毒 

ふぐなんてほとんど縁のない魚ですが、何度か文楽の帰りに食べに行きました。8000円だったかな、満足満足という内容でしたよ。関東から来ていた友人が「2万円くらい?」と言っておびえていたのを覚えています(笑)。
ふぐには毒があるそうですが、時たま毒に当たる方がありますよね。調理師さんに責任はあるのでしょうが、実はお客さんのほうで食べたいというご希望もあるのだとか。そうなると調理師さんも大変ですね。
私はこわがりですので、遠慮しますが、いくらか

    舌がピリッとする

のがいいとかなんとか。ああ怖い。
人間はどこかこの毒というものを好む面があるのではないでしょうか。こわいもの見たさの変形のような感じです。
最近はヘイトスピーチというのがあるようで、信じられないような毒を吐く人がいます。ああいうことを言うことで何か痛快に感じるのでしょうか。
なぜそこまで悪意、敵意をあらわにするのか、私にはもう一つ分からないのですが、人間の心にはああいう残酷なところが潜んでいるのでしょう。
表現の自由と言うのとはまた別の問題だろうと思います。私に言わせると

    恥を知る

ことを知らない行為だと。
時々申しますが、いくら法的に問題はなくても、言ってはいけないこと、してはならないことはいくらでもあります。

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流星 

藤原道長は、寛弘四年(1007)閏五月十七日に金峯山参詣のための長斎に入ります。いわゆる御嶽精進です。
室町にあった源高雅の家を精進所にしました。すると、とたんに日記の記事がなくなります。
やはり精進に専念していたのだろうかと思われます。
ところが、20日ほどして彼の筆が動きます。
六月八日の記事に、

  笠置寺に参る。この夜流星数多く、
  暁に至り流ると云々。

と書いています。精進の関係で笠置寺に参ったことに加えて、流星が数多くあったことを記しているのです。
笠置寺は今の相楽郡笠置にある寺で、本尊は弥勒菩薩。都からはかなり距離がありますが、あえて行ったのはやはり金峯山参詣のための長斎の一環だったと思われます。金峯山は弥勒下生の地です。
翌日、笠置寺から戻りますが、またも

  この夜また大流星有りと云々

と書いています。
精進の最中にこういうことがあると気になるのです。何か不穏さを感じ取るのですね。笠置寺に参った夜にこのようなことがあるのはなぜか。ひょっとしたらこの参詣は中止せざるを得ないかもしれない・・・。

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富嶽 

今年は富士山が話題になりました。
もちろん、世界文化遺産に登録されたことですね。
関西にいると、富士山を実際に見るのはなかなか大変です。普段接するとしたら絵か写真。
太宰治の小説はあまり熱心に読んではいませんが、

    「富嶽百景」

はいくらかまじめに読んだほうかもしれません。
やはり絵では北斎の「富嶽三十六景」でしょうか。これも永谷園のお茶漬け海苔についていましたし、広重の「東海道五十三次」とともに子供のころから馴染み深いものでした。どちらも切手にもなりましたよね。クロード・モネら印象派の画家に強い影響を与え、あの「神奈川沖浪裏」はドビュッシーの交響詩「海」のスコアの絵にされました(浪の部分のみ)。

03448x.jpg
葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」

広重の

    「名所江戸百景」

にも富士山は出てきます。当時の江戸の人にとって、富士山は信仰の対象であり、その身近さは現代人とは比較にならないものでした。それにしてもずいぶん大きく描かれています。「するがてふ(駿河町)」なんて、富士山が町を覆う帽子、いや、町を守る

    

のように見えます。

駿河町
歌川広重「名所江戸百景 駿河町」

日本橋雪晴
歌川広重「名所江戸百景 日本橋雪晴」

「日本橋雪晴」(これも切手になりました)でも左奥に山肌の見えない真っ白な富士山が大きな姿を見せます。
私、東京から富士を見たことがないのですが、あんなに大きくは見えませんよね。

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東海道 

子供のころ、永谷園のお茶漬け海苔はちょっとしたぜいたくで、私は大好きでした。
今の子供は(大人も?)信じてくれないでしょうが、貧しかったので、半分使って残りを翌日に回して楽しみを二倍にしたりしました。
私は今でも食べ物を残すのが嫌いというか、そういう無駄は生理的に受け付けないのです。しみったれているといわれても、残したり捨てたりはできないのです。残すのは翌日に回すお茶漬け海苔だけ(笑)。
あのお茶漬け海苔のもうひとつの楽しみは広重の

    東海道五十三次

のミニサイズの絵(保永堂板)がおまけについていたこと。
たしか、あれを十枚くらい集めると五十三次すべての絵を送ってくれたのです。
小学校の頃ですが、それを手にいれて眺めるのが楽しみでした。五十三次といっても、江戸日本橋と京三条大橋もありましたから、五十五枚でした。
それで、日本橋、品川、川崎、神奈川、保土ヶ谷、戸塚……と覚えていくのです。また、絵を見てどこの宿かを当てて遊んだりもしました(ちなみに、誰も付き合ってくれないので、一人遊びです)。それだけで、今の子供の

    テレビゲーム並み

の面白さがありました。私の兄はまるで関心がなく、兄に取られる心配がなかった(笑)のも私には幸いでした。
いつの間にか、誰も顧みなくなったらしく、今はもうないようですね。
「外郎売」のせりふの中にも「川崎、神奈川、程ヶ谷、戸塚は、走って行けばやいとをすりむく、三里ばかりか藤沢、平塚、大磯がしや小磯の宿を七つ起きして早天早々、相州小田原透頂香」と、川崎から小田原まではこのせりふでも覚えられますね。

東海道新幹線が開通したとき、駅の数にちなんで「東海道十二次」などと表現していた新聞か雑誌の見出しを覚えています。当時は東京・新横浜・小田原・熱海・静岡・浜松・豊橋・名古屋・岐阜羽島・米原・京都・新大阪の十二しか駅がなかったのですね。49年前のことです。

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藤原道長の信仰心(続々) 

病弱だった道長は年をとるにつれて焦りがあったように思います。
当時、三后と呼ばれた位があります。

  太皇太后
  皇太后
  皇后

の三つです。例えば現在の天皇の后が皇后、先代の皇后が皇太后、先々代の皇后が太皇太后というような場合です。
道長とその正妻格であった倫子の間にできた娘は四人います。彰子、妍子、威子、嬉子です。
まず道長は彰子を一条天皇の中宮(本来は皇后に同じ)にしました。次に妍子を三条天皇の女御から中宮にします。そして一条天皇は亡くなり、三条天皇も位を降りました。となると、彰子は太皇太后、妍子は皇太后になります。次の天皇は道長の孫の後一条天皇で、即位した時は9歳でしたからいくらなんでもまだ奥さんはいません。ところが、なんと2年後の後一条天皇11歳の時に奥さんができたのです! そして、驚くなかれ、それは道長の三女の威子でした(つまり叔母さんと甥の結婚)。まだまだ驚くことがあるてや。11歳の天皇に対して威子は20歳だったのです。言ってみれば大学1年生の女の子と小学4年生の男の子との結婚です。
そして彼女はその年の内に中宮になります。つまりここで太皇太后、皇太后、皇后のすべてが道長の娘という事態が生じたわけです。これが世に言う

    一家三后

です。このときに道長(53歳)が詠んだ歌が有名な

  この世をばわが世とぞ思ふ
   望月のかけたることも
        なしと思へば

なのです。
ちなみに、末娘の嬉子は後一条天皇の弟の東宮敦良親王と結婚(二歳しか違いませんが、これも叔母と甥です)、後に後冷泉天皇になる男子を産みます。彼女もゆくゆくは中宮になるべきところでしたが、産後がよくなく、早世します。

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若大夫の弟子 

いつもと違って、私の覚書です。

十世豊竹若大夫(1888~1967)は、徳島の人。金平糖などを商う店のボンだったそうです。お父さんが義太夫好きで、家に三味線弾きさんを住まわせていたという力の入れよう。
ボンも語ってみなさい、といわれて語り始めるとほめられるのでどんどん上達したそうです。
やがて、二代目の豊竹呂太夫師匠に入門して太夫の道を歩み始め、初名を本名の英雄から英太夫としたそうです。
文楽に入ると大序を難なく抜け、猛稽古で力をつけたようです。31歳の時、七世豊竹嶋太夫を襲名しますが、そのあと43歳で三世呂太夫を襲名します。これは意外な襲名で、あの

    杉山茂丸(其日庵)

から苦情が出たそうです。嶋太夫の名を何だと思っているのか、ということです。どうやら、二世呂太夫から言われていたことらしく、三世を襲名したような感じです。杉山茂丸は「それなら将来は若太夫を継ぐつもりで精進せよ」と励ましたそうです。
おそらく嶋太夫時代に入門したと思われるお弟子さんに千鳥太夫、英太夫(二世)があったようですが、あまり活躍されていないようです。
呂太夫になってからは呂賀太夫というすばらしいお弟子さんができました。
坂本竹一さん。明治42年淡路島の生まれ。昭和15年に呂太夫門下になっていらっしゃいます。昭和18年には松竹の白井松二郎の名から一字もらって松太夫を名乗り、35年には

    三世竹本春子大夫

になったかたです。
呂和太夫というお弟子さんもあったようですが、よく存じません。
昭和23年には、昭和7年愛媛生まれの村上五郎さんが入門されます。やはりこのかたも呂賀太夫を名乗られ、29年には四世呂太夫を継がれます。昭和30年、いったん廃業されますが、若大夫没後の昭和43年に春子大夫門下として復帰されて

    八世嶋大夫

になられました。我らが嶋師匠です。

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後期授業開始 

夏休みよ永遠に、という学生諸姉の願いもむなしく、後期授業が始まりました。
昨日は休日でしたから、私は墓参りにでも行こうかと思っていたのです。ところが、朝、Facebookをのぞいていたら、同僚が「今日から授業が始まる」と書いていました。あ~あ、この人もボケてきたんじゃないかな、今日はお休みですよ、と思って念のために調べてみたらやはり授業開始でした。ボケていたのは私のほうでした。

授業が始まると研究室で仕事ができるので、半ば面倒で半ば嬉しいのです。
国文科教員時代は

  さあ、やったるで

という気分でしたが、やはり今は意気が上がらず、息が上がっています。
私の授業は毎回同じことをしておれば予習なんてしなくて済むのです。それはとても楽なのですが、あまりにつまらないので常に改良(改悪か?)しています。
今回は日本人の美意識というのをいくらかお話ししようと思っています。
歴史も文学も、過去のものを扱うのですが、常にそれは現代のものであり、未来のものであり。
文楽を観ていると300年なんて

    ごく最近

だと思いますし、源氏物語を読んでいると1000年だって遠い話ではないことを痛感します。もちろん時代が違いますから価値観や風俗習慣そのたあれこれ違うものはあります。しかし根本は同じ。和田志津馬も光源氏も痴人の愛の河合譲治も弱い男たちです。

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2013年9月東京公演千秋楽 

17日間の東京公演が千秋楽となりました。
どうか最後までご奮闘くださいますように。
今回は、第一部と第二部をご覧になる(別の日でもOK)と

    懐中稽古本

という豆本のプレゼントがあったとか。
実際にこれを読んで稽古しようという方はめったにないでしょうが、なかなかいいアイデアだと思います。鑑賞教室で、配るパンフレットにも浄瑠璃文字を部分的に挟み込んでクイズのように「読んでみてください。ヒントはこのパンフレットの床本にあります」とでもして見せたら、少なくとも私が高校生の時なら喜んで読もうとしたと思います。12月の鑑賞教室は寺子屋だそうですから、いろは送りの部分だけでも。

この東京公演は紋壽さん、相子大夫さんが休演でしたが、紋壽さん(助平)の代役は勘十郎さん。
勘十郎さんの助平なら面白いに決まっています。実際評判はよく、「ああ、やはり」という感じです。
しかし、私はもう勘十郎さんを通り越して

    次の世代

の方に代役を回してほしいと思っています。勘十郎さん世代の歌舞伎役者さんが病気で長期に休まれたりするのを目の当たりにすると、「勘十郎さんはお元気だから」ではなく、「勘十郎さんはお元気だけど」と思った方がいいのではないか。ご本人は「なんでもやります」とおっしゃるかもしれませんが、文楽は今が面白ければそれでいいのではなく、伝承ということを大事にしになければなりませんから、次世代の方にと思うのです。

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厳粛な卒業式 

私は法律や規則というものを方便あるいは社会生活の目安だと思っていますので、これは法律に違反しているだろうか、などと考えながら生きることはしていません。
お酒をはじめて飲んだのは多分17歳くらいでしたし、大学時代は未成年を新歓コンパ(飲酒を伴う)に誘いましたし、タバコを吸う未成年の友人を見逃していました(私自身は吸わなかったけれど)し、道路交通法は毎日のように破っていますし、もう、犯罪歴たるやひどいものです。
その時に私の基準になるのは

    恥を知る

こと。あることをする場合、それは恥ずかしいことではないか、ということです。もうひとつは他人の迷惑にならないかということ。
その点に自信があれば、法律なんて意識しません。
コンプライアンスなんて、私の辞書にはありません。
学校でも、理事とか何とかいう人が勝手にいろいろ決めますが、ほぼ無関心。文部科学省の役人が何を言おうが、どうでもいいことは守りません。いや、結果的に守っていることは多いですが、それはすべて自己判断で、言われたから守る、という発想はありません。

そんなことにこだわっていたら、生身の人間である学生と付き合えませんし、特に問題のある学生には向き合えない。
かつて、禁止されている自動車通学がばれた学生が、事務職員さんにこっぴどく叱られたあと憤然として私の部屋に来ました。普段から問題視されていた学生で、「あの事務のおっちゃん、めちゃ腹立つ」というだけの彼女の言い分にはまるで理はないのです。しかし、私が「規則じゃないか、バカ者」とだけ言ったら、彼女は納得して帰ったのか、というと、私はそうではない、と判断しました。こんなところで規則という言葉を出しても仕方がない、無力だと思いました。
甘い、といわれるかもしれませんが、私は彼女の言い分を全部聞きました。なかなかワガママな言い分でした(笑)。
彼女もわかっているのです。話し終わったら落ち着いていました。じゃあ、一緒に帰ろうか、と言って、車を連ねてケーキ屋さんに行ったのはいうまでもありません。
損しました(笑)。

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批評家 

大阪市や大阪府の文化関係の部署の方にお伝えしたいです。
文楽を振興することを重要だと思っている、とおっしゃるのはまことにすばらしい。これは府知事さんや市長さんも同じお考えなのだそうで、いいことだと思います。
ただし、振興とはどういうことかをきちんと考えねばなりません。
お客さんが何%埋まったとか、去年に比べて何人増えたとか、それは無意味なことではないけれど、算数の問題で終わらせてしまってはいけないのです。

  お客さんが増える=振興

なんてまやかしです。何が何でもお客さんを増やしたいなら、大阪府と大阪市が補助して入場料を500円にしてください。文楽に行く人の地下鉄代を無料にしてください。連日大入りになるともいますよ。私も10回は行きます。
そんなことではないのです。伝統芸能の振興という場合、伝承を維持することのほうがはるかに重要です。それができればお客さんは見捨てないだろうと思います。伝承については日本芸術文化振興会が観客数第一主義ではない公演をその使命としておこないます。そういう趣旨の公演にいちいち観客数がどうのこうのと言い出すのは愚の骨頂。結果としてお客さんが多数入ればベストですが、そうならなくても伝承の意味での振興は果たせるのです。

    文楽の大衆

は新作の上演を待望しているわけではないのです。もちろんそういうものが行われることは否定しません。それなら大阪府や大阪市がお金を出して新作を企画して自主上演すればよいことです。いつぞや大阪市長がなぜ三谷さんの新作を国立は上演しないんだ、などと言っていましたが、私に言わせれば、そこまで入れ込んでいるならなぜ大阪市はそれを主催しないんだと申し上げたい。
むしろ私は、意欲的な復活上演や若手の自主公演にきちんと補助をすることが重要だろうと思います。
それがゆくゆく国立劇場での上演につながっていくでしょうから。

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藤原道長の信仰心(続) 

世界文化遺産に登録された紀伊山地の霊場と参詣道の一画を占めるのが

    金峯山

です。金峯山(きんぷせん)という山ではなく、あの辺りの山の総称のようなものです。『義経千本桜』でおなじみの蔵王堂など、さまざまな旧跡のある吉野ですね。
下市には弥助さんが今もあり、少し離れたところにはいがみの権太の墓があり、妹山背山も遠からず、文楽ファンにはたまらない地域です。この話は以前にも書きました。
この金峯山に参詣することは平安時代の貴族にとっても重要なことでした。
藤原道長も42歳の寛弘四年(1007)秋に敢行しています。
彼はなぜ金峯山 を目指したのか?
ひとつには、40歳を過ぎて初老を迎え、いつまでも長くはない人生を実感したことがあると思います。
そしてもうひとつ、中宮となっている娘が20歳になり、いくらなんでもそろそろ天皇の子、それも願わくは男子を生んでほしいと祈願したいとの思いがあったのだろうと考えられます。こうなると、未来を願う心とともに

    現世利益

を意識してのことと思われます。
彼も生身の人間ということです。

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めがね 

私はもともと視力はよかったのです。35歳までメガネは持っていませんでした。しかしあのころからパソコンを日常的に使うようになり、いくらか低下して、さらに運転免許が必要になったものですから、安全のために初めて買いました。しかし現実には自動車学校ではメガネは不要。免許にも「眼鏡等」という条件は付いていませんでした。
それ以後もめったに使うことはなく、ただ、運転するときには

    安全のために

かけることがあったというくらいでした。
最初の更新の時もまだメガネは不要だったと思います。しかしその次、つまり免許を取って8年後の更新の時はさすがに不可欠になっていました。視力も変化していましたので、二つ目のメガネを作りました。このころは文楽劇場へ行ってもメガネなしでは人形はよくわからないようになっていました。
まだ

    老眼

にはなっていませんでしたので、近視の眼鏡。
紫式部は40歳を前にして「目が暗くなってきた」つまり老眼になってきたと言っています。あれだけ勉強して、あれだけ物語を書いた人ですから、さすがに彼女の目の衰えは早かったのでしょう。ブルーベリーでもあればよかったのに(笑)。

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藤原道長の信仰心 

藤原道長(966~1027)はなかなか信仰心の厚い人なのです。信仰のために、時には権力にものを言わせて無茶もしますが、基本的に浄土に向かいたいという気持ちが篤かったのだろうと思います。
彼は若いころから病弱で、頻繁に病気をしています。
そもそも彼の一家は若死にが多く、同母兄姉はすべて50年も生きていません。長兄道隆は43歳(数え年。以下同じ)、次兄道兼は35歳、長姉超子は29歳くらい、次姉詮子は40歳で亡くなっています。ですから62歳で亡くなった道長は長生きした方なのです。
それに対して妻の倫子は90歳の長命。この人は

    44歳で

最後の子を産むという体力の持ち主でした。
道長と倫子の間に生まれた娘の彰子は87歳、息子の頼通は83歳、教通は80歳まで生きていて、彼らはお母さんに似たのでしょうか。娘でも妍子は34歳、威子は37歳、嬉子は19歳で亡くなっていますが。当時は手におえない疫病があり、女性の場合は

    出産

がありますから、若くして亡くなることも多かったのですが、権力者といえども寿命ばかりはどうにもならなかったのですね。
そして弱かったからこそ、来世を願う気持ちも強まったのかもしれません。そもそも彼は兄がいますので権力の中枢に至ることはあまり期待できないだったのです。しかし兄たちがばたばたと倒れた結果、三十代で最高権力者となり、娘が天皇の子(男子)を産んだため盤石の権力体制を敷くことができたのです。

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あなたの出身地は 

Facebookではすでに書いたのですが、東京女子大学の、ある先生のゼミが中心になって、言葉から出身地(都道府県)を当てるという学問的なチャートが公開されています。(→こちら
方言をたどっていってどこの県の人かを当てるわけです。
知り合いの北海道の人が、「ゴミを捨てることを

    『ゴミを投げる』

と言いますか」という問いを見て、これがあると北海道とわかっちゃう、という意味のことをおっしゃっていました。そのように、どんどん追い詰めるようにしてどこの県の出身かを絞っていくわけですね。
さすがによく当たるようです。
京都の学生さん、いや、もう卒業して看護師さんですが、彼女も大当たり。広島出身の小学校の先生も大当たり。私の周囲では皆さん当たっているようです。

で、私もやってみました。すると結果は、「あなたの出身地は

    山口県

ですね」という判定。全然違うよ!
これは何かの間違いだ、と再チャレンジ。すると「あなたの出身地は広島県ですね」。オーイ!

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バレンティン・デイ 

連日、野球ブログになっています。
ヤクルト・スワローズの

  ウラディミール・バレンティン

選手がみごとに年間本塁打の新記録を達成しました。
これまでに三人の選手が記録している55本を軽々と超えるぶっちぎり新記録です。
ウラディミールというと、ピアニストのホロビッツやアシュケナージをまず思い出しますが、私の記憶に「新たなウラディミール」が刻まれました。もっとも、彼は子供の頃からココナッツ頭の“ココ”という愛称で呼ばれていたらしく、ヤクルト選手やファンもその愛称で呼ぶようです。
カリブ海のキュラソー島(オランダ領アンティル)の出身。メジャーリーグではマリナーズなどで少し出場しただけでしたが、日本で花開きました。
今年はけがでスタートが遅かったのに、二試合に1本のペースで打ち続け、春には圧倒的にトップを走っていた横浜のブランコ選手を追い抜き、この快挙を成し遂げました。
9月に入ってからは四球で勝負を避けられることも多かったのですが、よく耐えました。真正面から勝負して打たれた

    榎田大樹

投手もあっぱれでした。

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退場 

プロ野球ヤクルトのバレンティン選手がシーズン56本目のホームランを打つ場面が見られるかもしれない、というので、昨日テレビをつけてみました。すると阪神タイガーズの攻撃中。セカンドランナーはマット・マートン。次の打者がセンターにヒットを放ちました。2アウトであり、しかも打球が緩いから、と見たのか、サードコーチは無理にマートン選手をホームに突入させました。ボールはキャッチャーに返り、タイミングは完全にアウト。
こういう場合、アメリカではランナーはキャッチャーに

    体当たり

して落球を誘おうとします。マートン選手も当然のように相川捕手に激突。体格のよい外国人がぶつかってきて、キャッチャーはたまったものではありません。特に、あたりどころが悪かったのか、怒った相川捕手はマートン選手に手を出しました。
マートン選手も少し応戦するそぶりを見せましたが、すぐに手を引っ込めました。
両軍セカンドが入り乱れて少し混乱がありましたが、何とか収まりました。
そして、マートン、相川両選手は

    退場処分

に。
相川捕手は退場覚悟だったようで、引き下がったようでした。一方、マートン選手は「なぜ私が退場になるんだ?」という表情でした。
ヤクルトファンはマートン選手のラフ・プレイだと怒り、阪神ファンは相川捕手が手を出したと怒り。私のようにどちらのファンでもない者にとっても、やはり後味の悪いものです。

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ツイッターは苦手 

今でも時々ツイッターで「文楽はおちぶれている」「文楽なんて誰も観ない」「文楽は補助金に胡坐をかいている」「文楽を観るのは一部の自称文化人」などと、誰かさんが言ったことをそっくりそのまま信じ込んで発言する人がいます。私はそういう人をフォローしているわけではありませんから、リツイートされてくるのです。
もうこれは手におえないという感じがします。こういう方はそのように信じ込んでいますから、短い文で説明するなどというのはかなり困難。

  それでも地球は回っている

といってうっちゃっておくほかはないくらいです。
ゆっくりお話しできれば言いたいことをあれこれ言いますが、何しろツイッターは短い字数でスパッと言わなければなりません。私はこういう切れ味のよい文章が苦手です。
このごろあまりツイッターにいかないのは、どうもそのあたりでこのSNSとは性が

    合わない

感じがしてならないからかもしれません。

ツイッターの使い道としては、日常生活で「今何をしている」ということをつぶやくのもありでしょうが、なにしろ変化がない日々ですので、同じことしか書けません。
どこそこにいる、というのもつぶやきになりますが、私は「家にいる」「図書館にいる」「大学にいる」で終わり。外食もできない身の上で、こんなおいしいものを食べている、というのもダメ。やっぱり、活動的な人ほどつぶやけるんだろうな、と思ったりしているのです。

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図書館通い 

いったい、この2か月の間に、何度図書館に通ったことか。まず、10回は下らないはずです。
そして、行くたびに3~5冊くらい借りて帰るので、けっこういい読書体験になったかもしれません。私はもともと大した読書家ではないのです。
小さな町の図書館ですから、何十万冊もの本を持っているわけではありません。

    専門書

などほとんど期待できません。もっともそれはそれで大学図書館や大都会の図書館を頼ればいいだけのことです。
考えたら図書館というのは奇妙なものです。一般に売っているものを無料で貸してくれるわけで、考えようによっては本屋さんの営業妨害のようにも思えます。
しかし、甲子園球場の野球を毎日のようにテレビ中継する放送局があっても好きな人は球場に行きます。むしろ普段はテレビで我慢して、ときどき球場で観るという楽しみ方もあるのですね。
本もまた、自分のものにしたいものは買って、どんなものか知りたいという程度のものは図書館で借りる、という利用方法もありそうです。共存共栄は可能だと思いますが、最近町の本屋さんがどんどんなくなっていきますからちょっと心配でもあります。神戸では私も何度も行った海文堂書店が閉店になるとか。寂しいです。

私の場合、古典文学に関するものはこの図書館を頼ることはあまりありません。
しかしそれ以外の分野ではほんとうにお世話になっています。
その典型が

    プランター菜園

などの本(笑)。これはもうほんとうにありがたい。
もっと本格的に菜園を作っている人なら手元に常備しておきたいでしょうが、私のように思いついたように一つか二つ栽培するというレベルではそんなに必要性は感じません。
ですから確実に借りてきます。

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永久欠番 

スポーツの世界に永久欠番というものがあります。
功績の大きかった人の背番号を、その人が引退したあとは誰にも継がせないという掟のようなものです。
原則的にはそのチーム内での約束事です。
例外はあります。
アメリカのプロ野球、メジャーリーグでは黒人最初のメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソンを顕彰して、

    42番

をつける選手が本年度限りで姿を消します。今、この番号をつけているのはヤンキーズのマリアノ・リベラだけで、彼は今年度で引退するからです。
全球団でこの永久欠番を決めたとき、「今後新たに」はつけない、ということにしたので、その時42番をつけていたリベラはそのままになっています。
各球団では、ベイブ・ルース、ジョー・ディマジオ、ルー・ゲーリック、ハンク・アーロン、カル・リプケン、ノーラン・ライアン、リッキー・ヘンダーソンなどそうそうたる選手の背番号が永久欠番になっています。
日本ではセ・リーグに多く、藤村富美男、村山実、王貞治、衣笠祥雄らの背番号がそれです。
最近ちょっと話題になったのは、楽天の田中とヤクルトの宮本。
それぞれ功績は多大ですが、いかがなものでしょうか。
私なら永久欠番なんて逆に御免蒙りたいです。自分の番号をさらに優れた後輩につけてもらえたらどんなにいいだろう、と思うからです。
元阪急ブレーヴズの福本豊さんだったら、そんなもんどうでもええ! とおっしゃるかも。
むしろ、番号を継ぐことで

    先輩の名

を汚すまいと努めるようになってほしいです。

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秋のほたる 

8月上旬に私の部屋の網戸にクマゼミが一匹、すがりつくようにとまっていました。樹液のごちそうを得られるわけではありませんから、目的もなく、ただまもなく終わるであろう命を少しでもこの世にとどめようとしているかのようでした。
網戸を少し叩いてみても、クマゼミは反応しません。立秋のあとの、季節に遅れたクマゼミでした。

夏の狂騒が影をひそめると、同じものを見ても寂しさを感じることがあります。

  くろがねの秋の風鈴鳴りにけり 蛇笏

遅れてなおも存在するもの。秋は季節外れを感じさせます。
暑い夏には軽やかに感じられた風鈴が、秋になると「くろがね」の重く凄まじい響きを感じさせます。夏には風そのものであった風鈴ですが、秋になると「実体としての鉄」があらわになります。
飯田蛇笏にはこんな句もあります。

  たましひのたとへば秋のほたるかな 蛇笏

これは昭和二年七月二十四日に自ら命を絶った芥川龍之介を悼んだ句です。
秋のほたるのように力弱く光る魂、というのでしょうか。
和泉式部が「我が身よりあくがれ出づる魂」と観たように、蛍はそのはかなく淡い光からしばしば魂に例えられます。
蛇笏の句はさらに「秋の」がつけ加えられて、世間と隔絶した孤高の作家の哀しみを感じさせるようにも受け取れます。
秋や冬に姿を見せる種類もあるようですが、我々の親しい源氏蛍はやはり夏の虫です。

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河野裕子さん 

私は平安時代の和歌を勉強してきたこともあって、現代短歌にも興味はあります。
歌人の友人もいますし、自分でも趣味または遊びとして腰折れを詠むことがあります。
この夏、ひょんなことから

    河野裕子さん

の歌やエッセイをいくらか拝読しました。
短歌に関心のないかたに少し説明します。
河野裕子(かわの ゆうこ)さんは昭和21年生まれ。子供の頃から短歌に親しみ、京都の大学に在学中、角川短歌賞を受けられました。

  たとへば君ガサッと落ち葉すくふやうに
    私をさらつていつてはくれぬか

など恋歌も多く、人気、実力を兼ね備え、栗木京子、松平盟子、俵万智、紀野恵らの一足前を行く女性歌人でした。エッセイもうまく、かなりの勉強家と拝察します。
やはり歌人で、のちに京都大学教授になる永田和宏さんと結婚、淳(じゅん)さん、紅(こう)さんの母になられます。この兄妹も歌人でいらっしゃいます。

河野さんには家族を読んだ歌も数々あり、

  子が我か我が子なのかわからぬまで
    子を抱き湯に入り子を抱き眠る

  たつたこれだけの家族であるよ
    子を二人あひだにおきて山道のぼる

など、特によく知られています。

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八幡川と小瀬川 

太田川を越えるともうほとんど川らしい川に出合いません。
かろうじて二級河川の

    八幡川

があります。五日市ICを過ぎてしばらく走ったあたりです。
この川は、実は私が広島時代に一番見慣れた川なのです。なにしろ、勤務先の横を流れていましたから。
地元の人が宮島電車とも言っていた広島電鉄宮島線はあまりスピードは出ませんし、この川のすぐそばが電停(懐かしい言葉ですが、広島では現役です)で徐行体勢でしたから、川の上を渡るときもガタゴトと音をたてるような感じでゆっくり走っていました。
この川は以前は広島市西区と佐伯郡五日市町を隔てていましたが、私が広島に行った時はすでに広島市が勢力拡大していて(笑)、五日市は合併で広島市佐伯区になっていました。ですから佐伯区と西区を隔てる川でした。
ちなみに、私は仕事場が西区、住まいは佐伯区のアパートでした。

    広島電鉄宮島線

は路面電車ではありません。ちゃんと独立した(笑)線路上を走ります。しかし、駅間は狭く、たとえば、私の住まいの最寄駅の「佐伯区役所前」と「五日市」の間は徒歩でも5分くらいだったように記憶します。
並走するJRとは役割分担があるわけです。

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電飾チカチカ 

このごろあまりツイッターを見ていないのです。昨日久しぶりに見たら、大阪の府知事さんの頭がイルミネーションでチカチカしているというつぶやきが満載されていました。
いや、よく読んだらそうではなかったのです。
大阪の府知事さんが百舌鳥古墳(大仙古墳。いわゆる仁徳天皇陵)を世界遺産にしようと思ったら、という話をなさったそうです。その中で、「イルミネーションで飾ってみよう、中を見学できるようにしようと色んなアイデアを出して初めて指定される」(読売新聞による)とおっしゃったのだとか。
あのかたはもともと照明などの電気設備関係の会社をしていたらしいので、すぐにイルミネーションを話題にしたがるようです。この発言も、例によって何も考えずにその場での思いつきを言っただけなのでしょう。ですからあまりまじめに反応する気にもなれないのですが、なんだか情けなくなりました。

    百舌鳥、古市の古墳群

は世界文化遺産の暫定リストに入っている貴重な文化遺産です。歴史ある近畿地方の中で唯一世界遺産を持たない大阪府だけに、将来登録されることを期待する府民は少なくありません。私の教える学生も府民が多く、こういう話をすると「百舌鳥、古市」に期待するという声がけっこう大きいのです。
それなのに、笑いを取ろうとか、

    受けを狙おう

とか、堺の市長選挙の勝利のためなら何でも言うとか、そういう感じだったのかもしれませんが、いくらなんでもおそまつでした。だいたいこんな話で誰が笑うのですか(いや、仲間の人たちは義理で笑ったかもしれません)。
中を見学できるようにするというと聞こえはいいですが、そんなことをしたら必ず荒らされます。私も陵墓の学術調査には賛同するのですが、それ以外はやはり立ち入るべきではないと思います。だいたい、古墳なんて、中に入っても面白くありません。単なる森です。イルミネーションに関しては論外です。
府知事さんもまともな人間でしょうから本気でこんなことは考えないでしょうが、なんだか奇想天外なアイデアをという堺屋さんのまねをして「おれもなんか面白いことを言ってやろう!」と力んでいるみたいでちょっと恥ずかしいです。
府知事さん、背伸びをせずにもっと自分に素直になるのがいいですよ。

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2013年9月東京公演初日 

今日から東京公演が始まります(23日まで)。
伊賀越道中双六の(ほぼ)通しです。

第一部は11時開演。
和田行家屋敷
円覚寺
唐木政右衛門屋敷
誉田家大広間
沼津里
平作内
千本松原

第二部は16時30分開演。
藤川新関
  引抜 壽柱立萬歳
竹藪
岡崎
伏見北国屋
伊賀上野敵討

です。
伊賀越の通しは久しぶりです。
昨年の大阪での仮名手本忠臣蔵に続いて今年も仇討ちの通し。しかも9月東京のあと、11月大阪でだめ押し、というか、とどめを刺すようです。。
今こそ新作が求められていると言った人に返り討ち、と言わんばかり。

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太田川 

広島の学校から、「うちへ来ませんか」と誘われた時はいささか複雑でした。広島のかたには失礼ですが、何となく都落ちするような気になったのです。
しかし、実際に行ってみた広島の第一印象はなかなか良かったのです。中でも気に入ったのが路面電車。神戸市電、京都市電、大阪市電などで使われていた車両が動く博物館のように広島の中心部をめぐっていました。
そしてもうひとつ、水の町、川の町としての好ましさ。その川は

    太田川

とそこから枝分かれしたいくつもの分流でした。
山陽自動車道は東から見て広島ICの手前でこの川を越えます。JR芸備線と可部線が川の両岸を並走するあたりです。
少し下流に行くと、一気に枝分かれして、広島城、縮景園、原爆ドームなどのある区域は「中之島」状態です。
天満川、本川、元安川、猿猴川などに別れていきますが、中でも有名なのは

    元安川

でしょうか。

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ダンベル 

今、私は182cmくらいで65kgほど。およそ肥満とは縁のない体重です。BMIは20に満たないのです。
しかし、最近私は肥満気味ではないかと自覚しています。
というのは体重の割には

    筋肉がない

からです。
身体を触ってみると、なんだかぷよぷよ(笑)としていて、かつてのような細いけれど筋肉はそれなりにある、という状態ではなくなりました。腕を曲げてポパイのように筋肉のこぶを作ろうとしても固さがなく、女性っぽい身体になっているかも。同じ体重でも体脂肪が増えているような気がしています。体脂肪計がありませんのではっきりしたことはわかりませんが、以前よりは相当脂肪ばかりが増えているように思います。
なにしろ、歩くのが億劫という状態が続いていますので、テニスをするとか山登りをするとか、そんなのは夢のまた夢。
足はかなり細く、多分うちでは一番細いと思います。末娘はいつも

    取り替えてほしい

と言っています(笑)。私としてはまったく不名誉な話なのですが。

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芦田川と沼田川 

山陽自動車道を走って広島県に入ると、まずは福山市です。
広島県とはいっても備後の東端ですから、安芸の広島とはかなり離れていて、言葉も違うようです。
福山東ICを過ぎるとトンネルが増え、合間に福山SAがあります。
私の家からここまでざっと2時間。
運転を交代するためによく立ち寄るSAです。
そして、東から見ると福山SAの手前に

    芦田川

が流れています。下流には福山駅があり、駅のすぐ北が福山城です。私は一度だけ行きました。
塩町まで走る福塩線が芦田川に沿っています。福塩線に乗ったことはありません。
広島県には、何と、新幹線の駅が5つもあります。福山、新尾道、三原、東広島、広島で、特に東部の狭い地域に3つもあるのが不思議です。実は、新尾道駅はいわゆる

    請願駅

で、地元が費用を全額負担して作ってもらったのだそうです。しかし、尾道駅からは離れていて、例えば大阪まで行くなら在来線で福山まで行って新幹線に乗り換えるほうが便利らしいのです。
なにしろ、在来線の駅は尾道の福山の間には3つだけですから。
尾道は小さな町ですが、文化の町でもあり、林芙美子や志賀直哉ゆかりの地、お寺も千光寺をはじめ数多く、私がびっくりしたのは海福寺というお寺に文楽の墓、竹本弥太夫の墓があったことです。旅公演や稽古にいったりしていたのでしょうか。そういえば竹本義太夫が芸に目覚めたのは安芸の厳島神社ということになっています。

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遠眼鏡 

『伊賀越道中双六』「藤川新関」では

    遠眼鏡

が大事な役割を果たします。
茶店の娘お袖の父は関所の下役人で、切手なしに関を越える者がないかを吟味するためにこの遠眼鏡を置いているのです。
その話を聞いた和田志津馬は切手がないため関を越えられず、思案します。
お袖にひとめぼれされたことを察知した志津馬は抜け道を教えてほしいと頼みます。
そこにやって来たのは沢井家の奴助平。茶尽くしでお袖に言い寄ったりしています。
志津馬が助平に遠眼鏡を見せると助平は一心に覗きます。
助平が沢井家の家来であると知った志津馬はその隙に状箱から一通を奪い取ります。
ここで引き抜きになり、今回は

    壽柱立萬歳

だとか。「団子売」が入ることもままありますし、昭和の初め頃には時局にあわせたものを入れていました。

助平は紙入れを落とし、そこには切手。お袖がそれをくすねて志津馬に渡します。彼女は志津馬によく思われたくて必死なのです。色男は罪ですね。
助平が立とうとすると切手がない。落としたのか、と早合点した助平がもと来た道を引き返すのを尻目に志津馬はお袖の手を引いて岡崎指して急ぎゆくのです。

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吉井川、旭川、高梁川 

山陽自動車道は帆坂峠を越えると岡山県です。
岡山県は兵庫県や広島県に比べると東西の幅はあまりありません。
主な川というと吉井川、旭川、高梁川になり、山陽自動車道はすべての川を越えます。
岡山は、実はあまり詳しくなく、数回しか行ったことがありません。
岡山市中心部、吉備津、倉敷市が主で、西部の笠岡、東部の備前、北部の新見などは降り立ったこともありません。

    吉井川

は津山市、和気町、備前市などを経て岡山市東部から児島湾に流れ込みます。
兵庫県から岡山県に入ると備前市があり、吉井川はその西です。備前市というと一度行きたいのが

    閑谷学校

です。寛文十年(1670)に岡山藩主池田光政が庶民の学校として作らせたもので、現在は元禄十四年(1701)に整備されたものが残っているようです。元禄十四年というと浅野長矩の刃傷の年ですね。
講堂は国宝、重要文化財はたくさんあります。備前焼で知られる町ですが、正宗白鳥や柴田錬三郎の出身地でもあります。
和気町といえば和気清麻呂の出身地。和気神社もあります。
遣唐使にもなった超エリートの吉備真備も「岡山県人」ですが、岡山はなかなか知的な雰囲気があります。
岡山市の川というと

    旭川

です。
「あさひかわ」と読みたくなりますが、地元では「あさひがわ」ではないでしょうか。
真庭市、吉備中央町などを経て岡山市から児島湾に流れ込みます。
岡山市のシンボルのような川です。
JR岡山駅を東へ行くと、岡山城(烏城)、県立博物館、県立美術館、林原美術館、後楽園などがこの旭川を囲むように広がっています。文化の香り溢れるゾーンです。

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初秋 

やっと9月になりました。
台風がらみで一時的に風雨が強かった8月つごもりでした。夕べは甲子園球場に行った方があり、何でも途中でどしゃ降りになって長時間中断したそうです。ただ、雨はやんだので、どんどん砂を入れて整備して続行したとか。昔なら

  グラウンドコンディション不良

ということで中止になったのではないでしょうか。夏休みということもあってか、ずいぶん努力されたようです。
アメリカならこんなのは当たり前で、2時間遅れた、なんていうこともあるようです。
だから、外人選手はわりあいに平気なのではないでしょうか。
野球といえば、ヤクルトの

    バレンティン選手

が年間最多本塁打の記録を塗り替えそう、と言うのが話題になっています。これまで、3人が打っている55本塁打が記録だそうです。
関東のチームは滅多に見ることができないので残念ですが、ぜひ頑張っていただきたいものです。

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