紙芝居(2) 

私が小学生の頃も紙芝居を見せてもらったことはありましたが、先生によってはあまり上手に語ってくれない人もあり、やはり語り手によってずいぶん違うものだということもその当時から思っていました。この先生の紙芝居はおもしろいぞ、というときはわくわくしたものです。
必ずしも声色のようにしなくてもいいのですが、登場人物の感情が伝わらないようではおもしろくありません。強弱、高低、明暗、緩急も大切です。男も女も、老人も子どももいます。地の文もあります。これらをうまく語り分ける・・って、こうなるとほとんど

    文楽の太夫さん

と同じような感じです。
ただし、紙芝居の場合は、それと同時に演技の必要があります。もちろん、実際には

    紙を抜く

という行為に他ならないのですが。そんなもの簡単じゃないか、とおっしゃるなかれ。これが実はなかなかの技術がいるのです。
紙芝居の裏側にはせりふなどが書いてありますがそれとともに「抜きながら」「さっと抜く」「ゆっくり抜く」「途中で止める」などという注意書きもあります。さらに自分でも工夫すると、紙を抜くことだけでかなり練習する必要があるのです。

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教え子さん 

ときどきこのブログにコメントをくれる教え子さんがいます。どこかで書いたような気がするのですが、もう忘れてしまったので(笑)ここに書き留めておきます。
この人はおそらく私が教えた人の中で一番付き合いの深い人になると思います。
というと誤解されかねませんが、彼女は今では立派な人妻(っていう言いかたは変ですかね?)で、関東で元気に暮らしています。
実はこの人は私が若き日に

    非常勤講師

として教えに行った大学の学生さんだったのです。
ですから、会うのは週に一回、授業時間内だけ。
しかも彼女が3年生の時だけでしたので、ほんとに短いお付き合いだったのです。
ところが、どういうわけか話が合って、文楽の話とか(二代目玉男さんが割合にお好き)、平安時代文学の話(彼女は

    伊勢物語

が卒論)とか、その他いろいろ話をさせてもらってきました。
結婚されるときには相手の方の話もずいぶん聞かされたものでした。

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いいかげんな授業 

仕事がもう切羽つまっています。
学生風に言うなら

    つんだ!

という感じです。
時間がなくて、土日も授業の予習に明け暮れています。時には授業開始直前までパワーポイントの修正などをしています。
自分では一生懸命のつもりなのですが、こういうことをしていると必ずどこかにしわ寄せが来ます。
一番その影響があるのは先日も書きましたように水曜日の午後の授業で、週の半ばにして8コマ目という授業のため、疲れが重なり、半分寝ているような状態です。
そしてさらに

    公開講座

の授業にも影響が出ています。
一般の方が相手なので、学生相手の授業とは違った意味できちんとしなければならないのですが、やはりぎりぎりまで予習をしていたり、プリントを作り損ねたり、さんざんです。
皆様方には大変申し訳なく思っております。
しかし大学はそんな私になおも仕事をしろと言ってきます。もう勘弁してくださいと言ったら、業務命令だそうで、逆らうとクビですかね。
その仕事は秋以降なので、後期の授業が思いやられます。
いっそういい加減な授業になりはしないかと不安がたまり、夏休みのうちにさらに予習をしておかないとまずいだろうと思っています。

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発熱 

すみません、またぼやいてしまいます。
水曜日が終わるとほんとうにぐったりしてしまいます。今週の水曜日も同じでした。
どうにも体がだるくて、残している仕事を目いっぱい片付けようと下のですが、夜10時半ごろにはもうまぶたが重く、また明日のことにしようと決めて寝ることにしました。
目が覚めたのはなんと12時30分。14時間も寝たのか! と思ったら、外は真っ暗。夜中の

    0時30分

でした。しかも体が熱っぽくてだるさが抜けていません。菜禅こんな時刻に起きたのか、自分でもわからないくらいでした。
どうも、疲れて眠りが浅くなっているようです。
しかし寝なければ体がもたないと思って、とにかくじっとしていたらなんとかうつらうつらとしてきました。
次に起きたのは3時過ぎ。まだまだ寝るぞと思ってさらに目を閉じたところ、次に5時に目が覚めました。

    これですっきり

したかな、と思ったのですが、やはりいまひとつ調子がよくないようです。
しかも気になるのはからだの熱い感じ。気温も高くなっていましたが、それだけではないようでした。

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稽古は終わった 

奈良市の幼稚園に行って文楽人形劇を子どもたちに観てもらう、かなり大胆な試みを続けて5年目です。
毎週木曜に幼稚園に行っては2時間あまりの稽古をします。わずかに4回。初めて人形をもつ方も多く、なかなか難しいです。
しかも私の要求がそこそこ高いので、皆さんには

    無理難題

を言っているのです。
その稽古が終わり、7月2日にいよいよ本番になります。

チラシ


こんな案内もつくっていただき、地元の方にいくらか配られるようです。毎年、部屋がいっぱいになるくらいおいでいただいています。
「文楽鑑賞」と書かれているのでいささか困るのですが(私の意識としては「文楽人形劇」です)、まあ、ご愛嬌の範囲ということで。

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紙芝居(1) 

小学校低学年(だったと思うのです)のころ、家から5分くらいのところにあった空き地(だったと思うのです)に紙芝居屋さんが来ていたのを見たことがありました(と思うのです)。飴売りの余技というわけではないのでしょうが、実際は飴を売って紙芝居を見せる商売(だったと思うのです)で、かすかに

    飴を舐めている自分

を思い出すことができます。
紙芝居はさほど古い歴史のあるものではないらしく、現在のスタイルが成立して80年あまりのようです。明治、大正時代にもあったのかと思っていましたが、そうでもないのですね。
飴売りは、何かとおもしろいことを言ったり見せたりすることで子どもを惹き付ける必要があったはずです。それが紙芝居という、こどもにとってえもいわれぬ魅力のあるパフォーマンスと結び付いたら強いものだと思います。なかなか理にかなった商売だと思います。紙芝居は本の数分で終わりますから、効率も悪くないでしょう。
そういう商売のみならず、

    教育

としても生かされることがありました。何しろ昭和の初めという、戦時体制に向かう折から、そういう教育(というより教化という感じでしょうか)にも用いられたようです。今は逆に「戦争は二度としない」という平和教育に用いられたりもしていますから、なんとも皮肉というか不思議な話です。

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佳境にはいってきました 

幼稚園での文楽人形の稽古もいよいよ明日で最後です。
吹田から茨木、摂津を経て鳥飼大橋を渡り、守口や門真、四条畷、大東などを経て阪奈道路の急カーブをものともせず、奈良まで走ります。すっかり

    下の道

に慣れて、もう高速を走ろうなどという気にはなりません。道も一切迷いません。朝、混雑するのは中央環状の吹田インター出口のあたりから茨木市、せいぜい摂津市までです。鳥飼大橋まできたらもうあとはすいすいです。
阪奈道路の山道も、朝早い時間帯に警察の姿を見たことはありません。とはいえ、上り坂はスピードを出したくても出せませんが。
というわけで奈良に着いたら早速稽古、みなさん

    やる気満々

ですから、私も負けていられないのです。ほぼ内容は把握していただいていますので、あとは細かい動きを整えるばかりです。
今年は男性の参加があり、雰囲気がまたいくらか違っているようです。
いつも前日は授業で忙しいのですが、心は半分奈良です(笑)。

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仮眠室 

このところ、「忙しい、忙しい」と、そんなことばかり言っています。
実際のところ、この程度の忙しさは以前にも経験していますが、何しろ働いたあとの疲れ方が以前とは比較になりません。以前なら疲れがたまることがなかったのに、最近はさすがにそうもいかなくなってきたように思います。
だいたい12時間仕事場にいて、家に帰るとまた寝るまで仕事。電車で通勤する日は座席が空いていたら座って仕事。こういうことをずっと繰り返していますので、気分も滅入ってしまいそうです。
疲れて眠れないこともあり、

  10時に寝て3時に起きる

などという日も珍しくありません。起きたらしかたなく仕事(笑)。
そんな状態ですので、何とか休養を取りつつストレスを発散せねばなりません。豪華な食事にぐぐぐっとビールでも飲めればいいのですが、そういう余裕はありませんので、結局は寝るのが唯一の休養ということになります。
しかし前述の通り、あまりぐっすり眠れないこともあり、授業中に

    学生と一緒に

寝落ちしてしまいそうなことがあります。学生は寝る、私は寝る、というのでは授業になりません。私だけは起きていなければならないのです。

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ごんべえさんの『おさむらいでござる』(3) 

ごんべえさんはおおむね私自身をモデルにしています。あまりうまく生きられないけど、生きているからにはできるだけのことはしようと思っています。しかし、現実にはうまくいかないことだらけで、いつも何か迷ったり悩んだりしています。孫のような園児たちに、そんな不器用な人間がいることを伝えることができればと思います。
では、いよいよ最後までの台本です。


ご もしもし、娘さん、大丈夫かな。
も ごんべえさん、このお薬を飲ませてあげてください。
ご うん。
染 はっ。これはこれは、どうもありがとうございました。
ご いやいや、おさむらいさんとして当たり前のことをしただけだ。いったいどうしたのかな。
染 はい、私はお染と申します。おとうさまをひどい目に遭わせた悪い人を探しているのです。でも、その人の顔も知らず、名前だけしか分からないので、なかなか見つかりません。とうとう、お金もなくなって、今日は朝から何も食べていなかったので、倒れてしまいました。
ご かたきうちじゃな。それはたいへんじゃ。しかし何も食べないとからだに悪い。よろしい、私の家にはご飯もキュウリもカボチャもあるから、今から食べにきなさい。
染 ありがとうございます。ところで、あなたのお名前は。
ご 拙者の名前? ええっと、なんじゃったかな。ふん、ふん、うおっほん。拙者の名前は帝塚山権左衛門。
染 ええ! 帝塚山、権左衛門・・・。帝塚山、権左衛門・・・。それではあなたは、お父様のかたき!
ご ええ! いやいや拙者はそんなものではない。
染 今になって言い訳をするとはひきょうもの。お父様のかたき!

 (しばらく無言劇。立ち回り)

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ごんべえさんの『おさむらいでござる』(2) 

このお話のタイトルは、最初は「ごんべえさんの『おさむらいになりたい』」にしていたのです。でも、「ござる言葉」を印象付けたいという思いや、そのほかの理由でこんなふうに変えました。子供たちはわりあいによく「ござる言葉」をしっているようで、花かばさんからも「テレビの戦隊もので流行っている」というお教えをいただきました。これは助かります。前半におこなう「ぶんらくにんぎょうのおはなし」でも少し触れますので、きっとわかってくれますね。
では、引き続き、「ごんべえさんの『おさむらいでござる』」の台本を書いておきます。


 ごんべえさんはいっしょうけんめいお願いしました。モグリンは、すこし考えたあとで

も わかりました。ではごんべえさんがもとに戻りたいとおっしゃるまで、おさむらいさんにしてさしあげましょう。
ご 戻りたくなんかなるものか。もう、ずっと、ずーっとおさむらいさんでいたいんじゃ。
も はいはい。では、ごんべえさん。そこに立ってくださいな。
ご よしよし、これでいいかな。
も はい、ではいきますよ。もぐりん、もぐりん、ぐりりんぱ。ごんべえさんはおさむらい。

  (ごんべえ、武士の姿に変身)

 ごんべえさんはあっというまにおさむらいさんになりました。

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ごんべえさんの『おさむらいでござる』(1) 

奈良市の幼稚園で文楽人形劇を上演するようになって5年目です。
その間、奈良の方では新聞に載ったりして、そこそこ知られるようになっています。教育委員会の人や近くの中学の先生が視察に来られたりもしています。
今年は人形を遣ってくださる方が少なくて、ちょっと不安なのですが、何とか稽古を重ねていいものにできればと思っています。
今年は、表題の通りのタイトルで、野菜作りをしているごんべえさんが武士になりたいと思い、

    もぐらのモグリン

の魔法で変身するお話です。
もぐらのモグリンは去年の芝居で使ったキャラクターなのですが、私がけっこう気に入っているものですから、今年も使いたいと思っています。
ごんべえさんは、野菜作りはなかなかうまくいっているのですが、どうも最近腰や肩が痛くて、それに毎日同じような仕事を繰り返しているのがいやになってきたのです。それに引き換え、武士というのは農作業もせずに威張り散らして

    楽な暮らし

をしていると思い込んでいます。そこで、馴染みのモグリンに頼んで魔法をかけてもらって武士になり、楽な暮らしをしようと思いつきます。見事変身はできるのですが、とんでもないことに巻き込まれてしまうのです。
今年も覚書として、その台本をここに書いておきます。

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命蓮参上(3) 

信貴山に命蓮という僧がいたことは確実です。彼が描いたと言われる文書も残っています。それによると彼は9世紀の終わり頃にこの山に入ったらしく、その時は毘沙門天が祀られていただけだったと言います。彼はそのためにここで堂宇をつくり、本格的な寺にしたと伝えられています。
その一方で前回書きましたように、説話集の中にも彼の話は伝えられているのです。
遠回りになりますが、『今昔物語集』に描かれる「明練」という僧のことも書いておきます。「常陸国」の僧であった明練は全国を行脚したあと大和国に来ます。すると

    

が見えるのです。その雲のある場所に行くといわくありげな石の櫃があったので、彼はここで修行することにします。食べるものは鉢を飛ばして人々から恵んでもらっていました。
こうして建てた寺が今の信貴山寺(朝護孫子寺)だというのです。
さて、今回問題にするのは別の『古本説話集』に載っている命蓮の話です。これによると「信濃国」の僧である「命蓮」が田舎では戒も受けられないので、大和にある

    東大寺

とやらいうところで受戒しようと考えて無事その目的を果たします。しかし、信濃に帰るのは不本意なので、どこかこのあたりで修行しようと考えます。すると東大寺の南西側に紫の雲が見えたのでそこに行きます。ここで命蓮は庵を結んで修行を始めるのです。食べるものはやはり鉢を飛ばして得ていました。

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小銭病 

私は語学が苦手なのです。しかし、大学時代は第二外国語、第三外国語の手ほどきだけは受けました。第二外国語でドイツ語、第三では中国語を取りました。そのほか、個人的に韓国語を学んだのですが、すべてものになりませんでした。それでもドイツ語は、不出来だったとはいえ2年間学びましたので、ドイツオペラやドイツリートなどを聴く時にはなんとなく意味が分かっておもしろいものでした。パパゲーノの「恋人か女房が」(モーツァルト『魔笛』)を、ドイツ語を学んだあとで聴いた時も、

    日本語字幕

さえ見れば原語が耳に馴染んだことを覚えています。
イタリア語という選択肢がなかったのが残念でしたが、もしそういうのがあって学んでいたら、もっとオペラが楽しくなったのかな、とも思います。「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」(モーツァルト『フィガロの結婚』)など、スコア(総譜)と原語を見ながら聴いたこともあった生意気な学生でしたが、肝腎のイタリア語がわからず、なんとなく「これがこういう意味なんだろうな」と推測しながら聴いたものでした。
昔、「えせインテリ」の学生は隠語のようにドイツ語を使ったようです。

    アルバイト

なんて、まさにそういう形で普及したものなのではないでしょうか。ドイツ語でお金のことは「Geld(ゲルト)」ですが、これも「ゲルピン」などという隠語に利用されたようです。「ゲルト(お金)」が「ピンチ」という意味だそうですが、ドイツ語も英語もごちゃごちゃになっています。ゲルトが貧困になったという意味だとも言われますが、定かではありません。

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少ない練習で 

奈良の幼稚園の文楽人形劇は楽しいのですが、なにしろ練習時間が少ないという問題があります。私が奈良か、せいぜい東大阪あたりに住んでいればもっと何度も行けるのですが、距離だけはどうしようもありません。
しかし、稽古時間が少ないことは必ずしも悪いことではないのです。少ないからこそその時間はしっかりやろう、という、いわゆる

    集中力

が高まります。
また、全員が集まる時間が限られるなら、個人であるいはグループで稽古しようという気持ちになってくださるようで、台本を読み込んだり、イメージトレーニングをしたり、パート練習をしたりできるのです。
私もまた、ひとりになることでアイデアをさらに練ることができます。そのアイデアをつぎの稽古のときに持っていって実現できるかどうかやってみる、ということもあるのです。
これはこの催しのことと限る話ではなく、

    即かず離れず

が物事をうまく進めるためのコツともなる、という真理に通ずるだろうと思うのです。
さて、明日もまた稽古です。

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命蓮参上(2) 

おそらく命蓮は召されて祈祷をおこなったのでしょうが、いかに修験に力があったとしてもこの病気は簡単には癒えなかったようです。命蓮が召された約一か月後の九月二十二日、醍醐天皇はついに

    譲位

するのです(朱雀天皇になります)。
そしてその七日後の九月二十九日、病状は深刻を極め、大赦がおこなわれたうえ、天皇は出家します。出家するのは仏の加護を得て病気を治そうとするためです。しかしそれもこれも徒労に終わり、同じ日に醍醐天皇は崩御します。
結局あの落雷からほぼ三か月、醍醐天皇は苦しみに苦しんでこの世を去ります。道真の祟りとすればあまりにもすさまじい力と言うほかはありません。もちろん、実際は落雷が心身に与えた影響による病気で、肺炎などを併発したのかもしれません。しかし時の人は

    怨霊のしわざ

と考えて、相当なショックを受けたはずです。『北野天神縁起絵巻』にはこの落雷の絵が描かれていて有名です。
さて、この命蓮という人は『扶桑略記』に「修験の聞こえ(評判)」があるといわれており、山岳信仰と仏教、特に密教がひとつになったような修験道を極めた人だったようです。ただ、この人の効力をもってしても醍醐天皇の病気は回復しなかったのですね。

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能勢の浄瑠璃(1) 

愚痴のようにしょっちゅう申しておりますが、今月は忙しいです。そもそも6月というのは土曜、日曜以外は学校が休めない唯一の月です。10月もあまり休めない月ですが、私の場合6月の方がはるかに忙しいのです。
通常の仕事に加えて週に一回は奈良市の幼稚園に行きますし、文楽鑑賞教室もあります。
さらに月末には大阪府豊能郡能勢町の

    浄るりシアター

で地元の皆さんによる公演を拝見するつもりです。
そのほかにもいくつか出かけなければならない用があり、ふらふらになって7月後半を迎え、その結果また文楽夏休み公演の時に体調を崩しているのではないかと今から心配でしかたがありません。
その浄るりシアターの公演なのですが、以前も書きましたように8年ぶりに私がお手伝いした作品が上演されます。

    上演権を放棄

してほしいという前の館長からの要望で、私の手からは離れていますので、おそらく私の名前は出てこないと思います。まして、上演されたからと言って私には1円のお金も入ってきません(笑)。それでも私にとっては思い入れのある作品です。
能勢の浄瑠璃が、そして能勢の町が長く繁栄しますように、という作品を書こうと思い、今から20年ほど前に書いたものです。舞台は能勢町にある「野間の大けやき」と「名月峠」です。

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朧月夜 

源氏物語の若菜上(わかな じょう)巻を一般の方々と一緒に読んでいます。
おもしろいてす。
40歳の光源氏が25年ほど年下の内親王と結婚したことで広がる波紋。それはやがて大事件になるのですが、そこに至るまでにあれこれ小さな波も立ちます。
光源氏は20年前に桜花の宴で一人の女性と出会いました。官能的といえそうな媚態もみせるこの女性は

    朧月夜

と言われる、当時の右大臣の娘。左大臣の婿である光源氏とは、ちょっとしたロミオとジュリエット。
二人は1か月後の藤の花の宴でも姿を認めあうのですが、この時は人目がありました。
そんな二人はその後も忍び逢うのですが、彼女は光源氏の兄でもある天皇の尚侍(ないしのかみ。事実上の妃)となる人なのです。
ある夜、雷鳴の中で密会していると、娘を案じた右大臣が様子を見に来ます。するとそこには男の姿。いわば

    間男

です。
さすがに大問題ですから、光源氏も覚悟を決めて須磨に退去します(のち、赦されて都に戻る)。
朧月夜は予定通り天皇の尚侍になりますが、光源氏への思いを捨てたわけではありません。
そんな関係の光源氏と朧月夜が、20年後にまた中年、いや、初老の恋を再燃させるのです。

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老いの入舞 

蠟燭の最後の一閃というよりはこちらのほうが好きな言葉です。
松井今朝子さんの小説にもまさにこの題のものがあります(松井作品のタイトルは、厳密に書くと『老いの入舞い』)。
舞台からはける前にもう一度中央で華麗に舞うのが入舞(いりまい)。年老いてもうひと花咲かせるのが老いの入舞です。松井作品は、大奥勤めから出た女性が江戸麹町(今の国立劇場の近く)に住み、そこで事件に巻き込まれていく連作です。その最後の一編が「老いの入舞い」で、主人公は

    昔取った長刀

で華麗に舞うが如く立ち回りまでしてみせます。松井さんご自身もそこそこの年齢になられて、いくらか同じ心境になっていらっしゃるのかな、と勝手な想像もしています。しかし松井さんはこれまでに多くの花を咲かせていらっしゃって、その点私とはまるで違います。私の場合は最初で最後でもかまわないのです。ささやかでもいいので、ひとつ

    花を咲かせたい

という思いが強くなっています。
ほんとうは1万部くらい売れる本が書きたいのですが(笑)それは無理です。そもそも才能がない上に、今は本が売れない時代になっています。書籍編集者の人にうかがうとそれはもう深刻で、ごく一部の著名な人が書くものか、奇抜なテーマや内容のものか、その他何か特殊な条件がないと売れないような話です。
文楽劇場を湧かせるような芝居も書きたいのですが、それもまた夢です。

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梅酒 

生活のためとか何とかいうより、遊んでいるとしか言いようがありません。
先日、梅の実を収穫したと申しましたが、結局

    梅酒作り

に挑戦してみました。
うちの梅の古木はいつも実をつけているような気がしていました。花かばさんに「梅は一年おきですよ」と教わったのに、なぜだろうと思っていたのです。よく見ると、梅ノ木は二本ありました(笑)。連理の梅というわけではなくて、どうもくっつくようにして成長していて、私がほとんど無関心だったものですから、そんなことにも気づかずに今まで過ごしていたのでした。
というわけで、今年も梅の実はかなり生っていました。
高いところは割合に得意なのですが、さすがに梅の木のてっぺんまでは届きません。垣根によじ登って取れるところからどんどん収穫し、結局約100個。重さにして

    1400g

採れました。中には傷のあるものもありましたので、全部を使うわけにはいかず、1000gちょっとを選びました。

梅1

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奈良通い 

毎週奈良に行っています。
ずっと高速で行っていたのですが、このところ、その必要性があまりないことがわかってきました。
私は朝早いのは平気なので、いったん仕事場に行って、時間を見計らって奈良まで行きます。朝なので2時間くらいかかると思っていたものですから、最初は高速ばかり使っていました。ところが高速も途中までけっこう込んだりして、すいすいというわけには行かないことがありました。また東大阪のジャンクションで阪神高速に入るのですが、一度このジャンクションが閉鎖されているのに気づかず、

    八尾

まで行ってしまったこともあって(笑)、冷や汗をかいた経験があります。
ためしに下の道(一般道)で早めに出たところ、なんと1時間10分くらいで着いたのです。高速ならうまくいけば50分くらいなのでさすがに早いですが、渋滞に遭ったり八尾まで行ったりしたら(笑)大差ありません。それなら最初から一般道でもいいかな、と思うようになりました。
なんといっても道を覚えられますし、高速代がタダ!
難関は

    生駒越え

で、ヘアピンの連続です。人を乗せていくのはつらいですが、一人ならどうってことはありません。
少なくとも今は帰り道はあまり急がないのでほぼ一般道です。
どの道が楽なのかはわからないのですが、阪奈道路から170号線、163号線を経て門真に出て、あとは近畿道に沿って中央環状を吹田まで、というコースで帰っています。

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野菜は育つ 

忙しいです。全然休んでいません。5月15日に葵祭に行ったのが最後の休み、という感じです。
ビール飲みたいです。実は先月久しぶり(4か月ぶり)に2日間だけ飲みました。贅沢をしてしまいました。もうしません(笑)。
毎朝家を出るのは早い時で6時前。遅くて6時半です。帰るのは早くて8時半、遅いと9時を過ぎます。そんなわけで(というのは言い訳ですが)、

    プランター

を見るのがなかなか大変です。毎朝様子を見ていますし、水遣りはきちんとしていますが、うっかりすると忘れてしまいそうです。
それでもピーマンはどんどん大きくなっています。
脇芽の処理とか伸ばす枝の支柱への誘引とか、こういうのが楽しいのですが、あまりしっかりできていないのではないかと心配で、何とか時間の取れる日曜などに液肥をやりつつ面倒を見ています。
5月の下旬には一番果ができました。最初のものは

    早採り

をすること、とあちこちに書かれていますので、従順な私はそのとおりにしました。
なんでも、幼い株に負担がかかるので、1番果は早採りするのだそうです。
一番果に続いて花が次々に咲いてきています。

ピーマン2015 5 24
↑一番果。このあとしばらくして収穫しました

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土曜日 

昔は週休1日でしたから、サラリーマンの方々は土曜には出勤されました。半ドン、要するに半日だけ働くというものでした。学校も土曜は昼まで。日の高いうちに帰る土曜日はなんとも清々しいものでした。私が子どもの頃は土曜日に早く家に帰ると、テレビの

    道頓堀アワー

というのを観ていました。
角座からの寄席中継でしたが、松鶴、捨丸・春代、ダイマル・ラケット、A助・B助、いとし・こいし、お浜・小浜、ワカサ・ひろし、ラッパ・日佐丸、はんじ・けんじ、伸・ハワイ、柳次・柳太、宮川左近ショー、横山ホットブラザーズ、かしまし娘、などが常連だったように思いますが、間違っているかもしれません。何しろ古い話です。昆布の松前屋の提供だったでしょうか。ヒガシマル醤油もスポンサーだったかな。そんなこともあやふやになってきています。
兄も妹も語り芸にはあまり興味はなく、観ているのは私だけ。別に大声で笑うわけでもなく、ただただじっと観ていたのです。「へ〜、こんなふうにしゃべるのか。このひと、もうちょっとこんな風に工夫すればいいのに」などと生意気なことを考える小中学生時代でした。

    三つ子の魂

で、それは今も変わりません。
その後、土曜も休みにするということになって、学校も土曜の授業はなくなりました。最近はまた高校などで受験に差し支えるからということで復活しており、文部科学省のいうことはいつもコロコロ変わりますから信用がおけません。

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子ども 

パソコンで「こども」と打って変換すると、「子ども」が一番に出てくるようになりました。
昔なら

    子供

と書いてこそ正しいのだといわれたような気がします。
しかし昨今の学生は、「『供』は主人に付き従う『お供(伴)』のことで、『おまけ』『お供えもの』といったニュアンスを伴うから『子ども』と書きなさい」と教わってきたようです。
ですから、私が授業で使うパワーポイントで「子供」という字を書いて見せたりするとすぐに「『子ども』と書かないとダメじゃないんですか?」という反応が返ってきます。
その反応の素早さを見ると、相当厳しくそんなふうに教えられてきたのだな、と思います。
いかにも、「と(ど)も」は本来「伴」「友」で、お供をする者、付き従う者、のことです。そこから複数をあらわすようになり、特に

    敬意を持たずに遇する

相手に使います。敬意を持つ場合は「たち」です。よって、「君」には「ども」は付かず、「たち」がついて「君たち」→「きんだち」となります。「物」を複数であらわす場合には敬意と関係ありませんから「文ども」「歌ども」のように「ども」を使いました。後の時代には自分のことを「身ども」というようになりますが、これも卑下する心から「ども」を用いているのです。

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藤原さん 

日本の文化と歴史の授業で鷹司(たかつかさ)家を話題にしました。
「この家はとても由緒のある家柄で、藤原氏の中でも近衛・九条・二条・一条・鷹司の五つの家は重要なのです」といいかけて、これでは学生はわからない、と気づきました。
「藤原さんでしょ、それがどうして鷹司さんなの?」と思われるであろうからです。
突然

    五摂家

などといってもわかってもらえるはずがありません。藤原氏が枝分かれして、さまざまな姓を名乗るようになったこと、その頂点ともいうべき五つの家柄があることなどを話さないと理解してもらうのは無理でしょう。このときはそれゆえにこの話は深入りせずにざっと流してしまいました。
落語の

     「はてなの茶碗」

には「関白鷹司卿」が出てきます。
なぜ関白が鷹司なのか、それは五摂家の家柄のみが関白になれたから、という話ができればまたおもしろいのですが、話を落語にもって行くとまたあらすじから説明せねばならず(笑)、蟻地獄に陥ってしまいそうです。

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写しています 

「うつし」という古いことばがあります。形容詞です。
現実にこの世界に目に見える形で存在する様子を言います。「うつし人」というと、この世に実際に生きている人。「うつし心」は(夢でなく)正気である様子。「ゆめうつつ」といいますが、あの「うつつ」も同じです。漢字を当てると「現」になります。
「うつし斎(いはひ)」というのは本来目に見えない神を実際の姿としてあらわして、その上でおまつりすることです。偶像などもそれにあたるでしょうか。

    うつる

はあるものがそっくりそのままの形で他の場所に現れること。ですから異なった形として現れる「変わる」とはまるで違います。その「うつる」の「他動詞形が「うつす」です。
そっくりそのまま別の場所に移動させる、ということで、「写す」「移す」「映す」「遷す」などすべて同じと言ってもよいのです。
ですから、そっくりそのまま、というのがポイント。みだりにかえてはいけないのです。
今年度も絵巻物を一般の皆様と一緒に読みたいと思っておりました。そしてすでに書きましたように

    信貴山縁起絵巻

を取り上げています。
昨年度読んだ『伴大納言絵巻』でも同じことを下のですが、気になるところがあると、絵を写すようにしています。かっこよく言うと「模写」ですが、そんなたいそうなものではないので、早い話がトレースです。

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博物館へのアクセシビリティ(2) 

割引がバリアをいくらかでも排除してくれるなら積極的におこなえばいいと思います。
「友の会」のような組織を作っての割引、交通機関とのタイアップでの割引、京都や奈良なら観光振興のために社寺や他の観光施設との協力による割引。こういうことがあれば、「観光のついでに博物館に行く」という発想も生まれてくるでしょう。最初は「ついで」でもいいわけで、そうやって体験を重ねていくうちに「博物館のついでに観光もする」という具合になることもあるでしょう。
割引というと高齢者割引、学生生徒割引、そして障害者割引もあります。
ついつい何事もおっくうになり、出歩くことをしなくなる社会的弱者に生き生きとした生活をしてもらうためにこういうサービスもあってよいと思います。
アクセシビリティを高めるためには

    バリアフリー

も重要です。最近はずいぶん進んできましたが、たとえば車いすの方のための配慮。段差のない会場設営、混雑を避ける工夫、車いすの使えるトイレ。そういうことがあると車いすの方は行きやすくなります。
公共施設のホームページを見ますと、多くの場合、バリアフリーの状況が説明されています。それを見て「自分も行ける」という気持ちになればやはり行動も軽くなるでしょう。
最近大混雑したというと

    鳥獣戯画展(京都、東京)

がありますが、あの混雑ぶりを見ると障害者の方は「自分には無理」と諦めてしまうかもしれません。内部障害で長時間立っていられない人もあるでしょうから、2時間待ちなんてとんでもない、ということにもなります。たとえば「○曜日の12時から30分間は予約された障害者のみご覧いただけます」というようなことがあってもよいかもしれません。

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博物館へのアクセシビリティ(1) 

必要があって、博物館について勉強していました。
ものを集めるというのは誰しも経験のあるもので、私も子どもの頃は記念切手を集めたりしました。当時は今のように多様な切手がありませんでした。私が好きだったのは「国際文通週間」シリーズで、歌川広重の浮世絵がよく用いられていました.今は地域独自の切手とか、ドラえもんの切手とか、ほんとうにさまざまですから、通常切手以外のものを徹底的に集めようとすると大変だろうと思います。
私の住む兵庫県宝塚市では宝塚歌劇の切手がいくらか出ていて、昨年は

    歌劇団100周年

の記念切手も発売されました。私は女性に手紙を出すときはできるだけこの切手を貼ることにしています。近くの郵便局ではいくらでも買えるのですが、やはりローカルなものですから、割合に喜んでいただけます。
こういうのは庶民レベルのささやかなものですが、王侯貴族などのお金持ちは著名な画家に絵を描かせたり、それらの絵を集めて楽しんだりしました。しかしそれはおおむね私的なコレクション。富裕層の誇りのようなものだったのでしょう。しかし近代以降の博物館になると公開を前提とした

    社会教育

のための施設という意味合いが濃くなり、貴族たちの宝物も美術館に入ってあらたな役割を果たすことになります。

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梅の実 

麦秋ということばはなかなか趣があります。「ばくしゅう」「むぎあき」どちらでもいいのですが、小津安二郎の映画は「ばくしゅう」ですね。俳句の季語としては「麦の秋」ともいいます。

    麦秋や子を負いながら鰯売り(一茶)
    野の道や童蛇打つ麦の秋(子規)

申すまでもなく、麦の収穫期ということで、今ごろの季節です。
小津映画『麦秋』ではラストの麦畑のシーンがとても印象的でした。人間は成長して老いていってまた新しい生命が誕生して、それがまた老いていきます。個々は別人格ですが、麦畑を見ていると人間もまた

    ひとつながり

のものなのだろうな、という思いすら抱きます。もの言わず、同じような姿をしている植物を見ると、「私とあなた」という対立関係ではなく、「わたしたち」というものがあるだけなのだと感じるのです。
ここ数年ほど、そんなことを感じるようになったためにプランターを触るようになったのもしれません。「年のせい」ではなく、

    「年が教えてくれる喜び」

なのでしょう。
あまり興味のなかった花にも最近心惹かれることが多くなってきました。「佐太村」の白太夫や「尼崎」のさつきと似たようなことをしている自分に気付くことがあります。

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山崎街道(4) 

ふたたび新幹線と阪急の下をくぐって西国街道側に行きます。森が見えると、それが水無瀬神宮です。
平日の午後ということもあって、離宮八幡宮はほぼ無人でしたが、水無瀬神宮も誰もいませんでした。ここに来るのもずいぶん久しぶりです。もとは後鳥羽院の離宮で、その後お堂になって、さらに神社になりました。後鳥羽、順徳、土御門の三人の帝を祀っています。承久の乱で人生の変わってしまった人たちです。

水無瀬神宮拝殿
↑水無瀬神宮

ふと振り返ると自転車にポリタンクを乗せた人がやってきました。そしてやおら蛇口のあるところに行くと水を汲んでいます。そうなんです、ここは

    離宮の水

として、名水百選に選ばれたところなのです。これはいい、かなり歩いたので喉が渇いていた私は、少しいただこうと思いました。すると私を追い抜くようにして別の人が来て、やはりポリタンクにペットボトルを数本持ってきて汲んで行きました。まあいいや、と油断していたら、さらに数人来られました。あんたたち、私にいじわるをしているの? と聞きたくなりましたが、どうやら五時までに汲むのが決まりのようで、実際それを汲んで夕飯にお遣いになるのでこの時間帯(四時半頃でした)が多くなるのでしょう。
ひとしきり汲んでいかれたあと、私も手に掬んで一杯いただきました。

    おいしい!

水無瀬川の伏流水だそうですが、実においしくて驚きました。ペットボトルを持っていれば500ccでも汲んで帰ったのに、と残念でした。

水無瀬神宮離宮の水
↑離宮の水の碑。この奥に蛇口があって水を汲めます。
 わずかに写っている自転車の人は汲んでいった地元の人です。

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山崎海道(3) 

離宮八幡宮に行く目的を果たしたあとで、『信貴山縁起絵巻』の「山崎長者」が信貴山を目指したということになっている気分を味わおうと(笑)、淀川(桂川)まで出てみました。西国街道を離れて阪急京都線とそれに並走する新幹線の線路をくぐって国道171号線を渡ります。車はけっこうビュンビュンと飛ばしています。
信貴山はここからほぼ真南になりますが、もちろん

    はるかかなた

で、何も見えません。ここから信貴山までほんとうに行ったら大変なことになるだろうと思います。逆に言うと、命蓮もこんなところまで鉢を飛ばさなくてもいいじゃないかと思うくらいです。しかしここに設定したのは、いかにも都の人の発想で、もし信貴山の人がこれを描いていたら山崎などを舞台にはしなかったのではないかと思います。それこそ信貴山の麓の「山里」の長者ということでなんら問題はなかっただろうと思います。
『信貴山縁起絵巻』といいますが、実際は信貴山の縁起を語るものではなく、

    命蓮という僧の奇瑞

を描いた説話絵巻というべきものなのです。どういう経緯かはわかりませんが、この絵巻が信貴山に伝わって「縁起」という名がついたのではないかと思います。

桂川から南側2
↑山崎側から淀川越しに南を見る

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