道頓堀の残り香(2) 

道頓堀の蕎麦屋の二階には、師匠を待ちかねたお弟子さんがずらっと勢揃いされている・・・のだと思っていたのですが、実は小宴を催していらしたグループの方以外はどなたもいらっしゃいませんでした。やがて女性がお一人(以下、Kさんと書きます)おいでになって、テーブルを寄せたり座布団を整えたりなさいます。もうお一人を待って始めるのだとか。
もうお一人の方というのは、

    文楽の第一部

をご覧になっていて、終了次第おいでになるとのことでした。
やがてその方がおいでになると、どこかでお顔を拝見したような記憶があります。彼女(このかたも女性)は大きな鞄から三味線を取り出して組み立て始めます。なんと、東京の女義さんの竹本KHさんでした。道理で・・・。
お稽古はKさんからで、KHさんはその三味線を弾かれます。

    『傾城阿波の鳴門』「順礼歌」

でした。
もうほとんど床本をご覧にならなくても語れるほどのかたで、きっと名調子だったのだろうと思います。お口の動きから「シテシテ、ととさん、かかさんの名は。アイ、ととさんの名は十郎兵衛、かかさんはお弓と申します」などよくわかります。それほどに口がよく開いているのです。
師匠はさかんに注意なさって、ほとんどご一緒に語られるような熱心さ。たった今本番を終えてこられたのに、すごいものです。

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道頓堀の残り香(1) 

先日、ある事情があって、カメラマンのTKさんと一緒に文楽の師匠(太夫)のなさっているお稽古を拝見させていただきました。お弟子さんといっても文楽の技芸員さんではありませんから、文楽劇場の稽古場で、というわけにはいかないのです。
師匠が

    「道頓堀で稽古します」

とおっしゃるので、私はいささかうんざりしました。あの、がちゃがちゃとした通りに行くのか・・・と思ったからです。最近の道頓堀は芝居町という歴史が漂わせていた文化の香りとでもいうものがなくなったように思えて、どうにもいけません。
具体的な場所を聞かずに師匠についていったので、「ここです」と言われたときはびっくりしました。道頓堀といってもファッションビルなどの林立する地域ではなく、かつての劇場街の東の端のあたり。目の前にある駐車場はまぎれもない、なつかしの

    朝日座

のあったところです。
そして、師匠が入っていったのは、なんと「蕎麦の更科」さんです。師匠にとっては若き日からおなじみのお店。ここは昔、朝日座に「文楽定食」などを出前もされたそうです。文楽定食というのは甘く炊いた揚げの乗った大阪らしいきつねうどん(いわゆる「あまき」)とご飯のセットだったそうです。

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天の原 

小学校教諭を目指す学生向けの授業は、私が担当する唯一の「専門科目」です。

この授業で先日「和歌はどのように音読すればよいのですか?」という質問がありました.こういう質問をするのはとてもいいことだと思います。学校の国語の授業は音読が大事です。しかも文学、しかも韻文ですから、どのように音読するか、しっかり考えておく必要があると思います。
一例として、阿倍仲麻呂の

  天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

を取り上げました(小学校で習う可能性も高い歌ですので)。
百人一首にも入っていますから、カルタ取りの要領で、

  天の原ふりさけ見れば春日なる
       三笠の山に出でし月かも

と読んでしまいそうになります。でもほんとうにそれでいいのでしょうか?
和歌は叙情表現が基本ですから、意味と作者の気持ちを考えて読みましょう、そうすれば「春日なる」で切るような読み方はできないと思います、と話しました。そもそも和歌は「57」がひとつのまとまりを持っていました。
長歌は 57 57 57 57 57 57・・・7 という形を持っています。これを575 75 75 75 75・・・77 のように読んだのでは意味から言ってもおかしなことになると思います。短歌はこの長歌の57の繰り返しを2回にしたものと考えればいいので、本来は 57 57 7 なのです。
いわゆる57調の歌はやはり57を単位として読むようにすべきだと私は考えています。ですから、

  天の原 ふりさけ見れば
   春日なる三笠の山に
    出でし月かも

がよいと思うのです。

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2015年4月公演千秋楽(昨日) 

昨日は文楽4月公演の千秋楽でした。
吉田玉男襲名披露公演ということもあって、なかなかの盛況でした。終盤は夜の部になったこともあって、満席続きとはいかなかったようですが、それでも多数のお客さんが2代目を祝いました。
私の感想は後日ということにしますが、尼崎を呂勢、千歳とつないだのは近未来の切り場語りを予告するものだと思います。
千歳さんのお歳なら、越路師匠や津大夫師匠はすでに切の字がついていたころでしょう。
この公演では和生さんが目立ちました。
さて、五月は東京で、ふたたび襲名披露公演。
玉男さんには、何とぞご健康でおつとめくださいますように。

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第27回だしまきの夕べ 

昨夜は文楽劇場近くの季節料理の店「両輪」で今年二回目、通算で27回目の

    だしまきの夕べ

が催されました(たぶん)。
たぶん、というのは、私がまた出席できるなかったものですから、よくわからないのです。
私が出席しようがしまいが、会は賑々しく、楽しかっただろうな、と指をくわえてはるか日本橋方面を遠望しておりました。天の原ふりさけみれば南なる日本橋に出づる月かな、でした。
なんでも、大スターが参加してくださったという噂もあります。
よろしければ、ご報告くださいませ。

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ございます 

    「すみません、お手洗いはどちらでしょうか?」と、
   上品な感じのお客さんに聞かれた場合、私は「まっ
   すぐ行ってまがったところにあります」と言いました。
   でもバイトの先輩は「まっすぐ行ってまがったところ
   になります」と言っていました。さすがは先輩だと思
   いました。

と学生が言っていたのです。
私は一瞬その違いがわからず、「どこがさすがなのですか?」と尋ねてしまいました。どうやら学生は「~になります」というのが丁寧な表現だと思っているようでした。
私なら「まっすぐおいでになりましてまがったところにございます」というと思います、と話したら、「ございます、ですか?」という顔をしていました。
厳密に言うと「まっすぐおいでになっておまがりになりますと」という理屈になりますが、敬語だらけになりますので、ひとつは省いて、最後に「ございます」を付けてみました。
この

    ~になります

も学生はバイト先で教わるようで、「300円のおつりになります」「お待たせいたしました。だしまき卵になります」のように言うことがあるのですね。
「これ、どうみてもすでに出しまき卵になってますよ。何か足りないのですか? どうすればだしまき卵に変化するのですか? 『チチ~ンプイプイ』と呪文でも唱えましょうか?」といじわるに聞き返したくなるような言葉です。
バイト先の習慣なのかもしれませんが、将来のためにこの言葉についてはけっして丁寧語でもないし、正しい言葉遣いとも思えないと話しておきました。

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バイトだと思って・・・ 

授業のひとつで、今年も学生の日常の敬語について検討していきます。
私の授業は、教科書はない、ノートも要らない、試験はない、学生とのコミュニケーションに授業の半分を使う、というめちゃくちゃなものですから、とても他の教員には見せられたものではありません。今は

    公開授業

などというのがあり、お前の授業も見せろとも言われています。しかしこの授業に来たらその同僚教員はあっけにとられるだろうと思います(笑)。
1年生対象(2年生以上も何人かは来ますが)ですから、学生の中には春休みからバイトを始めたという者も少なくありません。ファミレス、子ども用品の店、居酒屋、お菓子屋、アパレル、さまざまな店で働いているようです。
慣れない上にまだ言葉遣いも危ういですから、質問はありますか、というと山ほど出てきます。

    電話の受け答え

も困っているようです。家族全員がひとつずつ電話を持つ時代ですから、固定電話に出る習慣があまりありません。それだけに、電話の応対にも慣れていないようで、「お母さんはいらっしゃいますか」と言われたら「なんと答えたらよいのかわからない」という者も、「『親は今いませんけど』としか答えられない自分が恥ずかしい」という者もあります。
「母はただいま外出いたしております。夕方には戻りますが、こちらからお電話差し上げるように申し伝えましょうか」という例文を挙げたら「なるほど〜」という顔をします。

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じつと手を見る 

石川啄木の歌は青春時代に読むもの、という気がしないでもありません。「ふるさとの訛なつかし」とか「いのちなき砂のかなしさよ」とか「そのあまりかろきに泣きて三歩あゆまず」とか「われ泣きぬれて蟹とたはむる」なんて、いい年をした人が読むのはちょっと気恥ずかしいかも。
でも、人間は次第に幼児化していくものでもあります。私は幼児にまでは戻っていないと思うのですが、

    青春時代

には戻っているかもしれません。

新年度が始まって、猛烈な忙しさを体験しています。昔のモーレツサラリーマンほどではないのかもしれませんが、自分の勉強以外の仕事に費やす時間がいくらあっても足りません。特に大変だと感じているのは初めて体験する授業の予習です。90分の話をするのに5時間も6時間も予習しなければどうにもなりません。特に健常者の先生と違って、学生と

    コミュニケーション

を取るのに文字情報を学生から得て答えるという厄介な作業がありますので、これにとても長い時間がかかります。
しかも学生数が多い授業があって、土日まで時間を費やしてしまいます。朝起きたらまず仕事、平日は7時半には仕事場に行って夜の7時半を目安に帰るまでまた仕事。帰ったら仕事。
やりかたが下手なのはわかっているのです。要領のいい人ならもっとうまく時間を使うはずです。ほんとうにダメな教員だと思います。

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第27回だしまきの夕べ(予告) 

すっかり予告が遅れました。
今週末、すなわち4月25日(土)夜に第27回目の

    だしまきの夕べ

が催されます。
おそらく多くのかたがすでにやたけたの熊実行委員長やくみ会長代行に出欠のご連絡をなさっていると存じます。
もしまだのかたがいらっしゃいましたら、どうぞ書き込んでください。
私はまたダメかも知れませんが、多数のご参加がありますように。

併せて、皆様にお願いがございます。
今回の襲名披露では、各師匠方はどのような口上をなさっているのか、お教え願えませんでしょうか。

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勘弥さん(2) 

勘弥さんは先代勘十郎師匠が亡くなったあと、もうやめてもいいと思ったことがあるとおっしゃっていました。
文楽の師弟関係というのは、私の世界の師弟関係とはまた違った濃密さがあるのでしょうね。なんといっても、足遣いのときは師匠のからだにぴったりくっついて演技をしますし、楽屋は当然同じ部屋。舞台以外の仕事でも師匠について行くことが多いのでしょう。
先代勘十郎門下には勘寿、勘之助(小道具さんになった和田さん)、もうひとりの勘之助、勘士朗、勘弥、勘緑、勘市といったお弟子さんがいらしたのですが、辞められた方も多いのです。
勘弥さんは結局簑助門下となって

    十色会

を率いる役割を果たし、平成の若手人形遣いとして少しずつ地歩を固められたのです。
私が始めて拝見した頃は当然ツメ人形でしたが、さすがにそのころはどの黒衣さんが勘弥さんなのかわかりませんから、結局は30代半ばの頃まで事実上知らなかったというに等しいのです。
左遣いの修業をなさっている頃に、十色会ができたわけですが、あれはほんとうに意味のある会でした。
玉男師匠、簑助師匠が指導をされ、私も稽古場にうかがったことがあるのですが、その時は玉男師匠はいらっしゃらなかったのですが、簑助師匠がほんとうに一生懸命身振り手振りを交えて教えていらっしゃいました。
文吾さん、勘寿さん、勘十郎さん(当時簑太郎)、清十郎さん(清之助)らもいらっしゃっていて、中でも勘十郎さんが青春ドラマの

    竜雷太

かと思わせるほどの、たいへんな熱血指導をなさっていました。
文吾師匠は簑助師匠がいらっしゃるのでいくらか遠慮されていたような気がしますが、立役に関してはアドバイスを送っていらっしゃいました。

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言いたい放題 

学生風に言うと、最近私はかなり

    ヤバイ

です。といっても、学生風の「かっこいい」とか「かわいい」という意味ではありません。
とにかく我慢しなくなったというか、言いたい放題ものを言う傾向にあります。そんなこと言ったらヤバイと、という意味でヤバイのです。
それでなくても人望がないのに、さらにいっそう嫌われそうです。
このブログでも以前なら黙っていたようなことを平気で書いたりしているな、と思うことがあります。
二代目玉男さんに女形を、なんてまあなんと勝手なことを、と自分でも思います。実際は、これくらいは罪がないかなと思っているのですが。
言いたいことを我慢しているとストレスがたまります。私は持病の原因がストレスだといわれていますので、これが一番からだにも悪いのです。しかし今の仕事場はストレスのたまることばかり。元気でいろと言われるほうが無理です。さらにサッポロビールも飲んでいないのに、

    男は黙って

なんて粋がっているものですから、余計に調子が悪くなります。
しかし最近いくらか吹っ切れ気味で、口が動くようになっています。

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夏までもつのか? 

私は大学の国文科を出て、学部、大学院を通して平安時代文学を勉強してきました。
最初に勤めた学校では古典講読や卒論などがあって教えがいがありました。
しかし今や小さな私立大学からは国文科が消えて行き、私も落ちこぼれてしまったわけです。
その結果、今年度はこんな授業を持っています。
  文学(これは源氏物語なので嬉しいです)
  日本の文化と歴史(世界遺産や伝統芸能。ある程度納得です)
  児童国語(小学校教諭を目指す学生のための科目です)
  日本語表現(敬語の使い方とか・・)
  生涯学習論(まるで専門外。必死で勉強しています)
源氏以外は

    専門外

というべきで、学生にとっては気の毒です。「このせんせ、ほんまにこの授業できるんか?」ってなもんですな。
前期は合計7コマ。今は息つくまもなく授業の準備に追われています。
これに加えて来月からは一般の方々への講座が始まり、週に2コマ。源氏物語と信貴山縁起絵巻ですので、内容は楽しみなのですが。
さらに6月には毎週奈良の幼稚園にも行きます。
さすがに仕事が

    過多

になっていると自覚しますが、生きるためにはまだまだ足りません。もっと仕事を!

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ハラ、ハラ 

文楽のお好きな方は「ハラ」ということばを聞くと「肚」の字を思い出されるかもしれません。「肚」で芸をするなどといいます。
大星由良助は切腹した判官を前に「血に染まる切先をうちまもり、うちまもり、拳を握り、無念の涙、ハラハラハラ」ですから、「ハラ」というとこちらを思い出されるかもしれません。

この間、授業中に何かのはずみで最近問題になることの多い「ハラスメント」の話題を出しました。
元校長の教育長がパワハラ(パワーハラスメント)でお払い箱になったり、校長がセクハラ(セクシャルハラスメント)で懲戒解雇になったり、校長がパワハラで教員を土下座させたり、校長が保護者にセクハラメールを送ったり……。校長って

    どんな人種

やねん、と思うようなことが続々公になってきました。
私は教員の仕事をしていて一番気楽なのは、上下関係がないことです。なんとか部長(学部長だとか教務部長だとか)というのは単なる職務分担ですし、学長ですら自分の上にいるとは思っていません。逆に年少の教員も自分と同列としか考えていません。教授とか準教授などというのもほとんど意識したことがありません。
ところが世間ではそうでもないみたいで、校長の中にはずいぶん

    大きな顔

をしている輩があるのですね。勘違いする人には会社勤めなどをしてきた(つまり上下関係がうるさい)「公募校長」が多いようですが、そうとも限らないでしょう。

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殺陣師 

子どもの頃、テレビ番組の最後に出てくる「スタッフ」の名前が気になりました。いや、個人のお名前ではなく、どういう仕事がこの番組に関わっているのかに興味があったのです。まずわからなかった言葉が「演出」。「出演」はわかるのですが、それを引っくり返すとどういう仕事になるのか疑問でした。しかも「出演」はたくさんいるのに「演出」はたいてい一人しかいません。「照明」「衣装」「美術」などは字面でわかりますし、「提供」もよくわかりました(笑)。
まったくわからなかったのが、時代劇になると出てくる

    殺陣

でした。小学生でしたから、「さつじん」と読むのが精一杯。こんな物騒な文字のつく仕事があるものだろうかと思いました。
あれは「たて」と読むのだ、と教えてくれたのは誰だったのか、あるいは何か書かれたものによってそういう読み方を知ったのか、それについては記憶にありません。ただ、それを知ったときの衝撃はかなりのもので、国語辞典調べて、この語が出てきた時には一抹の感動すら覚えました。意味もわかりましたから、それ以後はこの文字が出てくると嬉しくなったものです。なお、「殺陣」の語は新国劇に由来するらしく、本来の読みはやはり「さつじん」だったそうです。
私が最初に覚えた殺陣師は主に関西で活躍された的場達雄(まとば たつお)さんです。的場剣友会といったように思うのですが、この人のチームが

    てなもんや三度笠

などで活躍されていたおぼろげな記憶もあります。この番組の冒頭、いわゆるアバンタイトルの部分でも、的場さんを斬った藤田まことさんがいうセリフこそ「俺がこんなに強いのもあたりまえだのクラッカー」だったと思うのです。
殺陣師ではありませんが、最近は斬られ役専門の福本清三さんが映画『太秦ライムライト』の主演を果たして評判にもなりましたね。

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教育漢字 

小学校で習う1006の漢字を、私は「教育漢字」と称するものと思っていましたが、文部科学省にはそういう用語はないようです。では何と呼ぶのか、というと、そもそも呼び名自体存在せず、常用漢字の一部、くらいの位置付けになっているように思います。
それにしても、小学校で1006もの漢字を習うとは、大変なことですね。さらに中学以降にも常用漢字をマスターするのが日本人としての基本であるという考えもあって、漢字教育は熱心におこなわれ、

    大学入試

にも漢字がらみの問題は相変わらず多いのです。入試を作る立場からは、便利だともいえますが、実際漢字を知っておいてもらわないと本も満足に読めないことになってしまいますから、必要なことでもあるのです。
しかし、漢字学習に時間を割いているから英語も数学も出来なくなる、漢字は廃止して日本語はローマ字表記したらどうか、というのは、明治以来綿々とかなりまじめに議論されてきたことです。ハングルという前例がお隣の国にありますし、このグローバル時代にあっては、日本語も

    表音文字

にしてもじゅうぶんやっていける、という知識人は今でもいらっしゃいます。
それでも国民の多数は漢字のない生活をイメージできないでいるのではないでしょうか。隣国の文化政策をとやかく言うつもりはありませんが、日本語がハングルのようになるのを歓迎する人がはたしてどれくらいいらっしゃるでしょうか。

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文楽をゆく 

この間、上方芸能編集代表の森西真弓さんから二代目吉田玉男襲名記念として出版された

    文楽をゆく

をいただきました。
森西さんは同世代ということもあって、私などにいつもずいぶん気を遣ってくださり、ありがたい限りです。
もう皆様ご存じかもしれませんが、このご本(森西さんは二代目との対談で登場されています)を宣伝しておきます(笑)。

二代目玉男襲名記念「文楽をゆく」

森西さんは私に文楽評を始めさせた張本人です。人を見る目のない編集長(当時)でした(笑)。
それでも、私にとってはかけがえのない経験をさせていただいたわけですから、読者の皆様や編集部の方々にはご迷惑であったと思いますが、ほんとうにありがたかったのです。
その森西さんに何の恩返しをすることもでないままに、それどころかご迷惑をおかけしたまま文楽評を退くことになって、申し訳ないという思いを持ってます。
この本をいただいた

    礼状

にはそのお詫びも書き添えておきました。森西さん、すんまへん(あやまり方が悪い?)。

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なりおほす 

このあいだ、やたけたの熊さんと某所で(ネット上です)新・玉男さんがどうもまだ優男の雰囲気が出ないようだとお話ししたのですが、これは玉男さんご自身がよくわかっていらっしゃることのようです。
先代は熊谷のような人物もよかったのですが、治兵衛とか忠兵衛などもなんだか頼りない人物像がよく出ていたように感じます。二代目はその点、今後の課題とされるのだろうと思います。
熊さんとこのお話しをした時に、私は襲名には二段階あるのではないかと申しました。
第一段階は、例えば玉男なら

    玉男になる

という段階。今回の玉男襲名などはまさにそれだろうと思います。技芸も充実して、先代の名を汚すこともなくむしろ将来に期待を持たせてもらえるようになった段階。そしてもう一段階、

    玉男になりおおせる

段階があるのではないか、とも思うのです。その時にこそもはや揺るがぬ二代目となるのではないか。
それは何も先代と同じことができる、という意味ではなく、むしろ先代とは違った新しい玉男像を作り上げた時に成し遂げられることなのでしょう。
二代目は骨太な演技をさせるとさすがというほかはなく、私も大好きです。ただ、優男になるとどうにも固くて、堅くて、硬くて。先代も二代目(というか玉女さん)に向かってそういうことをおっしゃっていたようですし、二代目も意識されているだろうと思います。先代のとおりでなくてもかまわないわけで、二代目ならではの優男が見られる日を楽しみにしています。

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ペットボトル 

ペットボトルはたしかに便利です。缶と違ってふたができますし、飲むときも金属に触れませんから口当たりは悪くありません。
テレビのCMでビールを缶から直接飲むのがあたりまえのように出てきます。銘柄を、あるいは缶そのものを視聴者に見せなければならないからあんなふうにしているのでしょうが、あれではビールはおいしく飲めないですよね。
それでも電車の中でときどき缶ビールを

    プシュッ

と開けて飲んでる人を見ることがあります。私ならしばらく我慢して家でコップに入れて飲むけどなぁ、と思いつつ、余計なことを言って叱られてはいけませんから匂いを我慢しながら沈黙しています。
ビールはともかく、ペットボトルに入ったスポーツ飲料などは以前はよく飲みました。
自動販売機がいたるところに置かれるようになって、長時間歩いたりするときは水分補給に使いやすくなりました。
以前は100円でしたが、今は

    150円

でしょうか。ところが、ブランド品でないものは100円で売っているところもあります。
そもそも原料なんて水と砂糖と塩が基本ですから、安いものです。それを言い出したら服だって、化粧品だって、コンビニのおにぎりだって同じですけれども。
メーカーは、中味もさることながら、ペットボトルの形や材質、持ちやすさなどにもずいぶん工夫をしていて、最近は飲み終わったらクシャッと丸めることのできるものも多くなってきました。
ペットボトルをごみに出すときなど、以前は半ば空気を捨てているようなものでしたが、最近はつぶして小さくできますのでコンパクトになりました。

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年齢相応の学び 

この春休みに「生涯学習論」という授業の予習をしていて、ロバート・ハヴィガースト(1900〜91)の研究について学びました。
ハヴィガーストは、人間が成長する過程で遭遇する

    さまざまな課題

を彼なりに整理しています。1930〜40年代のアメリカの中産階級の理想が反映しているともいえるので、必ずしも現代にそのまま当てはまるとは思いませんが、時代を超えて普遍的だと思うことが大半です。たとえば、6歳までの課題には、歩行、固形物の摂取、排泄、性差の理解など、18歳から30歳までの早期成人期のそれには、職に就くこと、配偶者の選択、家庭の形成、育児、市民としての責任などが挙げられます。こういう課題と向き合うのが人生です。現今、結婚や育児は「しない選択」も多々見られますが。
ハヴィガーストは、こういう課題が現れるもとになるのは、身体の成熟、個人の価値意識、そして

    社会からの文化的圧力

であるとも言っているようです。「圧力」といっても政治的なものではないわけで、社会人として生きていくために社会から要請されるもの、ということでしょうか。我々は社会から求められるものがあり、それに応えねばなりません。人をあしざまに言ってはならない、詭弁を弄して人を騙してはならない。こういうのは法的にはある程度までなら問題がないため、放置されかねないのです。しかし文化的な社会はこういうことを認めない。それがここでいう「圧力」なのではないでしょうか。ハヴィガーストは、当時社会問題になっていた青少年の暴走(これはいつの時代もありそうです)をなんとかしなければならないという思いで、「若者よ、君たちの話も聞くから、社会の常識を守りなさい」と言いたかったらしいのです。

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九条殿遺誡(くじょうどのゆいかい) 

春になると北斗七星がきれいです。おおぐま座の一部であるあの柄杓の柄(え)を、うしかい座のアークトゥルスやおとめ座のスピカにつなげると「春の大曲線」を形作り、星座がさらに広がりを見せます。その北斗七星で思い出したことがあります。
平安時代の貴族はだらしない生活を送っていたように思われるかもしれません。毎日夜中まで飲み食いして、ろくに政治家らしいこともせず、

    親の七光り

で「貴族でござい」といっているだけではないか。そんなイメージがあるかもしれません。しかし実際はそうもいかないのです。漢詩漢文をはじめ和歌も故実もしっかり勉強しなければなりません。年中行事があまたあり、日々の課題をこなし、突発的なできごとにも対応しなければなりません。ただし、それでもなお、ぐうたらに陥りがちなのが人の常です。九条殿と呼ばれた、右大臣

    藤原師輔(ふぢはらのもろすけ)

は、子孫がそうなることを恐れて「必ずこれを守りなさい」という厳しい戒めを残したのです。それがタイトルの「九条殿遺誡」です。師輔はあの藤原道長の祖父にあたりますが、道長から見たら父親以上に威厳のある存在だったのではないでしょうか。この「九条殿遺誡」の中に「毎朝こういうことをしなさい」という戒めがあります。

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六条わたり 

『源氏物語』は都の最高の身分のひとたちが登場する物語です。光源氏は天皇の息子、紫の上は親王の娘、頭中将と葵の上は左大臣と内親王の間の子、女三宮は天皇の娘、といった具合です。当然屋敷は豪邸です。
当時はほぼ110メートル平方の土地がひとつの区画、すなわち「町」となっていて、最高級の貴族はこの町ひとつ分をすべて自分の屋敷にしていました。ざっといって4000坪でしょうか。藤原道長の土御門第(今の京都御苑内にありました)はその二倍の大きさで、私の家よりいくらか大きいです。いくらか・・・。
そして彼らの多くは大内裏に近い

    一条から四条

の間あたりに住まいを求めました。さらに、右京ではなく左京に住んだのです。道長邸も一条と二条の間で鴨川の近くです。左京も左京、左の端っこです。
今でも京都は右京より左京の方がにぎやかですが、平安時代中ごろには右京はあまり好まれませんでした。そういえば、東寺は今も残っていますが、西寺はとっくに廃寺になってそのままです。
慶滋保胤という人が

    『池亭記』

という書物を残しています。その冒頭で、左京の賑わいと右京の廃れ具合を描写しているのですが、左京の一条から四条がいかに高級住宅街であったかも書いています。といっても、庶民階級がそのあたりには住まなかったというわけではありません。上流階級の人たちに奉仕する人たちは当然そのお屋敷の近くに住んでいたのです。
それにしてもやはり五条、六条あたりになると下級役人や庶民の家が多くなり、伴大納言絵巻の登場人物である右兵衛舎人などは七条の長屋に住んでいました。

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玉男讃へ 

吉田玉男、桐竹勘十郎。このおふたりが、文楽人形遣いとして私が最初に出会った名人でした。
ひとたび消えたそのお名前が再び世に出るというのは伝統芸能ならではのすばらしさです。ひとあし先に勘十郎、そしてこのたび玉男の名が戻ってきました。
新しい玉男さんは時代物の大きな人形を持たせたら力強く動じない魅力があります。私は何度もこの人の遣う人形には「背骨が通っているようだ」という表現をしてきました。
「金閣寺」の松永大膳など、ほんとうに骨太。カルシウムたっぷり。ですから、動じない役の毛谷村六助、菅丞相などもとてもいいと思います。

    人形に背骨通して玉男かな

今回の熊谷直実は制札と首桶を持っていっぱいに手を広げると大柄さがさらに引き立ちます。先代師匠はこういうときの格好よさが無類で、観ているこちらも下腹に力が入るようでした。二代目もその衣鉢を継いで性根も形もよく、なかなかお見事です。
次の機会には玉男さんの熊谷、勘十郎さんの弥陀六を観たい。勘十郎さんの奔放に動く弥陀六なら熊谷といいコントラストになるはずですし、これに和生さんの相模、清十郎さんの藤の局と揃うとさらにすばらしいものになるのではないかと思います。

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よかった 

二世吉田玉男襲名披露狂言は『一谷嫰軍記』「熊谷陣屋」です。「嫰」という字は「若い」という意味がありますから敦盛と小次郎が重要な人物であることが暗に示されているのでしょう。
この演目は豊竹座初演ですから「陣屋」の段切の派手な節付けなど、いかにも東風。義太夫節には

    「風」

というものがあると知りながら実感できていなかった時、この「陣屋」を聴いて目から(耳から?)鱗が落ちました。これが東風なんだ、と。
院の御胤である敦盛のために我が子小次郎を殺すという一世一代の大芝居を打った熊谷が出家を果たし、一方、弥陀六は敦盛がまた平家の残党を集めて報復したらどうするかと義経に迫り、義経は天運次第だと応じます。どん底の悲しみを肚に収めて来世に向かう者となおも現世の修羅場に生きようとする者。相容れぬようでありながら、実はこのふたつの心性は一人の人間に同時に内在し得るものだと思います。それをこの浄瑠璃があらわにしていき、聴き手は

    混沌

の中に引き込まれて葛藤せざるを得ない。その時に生ずる、過呼吸にもなりかねない昂揚の中で幕が引かれると、聴衆はもはや熊谷の悲しみにとどまらず、熊谷の、弥陀六の、義経の、藤の方の、相模の中に自らを観じて芝居そのものと一体化するのではないでしょうか。

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熱血先生 付860,000 

学校の教員はヒマ、というのはウソです。当事者が言っても説得力がありませんが、授業さえやっておればあとは居眠りしていても勤まる仕事、と思われたらやはり納得が行きません。
2011年に26歳で過労死した堺の中学の先生に労災が認められたというニュースがありました。労災の認定はご遺族にはささやかな慰めにはなるでしょうが、だからといってご本人はもう帰ってこないのです。労災の問題だけでなく、なぜこういうことが起こるのかをこの際考えておかないと、いくらでも同じことを繰り返す可能性があります。
まじめな人には仕事がどんどん重なり、この先生のように

    悲惨なこと

になるのだろうと思います。ご本人も若さゆえにまだまだできると思って頑張り過ぎたのかもしれません。この方は学校での残業のほか、家でも相当な時間を割いて仕事をしていたのでしょう。それにしても過労死するほどの仕事がなぜこの熱血先生に課されたのか。個別の問題でなく、一般論として言うなら、教育現場での協力が少なすぎるのではないかとさえ思えます。
学校の教員もさまざまです。こういう熱心な先生がいる反面、中には仕事を人に押し付けるのだけがうまい、という、たちの悪い教員もいます。概して生徒の評判も芳しからず、しかし「それは生徒が悪いのだ」と

    責任転嫁

するタイプ。学校だけではなく、どの社会にもいるでしょうけれども、こういう人が熱血先生を追いつめていったということはなかったのか。
以下は愚痴になりますので、無理にお読みいただきませんように。

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聖書 

私はクリスチャンではありません。事実上の無宗教で、法事の時のみ数珠を持つエセ仏教徒です。釈迦もキリストもマホメットもすべて立派な人だとは思いますが、彼らの言う神も仏も私は信じていないのです。だからといって

    宗教心

がないかというとそうでもないのです。この宇宙なんて、どうやってできているのか、なぜ地球があって生物がいるのか、どうにもわかりません。科学的には説明のできることも多くなってきているでしょうが、何かの意思が働いているのではないか。仮にそれを「神の意思」と呼び、それによってこの宇宙は作られたのです、というのが真実であるなら、全部一気に解決しそうです。私の場合、なにかそういうものの意思を感じずにはいられない、という意味で宗教心があるのです。
自分の存在も先祖があるからこそであることは自明のことですから、その先祖に対して感謝や尊崇の念は持っています。墓参りも嫌いではありません。私の先祖はあまり古くまでは遡れません(というか調べようとしていないのですが)が、父方(阿部氏)は名前から言うと阿部仲麻呂や

    安倍晴明

につながるかもしれません(笑)。ということは葛の葉狐の眷属かも。いや、あるいは奥州で豪傑としてならしていたかもしれません。なお、ソーリ大臣とは縁つながりでないことを願っています。
それはともかく、学生時代から法華経(妙法蓮華経)や般若心経は岩波文庫で読んでいましたし、聖書は大学一年の時に勉強会であれこれ学びました。

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図書館長 

大学教員は、研究と教育一筋、というわけにはいかないのです。以前も書きましたが、最初の短大ではいきなり学生部の役職を命ぜられて、わけがわからないままバタバタとその仕事(大学祭、新入生キャンプ、学生生活の快適化全般)をこなしました。学生と大学との架け橋になるということで若手教員が担当することになっていたのですが、それでも新米にはきつかったですね。
もうひとつ、大きな仕事だったのが

    公開講座

でした。おりしも「生涯学習振興法」のできた頃で、学長が敏感に反応して推進されましたので予算も出ました。なかなかいい学長でした。そこで私も声をかけられて、企画室と一緒になって微力を尽くしたのでした。その第一回は広島らしく「平家物語の世界」。私は「小督」のお話をして、厳島神社に受講者の皆さんとご一緒して神社と平家の関係や卒塔婆石、さらには

    『平家納経』

について宮司さんや学芸員さんにお話をうかがったりしました。また『船弁慶』に『千本桜』をからめて「ゲストに文楽の太夫さんを呼びませんか?」と提案したところ学長もおもしろいと言ってくださいました。さっそく若手の太夫さん(今や60代の立派な方です)にお願いして遠路おいでいただき、お話を伺ったあとで実演もお願いしました。その翌年は「詩」をテーマにして、私は和泉式部のお話をしたほか、友人の松平盟子さん(歌人)をお招きしてお話をうかがいました。この時は短歌を詠むのが好きな学生がいましたので、「あこがれの松平さん」に引き合わせました。松平さんも喜んでくださり、学生も自作についてのご意見を賜った上、サインまで頂戴して感激していました。

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2015年文楽4月公演初日 

本日文楽4月公演が初日を迎えます。
言わずと知れた

    二代目 吉田玉男

襲名披露公演です。
古くからある名前ではありませんが、玉女さんが敬愛してやまない師匠のお名前を継ぐのはやはり大きな意味があると思います。昭和の文楽ファンとしては、なんといっても玉男と勘十郎の名前が揃うのが嬉しいです。私が文楽を観始めた頃は、別格の亀松、玉五郎を除くと玉男、勘十郎、清十郎、簑助、文雀がトップ5でしたから、このお名前がすべて揃ったことになります。あとは文吾、そして

    玉造

の復活も願いたいものです。三味線では弥七、松之輔、寛治、喜左衛門らがいらっしゃいましたが、今では寛治以外は名乗る方がいらっしゃいません。太夫は越路、津、南部、文字でしたが、これらの名前も今はありません。残念です。
披露公演は『一谷』の「熊谷陣屋」。そのほかに玉女さんは『時雨炬燵』の治兵衛も持たれます。
以前も書いたのですが、「尼崎」もあって、私はこちらも楽しみだったりするのです。

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クレイマー 

クレイマー

この間、病院に行ったら待ち時間が2時間近くになりました。予約診療なのですが、なかなか時間どおりにはなりません。あらかじめそういうことは見当がついていますから、本を持っていきます。この日もずいぶん快適に読書が出来ました。なにしろほかほかと暖かく、イスも割合にゆったりしていますので、市立図書館などよりははるかに楽です。この病院では長さ20cmくらいの

    ポケベル

を渡されて、順番が来たらそれが音とバイブと文字で知らせてくれます。院内のどこにいてもわかりますので、診察室の前で待っている必要もないのです。テレビの前は人が多いのですが、私は観ませんから、エレベーターの前にある一番ゆったりしたイスを選んで本を読んでいました。さすがに2時間近くも読んでいると気分転換したくなって、院内を散歩し始めました。すると最近よく見かける

    「ご意見と回答」

が掲示してあったのです。
「入院したが皆さんにお世話になってありがたかった」という感謝のことばもあるのですが、多くは何らかの要望で、各部署(事務所、看護部など)がそれに回答する体裁です。「待ち時間が長過ぎる」というのもありましたが、私もそう思います。予約しているのに2時間はないでしょう、と。もちろんこれは全面的に病院が悪いのではなく、ポケベルで呼んでいるのに来ない患者さんがいたり、高齢の方や足の不自由な方で診察室まで歩くのに時間がかかる人がいたり、あるいは急患が入ったりしますから、少しずつ延びてしまいます。また、医者も熱心に診察すると予定時間を超えてしまうのでしょう。

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能勢の名月 

大阪府豊能郡能勢町の浄るりシアターでは毎年6月下旬に地元劇団による人形浄瑠璃の公演をおこなっています。以前は浄瑠璃だけが伝わっていたのですが、浄るりシアターができたときに、当時の館長が次は「カンパニー(一座、劇団)」を作るとおっしゃっていました。
それが

    鹿角座(ろっかくざ)

です。今では太夫、三味線、囃子、人形とフルに揃っているのです。
今年は6月27日(土)、28日(日)のいずれも午後2時開演だそうです。
もうこの劇団は何度上演なさったかわからない、能勢名物といってもよいであろう

    能勢三番叟

で幕を開けます。
太夫、三味線、囃子を大人が、人形を子供が演じられるそうです。
そして「三味線・囃子組曲」。最初の頃は三味線がなかなかうまくいかないこともあったのですが、めきめきと腕を上げられる方があって、その後もきっと充実した演奏をされてると思います。

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文化のしもべ 

しもべ=下僕、という語はなんだか封建的で、身分制度すら思い起こしてしまそうです。
しかし今でも精神的な意味では生きている言葉ではないかと思います。たとえば私は「学生のしもべ」でありたいと思います。といっても、学生に会ったら頭を下げて道を譲るとか、彼女たちが授業中に内職しようがおしゃべりしようが、何をしても我慢する、という意味ではありません。むしろ叱るときは叱る、という気持ちで

    彼女たちの成長

を助けたい、という、ごくあたりまえのことを言っているのです。
しもべ、というとご主人様にお仕えするわけですから、常に平身低頭しているようですが、申すまでもなくそういう意味ではありません。私は授業中に彼女たちに尊敬語はほとんど使いません。使うのは丁寧語くらいです。公開講座で一般の方にお話しするときとはまるで言葉遣いが違います。それはそのほうが学生たちとの関係にふさわしいと思っているからです。そういう表面的なこととは関わりなく、私は学生のしもべであろうと思います。

あまり熱心な新聞読者ではない上に、よその町のことに関心が薄いということもあって、最近ほとんど大阪市のもやくやに注目していません。
ところがどうしてもFacebookなどで意見を述べる方がありますから、いくらかのことは目に入ってきます。
1月か2月かは忘れましたが、大阪の市長が「文楽などを活用して

    ミナミの活性化

を」というアイデアをミナミの会合か何かで発言したという記事を読みました。プールがダメになって、選挙も近いからなんとかしなければという思いがあったのでしょうか。

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