の前半はなかなか進まないのですが、後半はあっという間です。気がついたら年末、ということになってるんじゃないかな。
大学の授業も前期は

    あと一か月

になりました。
私はかなりずぼらな授業しかしていないのですが、学生に聞くと私の上を行く人もかなりいるようです。
授業はしばしば30分前に終わるとか、気分次第でもうやめましょう、という人もいるとか。
私は大体80分は話しています(ちなみに90分授業です)が、これは平均的なところか、ひょっとしたら平均以上に長く話しているのかもしれません。もうちょっとサボってやろうか、と思います(笑)。
古典文学も担当していますが、概説のようなもので、たとえば写本を読むとか、珍しい作品を読むとか、そういうことはしていません。ただ、写本については一度くらい体験する時間があってもいいかなとは思っているのです。
なんといっても

    日本の文字

なのですから。

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学生から教わること 

看護学科の学生の中にとても熱心に日本語について勉強する人がいるのです。
いわゆるスキル科目に過ぎないのに、座席は一番前で必死にメモを取っています。
漢文が得意らしく、漢字もよくできます。多分、漢字の知識については私以上だと思います(なにしろ、漢字検定1級を持っているそうですから)。
敬語のテストをするとほぼ満点。「なんで看護学科なの?」と聞きたいくらいですが、おそらくそちらの方面の勉強もよくできるのでしょう。
もちろん学生ですからまだまだ間違うことはあり、つい先日も「擬古文」のことを「擬固文」と書いていました。「凝固」しちゃうわけではないのですが(理系ならではの間違い?)、まあそれくらい間違えてくれたほうがかわいげがあります。
彼女がこんなことを言っていました。

  「すべからく」を「すべて」の意味で使う人が増えています。
  漢文を勉強しなくなって「すべからく~べし」というのを
  習わないから、雰囲気だけで使っているのだと思います。

恐れ入ります。もう何も言うことはありません。
また最近「やるせない」を丁寧に言おうとして「やるせません」と言っている人があったとも教えてくれました(ネット上の文章にあったとのこと)。
彼女には私の体調が悪いときに授業を代わってもらいたいくらいです。

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富士のスケール 

22日に富士山が世界文化遺産に登録されました。
カンボジアのプノンペンで行われていた世界遺産委員会で、正式に決まったようです。
中部地方の世界文化遺産というと

  白川郷・五箇山の合掌造り集落

がありますが、これで2件目になりますね。
地方別でいうと

 近畿(5)
 中国(3)
 中部(2)
 東北(1)
 関東(1)
 沖縄(1)

となり、九州、四国、北海道にはまだありません(自然遺産は北海道、九州にもありますが)。
ただ、暫定リストには、九州は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」「宗像・沖ノ島と関連遺産群」「九州・山口の近代化産業遺産群(山口県を含む)」が、北海道は「北海道・北東北の縄文遺跡群」があります。四国にはそれもないのが寂しいです。
近畿では「飛鳥・藤原の宮都と関連資産群」「百舌鳥・古市古墳群」「彦根城」が暫定リストに入っています。どれをとってもなかなかのものだと思います。
関東地方では「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」の一つとして国立西洋美術館がありますが、すでに推薦済みで「登録延期」になっている上、フランス頼みという面がありますね。「鎌倉」はちょっと待ちましょう。関東地方で期待されるのは「富岡製糸場と絹産業遺産群」でしょうかね。
中部地方の「佐渡鉱山の遺産群」など、世阿弥、能関連も何とかならないものなのでしょうか。
文化遺産が13、暫定リストに入っているものが13。これからますます審査も厳しくなるようなので、今後はどうなるでしょうか。

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仁川 

「仁川」と書いて「にがわ」と読みます。簡単なのに、なかなか読んでもらえません。
宝塚市の南の端、西宮市との境界にあたります。
ですから、ずっと北寄りに住む私と しましては、やや遠い位置になります。
その名のとおり、仁川という小さな川が流れています。部分的には両市の境界になりますが、おおむね西宮市内を流れる川なので、仁川というとどうも宝塚の川という感じがしません。
阪急電車の駅にも「仁川」があり(駅は川の北側で宝塚市)ます。ここは、毎週ではありませんが、週末になると一気に乗降客が増えます。
それというのも、

    阪神競馬場

の最寄りの駅だからです。
私は競馬には疎く、馬券も買ったことがありません。
しかし、馬は好きですから、馬を見に行くのはいいだろうな、と思います。
入場料は200円らしい(指定席は別)ので、思いきって足を運んでみたい、と思うこともあるのです。
一昨日、その阪神競馬場で、その名も

    宝塚記念

というレースがあったようです。なんだかローカルな名前だな、と思っていたのですが、重賞レースらしく、ファンには見逃せないようです。
結果は二番人気のゴールドシップ(内田騎手)という馬が圧勝したとのこと。
ゴールドシップは金髪かと思いきや(笑)、葦毛だそうです。一谷の敦盛は連銭葦毛でしたからちょっと違うのでしょうね。

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2013年6月若手会 

22日、23日の両日、文楽若手会がありました。

    二人禿

    夕顔棚から尼崎

    野崎村

という内容でした。
行きたかった、というか、本来は行かねばならないのですが、その前日がハードだったこともあり、2日ともグロッキー状態で、とても足が向きませんでした。悔しいです。
まあ、私はもう若手の皆さんが主役を演じられる本公演は観られないでしょうから、「若手会の時はこうだった」と将来語り合うこともないだろう(笑)、と言い訳しています。
休演のかたもいらしたようですが、皆さん、いかがでしたでしょうか。
中でも話題だったたのは

    玉佳ちゃん

の光秀。是非拝見したかったと、これはかなり後悔しています。
鑑賞教室は本公演に近い配役もありますが、若手会はほんとうにフレッシュです。

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奇跡 

東京都の三菱一号館美術館での展示を終えて、ルノワールの「うちわを持つ少女」「縫い物をするマリー=テレーズ・デュラン=リュエル」「劇場の桟敷席(音楽会にて)」、モネの「小川のガチョウ」、コローの「水辺の道」、ドガの「稽古場の踊り子たち」などが、現在は神戸市にある兵庫県立美術館で衆目を集めています。題して「奇跡のクラークコレクション~ルノワールとフランス絵画の傑作」だそうです。

最近、美術館、博物館のコピーで流行っている(?)のが、この

    奇跡

という言葉です。「侯爵家が500年間守り抜いた秘宝、奇跡の来日」(リヒテンシュタイン展)、「江戸絵画の奇跡」(ファインバーグコレクション展)など。
「めったに見られないぞ」「見逃すなよ」というメッセージなのですね。
以前なら、「感動の」「驚きの」などといったかもしれませんが、感動するかどうかは絵を観てから。それ以前に、来日すること、開催されることそのものがきわめて困難だ、と。あるいは「驚き」などという生易しいものではないぞ、ということでしょうか。
ついコピーにつられて観にいきたくなります(主催者のオモウツボ・・)。

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KAWASAKI 

先日、川崎重工業という会社で社長の解任があったとか。
会社勤めの経験はありませんからこういう話はよくわからないのですが、経営方針をめぐってぶつかり合いがあるのですね。
川崎重工業といえば、造船もさることながら、電車の車輌や産業用ロボットなども造っていますね。
また、バイクも有名で国内はもとより、

    世界のKAWASAKI

として知られているそうです。ところで、最近アメリカで、いやむしろカナダのトロントで、バイク以外でも「KAWASAKI」が有名になりつつあるようです。以前福岡ソフトバンクホークスにいた野球選手の川崎宗則さんが人気者になっているらしいのです。彼は今年、

    トロントブルージェイズ

とマイナー契約をして、やがてメジャーに昇格、最近は九番ショートで連日出場しています。
そして先月26日(日本時間27日)、見事にサヨナラ逆転ツーベースを放ち、インタビューを受けてたどたどしい英語で球場のファンやテレビ視聴者を爆笑させたのです。あげくにはチームメイトから手荒く水を掛けられ、それでもニコニコして、ファンに応えていました。

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世界の記憶『御堂関白記』 

授業で世界遺産の話をしていますので、富士山の正式決定を待っていました。
すると、それに先んじて「世界の記憶(Memory of the World)」、いわゆる世界記憶遺産に日本の『慶長遣欧使節関係資料』と

    『御堂関白記』

を登録することをユネスコが決めたと文部科学省が発表しました。
「世界の記憶」は、貴重な文書、書籍、写真などの資料を保存し、一般に公開するためのユネスコの事業です。
「世界遺産」「無形文化遺産」(文楽はここに入ります)ともに世界三大遺産事業といわれます。
後世に継承すべき重要な文書類が毀損・消失するのを防ぐのが最大の目的です。
すでに何度か書いていますのでご承知くださっているかたもいらっしゃるかとは存じますが、私はこの『御堂関白記』という日記をほとんどライフワークのようにしています。たいした研究はしていませんが、これからも読み続けていこうと思っているものです。
大学院生時代にふと行ってみた『御堂関白記』講読会。私のその後の恩師になる山中裕先生に師事する若手研究者たちが見事にあの難解な文章を解説していくのです。なぜあんなに読めるのか、と思うと、悔しいやら恥ずかしいやら。それで少しでも彼らに追いつこうと思って勉強したのでした。
山中先生にはダメな弟子を持ったとがっかりされることなく本当に粘り強くお教えいただきました。
先生は今年92歳になられました。
『御堂関白記』は

    藤原道長

の日記ですが、その道長の自筆本が残っているという意味できわめて貴重なものなのです。もちろん国宝。
当時の貴族の生活の実態などがとてもよく伺え、「書かれていること」「書かれていないこと」「誤って書かれていること」などさまざまな角度から読むことができます。

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2013 鑑賞教室千秋楽 

今日は文楽鑑賞教室の千秋楽です。
皆様おつかれさまでした。
鑑賞教室では高校生ばかりか、社会人向けの日も2回設定され、また16日は大阪市による

    文楽デー

だったようで、さまざまなサービスをおこないました。市長以外はけっこうまともな人がいるようです。
何でもこの日は三業の体験ができるのだそうで、若い技芸員さんが手取り足取り(足は取らないけど)教えてくれて体験できるのだそうです。興味のある方にとってはたまらない企画でしょうね。
この公演では中堅人がますます充実していることを感じさせる内容だったようです。
なんといっても、光秀が勘十郎、玉女、玉也、玉志のみなさんだったようで、本公演に匹敵するような配役でした。
高校生諸君はわかってくれたでしょうか。
どうしても尼崎の途中あたりから眠くなりかねませんが、それはそれでもかまわないので、

    起きていた時間

に見聞きしたものを大事にしてほしいと思います。

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麺にはネギ 770,000 

先日讃岐神社の話を書いたのですが、どうも讃岐と言うと麺類、うどんを思い出していけません。
最近は

    「○○製麺」

というのがあちこちにあって、安くうどんが食べられるようになっています。「○○」の部分は「讃岐」「丸亀」「金比羅」などが入り、いかにも讃岐うどんですという名前になっていますね。
私は店に入るのが苦手になってしまい、実は1回しか行ったことがないのです。
本場の讃岐では2回讃岐うどんの名店と言われるところに行きました。
おいしかったのですが、いかにも「早く食べて

    早く出て行け」

という感じだったのと、混んでいたのが残念でした。
冬は暖かいうどんやそば、夏はまた冷たい麺類がたまりません。とにかくうどんやそばがあれば満足という単純な人間です。

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最近のネット住まい 

あまりインターネットで遊んでばかりもいられません。
私はこのブログのほかにおもにFacebook と Twitter に出入りしてきました。そのほかに、Mixi にも、全く別のSNSにも顔を出していました。
しかしあれこれややこしくなるのと、全部に書き込むこともできませんので、いつしか

    限定する

ようになって来ました。
「全く別のSNS」はすでになくなっているらしく、先日1年ぶり(以上)に行ってみたら影も形もありませんでした。
また、Mixi も最近はほとんど出入りしていません。もしそちらでお付き合いのあった方がいらしたら失礼しています。
一時はMixiに入るのがトレンドだったのに、今はかなり影が薄くなっているような気もします。そうでもないのでしょうか。

    Twitter  Facebook

はそれなりに出入りしてきました。しかし、やはり性に合う、というのがあるような気がします。

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巻物 

大阪市立美術館で開催されていた「ボストン美術館 日本美術の至宝」が終わりました。
「法華堂根本曼荼羅図」、長谷川等伯「竜虎図」、蕭白「雲龍図」、尾形光琳「松島図屏風」などすばらしいものばかりでしたが、私は中でも

    吉備大臣入唐絵巻

には強い関心があります。
普段は美術全集(絵巻物の場合は「日本絵巻物全集」「日本絵巻大成」などがあります)で観ますが、実物とはやはり似て非なるものです。まず物理的な大きさがまず違います。絵巻物全集では縮小されているからです。そして、絵巻物全集といいながら冊子本です。当然ながら本来は

    巻物

で、受ける印象がまるで異なります。

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蛍 

源氏物語の名場面の一つに蛍巻で光源氏が蛍を放つシーンがあります。
かつて愛した夕顔の娘、玉鬘を見つけた光源氏が彼女を引き取り、自分の弟で、風流で知られる

    兵部卿宮

に彼女の姿を見せようという魂胆です。
夕闇の頃、兵部卿宮を近くに招き寄せて、隠していた蛍をぱぁっと放つのです。なかなか幻想的でいい場面だと思います。

御几帳の帷子を一重うちかけたまふにあはせて、
さと光るもの、紙燭をさし出でたるかとあきれたり。
蛍を薄きかたに、この夕つ方いと多く包みおきて、
光をつつみ隠したまへりけるを、さりげなく、
とかくひきつくろふやうにて、にはかにかくけちえんに
光れるに、あさましくて、扇をさし隠したまへる
かたはら目、いとをかしげなり。

当時は暗いですから、月明かり、雪明りなどわずかな光がこの上なく明るいものになって、そのはつかな光で何かが見えるととても美しく感じられるのです。
ほんのわずかに見えたものを褒め称えるのは陰翳礼賛にもつながるでしょうか。

  春日野の雪間をわけて生ひでくる
    草のはつかに見えし君はも
              (壬生忠岑)

これは夜ではありませんが、車からちらりと見えた女性に送ったものです。

蛍巻の名場面は絵画の素材としてもしばしば用いられたものでした。

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弘法大師雑話 

6月15日は弘法大師こと空海(774~835)の誕生日ということになっています。
なっています、というのはあくまで伝承だからです。正確な記録が残っているわけではありません。
伝承と言えば、空海にはさまざまなエピソードが残されています。
13世紀に成立した

    「古今著聞集」

からご紹介します。

嵯峨天皇(786~842)は空海や橘逸勢とともに当時の能書家。この三人は「三筆」と称されています。
嵯峨天皇は、あるときライバル視していた空海に書の手本をあれこれ見せていました。その中にすぐれた一巻があったので「これは唐人の筆跡だ。誰が書いたのかは分からないが、とても真似ることのできないものだ」と絶賛しました。すると空海が「それは私が書いたものです」と言うのです。天皇は「今のあなたの筆跡とまるで違うじゃないか」と信用しません。空海は「軸をはずして合わせ目をご覧下さい」と言います。天皇がその通りにすると「○年○月○日青龍寺においてこれを書く。沙門空海」と記されていました。そして空海は「唐は大国なのでそれらしい書風で書きました。日本は小国なので現代風に書いています」というのです。さすがの嵯峨天皇も恥じらってそれ以後は対抗するようなことはしなかったとのことです。
天衣無縫とか

    融通無碍

などといいたくなるような空海のおおらかな人物像が見えてくるようです。

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4月公演メモ(2) 

『心中天網島』

深刻な心中ものではありますが、

    おかしみ

ということを思いながら観ていました。口三味線などはあまり面白く感じないのですが、例えば小春に腹を立てる治兵衛、歌舞伎役者の真似をして商人と武士を行き来する孫右衛門、兄と伯母が来たといわれてあわてて算盤をはじき出す治兵衛など。人間の弱さやおかしみが芝居の底にあるな、と。

玉女さんが治兵衛を遣われました。この役はやはり玉男師匠で一番多く見ましたが、玉女さんはそのときかなり左を持っていらしたのでしょうね。

    飄々とした感じ

で師匠を思い出しながら拝見しました。それと同時に、玉女さん独特の治兵衛が見たいとも思いました。たとえば、「立ち聞く治兵衛が気も狂乱」のあたり、もっとカーッとなる治兵衛を描いてみるのはどうだろう、などと。
花車の紋臣さんを見て、とても動きが滑らかなのに感嘆しました。形もきれいで楽しみです。性根を深く掴んで的確な動きにつなげていただきたいなと期待しています。

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4月公演メモ(1) 

すっかり忘れていました。
4月公演のことをここに書いていませんでした。

『伽羅先代萩』
いつも思うのです。千松は子どもの格好をしていますが、おとななんだろうなと。
ただ、おとなは思っていてもなかなか言えないことがあり、千松は時としてそれを口にする。本音がポロリと出ることがある。いわば

    大人の代弁者

になっているように思います。
千松は哀れです。しかし、世の中は今も昔も千松だらけなのです。千松を見て「かわいそうな子ども」を感じるのも一つの見方でしょうが、私はやはり自分自身を観てしまいます。
彼は社会の中で孤立し、ついには社会に抹殺されてしまう。政岡はそれを見て慟哭する。千松は政岡の子であると同時に夫でもあるようです。
鶴喜代も千松も哀れですが、彼らを哀れなままにしておかねばならない立場の政岡はさらに孤独を深めることになります。人と交わりながらなおも感ずるところに孤独の本質があります。政岡は女たちの社会でひとりで生きています。かけがえのない、計り知れないほど重い2人の子という重い荷を背負いながら。彼女は人を恨んで言うのではなく、自分自身を

    「胴欲」

と言います。恨むのではなく、恨まれる立場の自分を見つめざるを得ない悲しみ。
しかし、彼女の「凝り固まりし鉄石心」は「女の愚に返」ることによって「伏し転び、死骸にひしと抱きつき前後不覚に嘆」くことになります。
女の愚、人の愚、孤独は時として愚によって解放されることもあるのだと思います。
それにしても三人の女たち、八汐は動き、政岡は耐え、沖の井は見つめる。それぞれに魅力的です。
和生さんの政岡は隙がありませんでした。泰然として動じず。動きは抑えながら人物像はくっきりしていました。へんな言い方ですが見せる政岡というよりも聴かせる政岡のような。
文司さんの八汐はもう少しおとなしいかと思ったのですが、いい意味で予想を裏切ってくれました。
勘弥さんの沖の井は前回もよかったのですが、何がよかったのか掴みきれませんでした。今回感じたのは、見つめ、疑い、判断する過程がきちんと時間を作っていたこと。沖の井の時間がありました。時間があると心の動きが見せると思います。沖の井は理知の人。
文司さんにせよ勘弥さんにせよ、しっかり動いて人物の性根を見せてくれるのは心強いです。
「床下」はひさしぶり。幸助、玉佳のお二方に華があるのが嬉しいです。玉佳さんは人形に同化するかのようで、これは昨年の定九郎でも感じたことです。あとは、そこから玉佳という人形遣いがふっと消えてしまう瞬間があることを願っています。

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讃岐神社界隈 

一体何の勉強をしているのか自分でも分からなくなります。
平安時代なら平安時代、和歌なら和歌、文楽なら文楽と決めておけばもうちょっとまともな仕事ができたのかなと思わないでもありません。
公開講座では

    竹取物語

などを読んでいますが、このお話の舞台になった場所はいろいろ説があります。
奈良県北葛城郡広陵町あたりだろうとか、京田辺市のあたりだろうとか。
広陵町には讃岐神社という神社があり、これはなかなか古いものです。
このあたりは讃岐国の忌部(斎部。いんべ)氏が移住した地で、故郷の神を勧請したといわれます。『延喜式』「神名帳」には「大和国広瀬郡 讃岐神社」とあります。
忌部氏は朝廷の品部(ともべ。職業集団)として知られ、讃岐の忌部氏は盾の貢納などをおこなったようです。
そして竹細工も朝廷に貢納していた、それが竹取の話につながるのだ、ということのようです。
竹取物語の作者は不明ですが、天武天皇の頃に実在した(一部不明瞭)人物を

    5人の求婚者

として揶揄するように描いているというので、これは天武天皇=大海人皇子に敗れた大友皇子の子孫がからかうようにして作ったのだろう、という話もあります。強引だとは思いますが、こういう話を雑談で取り入れるのもおもしろいものです。

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6月10日 

昨日は6月10日でした。
今国立文楽劇場で上演中の

    絵本太功記

は天正十年六月二日の本能寺の変を素材にしていますが、一日一段と言うことで、六月十日は十段目「尼崎の段」ということになります。もちろん今の暦ではありませんので、若干季節感は違います。ただ、この年の旧暦六月十日は今の暦では6月29日に当たるそうで、三週間足らずしか違いません。
光秀の「時は今あめが下しる五月哉」は『愛宕百韻』(5月下旬、すなわち本能寺の変の直前に開催された)で光秀が吟じた発句で、土岐源氏である光秀が天下を治めるのは五月雨の時期の今だ、という意味をこめたとも言われます。
旧暦の六月とはいえ、今の6月29日ならまだ

    梅雨の真っ最中

でしょう。また蒸し暑い時期ですから、案外今とさほど季節感は変わらないかもしれません。
この時期に行われる鑑賞教室ですから、解説のときにそんな季節感の話をひとこと付け加えられると面白いかもしれません。

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野菜、さらにその後 

ツル性の植物の伸び方のすさまじさには感嘆を禁じえません。
その後、キュウリはいくらでも伸びるぞといわんばかりの成長で、6月4日にはほぼ私の身長と並びました。
水をごくごく飲んでいます。おそらく肥料も食っているのでしょう。
爽快と言ってもよいほどの伸び方です。きゅうりで気になるのは

    病気

です。ウドンコ病、ベト病、炭そ病、つる割病などが代表的なもののようですが、幸いその様子は見えません。接木苗を使ったことがよかったのでしょうか。
虫もさほど目立ちません。

葉の様子
6月7日の葉です。きれいです

葉の大きさも立派なもので、これなら長く伸ばせば緑のカーテンになるわけだ、と納得しました。

一番果は早めに収穫するほうがよいとものの本に書いてあります。
これも忠実に守って、小さいうちに摘んでしまいました。

あれよあれよという間に伸び、ある日仕事から帰ると私の背丈を追い抜いていました。
作業もしにくくなりますし、支柱が180cmですので、それ以上の部分についてはもう成長を止めることにしました。別に追い抜かれて悔しいからではありません。下の部分にしっかり水分や栄養分がいきわたるようにという意味もあるようです。
その日は夜遅かったのと、切口が早く乾く昼間が良いらしいので、翌日の昼に摘心(芯)しました。夕べよりさらに大きくなっていました(笑)。

先端部
ごらんのとおり支柱をはるかに超えていました

摘心した先端部
先端部をかなり摘んでしまいました。

そして、ふと気づいたら二番果が見事に大きくなってきていました。い、いつの間に。

二番果

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鎌倉は不記載 

今月16日からカンボジアで世界遺産委員会が開催され、新たな世界遺産登録が決まります。
日本から推薦されていたのは富士山と鎌倉。
富士山については、三保の松原を除外して登録(記載)するよう、ICOMOS(International Council on Monuments and Sites 国際記念物遺跡会議)が委員会に推挙しており、ほぼ確実と言われます。
一方鎌倉については、不登録(不記載)とされ、このまま委員会でも不登録と決まると再度推薦することはできないそうで、日本は推薦の取り消しをしました。再挑戦するには当然さまざまな資料の見直しをしなければならず、神奈川県や鎌倉市などはまた多額の税金を使わねばならないでしょうね。
日本の世界遺産、特に文化遺産は圧倒的に関西が多く、大阪府以外の府県にはすべて世界遺産があります。

  法隆寺地域の仏教建造物(奈良県)
  姫路城(兵庫県)
  古都奈良の文化財(奈良県)
  古都京都の文化財(京都府、滋賀県)
  紀伊山地の霊場と参詣道(和歌山県、三重県、奈良県)


という具合です。
その他の文化遺産はグスク(沖縄県)、厳島神社(広島県)、原爆ドーム(広島県)、白川郷・五箇山(岐阜県、富山県)、平泉(岩手県)、石見銀山(島根県)、日光(栃木県)ですから、いかに文化遺産が関西に多いかがわかります。歴史的に見てどうしてもこうなってしまうのでしょうね。
鎌倉は武士政権の元祖。日光東照宮が世界遺産で鶴岡八幡宮はそうではない、というのも残念かも知れません。
私が最後に鎌倉に行ったのは三年前。台風に遭って東京から帰れず、神奈川県在住の妹の家に泊めてもらった翌日、腹を決めて1日散策したのでした。とてもおもしろく、好きな町ですが、世界遺産というのとは何だか違うような気もしました。

    江ノ島電鉄

の線路は日本文化遺産にしたいくらいでしたが。

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心中紙屋治兵衛と時雨炬燵 

『心中紙屋治兵衛』は、「心中」というタイトルを持ちながらタイトルを持ちながら最後に一発逆転で

    心中しない

物語でした。

これをさらに増補したものが『天網島時雨炬燵』だそうです。
こちらは時々上演されますのであらすじを書くほどのことはありませんが、『心中紙屋治兵衛』の「紙屋」とどれほど違うのかを少しメモしておこうと思います。
といっても、今上演されている『時雨』はもともとの『時雨』とは違うようです。今このあたりを知りたいのですが、なかなか思うように行かず、まだ詳しいことは分かりません。
我々が見る『時雨』は伝海(伝界)と太兵衛が出てくる『心中紙屋治兵衛』と同じ内容を持っています。これは少なくとも大正、明治(昭和もかなり長い間同じ)の時点では『心中天の網島』として上演されていたものです。
しかし、本来の『時雨』は伝海・太兵衛のくだりはなかったのではないのでしょうか。また調べてみます。
「日本名著全集江戸文芸之部」などで読む限り、『時雨』の「紙屋」は「直に仏なり」で始まります。つまりちょんがれのくだりはナシ。あれは「心中紙屋治兵衛」のものを後になってくっつけたのでしょうか。ただし、今の『時雨』では治兵衛が脇差を取って太兵衛を斬ろうとした時におさんはおらず、とめるのは孫右衛門。『心中紙屋治兵衛』でとめるのはおさんです。ああややこし。
このあたり、ご存じの方教えてください。

『時雨』では

    五左衛門

がまるで違う人物です。金山の詐欺話に引っかかって大損をしたために治兵衛から金を借り、治兵衛は財を失います。治兵衛はもし本家から財産を調べられるた場合「舅に無心された」とも言いにくいのでわざと茶屋に通って自分が使い込んだということにするわけです。ところがそこで出逢ったのが小春。いつしか馴染みを重ねてしまいます。にもかかわらず五左衛門がおさんを連れて帰るというのでおさんは父に抗議をするわけです。実はこの五左衛門の行為は偽りで、お末とおさんを尼にしてたんすをガタガタいわせたときには逆にそこにお金を置いて小春を請出す資金にさせようとしたのですね。

細かいですが、今の『時雨』ではお末を連れて行くのは伯母(五左衛門の妻)ですが、『古今名劇二百種』の『時雨』の梗概では五左衛門が男の子は男親につくのが天下の大法だからとお末だけを連れて帰っています。

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2013年6月鑑賞教室初日 

本日は文楽鑑賞教室の初日です。
英大夫、富助、和生ほかの中堅、若手による

  日高川入相花王(渡し場)
  解説
  絵本太功記(尼崎)

という、いわばおなじみのプログラム。
しかし、多くの高校生たちにははじめての体験です。
大阪(とその周辺)の高校生ならではの貴重な時間をぜひ楽しんでください。
また、普段なかなか劇場に行けない社会人の皆さんも思いきって飛び込んでいただきたい。
余韻はすぐそばにある居酒屋さんでどうぞ味わってください。
そして、文楽ファンの皆様はいつもの演目を一世代若い方々で満喫なさってください。

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公開講座始まる 

今年度の公開講座が始まりました。
竹取物語と紫式部日記です。
丁寧に、できるだけ視覚資料を使いながら進めて行こうと思っています。
実は、竹取物語の

    受講者が減って

しまいました。どうも新しく来て下さった方が定着しないようです。
話がつまらない、というのはさらに工夫をするとしか申せません。
ただ、ちょっと気になることを聞いたのです。
私は半期に5回だけ実施しているのですが、それでは少ない、ということでした。
通常8~10回実施されているのですが、私はあまり無理をしたくないという気持ちでこれまで意識的に回数を少なくしてきたのでした。しか「おいでになる方はやはり

    物足りない

のではないか」と指摘されました。
思いがけない指摘でしたので、考え直そうという気持ちになりました。

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若者との会話 

学生の言うことを聞いていて気がつくことはあれこれありますが、最近

    憲法

とは何かについて、学生はあまりよく分かっていないことに気がつきました。
実は女性天皇の話をしていたのですが、現在の皇室典範ではその第一条に皇位は男系男子が継承することがうたわれているので、この条文を変えなければ皇室の存続に黄色信号がともっているというようなことを言ったのです。もちろん、他にも考え方はありますが、一応そういうことを話していたわけです。
学生はあまり皇室を否定しません。あってもよい、存続して欲しいという考えの者が多いのです。ところが、なぜ女性ではいけないのかということに強い疑問を呈します。祭祀の問題などを話してもやはりそこは工夫して女性天皇を認めてもよいではないかと主張する者が多いのです。
なかなか頼もしいです。
ところが、最近立て続けに、そのことを話題にした後で、「だからこそ、すぐに

    憲法を変えるべき

だ」という意見に出会いました。

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心中紙屋治兵衛(10) 

治兵衛はまた炬燵に入って蒲団をかぶっています。おさんはまだ小春が忘れられないのかと蒲団を取ると、治兵衛は泣いています。さすがのおさんも、せっかく夫婦らしく寝物語もできるかと思ったのに、それはあんまりだと嘆きます。治兵衛は涙を拭って、
「この涙は無念の涙だ。小春に名残はないが、『たとえあなたと縁が切れて添えない身となっても、太兵衛には請け出されません。もし金の力で親方から無理に出されるなら見事に死んで見せます』と言ったのだ。生き恥をかかされて無念でならない」
と語ります。するとおさんは
「それなら小春は死にます」
と言い出します。治兵衛が否定すると、おさんは自分が手紙を出して治兵衛と別れさせたことを告白し、治兵衛も河庄での手紙のことを思い出し、それなら小春は死ぬ気だと思います。
おさんはなんとしても小春を助けたいから太兵衛より先に身請けをしてほしいと言いますが、そのためには新銀七百五十匁が必要です。そんな金はないという治兵衛の前に、まずおさんは新銀で四百匁の金を出します。そして残りの金を調えるために、箪笥の中から着物を次々に風呂敷に詰め、質屋に持っていくように準備します。治兵衛は
「もし小春を請け出したらお前はどうするつもりだ」
と問い、おさんは
「子供の乳母か飯炊きか隠居なりともしましょう」
と答えるのでした。

このあたりは近松の原作をかなり重んじているところです。

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心中紙屋治兵衛(9) 

「紙屋」の続きです。

伝海は
「放っておいたら小春は死ぬぞ。その隠れた場所に心当たりはないのか」
といいますが、もとより太兵衛に覚えはありません。紀伊国屋からも詰め寄られた太兵衛がかろうじて思い当たるのは「木の伊」のところくらいです。「木の伊」とは「浮瀬」の段で出てきた「木の嶋屋伊兵衛」のことですね。
とにかくそこから探そうとすると、孫右衛門が
「お前の名は伝海だな。清水の浮瀬で坊主客になったのはお前だ太兵衛と仲間であろう」
と言って、太兵衛と伝海を引き止めます。
あわてた伝海が
「いえ、太兵衛さんという方は見たこともない人です」
とうっかり口にします。
孫右衛門はここぞとばかりにたたみかけます。
「それならさっき太兵衛が『伝海が世話にしてくださった』と言ったり、お前が『放っておいたら死ぬぞ』と言ったのはなぜだ。それに見せたいものがある」
と言って孫右衛門が広げたのは先ほど太兵衛が落とした手紙です。こんなことが書いてあります。

  この間浮瀬で十両いただきましたが、
  博打で負けてしまいました。今日紙屋
  でうまくいったら十両貸してください。
         太兵衛様 伝海より

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心中紙屋治兵衛(8) 

「長町」の次が「紙屋」です。
今でも

    『天網島時雨炬燵』

の版が上演されることもありますが、この『心中紙屋治兵衛』の「紙屋」はまたちょっと違いますので、面倒ですが書いておきます。

天神橋の御前町。紙屋治兵衛の店。治兵衛は炬燵で転寝し、妻のおさんは店のことや家のことであれこれ心配りしています。いかにもしっかりした奥さんです。
夕暮れ時になっても下女の玉は使いから帰らず、丁稚の三五郎は勘太郎とお末を散歩に連れ出したままです。風が冷たく、お末が乳を飲みたがっているだろうと、おさんは子供を案じていると、勘太郎が一人で戻ったので手を温めるためにおさんは炬燵に入れてやります。そのあとに三五郎が一人で戻り、お末をどこかに忘れてきたと言います。すると玉がお末を背負って戻ったので、おさんは厳しく三五郎を咎めます。
おさんは夫を起こし、孫右衛門が来ていることを告げると治兵衛はあわてて起き上がり、算盤片手に仕事をする振りをし始めます。
ここからが近松の原作とは大いに違うところです。

太兵衛がやってきます。
「こんな贋金は要らない。ほんものの金を返せ」
と上がり口に胡坐をかいて言います。治兵衛は
「覚えのない借金だが、お侍のお世話で廿両を返した。あの時改めたではないか」
と言い返しますが、太兵衛は
「お前が小春の揚げ代に困っていたからおれが親切で立て替えたのだ。それを贋金で済ますとは、さてはあの侍といい合わせてのことだな。侍の姿もさっき見た。ここにいるのだろう。あいつを出せ」
と逆ねだれします。
「この廿両は浮瀬で石町の坊主に借りた金だ。証文の宛名を白紙で渡したのが誤りだった」
と悔やむ治兵衛をなおも太兵衛は罵倒し続けます。
腹立ち涙を流す治兵衛は
「あの隠居坊主も仲間だろう、連れてくる」
と駆け出しますが、
「今頃うかうかと石町にいるはずもありません」
とおさんに留められ、途方にくれています。

近松の原作ではいやみな男ではあっても単に小春を治兵衛と張り合って請出そうとしているだけ。どちらかというと奥さんも子どももいる治兵衛よりまともかも(笑)。しかしここでは完全に太兵衛は悪人になっていますね。贋金もどうやらほんとうに作ったものらしいのです。あとでそれがわかります。

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野菜のその後 

あるじ、頼りなしとて、夏を忘れぬ野菜です。
5月3日に種を蒔いたネギはなんだかまだひょろっとしていますが、まっすぐ伸びようという姿勢だけは認めます。高校時代の我が身を思い出します(笑)。

ネギ
種を蒔いて26日目のネギ

ピーマンは以前にも書きましたようにナメクジ怪獣が大挙して襲いかかったらしく、ひどい食害に遭いました。
何とか花は咲いてその後もボツボツ咲いていますが、一つ目の花はあっさり落ちてしまい、さてどうなるものか不安でいっぱいです。
ナメクジ退治はその後も続き、その数は27匹になりました(6月1日夜現在)。さて、どうなることか。

ピーマン5月30日
背丈はいくらか伸びてきましたが、まだ支柱で支えるほどではありません
(定植後25日目)

5月31日
(花は次々と咲いていますが 26日目)

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