先生だらけ 

数学を教えている長男はやはり私の家の血筋のとおりという感じがします。私の父はサラリーマン、母の家は印刷屋でしたから、私が学校教員を目指した時は、「なんでまた?」という感じでした。父は「大学に行くのはいいが、経済学部か経営学部か、せめて法学部に行け」と言っていました。ですから、文学部に行くと言ったときは猛反対されました。「そんなことで生活できると思っているのか?」というわけです(今思えば父の言うとおりでしたが)。
やはり自分と同じ会社勤めをしてほしかったのだろうと思います。兄が飛行機乗りになると言ってそういう学校に行きましたから、よけいに私にはまっとうな(笑)道に進んでほしかったのでしょう。
ですから私は

    「突然変異」

のようなものだろうと思っていたのですが、父方の先祖のことを聞くと、なんと、ほとんどが教育者なのです。ということは父が「突然変異」で、私が正統!
ですから、長男が学校の教員を目指すと言った時は、やっぱり我が子だな、というよりはこの家の血筋にぴったりだなと思ったものでした。
私が初めて教壇に立ったのは大学院生のときでしたが、自分でもびっくりするくらいこの仕事が

    性に合っている

と感じたものでした。おもに1、2年生担当でしたが、その子たちが3年生になってもときどき話しにきてくれて、大学受験で合格すると家に電話をかけてくれたりしました。女子生徒が3人、変体仮名の読み方を教えてほしいと言って来たので、放課後にそういう特別講座をしたこともありました。一介の非常勤講師なのに、そんなふうにしてもらうとやはり嬉しく思いました。

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勘弥さん(1) 

文楽の技芸員さんとお会いしたとき、その人によって

  頭だけ下げる
  ひとことご挨拶する
  いくらかおしゃべりする

という段階があります。あ! 「知らん顔をする」と言うのもあります(笑)。
だいたい師匠クラスは「頭だけ」ですが、例外的にあちらからお話をしてくださるというありがたいお師匠はんもいくらかいらっしゃいます。
太夫さん、三味線弾きさんはたいてい頭を下げるだけか、ひとことご挨拶のレベルです。以前はもっとお話したのですが、私がそれを自由にできなくなったためです。
人形遣いさんは、多くの方にこちらから声をおかけします。やはり「観る芸」だから今もいくらかお話ができます。
その中でも長らくお世話にもなり、親しくお話もさせていただいてきたのは

    吉田勘弥 さん

です。
ただ、「文楽評」を始めてしまってからは贔屓することを避けたく、むしろあまり勘弥さんについては書いてきませんでした。
それでも

    十色会

は全公演を拝見しましたし、もちろん本公演や若手会、鑑賞教室に地方公演、さまざまな場で注目していました。
大学に来ていただいて人形の遣いかたを教えていただいたことは何度か書きました。
番付の文字もすっかり太くなってまぶしいくらいです。

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余ったノート 

私はずっと文楽ノートを付けてきました。邪道だなと思いながら、気になることを殴り書きするものです。舞台を見ながら手を動かしているだけですから、何を書いているのか自分でもわからないことがあります。そこで、まだ何を書いたかを覚えている間に、具体的に言いますと直後の休憩時間に読み直してあとで読めるように直していきます。時々休憩時間になっているのに一人うつむいてごそごそしていることがあります。技芸員さんの

    お名前の漢字

を間違えたり忘れたりすることはしばしばですし、難しい(画数の多い)漢字の場合はわかっていても平仮名にしたりします。「みの二郎」とか「玉き」とか。ただ「織」などという字は崩し字が意外に簡単なのでまず漢字です。
いつもメモしているのは客席の入りです。見た目で「8割」とか「3分の2」とか書いています。以前は3割などということも稀にありました。
上演中にノートするのは横の席の人にとって

    目障り

かな、と思いますので、できるだけ目立たないようにはしているのですが、実際は見えてしまいます。何度か「それは何ですか?」と声を掛けられたこともあります。「気になりましたか?」とお詫びするのですが、みなさん優しくて「かまいませんよ」とおっしゃってくださいました。
二十代の頃はむしろ自分が文楽に詳しいかのように見られたくて「私はノートを付けています」と誇示するような気持ちがあって、見せびらかすように書いていたように思います。ガキでしたね(笑)。

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語り崩す 

杉山其日庵の『浄瑠璃素人講釈』の話の続きなのですが、私は「合邦」と「酒屋」についての話が読みたかったのです。
その「酒屋」なのですが、この演目は私など小学校の頃に知っていました。もちろん文楽に行ったわけではありませんし、『艶姿女舞衣』などというタイトルも知るはずはありません。では何を知っていたかと言うと「今頃は半七さん、どこにどうしてござらうぞ」という一節だけを知っていたのです。誰が教えてくれたのかはわかりませんが、近所のおばあさんなどが口にするのを聴いていたのかもしれません。裏にあるお宅のおばあさんは自ら三味線も弾き、文楽人形まで持っている御寮人(ごりょん)さんで、私もその人のことを「ごろちゃん」と呼んでいました。紋十郎贔屓で、

    桐竹小紋 さん

などが挨拶に来られていたようです(小紋さんに伺ったらよく覚えていらっしゃいました)。
ざっと五十年前の私でさえ知っていた「今ごろは」ですから、戦前、あるいは昭和の初めころならほんとうに多くの人が知っていたのでしょう。ただ、あまりにポピュラーで、素人も語りますから、其日庵は「世の中に

    語り崩している」

と言っています。「今の義太夫節は、勝手の音(おん)を遣い、勝手の間(ま)を弾く」ので「天狗倒れ」「素人崩れの時代」になったとも嘆いています。その一方、大隅太夫と三世清六による「酒屋」を聴いて感動した時は、挨拶に来た清六に褒美を与えたそうです。単なるクレーマーではないのですね。

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半時浄瑠璃 

杉山其日庵の『浄瑠璃素人講釈』は、ひと言で紹介するなら、竹本摂津大掾、竹本大隅太夫(三代目)らの芸話を通して義太夫節の「風(ふう)」を考究した著作といえばいいでしょうか。
いかにも「政界の黒幕」「右翼の大物」らしい、鼻につくほど偉そうな物言いもする其日庵ですが、言い換えればその

    痛快な語り口

が魅力にもなっているだろうと思います。正直に申しまして私はこういう人を友だちにしたいとは思いません(笑)ので、昔の人であってくれてよかったです。摂津大掾に稽古してもらう時にもいかにも「旦那様」らしく、どちらが師匠なのかと思うほどずばずばと物を言ったようです。もちろん大掾の稽古は容赦なかったようですが。
私はもう義太夫節の善し悪しはわかりませんが、必要があって『浄瑠璃素人講釈』の「合邦」のところを読んでいたのです(以下、引用は岩波文庫)。するとそこに

    半時浄瑠璃

という言葉が出てきました。半時というのは今でいうと1時間ですね。つまりこの「合邦」なども1時間で語るものというのです。摂津大掾が其日庵に「浄瑠璃も段々下落致しまして、私どものような下手ばかりとなりまして、昔の半時浄瑠璃、今の二時浄瑠璃となってしまいました」と語ったそうです。あの摂津大掾が(といって聴いたことはありませんが)「下手ばかり」のうちの一人なのですね。この「二時浄瑠璃」は初出雑誌(『黒白(こくびゃく)』三十一号 大正8年10月)では「一時浄瑠璃」となっていたそうで、どちらにしても2時間のことを言うようです。つまり昔の名人が1時間で語っていたものを今の「下手」な太夫は2時間かける、ということです。2倍は大げさとしても、時間をかけずに立派な語りをすることが大事なのだということでしょう。

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履歴書 

なんやしら、ギレキショ、とかいうもん、持てこい、言わはるんですけど、書いてもらえますか。え? それも言うならリレキショ? うだうだ言わんと自分で書け、とおっしゃる? そりゃそうですね。
というわけで、5年ほど前から数年間、履歴書を何通書いたかわかりません。

    すべて無駄

でしたが、無駄だということはわかっていても書かないわけにはいかないという状況でした。それでなくても世知辛い世の中ですから、世間が私のような無能で不自由な人間を雇ってくれるわけがありません。
しかしその時に思いました。今はパソコンであっという間に作れますので、代書屋は商売上がったりだな、と。コクヨさんも履歴書の売れ行きは悪くなっているのでしょうか。案外手書きが求められるところが多いので需要は減っていないのかな。
私の場合は「手書き」が求められていませんでしたので、ひとつ作って保存しておいて、あとは微妙に書き換えるだけでした。書くことがけっこう多くて、特に学歴職歴欄はいっぱいになるほどですので、繰り返し使えるのは楽でした。
「書き換える」というのは、たとえば学生時代にバイトで行った予備校講師の履歴なんて普通は書かないのですが、

    大学受験業者(?)

のところに出す場合はそういうものがむしろ大事になってくる、ということです。
そうやってあがいていたのも今は昔。この2年ほどは履歴書書きなどもうすっかりやめてしまいました。

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空腹 

小学校の時に給食が始まりました。兄は卒業と同時だったので給食を知りません。三年遅れで中学校でも始まりました。当然兄はまたもや給食を知らないまま卒業したのです。妹は中学から私立に行きましたので、結局給食を一番よく知っているのは、兄弟の中では私ということになります。
昔はコッペパン(または食パン)、マーガリン(またはジャムなど)、脱脂粉乳、おかず。これで終わりでした。悪名高い大阪市の給食など問題にならないくらい悲惨な物でした。コッペパンなんて歯ごたえのよすぎるもので、いくら噛んでも腹内におさまらないのです。歯が丈夫になったと思います。

    脱脂粉乳

ときたら、味音痴の私でさえ遠慮したくなるほどのまずさ。鼻をつまんで飲むようなくさみがありました。おかずも冷えたギョウザなどが出て、かたくてまずい。私はそれがトラウマで、ギョウザはその後も食べられず、大学生の時に付き合いで行った王将でいやいや食べたギョウザのあまりのおいしさに仰天した覚えがあります。
それでも、食べないと午後に差し支えますし、そもそも

    残すことまかりならぬ

というお触れが担任の教師から出ていましたのですべてありがたくいただきました。
給食代は最初450円でした。もちろん、一か月で。だいたい20日くらいありますから、一日平均20円ちょっと! 家計は助かったでしょうね。

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お茶漬け 

小津安二郎の映画はけっこう好きでした。「麦秋」「東京物語」「晩春」「小早川家の秋」「早春」「秋刀魚の味」など。小津さんの人気は今でも衰えず、しばしば小津作品の連続上映会もおこなわれているようです。
黒沢明監督(「我が青春に悔なし」)や今井正監督(「青い山脈」)にも出ていらっしゃいましたが、私が

    原節子さん

を知ったのは小津映画でした。原さんは今の女優さんのように細くて華奢な感じではなく、背も高く、お若い頃から風格のある方だったような気がします。最初に拝見した時から強烈な印象を受け、小津映画を見る楽しみは小津さんの映画であることとともに原さんが多く出演されていることもあったくらいです。今もご健在だとか。
残念ながらその原さんは出ていらっしゃいませんでしたが、小津監督には

    「お茶漬けの味」

という作品もありました。上流階級出身の奥さん(小暮実千代)が田舎の出身の素朴な夫(佐分利信)に不満を抱いて遊び回り、やがて大きな亀裂が入る。ところが夫が海外勤務で羽田を立った後、妻は言いようもない寂しさを感じることになる。そこに飛行機のトラブルで夫が戻ってきて、和解した二人はお茶漬けを食べる。トラブルを解決したエンジントラブル。夫婦とはお茶漬けなんだ、と夫は言う。そんな感じだったでしょうか。

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ネズミ 

ゴキブリがいません。少し前まではうちの台所にもしばしば出没していたのですが、どこへ行ってしまったのでしょうか? もうずいぶん長い間ゴキブリホイホイの類も使っていません。
てかてか光った身体で部屋の隅をすばしこく這っていくあの姿は多くの方が歓迎しないものだと思いますが、ここまで姿を見せなくなるとなんだか

    なつかしく

さえあります(笑)。何の罪もないのに出てきただけで嫌われて、場合によっては丸められた新聞紙の餌食になってしまうかわいそうな動物です。
もうひとつ、最近見なくなった動物にネズミがあります。子どもの頃に住んでいた家では屋根裏をドドドッと何かが駆け回るような音がしたことがあり、あれはネズミだと教わりました。もし屋根が抜けてネズミが落っこちてきたらいやだな、と思ったものでした。文楽だと「床下」の大ネズミでしょうか。
当時は家の中を走っているのを見たこともありますし、ドブや川岸などで見かけたこともありました。それほどに身近だったこの小動物を、大人になってからはとんと見なくなりました。おそらく今も私の家にはいないと思います。入り込むすきまがないのですよね。
最近はむしろ、町にイノシシが下りてくるとか、シカが出たとか、かつては山奥にしかいなかった「大動物」が親しくなってきたかもしれません。
今の子どもたちはネズミというと

    ミッキーマウス

を思い浮かべるのでしょうか。子どもたちに「ネズミ色」なんていっても、実際のネズミを見たことがないとするなら理解しにくいかもしれません。「ネズミ算」くらいはわかるのかな?

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愛想のない 

『義経千本桜』「渡海屋から大物浦」「すしや」は、かなり暗唱しています。八世綱大夫、四世越路大夫のテープ百遍、詞、おのずから覚ゆ、というところです。浄瑠璃通の人なら、たいていの作品を覚えているのでしょうけれど。
「すしや」の段にはいろいろおもしろい言葉が出てきますが、その中でも私が好きなのは弥助(維盛)のことを

    愛想のないが愛想となり

と表現する一節です。こういう言葉が出てくるのが浄瑠璃作者というものだろう、と思わせられます。浄瑠璃の新作を書こうと思ったら、ひとつでいいから、丸暗記するくらい古典の名作を繰り返して読むのがいいと思います。でないと、言葉の続きがわからないし、節にもなりません。すなわち、台本にはなっても浄瑠璃にはならない。
それはともかく、最近はツンデレということばがあるそうですが、その言葉の意味するところは、要するにこの維盛のような人なのではないのでしょうか? 品格のある人でないと単に

    嫌なやつ

なのかもしれませんが、三位中将維盛はツンとしているからこそ愛想があるのでしょう。すしやの娘のお里は「オオ、辛気」といいながらも、この「絵にあるやうな殿御」の、ツンデレぶりも含めて「女子の浅い心から、いとしらし、可愛らし」と惚れ込んでしまったのでしょうか。
二枚目は得ですね。うらやましい。

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米朝師匠 

一昨日(19日)落語家の桂米朝師匠が89歳で亡くなりました。
偉大な方について私ごときが何を申すのもおこがましいばかりですが、少しばかり。

子供のころ、

    お笑いとんち袋

というテレビ番組があり、米朝師匠が司会で、笑福亭松之助、桂小春団治(露の五郎兵衛)、吾妻ひな子、桂文紅、桂我太呂(先代文我)、桂米紫(先代)、桂小米(枝雀)、桂朝丸(ざこば)といった方々が出ていらっしゃいました。これが私の米朝初体験だったのではないかと思うのです。
その後、高座はもちろん、テレビ、ラジオなどでずいぶん聴かせていただきました。毎年春に、芦屋のルナホールで米朝一門会や枝雀独演会などがあって、それにはよく行きました。吉朝さんのファンになったのもルナホールの一門会でした。
大阪大学の犬養孝先生の米寿のパーティで

    米朝師匠と同じ

テーブルになってびっくりしたこともありました。
吉朝さんというと、米朝師匠はお弟子さんに恵まれたにも関わらず何人もの方に先立たれましたよね。米紫さん、枝雀さん、米太郎さん、歌之助さん、米八さん……。
だからなのか、お弟子さんが多くてもどこか孤高を守っていらしたような、そんな印象があるのです。

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ひたすらダイエット 

私はかつて58kgしかなかったことがあります。身長は今と同じでしたから、さすがに風が吹くと飛ばされそうでした。
しかし、それは極端な状態で、学生時代からおおむね68kgを守ってきました。
ところが、最近は体調不良で運動ができず、しかも薬の副作用もあってかなり体重が増えていると思います。
体重計が壊れて、新しいものは買えない(笑)ので、はっきりした数字はわかりませんが、70kgをかなり超えているのではないかと感じています。
今さらスタイルがどうこうとは言いませんが、やはり体調維持のために慣れた体重に戻したく、三月の声とともに、また

    ダイエット

に励んでいます。デトックスの意味もこめて。
(食事以外は)食べない、歩く、筋肉を鍛えるを基本にしています。
普通の体調なら速足で1時間や2時間歩くのは平気なのですが、最近は5分がいいところ。これをなんとか10分にして20分にして、と思っています。歩くのが拷問のようです。
拷問と言えば、2月の文楽東京公演で「和藤内(わとうない)」を持たれた

    吉田幸助さん

があまりの重さに「楼門」ではなく「拷問」だとおっしゃっていました。さすがに実感がこもっています。しかし、そんなことを考えるなんて、幸助さんもそろそろ「若(わこ)うない」、なんちゃって。

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雑用 

詳しいことはいえませんが、今年でこの仕事をしてからほぼ一貫して関わってきた雑用を終えました。
新年度はよほどいい待遇でもしてくれないかぎりは頼まれても断りますし、いい待遇など期待すべくもありません(笑)から、99%終わりだと思います。
学生の頃、何かで読んだのだったか、ある語学の大学教員が、「なぜ大学教員になったか」という質問に対して「休みが多くて自分の趣味のために自由にあちこちに行けるから」と答えていたのを覚えています。世界に

    蝶を捕りにいく

とか言っていたかもしれません。教養の語学教員で、アー・ベー・ツェーだったかアー・ベー・セーだったか忘れましたが、そういうのを教えるだけで、休み中はすることがないとか。
こういう話を聞くと、語学の先生はいいな、と思います。英語と、ドイツ語かフランス語か、そのへんはおそらくぺらぺらでしょうから、あちこちいっても言葉は通じるでしょうし、中年の独身の先生だったと思いますので、お金には困らないでしょうしね。
また、大学で語学を教えつつ、

    予備校

で英語を教えて大いにもうけていた人も数々知っています。あの当時は予備校の講師は待遇が良かったのです。授業はもちろん、模擬試験を作ったり採点をしたり、これもいいお金になったのです。大学教員が予備校で、というのは入試の漏洩にも関わりそうですから考えものだと思うのですが、実際はそういう人も多かったのです。名前を変えていた人もいました。そういう先生はたいてい「大学生は出来も悪いし、単位目的だから、予備校生の方が真剣でおもしろい」ともおっしゃっていたように思います。

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粉もん 

最初「コナモン」という言葉を聞いた時は「ポケモン」とどう違うのかわかりませんでした。
・・というのはちょっとしたクスグリですが、大阪では「粉物」を「こなもん」といいます。といいながら、私は関西にいてもこういう言葉はまず使わず、初めてこの言葉を聞いた時はさほど昔のことではないのです。神戸の人もいうのかな?
お好み焼きやたこ焼きは粉で作るから「粉もん」。なるほど、と感心しました。
この言葉は聞いたことはなくても、子どもの頃からお好み焼きもたこ焼きも大好きでした。
一人暮らしをしているとき、

    キャベツ

が余ったらお好み焼きでした。一人前を作るのも簡単ですし、キャベツの他にちょっとした蛋白類、エビとかイカとかブタとか卵とかを入れるとなかなか栄養のバランスも良さそうです。マヨネーズなどかけませんからカロリーもそこそこで、ビールにも合うというわけで、一人でよく作って食べたものです。
たこ焼きは一人だと難しいです。そもそも私はたこ焼きの鉄板を持っていませんでしたからあの頃はたこ焼きに飢えていました。
広島にいたときはお好み焼きはいくらでも店があるのですが、たこ焼きは少なめです。ひょっとしたら広島時代はたこ焼きを一度も食べなかったかも。やはり飢えていたのです。関西に戻ってすぐに買ったのが、たこ焼きの鉄板、いや、あれは

    「たこ焼き器」

と言うのですね。
今でももちろん大好物。年に5回くらいでしょうけれどもたこ焼きは夕飯として食べています。

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鼻濁音 

3月5日の新聞に鼻濁音を日常生活で使う人は5人に1人で、今後も衰退していくだろうという記事がありました。
そういえば、アナウンサーでも使えない人が増えているという話を聞いたこともあります。鼻濁音は「かがみ」「花が咲く」の「が」、「茂み」「突撃」の「げ」などがそれにあたり、鼻に抜いてはっきり「ga」「ge」の発音をしないものです。あえていうなら「ンガ」「ンゲ」のような音になります。もちろん「ギ」「グ」「ゴ」にもあります。

    東北地方

の人はきれいにうまく使われますが、九州や四国ではもともとあまり使われないのです。私が知っている人でご両親が九州出身で結婚して東北にいらしたかたがあります。この方は自分が鼻濁音を使えないことを東北でしみじみ感じたそうです。
鼻濁音を使うと音がまろやかな感じできれいに聞こえるといわれます。そういえば東北の方の発音はやわらかくてきれいです。そしてアナウンサー、俳優、歌手などにとっては忘れるわけにはいかないもの、訓練すべきもの・・・のはずなのですが、最近はなかなかうまくいかなくなっているようです。使わない人が増えるともう不要なのではないかということになるのでしょう。ことばは時代とともに変化するもので、昔は両唇摩擦音が「ハ行」の標準発音だったわけですが、今そんな発音をすると不自然なだけです。それはそのとおりなのですが、私はやはりアナウンサーは日本語に対して出来るだけ

    保守的

であってほしい、と考えています。いわゆる「ら抜きことば」もいずれ正しい日本語として定着するとは思いますが、アナウンサーはまだ使わないでほしい。「考えれない」ではなく、「考えられない」といってほしいのです。

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地域と子どもたち 

夜型の生活をする人が増えています。学生の中には深夜のバイトをするとか、音楽を聴いて寝るのは朝の5時頃だとか、徹夜は頻繁にするとか、そういう人がかなりいます。特に試験の時は徹夜が当然という者も。私など、試験の時こそ早く寝た記憶があるのですが。
いったいあなたたちはいつ寝るの? と聞きたくなるのですが、その答えは授業中の彼女たちを見ればわかります(笑)。
朝食を食べない人も多いのです。朝食は一日が始まるぞ、と

    身体に伝える信号

の役割をしていると思うのですが、それを食べないのですから、一日がグダグダした状態で始まる。そりゃね、作家みたいな人で、夜に執筆するほうが効率が良いというような話ならわからなくもないですが、彼女たちの大半はやがて社会に出て朝早くから働こうという人たちです。おせっかいだと思いながらも私は授業中などにしばしば

    早寝早起き

を勧めています。だからといって、強制もできませんし、監視するわけにもいかないので、効果があるかどうかは疑問ですが。
もちろん、早寝早起きの学生もいますが、そういう学生は概して優秀だったりします。顔色もスタイルも良くて生き生きした感じの人が多いように思うのです。

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生涯学習論 

この春大学を辞める教員の授業は代わりに誰かが担当することになります。私は「何でも致します」と立候補していました。幸いコマ数を増やしていただき、これで米が買えそうです。
そんな授業のひとつに「生涯学習論」というものがあります。
「そんな授業、できるのか?」と思われるでしょう.私だって自信はありません。なにしろ、平安時代のことでさえまともに話せないのに、全く専門外のことをどうやって? という感じです。
しかし逃げるわけにはいかないのです。幸い、この資料を使ってみたらどうか、と3冊の教科書をいただきました。
この春はそれらをパソコンの脇に置いて比べ読みしながら授業の予習をしています。同じような教科書に見えて、やはり執筆者の個性やアングルが違いますから、比べ読みはなかなかおもしろいのです。これに

    私の個性

やアングルも加えて授業の予習としています。私の個性というのは、たとえば和漢の古典文学に出てくる人物が教育や学習をどのように考えていたか、というようなことを加えることです。たとえば『源氏物語』には光源氏が息子の夕霧を甘やかすことなく厳しく学問をさせた話が出てきます。夕霧はそんな父の仕打ちをつらいと思う反面、一生懸命勉強して優れた学問を身につけることができたのです。光源氏には彼なりの

    教育論

があったともいえるでしょう。『論語』にも『徒然草』にも、もちろん学問に関する話は出てきます。
『論語』といえば、「志学(15歳)」「而立(30歳)」「不惑(40歳)」「知命(50歳)」「耳順(60歳)」の謂れとなった有名な話があります。15歳で学問に志し、30歳で自ら立ち、40歳で惑いが消え、50歳で天が私に課した使命を知り、60歳で誰の言うことも素直に理解できるようになり、70歳になって思うまま振る舞っても道を外すことはなくなったよ」と孔子大先生が言ったというのです。これなど、まさに生涯の修養、生涯学習の元祖のようなものではありませんか。

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パワハラ 

大阪府の教育長がパワハラで辞職したそうです。これはもう当然のことであって、擁護する理由はかけらもありません。
長年教育に関わってきた者として、ハラスメントというのは教育の根幹に関わる許しがたい暴挙であると確信しています。それがわからない人を教育長に据えた大阪府知事の責任もきわめて重大です。もっとも、あの府知事がそれを理解できる人だとは思えないところがまた残念なのですが。
ただ、ネット上でこの教育長を人間として最低だと罵倒する人も多いのですが、私はそれに与する気もありません。若い人ですから、しっかり人間を磨いて本来の仕事をきちんとやり直してほしいと思うばかりです。1年くらい仕事を休んで、文楽をじっくり観て真っ当に生きながらも弱い立場の人間がどれほど

    苦しい思い

をしているのかを学んだらどうでしょうか。それがこの人の本来の仕事にも生きてくるだろうと思います。皮肉に聞こえるかもしれませんが、そんなつもりではありません。私はほんとうにいいことだと思っているのです。
それにしても、弁護士出身というのは、口は達者なのでしょうが、法を盾に取って、

    相手を威圧する

ことを何とも思わない人種なのかと思ってしまいます(もちろんすべての人に当てはまるわけではあrませんが))。法なんて、社会の常識に比べたら芥子粒ほどの価値しかないものだと思います。それを逆だと思っているからこんな間違いを犯したのでしょう。弁護士は苦しむ市民のしもべとして謙虚に生きてもらわねばなりません。彼らはそういうこともわかっていないのでしょうか?

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大学生らしい 

末娘が大学に行くのでパソコンを買ってほしいと言います。上の二人にも買っていますので、こればかりはダメとは言えません。むしろ家で自分だけのパソコンで練習をして将来に備えるのは悪いことではないと思っています。

    大学生らしい

ものを持つことは自覚を促すことになると思います。この春休みのうちにエクセルとパワーポイントをある程度使えるようにしたいと思っているようなので、赤字を重ねても買ってやろうと思います。
ところが、彼女はどんなものを買えばいいのか、さっぱりわからないというのです。私はと言うと、これまた全然わかりません。そこでとりあえず仕事場近くのパソコン専門店に行ってざっと眺めてきました。これでも以前はしょっちゅうそういう店に行ったものなので多少目利きはできると思っていたのですが、もうすっかり

    浦島太郎

で、何が何やらわかりませんでした。
店員さんに説明してもらえばいいのですが、私の場合はそれもできませんのでほんとうに眺めるだけ。あとはカタログをごっそりもらって帰り末娘に選んでもらうことにしました。

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卒業式の写真 

卒業式の季節です。私の仕事場はいつなのか、実は知りません。連絡メールが入っているはずですが、関係ないものはすぐに「ゴミ箱」に捨ててしまうので知らないのです。仮にどなたかに教えてもらっても、3歩ほど歩いたら忘れてしまうと思います(笑)。もう何年もこんな状態です。
最初に勤めた短大では、私は役職に就いていたので、卒業式に限らず

    あらゆる式典

に出席するのが義務でした。式典なんてたいていはベテランの「お偉方」のものでしたので、30代の私は最年少。なんとも恥ずかしい気分でした。それでも、そういう機会は珍しくなく、あの頃はネクタイにスーツという姿をかなり頻繁にしていたと思います。
次の短大では役職はありませんでしたが、卒業式に出席するのは当然でした。紅白饅頭だったか紅白ケーキだったかをもらわねばなりませんしね。
そのころから私はかなり服装が横着になっていて、普段はノーネクタイ。それだけに、入学式と卒業式にネクタイ姿で出勤すると事務の女性に

    「あ、せんせ、珍しい!」

と言われたかと思うと、彼女たちはキャッ、キャッと声を挙げて私を指差したものでした。ネクタイくらいで笑うなよ!

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スコッチ 

節約生活にも慣れてきました。もともと慎ましい人間なのですが(自分で言うな!)、いっそう質素な暮らしを続けています。
半年に一度くらいビールを飲むとほんとうにおいしいです。せめて月に一度くらいにしたい(笑)と思うくらいおいしいです。
私は学生時代からスコッチは好きだったのですが、そのきっかけを与えてくれたのはやはり父親でした。どういういきさつだったのか覚えていないのですが、

    バランタイン

を「これはおまえ用だ」といって一本くれたのです。もちろん30年とか21年とか、そんな高級なものではなくて、一番安い「ファイネスト」でした。それでも私は嬉しくて、ちびちびと飲んでいました。なんだか、大人っぽいじゃないですか、スコッチのグラスを傾けるって。
父がなぜくれたのか、はっきりはわからないのですが、母も兄も妹も一切飲めないので、張り合いがなかったのだろうと思います。私は救世主だったのでしょう(笑)。私も長男がほとんど飲まないのでいくらか気持ちはわかります。
そういえば、何のはずみかサントリーの

    スペシャルリザーブ

をもらったことも覚えています。ただ、自分でお酒を買うようになっても、スコッチはやはりバランタインを選ぶことが多かったように思います。相変わらず「ファイネスト」でしたが。

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掃除係 

仕事場の私のいるフロアには共同使用するコピー機、プリンタがあります。その横にはシュレッダーも。
研究室のパソコンから接続するプリンタは二つ。そのうちのひとつはコピー機でもあります。
コピー用紙(プリント用紙)が山のように積まれ、頻繁に教員が行き来しています。
こうなるとそこが

    汚れる

のは当然のことです。
毎朝7時過ぎには担当の方が紙ごみを取りに来られてきれいにして行ってくださいます。しかしあまりの雑然とした様子にあきれていらっしゃるのではないかと思うのです。
はっきりいって、教員の皆さんの使い方は汚いです(笑)。私も人のことは言えませんが、中途半端にほったらかす、ほったらかされたものは見て見ぬふりをする。ですから

    夕方

になるとひどいものです。
新たにコピー用紙を出すのはいいのですが、500枚のパックを破って200枚くらいコピー機に入れてあとはほったらかし。最後まで使ったらパックの紙はほったらかし。ミスコピーの紙はほったらかし。シュレッダーを使ってごみが満杯になったらほったらかし。シュレッダーの中の紙ごみをならしたときに飛び散ったと思われる小さな紙の破片は散乱したままほったらかし。

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白湯 

文楽の切語りになるとお弟子さんが白湯汲みに付きます。咲大夫師だと咲寿大夫さん、嶋大夫師だと靖大夫さんあたり。
住大夫師の場合は最終的には小住大夫さんでしたが、それまでは文字久大夫さんが長くなさっていましたね。50代の白湯汲みというのは珍しかったのではないでしょうか。文字栄さんは60代になってもなさっていたかな。
長い時間を語る大夫さんは白湯で口を湿らせることで安定した語りを続けることができるようになさっているのでしょう。しかしそういう実用的なこととは別に語りのほんのわずかな合間にサッと白湯を口にされるあの

    かっこよさ

もまたたまりません。
お弟子さんは半畳に控えて居眠りを、いえいえ、そんな不謹慎なことはなさいません、特等席できちんと師匠の語りを聞きながら何か問題があった時にすぐ対処できるようになさっているのです。ご病気のあとの住大夫師匠のときは、小住大夫さんが座布団の位置をずらすのをかいがいしく手伝ったりもなさいました。あれもまたかっこいいです。
四代目津大夫師匠のとき、イケメンの若き

    緑大夫 さん

が白湯汲みに控えていらしたことがありますが、その真剣なまなざしは今も忘れられません。かっこいい人は何をやってもさまになりますね。

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冬の野菜も終わり 

この冬はほうれん草を作りました。
畑に蒔くわけではありませんから種はできるだけ量の少ないものを買うのです。しかしそれでもいやと言うほど入っています。
それで、完全に収穫したあと、余っていた種をもう一度蒔きました。厳寒の時期だったので、いくらなんでもダメかな、と思ったのですが、それも収穫できました。
最終的にはプランター二つと地植えにしたもの(というか、種が落ちて勝手に生えてきたもの・・笑)にできて、まずまずの豊作でした。
あくまで自己満足に過ぎないのですが、それでじゅうぶんです。

ほうれんそう
↑二月末に収穫したほうれん草

去冬は小松菜、今冬はほうれん草ということで、冬の間もプランターには活躍してもらいました。
まもなく本格的な春がやってきます。
こうなるとまた

    夏野菜

に関心が向いてきます。
今は季節(旬)とは関係なしにさまざまな野菜が食べられますが、やはり季節それぞれの野菜があるのはそれなりに意味があろうかと思います。キュウリは夏にシャキシャキっと食べるのがよさそうです。

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伴善男アゲイン 

昨年来、ずっと気にしてきた絵巻物が「伴大納言絵巻」です。とても私のような者が太刀打ちできるよな代物ではないのですが、無謀にもこの魅力的な絵巻物に挑んでいます。
仕事場の公開講座ではすでに一年をかけて読んでみましたので、今年は他のところでお話することができれば、と願っているのです。そうなるとまた火がついたように勉強できるでしょうから。いや、そうでなくても勉強しなくてはならないのですが。
この絵巻物のタイトルロール、というのも変ですが、名前の由来になっている伴大納言こと

    伴善男

は歌舞伎の「蘭平物狂」の主人公となって現れますが、文楽には出てきませんよね?

善男の父親は藤原種継暗殺事件に連座して佐渡に流され、恩赦によってかろうじて京洛に戻ります。そんな事情もあって善男も出世は遅いのですが、それにしては見事に官僚としての地位を築いていきます。
史料を見てみますと、この人は生来ずるがしこいところがあったらしく、その抜け目のなさが彼の「出世」に寄与したのだろうと思います。また、こんなことも書かれています。

  性格は残忍
  弁が立ち、判断は機敏
  よく勉強し、質問には必ず答える
  心に寛容や風雅はない
  人の言うことにはことごとく反論する
  人の欠点や間違いを徹底的に糾弾する
  
う~ん、なんだかこんな人は今もいるような気がするのですが。

ところで、伴善男は応天門にほんとうに放火したのでしょうか? 少なくとも自分の手を汚すことはしていないと思いますし、濡れ衣である可能性も高いと思います。
しかし結局は藤原氏、たとえば藤原良房との政争に敗れて伊豆に流されることになります。たまたま起こった応天門の火災の犯人に仕立て上げられたのかもしれません。

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密通しない光源氏 

私が最初に通読した『源氏物語』は、実は現代語訳でした。
大学一年の夏、まとまったものを読もうと選んだのです。原文の通読は三年生だったかもしれません。
現代語訳といっても、いわゆる注釈書ではなく、

    谷崎潤一郎

のものでした。しかも、自分で買ったのではなく、父親の本棚にあったのです。ただし、父親が読んだのかどうか、怪しいのです。なにしろ、昭和の初めの、谷崎最初の現代語訳だったからです。もし読んでいたとしたら、父は少年時代からの文学青年だったことになりますが、どうもそんな気がしないのです(笑)。あるいは祖父母にそういう趣味があったのかもしれません。
谷崎は三度現代語訳を出版しており、今普通に読まれるのは新々訳と言われる昭和39年から翌年にかけて刊行されたものです。私が読んだのはそれではなく、前述のように昭和のはじめ、厳密に言うと昭和14年1月から2年半かけて刊行されたものでした。完結したのは昭和16年7月ということになり、真珠湾攻撃まで半年もない頃です。日本が完全におかしな方向に進んでいた時期と言ってもよいでしょう。
私は、しかしそんなことはあまり気にせずに読んでいました。
いよいよ光源氏が

    藤壺中宮と密通

する場面。ところが、読んでも読んでもそんなことは書いてありません。たしか、この辺りなんだけど、と何度も読み直したのに、出てきません。
これが、真珠湾攻撃前夜の日本の現実だったのです。

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自由な社会に(2) 

普通選挙をしているから国民の声を聴く民主主義は完全に機能している、というのも私は違うと思っています。選挙は最低限の意思表示方法であって、選挙=民主主義というのは詭弁ですらあると思っています。
選挙は謹んで市民の意見を拝聴すべきものであるはずが、実際は権力者がガス抜きをするためにおこなっているように思えることがあります。選挙で民意が示されたのだから、ということで、あたかも全権委任されたように振舞う政治家もいます。マスメディアも選挙結果を無視することはできませんから同じように言いますが、

    勝てば官軍

というのは違うと私は思っています。
選挙以外に民主主義を実現する方法がなくなってはいけないと思います。私も最低限の「民主主義」を実践するために選挙には行きますが、実のところ、選挙したあとにはほとんどの場合

    むなしさ

が残るのです。
大体私はあまのじゃくなので、当選しそうな候補者に入れることがめったになく、言い換えると私が投票した人はたいてい落ちるのです。この十年くらいの国政選挙で投票して通った人は一人だけだったと思います。
選挙が不完全なら、ではどうすれば少しでもまともな民主主義の道にたどり着けるのか、わたしにはそういう難しい話はできませんが、かろうじて思うのは「ものが自由に言える社会」を作ることだろうと思います。
政治家も役人も、言葉は悪いですが狡猾に情報を小出しにして人民を誘導し、世論を作ろうとすることに長けていると思います。政治家に求められているほんとうに重要なことは「徳」なのでしょうが、そんなことを言っていては選挙にも通らない=政治家にすらなれないのかもしれません。
「品」とか「徳」とか、そんな古臭いことを言うな、とおっしゃる方もあるのかもしれません。しかし私はやはりこの大時代なことばは無視できないものだと思っています。

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自由な社会に(1) 

私が中高生のころ(だと思うのですが)、翼がほしいとか、銀河の向こうに飛んでいけとか、そんな歌が流行っていました。
束縛から解放されることがあのころの若者、つまり私より少し上の年代の人たちから私の世代にかけての「生き方のテーマ」だったような気がします。

    戦争を知らない

若者と戦争の悲惨を知る大人との間には埋めがたい溝もあって、旧世代に反抗するように髪を伸ばした男たちはそれだけで許されない風潮もありました。あのころはまだ「男子中学生は丸刈りにすること」という学則を持つところが多かったはずです。
長い髪は若者の自由を求める心のシンボルだったのでしょうが、なぜそうすることが自由の象徴なのか理解できない大人が多かったわけです。もっとも、まだ若者にすらなっていなかった私にも当時の青春世代の気持ちは完全には理解できていないだろうとは思いますが。
ビートルズがあり、フォークソングがあり、若者は

    ギター

を愛しました。今でも団塊の世代(から少し下にかけて)の方で巧みにギターを弾く人が少なくないはずです(私でさえ兄のお古のギターを触ったことがありました)。長い髪でギターを抱える彼らを「弟」として見上げていた当時の私の目からは、戦争の残滓を倦み、新たな時代を渇望してもがいている姿に見えたのでした。

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知らなかったんです 

家の近所に右折禁止の場所があるのです。
90度の角度ではないので、たしかに右折しようとするとほとんどUターンに近いような曲がり方をすることになり、しかも右折し終わったところにある小さな道から自転車や歩行者が出てくる可能性も高い場所なので危険です。

usetukinsi

上の図のような感じです。右折禁止もやむなしとは思います。
そして、この小さな道の右側あたりで時々警察が違反の摘発をしているのです。何度かそういう場面を見たことがありますし、知り合いの人も引っかかったと言っていました。
もちろん

    標識

はあります。罰金は仕方がないでしょう。
にもかかわらず、私は違反を犯した人が気の毒です。なぜなら、標識がすぐそばにある木の枝に隠れるようになっていて、全く見えないわけではないのですが、枝に溶け込むようでとても見にくいのです。
道路にペイントがしてあれば違反しなかったであろう人もいます。私の知り合いがその人です。
警察にとめられて、「あなた、今右折しましたね?」と言われ「それが何か?」と答えたそうです。「ほらあそこに標識があるでしょう」「あ、ほんとうだ」ということで、罰金何千円か取られたそうです。

    「知らなかったんです」

とその人は言ったそうですが、「知らなかった」では済まないのがルールというものです。

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2015年2月東京公演千秋楽 

文楽東京公演が本日千秋楽を迎えます。ご覧になった方、いかがでしたでしょうか? 住大夫師、源大夫師が引退された上、文雀師が休演という公演でした。英、津駒、千歳という太夫さんが切場を語られる時代になっています。切の字がつくのがお二人というのはいくらなんでも寂しいです。咲大夫さんが三段目、嶋師匠が四段目としたら、やはり序と二段目の切場はこのお三方の中から出てきていただかないと、ということになります。国立劇場の制作さんの役割も重要になってきそうです。

さて、このあと地方公演があります。7日の広島を皮切りに、28日の四日市まで。「曽根崎心中」「寺子屋」など。千歳大夫、富助で「寺子屋」を一段すっくり語る、というのが楽しみなのではないでしょうか。本公演では最近なかなかできないことです。「道行初音旅」は待ってましたの幸助、一輔。なかなかいいメンバーだと思います。

その後いろいろあって、いよいよ4月になれば

    二代目吉田玉男

襲名披露の公演です。もう還暦を過ぎられ、文七、孔明、検非違使の首を持たせたら第一人者の玉女さんです。二代目として文句はありません。ただ、私は女形も持っていただいていいのではないかと思っているのです。岩藤や八汐はもちろんのこと、玉男師匠の持たれた玉手御前や「炬燵」のおさんなども。
四月は披露狂言が「陣屋」の

    熊谷次郎直実

で、もうひとつの役が「炬燵」の治兵衛だとか。盛況裡に披露が行われますように。

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