百人一首姥がゑとき(四) 

『万葉集』を代表する歌人の一人に大伴家持がいます。その人の歌と伝えられる

  かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば
      夜ぞ更けにける

は「鵲(かささぎ)がその羽を並べて渡すという橋のようなこの内裏の階。そこに置く霜の白さを見ると夜がすっかり更けてしまっていたのだと気付かされる」という意味ですが、この歌についての絵はかなりわかりにくいのです。

家持

これはいったい何を描いたものなのでしょうか。船も人もどうやら日本のものではありません。左に描かれる岸壁も異国風、中国風です。磐の向こう側には白い屋根(奥には青い屋根も)の家々も見えます。そして中央右の遠景には見事な姿の山。もちろん富士でも筑波山でもありません。北斎にとってはかの国にあるだろうという想像上の山なのでしょう。さらにその右手にはやはり白い屋根の家。船が浮かんでいるのは海なのか、あるいは中国の桁外れに大きな川なのか、はたまた湖か。何を運び、どこへ行くのか。
鵲は今ではカチガラス(あるいはコウライガラス)と呼ばれる鳥のことで、カチカチというような鳴き声からそう呼ばれるようです。韓国でもずばり「カチ」という名だそうです。九州に見られるようですが、元々日本にはいない鳥だったと思われます。
中国の七夕伝説では牽牛と織女が年に一度会うときに鵲が羽を連ねて橋となって渡すとされています。そして、内裏にある階(はし)もまた

    「天上の橋(階)」

ということで「鵲のはし」と美称するようになったようです。家持の歌とされるこの歌は、天の川を詠んだのか、内裏の階を詠んだのか。私は目の前の階に霜が置いているのを見て、それを「鵲の橋」に見立てたものと思っています。霜の白い色を見ると夜が更けて天上の星空のように見えるということで、地上の霜と天上の星が渾然とした美しい表現だと考えます。
水は一面の青かというとそうではなく、小さな鳥が飛んでいるあたりを中心に白い色が広がります。船はずいぶん高さがあり、階段で登って行くような作りになっています。
船に乗る男たちは鳥を指差しているようにも見え、かなたにある山や右奥の家を指しているとも見えます。また、左側の人たちは人家のほうを見ているように感じます。白い水面の向こうにある家に別れを告げているのか、あるいは長旅から戻って来て牽牛のように天の川の向こうにいる妻を思うのでしょうか。絵としては、天上に例えられる宮廷ではなく、異国ではありながらやはり庶民の生活に即したものと思われます。
なお、最初に「その人の歌と伝えられる」と書きましたが、この歌は『万葉集』には見えず、作者もほんとうに家持かどうかは疑わしいのです。『家持集』という必ずしも家持の歌を集めたとは思えない歌集から藤原定家が『新古今和歌集』、そして『百人一首』に採ったものです。

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お七 

毎年晩秋から年内いっぱいにかけて吹田市でおこなわれている市民講座があります。
私はレギュラーで出演(?)してきましたので、もう声はかからないかな、とも、また声をかけてもらえるかな、とも思うのです。
で、今年も何とか声をかけていただきました。
いつも初回、要するに

    前座

をつとめており、今年は11月18日(火)を予定している、と言われました。人気教員があとに控えていますので、松鶴師匠に倣うと、私はお罪のないところを、ほんのわずか、八時間半ほど(笑)おしゃべりさせていただきます。
平安時代のお話ばかりで、相撲節会、和泉式部、藤原伊周、天体の異変などを取り上げて参りました。
まだまだネタはいくらでもありますが、今年は藤原公任の光と影、というような内容を考えていました。
ところが、文楽の話、女性の話をしてくれませんか、と言われ、まさか

  藤原公任における文楽と女性

というわけにもいかず(笑)、いろいろ考えてみました。

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へんな授業 

だいたい私はまともな授業をしていません。
「これでも大学の授業ですか?」と文部科学省の偉い方が見学にいらして感想を述べられたとしましても、特にお返しする言葉はございません。
私がの学生時代の先生はきちんとされていました。
教養の授業で思い出すのは国語学の大先生で、丁寧に源氏物語の講読をなさいました。あまりにまじめになさるので(私は面白かったのですが)理系の学生なんかまるで聴いていませんでした。
あるとき、私語をしていた学生のところにその大先生はつかつかと歩み寄り「君たちに話すことはないから出て行ってくれたまえ」と冷ややかにおっしゃり、さすがに彼らも平身低頭してあやまっていました。
ただ私はこういう先生のように

    学問的なこと

を淡々と話すということはどうも耐えられないのです。
そんなわけで、へんな授業をつづけているのです。ひとつは以前にも書きました

    日本語表現

という授業。大体こういう授業は、「文章表現の基礎」とか「日本語表現法」などというタイトルのテキストを使って勧めることが多いのですが、私はテキストなし、次の授業がどうなるかも決まっていない、といういいかげんさです。今は「シラバス」というものをきちんと作ることになっていて、1回目から15回目までその時間に何をするかをきちんと文書にして公開することになっています。これは絶対に作らねばならないものなのです。しかし私は「そんなことをいわれても何をするかは決まっていないんだから作れるわけがない」という状況なのです。しかたがないので、シラバスは適当に書いています。とにかく役所というのは、一律に、同じように、横並びにという考え方ですから、こんなことになるのでしょう。もっとも、学生の中には私のシラバスを見てこの授業を採ったという人がいましたので、さて彼女はシラバスのどこをいいと思ってくれたのやら。

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ミニトマト 

今夏はほんとうにひさしぶりにミニトマトを作っています。
最後の最後まで他のものにしようかと思ったのですが、ホームセンターに行ったときに思いつきでミニトマトにしたのです。
高校生なのにまだトマトが苦手だと言う末娘は「どうしてミニトマトなんか・・・」とぶつぶつ言っていました。
いいんです。私一人で食べますから(笑)。
そう思ってスタートしたのですが、最初の1か月半はどんどん大きくはなるものの花が咲く兆候すらなく、これ、ほんとにミニトマトの株なの? と思うくらいでした。

ミニトマト2
↑5月のころ

隣に植えているキュウリが次々実が生ったので、ミニトマトの遅さが余計に気になりました。それだけに花がついたときは嬉しかったですね。

mにトマト4
↑6月末、やっと花が

受粉は特に意識しなくても大丈夫なようですが、花をちょっと叩いたりしておきました。さて、実は生るのだろうか、と相変わらず心配は続きます。

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第24回だしまきの夕べ 付830,000 

昨夜は文楽夏の公演の2回目の土曜日。
だしまきの夕べが催されました。
私はこのところずっと歩くのがしんどい状態が続いており、どうにもこうにも行けない、というわけではなかったのですが、皆様に不快感を与えてしまいそうでやはり休ませていただきました。
お酒もほとんど飲めませんし、食べるものも減っていますので、楽しみも少し失せつつあります。叶うものなら、せめて以前のように

    ビール1杯

だけでも(もうちょっと飲んでたかな・・笑)お付き合いしたいと思っているのですが。1月のだしまき以来ですので、ビールというものは半年飲んでいないことになります。
この公演はすでに何度か行っており、実は金曜の夜も行っていたのです。もし昨日の夜のいい席が取れていたらその流れで顔だけでも出せたのに、と思わないでもありません。

で、ご参加の皆様、いかがでしたでしょうか?
またご様子をうかがえれば幸いです。

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一世一代 

咲大夫さんがこの公演で

  『女殺油地獄』「豊島屋油店」

を語り納めにされるそうですね。
私はこの演目に関しては織大夫さんの印象が一番強いのです。住大夫師も何度か語られましたし、覚えてはいますが、印象ということになると織さんです。最近は咲大夫さんの独擅場でしたが、私の方がダメになったので印象は薄いのです。
怪しいばかりの夏のけだるさ、不吉の予兆、与兵衛の周りの人々の温かさ、与兵衛とお吉の心のすれ違い、緊迫感、荒れ狂う油の地獄。
どれをとっても織さんのものだったな、と回想しています。
殺しの場面は説明的にならずに

    じりじりと過ぎて行く

時間を感じさせながらテンポを上げ下げして行かねばならぬと思います。
今後この場を語る太夫さんとして、咲さんは「この人に」という方はおありなのでしょうか。


    八世綱大夫、十世弥七

が作曲されながら、本公演ではなさらなかったそうで、しかし綱師の愛弟子織大夫、実子の咲大夫がきちんと跡を継いで人気演目として定着させられました。
この作品はどこをとっても現代に通ずるもので、姦通や妻敵討ちとは違って誰にでもすっと受け入れられる新しさがあるような気がします。
これからも人気演目であり続けるのではないでしょうか。

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百人一首姥がゑとき(三) 

山部赤人は『万葉集』随一の叙景歌人とも言われます。

  田子の浦にうち出でてみれば
     白妙の富士の高嶺に
          雪は降りつつ

は「田子の浦に出て見ると富士の高嶺には今も白い雪が降っている」という簡単な内容です。海から見上げた富士の絶景。で、季節を問わずに雪をいただいていることへの驚愕でしょう。

赤人

画面左半分に海と富士。富士山は今も雪が降り続いているはずですが、空にそれらしきものは見えません。ただ裾野近くまで鹿子まだらに白くなっています。では真冬の情景なのかと言うと、右側に描かれる人々の様子を見るとそんなことはなく、駕籠舁きなどはほぼ裸になっています。こんな時期に雪は降らないだろうと思っていたら、なんとあの霊峰富士には今も降っているようだ、という驚き。

    海の青、空の青

にも染まることなく白い富士が聳えています。『伊勢物語』に「時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿子まだらに雪の降るらむ」とあるのも思い起こされます。山に積もる雪の描き方は上は濃く、したはまだらで、葡萄の房のように垂れ下がっているように見えます。
旅人らしき人々はまったく富士を観ていません。そもそも山道を登る彼らから富士山が見えるのかどうかも定かではありません。一番上の二人は笠に手をやる人と腰をかがめるような仕草を見せる人。挨拶でもしているのでしょうか。三人目の男は駕籠舁きと(あるいは駕籠に乗っている人と)対になっているようです。そのあとには女性の旅人も見えます。崖道を登る人たちは、混み合っていることもあって、息づかいが聞こえるようで、泰然として動ずることのない富士山と対照をなしています。彼らは「田子の浦にうち出でて」いない人たちです。美しい叙景歌ではありますが、北斎はそれを風景画としてのみ描かず、もうひとつ、風景とは無縁にひたすら歩みを進める、人の営みをも描いてみせたのだと思います。もう一つ印象的なのは海に浮かぶ二艘の船。こちらがむしろ「田子の浦にうち出でて」いることになります。向きが逆になっていますので、やはり動きを感じます。北斎は「富嶽三十六景」の中に「東海道江尻田子の浦略図」も描いています。こちらは海で働く人々(舟人、塩田作業の人)を見守るようにやはり鹿子まだらの雪をいただく富士山(山全体が白いのではなく、藍色が勝っています)を描いています。

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前期終了 

昨日、前期の授業が終わりました。
先日も書きましたが、日本語の敬語を中心とした授業は学生も熱心に聞いてくれましたが、竹取物語はどうも反応が悪かったです。
来年度は

    源氏物語

に戻ろうかと思っています。
竹取はつたない論文も書いたことがある、比較的詳しく知っている作品なのですが、それがかえってあだになっているのかもしれません。また、平安時代の文学なんて、という学生も多いのかも。
文学部で授業がしたいです。
これで9月半ばまでは授業という形の仕事はありません。
何にもしなくていいなら楽な仕事です。しかし夏休みは学生が休みなのであって、私は相変わらずじっと手を見ながら働くのみです。
この夏は書くものがいっぱいあります。

    伴大納言絵巻

についても思うことを簡単に書いておこうと思っています。
それ以外にもいくつかありますし、雑用の類も山のように。
暑い、しんどい、と言ってぐずぐず仕事をしていて、ふと気がついたらもう後期が始まってるのではないかと思うくらいあれこれあります。

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仕切り 

柔道がオリンピック競技になり、世界選手権などもおこなわれ、文字通り国際的なスポーツとなりました。
日本の武道のひとつが世界に認知されることは喜ぶべきことなのかも知れません。
ただ、あまのじゃくの私はどうも気に入らないことがあります。オリンピックである日本選手が優勝を決めた瞬間、

    倒れたまま

の相手選手をまたいで拳を突き上げて勝利の雄叫びを挙げたのを観た時でした。
まだ挨拶も終わっていないのに飛び上がって喜んでいる。
そうか、代表選手がそういうことをするのか、と、がっかりしました。いや、多くのファンは歓喜して拍手を送り、泣いて喜び、テレビでもアナウンサーが(多分)絶叫していました。誰も文句を言わないのだな、と一人で嘆いていたのです。倒した相手に手を差し伸べて、礼をするのが柔道だったのではないのか、とおそらく

    時代錯誤

と言われるであろう感傷に浸っていたのです。
その時から、柔道がおもしろいと思う気持ちが失せていきました。
じゃあ、観るな、と言われそうですし、実際ああいう姿を見たいと思わなくなっています。

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学生からの質問(その2) 

日本語の表現を主題とした授業が終わりました。
お世辞で言ってくれるのだろうとは思うのですが、「この授業で習ったことをバイト先で試したら褒められました」という反応がずいぶん多く、私、ひょっとしてこの授業に向いていたのかな(笑)と思い始めています。そのくせ平安時代の話をする授業ではまるでぼけ~っとしている学生が多いのですが。

で、以前(4月28日)書いた「学生からの質問」の続きをです。実はこれは以前間違って掲載してしまっていたもので、「あれ、どこかで読んだような気がする」とおっしゃるかたがいらっしゃるかもしれません。そこまで熱心に読んでくださるっている方がいらっしゃるかどうかはわかりませんが(笑)。

学生からの質問で授業時間のほとんど、時にはすべてを使う授業というのはめったにないだろうと思います。文部科学省に見つかったら「大学の授業としていかがなものか」とか何とか叱られるかもしれません。もしそうなったら平身低頭してあやまって、同じことを続けますが(笑)。

方言のことは前回も書きましたが、関西以外の地方から来る学生が「びっくりした表現」というのも関西の学生にはいい刺激になるようです。
たとえば

  これ、におってみ

と関西、特に京都や大阪では言います(意味は「この匂いをかいでみてください」。同じ関西でも私は使いません)。ところがこの「におう」「におぐ」を、京、大阪の人は方言だとは思わずに使っていることが多く、他地方出身者から言われて気がつくのです。「これ、なおしといて」と言ったら関西人は

    片付け

ようとします。でも他地方では「修理」しようとします。これも同じで、関西の学生は「なおす=片付ける」を全国共通と思っている人が多いのです。
でも、だからといって方言を使うな、というのは私の考えにはありません。「関西ではそういうのか!」と他地方出身者に気づいてもらえばいいじゃないかと思っています。ドゥー アズ 関西人 ドゥー。

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百人一首姥がゑとき(二) 

天智天皇の娘でもある持統天皇の歌

  春過ぎて夏来にけらし
    白妙の衣干すてふ
         天香具山

は「春が過ぎて夏がやって来たらしい。あの真っ白な衣を干すという天香具山よ」ということですが、大和三山の代表的な山と夏の訪れを感じさせる小白い衣を詠んだものです。『万葉集』の原作は「衣干したり」と読めます。これですと実景のようですが、「衣干すてふ」だと人づてに聞いたような感じです。

持統天皇


絵は、川で布を洗って、それを村の方まで持ち帰ろうとする二人の女性を中心に描かれます。しかし、彼女たちの足は村に向かっているというよりは天香具山を指しているようにすら見えます。画面右奥には村があってそこには同じように洗われた布が干されているのですから、彼女たちはそちらに行けば良さそうに思うのですが。天香具山は赤く描かれます。朝焼けの山でしょうか。あたかもこの山の赤々とした熱に布を晒そうかとでもいうように見えるのですが、それは考え過ぎでしょうか。陸にいる男が二人、川を渡る(向き合っている)男が二人、そして画面左側に魚でもとろうとしているかのような男が二人。二人一組に描かれているようで、彼らの肌の色は男たちの肌の色はいずれもひとりは白く、もうひとりは肌色。川に入ろうとする男たちは過ぎ去り、女二人は香具山に向かって(実際は村に向かうのでしょうが)行く。春過ぎて夏が来る、その

    過ぎるものと来るもの

を象徴するかのような人物です。あるいは荷物を抱えた男たちが、布を干しに行く女を見て「夏が来たらしい」と実感しているのかもしれません。川の流れを見ると右側が川上。そして黒っぽい筋が川を渡る男の足から出ているだけでなく、川上からも見えます。あるいはこれは他の人物の存在を暗示するものでしょうか。

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「俊寛」から「平家女護島」 

夏の文楽は近松作品を三つ上演するようです。
その中で時代物は

    平家女護島

です。この作品は好きなもので、もう何度も拝見しました。多くは玉男、簑助で、文雀(俊寛、千鳥)、文吾(俊寛)、紋寿(千鳥)というのもありました。先代勘十郎の俊寛もありましたが、先代はどちらかというと瀬尾の印象が強いです。下の世代では玉女、当代勘十郎も。
床は越路大夫、住大夫(文字大夫)、織大夫、十九大夫、英大夫、千歳大夫などで、津大夫師匠は聴いていないと思います。
昭和61年には「六波羅」「船路の道行より敷名浦」がありましたが、見慣れないというか、舞台自体も何だかこなれていなくて、その後も一度「六波羅」はありました。
今回は床が千歳、清介。手摺は玉女、簑助、紋寿、玉也、勘弥、玉志。なかなかのメンバーです。俊寛は和生さんもいいだろうと想像しています。
日本史の教科書にも出てきた鹿ケ谷の謀議では、西光が殺され、備前に流された藤原成親も餓死させられたといわれます。成親の子の成経(丹波少将)、平康頼、そして俊寛は鬼界が島に流されます。中宮(清盛の娘徳子)の御産の祈願で成経と康頼は許され、一人残された俊寛をかつての侍童の有王が訪ね、そのあと彼は何も食べずに非業の最期を遂げたと言われます。

    謡曲 「俊寛」

では、次のような内容になります。
冒頭で赦免の使者が中宮御産の祈りのために大赦が行われること、鬼界島の丹波少将成経と平康頼も許されることを紹介します。
一方、鬼界島では熊野三社を勧請した平康頼と藤原成経がそこに詣でます。俊寛は「後の世を、待たで鬼界が島守りと、なる身の果ての暗きより、暗き道にぞ入りにける(後世を待たずに鬼界が島の島守となってしまって暗きより暗き道に入ったのだ)」と嘆いています。「暗きより」は和泉式部の「暗きより暗き道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月」を基にしていますが、もとは『法華経』「化城喩品」の「冥きより冥きに入りて永く仏名を聞かず」から来ています。
そして俊寛は2人を迎えにいき、「酒を用意した」と言います。実はそれは水、「そもそも酒といふものは、もとこれ薬の水なれば」と俊寛は言うのです。これは「平家女護島」の「酒と思ふ心が酒」につながりますね。
「頃は長月、時は重陽、所は山路、谷水の彭祖が七百歳を経しも、心を汲み得し深谷の水・・・」と言って酌み交わす水。
「げにも薬と菊水の、心の底も白衣の、濡れて干す、山路の菊の露の間に、われも千年を、経るここちする、配所はさてもいつまでぞ」という地謡の上ゲ歌。
遠島という生き地獄にいて酒に見立てた水を飲む。空は晴れても見えるのは海ばかりという孤絶の思い。わかるような、やはりわからないような。

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2014年7,8月公演初日(付 第24回だしまきの夕べ予告) 

文楽のいわゆる「夏休み公演」が今日初日を迎えます。
番組は

第1部 【親子劇場】 11時開演(13時10分終演予定)
小佐田定雄=作「かみなり太鼓」
解説 ぶんらくってなあに
西遊記(五行山、一つ家)

第2部 【名作劇場】 14時開演(17時25分終演予定)
平家女護島(鬼界が島)
鑓の権三重帷子(浜の宮馬場、浅香市之進留守宅、数寄屋、伏見京橋妻敵討)

第3部 【サマーレイトショー】 18時開演 (20時45分終演予定)
女殺油地獄(徳庵堤、河内屋内、豊島屋油店、逮夜)

とのことです。
近松の没後290年ということらしく、近松だらけですね。
ついこの間、没後280年だと思ったのに、もう290年。10年後は没後300年というもっぱらの評判です(「植木屋娘」か)。

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百人一首姥がゑとき」(一) 

葛飾北斎(1760〜1849)は数えの90歳まで生き、画家としての人生のきわめて長い人です。
北斎と言えばまず「富嶽三十六景」や「潮干狩図」(肉筆画)あるいは「北斎漫画」を思い浮かべられると思うのですが 、実際は美人画も役者絵も本の挿絵も、その他さまざまな分野の絵を描いています 。
「富嶽三十六景」「富嶽百景」「諸国滝廻り」など、揃い物の絵にもいろいろありますが、七十代の後半に描かれた

    百人一首姥がゑとき

という、おそらく百枚を計画していた揃い物があります。おそらく、というのは最終的に30枚ほどしか世に出ず、版下絵を併せてやっと90枚ほどになるというものだからです。
なぜ出版が途中で挫折したのかはよくわからないのですが、推定されているのは経費がかかり過ぎて採算が合わなかったのではないかという理由です。たしかに色も豊富で、ぼかしの技巧も繊細でよほどよく売れるか、あるいは値段を高く設定するか、何とかしなければ完成は難しかったでしょう。そしてもうひとつ、『百人一首』を「姥」が絵解きするというものではあるのですが、その絵解きが

    よくわからない

ためにさほど評判にならなかったのではないかという理由も考えられています。
私は浮世絵のことはよく解りませんが、平安時代の文学を愛する物として、ちょっと興味がありますので、この27枚の絵を眺めてみたいと思うのです。かなり頓珍漢なことを言うと思いますが、論文ではありませんし、敢えてそれを厭わずに思ったままを書いてみます。

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前期公開講座終了 

一昨日、公開講座の前期分が終わりました。
8回の講座でしたが、専門分野から少しずれますので、かなりきつかったです。
ただ、面白いのは面白い。あるいは私一人が面白がっているのかもしれませんが、わからないことだらけですから、少しでもそれを解きほぐしていこうとするのは勉強の醍醐味です。今回は

    伴大納言絵巻

をとりあげて、かなり細かく鑑賞し、問題点を指摘し、それについての私見を述べてきました。
詞書がありますので文字も読む稽古ができます。平安時代末期のものですから、相当古い文字です。
我々が源氏物語だの伊勢物語だのを写本で読むとしてもたいていは室町時代やそれ以降のもの。鎌倉時代なら古いほうです。それだけに平安時代の文字を読むのはなかなか面白いのです。
書体もそうですが、どんな文字を使かっているかも考えてみると楽しいのです。
たとえば、この本では「ひ」という字を「日」をくずした文字で書くことが多いのです。たいてい「比」をくずした、我々が今日ひらがなとして使っている「ひ」が多く用いられるのですが。
絵もすばらしいです。多くの人々を丁寧に書き分けて、表情も豊か。何しろ大半が庶民ですから、源氏物語絵巻のような

    引き目 鉤鼻

の顔ではなく、個性にあふれています。
検非違使とか近衛とか勇ましい男たちも出てきます。弓、やなぐい、太刀などを身につけたり主人の飾太刀を持ったり。
貴族では後ろ向きの人物も多いのです。彼らは表情をあらわにせず動きも穏やかなものが多いように思います。

後ろ向き1

後ろ向き2

後ろ向き3
↑後ろ向きの人たち

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源大夫の引退 

文楽夏休み公演を前に、九代目竹本源大夫師匠の引退が発表されました。最後まで舞台復帰に意欲を持たれていたようですが、綱大夫時代の最後の頃からはあの文楽劇場ではもう無理だろうと言う声がありました。私は無責任なことはいえませんのでなんとも申しませんが。
何度か書いたと思うのですが、私にとって

    最初の太夫

つまり最初に「すばらしい」と思った太夫は越路大夫でも津大夫でもなく、当時まだ若手であった五代目竹本織大夫だったのです。
とにかく立派で美しい声で、何でもござれの太夫さんだったと思います。
当時近松作品にはすでに定評があって、「紙屋内」「大和屋」「上田村」「淡路町」「封印切」「豊島屋油店」「六軒町」「大経師内」「数奇屋」「天満屋」「甘輝館」「楼門」などずいぶん聴かせていただきました。
もちろん近松作品だけではありません。「尼崎」「長左衛門切腹」「寺子屋」「熊谷陣屋」「金閣寺」「菊畑」「十種香」「先代萩の御殿」「岡崎」「長局」「金殿」「一力の由良之助、平右衛門」「橋本」「城木屋」「野崎村」「鰻谷」「新吉原揚屋」・・・。
水も滴るような色気のある語り、闇の描写、危機感の表出、あふれんばかりの芝居心、たたみかける迫力。
フシになると高音がつかえることはあっても、そんなことはどうでもいいとさえ思いました。
義太夫とは

    こうして語る

のだ、というお手本のような気がしていました。
泣かされる住大夫に対して、私はいつも感心して聴いていました。

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サッカーは終わった 

どれくらいの盛り上がりがあったのかは存じませんが、国別対抗の最高の舞台である

    FIFAワールドカップ

が終わりました。
皆様は関心をお持ちでしたでしょうか。私は贔屓のドイツが勝ち進んだため、それなりに関心がありました。とはいえ、生放送を観ることはついぞせず、ドイツを中心にハイライト映像を見るていどでしたが。
日本は残念でした。しかし、ワールドカップに出ただけでも立派なもので、今後10年、20年という時間をかけて少しずつ成長し、ヨーロッパや南米に肉薄することを願っています。
ブラジルのサッカーファンは熱狂的で、ドイツに1対7で敗れた時など、ピッチの大スターたちが誹謗に晒されるくらいだったとか。だからブラジルのサッカーは強いのだ、という意見もあります。日本は負けても「よくやった」と(私のように)いうだけだからダメなんだ、とも。
しかし、専門家が厳しい指摘をするのはわかりますが、格上の相手と必死で戦って日本に帰ってきたまだ20代かせいぜい30そこそこの若者たちを罵るのが

    日本人の美意識

に合うものでしょうか。私はそこまでしてサッカーファンでありたいとは思わないし、今後もブラジルの人たちと同じようなことをする必要はないと思っています。そんなことだから強くなれないんだ、という意見に与するつもりもありません。
日本はまだやっと世界の檜舞台に立ち始めたばかりです。

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謝罪 

私が最近気になっている言葉の一つに

    謝罪(する)

があります。

ヤンキースの田中将大投手(25)が11日(日本時間12日)、今回のDL入りに関するコメントを球団を通じて文書で発表した。 「申し訳なく思っています。」
DL入り2日目。初めて田中将が心情をつづった文書の書き出しは同僚とファンに対する謝罪の言葉だった。
(デイリースポーツ7月12日)

など、メディアに頻出する言葉です。
「芸能人が離婚して『お騒がせしました』と謝罪した」とか「選挙で負けた候補者が『私の不徳の致すところです』と謝罪した」とか。
もちろん、大筋で意味は理解できますが、ニュアンスとして釈然としないものがあります。
こういうのを「謝罪」と表現するのが適切だろうか疑問です。

例えば、酔っぱらって停めてあった蹴倒して傷をつけたら持ち主が現れて、さすがに自分のしたことを恥じつつ「謝罪」して弁償もした、というのは正しい遣い方だと思います。
加害者が被害者に謝罪する、という具合に自分に

    非がある

と認めて、その非(罪といってもよい)を相手に詫びて赦しを乞う(多くの場合、弁償や刑罰ななどの償いを伴いつつ)のが謝罪なのではないかと思うのです。


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砂糖とせんべい 

甘いものは甘い、辛いものは辛い。そんな当たり前の味わいが好きなのです。だから、甘いカレーとか辛いケーキ(そんなのないか?)などは苦手です。日本酒もワインも甘口はどうもだめです。
甘いものが嫌い、というわけではないのです。つぶあんなど好きで、たとえば広島の

    もみじ饅頭

はつぶあん派です。
このあいだ、世界遺産の話をしていて、「宮島に行ったらもみじ饅頭をほおばりながら歩くといいですよ、ちなみに私はつぶあん派です」と付け加えたら、世界遺産の話より「私はこしあん派です、クリームもみじが好きです、チョコもいいです」と、そっちのほうで盛り上がってしまいました。人の話のどこを聞いてんねん! ま、そんな話をする私がそもそも悪いのですが。
たとえばもみじ饅頭に

    「カレーもみじ」

が出たら私は食べないだろうと思います。甘いものは甘いからいいの、と。そんなの出るわけがないからいいけど、と思って、念のためにネットで調べたら、ありました・・・。
おまけに、キムチ味というのもあったりして。

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疲れならいいのですが 

年寄るとやくたい、と「刃傷」の高師直は言いますが、この「やくたい(益体)」は本来とは逆の意味で「益体なし」のこと。つまり役に立たない、埒もないというようなことでしょう。
そういう意味のことを人生の大先輩がおっしゃるのを聞いて、そんなものかな、と思っていたのは、今は昔。
最近私もしばしば「益体ない」と感じることがあります。
この二か月ほど、かなり無理をして仕事に精を出していました。しばしも休まずキー打つ響き♪と歌いたくなるほど何かを調べてはキーボードに向かっていました(その割りに成果が出ないのは何故?)。いや、それだけでなく、授業や公開講座などに時間をとられ、また奈良に行っては身体を動かし、という日々でした。
息苦しさは相変わらずで、ストレス発散のすべもなく、食べるものも不十分、植木等さんなら「これじゃ

    からだにいい

わきゃないよ」とおっしゃるところです。私もわかっちゃいるのですがね…。
毎朝5時前に起きてちょっとした仕事をして7時には仕事場に着いて12時間。誰と話すわけでもなく、部屋に籠るか授業に行くか。夜は10時を過ぎるとダウン。
好きなことをしたのは、神戸の市立博物館に行っただけでした。
こういう日々は学生時代から馴れてはいるのですが、さあ、そこが

    年寄ると

なのでしょう、疲れの度合いが違います。
ずしんと重りを背負わされたような感じです。

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すき 

「好き」ということばは、我々の日常生活においてはきわめて頻繁に用いられる、いわば簡単な言葉です。
本が好き、お煎餅が好き、秋が好きなど、一日に一度や二度はこの言葉を使うのではないでしょうか。
人間の感情のなかでも割合にはっきりしたもの。白黒が明白。わかりやすいので、それを使うことで対人関係を壊さないなら躊躇せず口にできる言葉です。反対語の「きらい」に比べると使用頻度は高いと思います。

この言葉の本来の意味は、何か自分の気に入ったものに向かって、ひたすら邁進する感情とでもいうのか、

    一途になる、

熱中することです。「昔の若人は、さる好けるもの思ひをなむしける」というのは伊勢物語の一説。昔の若人は、こういった一途なもの思いをしたものだ、ということです。

そして、おもに恋に突っ走ること、つまり「恋の道」に迷うことをも「好く」と言い、これは今でも「彼は好き者だ」などと色男(ぶった人)を揶揄するように用いられます。
また、趣味や芸の道に夢中になることも「好く」であり、和歌に熱中した

    能因法師

などは「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」という歌を都で詠み、何とかして白河で詠んだことにしたいと思いつめるあまり、人に会わないようにひっそり籠り、しかし日にはじゅうぶん当たってわざと日焼けをして白河まで行って詠んだふりをしたとまで言われます。彼は「好きたまへ、好きぬれば秀歌は詠むぞ」と人にアドバイスもしたとも伝わります。夢中になればそれでこそ秀歌が詠める、と。

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孫 

下の子がまだ高校生ですので、私はまだまだ老いることができません。
しかし、同級生などはもう

    孫のいる人

は少なくないはずなのです。
どういうわけか私の親しい同級生は概して結婚が遅く、子供もほとんどが20代前半またはそれ以下。
高校時代の友人はもう付き合いがないのですが、若くして結婚した友人がいたことは知っていますので、そういう人はおそらく30代の子供がいるはずです。となるともう孫がいる可能性は高いですよね。実際、8年前に偶然同級生だった女性と再会し(機会があって手紙をもらっただけですが)、そのとき彼女は孫ができた、と言っていました。
もっとも、同世代で子供ができたという元気な人もいますから、人さまざまです。
私はまだ実感として

    「孫を持つ」

ということがわからないのですが、どんな気持ちになるものなのでしょうか。
私の父は長男(私の兄)が22歳で結婚して23歳で父親になりましたので、52歳で孫を持ちました。その頃を思い出すと、まだ「おじいちゃん」と呼ばれるのは御免だという感じがありありでした。
それでも孫をかわいがっていたことはたしかで、同居ではなかったのでたまに会うとやはり嬉しそうでした。
兄はすでに2人の孫を持っています。ときどきベビーカーに孫を乗せて散歩している姿を見かけ、けっこう「おじいちゃん」を楽しんでいるようです。

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源氏物語の講座 

秋から、あらたな一般向け講座を始められないかと思っています。
私が就職でお世話になった先生がずっと源氏物語の講座をなさっていたのですが、この春に亡くなり、ながらく

    先生のファン

だった方々は残念に思っていらっしゃるはずです。
衣鉢を継ぐなどと偉そうなことは申しません。なにしろこの先生は源氏物語の研究書を何冊も書いていらっしゃる大先生ですから、私など物の数ではないのです。
しかし、

    日本を代表する物語

の講座がなくなるのは残念ですし、ひょっとしたら「多少講師の質は悪くても(笑)、源氏物語を読んでみたい・・・」という需要があるかもしれない、という思いもなくはないのです。
そんなわけで、先日後期の講座について問い合わせがあったとき、思い切ってこの講座の実施を伝えておきました。

私もこの物語はもうずいぶん学生や一般の方々にお話ししてきました。
今なおわからないことだらけなのですが、この夏にできるだけ勉強して人さまにお話しできるレベルにしたいと思っています。

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ひさしぶりの仮名 

一般の方々に「伴大納言絵巻」のお話をするのはとても楽しみですが、その一方大変な時間を予習に費やしています。
そうでもしないとまるで私には手が出せないような難物なのです。
美術史の論文も読まねばなりませんし、日本史の勉強もしなければなりません。
最近は美術作品に科学的な分析を施すことが行われます。
非破壊、非接触で

     蛍光X線

によってどういう顔料が使われているか、などということがわかります。しかしこういうことは私が家でチョイチョイとできることではありません。予算を獲得して、専門家に頼んで、もちろん対象となる作品の所蔵者にお願いして・・・とても大がかりな仕事になります。
私は恩恵を受けるだけですが、この伴大納言絵巻に関してもその研究成果をありがたくいただいています。
たとえば、庶民の中に貴族が描かれているとなると、その貴族の顔の部分にはPbが検出される。つまり鉛系統の顔料が用いられていることになります(具体的には鉛白)。
高校生の時、何が苦手と言って化学ほど苦手、いや嫌いな科目はありませんでした。ですから、

    Pb が検出される

などといわれるとつい「プライベートブランドの絵の具か?」と思ってしまうありさまです。

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「ごんべえさん」出演者の皆さんより 

あっという間の本番でした。写真撮影などを除くと約40分の催しです。毎年のことなのですが、終わった後の出演者の皆さんの表情のすばらしさには感激します。
終演後は園の会議室で反省会。
私からは
 人形の表情が感じられた
 ごんべえさんがほんとうに嬉しそうにきゅうりを見て踊りだしたからこそ拍手がいただけた
 お染ちゃんも動きが楽しそうなので、笑っているように見えた
 小道具の工夫が冴えた
 語りの皆さんも人形をうまく生かしてくださった
などの感想を申しました。
出演者の皆さんからは以下のような感想を頂きました。

  ごんべえさんの左遣いをしましたが、この募集があったとき、
  まさか自分が人形を遣うことになるとは思わなかった。大変で
  したがやってよかったと思っています。

  足を持ちましたが自分の演技が見えないので想像だけで演じ
  ました。喜んでもらえたのでよかったです。

  ごんべえさんの主遣いでした。舞台下駄を初めて履いて、動き
  が楽でした。舞台の奥行きを使えて演技ができてよかったです。

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「ごんべえさん」本番でした(その2) 

お染ちゃんのパフォーマンスは続きます。一番難しい裁縫の場面です。何度も稽古してくださって、なかなか見事なできでした。

裁縫シーン
↑裁縫のシーン

お染ちゃんの妙技で子供たちを乗せて、いよいよメインイベントの

  ごんべえさんのおむすびころりん

の上演です。
ストーリーはすでにご紹介しました。
ごんべえさんには足があります。考えたら当たり前なんですが、子供たちの反応はすばやいです。「あ、足や! 足がある」「ちょっと違うな」。
ごんべえさんが落としたおむすびがあちこちに転がると、そのつど喜んでくれたようです。ごんべえさんがモグリンの穴に吸い込まれるところは「す、す、すいこまれる~~~」という感じで、まっさかさまに姿を消します。こういうところは人形劇のいいところです。船底も役に立ちます。この場面は園長先生がお気に入りで、ごんべえさんが穴に沈んでいくと一番に拍手してくださいました。
モグリンが出てくると「かわいい~」という感じで客席がザワザワとします。

ごんべえさんのおむすびころりん
↑穴の中でのシーン 左にモグリン

モグリンからもらった魔法の鍬でごんべえさんは畑を耕します。しかしなかなか思うように行かず、「幼稚園のみんなも一緒に「よいしょ」と言ってくれるかな?」と頼みます。すると子供たちは即座に

    ハーイ

と手を上げて承知してくれます。
私としては、声は出してくれるだろうと思っていたのです。ところが、次の瞬間、予想外の光景が!
「そりゃこそ、よいしょ、そりゃこそ、よいしょ、よいしょ、よいしょ、よいしょ、よいしょ、よいしょ」。ここで子供たちはごんべえさんといっしょになって

    畑を耕す振り

をするのです。
こういう反応があるのか! と驚きました。もちろん「よいしょ」の掛け声は大きな声で。
これで会場の空気が完全にひとつになりました。
私は、大げさかもしれませんが、感動して涙が出そうになりました。

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「ごんべえさん」本番でした(その1) 

というわけで、一昨日は朝8時前に仕事場を出て、雨のそほ降る中を奈良まで行きました。道路が濡れていますので、普段よりもさらに安全運転。やはり車の量が多く、ぎりぎりお約束の時間に着きました。
住宅街のはずれにあるのですが、写真を撮ると、なんだかとんでもない田舎に見えてしまいます(笑)。

幼稚園全景
↑幼稚園

皆さんおそろいでした。舞台のつくりをチェックして、9時過ぎからゲネプロです。

ゲネプロ
↑ゲネプロのようす

もう最終チェックですから、ここであれこれ申し上げるとかえって本番で混乱されるかもしれませんので、ごんべえさんにもお染ちゃんにもひと言だけにとどめました。
そしてひととおり終わるとすぐに子供たち、そして地元の皆さんが入ってこられました。
舞台袖のみなさんは

    ドキドキ

されていたのではないでしょうか。
私も緊張しました。
お天気が悪いですから、お客さんは5~6人かなと思っていたら、30人くらいはいらしたのではないかと。子供たちと先生方、さらに奈良市教育委員会の方までおいでになりましたので、結局はざっと100人の目が見つめる公演となりました。
そして、10時20分ころから開演となりました。

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ごんべえさんの「おむすびころりん」(その4) 

では昨日の様子をメモしておきます、と書き出したところで、とんでもないことに気がついてしまいました。以前このお芝居の台本をこのブログに全文アップしたつもりだったのですが、

    結末を書き忘れ

ていました!!
以前書きましたのは
その1
その2
その3
まででした。
実はこのあと、一番大事な結末があるのでした。
ここまでにご紹介したのは、ごんべえさんがモグラのモグリンに出会って、魔法の鍬をもらい、それで田を耕して種を蒔き、夜が更けたので眠った、ということろまででした。
そのあとは以下の通りです。

大きな月が出てきました。そして、その月が高く昇っていくと、あれれ、どうしたことでしょう、キュウリの芽が出て、スルスルスルッと大きくなっていくではありませんか。スルスルスル、スルスルスル。そして、立派なキュウリの実がなりました
♪コケコッコー
と、鶏の声がしました。
 ごんべえさんは目を覚まして、いつものように顔を洗って歯磨きをしようとしましたが、ふと思いついて庭に出てみました。そして、大きくなったキュウリを見つけるとびっくりして、
ご こ、ここここ、こりゃどうじゃ。キュウリができとるわい。できた、できた、できた、できた、できた。ははは。
 ごんべえさんはキュウリを一つ、二つ、三つ取りました。そして、モグリンへのお礼として、その中の一本を穴の中に投げ込みました。コロコロ、コロリン、とキュウリは穴の中に入って行きました。
ご モグリンやあい。おかげでおいしそうなキュウリができたぞ。おまえも早速、食べるといい。
そういって、ごんべえさんは、二本のキュウリを持って朝ごはんの準備にいきました。
今日も、とてもいいお天気です。

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「ごんべえさん」本番です 

奈良市在住の旧知の方から「文楽人形を幼稚園児に見せる催しができないか」と依頼されたのは、その方のご子息が幼稚園児だったころです。今はその坊やも少年野球チームで頑張っている小学校3年生のはずです。
最初は1年だけと思っていたのです。それは学生がいなくなったので、人形を動かしたくてもできないからです。それに、幼稚園児に喜んでもらえるかどうかわかりませんし、園が続けてほしいとおっしゃるかどうかはさらにわからなかったからです。
ところがどういうわけか

  子供たちには大うけ

で、保護者の皆さんもこれならもう一度と思われたのかもしれません。
しかし学生がいないというのは致命的で、お断りするほかはなかったのです。が、地元のボランティアの皆さんが協力しようとおっしゃって下さり、文楽人形など触れたこともないという方が積極的に参加してくださいました。
最初は私もこわごわ。皆さんがどれくらい熱心にしてくださるのかも、どれくらいのことを要求すればよいのかもわかりませんでしたから。
ところが、私の予想はよい方にはずれ、想像していた数倍も熱心に取り組んでくださって、何とか無事に務めを果たせました。
ここで園長先生が交代されました。
新しい園長先生ははたして理解のある方だろうか、そうでなければもう依頼されることはないだろうと思っていました。
ところがこの先生がまた「これは

    とても大事な催し」

とおっしゃってくださり、昨年も無事実施できました。その時点で園長先生が「来年もぜひ」とご依頼くださったのでした。これまでは秋におこなっていたのですが、私の事情で一学期にしていただくことになり、暑い中皆さんに稽古をしていただくことになったのです。
メンバーはかなり代わってはいるのですが、最初からずっと参加してくださる方もいらっしゃり、ある程度はその方が新しく参加された方に指導してくださるまでになりました。

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野菜も作っています 

去年はわりあいにマメに野菜つくりの記事を書いたのですが、今年は全然です。
ではもうやめたのかというとそんなことはありません。

    キュウリ と ミニトマト

を植えています。
いずれも5月のはじめに植えたのですが、成長は例によってあっという間。キュウリはすぐに私の背丈を追い抜きましたので摘芯しました。
いきなり4本できたのですが、その後は雄花の花盛り。まるで実が生る様子が見えません。時期も梅雨時期ですし、まだ不順だから、と思ってせっせと水遣りをしていると、今度は雌花が次々に。
で、今は実がどんどん生っているところです。

6月27日のキュウリ
↑6月27日

上の写真では手前に割合に大きくなったものがひとつ、右奥にはその次に大きいもの、そして中央奥にごく小さくこれから成長しようというもの(花が背を向ける形で咲いています)があります。
これが5,6,7本目の実です。
去年のものと品種が違うのですが、ここまで4本食べた感じでは、去年のほうがみずみずしかったなと思います。品種の問題なのか、育て方なのか、あるいは時期的なものなのか。

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