イベントのむずかしさ 

仕事の要領が悪いのでゆっくりできません。
週末くらいは、と思うのですが、身動きが取れないという感じです。
体調が下降気味なので、余計にこたえます。
そんな今週、何とか実現にこぎつけられそうなイベントがあります。
学生に

    三味線の音

を聞かせたい。その気持ちは前から持っていました。研究室にある三味線を弾ければいいのですが、なにしろもう調子を合わせることが不可能になってきたものですから、困難です。
そもそも、私が弾いたら学生は「ひく」と思います(笑)。三味線ってこんなひどい音なのか、と。
そうしたら、歌舞伎三味線の師匠が

    行きますよ

と引き受けてくださり、満足なお礼もできないのにおいでくださるようです。
ほんとうにありがたいです。なにしろプロの音が目の前で聴けるのですから。

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清涼殿(3) 

公卿たちがいる場所は東の孫廂(まごびさし)。二人の貴人の裾(きょ)が簀子(縁側)に届いています。奥に簾が降りていますが、その向こう側が東廂で、さらにその奥が身舎(母屋。昼の御座)になります。
直衣の人物の左側が一段下がったように見えますが、ここが落板敷。左奥に置かれている衝立障子は「年中行事の障子」。この衝立の向こう側が殿上の間と呼ばれるところです。ここに公卿や殿上人が伺候します。
左下に勅使の従者がひかえていますが、彼の脇にあるのが河竹(溝竹)。右側は霞で隠れているのですが、本来は呉竹があります。
東孫廂の北側(画面右)には

    「昆明池(こんめいち)の障子」

という衝立障子がありますが、これもこの絵では見えません。この衝立の表に描かれた昆明池は漢の武帝が掘らせた池で、裏側には嵯峨での小鷹狩(こたかがり)の様子が描かれていました。この衝立は『伴大納言絵巻』には描かれています。

伴大納言の清涼殿
↑伴大納言絵巻

さらにこの孫廂の北の端には「荒海の障子」という手長足長(手の長い、足の長い、いずれも想像上の動物)を描いた衝立も置かれていました。

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清涼殿(2) 

内裏清涼殿はちょっとした宴会場にもなりえます。たとえば円融天皇の子、懐仁親王が生まれて五十日目におこなわれる「五十日(いか)の祝」は天元三年(980)七月二十日に清涼殿でおこなわれています。
このように、公的にも私的にも重要な場所であった清涼殿なのですが、写真のない時代ですから、実際の雰囲気は分かるようで分かりません。こういう場合に役立つのはやはり絵画資料です。百聞は一見に如かずですから、ぱっとその全体像をつかむことができます。
その代表例が

    『信貴山縁起絵巻』

です。
『年中行事絵巻』にも描かれているのですが、実はこの絵巻は原本が失われているのです(いくらかの模本があります)。『伴大納言絵巻』にも見られますが、詳細なのは『信貴山縁起絵巻』だと思います。『伴大納言絵巻』は南側から清涼殿の外と内、そして重大事件に関わる人物を劇的に描くことが中心になっているのに対して、『信貴山縁起絵巻』は東側から、つまり真正面から静的に見ているので全貌がよくわかります。

清涼殿
↑清涼殿(信貴山縁起絵巻)

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清涼殿(1) 

11月文楽公演の「玉藻前曦袂」には紫宸殿とか清涼殿ということばが出てきました。神泉苑もあって、やはり平安京に興味のある者にとってはとても身近な名前でした。戦国時代の戦跡などはよく文楽に出てきますが、私はいまひとつ実感がなくて困っているのですが、こちらは実感がありすぎて、「ちょっと違うんじゃない?」などと余計なことを考えてしまいます。

京都市中京区の京都御所に行くと、平安王朝の内裏のあり方をある程度実感することができて参考になります。ただし今の京都御所は本来の内裏とは違う場所にある里内裏のひとつですから、平安時代の内裏とまったく同じもの、というわけにはいかないのです。本来の内裏は今の京都御所よりずっと西側。京都は中心地が東へ東へと移っていきました。
それでも今の京都御所は紫宸殿(ししんでん)があり、右近の橘、左近の桜があり、日華門、月華門、承明門が紫宸殿の南庭を囲み、さらに紫宸殿の北側には天皇の日常の在所である

    清涼殿

があります。この殿舎は東向きで、東側に庭があります。
里内裏(臨時の内裏)は寝殿造りの建物があてられることが多いですから、こういう形になっていないところがあります。紫宸殿は寝殿造りの寝殿(南向き)が該当しますのでこれはぴったりです。しかし清涼殿には「北の対」、すなわち寝殿の北側に「南向き」に建てられた殿舎が当てられる事が多く、当然その部分の庭は南側になります。言い換えると南の庭が「東庭」として使われることになって、角度を

    90度変えなければ

ならないことになります。あくまで仮の内裏だから庭の向きくらいいいだろう、と言えばそうなのですが、一条天皇などは一条院(大内裏の東北にあった建物)にかなり長く暮らしていましたので「仮」ともいえない状態だったのです。一条院も清涼殿は北の対で、やはり南向きになっていました。

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神農祭 

大阪の「とめの祭」つまり一年納めお祭(一年の始まりが十日戎)が神農祭です。
道修町は申すまでもなく薬の町。武田も藤沢も塩野義も改元も。ちょっと離れていますが正露丸もご近所です。
今は合併や本社機能の移転などでずいぶん変わりましたが、それでも大小の医薬品会社、香料の会社が軒を並べていることに変わりはありません。
江戸時代の薬種問屋が様変わりをして西洋の医薬品を扱うようになり、しかし一方では漢方薬も健在。
塩野義さんは江戸時代の塩野屋に奉公してのれんわけをしてもらった人の孫である

    塩野義三郎

さんが明治時代になって設立した会社。
武田薬品はやはり江戸時代の初代近江屋長兵衞を創業者として、明治になって武田を名乗り、今も一応道修町に本社があります。
そんな町の守り神として少彦名神社(神農さん)があります。日本の薬祖神の少彦名命と中国の医薬の神様、神農氏を祀るからそう呼ばれています。
その祭が11月22,23日に行なわれました。私は文楽劇場に行く途中の朝9時半頃と、芝居のはねたあとの9時過ぎに(祭は終わって後片付け状態でした)行きました。
朝はまだ人はいないのかなと思っていたら、露店は準備中のところが多かったものの、神社はもう長蛇の列でした。
「正露丸」(大幸薬品の本社は本町)や「風邪の神様」などの

    ゆるキャラ

も出ていました。カメラを持っていませんでしたので、写真は携帯で撮っています。

神農祭3

神農祭4ゆるきゃら
↑神社前

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晩秋の御堂筋 

なんだか最近大阪市にお金を払うのがいやで、市営地下鉄に乗る気が起こりません。十一月の文楽に行くのに、ついぞ地下鉄は利用しませんでした。じゃあどうしたのかというと、梅田からひたすら歩きました。
どうってことはありません。4kmくらいです。40分そこそこです。
先日も梅田からしばらく地下を歩いて御堂筋を南下していきました。そうだ、今日は

    神農さん(少彦名神社)

の祭りだ、というわけで、朝の9時半ごろに道修町を東に行って堺筋まで出ようと思いました。日曜日でしたので、車はそこそこでしたが、御堂筋は閑散としていました。
イチョウはもうかなり葉を落としていましたが、やはりこの道は銀杏並木があってこそです。
よく見るとイチョウの木に何やら巻いてあります。

DSC_0794.jpg

イチョウの木に菰(こも)なんて巻くのだろうか、と思っていたのです。近づいてみると違いました。
イルミネーションファンの方には申し訳ないのですが、、それが嫌いな私としてはがっかりの姿でした。

DSC_0793.jpg

ことごとくイチョウにこういうものが巻かれていたのです。悲しくて、引っ剥がしてやろうかと思いましたが、当然器物損壊その他の罪になりますので、それもあほらしくてあきらめました。
高村光太郎の詩をもじって言うなら、「ぼろぼろな銀杏」。「人間よ、もう止せ こんな事は」の心境です。

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護法(2) 

信貴山の命蓮は山から降りずに帝の病気平癒のために祈祷するというのですが、それでは仮に帝が回復したとしても命蓮の祈祷のおかげかどうかはわかりません。そのことを六位蔵人が言いますと、「ご病気が治ればそんなことはどちらでもいいではありませんか。でも、もしどうしても私のしたことだと知りたいとおっしゃるなら、証拠を見せます。私は「剣の護法」を遣わして帝のご病気を治しますので、帝が

    夢か幻に

剣を編んで身体につけた護法の姿をご覧になりましたら、私のしたことだと思ってください」というのです。
彼は別に自分の名誉などどちらでもよく、世俗的な欲望はない人なので、褒美が欲しいわけではないのです。
えらいですね。私を初めとした凡人ならば「私がやりました!」と言いたくなるはずなのですが、この人はそんなことは超越してしまっているのです。
勅使は仕方なく帰ります。そのことを報告すると、とりあえず様子を見ようということになります。
三日ほどすると、帝の夢の中になにやら

    きらめくもの

が見えるのです。それが護法だったのです。
それを見たあと、帝の体調は「さはさはと」よくなった、と『信貴山縁起絵巻』の詞書には記されています。「さは」はあえて漢字を当てるなら「爽」でしょう。すっかりさわやかに回復したということです。

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護法(1) 

「護法」というと「法を護る」、ということはコンプライアンスにかかわる言葉か、と思ってしまいそうになりますが、そうではありません。今の「法」はむしろ律令の類で、「法」は本来「仏法」、仏の教えです。そして、仏法を守護するために使わされる神に「護法」があります。法力のある修験者が護法を使って病気の人に乗り移り、その人に取り憑いている物の怪などを退散させました。
ところで、「神」というと、キリスト教ならオールマイティゴッドで、天地を創造した唯一神。しかし日本における神はそんなものではありませんでした。キリスト教が日本に来た時、唯一神「ヤハウェ」は

    デウス(Deus)

と呼ばれたのであって「神」とは言われませんでした。当時の人たちの意識として、ヤハウェを「神」と同一視するのは違和感があったということなのでしょう。
神の語源は「上」と考えられがちですが、そうではないようです。古くは違った発音でした。ちなみに、「紙」はもともと中国から来たものですから「簡(かん)」が変化したものと考えられていて、これまた別のものです。「髪」は「上」と同じと考えることもできます。
「雷」の「かみ」は「上」ではなく「神」。要するに「神」というのは「人間に対してなんらかの

    威力を振るうもの」

でした。だから、猛獣も「神」なのです。虎のことを「神」といった例もあります(万葉集)。「鬼神」(おにかみ)」というと風流も知らない荒々しいものです。菅原道真の「天神様」は雷となって猛威を振るい、怖れられましたね。神は畏怖するものでした。

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第29回だしまきの夕べ 

昨日11月21日はおなじみ、だしまきの夕べでした。皆さんが参加してくださるおかげで、この会もあっというまに30回目前になりました。
参加しても何も盛り上げることのできない私も、半分くらいは参加しているのかな、と思います。

    両輪さん

にはほんとうにこの値段でいいのか? と思えるような安さでお世話になっています。
皆様楽しまれたでしょうか?
私は、歩けないようなしんどさではないのですが、微熱がずっと続き、しかし文化の日も勤労感謝の日もない日々で夜遅くなるのがいささか恐ろしく、失礼してしまいました。ほんとうに情けないです。
皆様、どれくらい集まられて、どんなお話をなさったのでしょうか。

私は、今日22日はなんとか劇場に参ります。
お目にかかれるかたがいらっしゃるかどうか…。

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階段 

私の家の最寄り駅は、子供のころは高架ではありませんでした。
田舎町ですし、かなり前のことですから当然ですね。
駅のそばを横切る道には踏切があり、遮断機は

    手動で

上げ下げしていました。警報器はなかったので、電車通学だった高校時代は、駅に向かって歩きながら遮断機を見るのです。それが降り始めると、自分の位置と照らし合わせて、走り出すか、早足で歩くか、あきらめるかを判断するのです。
警士さんとでもいうのでしょうか、遮断機係の人はたいていおじいさん(に見えた)で、遮断機か降りつつあるのに強引に渡ろうとする人がいたら

    「こらっ!」

と怒鳴っていました。明治生まれ(に見えた)の頑固おやじそのもの。
もっとも、あのころはまだ駅員さんもえらそうにしていて、電鉄会社はどこか客商売という感じがしませんでした。
最寄り駅の目の前には昔ながらの「市場」があって、雑然としていました。
駅の向こう側には老舗のホテルがあり、駅をはさんでかなり雰囲気が違いました。やがて、駅周辺に再開発の機運が高まり、駅自体も高架になったのです。踏切はなくなり、おじいさんも姿を消しました。

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血糖値 

久しぶりに血液検査をしました。
からだに針を刺すのはいつ以来だろう、というくらい久しぶりです。
以前は点滴を食事代わりに(笑)していましたので、もう刺すところがありません、というくらい傷だらけの身体でした。どちらにしても傷だらけの人生なので、少しくらいのことはかまわないのですが(笑)。
これまでに血液検査で異常が出るという経験はあまりありません。6年前に

    肝機能

に異常が出たことがあり、何ごとだろうと思ったのですが、どうも一時的な薬の副作用だったらしく、何もしていないのに、2週間後に調べた時は正常値に戻っていました。炎症を起こしている時のCRP。これも当然一時的なもので、抗生剤などの使用によって下がります。
そしてとても残念な異常値に

    総蛋白(TP)

があります。「TP」はトータルプロテインかな? 私の場合、たいていこれが低いのです。その度に医者から「栄養不足」と言われます。肉類を食べないしなあ。
実は今回の検査でもTPが低かったのです。またまた医者が「栄養不足」の言葉を使いました。困りました。
肝機能はまるで問題ありません。お酒を飲みませんしね。
実は今回とても気になっていた数値があるのです。それは中性脂肪です。さほど高いとは思っていないのですが、以前に比べて高くなっているのではないかと思ったのです。通常、中性脂肪は肥満、食べ過ぎ、運動不足、飲酒などが原因で増えると言われます。私は運動不足こそあると思いますが、ほかは思い当たりません。それでも最近脂肪がついていると思っていますので、どんな数字が出てくるのか心配でした。

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市民大学の余興(?) 

メモしておくのを忘れていました。
吹田市民大学では道行のお話をしたのですが、最後に10分ほど人形を遣って実際に

    道行

をご覧いただきました。というと、文楽のプロの方においでいただいて上演したのかと思われるかもしれませんが、まさかそんな予算はありません(笑)。
始まる直前にある先生に「これ、お願いします。はい、そこをそう動いて、さすがにうまいですね。それでいいです。では本番よろしく」とにわか仕込みの演技をお願いしました。
実はこの先生にはあらかじめ、こんなことをしたいのですが、人手がないので困っているという旨をお話していたのです。その時は「通路を人形を持って歩く程度です」と言っておいたのですが、私がそれで済ませるはずがありません。当日まで内緒にしておいて、いきなりお願いしたというしだいです。
そばで見ていた別の先生が

    「無理無体

なことをさせるやつだなぁ」と私のことを強く非難していました(笑)。
たしかに無理な話です。
しかも上演(といえるかどうかは別として)したのは2日前に考えたもので、ほんとうにおそまつ。
私のお話がまずおそまつですから、おそまつの上塗り、ダブルおそまつ。

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上がったり下がったり 

私は株取引というものがわかりません。
株の理屈は何となくわかるようには思っています。本来は「あなたの会社を応援して出資しますから、がんばってください。なあに、少しくらい損をしても我慢しますよ。もうけたらいくらか配当を出します、って? はいはい、期待せずに待っておきます」というものではないのでしょうか。
私の父親は

    阪急電車

に思い入れがあったために阪急の株を持っていました。ですから、阪急電車は無料パスをもらっていました。このパスを持っていれば本人でなくても無料で乗れましたので、東京住まいの父は私にそのパスをくれました。学生時代から広島に行くまで、私はその無料パスで通勤通学から遊びまで、京阪神をちょろちょろとうろついていました。おかげで日曜日になると京都を散策したり、神戸を歩いたり、どこで降りても何度乗り直しても無料ですから、朝早くに家を出て大山崎まで行って少し歩き、そのあと嵐山に行って歩き、さらに河原町方面に行って夜遅くに帰る、ということも可能でした。あれはほんとうに助かりました。
父は阪急の株だけは売る気などまるでなかったようです。
しかし株取引には、あそこの株が上がりそうだから買う、下がりそうだから売る、という

    投機的要素

も強いようで、父もそういう一面もあったようです。
で、どうやったら上がりそうだとか下がりそうだというのがわかるのかが私にはわかりません。そして、もうわかろうとも思いません。

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数え年、旧暦 

私の親や祖父母の世代は数え年と満年齢、新旧の暦などはさほど苦もなく操っていたような気がします。
その影響で私も数え年がなんであるか、新旧の暦がどう違うかなどは小学生の頃には理解していたように思います。しかし今の学生はさすがにそこまでわからないものが多くなっています。これは別に彼女たちが悪いのではなく、それだけ

    時代が移った

ということです。
『源氏物語』の話などをしていますと年齢が必ず出てきます.その際いつも「今の年齢でいうと」という言葉を付け加える必要があります。「大学1年生の皆さんは今二十歳です」というと、「いえ、まだ十八です。浪人してません」といわれ、「いえいえ満年齢で十九歳になる年は、みなさん二十歳なのです」「十九歳は今では大学生の年齢ですが、数え年なら高校3年生になる歳です」。これを何度言ってもなかなか分かってもらえません。誕生日が来ないと歳をとらないと思っているのもわかりにくさに拍車をかけます。「誕生日は関係ないのですか?」「誕生日のお祝いはしないのですか?」「それじゃあ、自分がいつ歳をとるか分かりませんね」などなど、私の方がわけが分からなくなりそうな質問が続出します。
ただ、時々

    「神社に行くと

数え年ですよね」というような反応をしてくれる学生もいます。「そうなんです。たとえば厄年など、数え年で表示してありますね」。これで一件落着の時があります。ああしんど。

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戦争が壊す文化 

このテーマについては以前もどこかで書いたかもしれませんが、15回の私の授業の中でこの話は必ず1回は出てくるので、性懲りもなくまた書いておきます。
学生に源氏物語の話をする時には、谷崎潤一郎の最初の現代語訳が出版されるとき、時勢(戦争直前)にかんがみて藤壷中宮と光源氏(義理の母子)の密通事件を省いたことなどを伝えます。
検閲に遭って無理に省かれるのも許せませんが、検閲に遭っても大丈夫なようにあらかじめ省いておくというのも恐ろしい話です。

    言論統制

ということが今でもいわれます。恐ろしいのは言ったことについてクレームを付けてくる政治家ですが、もっと恐ろしいのはクレームを恐れて何も言わないマスメディアなどです。いえ、マスメディアにかぎりません。一般人だってありうることです。谷崎源氏という、文学の世界にだってあったのですから。

    傲慢

にも、テレビ局に「こういう人物を出演させるな」と平気な顔をしていってくる政治家、直接テレビ局にいわず、スポンサーに圧力をかけて間接的にテレビ局を追い込もうとする政治家がいるやに聞いています。
この傲慢さを許し、支持までする市民も多いわけですが、いったいどういうことなのか、私には理解不能です。

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日本文化なのに 

ついこの間、日本文化の授業で壁画の話をすることがありました。そこで、法隆寺金堂の壁画とその焼損、そして文化財保護法の話などを付け加えました。するとまさにその日のニュースに法隆寺金堂壁画の本格調査が行われることになったと出たのです。なんという偶然! 
私はいつも学生に「この授業に関しては、

    予習復習

の必要はありません。しかしもし皆さんが日本文化に関するニュースや新聞記事などを目にして、これ、この間授業でやったことと関係あるかな」と考えてくれたらそれは立派な復習です」と話しています。
すると、効果はてきめん。学生は「この間こんなニュースを見ました」とわざわざ報告してくれるようになりました.うれしいことに「これまでだったら絶対に興味を持たなかったことなのに、ピンと来ました」などと言ってくれることもあります。たとえば、文化の日のニュースに城南宮でおこなわれた

    曲水の宴

が出たそうです。その2日後に私の授業がありましたので、早速学生が「よくわかりませんが、和歌を詠んで盃が流れてくるのでそれを飲む、みたいな催しのニュースがありました」と注進してくれたのです。「もうちょっときちんと見ておいてほしいな」という言葉は呑み込んで、「それは多分『城南宮の曲水の宴』でしょう」というと学生は喜んでくれました。また、他の学生はこの際覚えておこう、という顔をしてくれますので効果は2倍。
そんなわけで、次の授業(18日)では学生が法隆寺の話を知っていてくれているかも知れない、と楽しみにしています。

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第29回だしまきの夕べ(予告) 

晩秋らしくなってきました。いよいよ来週はだしまきの夕べです。

とき:11月21日(土)文楽第二部終演後
集合:文楽劇場1階売店のそば
会場:両輪(文楽劇場から徒歩1分)

参加されるかたはやたけたの熊さん、くみさんまで連絡してくださるか、またはこの記事のコメント欄に書き込んでください。
1年納めの会です。

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満腹感 

ダイエット生活を始めてから、ほんとうに食べるものが減りました。これでも生きていけるんだ、と改めて思うようになり、倹約にもなるのでまだまだ続けたいと思っています。
早食いはダイエットにはご法度だそうです。食べてすぐに満腹感は得られないのだそうで、あわてて食べると満腹になっても気がつかずにもっと食べないと気がすまない、ということになるようで、結果的にカロリー摂取が多くなりすぎるのだとか。
もちろんだらだらいつまでも食べるのもよくないわけで、ある程度の時間をかけてうまく

    腹八分目

に抑えるというのが重要なのだとか。そのためにはしゃべりながら食べればいいわけです。私は会話が困難なので、それが難しく、結局食べるのに専念しがちで、注意せねばなりません。
ただ、最近は腹七分目くらいしか食べていませんし、間食をしませんので、ほとんどいつも

    空腹感

を持っています(笑)。これもまた寂しい話ですが、貧困生活にはちょうどいいくらいです。
新婚生活と貧困生活は一字違いで大違いですね(笑)。

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市民大学「道行の美学」(2) 

浄瑠璃では心中する男女の道行があります。『曽根崎心中』『心中天網島』『心中宵庚申』など。時代物の道行はさまざま。恋人(夫婦)の道行(安達原)、主従の道行(菅原)、夫婦のようで夫婦でない男女の道行(廿四孝)、女と護衛の道行(千本)、親子の道行(忠臣蔵)、三人の男女の道行(妹背山)などがあります。それぞれ趣向を凝らしています。
道行は、『菅原伝授手習鑑』のように二段目に来ることもありますが、概ね四段目。また『妹背山婦女庭訓』のように四段目の前半からすぐに続く場合もありますが、二段目あたりで姿を消した人が久しぶりに登場するのがおもしろいと思います。『忠臣蔵』も『千本』もそうですね。

    竹本義太夫

は『貞享四年義太夫段物集』「四段目の事付り道行」で

一 間を広くもたれぬやうに語るべし。浄るりも大様結びになり、人の気も尽くる頃なれば、少しももたれては悪しし。道行のこと、節事の第一とするなり。貴賤老若男女、長道中、一日路、船路、山路のかはりめ有り。されどもこれは心持ちばかりなり。三味線にうちそひて優しく語るなり

と言っています。お客さんも疲れる頃なので、もたれてはいけない。優美に語るべきなのですね。
道行は太夫さんも美声がいいです。「義太夫語り」とは言いながら、やはりここは歌うように。実際、歌も出てきます。「縁を結ばば清水寺へ参らんせ」(忠臣蔵)は二上りの歌。
三味線も調子が高く、天に昇るような華やかさ。かと思うと心中ものでは沈み込んだような節も。

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市民大学「道行の美学」(1) 

昨日から「吹田市民大学」が始まり、5回にわたって担当者がそれぞれの専門分野の話をすることになっています。
私は前座で、いつもトップバッターです。よって、昨日は私がお話ししたのです。5人のうち1人は知らない人なのですが、それ以外の方は全て私より年長なので、私は講師陣の中では若手の部類(笑)。ですから前座を勤めるのもやむを得ません。
以前ここに書きましたが、本来の専門分野である平安時代のお話をしたいと思っていたのです。ところが「文楽のことを」という要望があり、しかも

    「名文句」

をテーマに、とも求められました。中には「ほんとうの恋なんて、唄の中だけよ」なんていうタイトルをつけた先生もいます。『シェルブールの雨傘』ですね。こんなタイトル、ずるいよ。絶対一番人気。そもそもこの先生はイケメンでダンディ。毎年トリをとる人なのです。おいしいところを全部持っていかれちゃう!(笑)
文楽の名文句はたくさんありますが、私が思いついたのは道行でした。私があこがれる浄瑠璃作者の条件のひとつに「道行文が書けること」が挙げられると思うのです。「恋と忠義はいづれが重い、かけて思ひは、はかりなや」「浮世とは誰がいひそめて飛鳥川ふちも知行も瀬とかはり」「この世の名残、夜も名残、死にに行く身をたとふればあだしが原の道の霜ひと足づつに消えてゆく、夢の夢こそあはれなれ」・・・こういう文を書ける人が浄瑠璃作者なんだろうな、と思います。
そこでタイトルをあらかじめ

    道行の美学

と決めてから何をするかを考え始めたのです。
(続きはこの下の「続きを読む」をクリックしてください)

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オイル交換 

判で捺したように、毎年この時期が来ると不調になります。
手軽に測れる、体調のバロメーターになる数値が下がってきました。
授業中に咳き込むことが増えてきました。
熱が出ることが珍しくありません。
着るものを調節するのが苦手で、薄着になりがちなのです。

    セーター

ってどこにしまったんだっけ?

しかし11月は忙しいので休めません。
後期に入ってから、土日も落ち着いて休んだ記憶があまりありません。そうはいいながら京都に遊びに行ったりはしている(笑)のですが、気ぜわしさはいかんともしがたいものがあります。
なにしろ授業の予習に恐ろしく時間がかかり、公開講座もありますから、事実上週に8コマの授業をしていて、その予習だけで40時間くらい取られてしまいます。

    普通の給料

が欲しいです。
今日は、実は吹田市民大学というのがあって、その準備をここしばらく続けていました。たった90分お話しするだけなのに、もう何時間予習したことか。まだ角田一郎さんの道行に関する一連の論文を再読するという課題を残しています。特にそこから何かを取り入れるというわけではないのですが、これを頭に、いや肚に入れておかないと不安で仕方がありません。

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秋のえんそく(3) 

正倉院展もそうなのですが、展覧会に人気が出るとゆっくり観られないという問題が起こってきます。
今回の京都への遠足はその意味で不満が残りました。昨年の鳥獣人物戯画も、もっとゆっくり観たかったのですが、今年も落ち着きませんでした。並んでいる人にた対するサービスも大変だとは思いますが考慮して欲しいものです。私が行った時は30分ほどしか待たなかったので問題はありませんでしたが、2時間、3時間待ちなどということになったら

    水分補給

も必要になる場合がありそうです。マラソンの給水所のようなものがあってもいいくらいです。
また係員は大変だと思いますが、見どころなどを話すようなことはどうでしょうか。かえってわずらわしいかもしれませんが・・。
さて、国立博物館をあとにして、私はなんだかお決まりのコースみたいですが、周辺を少しぶらつきました。

    三十三間堂

に行って棟木の由来を教わるのもいいのですが、この日は博物館の正門側に回って、大和大路を北へ行く帰り方をしました。
豊国神社、方広寺がお隣にあります。
そしてその西側には耳塚(鼻塚)があります。実は私は豊臣秀吉という人があまり好きではありません。信長も家康も苦手なのですが、大阪の人は秀吉には肩入れをする人が多いですね。私は大阪人ではないからかもしれませんが、特に思い入れはないのです。しかも彼が晩年にしたことはあまり感心できることとは思えないのです。権力を持つと、自分は何でもできると思い込んでしまうのでしょうか。

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秋のえんそく(2) 

源氏物語の夕顔の巻を授業で読んでいて、光源氏の家から六条御息所の邸まではどれくらい遠いのですか、という質問を受けました。地図を見れば距離は簡単に出ますが、実際にそれくらいの感覚だろう、と試してみたくなります。
京都の下級官人は通常一条や二条には住めませんでしたから(例外はあります)、彼らは大内裏の役所から七条辺りの自宅まで歩いていたことになります。その距離感を確かめたくて、以前一度歩いたことはある(伴大納言絵巻の右兵衛舎人の確認でした)のですが、もう一度ほぼ二条にあたる市美術館から七条の

    国立博物館

まで歩くことにしました。光源氏の邸は二条、六条御息所はいうまでもなく六条に邸がありましたから、おおむね同じ距離感だろうと思うのです。
神宮道を南へ南へ。青蓮院、知恩院を経て清水の塔、高台寺、大谷本廟、五条通り(国道1号線)を横切って、六条、七条。

知恩院
↑知恩院

ねねの小道
↑高台寺そばの「ねねの小径」

まだ紅葉はあまりきれいではなく、しかもこの日は気温が上がりましたので晩秋という感じがしませんでした。
光源氏は車で行ったのでしょうから疲れることはあまりなかったでしょう。それでも、牛車は時間がかかります。面倒だっただろうな、よほど恋しい人でないとしょちゅうは行く気にならないだろうな、などと感じました。

京博は話題の

    琳派

です。昨年の「鳥獣人物戯画」では待ち時間がかなり長くなりましたが、今回も長蛇の列でした。平日でさえこれですから、日曜などはどんな風になっているのかと思います。
私が行った時は宗達、光琳、抱一の「風神雷神図屏風」がすべて展示されている期間でしたから、余計に多かったのかもしれません。

京都国立博物館金銅八角燈籠(複製)
↑京都国立博物館
 西の庭「金銅八角燈籠(複製)」

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秋のえんそく(1) 

秋は芸術鑑賞にうってつけの季節ということになっています。ということになるとやはり京都に行きたくなります。
十一月になっていささか体調がおかしくなってきていますので、早めに行っておいた方がいいだろうと思い、先日でかけてきました。
まず目指したのはまたまた

    京都市美術館

です。
ここで17世紀オランダ黄金時代の作品が展示されています。
フェルメールの「水差しを持つ女」とレンブラント・ファン・レインの「ベローナ」をはじめ、60点。
通勤ラッシュの時間帯を外して出かけました。車中は校正と先日の「道行」のお話の予習。京都は快晴で気温もいくらか上がっていました。
私は市美に行くと木はたいてい四条河原町から高瀬川に沿って北上するのですが、この日は何となく先斗町を歩いてみました。もちろん朝ですから店は開いていません。でも、朝の先斗町もまた雰囲気があるかなと思いまして。

先斗町1

先斗町2

先斗町3
↑先斗町

三条大橋から川端通を押小路まで歩き、そこから東へ。これはいつもの道です。頂妙寺を通って行きます。この日は時間に余裕がありましたので、墓所にも立ち寄ってきました。
東大路を抜けて疏水。紅葉はまださほどきれいではありませんでした。
お客さんは長蛇の列、というのはうそで、ゆっくり観ることができました。

京都市美術館2015115
↑京都市立美術館

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2015後期公開講座 

今日から公開講座が始まります。
超低給派遣教員としては少しでも稼がねばなりませんので、頑張ります。もっとも時給にしたら学生アルバイト並みにしかなりませんが。
お金のことはさておき、受講者の皆さんが熱心なので、それは楽しいのです.今回も『源氏物語』と『信貴山縁起絵巻』です。『信貴山』はこの後期で読み終えるつもりです。来年からはまた別のものを考えねばなりません。
まず今日は『源氏物語』。

    「若菜上」巻

の続きです。嬉しいことに、初めてお越し下さる方があるようです。
明石女御が実母の明石の君から祖父(明石入道)の思いを伝えられるところからで、このあと、六条院の蹴鞠という重大な事件が起こるところを読むのです。
光源氏の邸である六条院で、源氏の息子の夕霧が自分の住まいの方で蹴鞠をしているというので、光源氏がこちらに来なさい、と招くのです。そして、夕霧の友人でこの蹴鞠に参加していた右衛門督(柏木と呼ばれる人物)が恋心を抱いている光源氏の妻、

    女三宮

の姿を垣間見てしまうのです。この場面設定がまことにすばらしく、紫式部という人の才能には驚嘆する他はないのです。
この垣間見の結果、柏木の女三宮への恋情は募るばかり。そしてさらに重大な事件を引き起こすことになるのです。もう、おもしろいのなんの。

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明治の日? 

文化の日は文化勲章の親授があります。天皇が親しく自らの手で授ける勲章。
「文化勲章」という名称は、実はあまり好きではありません。
「勲」という字がどうにも「文化」と馴染まないのです。私の勝手な思い込みですが。
それにしても、天皇も大変です。八十を過ぎても現役でいなければならず、定年はなし。
文化の日も休めません。風邪もひけないし、

    本日臨時休業

という張り紙を出すことも叶わない。ごくろうさまです。
学生さんに天皇の仕事の話や内廷費の話をしたところなのですが、その仕事の多さに、八十を過ぎたら温泉めぐりでもさせてあげたい、と孫がおじいちゃんを思うように言います。
3億円あまりの内廷費は「多すぎ」という声が多々ありました。私なんかの100年ぶんです、と言ったら、同情されました(笑)。
しかし、

    黒田投手

がメジャーにいたら今年も20億円近くもらっていたかも、というと、「そう考えたら少ないかも」とも言っていました。

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朝の散歩、夜の散歩 

だんだん、夜の散歩がしづらくなってきます。やはり寒いです。旧暦九月十三日(今年は10月25日)の、いわゆる

    十三夜

は、月を見ているうちに冷えてきて風邪をひいてしまいました(笑)。
朝はやはり寒くなってはいるものの、歩いているうちにホカホカとしてくるのでまだ楽なのです。
これまで私は宝塚市の武庫川河川敷を歩くことを常としてきました。市役所が川沿いに移転してから、にわかにその周辺が整備されて(まったく、役所というのは・・・)、市役所の隣に広大な公園ができ、河川敷はジョギングコースが整備され、しかも市役所から出るとすぐに川に降りられるようになっています。役所の人は便利だろうな・・・。
ただ、あまり同じところばかり歩いているのも芸がない(?)ので、最近は川の上流にコースを変更しています。
といっても分かりにくいですね。

地図

上の地図が宝塚市の中心部です。市内のど真ん中を南東(右下)に流れるのが武庫川(むこがわ)。電車は阪急宝塚線と今津線、それにJR宝塚線があります。真ん中やや上に阪急電鉄今津線宝塚南口駅があります。この駅名の「口」の字あたりが私の家なのです。そこから地図右下の「武庫川新橋」まで歩いてその他をちょっとうろうろするのがこれまでの散歩コースでした。
そして今は逆に左上の宝来橋まで行って、左岸の河川敷を宝塚大劇場のあたりまで歩いて宝塚大橋のところで道路に上がり、さらにそこから左岸の道を歩いて地図の中心にある市役所のそばの橋(宝塚新大橋)を渡って家に帰るというのが最近のコースです。場合によっては新大橋ではなく武庫川新橋まで歩くこともあります。

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今ごろ、なつやすみのしゅくだい 

夏休みにいくつか自分に課題を与えておいたのですが、やはりすべてできたというわけにはいかなかったのです。
とくに失敗したと思うのがダイエット(笑)。
薬の副作用で脂肪がついてしまうので、すこしでも燃焼を促そうと思っていた運動に励んだのですが、実感としては体が締まった感じはありません。理由は分かっています。根をつめて書いたものがあったので、イライラしないように置いておいた

    お菓子

が悪かったのです(笑)。ポリポリそれをかじっているうちに、原稿は進まないのにお菓子にはいくらでも手が伸びるのでした。なぜ逆にならないのだろうと不思議です(笑)。
しかし、9月下旬以降、何とか頑張って運動を増やし、またお菓子を一切食べなくなりました。それでごくわずかに効果が出てきたかなと思っているところです。
10月下旬には、1日7000歩以上、1週間の平均が1万歩という数字を無事達成することができました。1日三度の食事以外には何も食べていない生活です(続行中)。
しかし、体重計できちんと体重管理しないとまずいですね。たぶん、70kgを超えていると思うのですがよくわかりません。仕事場の保健室に行って測らせてもらおうかな。とりあえず

    70kgを下回れば

OKということにしようと思っているのですが、あだあと1か月は頑張らないとダメかなと思います。
私の基礎代謝はいくらか筋肉は鍛えているものの、1500 kcal/日を少し上回るくらい、必要エネルギーは最近の運動量を考えると、2500 kcal/日くらいだろうと思うのです。で、一日で摂取しているエネルギーは1800kcalくらい、という目安を持っています。すると月に2kgのダイエットになるかなという(甘い)見通しなのですが、さてどうなることやら。

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紅葉の季節 

秋の植物というと以前ここに書いた七草や菊が思い浮かびますが、大阪の中心部あたりにお勤めの方はイチョウも忘れてもらっては困る、とおっしゃるでしょう。私はこの木にはあまり馴染みがないのですが、やはり街路樹の代表格。なんといっても御堂筋が有名です。
ただ、冬になると何億円かは知りませんが、目が飛び出すほどのお金をつぎ込んでそのイチョウの木に線を張り巡らしてピカピカさせるのだそうで、私はどうもあれが好きになれません。これは知事がどうだとか市長が誰だとか、そういうこととは関わりなく苦手なのです。楽しみにしていらっしゃる方には申し訳ないのですが、あんなことにお金を使うのは御堂筋のドブに捨てるようなものだ、と言うといくら何でも言い過ぎでしょうか。少し抑えて言いますと、他に使いようがあるでしょう、ということになります。
なんといっても、イチョウの木が

    かわいそう

です。
昨冬の昼間に御堂筋を歩いたとき、イチョウの木に線が絡み付いているのがあまりにも無機的で無残な感じがしました。そして夜になって木も眠ろうとしたらピカピカ、チカチカですから、なんだか哀れだな、と。月の光と街灯とタクシーのヘッドライトがわずかに浮かび上がらせるイチョウのほうがいいんじゃないか。「秋の月山辺さやかに照らせるは落つる紅葉の数を見よとか」(秋の月が山辺を皓々と照らしているのは、散る紅葉の数を見よというのか)と古今和歌集にもあります。いわば、

    陰翳礼賛

ですかね。あくまで私個人の好みの話で、あのキラキラがお好きな方にはほんとうに申し訳ありません。

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夜の徘徊 

仕事のある日は、昼間歩くのがいささか困難です。
それでも余裕のある時は仕事場のすぐそばにある公園をうろついたりしています。変な奴が公園をうろついているというのであやしまれてないか、かなり心配ですが、まだ警察に通報されてはいないみたいなのできっと大丈夫でしょう。
先日午後2時頃に公園に行ったら、小学生が数十人、課外学習なのか、ボール遊びをしたり

    はないちもんめ

をしたりしていました。はないちもんめなんて、今でもあるんですね。
田舎だけのことはあって、この公園はかなり広いのですが、次に大きな池のあるあたりへ行くと高齢の方が犬を連れてベンチに腰を下ろしていらっしゃいました。その男性はずっと池を眺めていらして、犬もとてもおとなしくしていてました。ちょっとした絵になる光景でした。
また少し離れたところに行くと後ろ姿では男性か女性か分からないような人が読書に励んでいました。あまりじろじろ見るわけにもいかないので、結局どちらかわからないままでした。
その日は暖かく、しかし木々は次第に

    色づいて

いて、それを眺めながら歩くのはなかなか心地よいものでした。
ただ、仕事場はもともと丘陵ですからこの公園もちょっとした丘になっていて、高低差があり、平地を歩くよりしんどいのが難点です(カロリー消費にはいいかもしれませんが)。また、場所によっては駆け下りるほかはないところもあって、けっこうこわいのです。

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