2015年おおつごもり 

今年も暮れて行きます。
なんとか生きることができました。
みなさま、ありがとうございました。
自分がどんどんダメになっていっていることを自覚した一年でしたが、修正することもできないままでした。
来年とて何も変わることはないのだろうと思うといささか暗澹とするのですが、のろのろと歩みを進めるほかはありません。
どうぞみなさま、よき新年をお迎えくださいませ。

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ありがとう『上方芸能』(2) 

雑誌『上方芸能』は、文楽、歌舞伎、上方舞、京舞、能、狂言、宝塚歌劇、OSK日本歌劇団、落語、漫才、講談、浪曲、新喜劇、現代演劇、テレビ、ラジオ、朗読、都市と文化などを広く扱ってさまざまなアングルから分析、提言をされてきました。その根底にあるのは上方芸能を愛する気持ち。それだけにこの大切な文化を守ろうとしない権力者などに対しては牙を剥くことも厭わない骨もあるのです。
この雑誌の功績に対しては

    菊池寛賞

が贈られたこともよく知られています。
しかし出版不況の時代にあって、雑誌を維持して行くことはとても難しいことです。昨日書いたような寄付は貴重なものではあってもそれだけでは維持できないのが現実です。安定的に購入してくれる定期購読者が頼みの綱ですが、それもかなり減ったそうです。結局は発行するたびに赤字になるということで、もはや維持できず、また発行人の

    木津川計さん

も八十歳になられ、潮時と感じられたのかもしれません。
私は二代目の編集長である森西さんとは同世代なので、歴代編集長の中ではもっとも気安く話をしたかもしれません。私が「文楽評」を書くことになったのはあの人の「気安い依頼」によるものでした。ある日、封書が届いて、森西さんからでしたので代金の請求か?」と思って開いたら、あの人に似合わない(笑)やけに丁寧な言葉遣いで「宮辻さんがお辞めになるので、次はあんたや!」という意味のことが書かれていたのでした。すぐにお断りのお返事をしましたが、最終的には当時編集次長だった広瀬依子さんの魔法のようなお言葉にひっかかって(笑)お引き受けしたのでした。

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ありがとう『上方芸能』(1) 

嶋大夫師匠が引退されることになりそうだという話は、実は発表されるよりかなり前に聞いていました。発表までは公然とは言えませんので黙っていましたが、それ以後もやはり発言する元気がなくて、このブログではほんのわずかにつぶやいた程度、TwitterやFacebookではひとことも言っていません.あまりにも残念なことだったからです。
それに追い討ちをかけるように寂しいニュースが、雑誌

    『上方芸能』

が幕を下ろすというものでした。
定期購読もしましたが、それ以前から学校の図書館などで読んでいましたので、ほんとうに長いおつきあいでした。
この一報を知った時は愕然としましたが、「まさか」というよりは「ついにその時が来たか」という思いが強かったのです。
編集部は最初から現在の場所ではありませんでした。旧編集部は、大変失礼ながら、狭くて汚くて倒れそうで・・・。阪神淡路大震災の時はたぶん倒れただろうなと思ったくらいです。当時の編集次長(森西真弓さん。もう編集長になっていたかも)は「あの地震で、傾いてたんが真っ直ぐになったんちゃうやろか」と自虐的にお話しになっていました。そこに用があって行った時に、森西さんが「この雑誌は

  いつまでも続くものではない」

という意味のことをおっしゃっていました。そのときのニュアンスでは、何とか頑張ればあと20年くらいは続くだろう、という感じだったのです。少なくとも私はそう受け止めました。それが印象に残っていたためか、まさに20年後に終刊になると聞いて「ついにこの時が・・」という気持ちを抱いたのです。

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来年度の公開講座 

一般の方々(多くは私より年長でいらっしゃいます)にお話をする公開講座はとても勉強になるので私は好んで受け持っています。この後期は若い女性も加わってくださったのですが、このかたは関西の一流大学で日本史を専攻されたそうです。こういう方が来られますと、ぼろが出そうで(笑)こわいです。
しかしとても熱心に話を聴いてくださり、ありがたいと思っております。
今私が担当している講座は『源氏物語』と『信貴山縁起絵巻』で、前者は来年も続けたいと思っています。しかし後者はもうすぐ読み終えてしまいますので続けるわけにはいかないのです。ところがこの講座に来てくださる方の多くはもう何年も通ってくださっている方々で、

    「ではさようなら」

というわけにはいかないのです。
一昨年度までは『百人一首』『伊勢物語』『竹取物語』『紫式部日記』などを読んできたのですが、昨年度(2014年度)から絵巻物を取りあげたらどうだろう、と思うようになり、まず『伴大納言絵巻』を一年かけて、今年は『信貴山縁起絵巻』をまた一年かけて読んできました。
この流れで行くなら『粉河寺縁起絵巻』『吉備大臣入唐絵巻』などが有力候補になるのですが、正直に申しますとこれまであまり深く勉強しておらず、

    自信がない

のです。また『粉河』は絵巻物がひどく破損していて、見た目がきれいではありません。舞台は和歌山県の粉河ですから、内裏や信貴山が舞台になる『信貴山縁起絵巻』、京が舞台になる『伴大納言絵巻』に比べて縁遠く感じられるかもしれません。『吉備大臣』は和歌山どころか中国ですからさらに遠いのです。
そして、両絵巻ともにどうしても男性中心になってしまい、話が硬くなるかも知れないと危惧しています。

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100年 

天皇が82歳になられました。12月は皇族に誕生日の人が多く、11月30日の秋篠宮を含めますと、6人もいます。
12月2日に三笠宮崇仁親王が100歳を迎えられました。おそらく皇室史上前代未聞、これまでの最高齢だと思います。1915年生まれということは大正4年。四世竹本津大夫師匠よりお年上なのですね。
大正天皇の皇子、昭和天皇の弟、今上の叔父というのですからほんとうに長寿を保っていらっしゃいます。三人のご子息を全て失われるという悲運もありますが、奥様もお元気ですし、これからもどうかお元気で、と申し上げずにはいられません。
私が教えている学生は、皇族のうち

    10人

知っていれば多い方です。天皇、皇后、皇太子、皇太子妃、愛子内親王、秋篠宮、秋篠宮妃、真子内親王、佳子内親王、悠仁親王。これで10人です。天皇に弟がいるといっても信じてくれません(笑)。まして叔父さんがお元気だと言ったらほんとうに信じられないという顔をします。
当然三笠宮系統の皇族もあまり知られておらず、最近本を出した彬子女王ですら、学生は名前も顔も知らないので、町ですれ違ってもまずわからないと思います。去年結婚した高円宮家の典子さんがあのとき有名になりましたが、彼女はその結婚で皇籍を離れていますし、一般人となった今はほとんど話題になりません。学生にとって、高円宮家そのものをほとんど知りませんし、せいぜい若くして亡くなった

    憲仁親王

が熱心だったサッカーに「高円宮杯」があることをごく少数のサッカーファンが知っているくらいでしょうか。

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ゆず 

以前なら、十二月の終わりには「今年の十大ニュース」というのが必ずありました。今でもあるとは思いますが、少し影が薄くなっているのではないでしょうか。
それは、「今年の○○」というのがいろいろ工夫されて来たからだろうと思います。「今年の新語」「今年の漢字」のような(言い方は違うと思いますが)。そういえば「今年の漢字」って、もう決まったのですかね.それもよく知りません。あまり興味もないのですが。私個人なら長年「貧」か「鈍」で変わらないのですが(笑)、今年に限ると『上方芸能』「文楽評」との別れがあり、創作浄瑠璃をいくつか書いたことが大きかったので、ありきたりかもしれませんが

    「浄」

になるのかな。
それにしても、今年は一体何があったのでしょうか。私のように世間から離れた生活をしている者には、社会の動きがよく分からず、十大ニュースと言われてもさっぱり解りません。比較的知っているスポーツ分野なら、サッカーの広島、野球の福岡が好成績を挙げたこと、ラグビーの日本代表が南アフリカに勝ったことなどが思い出されます。そして最近、

    羽生結弦

さんがフィギュアスケートで信じられないような点を出したという話も知っています。そのくせ、このかたのお名前をなんと読むのかは知らないのですが、下の名前はきっと「ゆづる」でしょう。フィギュアスケートの大会の日に「ゆづ、頑張れ!」という声援をツイッターで見ましたから、それがこのかたの愛称なのだろうと思います(合ってますよね?)。

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小弓と蹴鞠(6) 

「小弓と蹴鞠」というタイトルを付けて2〜3回書こうと思ったのですが、思いがけず長くなりました。しかも小弓の話はもう終わっています。しかし面倒ですから(笑)タイトルはそのままにして続けます。

猫が首紐を引っ掛けてしまって、御簾がめくれあがってしまいます。女房たちは騒ぐのですが、すぐに御簾を元に戻すことのできるものはいません。このあたりが女三宮の女房の未熟なところなのです。そのあとこんな一節があります。

  几帳の際すこし入りたるほどに、袿姿にて立ちたまへる人あり。

几帳は障屏具、つまり目隠しに用いられる調度品で、台に二本の柱を立てて横木を渡して、帳(とばり)をおろしたものです。その几帳のきわから奥まったところに袿姿でお立ちになっている人がいます。
袿(うちき)は唐衣(からぎぬ)の内に着るもので、袿姿とは唐衣を着けないくつろいだ姿ということになります。
そういう服装の「立ちたまへる人」の姿が柏木の目に見えたのです。「たまへる」と尊敬語が使われていますので、見た目にも他の女房とは違った様子が思い浮かべられます。そして彼女は

    立っている

のです。御簾の近くに寄って立っている。これはやはり不用意と言われてもしかたがないと思います。当時の高貴な女性は通常座っています。蹴鞠の様子をうかがおうとしていたとしても、立っているのは奇妙です。ここは「ゐたまへる人あり」(お座りになっている人がいる)とあったとしても、現代人の我々はあまり差を感じないかもしれません。しかし作者はあえて彼女を立たせて、その不用意さを強調しています。
その姿を柏木に見られたのです。

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小弓と蹴鞠(5) 

長らく恋いこがれてきた人の住まいがすぐ斜め後ろにある。こういうときの心の動揺はわかるような気がします。身に覚えがある、という方も多いのではないでしょうか。私も覚えがあります(笑)。
女三宮の女房たちはちょっとだらしないのです。若くてきれいな女の子を集めているのですが、それだけにあそびも当世風の、40歳を過ぎた光源氏にはちょっとわからないようなものを好み、キャッキャと騒ぐようなところがあります。しかし光源氏は若い人だからしかたがない、とあまり咎めません。こういうところにも油断があるのです。
六条院という壮麗な邸宅、ここは

    紫の上

という光源氏の最愛の女性が中心になって秩序を保ってきたのです。紫の上はすでに30歳を過ぎており、もともと静かな人なのですが、いっそう落ち着きを増して、緊張感がありながらも柔らかな空気をこの邸宅にもたらしていました。しかし、内親王という高貴な女性である女三宮が来てからいささか乱れが感じられるのです。彼女は14〜5歳で光源氏のもとに降嫁するのですが、その年齢よりもさらに幼く見えるほどおとなになっていないのです。秩序を保持するなどとてもできるものではありません。
この日も女三宮の女房たちは御簾の際に寄って蹴鞠を観ています。「あれが頭弁(とうのべん)様だ」「こちらは大夫の君」などと贔屓の人の話をしていたかもしれません。

    色とりどりの装束

を簾の下から覗かせて、その姿も御簾越しにうっすらと見えます。
このあたりの描写は階(きざはし)に座っている柏木の目から見たようになっています。蹴鞠に夢中の男たちはそんなものを見る余裕はないのです。

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小弓と蹴鞠(4) 

若い男たちが夢中になって蹴鞠をしています。時節は弥生のおわり頃。花吹雪が激しいのですが、そんなこともおかまいなしで興じています。
冠をあみだにかぶって動き回る若い男、華やぐ見物衆、花吹雪、弾む鞠。なんとも「乱りがはし」くて、

    映像的

ではありませんか。名場面としか言いようがありません。
家には秩序というものがあります。しきたりとかルールというよりも秩序。そこに住まう人がお互いを支えて保っている心の安定。これが乱れると家族は崩壊しかねません。実はもろいものである家族というものがかろうじて成り立っているのはこの秩序によるのではないでしょうか。その正体が何であるかは家族によって異なるでしょう。そしてまたこの秩序というものももろいものだと思うのです。
さて、寝殿の西側に住まいする女三宮とその女房たちもやはり鞠を観たいと思って当然です。声も挙げたでしょう。それに引き寄せられるように蹴鞠チームはいくらか女三宮のいるほうに寄って行ったのです。
やがて夕霧と柏木は少し休憩、とばかりに寝殿の南の階(きざはし)に腰を下ろします。寝殿の中央にある階段です。光源氏がいるところはどこかよく分かりませんが、寝殿の東端の簀子か東の対の西側の簀子だろうと思います。そうなると夕霧と柏木は光源氏から少し遠ざかったところで休憩していることになります。
乱れ散る桜の下で、二人の

    美貌の若者

が腰を下ろしています。絵になります。

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小弓と蹴鞠(3) 

小弓は簀子(縁)でできるような「あそびわざ」でした。しかも座って膝だけを立てて射るのですから、さほど大きな動きはありません。射る人も見物する人も矢を放つまでは息を詰めているような静的な競技です。
一方、蹴鞠は庭に出て声を挙げながら鞠を蹴り合うので動きがあって騒々しく、活発なものです。観ている人もしょっちゅう歓声を上げることがあったでしょう。
光源氏は最初「静的なあそびわざ」である小弓をすればよかったと言っていました。しかしそれを好む若者が帰ってしまったので「乱りがはし」とは思いながら蹴鞠をさせることにするのです。この、

    小弓から蹴鞠への変更

が効果的です。緊張感のあるおとなしい競技から「乱れ」を感じさせる派手な競技へ。当然、場の空気も変わってくるのです。実はこのあたりに紫式部は「乱りがはし」ということばを再三使っています。それ以外にも「乱れ」という言葉も用いています。直接的には蹴鞠のことを言っているのですが、それと同時に、これは場の空気の乱れ、何が起こってもおかしくないような雰囲気を読者に伝える紫式部からの

    メッセージ

なのではないかと思います。
もし小弓を好む若者がいたら、光源氏は蹴鞠などさせることはなく、このあとに起こる重大事件は引き起こされなかったのです。「小弓をさせればよかった」と光源氏に言わせる紫式部のうまさはさすがだと思います。

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小弓と蹴鞠(2) 

光源氏は「息子の右近大将(夕霧)も今日は来ていたはずだがどこへ行ったのか」と尋ねます。すると「大将様は別の場所で蹴鞠をさせてお楽しみです」という報告がありました。
光源氏は蹴鞠について「乱りがはしきことの、さすがに目覚めてかどかどしきぞかし」と述べます。

    「騒々しいもの

だが、それでも刺激的で気が利いている」というのです。清少納言が『枕草子』で「さまあしけれどをかし」(様子は見苦しいけれどもおもしろい)といっていたのと一脈通じます。美的センスの持ち主の双璧である清少納言と紫式部が言うのですから、この当時の代表的な見解といえるでしょう。
そして光源氏は「それならこちらに来させて、一緒に観よう」と考えます。
蹴鞠は今でも賀茂神社などでおこなわれています。
おおむね8人、6人、4人などで輪になって、「かかり」といわれる蹴鞠場(四隅に木が植えてあって、砂が敷いてある)で地面に落とさないように鞠を蹴り続けるのです。こういうのは訓練で上達すると同時に、やはりセンスのいい人がいるもので、今でもサッカーボールで何百回もリフティングする人がいます。
平安時代末期に藤原成通という人がいたのですが、この人が大変な蹴鞠の名人です。清水寺の舞台の欄干に乗って、蹴鞠をしながら行ったり来たりしたという伝説が伝わるくらいです。もっともさすがにその時は父親に厳しく叱られたそうですが。鎌倉時代には藤原北家流の難波家とその家から出た飛鳥井家が蹴鞠の家として知られるようになります。
鞠は

    鹿皮

を裏返して二枚つなぎ合わせたもので、きれいな球形ではありません。とても軽くて弾力性もあるようです。

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小弓と蹴鞠(1) 

今、「あそび」といったら、楽しみ、遊興の意味が強いと思います。ドライブ、カラオケ、スマホゲーム。プリクラを撮ったりUSJに行ったりするのもそうでしょう。おじさんたちはゴルフ、パチンコ、マージャンなどで遊ぶかもしれません。「遊んでないで勉強しなさい」と親に言われるように、「遊び」は「学び」に対する言葉のように思われているかもしれません。
しかし、昔はもっと幅広い意味がありました。岩波の古語辞典は「あそび」について「日常的な生活から別の世界に

    身心を解放

し、その中で熱中もしくは陶酔すること」と説明しています。具体的には、宗教行事(神楽など)、狩猟、舟、酒宴、音楽などに用いられる言葉だったのです。
「あそびわざ」というと勝負事、技量をくらべる競技、という意味になります。たとえば、囲碁、双六、攤(だ)、偏つぎ、弓、蹴鞠などがそれに当たるでしょう。
『枕草子』の「あそびわざは」の段に

  あそびわざは、小弓、碁、さまあしけれど鞠もをかし

とあります。
清少納言は競技のなかで「をかし」と言えるものの筆頭に「小弓」を挙げているのです。また「鞠」つまり蹴鞠についても「さまあしけれど」という注釈付きですが銅メダルを与えているのです。囲碁は当時の女性がとても好んだ「あそびわざ」でしたが、小弓や鞠は競技に参加するのではなく見物するのでしょう。

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何がおもしろいねん? 

源氏物語の授業をしている時も私は学生に知識の詰め込みをしません。高校の古文じゃないんだから、文法がどうのこうのとかこの古語は重要だとかそういうことはあとまわしです。よって、試験もありません。
簡単に授業をしようとするなら、むしろその

    

がいいのです。少しずつ原文を読んで、「ここはこういう意味です、こういう掛詞があります、ノートを取っておいて、試験では現代語に直したり、文法の問題を解いたりしてください」とやっておけば労力は少ないのです。予習時間なんて今の5分の1以下で済むと思います。ろくに給料をもらっているわけではありませんからそれでもいいかなと思わないでもないのですが、それだけはできない性分です。
講義のタイトルも

    文学

ですから、「古文」の知識を詰め込むのはその趣旨にも合いません。大きな建前としては、文学が訴えるものを少しでも感じてもらうこと、たとえば、作者からのメッセージをしっかり受け止めて作者と会話できるような読者になってほしいということです。
その場合、作者は大物である方がこちらも張り合いがあります。紫式部はやはりたいしたものです。公開講座で私より年長の方々にお話ししていても、受講者の皆さんがわくわくしながら聴いてくださることが息づかいから感じ取れるくらいです。

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清く、美しく 

内弟子をすると師匠の着替えから食事の世話、庭掃除やら師匠のお子さんのお守など、何でもしなければならないと聞きます。
そういうことを文句も言わずに黙々をすることが豊かな人間を創っていくのではないか。それは長い時間をかけて

    苔がむす

ようなものだろうと思います。
「君が代」という歌は知り合い(身内とか、友人とか・・)の長寿を祝う席で「これからもますますお元気で」という意味で歌われたのだろうと思います。小さな石が成長して大きな岩となり、苔がむすまで。そして人はその時間をいかに有意義に過ごすかを考えながら生きて行くのだろうと思います。師匠に「すぐに稽古してください、稽古が全てです」と訴えることも大事かもしれませんが、ほとんど修業と関係なさそうに見える掃除や子守などをすることで

    見えてくるもの

が必ずあると思うのです。
私は気分が落ち込んだりするとしばしば掃除をします。仕事場でも、見つかると何だかきまりがわるいものですから、できるだけ人のいない時間をねらって(笑)掃除をします。掃き掃除、拭き掃除、ゴミのまとめ、コピー機やプリンタの紙のセットなどなど。
落ち込まないと何もしませんから(笑)、元気にしている時は汚いままなのです。掃除をしている時はおおむね無心なのですが、時として邪念が入ることもあり、そんな時は、驕るな、内弟子の気持ちで勉強しろ・・・などと思うようにしています。することがなんでも芝居がかっているのです(笑)

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想像力 

私は日本という国を愛していますが、それは経済力や軍事力とは何の関わりもなく、日本文化を持つ国だからです。文化をないがしろにする人と一緒になって「日本はすばらしい」と叫ぶつもりはありません。また、日本文化を利用して妙な思想に誘導する類の人たちにも与することはありません。
だからこそ「文化を守る」という話をしはじめると言いたいことがいろいろ出てきます。
さすがに「これ以上はやめよう」とか「少し抑えた方がいいぞ」という節度や知恵は身についていますのでイノシシの勢いというところまではいかないのですが、いつしかヒートアップしてしることは否定しません。
ついこの間は「文化を守る」ことと

    「想像力

を働かせる」ということについて延々と語ってしまいました。
こういうことをしたら文化をダメにするのではないか、という想像力の働かない人が権力あるいは、経済力、軍事力なんて握ったら大変なことになる。一方、社会的には名もない人が、本能とさえいえそうな

    一瞬の判断

で、自分の命さえ顧みないような力を発揮して文化を守ることだってある。どちらがこの国にとって重要な人なのかは火を見るより明らかだと思います。特に困るのはカリスマに群がって、自分もカリスマもどきになったような気になって威を借るキツネたち。親分の言うことをコピーしているだけなのに一人前のことを言えた気になっている輩。そこには想像力というものがありません。

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熱血 

文楽で某俳優さんにお会いしたことがあります。もちろん文楽には芝居、演芸、音楽、その他各芸能の方がお出でになりますから珍しいことではありません。ましてその方は劇団出身で本格的に芝居の稽古をされた方ですので、何でも見ようという姿勢でいらっしゃるのだろうと思います。私の少年時代に熱血教師を演ずる青春ドラマに出ていらっしゃいましたが、俳優さんらしくいつまでもお若いので驚きました。
熱血教師というのは若い先生に多いという印象があります。よくいえば教育に情熱があって優秀な人なのですが、悪くいうと前後の見境のない、

    若気の至り

のような先生。
でも、若いから許されることもありますから、多少見境はなくても元気でいいと思うのです。
私は若手教員の頃から出来がよくなくて、同世代の先生が学生から慕われて人気があったのに、それを横目で見ているだけでした。どうすればあんなに慕われる教員になれるのだろうかと、いろいろ悩みもしました。結局その悩みは

    解決しない

まま今に至っているのですが(笑)、やはり人気のある人はどこか熱いものがありそうな気がします。とどのつまり、私は冷淡なのです。
だからといって、某俳優さんが演じていた教師のように、学生と同じ目線で火花を散らしたり、先輩教員と喧嘩することも辞さず、PTAのわからず屋とやりあったりするようなタイプでもありませんから、不自然なことはしない方がいいと思っていました。

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おとなの遠足 

今年ももうあとわずかになりました。年内の授業は22日までです。
そして、一般の方々に公開している講座も順調に進んでいます。
『信貴山縁起絵巻』の読解では昔の内裏を描いた場面が出てきましたが、それについてお話ししているうちに、「今の

    京都御所

は平安京の内裏とは違いますが、それでもとても参考になるのです。一般公開がありますから、その時にでもお出でになってください。いや、一般公開の時は混雑するので落ち着いて観られませんよね。いっそこの講座の皆さんと一緒に一般公開ではない時に行くといいかもしれませんね」とふと漏らしてしまったのです。すると受講者の皆さんの目がキラッと輝きました。
言い出した私が驚くほどの反応でした。それで、おそるおそる(笑)「そういうご希望はありますか」とうかがったら、

    「は〜い」

と挙手される方がありました。
他にも数人の方が同じような反応をされましたので、「そうですか、それでは考えておきます」とその場をやり過ごしました。やり過ごした、というのは無責任な言い方ですが、もうひとつの講座である『源氏物語』の時にもうかがってみて、ご希望の方がいくらか集まれば、と考えたのでした。
そして『源氏物語』の講座の日に同じようなことを申しましたら、むしろこちらの方が反応が大きく、何人かの方が挙手されるやら拍手されるやら、いつも書いていただく質問用紙にも「ぜひぜひ」と書いてくださるやらで、かなり盛り上がったのでした。

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自信、ありません 

学生と年齢が離れていきます。なにしろあちらはいつも18〜22歳ですから。
思えば私が初めて教えた学生はもう50歳前後になっているはずです。早く結婚した人なら孫がいるかもしれません。そう考えるとちょっとびっくりです。
あの頃、私は当然若いですから、学生の中から配偶者をさがそうという気持ちはまったくなかったとはいえません。非常勤講師として行ったある大学では、そこの大先生が「あんな、あんたかて学生と付き合う権利はあん(る)ねんで。ただし、

    一人限定

やで」と言われました。
人気のある若手教員は学生もけっこうちやほやしてくれますし、そのまま近寄ってきた学生と結婚してしまった人も何人か知っています。私の場合は人気がありませんでしたので、幸か不幸か学生とそこまで深い付き合いをしたことはありませんでしたが。それでも「お兄ちゃんと妹」のような関係はあり得ました。それがいつのまにか「お兄ちゃん」ではなくなって、「親戚の若い叔父さん」くらいになって、やがて我が子と同年代の学生を教えるようになって、というありさまです。光陰は早いものです。
年齢が離れていくと、こちらとしてはいくらか自信もできてきます。新米教員の頃は自分とさほどレベルの違わない人を「教える」わけですから、「どう考えても世間知らずの自分より学生の方が

    おとな

だよな」と思うこともしばしばでした。

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夕霧一家 

『源氏物語』というと、何だか夢の世界のようなイメージを持つ人が多いのです。多くの学生も最初は「光源氏という美男子がさまざまな美人と繰り広げるはでな恋愛物語」という程度の認識のようです。それだけにいろいろな話をすると「こんなことが書いてあるのか!」と驚かれることが少なくありません。
美人ばかりが出てくると思っていたら

    末摘花

のような、不美人としか言いようのない人が出てきます。光源氏はこの女性に出会った頃(光源氏18歳。今の高校2年生の年齢)はさほど熱心にはなりません。しかし、青春の蹉跌を体験して須磨、明石に流浪する生活を送ったあと、都に戻って彼女の古ぼけた屋敷の前を通った時にまざまざと思い出し、そこで彼女が今も苦しい生活をしていることを知ると精一杯の支援をし、彼女はそれなりに幸福な後半生を送るようになります。光源氏もおとなになりました。
こういう話をすると末摘花=不美人=男たちから顧みられない道化役という図式ではなく、どんなに不美人でも聡明でなくても、

    誠実に生きて

いくことで幸せは得られるものだと感じられるようになります。世の中美人ばかりじゃない、いやそれどころかそうともいえない人が大半なのです。だから美人が目立つだけ。それでは女優さんのような美人ばかりが幸せなセレブなのか、というとそんなことはない。大事なことは何なのかを末摘花の人生は教えてくれるのではないか。そんな読み方だってできると思います。

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文化の香る大学 

以前も似たようなことを書いています。繰り返し御免。

女子大というと、以前は国文科、英文科がお決まりでした。それに家政科のような実学的なものが入ることがあってバランスを取っていました。
しかし女性も社会進出する時代なのだから、役に立たない文学などを学ぶよりは資格を取ったり、社会で戦力になるスキルを身につけたりする方が大事だという風潮が高まりました。
英文科は文学から抜け出して「グローバル時代に必要な英語教育」という面を強調することで、いくらか生きながらえています。
家政科は、食の領域を重視して「食物栄養科」の名称で管理栄養士養成コースに活路を見出しました。
それに対して、

    国文科

は音を立てるようにつぶれて行きました。日本人なら大学で学ばなくても日本語は話せるし、古くさい古典など学んだってしかたがない。そもそも高校の「古文」でとりあえず学んでいるのだからそれ以上は不要。現代文学なんていちいち教えてもらわなくても新刊書や文庫本を買って読めばいいだけ。国語の先生の免状を取っても採用試験は狭き門なのだから、本気で先生になりたい人は国立大学の教育学部に行けばいい。
ひとつの新しい考えが頭をもたげるとこれまでの価値観が

    必要以上に崩れる

ことがあると思います。その結果が決していい方向に向くと限らないのは、政治の世界を見ても明らかでしょう。既存政党はダメだと言って、斬新なことを言っては人気を勝ち取った政党があっという間に落ちぶれる。そんなのをいくつも目の当たりにしてきました。

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久しぶりの三味線 

先日野澤松也師匠においでいただいた時、三味線の説明をお願いすることにしていました。邦楽は、私の子ども時代より中学校の音楽の授業などで詳しく教えているはずなのですが、やはりほとんど知らないようです。中には「触ったことがある」という学生もいましたが、なにしろ音楽の先生はたいていが洋楽出身。あまり熱心には教えていないのかもしれません。三味線の部位の名称や

    どんな素材で

できているのかも知らないようですので、そういうことも含めてお話ししていただければ、と思いました。糸が三本、というくらいはわかっていると思うのですが。
このアイデアは、自画自賛になりますが、予想外の当たり方をしました。この催しはあくまで授業の一環だったのですが、公開講座などで学内にいらっしゃる一般の方にも参加を呼びかけました。するとその皆さんも「三味線は聴いたことはあるし、なんとなくわかっているつもりではあるけれど、種類があることも、音色が違うことも、二上りや三下りなどの意味も知らなかった」という方が大半だったのです。ですからこういう方々にも師匠の

    三味線よもやま話

は評判が良く、少しも聞き逃すまいとして熱心に耳を傾けていらっしゃる方がほとんどでした。計画倒れもあれば予想外の好評もある。私のような素人の企画する催しというのは、やってみないとわかりません。

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自転車のように 

毎年11月は6月の次に忙しい、というのは以前どこかで書きました。
その11月も終わって、あとは年末まで風邪などひかないように頑張るだけです。といっても、すでに風邪はひいていますが(笑)。
先週の土曜日は何も予定のない日で、しかもずっと積み残し続けてきた雑用を前日までにあらかた終えていたので余裕がありました。
そこで朝からウォーキング。

    8000歩コース

を歩いてきました。実は歩数計を失ってしまったので厳密な歩数はわからないのですが、決まったコースですからほぼ間違いないと思います。1時間10分くらい。距離にして6.6km程度でしょうか。さすがに一時期に比べると人が減っています。秋の盛りの頃は多くの人が歩いたりジョギングしたりあるいは子どもの自転車の稽古に付き合ったりしていましたが、やはり朝早いと寒いですから時間を遅らせているのか、あるいは中止しているのか。
私も寒いですから重装備。手袋までしてトコトコと歩いて行きました。しかし5000歩くらいになるとほかほかとしてきて、手袋などしていられなくなりました。
帰宅して、そろそろきちんとしてやらないと、と思っていた

    ピーマン

の片付けを始めました。ほんとうにたくさんの実をつけてくれて、嬉しかったです。感謝の気持ちで片付けました。ふと見ると、ひとつ実が残っていて、それも収穫しました。

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年賀状、どうする? 

自分でいうのも変ですが、私はかなり筆まめなのです。
手紙を書くことはまったく苦にならず、学生時代からよく書きました。今の学生に聞きますと「手紙なんて書くことはない」という答えが多く返ってきます。まあそうでしょうね。LINEか、せいぜいメールで何でも済ませてしまいますから。もっとも、今はメールアドレスなど友人の間で教えることはあまりないのだそうで、

    LINEのアカウント

だけ知っているというのが普通だとか。電話番号(自宅の固定電話の)や住所なんて全然知らないといいます。
個人情報は秘密にするということがうるさくいわれる時代ですから、今は住所録などというものもありません。以前は全ての教職員、学生の住所や電話番号が網羅された住所録が配布されていました。学生にそんな話をすると「信じられない」という反応があります。時代は変わりました。
授業で

    「きちんとした手紙

を書く」という内容の話をしているのですが、私が大学生の時にはあたりまえのように知っていたことを今の学生は知りません。「拝啓」と「前略」はどう違うのか、「かしこ」とは何か、「ご自愛」ってどういうことか、など、ほぼわかっていません。といっても、別に今の若者が無知でダメなのではなく、そういう時代になったということです。「昔の若者」はLINEもメールもなかったのですから。

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月と金星 

日の出がほんとうに遅くなりました
神戸では、本日(2015年12月8日)の日の出は

    6時53分29秒

だそうです。日の入りが16時48分20秒なので、単純に引き算すると昼が9時間55分くらいなのですね。
ちなみに、日本最西端の与那国島の日の出は7時19分36秒、日の入りが18時00分14秒、最東端の南鳥島では日の出が5時15分00秒、日の入りが15時56分20秒。日本は広いです。
こうなると、割合に早く起きる私など、目が覚めても真っ暗ということになります。
それどころか、家を出るときもまだ夜は明けていません。暗くなってから帰り、日が昇る前に家を出ますので、自分の家が今どんな外見をしているのかわからなくなりそうです。
昨日(7日)の朝、家を出たのは5時45分くらいでした。おおむね私は南東向きに家を出るのですが、目の前に10月末の月が出ていました(月齢25.4)。昨日は神無月二十日余り六日だったのですね。
月だけではありませんでした。もののみごとにきらめいている金星があったのです。まさに

    明けの明星

の名にふさわしい、月の輝きに負けない星でした。
ほうっとため息をつくほどの明るさで、ついカメラを探してしまいました。あいにくいいカメラを持っておらず、また私の写真技術はまるでお粗末なものですから、きれいには撮れませんでした。

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創作浄瑠璃の会(5)〜一般の方々のアンケートから 

学生からのアンケートは授業で生かせます。来年度の催しにも生かせると思います。
一般の方からもいくらかアンケート用紙を回収することができました。教職員を合わせると20人はいたのですが、こういう催しをしても、だいたい教職員は何も書いてくれません(笑)。結局

    12人

のかたから回答やご意見をいただきました。
義太夫節については「よく知っていた」というかたがゼロでした。「いくらか知っていた」「あまり知らなかった」「まったく知らなかった」がそれぞれ5人、5人、2人でした。文楽の語りと言えばもう少し認知度は上がったかもしれませんが、義太夫節という言葉自体は必ずしも浸透したものではないと感じました。「これまでに三味線を聞いたことはありますか?」という問いに対しては、さすがに半数の人がナマで聴いたことがあるとお答えでした。「放送などで聴いたことがある」という方を含めると大半が体験されていました。しかしそれが太棹であるかどうかというところまではわからないという方も何人かいらっしゃいました。中には

    津軽三味線

を習っているという方もあり、こういう方は日々聴いていらっしゃることになりますね。
「文楽や歌舞伎を御覧になったことはありますか?」という問いに対しては大半が「何度か観たことがある」というお答え、「よく観る」という方も数人いらっしゃいました。さすがです。

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創作浄瑠璃の会(4)~学生のアンケートから 

学生の授業として創作浄瑠璃の会を計画して実施しました。
アンケートを書いてもらったのですが、書いてくれたのはほとんど学生と公開講座受講者の皆さん。だいたい教員、事務職員は書いてくれません(笑)。
本当は一人でも多くの人の感想を知りたいのですけれども。
さて、学生の

    アンケート回答

をいくらかまとめてみました。

「義太夫節を知っていましたか?」
という質問についてはほぼ「知らなかった」という回答でした。ほぼ予想どおりでした。ただし、文楽鑑賞教室に行ったことがあるという学生はいますので、実際は経験しているはずなのです。でも、義太夫節などという言葉はほぼ知らないのです。

「三味線を聴いたことはありますか?」
という質問では「ナマで聴いた」「放送などで聴いた」「聴いたことがない」がもののみごとに同数。

「歌舞伎や文楽を観たことはありますか?」
については「よく観る」はゼロ。「何度か」「放送などで」「観たことはない」がほぼ同数。

「今日のお話で歌舞伎、文楽、義太夫に興味を持ちましたか?」
の質問には「強く持った」が3分の1、「もともと興味があった」が5分の1、「いくらか興味を持った」が半分でした。「特に興味は持たなかった」という項目も入れておいたのですが、それはゼロでした。

演目は私が本を書いた「送り拍子木」でしたが、やはり心配なのは内容を理解できたかどうかです。「浅葱裏(田舎武士)」とか「番太郎(夜回り)」「八里半(やきいも)」などの古風な言葉もいろいろ使っていますので。そこで、
「今日の演目は理解できましたか?」
と問いました。「わかりやすかった」「大体わかった」「わかりにくかった」の3項目で聞いてみたのですが、「わかりやすかった」が3分の2、「大体わかった」が3分の1、「わかりにくかった」は幸いゼロでした。意味の解説などせずに聴いてもらったのですが、こまかいことはともかく、大筋はわかってくれたようでした。

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草を食べて 

草を食べて

去年の授業で学生に一番ウケたのは、もののはずみで「私は元祖草食系です」と口走ったことだったかもしれません。
どういう話題からそういう発言に至ったのか、今となってはあまりよく覚えていないのですが、次の時間まで後を引くほどネタにされました(あるいは自分でネタにしました)。
ヒトはニッチ(生態的地位)でいうと本来は肉食獣だったようですが、私はあまり肉を好みません。特に鳥と四つ足動物の肉は好んでは食べません。魚は比較的食べる方ですが、好きなのは焼き魚です。刺身はすし飯に乗せると食べますが、それだけだと好物とはいえません。
一方、野菜は大好き。生でも炒めでも煮ても。以前は

    ブロッコリー

があまり得意ではなかった(青臭さと舌触りがあまり・・・)のですが、最近は平気になりました。例外は茄子と煮た大根とロールキャベツ。おでんでも大根にはまず手を伸ばしません。
学生と焼肉に行った時など、彼女たちは食べる食べる。猛烈な勢いで肉のおかわりをしていました。しかし私は野菜専門。もやしとかピーマンとかたまねぎとか・・・。「せんせ、遠慮したらあかんで」という学生に「君がちょっと遠慮したら?」という言葉を呑み込んで「いや、これが好きなんで」と

    引きつった笑い

をしていました。
というわけで、文字通りの意味でも草食系なのですが、最近の言葉でいう草食系の要素も昔から変わりません。私を形容詞ひと言でいうと「なさけない」です。最近ほんとうにそう思います。

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創作浄瑠璃の会(3) 

会は順調に進み、体験コーナーも一段落。このあとは会場の方との質疑応答。
私は何が何やらさっぱrわかりませんが(笑)。
司会者さんが、「このあとどうしましょう」といってきたので、「もう一曲お願いできれば」と伝えました。
すると師匠は

    天晴桃之鬼退治

を演奏してくださいました。タイトルからお分かりの通り、桃太郎です。ライブでもとても人気の高い曲のようで、

    橘凛保 さん

の作。テレビCMが入ったりして、会場は笑いに包まれていました。立花さんは存じ上げない方なのですが、一度お目にかかりたいと思います。このほか、松也師匠には作者さんが何人かいらっしゃるようで、そういう方とも交流を持てれば勉強になるかもしれない、と思っています。
これでちょうど予定の13時30分。皆さん大満足といったご様子でお帰りいただくことができました。笑顔が何よりもそのことを雄弁に物語っています。
全員で記念写真を撮ればよかったと後悔しています。

お礼を申しますと、師匠はいつもそうなのですが、さっと手を差し伸べてくださり、がっちり握手いたしました。
あとは会場を片付けて控え室に戻りました。

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創作浄瑠璃の会(2) 

進行役を担当してくれた卒業生さんは、いつもこういう催しをすると手伝うといってくれるのです。仕事もあるのに、ほんとうにありがたいことです。
優秀な人ですので、こういうことを任せてもまず安心。実際、とても立派な司会ぶりでした。
最初は三味線についてのお話。
師匠はこういう催しはしょっちゅうなさっていますので馴れた解説。しかもとても丁寧で

    わかりやすい

と好評でした(以下、写真は携帯で撮ったため、かなり見にくくなっています)。

松也師匠解説中
↑ここが胴です。駒があります・・・

「うんうん」と頷いたり、「へ~」と感心したりしながら聴いている学生もいました。
一応こちらでインタビュー内容をお話しておいたのですが、立て板に水の師匠ですから、どんどんお話が広がっていったようです。
詳しい内容は私には分かりませんが。
話がこのあとの演奏のことになると、松也師匠が、作者に聞いてみましょう、とおっしゃって、私に振ってこられました。予定外でしたのでびっくり。たどたどしく

    作者の意図

なるものを少しお話しました。
義太夫節という音曲の詞章であることを意識しながら、せりふに人物の感情が見え隠れするように書いたことことなどを申しました。伝わったかな?

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創作浄瑠璃の会(1) 

昨日は私の仕事場に歌舞伎三味線奏者の

    野澤松也 師匠

においでいただきました。
全国を飛び回ってご多忙の師匠においでいただけるとは、夢にも思っておりませんでした。
松也師匠は10月、11月と連続で東京歌舞伎座にご出演でしたが、12月は少し余裕があるとおっしゃっていました。
しかし実際は各地でさまざまな催しに出演されていて、余裕などないに等しい日々をお送りのようにお見受けいたします。
それにも関わりませず、また十分なお礼もできませんのにおいでいただきましたこと、心から御礼申し上げる次第でございます。
また、私が何もできない身の上のため、

    学内外の協力者

にはずいぶんお世話になりました。
学内では研究日にもかかわらず出勤してくれた同僚がいまして、師匠の送り迎えをしてくれたり、手続き関係のことを一切引き受けてくれたり、と大変お世話になったのです。
別の同僚は一般の皆様への講座の日に当たっているとのことで、受講者の皆様と一緒に来てくれました。
また、学外からは私のとても信頼している卒業生さんが応援に駆けつけてインタビュアーを引き受けてくれました。初めての経験だと本人は言っていましたが、なんのなんの、堂々と師匠にお話をうかがってくれたのです。
松也師匠に御礼申し上げるのは当然として、こういう人たちがいなくては成り立たない計画だったのだ、と、今になって改めて思います。

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