ペット 

愛玩動物ともいわれるペット。今は

    ペットショップ

というのが成り立つ時代で、犬、ネコはもちろんのこと、さまざまな鳥、ウサギ、フェレット、ハムスター、カメ、ヘビ、カブト虫、金魚・・・などが飼われ、売られています。私が子どもの頃、犬を飼うというと、どこかで生まれた子犬をもらってきて、というのが多かったと思うのですが、今は売買されるのですね。だからブリーダーという商売も成り立つようです。ホームセンターなどにもペットコーナーのようなところがあって、狭いところに入れられた小動物が

    値札とともに

展示されています。
その動物たちの目を見るとなんだか哀れを感じてしまう私はどうもそういう場所が好きになれなくて、あまりそういうところには近寄らないのですが、小さい子どもたちは動物園感覚なのでしょうか、とても喜んで観ているようです。一方ではあのグリーンアノールのように捨てられた挙げ句に駆除される動物もいます・・・。我が身を思うようです。

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遺棄されるものたち 

50年ほど前のことと言われます。小笠原の父島に、爬虫綱イグアナ科のグリーンアノール(Green Anole)が、おそらく

    ペット

として持ち込まれました。それが逃げ出したり遺棄されたりして野生化したようです。アメリカのルイジアナあたりが移入元だといわれます。それから15年ほど後には母島にも、さらに何年か後には沖縄にも入ったようです。
大きいのはオスで、全長20cmほどあり、メスは15cm前後。
自然に満ちて、餌になる虫も豊富な小笠原の島は、彼らには住みやすい土地だったのでしょう。オガサワラシジミ(蝶)、オガサワライトトンボ、シマアカネ、オガサワラゼミなどの

    固有種

の虫が次々に食べられていきました。固有種がどうのこうのということはグリーンアノールには何の関係もありません。その結果、これらの虫たちは絶滅やそれに近い状態になったのだそうです。
虫だけではありません。在来のオガサワラトカゲは食餌において競合する上に、その子どもはグリーンアノールに食べられることもあるのだそうです。
これは大変だ、小笠原の固有種の虫を守らねばならない、というので、哀れなるかな、何の罪もないグリーンアノールを駆除する施策が進められているようです。粘着トラップ(簡単に言えばゴキブリホイホイのグリーンアノール版)なども用いられるようですが、これはほかの動物を捕らえてしまう可能性もあるので慎重にしなければならないのだとか。

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色をつけないで 

夏休みの文楽公演で豊竹英大夫さんは「東海道中膝栗毛」を語っていらっしゃいます。
きっと英大夫さんのことですから、おもしろい入れごとをしながら子どもたちを喜ばせていらっしゃることだろうと思います。
入れごとというのはなかなか大変だろうと思います。太夫さんご自身がおもしろいと思われても、初日などは

    「もしウケなかったら

どうしよう・・・」という不安に駆られるのではないでしょうか。
うけないと、かえってしらけるかもしれませんからね。
英大夫さんはテレビコマーシャルなどを入れたり、子どもたちでも知っている最新の話題を取り入れたりして工夫なさってきました。
私は最近テレビと縁がなくなっていますので、今どういうことが流行っていて、どんなタレントさんが人気なのか、さっぱりわかりません。CMも知りませんから、流行語も全然ダメです。

    感じ悪いよね

    レッテル貼り

という言葉がはやったという噂も聞いていますが、これは政治のほうなので子供向けだとわかりませんね。

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道長の動き 

今年の夏は伴大納言絵巻についてさらに書こうと思っていました。
しかしもうひとつまとまりそうにないので、方針を変えて、

    藤原道長

について書こうかなと思っています。ひとつは藤原公任とのかかわり。
『御堂関白記』(道長の日記)や『小右記』(藤原実資の日記)『権記』(藤原行成の日記)などを丹念に読むことでいくらか見えてくるものがありますので、さらにそれを読んで、あくまでも文学研究の視点を失わずに読んでみたいと思っています。
もうひとつは道長の

    金峯山参詣

にいたるまでの心の動きをこれまた『御堂関白記』などからさぐってみたいと思うのです。こちらもまずは資料を整理して、その上で読み込んで、さらに参考文献に当たって、という作業をしなければなりません。
ほんとうはあちこちの図書館に行きたいのですが、なんだか、大学は5日間しか休みがもらえないらしく、せいぜい研究日を生かして出かけようと思っています。

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道行の美学 

十一月に吹田市の市民大学で何か話をしてほしいと言われています。もうこのシリーズは何年になるのか分かりませんが、私は毎年お話をしています。というか、私は「依頼されたら断らない」という主義なのです。「できない」と断る方も多いと聞いています。偉い先生はそういうものだと思います。しかし、私のような者は断ったら二度と呼んでもらえませんから、二つ返事で引き受けてしまうのです。
というわけで、偉くない私は、さて源氏物語か、藤原公任か、平安時代の庶民生活か、と考え始めました。ところが依頼者の方から

    「文楽について」

という指示がありました。
専門家ではないので、文楽のお話をするのは気が引けますし、自信もないのです。明石の君のような謙虚さで言っているのではなく、ほんとうに不安なのです。
思い起こせば、去年もそういう指示があって、悩み抜いた挙げ句、西鶴の『好色五人女』などを使って

    「八百屋お七」

についてのお話をこじつけ(笑)て、さらには卒業生の人に手伝ってもらって文楽人形をお見せすることでなんとか務めを果たしたのでした。今年も、と言われると、さて困った。お夏(清十郎)とかおさん(茂兵衛)とか、やはり西鶴先生にお世話になろうかと思いましたが、それでは芸がないかなとまた悩み始めました。

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明石の君 

明石(兵庫県明石市)というのは都会なのか、はたまた田舎なのか。
現代では地方都市というのが一番ふさわしい言い方になるかもしれませんが、平安時代の人の目から見るとかなりひなびた所だったはずです。

  ほのぼのと明石の浦の朝霧に
    島隠れゆく舟をしぞ思ふ

と古歌に詠まれるとおり、海があるだけ。海人が魚や海藻を採って暮らしていました。
『源氏物語』の主人公は若気の至りでライバル側(右大臣)の娘とただならぬ関係になり、ある雷の夜に、よりによってその右大臣に現場を見あらわされてしまいます。さすがに京には居づらくなり、須磨に身を隠すことになります。ちょっとしたロミオとジュリエットです。
そして、須磨で嵐に遭ったあと、住吉の神の導きもあって、明石に移ります。そこで明石の入道と出会い、「娘を高貴な人に差し上げたい」という、この人物の宿願が果たされることになります。入道の娘が「明石の君」「明石の御方」と呼ばれる人です(以下、「明石の君」と言います)。光源氏はこの女性と逢って、やがて彼女は懐妊します。光源氏が許されて京に戻ったあとに生まれたのは女の子。のちに

    明石の中宮

と呼ばれる人です。この子はやがて都に呼ばれ、光源氏の正妻紫の上の養女となることで身分も確かなものになり(紫の上は親王の娘)、やがて春宮(とうぐう。皇太子に当たる。光源氏の甥)と結婚して十三歳の晩春に(今なら小学校6年生になったばかり)男子を産みます。

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灯り無し蕎麦屋など 

先だって、能勢の浄瑠璃のことを書いたついでに、もうひとつ元文楽の三味線弾きだったかたのお手伝いをすることになると思います、というようなことを申しました。
まだ先のことと思って内緒にしていたのですが、すでに曲がついて、しかもライブ演奏会をなさるということですので、ここで公にいたします。
野澤松之輔師匠のお弟子さんでいらした

    野澤松也 さん

から、ある方を介して「江戸本所の七不思議をもとにした台本を書いてくれないか」とお尋ねをいただきました。
今は歌舞伎でご活躍の松也さんですから、私のようなものにそんなおこがましいことはできないと思ったのですが、「作るくらいはかまわないだろう、それで松也さんがこれは使えない、とお考えになったらボツにしていただけばいい」と開き直って(笑)、三つばかり書いてお送りしました。
5月だったでしょうか、「ひとつ曲をつけた」とご連絡をいただき、

    びっくり仰天

しました。まさかほんとうに曲をつけていただけるなんて・・・。
松也さんは、6月に松竹座で愛之助丈の「鯉つかみ」に出ていらっしゃいましたが、その幕間にお訪ねしてお目にかかり、お話もさせていただきました。

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授業を終えて 

本年度前期の授業が終わりました。
我ながら驚いたのですが、今回も休講はしませんでした。
多少無理をしてでも授業時間をこなさないとあとに響いて面倒なことになりますので、ここ数年間めったに休んでいませんが、それでも半期に1度くらいはダウンすることがありました。こんなに無理をして授業回数を維持するなんて意味の薄いことだと私は今でも思っています。
この前期は

    はじめて担当する

授業がありましたので、必死で予習をして臨みました。けっして私が無理やり授業を持たされたのではありません。生活のために望んでしたことなのです。それだけに、いい加減なことをするわけにはいかなかったので、予習にかける時間は惜しみませんでした。専門外で、しかも予習をいい加減にするなんて、いくらなんでも学生の皆さんに失礼ですから。
なかでも

    生涯学習論

という授業はまったく手探りでスタートしました。今だから申しますが、当初計画していたこととはかなり違う方向に進みました。これは学生の反応を見て、何に関心を持っているのか、どういう内容ならさらに関心を持ってくれるのか、ということで軌道修正したのです。
邪道と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私はもうこれで行くほかはないと思っています。

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第28回だしまきの夕べ(予告) 

8月1日、だしまきを賞味しながら文楽について自由に語り合うおたのしみ会が催されます。この会もいつのまにか28回を数えるようになりました。
来年のことを言うのは早すぎますが、次のお正月は第30回ということになりますね!
さて、今回も会場は同じ日本橋駅7番出口すぐの

     両輪(りょうわ)

さん。
集合は当日の第三部終演後、文楽劇場1階階段下のほかのお客さんのお邪魔にならないところで。
夏の公演は新作談義もできそうですし、今回は珍しい上演もありましたのでまたそれも話題にできそうです。
行ったことないけど、噂には聞いているので行ってみようかな、というかたもどうぞ声をかけてください。
このブログのコメント欄でもけっこうです。
私も今のところは出席するつもりなのですが、すでに座席が剥奪されているのではないかと危惧しております。新顔、末席ならば入れてもらえるだろうと思っているのですが・・・。
では真夏の大阪で。

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織さんの源大夫師 

ご病状がよくないご様子でしたので、ご高齢ということもあって危惧しておりました。
文楽太夫、九世竹本源大夫。平成27年7月20日午前8時17分に逝去されたとのこと、ご長男の鶴澤藤蔵さんにおかれましてはご愁傷のことと存じ、謹んでお悔やみ申し上げます。
源大夫師は私にとっては

    五世 竹本織大夫

のお名前が一番なじみがあり、今でも織さんの源師匠、などと言ってしまいます。
腹から出るいいお声でした。高音のきついところはありましたが、それはさほど問題にならないと思っています。
口捌きが良いので発音が明瞭で、きちんとしたことばで語られます。大阪の言葉はかくも美しいものか、と、恍惚として聴き入ったことも少なくありません。

    くわんのんさまをかこつけて
                     (野崎村)

など、耳に残ります。
私はこのかたのドラマティックに語り上げていく芸が好きでした。「封印切」「大和屋」「豊島屋油店」などがそれにあたります。
「天満屋」「数奇屋」も場面が目に浮かぶようで好きでした。
もちろん、時代物もすばらしかった。『千本桜』であれば「川連館」、『絵本太功記』の「長左衛門切腹」、『加賀見山旧錦絵』の「長局」、住師匠とお二人で『妹背山婦女庭訓』「山の段」を語られた(織大夫は「妹山」)のも思い出します。「あれあれ、花の流るるは、嬉しや久我様のお身につつがのないしるし」「久我殿は腹切つてか」。
「山科閑居」を語られなかったのが残念です。きっとよかっただろうと思うのですが。30年くらい前にお一人で語って欲しかった、と思えてなりません。
お弟子さんが育たなかったのと現役晩年のご病気がなんとも惜しまれます。
源大夫を名乗られたのはおじいさん孝行というべきなのでしょうか。この師匠の先人(ご尊父、師匠など)への謙虚さや敬意の深さは並大抵ではないように思いますが、祖父でいらっしゃる七世源大夫への思いも深かったのだと思います。「立ち声」「口捌きがいい」「ハラが強い」「音遣いが巧み」というのが七世の特徴だったと九世がおっしゃっています(『織大夫夜話』)が、これなど九世にそのまま当てはまるように思います。
私は耳を悪くしたのを人生最大の痛恨事と思っています。毎日がつらいです。でも、織、綱(その初めころ)時代の衰えのなかった師匠の語りを聴けたのですから、そのこと自体はありがたいことだと思っています。
五世織大夫に出会えたのは、私の文楽人生の中でも幸福なことだったと思えることのひとつです。
師匠、ありがとうございました。

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2015前期公開講座終了 

先週、今年度前期の公開講座が終わりました。
仮にも平安時代のことを勉強してきた者ですから、その時代に関しては何でも話ができないといけないと思っています。
そこで、文学、歴史、美術、音楽などのお話をしたい(=自分が勉強したい)という思いがあります。
しかし、音楽に関してはかなり厳しく、

    雅楽

を聴きながらお話をするというのが私には難しいのです。平安時代の史料には雅楽、舞楽に関する記事はいくらでもありますから、いろいろ切り口がありそうだと思うのです。しかし自分が聴けないのでは話になりませんから、断腸の思いであきらめています。
そんなわけで、文学、歴史、美術、風俗などを中心に講座を設定するようにしています。
今年度実施しているもののひとつは、昨年後期から始めた

    源氏物語

です。10人ばかりの講座で、もうみなさん和気藹々として楽しんでくださっています。
私の講座の特徴は物語を読んで解釈するだけではなく、時代背景、風俗、習慣などをどんどん挟み込んでいくところにあります。
また、写真などの映像資料を多用して、視覚的に理解していただくことにも注意を払っています。

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最後の週です 

4月10日頃に始まった前期もやっと最後の週になりました。
1回も休むことなくここまできましたが、さて、残る3日も超えることができるでしょうか。
ほとんど毎日(月~金)12時間労働で、帰宅後も残った仕事をして、それでも次々に積み残してしまうという悲惨な日々でした。
メールなどなかなか見ることもできず、失礼を重ねたこともあったと思います。
からだはもう

    ぼろぼろ

です(笑)。
いわば「ぼろぼろなダチョウ」になっているのですが、「大学よ、もうよせ、こんなことは」とぼやいても誰も聞いてくれません。
学生だけが頼みの綱です。彼女たちに無視されてしまったらもうおしまいです。
だから、というわけではないのですが、授業だけは熱心にしたつもりです。
どんなに面倒でも学生からもらった意見や質問はすべて読んで、質問には可能な限り(私の能力の及ぶ限り)答えてきました。
教養の授業のあり方として、こちらの専門分野の話を懇々と説いたところであまり効果はないと思います。
むしろ彼女たちが今どういうことを課題にして生きてるのか、何が不満なのか、

    何を知りたいのか・・

そういうことをこちらが察知してそれに対応した授業を組み立てるべきではないかと考えてきました。
とてもできたとは思えませんが、その方向でふらふらながら歩んできた3か月でした。

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2015年夏休み公演(昨日が初日) 

昨日から文楽夏休み特別公演が始まりました。
演目は次の通りです。

第1部 【親子劇場】 10時30分開演
ふしぎな豆の木
解説 ぶんらくってなあに
東海道中膝栗毛
 赤坂並木より古寺

第2部 【名作劇場】  14時開演
生写朝顔話
 宇治川蛍狩 真葛が原茶店 岡崎隠れ家
 明石浦船別れ 薬売り 浜松小屋

第3部 【名作劇場】  18時開演
きぬたと大文字
生写朝顔話
 嶋田宿笑い薬 宿屋 大井川

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嶋師匠! 

新たに需要無形文化財の各個認定がありました。
鍛金の大角幸枝さんと、あとお三方は芸能の方々。しかも私の好きな方ばかりです。

    豊竹嶋大夫
    片岡仁左衛門
    井上八千代

仁左衛門さんは71歳になられましたが、まだまだ若くて美しい稀有な役者さん。あまりにも有名であまりにもすばらしい方なので、何も言うことはありません。
井上八千代さんは京舞そのものの復活指定ということで、これまためでたいです。私はいまだに「三千子さん」と思ってしまいます。仁左衛門さんも私にとってはやはり「孝夫さん」なので、どうも私は10年遅れています。

しかし、なんと言っても嶋大夫師匠の認定が嬉しいです。
おおむね太夫さんの人間国宝は二人ですから、引退された住、源両師がご健在なので、めぐりあわせでここまで遅くなってしまったといえるでしょう。
今はただただ嬉しいです。

早速嶋師匠にメール、いや、やはりお手紙書かなきゃ!

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私も血走る 

授業は冷静にしなければなりません。
私は研究室を出るときや教室に入る直前などに顔を叩いたりふーっと深呼吸したりすることがあります。
この仕事場はとかくいやなことが多いのですが、そんなことは学生さんには関係ありませんから、機嫌よく話をしなければならず、心の切り替えのためにもそんなことをするのです。
エレベーターに乗って一人になったときにもそんなことをする場合があります。ただ、エレベーターって、

    監視カメラ

のようなものがあるのですよね。もしそうであれば、たぶん監視する側はおもしろいだろうなと思います。
学生の中にはまじめに話を聴いてくれないものもいて、それはまあ私のつまらない話ですから仕方がないとしても、他の学生の迷惑になることがあります。そういうときには機嫌よくしようとしてもやはり不快感を表に出してしまうことがあるように思います。
ついつい「出て行ってもらってもかまいませんよ」と

    憎まれ口

のひとつも叩いてしまうのです。
ただ、こういうことを言うのは(多分私に限らないはずです)苦手で、言ってしまった後の苦いものを飲み下した直後のような気分はいやなものです。

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血走る 

七月も半ばを過ぎました。
高校生などはもう試験も終わって夏休みですね。
月曜日(20日)は

    海の日

で、そのあたりから夏休みに突入でしょうか。
大学はまだまだです。海の日は普通に授業があります。そしていよいよ試験週間です。
私の担当する科目は試験もなく、のんびりしたものですが、そんなことを言っていられるのは私だけのことで、学生の皆さんは専門科目の試験のことで目が回りそうになっているはずです。
私自身は文学部でしたから、試験よりもレポートばかりで、前期のレポートは夏休みに書くことが多かったような気がします。当時はすべて

    手書き

で、原稿用紙をごっそり買ってきて1科目10枚前後で10科目あるとざっと100枚。しんどかったような、でも楽しくもあった作業でした。
同じペーパーチェイスでも、試験はまた違ったしんどさがあると思います。私の仕事場は理系中心ですから、試験だらけ。かわいそうになるくらいです。

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オクラにピーマン 

今年の幼稚園での文楽人形劇には冒頭でごんべえさんの作る野菜として「オクラ」「トマト」「キュウリ」を出しました。言葉にするだけでいいと思っていたのですが、なんと小道具担当の方々がすべて作ってくださいました。

一方、私の家のプランターでもオクラとピーマンが収穫されつつあります。
オクラは初めてですので、どうなることかと思っていましたが、勝手に大きくなってくれました。
花はとてもきれいで、さすがにアオイ科だけのことはあります。
最初の収穫(6月28日)は2本だけ。しかしたしかにオクラでした。

620オクラの花
↑オクラの花(6月20日。開く直前)

オクラ2
↑育ったオクラ

オクラ
↑そして収穫

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勘十郎師匠のお言葉 

思い入れの強い『名月乗桂木』は八年ぶりの上演でした。ということは、次にまた再演があるならほぼ八年後でしょう。さすがにそこまで生きている自信はなく、これが今生の見納めと思って拝見しました。
まだまだ何度も上演されることを願いますが、先のことはわかりません。
ただ、今回のプログラムに、演出の

    桐竹勘十郎 師匠

が、とてもありがたいことを書いてくださっていますので、ご紹介しておきます。

「名月乗桂木」は、能勢に人形浄瑠璃が発足した時の記念すべき演目。古典のお芝居のように、曲や動きを手本にお稽古するのではなく、太夫・三味線・人形・囃子がゼロから作り上げたものです。一つずつ芝居を拵えてゆく新作は、スタッフ共々大変な苦労がありますが、自分達の芝居が出来上がる喜びや達成感はとても大きく、皆の財産となります。初演の時のメンバー始め、皆で次代に伝えてくれれば、いつの日か「古典」と呼ばれる作品になることでしょう。

こうおっしゃってくださると、いささかでもお手伝いした者としては、やはり嬉しいです。
勘十郎師匠、ありがとうございます。

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名月乗桂木〜【山路より名月峠の段】 

後半は名月峠に向かう山路からです。浅葱前をイメージしていたのですが、実際の舞台ではきちんと一場面にしてくださいました。そして引き続き名月峠になります。雨がしとしと降っていて、とても月が出る様子はありません。

【山路】
お熊とお能が現れます。お熊はえらそうには言ったものの、内心ではお能のことを働き者で息子の嫁としては悪くないと思っています。それだけにいっそ月が出てくれないかとも思うのです。しかし顔を見合わせると減らず口。二人は峠に向かいます。そのあと、冬吉、桂、周作、晋吉も跡を追うように山路を急ぎます。

【名月峠の段】
いささか気弱になっているお熊は、「今からでも謝ったら許さないわけでもないぞ」と水を向けますが、お能はそっぽを向きます。最近よく似てきたと村では噂されている二人は依然として意地を張り合うのですが、そのうち月を待ちかねて、そばにある岩に並んで腰を下ろしてとろとろと居眠りを始めます。
そこに周作と桂が現れ、松の木に帯をかけて

    心中

しようとします。跡を追ってきた晋吉の提灯が見えたため、周作と桂は慌てて死のうとします
その時、激しい風が吹き始めます。立っていられないほどの疾風です。目覚めたお熊とお能、近くに来ていた冬吉、そして晋吉は右往左往。松の木で心中しようとしていた周作と桂はもはや最期という所でしたが、風の強さで枝が折れて投げ出されます。とうとう6人は意識を失い、倒れ伏してしまいます。

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名月乗桂木〜【大けやきの段】 

一連の能勢の浄瑠璃についての記事はまだ続きます。
長くなって申し訳ありません。今日と明日、あらすじを書いておきます。

【大けやきの段】

能勢の里は半年も雨が続いて不作です。今日はもう旧暦の八月十五夜。中秋の名月です。
野間の大けやきの前で、在所のおしゃべり仲間、お能とお勢が出会います。
最初二人は長雨について話しているのですが、そこはおしゃべり好き。やがてお能の姑である

    お熊の悪口

に話は進みます。おりからお熊が息子(お能の夫)の冬吉を連れて通りかかります。冬吉というのは優柔不断で気の弱い、マザコン風の男です。お熊はお能たちの話を立ち聞きし、さんざんいやみを言います。そして挙げ句にはお能を離縁するとまで言い出します。驚いたお能は夫の冬吉に取りなしを頼みます。すると、夫は「今夜

    名月峠に月が出たら

許すということにしよう」という「名案」を出します。しかし今夜の降水確率は90%(笑)。お熊は快哉を叫び、お能はがっくりし、冬吉も当惑しながら三人は家に帰ります。

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能勢へ(7)名月姫の悲話 

名月姫については兵庫県尼崎市の尾浜八幡神社と能勢の二箇所で異なった伝承があります。
実は両者の伝えるところでは能勢の立場がかなり違うのです。簡単にいうと尼崎の話では能勢は憎まれ役に近く、能勢の伝承ではさすがにそんなことはないのです。
まず、尼崎の伝承です(微妙に異なった伝えもあるようです)。子のなかった刑部左衛門国春という人が、願をかけて

    八月十五夜

に娘を得たため名月姫と名付けます。大変な美貌でしたが、能勢の家包(いえかね)という人物が一目惚れして奪い去ってしまいます。悲嘆にくれた父は、娘を捜している途中で大輪田の泊(神戸)を修復するために人柱を立てるという平清盛に捕えられます。父が人柱にされるということを夢で知った名月姫は福原に行き、何とか再会を果たすことができます。夫の死後尼崎に戻った名月姫は尾浜に大日堂を建てたそうです。これはこれで新作浄瑠璃になるのではないかとも思います(笑)。
一方、能勢では尼崎の名月姫を妻にして幸せに暮らす能勢家苞(いえづと)という人物があり、その幸せを破るのが平清盛であるということになっています。いくら好色な清盛でも、能勢の農家の妻にそこまで執心するとは思えないのですが、そこは

    たぐいまれな美貌

の女性ということでいちおう納得しておきます。ともかく、清盛の一声で福原に召されることになった名月姫は、まさか逆らうこともできず、福原に向かうのですが、峠を越える時に自害してしまうのです。そこでその峠を名月峠と言うようになり、今も名月姫、その父、夫の三人の墓というものが残されているわけです。また、嫁入りの車などは不吉だから今でもこの峠は越えないという話もあります。
というわけで、「尼崎の名月姫が能勢の男の妻となり、福原へ行く」というところは共通していますが、能勢の男の人物像はかなり異なって見えるのです。

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能勢へ(6)〜大けやきの神威 

舞台を机上で決めるだけでは作品のイメージはわきません。場所を決めたからにはやはり現地に行くべきです。その場に行かなければ分からないことがあるからです。
野間川が流れ、水田の広がるこの地域には野間神社、今養寺、古墳、磨崖仏などが散在していました。そしてランドマークともいうべき「野間の大けやき」は単なる木ではありませんでした。

    蟻無(ありなし)神社のご神木

として人々を見つめ、その喜怒哀楽を吸い込んできた歴史を持つ想像以上の巨木でした(今、蟻無神社はありません)。だとすれば、この木の前で何かを語ることで、苦難を越え、新たな希望を見出す力が得られるのではないか。そういう発想を現地で得ることができました。
そうして、この木の前で何らかの苦しみを持っている人々に、その事情を語らせることを導入、仕込みにしました。
観客の皆さんはそうは思われなかったかも知れませんが、実はあの登場人物たちの話(さまざまな難題)を聴いているのは観客であると同時に舞台いっぱいに広がる野間の大けやきなのです。この木の

    神威 あるいは 霊験

が、能勢の人々の苦難を聞いて解決してくれるのです。ですから、登場人物が苦悩を語るのはあの場所でなければならないのです。

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能勢へ(5)〜言霊が宿るなら 

能勢町のために私が書いた『名月乗桂木』(めいげつにのせてかつらぎ)。この芝居を構想するとき、私は

  能勢を舞台にする
  能勢の人々と自然と浄瑠璃(文化)を祝福する

を大前提とすることにしました。
というと、町や町民の皆さんにおべんちゃらをしているように思われるかもしれませんし、そう思われてもかまいません。しかし、それ以前に、私が考える

    「ローカル浄瑠璃」

のありかたがこういうものなのだということは明言しておきます(私は今なお各地の人形浄瑠璃のためにその土地の芝居を書きたいというはかない望みを持っています)。
大変厚かましいことを申しますが、もし私が書く浄瑠璃に

    言霊が宿る

なら、やはりそれを演じる人(演者)、支える人(スタッフ)、そして誰よりも観たり聴いたりしてくれる人(観客)の幸を祈るのが一番だと思っています。それ以上には何も必要がない、というといささか言い過ぎになるでしょうか。
開き直りになりますが、私には芝居を書く能力はありません。その私が書くなら、せめて人生を賭けて慈しんできた「言葉」によって祈りを綴るだけでもよいではないか、という気持ちなのです。かっこいいことを言ってすみません。

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能勢へ(4)〜浄るりシアターにて(続) 

浄るりシアターはずいぶん変わっていました。なんといっても、若い人に訴えるためにアニメキャラクターを作っていました。

  お浄  るりりん

という二人の女の子です。
そして能勢の浄瑠璃を紹介する映像も制作されていて、これは劇場ロビーの一画で常時流されていました。
舞台でおこなわれる解説も人形の遣い方とか、太夫の道具の紹介とかそういうものではなく、アニメ映像を交えつつ、演目解説があって、このあとどういう話が繰り広げられるか、初めての人でも分かるようになっていました。私は以前から文楽鑑賞教室の解説も工夫すべきだと思っていたのですが、能勢に先を越されたのではないかと感じました。
実は私、
この日チケット代を払っていないのです。招待してもらいまして、パンフレットまでいただきました。
会場は満席でしたので隅っこの空いている席でも、と思っていたのです。ところが中央のいい席になっていて、なんだか緊張して座っていました。開演直前になるとすぐお隣に見慣れた方が・・・。あ、あ、あの・・あなたさまはもしや

    吉田簑助 師匠

ではいらっしゃりませぬか。卒倒しそうになりながら「し、師匠、おはようございます」とかろうじてご挨拶致しました。いい席にもほどがあるでしょ。

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能勢へ(3)〜浄るりシアターにて 

名月峠を越えるとさほど遠くないところに能勢町役場(能勢町宿野)があります。ここに併設されているのが

    浄るりシアター

です。舞台は間口13.0m、奥行7.0m。客席は車イス用3席を含めて505席。人形浄瑠璃にはうってつけの大きさです。上手に太夫床(ぶんまわしになっています)、下手に下座(御簾内ではなく、床と対照的位置にあって、客席に顔を向けます)が置けます。
私はここで栗崎碧監督の映画「曽根崎心中」を観て、栗崎さんにもお会いしたことがありました。またコンサートに招待していただいたのでそれに行ったこともありました。それ以外は毎年6月の

    浄瑠璃月間

の催しで行っただけです。
こういう劇場を維持している能勢町はたいしたものだと思います。
この日は地元の名産品が販売されたりして芝居以外でも賑わいます。太夫さん、人形遣いさんらもウロウロしていらっしゃいます。なにしろ地元の人たちですから、親戚、家族、友人などの応援が圧倒的です。ここの太夫さんには4つの「派」があって、「おやじ」と呼ばれる井筒太夫、文太夫、中美太夫、東寿太夫がそれぞれのトップです。
そして、人形遣いの劇団が劇場開設時から構想されていて、今は「鹿角座」と名乗っています。

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2015幼稚園での文楽人形劇(3) 

反省会ではみなさんとてもいい笑顔で感想を述べてくださいました。
小道具を毎年担当してくださる方には、今年はごんべえさんの裃までお願いしてしまいました。そのかたは「毎年ハードルが上がる(道具への要求が難しくなる)のでたいへんです」とおっしゃいました。わたしもそれはよくわかっているのですが、いつも見事に作ってくださいますので、つい高いレベルを求めてしまいます。今年もお見事でした。
はじめて参加された、おそらくまだ

    20代

でいらっしゃるであろうお母さんは「今まで知らなかった世界にはまりそうです」とのことでした。このかたは、お染の主遣いを担当されました。
ごんべえさんの声を担当された方は「最初は書いてある通りに言っていましたが、次々にやりたいことが出てきて、欲張りになって行きました」とおっしゃいます。だんだん人物の気持ちも理解されるようになったのですね。
ほかにも「達成感でいっぱいです」「子どもたちの反応がすごくよかった」「毎回練習するたびに楽しくなっていった」「地域に住む『点』であった人たちが結び付いていく様子を魅せていただきました」「また参加させていただきたいです」「3人が一体となって人形に魂が宿ると思いました」などなど、とてもありがたいおことばをいただきました。
保護者の会の会長さんは「このプロジェクトにかかわることができて、とても感謝しています」とおっしゃってくださいましたが、私のほうが会長さんには何かとご迷惑をおかけしましたので感謝もお詫びもしなければならないのです。

アンケート
↑演者、観客のみなさんからいただいたご感想

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2015幼稚園での文楽人形劇(2) 

台本を以前書きましたので、内容についてはポイントだけ書いておきます。
ごんべえさんは農業をしていて、生活にはそれなりに満足していますが、やはりよる年波、というわけで、楽な仕事がしたいと思うようになっているのです。そしてえらそうにしているくせに農作業もしない武士になりたい、と思うのです。
他人は楽に見えて、

    自分は苦労ばかりしている

と思いがちなのは誰しも変わりありません。
そして、もぐらのモグリンの魔法によって武士になるのです(ここで早替り)。

変身
↑早替りで武士になったごんべえさん

名前もご大層に

    帝塚山権左衛門

と名乗って、町を歩くと、みんなぺこぺこしてくれます。得意満面のごんべえさんですが、町で出会った娘がたまたま「帝塚山権左衛門」というなの武士を父の敵として追っているのでした。
そして立ち回りになるのですが、ごんべえさんは刀など振り回したこともなく、ついに娘に負けてしまい、ほうほうのていで逃げていくのです。

おそめとごんべえ
↑おそめとごんべえ

立ち回り
↑立ち回り。稽古のときですのでごんべえさんの裃が稽古用です

結局、ごんべえさんはもとの野菜作りに精を出すことにします。

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2015幼稚園での文楽人形劇(1) 

能勢のことを書いている途中ですが、3日間そのあいだに記事をはさみます。

今年も奈良市の幼稚園で文楽人形を用いた寸劇を実施してきました。
9時頃に幼稚園に集合して、気になるところを稽古し、さらにゲネプロ。10分ばかり休んで本番というスケジュールでした。
今年は初めて主遣いに男性が参加してくださり、ダイナミックになりました。
主人公のごんべえさんが武士に早替りをしますので、そこを特に念入りに最終チェックしました。
早替りと言っても、文楽劇場のような

    舞台機構

はありませんし、人形もいくつも使えるわけではありません。何よりも、技術的な問題がありますから、そんなに難しいことはできないのです。
魔法をかけられたごんべえさんが、ズズズ、っと舞台の陰に下がって行って、さっと姿を消してすぐに立ち上がると裃姿になってるというものです。
できるだけ早く、しかも見た目に鮮やかなように頑張っていただきました。最初はとても「瞬時」にはできず、「早替り」の名に偽りあり、という感じでしたが、本番は一番いい出来で、かなり早かったと思います。

早替りのチェック
↑早替りの最終チェック

控え室に戻って、「人形に感情があるのです。

    人形の感情

が皆さんを動かすのです。皆さんはそれについていくだけです。人形の気持ちを理解して人形についていくという感覚で遣ってください」と申し上げ、本番の会場に行きました。

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能勢へ(2)〜野間から名月峠 

東側の道を通ったのにはわけがあります。
私がお手伝いした芝居「名月乗桂木」(めいげつにのせてかつらぎ)の舞台になったのは能勢町の二つの名所である「野間の大けやき」と「名月峠」なのです。その二か所を通って行こうと思ったのです。
登場人物は前段では野間の大けやきにいて、いろいろな事情で今夜の名月を願い、そのあと山路を通って名月峠に至ります。そこで彼らは名月に出会うというハッピーエンドなのです。

    野間の大けやき

は国の天然記念物。能勢町のホームページによりますと、高さ27.37m、幹まわり13.01m、最大枝張39.3×36.2mの巨木で、樹齢は1000年ともいわれます。そばにはこのけやきの資料館まであるのです(入館無料)。
少し離れたところからでもそれとわかる偉容です。

野間の大けやき

野間の大けやき4
↑野間の大けやき

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能勢へ(1)〜その道筋 

これからしばらく(断続的に)、大阪府豊能郡能勢町の浄るりシアターでの観劇をきっかけにした記事を書き連ねます。
6月27日にその浄るりシアターまで行ってきました。
ここに行ったのは5年ぶりくらいだと思います。毎年この時期は忙しくて、なかなか行けないのです。
なぜこの時期に上演するのかは知らないのですが、もともと

    田植え

も終わって梅雨の時期になったことでいくらか時間ができ、豊作を祈るためということもあって浄瑠璃を語って披露した、ということではないだろうかと想像はしているのですが。
8年前に行った時は学生と一緒でした。授業の一環として、やはり地元の皆さんによる人形浄瑠璃を見てもらいました。実は私がお手伝いした作品だったのですが、学生には何も言わずに観てもらいました。作者名はほぼ出てこないので、誰も気付かないままだったようでした。
能勢町は遠いです。阪急電鉄川西能勢口から

    能勢電鉄

という電車が出ています。これに乗れば着くのだろうと思われることがあるのですが、とんでもない。これに乗って「山下」という駅まで行って、そこからはバスです。
私は車の運転が下手なので、実は電車とバスで行きたいのですが、なにしろ時間もかかって面倒です。阪急、能勢電、阪急バスと乗り継ぎますので費用もかかります(私の家から片道960円)。

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