文化を守る 

私は「日本の文化と歴史」という授業で学生に世界文化遺産の話をすることがあります。
たとえば厳島神社の話をすると、もみじ饅頭の話を付け加えたりして遊びも入れながら話すのですが、実は主要なテーマは

    伝統文化を守ること

なのです。
平成3年、厳島神社が台風に遭って能舞台が倒れたことはこのブログでも書きました。
そのときに、神社の職員さんが材木を集めに海に入った話を学生にしました。
能舞台は倒れたけれども、材木があれば再建できる、ということです。
え? 材木なんて新し物でもいいのでは? という疑問の声が挙がります。いえ、この職員さんは、元の材木を少しでも使うことで本来の能舞台を再建したい、という思いがあってこういうとっさの判断をなさったのでしょう。
どこまでも伝統にこだわる、オリジナルを大事にするというのは伝統文化にとって大事なことだと思います。
今、厳島神社に行くと、これが倒壊したの? と思わせるくらい見事に再建されています。

宮島 厳島神社能舞台3


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借金 

私は今、借金やローンを抱えていません。
というか、これまでお金を借りたことがないのです。
何といっても自分の家を建てた経験がありませんから、大きなお金を必要としたことがないのです。
そして、もう、自分の家を持つという夢は捨てました。もう、誰もお金を貸してはくれないでしょうから。
借金ができるというのは、ある程度社会的に

    信用されている

からでしょう。公務員ならかなり信用されるのでしょうし、学校の教員も普通なら信用されているはずなのですが、情けないことに、私はダメです。
かといって、金利の高いお金を借りる気はさらさらありませんので、いまだに借金ゼロなのです。

あ、ひとつだけ、ありました。
学生時代に日本育英会から奨学金を借りました。250万くらいだったと思います。
しかし、これは教員になったために返済することなく終わり、借りたというよりは

    いただいた

ものなので、借金という意識はありません。

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米屋の姉弟 

普通、『双蝶々曲輪日記』を楽しむとあれば、メインは「橋本」「引窓」ですよね。
私も以前はこの二つの段が好きでした。今回は二人の切語りが語られるのですから、余計に興味深い段になったことと思います。
しかし今や

    人形ウォッチャー

となった私の場合はそうともかぎらないのです。
もちろん甚兵衛は楽しみにしていましたし、お早は堪能しました。
でも、今回私はなんといっても「大宝寺町米屋」を期待していたのです。
ここは

    姉お関 と 弟放駒長吉

が中心です。
今回の人形はお関=勘弥、長吉=幸助というコンビでした。
お関について注目していたのは、ほかの荒くれ者の男たちの中でどれだけの存在感があるのか、彼女が弟を戒めるために図った計略をどれほどそ知らぬふりをして肚だけで見せるのか、本音がちらつくところがあるのかなどでした。

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ほうれん草はおいしい 

今年の冬はほうれん草ざんまいです。
10月に蒔いた種から次々に葉が出て、間引きはしているのですが、やはりプランターは緑一色になっています。
一時期バッタが出て食べられたのですが、なんとか退散していただきました。まあ、彼にもいくらかは差し上げて、仲良く分けるということでいいと思っていたのですが。

ほうれんそう

写真の丸プランターだけでなく、もう一つこれより大きいものがありますので、どんどん収穫しては食べています。
毎朝ではないのですが、さっと採ってきて卵と混ぜて、というか、ほうれん草の中に卵がまざっているくらいにたっぷりと入れて

    卵焼き

を作って食べています。卵焼きなら料理の腕もあまり心配しなくていいので私でも何とかできますので。

ほうれん草入り卵焼き

新鮮という意味ではこれほど新鮮なものはありませんので、おいしくいただいております。

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寝姿 

奥州安達原の道行に、

  寝姿恥ぢぬ仲となる

という一節があります。私はこういうことが書ける浄瑠璃作者が羨ましいです。
知らぬ仲なら恥じるどころではありません。そして、結婚当初もやはりまだ恥ずかしい。それが、子どもを宿して夫婦らしく慣れ親しみ、寝姿も恥ずかしくなくなってくる、というわけです。
この一節で私はウ~ンと立ち止まってしまいます。
このセンスがないと道行は書けないだろうと思います。もし私が

    浄瑠璃作者学校

の教員なら、自分では書けないくせに、学生に道行の課題を出します。そして提出された作品をみんなで批評しあう、そんな授業をしたいです。

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絵がうまい 

このブログにしばしば書いていますが、焼酎学校、違う、小中学校時代の私がもっとも苦手だったのは図画工作です。
私の描く絵はひどいものでした。
絵というよりも線が引けません。構図なんて考えたこともありません。色の使い方もさっぱりわかりません。
同級生に漫画を描くのがうまい佐藤さんという人がいて、私は常に羨望の眼差しを彼女に向けていました。
サササッと線を引くとそれが絵になるので、

    魔法

のようでした。
あの人は、そういう方面に進んだのかな?
絵はやはり才能だ、と確信し、私にそれはない、ともわかっています。
あの当時の小学校の教員はけっこう平気で子どもをバカにしたりしていましたから、私も絵と字についてはずいぶんからかわれました。
高校の芸術科目は何を間違えたか

    書道

を選び、ここでもさんざんバカにされました。歌は下手なので音楽はダメだし、美術なんてもってのほかでしたが、書道もまたもってのほかだったのです(大学で教員免許のために書道を取りましたが、ここでもひどい目に遭いました)。

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2014年11月公演千秋楽 

文楽十一月公演が本日千秋楽を迎えます。
みなさん、お疲れ様でした。
これで今年も大阪での本公演は最後。私はもう新年まで文楽とは縁がないのかもしれません。寂しくなります。
次は12月東京公演。この公演では「大文字屋」が出るのですね。
鑑賞教室は「尼崎」。
そして博多座などがあって新年ということになります。清治さん以下の三味線で勘十郎さんと玉女さんの三番叟があるようで、案外これが一番見もの、聴きものだったりして。あとは「合那」と「千本桜の三段目」。

そして新年ですが、演目は
第1部が「花競四季寿」と、「彦山権現誓助剣」から「杉坂墓所」と「毛谷村」、そして「道行初音旅」。
第2部は「日吉丸稚桜」から「駒木山城中」と、「冥途の飛脚」から「淡路町」「封印切」「道行相合かご」。

新年は未年。また大阪でお会いしましょう。

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第25回だしまきの夕べ 

昨夜は国立文楽劇場での文楽観劇のあと、高齢の、いや違う、恒例の

    だしまきの夕べ

がありました。
私も劇場には行きましたが、結局体調が戻らないままで、せっかくの会なのに失礼いたしました。忸怩たる思いでいっぱいです。
でも、皆様はお楽しみになられたことと存じます。それが何よりでございます。
次回は一年で一番寒い初春公演ですが、果たして出席できるものかどうか。
お医者さんにしっかりと頼んでおきます(笑)。

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肩書 

時々問われる肩書なのですが、さて私はいったい何者なのでしょうか。元の職を言うのもどうかな、と思います。それなら広島の短大の教員だったことを言うかな。「元短大助教授」…まあまあ、分相応かなという感じです。
文楽については、以前は仕事という意識もあったのですが、今はもう趣味と思っています。
やはり私の仕事は平安時代の勉強をしてお話ししたりものを書いたりすることです。
ですから、一時は

    平安時代文学研究家

と名乗っていました。
しかし、研究家、っていうのがいまひとつしっくりこないのです。
でも、勉強家というわけにもいかず、これを使っていました。
ただ、私は研究家としては三流で、ろくな仕事をしていません。
むしろおしゃべりや教育をすることが中心かな、と思っていまして、それを表現できる言葉はないかな、と思っていました。
先日、昔の

    サザエさん

の四コマ漫画について書いている新聞記事を見ました。ある高齢の男性が奥さんを呼んでも返事がない。そこで、奥さんの趣味に関連させて「おい、○○コンサルタント!」と呼ぶと奥さんが返事をするのです。当時はコンサルタントという言葉が新鮮でかっこよかったのでしょうね。

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休みたいです 

例年、11月は忙しいのです。いろいろなことががこの一か月に重なっています。
授業はもちろんのこと、それ以外の雑用もあって2回の祝日は休みなし、日曜も出勤があります。そして文楽公演もこの月です。
冷え込んできますし、体調の維持が難しいのです。
今年は雑用をごまかすようにしたのですが、その分公開講座の予習が倍増、結局例年よりしんどいかも(笑)。
体調が悪化しなければ、と思っていたのですが、やはりダメです。
十月の終わり頃から徐々に

    下降線

をたどり、今はかなりしんどいです。

休んだりしたら、そんな役に立たないやつは来年から要らない、といわれそうで、わずかな収入目当てに働いています。
そもそも、へたに休んだら

    「補講しろ」

と言われますので、あとに苦痛をまわすだけであり、また学生にも迷惑をかけるだけです。

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珍しい動物 

『鳥獣人物戯画』の乙巻にはさまざまな動物が描かれています。牛や馬はおなじみですが、当時の日本人は見たことがないはずの動物まで描かれるのです。
想像上の動物は日本人でなくても見たことはありません(笑)。たとえば麒麟。アフリカにいるキリンではなく、想像上の麒麟です。早い話があのビールの麒麟です。

麒麟
↑鳥獣人物戯画の麒麟(模写。以下同じ)

獏もそうです。夢を食うというあの獏です。鼻は象のようです。

獏
↑鳥獣人物戯画の獏

龍もいます。これは想像上とはいっても、本当にいるのではないかと思うくらいリアルに彼らの頭の中にはイメージされていたようにも思います。『竹取物語』の中で、大伴大納言という人物が「龍というのは日本にいないものでもない」とまで言っています。

    雨を降らせる「神」

でもあり、絵や彫刻にも麒麟とは比較にならないくらい多く描かれているでしょうね。『宇治拾遺物語』には猿沢池に龍が出るという噂を広めた男が、あまりにも多くの人がその噂を信じるので、本当に出るかもしれないと思って自分も観に行くという話があります(芥川龍之介が「龍」という小説にしています)。
実際にいる動物でも、日本にいないものがあります。

    虎や豹

がそれです。『鳥獣人物戯画』では、肉食の獰猛な生き物というよりも、ぺちゃぺちゃと水を飲んだりしていて、どことなく愛嬌のある描き方のように見えます。

豹
↑鳥獣人物戯画の豹

虎
↑鳥獣人物戯画の虎

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お七のお話 

昨日から五週間にわたる「吹田市民大学」の連続講座が始まりました。
つまり昨日が第一回。毎年、「前座」を勤めるのは私の役目です。
例年、平安時代の文学や歴史についてお話ししてまいりましたが、今年は「文楽がらみの話をしてみないか」といわれ、あれこれ考えた結果、

    文楽の八百屋お七

というタイトルでお話ししました。
といっても、やはり関連作品についても触れたいと思い、まずは西鶴の『好色五人女』をご紹介しました。
そのあと、ゆかりの地での伝承などに触れ、いよいよ芝居の世界から紀海音の『八百屋お七』、菅専助らの『伊達娘恋緋鹿子』を取り上げました。海音作品は、今では上演されませんけどね。
あまり明確なテーマを設定できず、ぼんやりしたとりとめのない話になってしまったことを告白し、また反省しております。
中味は、すでにこのブログに書いたことをまとめて編集したものですので繰り返しません。過去の記事をご覧いただけたら幸いです。
昨日おいでくださった皆様の中に、今日のブログのことをご紹介しておきましたので、あるいはご覧いただけているかもしれません。過去の記事は以下のタイトルをクリックしていただければ移動します。
   好色五人女のお七(一)
   好色五人女のお七(二)
   好色五人女のお七(三)
   紀海音の「八百屋お七」(一)
   紀海音の「八百屋お七」(二)
   紀海音の「八百屋お七」(三)
   伊達娘恋緋鹿子(一)
   伊達娘恋緋鹿子(二)
   八百屋お七ゆかりの地(一)
   八百屋お七ゆかりの地(二)
   丙午

  ※下の「続きを読む」をクリックしてください

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弱者へのまなざし 

弱者は弱いのです。差別もされるのです。今はなんだか

    「強いものが強い時代」

になりつつあるような気がします。
相手のミスを取り上げて大声で怒鳴り散らす者がいて、それを支持する、要するに虎の威を借る狐たちが「虎」に「ボコボコにされている人」を見てまたあざ笑う。
法律に違反していない、というただそれだけのことで聞くに堪えないような言葉で他者を愚弄する連中が大手を振って歩いている。
そういういやな状況を見ることがしばしばではないでしょうか。
法律なんて、本来弱い人の味方であってもらいたいのですが、やはり万能ではないわけですね。
文学にしても絵画にしても、芸術は弱い者に優しいまなざしを送ることがあると思います。『曾根崎心中』は社会的には敗者となった二人の若者を

    恋の手本

として描いたところが多くの人の共感を得たのだろうと思います。
徳兵衛という男は法的には証文を偽造して金を騙り取ろうとした男ということになるのでしょう。「訴へ出ても俺が負け」と彼自身言っています。しかし、足問答で心を確かめたあと、お初は「愛の勝利者」となったことを確信して九平次を追っ払ってしまいます。

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カエルの田楽 

「馬の田楽」という落語があります。もとは上方のものですが、江戸でも口演されます。味噌樽を負わせた馬を連れて堺筋の「山権(やまごん)」さんに届けに行った馬方が店に入っている間に、子どもたちがいたずらをして馬の尾を抜いたために馬が驚いて逃げてしまいます。馬方は散々待たされた挙げ句「味噌など頼んだ覚えはない」「堺筋にはもう一軒『山権』があるのでそっちだろう」と言われ、仕方なく出てきます。すると馬がいない。そこにいた子どもに尋ねるのですが、いいようになぶられ、やっとのことで馬が逃げたことを聞き出します。
慌てて追いかけて道行く人に聞くのですが、なかなか要領を得ません。最後に出会った男に「あんさん、馬をご存じやおまへんか」と問うと「馬くらい知っとるわい。顔が長うて、たてがみがあって」と言い出すので、「そやおまへんがな。

    味噌つけた馬

はご存じやおまへんか、とお尋(たん)ねしてまんねん」「味噌つけた馬?  わしゃ、この歳になるまで馬の田楽みたいなもん、食(く)たことがない(見たことがない)」
もうかなり忘れていますが、大体こんな感じではなかったかと思います。
こんな落語を思い出したのは、落語とはまったく関係ないのですが(笑)、

    『鳥獣人物戯画』

がきっかけなのです。

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第25回だしまきの夕べ(予告) 

日増しに冷えてくる晩秋です。
文楽11月公演もいよいよ終盤近くになりました。
さて、22日(土)はいよいよ25回目の

    だしまきの夕べ

です。
とても楽しみですね。あれよあれよという間に回を重ねて、節目の回になります。
夏以来体調を維持していましたので、私も今回は大丈夫、と思っていたのですが、実はまたあやしくなってきました。
しかし、私のことなどうっちゃって、是非ご参集くださいませ。
ご参加の方は、実行委員長や日程編成部長兼パシリ部長など幹部(笑)のかたに一声かけていただくか、コメント欄にひとことお知らせを。
私も何とかなれば飛び入りします。

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二羽のうさぎ 

うさぎはなぜか昔から「一羽」「二羽」・・と数えられてきました。「う(鵜)」と「さぎ(鷺)」なので、鳥だから四足ではない、だから食べてもいいんだ、とこじつけるためだったとか、羽(実は耳)を生やして飛んでいる(ように走る)から鳥なのだ、とか、そんな話を聞いたことがあります。いずれも四足の動物を食べなかった時代にウサギを食べるための方便であったとか。
真偽はともかく、おもしろい話だと思います。
京都国立博物館で展示されている

    鳥獣人物戯画

のうち「甲巻」と呼ばれる巻はウサギ、カエル、キツネ、サル、シカなどが出てきます。最も有名なのはウサギとカエルの相撲の場面でしょう。

ウサギとカエルの相撲(鳥獣人物戯画)
↑鳥獣人物戯画 相撲の場面(模写)

この絵では、右端のカエルの口からなにやら曲線がいくつか出ています。これはおそらくカエルが何か言っていることを表すのだろうと思います。「どんなもんだ!」みたいな。
ウサギはものの見事にひっくりかえり、カエルの見物衆は大騒ぎしています。この絵の直前は組み合っているの場面です

ウサギとカエルの相撲2(鳥獣人物戯画)
↑鳥獣人物戯画 ウサギの耳に噛み付くカエル

今なら反則ですね。右四つに組んで、カエルは今の決まり手でいう外掛けをしながら、耳に噛み付いています。
右の二羽のウサギの応援にもかかわらず、不利な状況ですね。

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「まつ」という歌枕 

いつだったか、Facebookで浅草の待乳山聖天のことを書いた方がいらっしゃいました。
おもしろい名前です。
おそらくは当て字で、真土山と書くこともあるかもしれません。
実は私は「待乳山」というとむしろ大和と紀伊の境にある山を思い出します。というのは和歌にしばしば詠まれるからです。

  いであが駒 はやく行きこそ 待乳山
    待つらむ妹を 行きてはや見む
             (万葉集)

お気づきのとおり、「待つ」を掛けているのです。「真土山」を「待つ」に掛けるために文字まで「待乳山」になったのかもしれません。
人を待つというのは不安で切ないものです。期待もあきらめも含んでいます。そんな揺れ動く心を和歌に詠もうとするとき、ずばり「待つ」と言ってしまうと不安が増すような思いに駆られるのではないか、と想像するのです。ですからこのことばを避けるように表現する手段として掛詞が盛んに用いられたのではないか。
待てど暮らせど来ぬ人を、とならないように、あえて言うなら

    言忌み

するように、遠まわしに「待つ」ことを表現しようとしたのではないか。掛詞の持つ機能は単なる駄洒落ではないと思うのです。そんなことを考えまています。

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なんば 

この間学生に難波宮跡の話をしたのです。大阪城の南側、歴史博物館の東側にある、あのだだっ広いところです。「歴史博物館やNHKのロビーの床には不思議な丸いマークが付いていますがこれは何か知っていますか?」と尋ねても、反応はありませんでした。

    難波宮

の建物の柱のあったところです、というと、近所に住んでいてよく散歩すると言っていた学生までが驚いていました。NHK大阪ホールにも行ったことがあるという学生は少なくありませんでしたが、やはり「床まで見ませんでした」とのことです。まあそうでしょうね。「今度行ったら必ず見ます!」と言ってくれましたので嬉しかったです。「で、先生、難波宮って、ナンバにあるんですか?」という質問が来てひっくり返りそうになりました。私の話をきちんと聞かず、文字だけを見て

    「なんばのみや」

と読んでしまったのですね。「話を聞けよ、大阪城の南だって言ってるでしょ」といいたいところを我慢して「ナンバじゃなくて、『なにわのみや』ですから、別の場所です。地下鉄で言うと谷町線の谷町4丁目が最寄りですよ」と説明してなんとかわかってもらいました。
こんな学生に授業してまんねん。気ぃ遣いまっせぇ。

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ドアの開け方 

今はもう全く観ることはないのでs、最近の事情は知りませんが、テレビや映画の探偵もの、刑事ものにはときどき突っ込みを入れたくなることがあります(ありました)。
夜、犯人が車で人に近づいて一気にスピードを上げて轢こうとします。こういうとき、必ず直前まで人は気付かず、犯人がライトをつけた時にはっと振り返る、というパターンです。なんで

    道の真ん中

を歩いてるの? 加速した瞬間にエンジン音で気がつきませんか? 今から轢きますよといわんばかりにライトで合図する必要はないのでは?
犯人にブレーキオイルを抜かれたことを知らずに車を出した人が、下り坂になったところで「あ、ブレーキが利かない!」って。犯人さん、オイルを抜くということは、相当の

    熟練整備士

さんですか? 走行中ぽたぽた抜けているなら後ろの車が気がつくでしょう。発車した時に全部抜けていたのなら運転者がもっと早く気がつくでしょう。 止まらないならせめてサイドブレーキも使ったらどうですか?
もうひとつ、犯人がアパートの部屋に潜んでいるので刑事がドアに体当たりして突入します。あれも普通あり得ることなのでしょうか?

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おのぼりさんパートⅡ(五)〜鳥獣人物戯画 

この日のゴールは東山七条の京都国立博物館でした。といえばもうお分かりだと思うのですが

    鳥獣人物戯画

が展示されているのです。
岡崎が閑散としていたので、こちらも平日だから楽々だろうなと思っていたら、豈図らんや、60分待ちでした.しかしこれはまだ楽な方で、土日など3時間待ちとか。モナリザが来たのか、と思うくらいです。
ここに入る前に、新しい平成館に行ってきました.とてもきれいです。ただ、伝源頼朝像はもうすでに展示が終わっていたので、とても口惜しい思いをしました。ざっと観ておこうと思って、すべての部屋を観ましたが、「考古」の部屋で予想していなかったものに出会いました。

    藤原道長経筒

です。寛弘四年(1007)八月に道長が金峯山に行った時に埋経したのですが、その時に収めた経筒が掘り出されて今に残っています。私はこの金峯山参詣についてはかなり強い興味があって、彼の辿った道を歩いたりもしました。そしてこの経筒も何度も観ています。見つけた時は飛び上がらんばかりに嬉しくて、周りにいる人を押しのけて観ようとした・・・のですが、誰も周りにはいませんでした。みんな、どうして観ないの? 道長だよ、国宝の経筒だよ、道長敬白っていう文字があるよ、と思うのですが、観る人があっても「フーン」という一瞥のみで終わり。おかげでゆっくり観ましたが、なんだか寂しいような気もしました。
ほかにも素晴らしいふすま絵や屏風絵、曼荼羅、装束等々があり、これまた堪能しました。

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おのぼりさんパートⅡ(四)〜京都市美術館 

ホイッスラーでかなり満足してしまったのですが、次は道路を挟んで向かい側にある京都市美術館です。

こちらは「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展」でした。東京世田谷、京都、名古屋と巡回しています。
ホイッスラーといい、こちらといい、ジャポニスムを堪能できます。
モネやゴッホ、ロートレックなどが出ていることは知っていましたが、実は予備知識なしで行ったのです。
すると歌川広重、葛飾北斎、喜多川歌麿、渓斎英泉らの浮世絵があって、もう嬉しくて嬉しくて。広重の

    名所江戸百景

はホイッスラーでも出ていましたので、かなり観ることができました。
平田就亮の「虫図七宝鐔(つば)」のような工芸品(刀の鍔です)を意外におもしろく観ました。私はこれまで工芸品にはあまり関心がなかったので、自分自身に驚いています。ガレの「花瓶」もありました。
この展覧会ではカサットの「湯浴み」と歌麿の「母子図 たらい遊」を並べるような工夫が至るところにあり、学芸員さんの腕の見せ所になっているようです。
今勉強中なので、国貞(三代豊国)の

  「八百屋於七 岩井粂三郎 燕子」

も興味深く拝見しました。国貞といえば「勧進大相撲興行之図」も出ていて、今回印象に残った人でもあります。
ドガ、ロートレック、ゴッホ、ムンク、ピサロ、マネ、マティス、ルノワールら、絵画音痴の私でも知っている著名画家はもちろん、知らない画家もあって、こういうところは個人の展覧会ではない楽しみです。そうそう、こちらにもホイッスラーがありました。

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おのぼりさんパートⅡ(三)〜京都国立近代美術館 

今回の京都行きの私の第三の目的は美術館、博物館巡りでした。
まずは岡崎の国立近代美術館。

近代美術館
↑疎水越しの近代美術館

平日の昼前ではありましたが、拍子抜けするほどすいていて、チケット売り場には人がなく、「今日は休館日だっけ?」と思うくらい閑散としていました。ここでは

    ホイッスラー展

が開催されています(11月16日まで)。中に入るとホイッスラーの生涯を紹介するビデオが上映されていましたが、ここもほとんど人がいません。私は一通り拝見して、いよいよ会場へ。やはり人は少なく、ゆっくり観ることができました。
寓意のない、ただ美しいものを求めて描いたような彼の作品はとてもすてきでした。
「煙草を吸う老人」「カーライルの肖像」「黄色と金色のハーモニー」「ライム・リジスの小さなバラ」「建設中のウエストミンスター・ブリッジ」「肌色と緑の黄昏」などいい作品があります。
別に、美少女趣味があるわけではありませんが、「黄色と金色のハーモニー」の縄跳びをする少女にはしばし見とれました。これが美少女モデルのコニー・ギルクライストです。
ホイッスラーやフレデリック・レイトンら何人もの画家のモデルになった彼女は、姿も容貌もたしかにかわいく無垢な美しさがあるのです。それが、黄色と金色に映えて、なんだか秋の憂鬱すら感じました。

ホイッスラーはジャポニスムの渦中にもあった人で、日本趣味の要素のある絵をたくさん遺しています。その参考展示として

    鳥居清長

や歌川広重、葛飾北斎らの絵も出ており、なんだか得をしたような気がしました。

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おのぼりさんパートⅡ(二)〜二条から七条へ 

妙伝寺を出て二条通をさらに東に行くと岡崎です。左手には平安神宮、右には府立図書館や国立近代美術館、市立美術館がある、一大文化ゾーンです。
私の次の目的は分散しますので後日書くとして、先にもう一つの目的(いちおうこれを二つ目の目的ということにします)の話をします。
先日、伴大納言絵巻に出てくる右兵衛舎人という兵衛府の下級職員が七条にある自宅から大内裏にある右兵衛府まで通っているということを書きました。上流階級ではないので七条の長屋に住んでいるのです。彼は右兵衛府から応天門を経て大内裏南の

    朱雀門

を出て二条通を東に行き、堀川のあたりで「応天門が燃えている」という人々の騒ぎを知ります。あるいは堀川を南へ行って七条まで帰るのかもしれません。仮に堀川七条辺りに住まいがあったとすると、今の西本願寺の南にある興正寺の南のあたりです。かなり歩くだろうなと思います。おそらく全部で4kmくらいだと思います。大変だな、毎日、と思っていたのですが、ふと思いつくと私は二条にいて、次の目的地は七条なのです。バスか、三条から京阪で行こうと思っていたのですが、なんだか「自分で歩いてどれくらい大変か

    確認してみろ」

と言われているような気がして、体調が許せば歩いてみようと思ったのです。私は内裏から藤原道長の邸までの道を体験したこともありますし、自分の足で確かめないと気が済まないところがあります。

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おのぼりさんパートⅡ(一)〜頂妙寺など 

大阪どころではありません.千年の都、京都へ行ってきました。ますますおのぼりさんの本領を発揮しています。
大阪に比べると慣れた町ではあるのですが、なにしろ名所旧跡だらけの町ですから、あそこには久しく行っていないな、というところがたくさんあります。
今回は目的は三つ。
 その一は初代桐竹紋十郎と片岡仁左衛門家の墓に詣でることでした。

    頂妙寺

は京都市左京区大菊町、というよりは仁王門川端東入ル、というほうがわかりやすいです。なんといっても、仁王門通りの名はこの頂妙寺の仁王門に由来するのだそうですから。この日蓮宗の寺は何度も移転を余儀なくされ、今の地に落ち着いたのは寛文十三年(1673)のことだそうです。門を入ってすぐ右側にある墓地に入って少し歩いて左側のさらに何列目かに初代桐竹紋十郎(1845〜1910)の墓があります。さほど大きな墓ではありませんが、

    「桐竹紋十郎」

の名が刻まれています。

初代紋十郎墓

立派な仁王門とイチョウの木も見ることができて、満足しました。この寺には俵屋の墓というかなり立派なのもあって、これは宗達個人ではなく俵屋一家の墓ということでしょう。
ちなみに、二代目紋十郎の墓は東京谷中の宗善寺にあるそうですが、私は行っていません。

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曽根崎心中の記録映像(一) 

やっとグランフロントの話です(笑)。
まったく、久しぶりに都会に行ったからと言ってうれしそうにあれこれ書きすぎました。
実は、先月25日に大阪大深町にあるグランフロント北館のナレッジシアターで、近松原作版

    曽根崎心中

の記録映像が上映されたので行ってきたのです。チケットは二枚あったのですが、一人で。

ナレッジシアター

大阪フェスティバルホールでの記録で、鶴澤清治さん作曲のものです。
すでにテレビでは放映されているのでしょうか?
NHKご自慢の3300万画素、22.2マルチチャンネル音響の

    8Kスーパーハイビジョン

でした。
私はこの公演を観ていません。理由はチケット代が高すぎたことですが、もうひとつ、会場がフェスティバルホールだったのがなんとも納得がいかなかったのです。特に演奏の分からない者にとっては、舞台をじっと見ているだけですから、この会場で文楽というのは、あまり意味がないのではないかと思ったのでした。
しかしやはり話題についていけない寂しさはありました。そこにこういう上映会があると聞きましたので行ってきたのです。
ナレッジシアターはグランフロント北館4階にあります。9時半過ぎに行ったのですが、すでに二十人ばかり並んでいらっしゃいました。
私は本を読みながら10時開演を待っていました。
最初にスーパーハイビジョンの説明があり、いよいよ開演です。

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おのぼりさん(三) 

済生会中津病院には、そういうわけで嘉門長蔵翁と奥さんのコマさんの像があります。
再建されたファサードのすぐ前です。

嘉門長蔵(済生会中津病院)
↑嘉門長蔵夫妻の像(済生会中津病院)

私がこの病院に興味があるのは、その建物ゆえではあるのですが、同時にここが

    兄の生まれた病院

だと聞かされているからです。おそらく母親は出産間近に実家に帰っていたのでしょう。やはり最初の子ですから、大事にされています。ちなみに、私は自宅で生んだそうです。
祖父の印刷会社に行くときなど、阪急電車の車窓からあの建物が見えると、兄の生まれた病院だ、と何度も言われ、なんだかうらやましかったのです(別にうらやましがることもないのですが)。

さて、中津から電車に乗って帰ろうと思ったのですが、ついでだから、と十三大橋を渡ることにしました。
この橋を自転車で渡ったら気持ちがいいだろうなと思うのですが、やむをえず徒歩です。
昔は

    十三の渡し

がありました(十三の渡しの碑は十三大橋北詰やや西側にあります)が、今は鉄橋を含めていくつも橋が架かっています。
十三大橋の手前(左岸。中津側)には小橋があります。

十三小橋
↑十三小橋

大橋はさすがに歩きごたえがあります。

十三大橋
↑十三大橋

十三大橋脇の道標
十三大橋脇の道標

今の淀川は元の中津川。明治時代に放水路として中津川を用いることになって今や淀川といえばこちら。
いやあ、よく歩きました。

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伴大納言絵巻、再開! 

今日から後期の公開講座が始まります。
今は生涯学習が叫ばれる時代ですから、大学は公開講座などを積極的に実施していかねばならないのです。
火曜日は今年度の私の勉強の課題であり続けた

    伴大納言絵巻

です。前期にほど真ん中あたりまで読みましたので、後期は後半。
この絵巻物は子どもの喧嘩の場面というのが実におもしろいのですが、まさにそれが出てきます。子ども同士が喧嘩しているところに親が出てきて、わが子をかばいながら相手の子どもを蹴飛ばす場面です。これがきっかけになって、伴大納言の放火が明るみに出る重要なシーンです。

模写12 子どもを蹴る出納

詞書には踏みつけたと書いてあるのですが、これはどう見ても蹴飛ばしています。そのほうがダイナミックでおもしろいと絵師が考えたのでしょう。
右端にいるのが中央の男の子どもです。この子どもは左手を掲げていますが、その手にはなにやら黒いものが描かれています。これは左端の子どもの髪の毛なのです。喧嘩していて髪の毛をむしりとってしまったわけです。それを高々と掲げているところがいかにも勝ち誇ったような顔つきとともに抜群におもしろいのです。

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おのぼりさん(二) 

芝田町の祖父の家兼印刷会社はもうありません。
その後、ビルを建ててテナント貸ししていると聞いていました。
紙ちょうだい、と言っていた従妹が社長になっているようなことも聞きましたが、詳しくはわかりません。付き合いがないのではなく、私がコミュニケーション不足なだけです。
今は様変わりしているので、いったいどこだったのか、行ってもよくわかりません。ビルの名前に従妹の姓でもないかな、と思ったのですが、予想していたところにあったビルはまるで関係なさそうな名前でした。
とぼとぼと歩いて次の区画に行き、特に意味もなく路地(と言っても、車は通れます)に入ってふと見ると、そこには

    祖父の印刷会社

の名前を取ったビルが!(地図には載ってるので、あらかじめ調べて行けばどうってことはなかったのですが)
大通りに面していますが、そちら側には何も書かれていなかったので気がつかなかったのです。
ここで遊んだのか、としばし佇んでしまいました。

新星ビル2
↑こんなビルになっていました

子ども時代に感じたものの大きさは、成長すると小さく感じるものですが、印刷会社の大きさはほとんど記憶になかったのでこんなものだったのかな、という程度の感じかたでした。しかし、一等地ですよね。でも、昔は大阪駅の南側が百貨店などがあって賑やかでしたが、北側はなんとなく下町のように感じました。もっとも、私の家ではまず聞こえない車の騒音はありましたから、やはりあそこへ行くと

    都会

を感じました。

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おのぼりさん(一) 

田舎者なので、滅多に行かない都会に出ると、町の変貌についていけなくなります。
道頓堀が目も当てられない町になった時はもうほんとうに情けなく悲しくなりました。だから余計に行かなくなり、ますます疎くなっていきます。今、道頓堀(もちろん、堀そのものではなく、かつての芝居町)を歩いたら、どんな気持ちになるのか、怖くて行けません。

    朝日座時代

や初期の文楽劇場のころはまだあそこを歩くだけでも雰囲気がありました。
もちろん、中座も角座もありました。ダメだなぁ、こういう懐古趣味は……。

今は、交通費節約の意味もあって、文楽と図書館以外では滅多に大阪には行きません。
特に、梅田界隈は通過するだけで全くわからなくなっています。
JR大阪駅のビルがなんという名前かも知らず、最近できたビルもまず行ったことがないのです。
ところが、先日、用があって(後日書きます)大深町のグランフロントに行きました。
大深町って、「国鉄の貨物駅」があるとこでしょ、とまでは言いませんが、すっかり様変わりしていました。
実は、私は大深町の隣の芝田町には子供の頃何度も行っていて、

    昭和40年頃

のかすかな記憶があるのです。阪急梅田を降りて新阪急ホテルを左に見て芝田町1丁目の交差点を渡ったところが懐かしい場所です。貨物駅(北ヤード)のほうへ行く片道2車線分の広い道があって、途中から真ん中の2車線は地下にもぐって行くのです。もぐって行ったらどうなるのかな、とは思いましたが、車道ですからもちろん行けません。

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2014年11月公演初日 

文楽大阪公演も今年最後になりました。
1日~24日(13日は休演)という長丁場です。

演目は、
第1部(11時開演)
双蝶々曲輪日記(堀江相撲場、大宝寺町米屋、難波裏喧嘩、橋本の段、八幡里引窓)

第2部(16時開演)
奥州安達原(朱雀堤、環の宮明御殿、道行千里の岩田帯、一つ家、谷底)

これでもう当分「安達原」の全通しはないでしょうね。
私はだいたいもの覚えが悪いので、え~っと安達ってどんな話だっけ、と公演のたびに復習しないとダメなのです。
今回も勉強してから観に行きます。
文治住家がないのですよね。私はこの作品の大序も一度観てみたいと思っているのですが、劇場も私一人の趣味に合わせてくれるのは無理ですね。
ところで、この公演の「だしまきの夕べ」は22日(土)と聞いています。25回目になります。ぜひ皆さんお集まりください。

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