禄水苑 

今年も兵庫県西宮市の白鷹禄水苑で

    酒屋万来文楽

がありました(10月26日)。
かねてから私の好きな銘柄だった白鷹が禄水苑を開かれ、そこで文雀師匠を中心とする文楽の催しをされるとは、何かの廻り合わせかと思ってしまいます。
それだけに一度行ってみたいのですが、機会を得ません。
今年は

    新口村

だったそうで、
文雀師匠(梅川)、和生さん(孫右衛門)、玉佳さん(忠兵衛)らの人形陣に呂勢大夫さん、藤蔵さん。
呂勢さんは声柄から考えてこの演目は映るはず。
玉佳さんの忠兵衛もいいなあ。

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Macがきた 

先日、このブログでもお世話になっている方が、「Mac book いりませんか?」と言ってくださいました。そりゃ、ありがたいに決まっています。
早速お願いしましたら、お仕事中にもがかわらず(これナイショかな)

    わざわざ大学まで

お持ちくださいました。
その場であれこれ設定までしていただき、お礼の申しようもございません。
やはりMacはしゃれてますね。あちこちさわって使いこなせるように勉強したいと思っています。
WordもExcelもPowerPointも大丈夫とのことで、ありがたいです。
だいたい、

    何事も不器用

なのですが、そのくせ新しいものは平気で、面倒でも逃げない性格なのです。むしろ、なんとか理解しようと必死になるタイプ。
使いこなせるようになったら、大学から借りているXPに代わってメインのノートにできるかな、と思っています。

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味覚 

食べ物のおいしさにあまり頓着がないので、昔から味より量でした。
微妙な味わいを理解する人が不思議なくらいで、ソムリエさんなんて、私には絶対無理な仕事だなと思います。

    味覚の秋

といいますが、私には猫に小判。
大体、耳の病気をして、鼻も悪く、医者は「食べ物の味がしないでしょう」と言います。味覚障害ですよね、ということのようです。
ところが、ある程度の味は感じているつもりで、医者にそう言うと、「奇跡的」とまで言われました。
「普通なら

    何の味もしない

状態ですよ」との話でした。もともと味音痴なので、本当は味がしていないのに味があるように錯覚しているのかな? と思わないでもないのですが。

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命日 

私事ではありますが、今日10月28日は

    亡父の命日

です。
平成3年でしたから、もう22年になります。
私の長男が生まれた直後でしたが、当時広島にいたため、長男を見せることもできないままでした。
その長男は180cmの大男に(最近は珍しくはないですが)なり、月日の移り変わりを感じます。
父には孝行をした覚えがありませんので、いつかあの世で出会ったら顔をあわせるのもつらいのです。
私の子供時代は朝早く家を出て夜遅く帰る、典型的なモーレツサラリーマンでしたからあまり会わないのです。休日はゴルフでしたし。
その後、父はずっと東京にいて、余計に会わなくなり、さらに定年で帰ってきたら私が入れ替わりで広島へ。
縁が薄かったかな、と。
いつも

    伊賀越の沼津

を思います。
どちらかというと私が平作のようにみすぼらしい雲助で、父は颯爽とした十兵衛なのですが(笑)。
それでも、離れていながら、心にはひっかかる存在として十兵衛の心境も味わいました。

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阿仏尼 

鎌倉の話をもう一つ。
学生時代に鎌倉に行った時、思いがけず

    阿仏尼の墓

に出遭いました。まったく目的にしていなかったので、そんなものがあるとも知らず、扇ヶ谷を歩いていてばったり出くわした、という感じでした。
阿仏尼は『十六夜日記』の作者として知られますが、もともと歌人として名のある人物です。
我々はつい兼好法師は『徒然草』、鴨長明は『方丈記』の作者といってしまいますが、彼らの文学活動も本来は歌人としてのものでした。
さて、阿仏尼は女房暮らしをしたあと、藤原定家の息子である為家の側室になって、為相を生みます。為家の息子には為氏(二条家)もあり、為家が亡くなると播磨国細川庄をめぐって相続争いが起きます。その訴訟のため阿仏尼は鎌倉に下り、その道中に書いたのが『十六夜日記』でした。
彼女は月影ヶ谷に居を置きます。
今も江ノ電線路脇に阿仏尼の旧跡という碑が建っています。

    稲村ヶ崎

も遠くありません。ここは稲村ヶ崎の戦いのあったところであり、仮名手本忠臣蔵では塩冶浪人はここで上陸して師直邸に討ち入りしたことになっています。

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虚子の庵 

鎌倉にもう一度行きたいと思う理由の一つに、前回立ち寄れなかった

    虚子庵

を訪ねたい、ということがあります。
といっても、今は建物もなく、句碑が残されているだけだそうです。
江ノ島電鉄由比ヶ浜の駅から東へ少し歩いて、鎌倉彫りの店を目当てに、そこを線路側に行くと、踏み切り脇に句碑が建っています。
鎌倉市由比ヶ浜3丁目で、

  波音の由比ヶ浜より初電車

が彫られているそうです。元日の句ですね。
虚子の小説に「椿子物語」があり、その中にこの屋敷の様子も描かれています。

  殊に椿の木が多く、それが赤い花を
  つけてゐるのが目を惹くのである。

とあるのですが、今、その庭はどうなっているのでしょうか。
85年の長寿を保った虚子は、約50年を鎌倉で過ごしています。愛媛県出身の彼にとって、第二のふるさとといえるのでしょう。

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俳諧のこころ 

短歌と俳句ではどちらが肌に合うか、といわれたら、言下に「短歌」と答えます。
俳句は滅多に作りませんし、また他人の吟を読むのも苦手です。
ぱっと見てそのよしあしがわからないばかりか、意味すら満足に取れないのです。
ですから、さっと理解する人に尊敬のまなざしを向けることになります。

    芭蕉

という人には、ですからいまだに馴染みません。発句ひとつひとつは好きですし感心もしますが、まとめて読んだのはもうかなり前のことになります。
学生時代に芭蕉の専門家の先生がいらしたのに、もっと教わるべきでした。

蕪村も好きなのですが、解説してもらってやっと「はあ、なるほど!」という感じです。

  富士ひとつうづみ残して若葉かな
  公達にきつね化けたり宵の春

あたりならなんとかわかりますが、

  お手打ちの夫婦なりしを更衣

なんて、読んだ瞬間にビビっと来たのですが、解説を読んでやっと「ビビっ」の意味がわかりました。

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だしまきは近づく 

文楽錦秋公演が近づき、第21回だしまきの夕べもあと1ヶ月をきりました。
11月16日だそうです。
今回も盛況でありますように。
会場はいつもの「季節料理の店 両輪」(文楽劇場から徒歩1分)の予定です。

また人数の確認をしなければなりませんので、お近くのメンバーにご伝言いただくか、こちらの

    コメント欄

にひとこと書いていただくか、よろしくお願いいたします。
皆さんの親しくしていらっしゃる技芸員さんをお一人様お招きになるのはいかがでしょうか。

このブログをご覧いただきながら、これまで参加していただけていないかたも、思いきっておいでになりませんか。
メンバーに悪人はいませんし、ぼったくりもいたしません(笑)。それどころか、初参加のかたにはとても親切にしてくださいます。お酒のお好きなかたも、まったく飲めないかたも大丈夫ですよ。

ご参加、お待ちしております。

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皇后になった皇后 

皇室には現在22人がいらっしゃいます。
天皇の叔父一家が三笠宮夫妻。長老の名にふさわしいです。
天皇一家は天皇、皇后、皇太子夫妻、愛子内親王。
秋篠宮家は夫妻、眞子内親王、佳子内親王、悠仁親王。
天皇の弟の常陸宮家は夫妻のみ。
故寛仁親王家は夫人、彬子女王、瑶子女王。
桂宮はお一人。
故高円宮家は夫人、承子女王、典子女王、絢子女王。
(敬称は全て略しています)。
お住まいはけっこうばらばらですが、授業中に聞いたら全員皇居にいると思っている学生も多いですね。

ついでに学生に聞いてみると、この中できわめて人気の高いのは

    皇后

なのです。
ほぼ私の親の世代ですから、若き日の皇后(正田美智子さん時代から結婚当初の皇太子妃時代)のことはあまり知りませんが、写真を拝見すると、キリッとして、しかもかわいさのある、ほんとうにきれいな人だと思います。しかも勉学は優秀で、ピアノや料理などの習い事もされていたらしく、日清製粉創業者の孫、社長令嬢としてみごとなお嬢様ぶり。
勝ち気さとそれを抑える力を持つ方のようにも見えます。
その聡明な容姿は女優さんとはまるで違った美しさで、学生に写真を見せると、

    フワ~ッ

というため息が漏れます。
天皇(当時皇太子)はいい人に出会いましたね。

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ご無沙汰の道頓堀 

朝日座があり、角座があり、中座があり。天牛のおじさんが座っていて、くいだおれがあり。
そんな道頓堀を知っている人も少なくなりました。

    昔はよかった

とばかり言っていてもしかたがないのですが、その後、道頓堀はどんどん様変わりして、芝居町の面影はほとんどないと言いたくなるくらいです。
私個人のことで言うなら、まだ歌舞伎の鑑賞に耐えられる頃は、それでも松竹座目あてに行きました。が、それもできなくなった今は、もう道頓堀にはほとんど縁がなくなりました。辛うじて今は水掛不動の法善寺横町を歩くくらいです。
何かの都合で道頓堀通りに入ると、ちょっと悲しくなって早足で通りすぎてしまいます。
不満だったのは私だけではなく、カーネル・サンダースさんもいつぞや嘆いて道頓堀川に飛び込んで姿を消してしまいました。
こんな具合になって、大人たちが徐々に道頓堀に

    見切りをつけ始めた

ような気がします。
キタや阿倍野に取り残されたような気になって、商店街の皆さんも必死なのでしょう。そこで、道頓堀川に救世主になってもらおう、とお考えになったようです。

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離れ島 

日本には7000近くの島があるそうですが、佐渡や淡路のように大きなものからささやかな無人島までさまざまです。
学生に

    無人島

に行きたいですか、と聞いたら、一泊くらいしてみたい、とのこと。まあそうでしょうね。
コンビニもないところで生活しようとは思わないでしょう。
かく申します私も、住みかを作る自信も自活する自信もありませんから、定住はできません。
あくまで空想の話ですが、それでもやはり憧れはあります。

    絶海の孤島

ではなく、ちょっとした舟なら本土を行き来できる程度の(笑)離れ島で、米と水は本土のお世話になって、島では何も考えずに土まみれで働き、冬は寒いから本土に帰る(笑)。
パソコンも携帯もなし、電気もガスも何もなし。
人は、別にいなくていいです。でも、犬が一頭いてくれたら嬉しいです。

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ヤバい 

とにかく追われています。
いえ、警察に、ではありません。
仕事が次から次へとやって来て、早くしろ、早くしろ、とつつくのです。
授業だけでも専門外の内容なので予習はかなり時間がかかりますし、バイト仕事は締切が厳しく、そのための本を読むだけでもかなりの時間がかかります。
それ以外の仕事もあり、すでにへとへとになっています。
誰か、肩と背中をもんで!(笑)
はっきりいって

    ヤバい

です。
おっと、これは若者言葉かな。いや、本来の意味の通りですよね。
今や、若者の間では、何だかすごいぞ、ということはすべて「ヤバい」で済ませられるようです。
とてもかわいい、とてもおいしい、とても奇妙だ、とても魅力的だ……。
電車の中で高校生が「ヤバい」を連呼していることもあるそうです。
先日、学生に聞いて驚いたのですが、あまりにも意味が広がったためか、本来の

  「危ない、不都合だ、具合が悪い

などの意味は知らないと言うのです。
また、本来あまり上品な言葉ではなかったものですが、それも知らないから、普通の言葉として使う(おもしろい、楽しい、などと同じように)とのことでした。

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奈良での稽古(1) 

三年目になります。奈良市の某幼稚園における文楽人形の催し。
昨日はその稽古の第一回でした。
朝から仕事場に人形をとりに行って、近畿自動車道、阪神高速、第二阪奈道経由で奈良に行きます。
あちらではお休みだった園長先生に代わって保護者の皆様や地元ボランティアの方々が快く協力してくださいました。
今年も文楽のお話、文楽人形劇、文楽人形と歌おう、などの番組構成で小一時間の上演ということにいたします。
ハイライトは何と言っても

  ごんべえさんとやまのかみさま

です。ごんべえさん抜きにこの催しは成り立ちません(笑)。
ツメ人形によるお芝居ですが、皆さん熱心に稽古してくださいました。

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十三夜 

昨夜は十三夜だったそうです。
栗名月。
旧暦九月は晩秋のしみじみした情趣がたまりません。
そんな九月の半ば、十三日の夜を八月十五夜に次いで愛した古人に敬意を表します。
『源氏物語』「夕顔」で五条の

    夕顔の咲く家

に住む女に光源氏は夢中になります。そして、八月十五夜という風雅な夜もこの女を訪ねます。砧を打つ音などがする、都の中心から離れたところです。
翌朝、普通なら帰らねばならないのに、光源氏は去りがたく、女を古い屋敷に連れ出し、そこでものぐるおしい一日を過ごします。
そして、十六夜の月の出る夜の夢に、「いとをかしげなる」女が現れ、その女に取りつかれるようにして夕顔は亡くなります。
そして、1か月の後、光源氏は

    夕顔の侍女

の右近から彼女の素性を聞き、追悼します。晩秋のしみじみした頃です。作者紫式部の場面設定はまことに鮮やかです。
晩秋はうらがなしい時節です。

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姉コン 

タイトルに「姉コン」と書いてみたのですが、何やらよくわかりませんね。もちろん姉とコンパするわけではありませんし、ゼネコンの仲間でもありません。
有吉佐和子の『雪狐々姿湖』あたりに出てきそうでもあります。
実は、

    シスターコンプレックス

なのですが、ことさら年長のシスターであることを言いたかったのです。
私はどうも姉コンではないかと思うのです。実際に姉はいませんので、姉がいてくれたらなぁ、という願望のようなものです。
先日、岡崎や伊勢のことを書きましたが、あそこにもわが姉コン根性が出ていました。
岡崎の話の中で、二歳年長の同僚が若くして亡くなったことを申しました。彼女こそ、まさにわが姉だったのです。
実際はかわいくて妹っぽい面もありましたが、いつも私が「おい!」なんて声をかけられ、弟扱いされるので、私もそれにあわせて「お姉さん」扱いさせてもらっていました。
彼女は独り暮らしでしたから、やはり寂しかったのか、仕事帰りにしばしば

    ドライブしよう!

と、車に乗せてもらって(彼女の車なのに、なぜか私が運転させられる)、花見に行ったり初詣をしたり、しばしば誘われたものでした。

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三日月 

私は満月と上弦の月と三日月をよく観ます。あれ、また三日月か、え、今日も満月か、と、不思議なくらいよく観るのです。
いえ、実は何ら不思議ではありません。
仕事場を出るのが

    南向き

で、その時間帯に東方向に見えるのが満月、ほぼ南に見えるのが上弦の月なのです。月を遮る建物の関係で、南東や南西に出る月、五日とか十日の月は見にくいのです。帰り道は、西の方向で、特に国道171号線箕面市と池田市の境の高架でぱっと西の空が開けるのです。
すると、鎌を研いだような

    三日月

が見事に視界に入ってきます。
はあっ、とため息をつきたくなるような月です。季節によっては鮮やかな黄色だったり、渋い銀色だったり。
時として、宵の明星と美の競演をしたり。
月は眺めると縁起が悪いとも言われましたが、やはり観月の楽しみはまたなにものにも替えがたい趣があります。

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オシャレ 

ある程度の年齢になったら、いくらかは(品質の)いいものを着て、いい靴にいい腕時計、微香を漂わせて歩いてみたいと思っていたのです。
年齢だけは「ある程度」になったのに、結局はいいものとは無縁でした。服は買えず、眼鏡はぼろぼろ、靴は底が薄くなり、腕時計は持たず、汗臭さを振り撒いています。
学生の

    もっとも嫌う

タイプです(笑)。
ときたま、外部のかたにお話しするときが、さあ大変です。ネクタイなんて、父親が「趣味があわないから」といってくれたもの(笑)しかありませんし、シャツもないのです。
靴は見えないようにしていますが、けっこう見ている人はいますよね。初めて会った人は靴を見ればだいたいどういうひとかわかる、などと言います。銀行や消費者金融に行って

    「お金、貸して」

と頼んでも、私など、文字通り「足元を見られ」た上で怪しまれて、一円も借りられないだろうなぁ。

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新聞記事 

懐古趣味はあまりないのですが、最近の新聞記事は何とかならないものかと思うことがあります。
典型的なのが文化欄。まず

    文章として

すばらしい、と思うものが少ないのです。記者だけでなく、作家などの文筆家の書くものにしても。
その背景には「わかりやすいことはいいこと」という呪文のような束縛があるように思うのです。それは一面では正しいのかもしれませんが、じっくり読もうという気などまるで起こらないのです。
中学生でも読めるような新聞というのも合言葉のようになっていると思うのですが、中学生が楽々読めるのではなく、中学生なら

    「ちょっと頑張れば

読める」という程度の文章にならないものかな、と感じます。この場合の「頑張る」とは親に意味を尋ねるとか辞書を引いてみるとか、そういう工夫をすることです。
今はレトリックなんてあまり使ってはいけないのでしょうか。
歯ごたえがあってこそ、あるいはピリッとわさびが利いてこそおもしろいように思うのですが、そんな事を考える人が減ってきているのでしょうか。

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小さい秋 

十月になっても真夏日が続きましたが、今日(13日)はどうやら秋らしくなるようです。
といってももう十月も半ばなのですが。
あちこちで運動会がおこなわれていますが、昨日などは大変だったでしょうね。
運動会で熱中症の心配をしなければなりません。
プロ野球はクライマックスシリーズが始まり、ロッテと広島が勝ちました。Facebookの友人が大の広島ファンで、昨日も行ったそうです。写真を拝見したらスタンドの左側は真っ赤。つまり広島ファンが多数詰めかけたのです。こんなにいたのか、カープファン。
私としましては、

    ロッテ対広島

の日本シリーズを期待しているのですが、無理でしょうか。
とってもローカル色豊かでいいと思います。
応援していたヤクルトの小川投手が新人王を確実にしたのが嬉しいです。阪神の藤浪選手もよく頑張りましたけどね。
パ・リーグは則本投手(楽)ですね。ひそかに佐藤(オ)はどうかと思っていましたが、15勝した投手にはやはりかないません。

夏のような気候が続いたためか、私のプランターの

    ピーマン

は果てしなく実が成りました。ここ数日も合計20個ほど収穫しました。ちょっと育てすぎたのでひとつひとつの実は小さいですが。

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ストレス 

この時期、皆さんなかなかお忙しいようで、お見舞い申し上げます。
先日の台風のあとは南からの風を引っ張り込む形で気温の上昇が激しく、特に日本海側はフェーン現象も重なって真夏日どころか新潟のほうでは35度を超えたとか。
そのあとも30度を超える日が続き、身体の調子もなかなか

    気候に合わせにくい

ように思います。夏の次は冬でしたかね。
私はあまり気候に左右はされないのですが、いっぺんに温度が下がるのはやはり得意というわけにはいかないのです。
この気候に加えて、仕事が増えるとほんとう憂鬱になってきます。
幸か不幸か、私は一つ仕事がなくなりました。
経済的には甚だ困ったことなのですが、正直な気持ちとしては

    ホッとして

います。仕事はなくてもいいから収入だけ増やしてください、とお願いしたいのですが、「あほか」といわれておしまいです。

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伊勢、伊賀、松阪 

『伊賀越道中双六』の敵討ちは申すまでもなく伊賀でおこなわれたわけですが、今年の秋は伊賀といい、伊勢といい、三重県に注目が集まりますね。
伊勢の遷宮は黒田清子さんも活躍されました。学生は、黒田さんのことをほとんど知りません。まして、祭主の池田厚子さんとなるともうさっぱりです。そりゃまあそうですよね。
伊勢というと、文楽では『伊勢音頭恋寝刃』『勢州阿漕浦』があります。
ふと思い出しました。私はずいぶん前に伊勢斎宮を舞台にした

    斎宮暁白露

という新作浄瑠璃を書いたのでした。上演されるには至りませんでしたが。
大津皇子とその姉で伊勢斎宮となっていた大伯皇女との別れの話。万葉集にも残る

   わが背子を大和へ遣るとさ夜ふけて
    あかとき露にわが立ち濡れし 
   二人行けど行き過ぎ難き秋山を 
    いかでか君がひとり越ゆらむ

を使ったりしました。タイトルはこの上の歌を使って決めました。
文楽劇場の書庫には入っているのかな。

私はこんなに近くなのに、伊賀には行ったことがないのです。忍者の里、芭蕉の里でもあります。
文楽で伊賀というと、『伊賀越』のほかには『ひらかな盛衰記』「射手(いとど)明神」が思い浮かびます。今は「いで」でしょうかね。
近鉄で伊勢や名古屋に行くときに名張や伊賀神戸、榊原温泉などは通っても、伊賀上野は通りません。いつか行きたい場所のひとつです。

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伏見区 

平安時代、伏見のほうはあまり目立たない土地です。やはり京の都からは遠く、草深い地、という感じがします。その名のとおり、「深草」がありますが、伊勢物語に出てきます。深草で共に暮らしていた女を、そろそろ飽きてきた男が、「年を経て住みこし里を出でていなばいとど深草野とやなりなむ」と詠み送り、女が「野とならば鶉となりてなきをらむかりにだにやは君は来ざらむ」と返した、という話です。
男は、「私が出ていったら、いっそう深草は草深い野となってしまうだろうね」と言い、女は「野となったら、私は鶉になって鳴(泣)いています。そうすれば、仮に(狩に)でもあなたが来ないということはないでしょうから」と答え、男は出ていくのをやめた、というのです。
藤原俊成の歌にも

  夕されば野辺の秋風身にしみて
    鶉鳴くなり深草の里

があります。
そんな平安時代の様子とは違って、伏見城ができて伏見は賑やかになります。
淀川の水運がさかんになり、京と大坂をつなぎ、南は宇治から奈良へ。宿場町としても栄えます。もちろん、酒造りも忘れられません。
今日あたりノーベル賞受賞決定か、と期待される(→ダメでしたね。10月10日午後8時過ぎ付記)

    村上春樹

さんは、西宮や芦屋で育ちますが、生まれは伏見です。

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岡崎市 

三河国にはいろいろおもしろいものがあります。
私は吉良町(現在は西尾市の一部)、西尾市、岡崎市、安城市などには行ったことがあります。
二歳年長だったかつての同僚が西尾市出身で、その姉のようだった同僚が44歳で亡くなったあと、彼女の遺品となった車を西尾のご実家まで運んだことがありました。もちろん往路はそれに乗って行ったのです。
ダイハツの

    ミラ

で、私にはちょっと窮屈でしたが、よき思い出です。お母様が淹れてくださった当地ご自慢のお茶は忘れられません。お母様のお話では同僚女史は双葉より芳しい才媛だったらしく、美貌でもあったため、いかにも「自慢の娘」だったようです。お断りしたのですが、往復の交通費だから、と無理に持たされたもの(多分グリーン車を使ってもお釣りが来そうな…)を手に名残を惜しみつつ辞去したのでした。
そのついでに、吉良町に立ち寄りました。
もちろんあの吉良上野介の吉良です。この地では名君の上野介。治水事業に熱心で、自ら赤馬に乗って巡視したと言われます。その足跡を簡単にたどりました。
といっても、菩提寺の

    華蔵寺

を訪ねたのと、あとは町の空気を吸ったくらいでしたが。
西尾市は矢作川が流れ、海にも面してとても豊かな土地です。のり、タコ、イカ、アサリその他あまたの海産物が水揚げされます。鰻の養殖も盛んです。抹茶のおいしさは前述のとおり。岩瀬弥助が創設した岩瀬文庫には貴重な書画が保存されています。

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ああ、秋蒔き野菜 

ピーマンもそろそろ終わりです。いったい、何十個の収穫があったのでしょうか。途中までは数えていたのですが、すっかりわからなくなりました。
まだ、かなり実がついています。その収穫をもって引退してもらおうと思います。ピーマン君、ありがとう。

さて、秋にも何か植えようとは思ってきたのです。

    カブ、大根、白菜

などについて調べていたのですが、とにかく種を買いに行くのが億劫という状態で、時期をはずしてしまいました。ピーマンのプランターもまだ空いていませんので、どちらにしてもたくさんは蒔けなかったのですが。

葉野菜もいいですね。去年、小松菜を作りましたので、今年は

    ホウレン草

もいいかな、と思ったり。
あるいは収穫を来年として、豆類もあります。スナップエンドウや絹さやなど。豆類は連作障害が強いらしいのですが、まだ作ったことがありませんから、それは大丈夫。花もかわいいのだとか。

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いそがしし 

夏、もうこのままぶっ倒れて終わりじゃないかと思っていたのですが、かろうじて乗り切り、秋を迎えています。
それはいいのですが、ふと気が付くと夏の仕事が全部積み残しになっていて、めちゃくちゃ忙しいです。
年年歳歳、秋から冬の

    風が身にしみて

冷たいです(ピュー~)。
この1週間は授業もきつかったです。
月曜の朝、明らかに発熱しているものの、下手に測ると休みたくなるのでそのまま仕事場へ。30分働いては休み、15分動いては横になり、授業はもう生きた心地はしませんでした。
もちろん何も食べられず。帰宅して熱を測ると、38度2分。知り合いも多く風邪や疲れで倒れており、ついに我が身に迫ったか、という感じ。
翌朝もその次の朝も37度7分。90分授業は途中何度もリタイアしたくなりました。
しんどいから銀行に行けない、行けないから現金がない、現金がないからものが買えない、買えないから

    食べるもの

もない、と、恥ずかしながらそんな馬鹿げた日々でした。
やっと木曜に病院に行ったのですが、炎症反応はわずかで白血球数も正常。しかし、歩けない、食べられない(これは金欠ゆえ)。病院の費用も家や車にあった小銭をかき集めて(笑)やっと間に合わせました。
病院から銀行のATMまでの100mも遥かな道と諦めました。

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倍返し? 

今年は流行語が多いそうで、テレビの影響が大きいとか。
特に「倍返し」というのが流行っているようです。冠婚葬祭に関わるのか、と思ったら、そうではないようです。
どういう文脈で使うのかがわかりませんから、私は用いませんが、Twitterなどで見かける用法を総合すると、敵討ちみたいなものですか?

何しろ、

    立ち話や雑談

をすることがないので、こういう事はさっぱりわかりません。立ち話って大事ですね。
以前なら、週に一度か2週間に一度くらいは同僚教員が集まって連絡会のようなことをしましたが、それもなくなり、仕事場の事はメール連絡があるだけ。しかも、添付ファイルなどがあると、家では見られず(パソコンがないので)、書類の出し忘れの多いこと。多分、私は今や札付き、事務職員さんから白眼視されていまして、すれ違っても知らん顔をされることが多いです。「怒ってるんだろうなぁ」ということだけはよくわかります(笑)。

「倍返し」がらみですが、敵討ちって、ほんとうにしたかったのでしょうか。武士の面目、致さにゃならぬ、というのは理屈で理解しても、面倒だろうな、と思います。

    伊賀越道中双六

の仇討ちは殺された父の仇。正真正銘の敵討ち。忠臣蔵は主君ですし、殺されたわけではありませんから、厳密には敵討ちにはならないのでしょうね。
塩冶浪人(赤穂浪人)はよくあんなことをしたものだ、と思います。
軟弱な私なら、斧九太夫と同じ道をたどったかも。水雑炊は好みませんが。


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初春の演目 

今年の初春の文楽公演は見取りというにも物足りない演目でした。『忠臣蔵』のあとだっただけに余計にそう感じたのでしょう。
振り返ってみると、

第一部
  三番叟
  すしや
  戻り橋

第二部
  団子売
  松右衛門内から逆櫓
  十種香から狐火

でした。私は世話好き、といってもおせっかいなのではなく「世話もの好き」のことですが、その世話好きの私はやはり、なさけない兄ちゃんの一人くらい出てこいよ、と思ったのかもしれません。

と思ったら、来年の初春もなんだか力のでない演目です。
よし、行こう、と思わせてくれるものがいまひとつ。

第一部
  二人禿
  九郎助住家
  新口村

第二部
  面売り
  四条河原から堀川猿回し
  阿古屋琴責

う~ん。世話ものは入りましたが、今年とよく似たパターン?
遠方のかたで、早速「行かない」宣言をされたファンもいらっしゃいました。
九郎助住家は一昨年の春に出ましたし、矢橋はおろか、竹生島もなしですね。
景事は二つ。必要かなぁ。

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ようちえんのおともだちへ 

奈良の某幼稚園のお友だち! うんどうかいはどうだったかな? 11月には今年も文楽人形を使った人形劇を観てね!
改訂版「ごんべえさんとやまのかみさま」は、もうすぐ稽古に入るよ。

……と、読んでもらえるはずもない園児たちにメッセージを送りました。
依然元気がでない私ですが、ちまちまと旧作に手を入れていました。
あまり本文は変えないのですが、演技に少し厚みを持たせるように考えています。
小道具は、

    雀、きのこ、柿

を新調します。
いちばん自信のないのは柿。形もですが、色が難しそうで。お絵描き、色作りの技術のない私ですから、それらしく見えるかどうか不安です。2つ必要なので、予備を含めて3つ作るつもりです。栗もあったほうがよいのですが、これは案外実物がよいかも。
雀の差し棒には竹を使いたいのですが、舞台が狭く、あまり長いのはダメ。ホームセンターに蔓植物の支柱用の竹がありますが、丈夫過ぎるように思います。もっと細く、しなるほうがよいのです。
近くに竹林はそこそこありますが、侵入するわけにもいかず(笑)。ま、最悪、前回と同じ細い角材を使います。

太鼓が欲しいです。雨や雷の音を出したいのです。照明が欲しいです。嵐の恐怖を描きたいのです。いやいや、そこを芸の力でカバーしましょう(笑)。

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吹田市民大学 

本日はお知らせです。
生涯学習吹田市民大学ー千里金蘭大学キャンパス講座
対象および定員 一般成人200名
受講料 500円(初回にお支払い下さい
お申し込み方法 往復はがきに下記の項目を書いて吹田市教育委員会生涯学習課まで
  1 講座名(千里金蘭大学キャンパス講座)
  2 郵便番号、ご住所
  3 お名前(ふりがな)、年齢、電話番号(返信用にもあて先を)
     手話通訳が必要な方はその旨を明記してください。
     1枚の往復はがきに1名分だけご記入下さい。
     定員を超えた場合、抽選といたします。
     詳しくは後日受講通知でお知らせいたします。
申し込み受付期間 10月1日(火)~10月25日(金)
申し込み先
  吹田市泉町1-3-40 吹田市教育委員会生涯学習課

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お伊勢さん 

この秋、何人の友人知人が伊勢神宮にいらしたかわかりません。
学生も行ったと言っていました。それなら勉強して授業で取り上げるべきですが、今は余裕がありません。
今日は伊勢内宮の

    式年遷宮

ということ(外宮は五日)で、新聞やおそらくテレビでも話題になるでしょう。

伊勢参宮は江戸時代もとても盛んで、享保年間(1716~35年)の記録(伊勢山田奉行の報告書)では年間50~60万人ほどが行ったらしく、しかも一月から四月頃にその7~8割が集中したのだとか。気候もようなってきたし、お伊勢詣りでもしようやないか、と、落語の「東の旅」は始まりますが、まさにその時期です。江戸からの参拝といえば弥次郎兵衛と喜多八、弥次さん、喜多さんでしょうか。
さらに、式年遷宮の年はその何倍もの人が行き、おかげまいりの時は最高500万人にのぼったといいますから驚きです。

ちなみに、享保年間というと、もうあの

    赤福

は創業していました。なにしろ、富士山の宝永の噴火の1706年(=宝永山ができた年)に創業されたそうです。
近松門左衛門(1724年没)は食べたことがあるのでしょうか。
伊勢詣りはもちろん参拝が目的ですが、実際は大きな顔をしてできる遊山の旅でもあったわけです。
それにしても、男女を問わず旅をしていますから、江戸時代ね旅はなかなか安全だったのです。
『伊賀越道中双六』に出てくる藤川新関のお袖ちゃんの茶屋もいい商売になったのでしょう。
もっとも、助平のようなセクハラの飛脚はいたかもしれませんが。

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