陰陽五行と音楽 

昨日の記事と重なるところがあると思います。

物事を2つに分けるのはわかりやすいものです。
中国からの影響で日本でも古くからさまざまなものを「陰」と「陽」に分ける考えがありました。月は陰で日は陽、水は陰で火は陽、女は陰で男は陽、偶数は陰、奇数は陽で、陽数の「九」が重なると九月九日は「重陽」になります。
また、木火土金水の五つを五行(「行」は運行すること。これら五つが循環することで万物ができる)と言って、これもいろいろなものに当てはめられました。
春=木、夏=火 土用=土、秋=金、冬=水であり、東=木、南=火 中央=土、西=金、北=水であり、青=木、朱=火 黄=土、白=金、玄=水。甲乙丙丁・・の十干はきのえ、きのと、ひのえ、ひのと・・ですから、き(木)、ひ(火)・・にそれぞれ「兄(え)」と「弟(と)」を付けたものです。

    「青春」「白秋」

などの言葉も生じ、古墳の壁画でもおなじみの、四方を守護するのが青龍(東)、朱雀(南)、白虎(西)、玄武(北)ということになります。
日本に唐の音楽が伝わりましたが、それをそのまま受け入れるのではなく、次第に日本化することになりました。九世紀の前半(仁明天皇のころ)から半世紀以上をかけて、雅楽の日本化が進みました。例えば楽器です。「阮咸(げんかん)」「箜篌(くご)」「莫目(まくも)」など、あまり使わない楽器は捨ててしまって、

    十四種類

に減らしたそうです。日本化のためには新しい日本独自の曲を作ることも必要でした。そこで、民謡などに雅楽の旋律を付けて「催馬楽(さいばら)」として歌われたりもしました。

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「呂」ふたたび 

「呂」(ろ、りょ)という文字について、その後もいろいろ考えていました。
『源氏物語』「若菜下」には光源氏と彼の息子の夕霧が音楽について話す場面があるのですが、そこで光源氏は

    律をば次のものにしたる

と言っています。呂に対して律は二次的なもの、という考えのようです。この当時の公的な場での音楽(正楽)では呂旋法が用いられることが多く、そのことと関わりがあるのかもしれません。
古来、春秋優劣論があります。『枕草子』はそれぞれによさを見出し、春はあけぼの、秋は夕暮れがよいと言いました。しかし、山もとに春霞の漂う水無瀬川を見た後鳥羽院は「夕べは秋がいいとどうして思ったのだろうか(春もいいではないか)」という歌を詠んでいます。
先の若菜下巻で、夕霧は音楽には春がよいと考えており、光源氏は「その春秋の優劣は昔から判断がつきかねている問題だから、我々風情に結論は出せない」と言いつつ「律が二次的なものというのはなるほどそのとおりだ」と言っているのです。ここで疑問が湧くのですが、春秋の話と呂律に何の関係があるのでしょうか。この疑問を解き明かそうと、『花鳥余情』という注釈書は

    「呂は春の調べ、

律は秋の調べといふか」と記しています。「呂」(=春)を「律」(=秋)より優位なものとすると、夕霧の言うように音楽に関しては春が秋よりふさわしいという理屈は成り立つということなのでしょう。
光源氏は夕霧の言うことにとりあえずの賛意を示しているのです。

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江戸弁 

共通語=東京弁と思い込んでいる学生はとても多いです。でも、共通語で「しでえ野郎だね」「あたしゃ、そうは思いたかないね」とは言わないでしょう。今でも東京の、何代も続いた江戸っ子たちはきれいな東京弁を使っているはずです(と信じています)。そういう生粋の江戸っ子はなくなってほしくありません。
大阪の人で「ええお天気だんな」「よろしおまっせ」という人は減ってきているようです。文楽の若い太夫さん、日常的に

    きれいな大阪弁

を使ってください。それが地元っ子(たとえば大阪っ子、京都っ子、神戸っ子)の矜持ではないですか。私のようにどこの子か分からないような言葉遣いしかできないのはかっこわるいです。

さすがに私もナマの舞台は存じませんが、昔、ワカナ、一郎という漫才コンビがありました。ミス・ワカナ、玉松一郎。わらわし隊として戦争の慰問にも行ったとか。私はこのコンビの漫才を何本かラジオで聴いたことがあります。ワカナさんは見るからにかわいい、美貌の漫才師.一郎さんはどこか抜けたような風貌。このでこぼこコンビは、しかし絶大な人気を誇ったようです。
ワカナさんで驚いたのは、よく通る声のすばらしさ。中でもそのいいお声で

    全国の方言

を駆使してしゃべる漫才は圧巻でした。実際その方言が正しいものなのかどうかは私には分からなかったのですが、いかにもそれらしくおっしゃっていました。この「らしく」というのは大事なことで、まさに「芸」だろうと思います。実際、これがとてもお客さんに受けていたのです。ヒロポンなどの乱用などもからだを痛めたらしく、ワカナさんは30代半ばで(阪急西宮北口駅で倒れたとか)亡くなりましたが、惜しい方だったと思います。ちなみに、二代目ミス・ワカナは後のミヤコ蝶々さん、四代目は吉本新喜劇で活躍された河村節子さんだそうです。

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いまどきの中高年は 

学生と付き合っていると、どうしても彼女たちの味方をしたくなります。
学生が持つ不満の中に、「大人たちはむやみに私たちを虐げる」というものがあります。バイトで接客をしていると、理不尽なことを言う客が多いのだそうです。しかもそういう不平は「言いやすい人に言う」ことになるので、狙われるのは若い女性アルバイトなのです。ちょっとしたミスをしただけでもいくらあやまっても許してくれない、あやまり方が悪いと言って怒鳴りつける、「最近の若い奴は」「ゆとり世代は」と捨て台詞を吐く、そのくせニヤニヤしてバイト学生をいじめるのを楽しんでいるような輩もあるそうです。店の奥に入って

    泣いた、

などという学生の体験談はいくらでもあります。
相手が弱いと思ったら大きな顔をする。それのどこが「大人」なのでしょうか。ところが実際はそういう連中が跋扈しているのです。
私は日本語表現の授業や生涯学習の授業で学生からそういう悩みを聞かされます。授業と直接は関係なくても、私はすべて答えるようにしています。無能な教師には無能な教師のするべきことがあると思っているからです。あやまりかたについてもそういう横柄な客に対してはこういう具合にすればいいのではないか、ということも言います。それは結果的に日本語表現の勉強にもなると思っているのです。また、19歳の学生が

    人生のこの時期に学ぶこと

として(つまり生涯学習の一環として)重要なことでもあると思っているのです。ヘリクツと思われるかもしれませんが、私は教科書を読むだけの授業をするくらいならこういう形で学生とコミュニケーションを取るほうがよっぽどマシだと思っています。批判されても改める気はありません。

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前期終了 

本日の授業で、前期の学生対象の授業は終わりです。
長いです。大学で15週間は授業し過ぎだと、自分が学生の頃は多くとも13週間くらいだった者としては思います。
最近の学生さんはたいへんです。
私個人としては、特に6月7月が忙しいので、終盤は必死でした。
倒れるとは思いませんでしたが、からだのだるさは半端ではなく、私には珍しい腰痛にさえ見舞われました。
授業の最後になると学生がいろいろ言ってくれます。
不自由な身の上の者が

    怪しげな内容

の授業をしているのですから文句を言われても当然なのですが、千秋楽のご祝儀ということでしょうか、いいことを言ってくれます。
やはり「考える授業でした」「役に立ちました」「好きではない分野ですが、興味を持ちました」ということを言われると、私の目標がそこにありますので、嬉しいです。
もちろん、全員がそんなことを言ってくれるわけではありません。
ずっと居眠りをしていたのではないかと思うようなことを書いてくる者もいましたし、最終回あたりは試験の最中なので内職に専念する者もいたのかもしれません。「試験が気になるなら、もう

    無理して出なくても

いいよ」と言っておいたのですが、みなさん最後までよく来てくれました。
今は、学生から授業アンケートというのを取るのですが、これが結構面倒なのです(学生にとって)。
もう、なんで全部の授業で同じことさせるの!」といらいらする人もいるようです。気持ちは解ります。だからといって「私の授業は書かなくていいよ」とも言えず、申しわけありませんでした。

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屋根 

私の仕事場は不便なところがあります。
バリアフリーという考えがまだ希薄な頃に建てられた学舎なので、よけいにそうなのだろうと思います。
この間、図書館から紙芝居を借りました。
当然返さねばなりません。ところが梅雨のさなかでしたので雨がざあざあ降っています。
小さな本なら抱え込んで傘を差していけばめったに濡れませんが、紙芝居は嵩張ります。
ちょっとしたことで濡れる可能性がありますので、やむを得ず文楽人形の小道具を運ぶのに使っている

    衣装ケース

に入れて図書館まで持っていきました。やはりケースは濡れました。
そもそもどうして濡れることを心配して返しに行かねばならないか、というと、

  図書館まで屋根続きではない
  返却ポストが図書館の入口にしかない

という問題があります。
このどちらかが解消されれば濡れることはありません。
最近図書館は良くなっています。学生が「乾燥するのでウオーターサーバーが欲しい」と言っていたのですが、それはすぐに設置されました。そういう姿勢で返却ポストのことなども考えていただければいかがなものかと思います。もちろん、まかり間違っても職員に便利なところに置くというのはダメです(笑)。

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光源氏の孤独感(2) 

光源氏は須磨に謫居の日々を送っていた時も語り合う人が居ないことが何よりもつらかったようです。その気持ちは、口幅ったいですが、私にはよくわかるような気がします。
須磨で年を越した頃(光源氏二十七歳)、なんと、彼の親友でよきライバルでもあった

    宰相中将(かつての頭中将)

が都から訪ねてくれました。宰相中将は「もし須磨に行ったことが表沙汰になって咎められてもかまわない」という気持ちで出かけたのです。光源氏が感激したのは申すまでもありません。
今、住吉神社でかつての苦しい日々を思い出す光源氏は「もしここに彼が居てくれたら」と思うのです。もしいてくれたら「うち乱れ語り」合える(くつろいで思う存分語り合える)のですが、彼は致仕大臣(ちじのおとど。引退した大臣のこと)となって今回も来ていないのです。そこで光源氏はこの親友のことを

    「恋しく」

思うのです。紫式部はここであえて「恋」という言葉を用いています。実に的確だと思います。そのあと、光源氏は「入りたまひて、二の車にしのびて」和歌を送るのです。「入りたまひて」というのは人々から離れておくに入るのでしょう。舞や音楽を楽しんでいる人々とは精神面でまったく異なった次元にいることを自覚した彼は、いたたまれなくなって奥に入るのです。この「入りたまひて」という動作は何でもないことなのですが、これによって彼の心情が浮かび上がってきます。

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光源氏の孤独感(1) 

公開講座で『源氏物語』の「若菜下」巻を読んでいます。
この巻は柏木と女三宮の密通がよく知られる場面なのですが、ほかにもいいところがいろいろあります。
先日は住吉参詣の部分を読みました。
当時の都人は、旅などめったにしません。しかし出かけたいという思いは持っていたはずです。光源氏は、明石の入道という人物の立てていた願の願ほどき(お礼参り)をしようと計画し、紫の上(光源氏の妻)、明石の女御(光源氏の娘で天皇の女御)、明石の御方(明石の君とも。明石の女御の母、明石の入道の娘)、明石尼君(明石の御方の母)などをつれて摂津の

    住吉神社(住吉大社)

に出かけるのです。
光源氏は若き日に須磨に退去して鬱々たる日を送ったことがありました。その時に嵐に遭い、須磨を捨てて明石に行きました。これは住吉の神のお導きということになっていて、そこで明石の入道と出会います。明石の入道は偏屈な院物で、大臣の家柄でありながら都を捨てて播磨に居着きました。しかし娘はなんとしても都の高貴な人物の妻にしたいと願い、光源氏と出会うことでそれが叶ったのです。光源氏と入道の娘の間には女の子が生まれ、その子は紫の上の養女となって都で成長し、やがて春宮(とうぐう)の女御となり、子どもにも恵まれます。明石の御方は娘の母という立場を捨てて世話係のような立場で謙虚に励み、それゆえにかえって人々の称賛を浴びることになります。明石の尼君も都に上り、

    幸い人

の代名詞のように言われているのです。入道は遁世して今は山奥で暮らしているのですが、一家はすばらしい繁栄をしています。

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2016年 文楽夏休み公演初日 

夏休みという感覚がまだないので(実際まだ授業はあります)、うっかりしていました。
今日から文楽夏休み公演が始まるようです。
この公演は

 第一部 【親子劇場】 午前11時開演
       五条橋(ごじょうばし)
       解説 ぶんらくってなあに
       新編西遊記GO WEST!
 第二部 【名作劇場】 午後2時開演
       薫樹累物語(豆腐屋、埴生村、土橋)
       伊勢音頭恋寝刃(古市油屋、奥庭十人斬り)
 第三部 【サマーレイトショー】 午後7時開演
       金壺親父恋達引

です。
私、なんだか久しぶりの「金壺親父」を楽しみにしています。昔テレビで観て、文庫本で読んだだけなのですが、今回はどうなるのか期待しています。
8月9日までの公演です。

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色に出る 

昨日書きましたように、お世辞を言われて喜んで、「あれはお世辞だったのだ」と気づいたとき、何となく心の中が赤らむような気になります。少し熱を持った恥ずかしい感じ。学生さんにうまいことを言われて一瞬でも真に受けてしまった私の恥ずかしさが顔色に出ていなかったらいいのですが。しかし、
  しのぶれど色に出でにけり
    我が恋は
     ものや思ふと人の問ふまで
              (平兼盛)
ということもあります。いくら忍んでも、思いは顔に出るものです。
この歌は壬生忠見(みぶのただみ)の「恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」と並んで百人一首に入っていますが、実はこの二首は歌合(うたあわせ。左右から歌を出し合って、優劣を競う)で

    「忍ぶ恋」

のテーマで番(つが)われた、すなわち比べられた二首なのです。
優劣付けがたいと皆が思っていたところ、天皇(十世紀半ばの村上天皇)が「しのぶれど」の方を少し口ずさんだのを聞いた判者(優劣を判断する人)が兼盛の勝ちとしてしまいました。古今和歌集の撰者の壬生忠岑の息子である忠見は歌人としてのプライドも高く、この自作に自信がありましたので、こういう結果になって絶望的な気持ちになりました。煩悶して

    命絶えた

という説話まで残っているほどなのです。
天皇のちょっとしたツイートが大きな意味を持ったのです。
それにしても、忍ぶ思いがほんのわずかに表に出る瞬間を捉えて詠んだ兼盛の歌はなかなかいいものだと思います。

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勘違い 

蒸し暑くなってきて、しかも回数を重ねることで学生さんの授業への集中度がいささか失せがちです。しかも私の授業の場合、専門科目ではありませんから、単位さえ取っておけば何ら問題はない、という程度の認識の人も少なからずいますし、とどめをさすように話自体がおもしろくないので、学生さんも苦痛になるわけです。同情致します。そこでなんとか彼女たちに話を聴いてもらおうと工夫するのですが、工夫が行き過ぎて

    暴走する

こともしばしばあります。
「だいたいね、大学教授とか、医者とか、政治家とか、役人とか、弁護士とか、インテリぶってる人間ほどバカで単純なんです。だからある程度はおだてておいたらいいんですよ。手のひらに乗せてコロコロ転がしておけば、彼らも(自惚れたり勘違いしたりして)喜んでまた働きます」。
こんなことを授業で言う教員がいるでしょうか? もしいたら

    けしからん話

だと思います。職業で人を決めつけたりしてはいけませんから。医者にも政治家にもいろいろな人がいるのです。なるほどコマッタ人もいますが、信頼するに足る人もいくらでもいます。それを医者だから、政治家だから、といってバカだの単純などと言って枠にはめてはいけません。
しかしまあ、なんですね、授業の中のお笑いネタというかツカミに使うくらいなら勘弁していただけないでしょうか。冗談4分の3、ホンネが4分の1くらいで。

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「呂」 

豊竹英太夫さんの六代目襲名発表によって呂太夫の名が話題になり、改めて思うのですが、なぜ「呂」なのでしょうか。私など「呂」の文字からは「風呂」や「語呂」を一番に思い浮かべてしまうのですが、「風呂で浄瑠璃をうなっていたから」とか「言葉の調子がいいから」という理由で「呂太夫」になったとは思えません(笑)。「いろは」の文字は本来「以 呂 波」を崩したものですから、仮名の二番目という印象もあります。ではこのことと関わりがあるのでしょうか。なかなか難しい問題なので、この際、漢音で「りょ」、呉音で「ろ」と読む「呂」の字について少し考えてみることにしました。
日本の古典文学や伝統音楽に興味があるなら「呂」の字から「風呂」や「語呂」を連想していてはいけないのです。やはり

    「律呂」

または「呂律」を思い浮かべるべきでしょう。「りつりょ」「りょりつ」。「呂律」と書いた場合は「ろれつ」と読むこともあって「ろれつが回らない」という言葉で今に伝わります。「呂」と「律」がうまく転回しないのが「ろれつが回らない」なのです。ということでお分かりのように、「律」と「呂」は対語になっています。日本や中国の伝統的な音楽で基本とされた音は

    十二律(じふじりつ)

といって、日本では壱越(いちこつ)、断金(たんぎん)、平調(ひやうでう)、勝絶(しようぜつ)、下無(しもむ)、双調(さうでう)、鳧鐘(ふしやう)、黄鐘(わうしき)、鸞鏡(らんけい)、盤渉(ばんしき)、神仙(しんせん)、上無(かみむ)がそれに当たります。そのうち陽性に属するのが「律」(壱越、平調、下無、鳧鐘、鸞鏡、神仙)、陰性が「呂」(「律」の音以外)です。
また、律旋、呂旋というと雅楽などの音階で、律旋は平調、黄鐘調、盤渉調、呂旋は壱越調、双調、太食(たいしき)調。
「呂」はこのように日本の音楽には欠かせない文字なのです。

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天満あたりへ(2) 

和歌山に日本製薬という会社があり、ここが上西春天堂のあとを継いで「はらはら薬 翁丸」を製造しています。文字どおり腹の薬で、香附子(こうぶし)、黄柏(おおばく)、当薬(せんぶり)、木香(もっこう)、龍脳香(りゅうのこう)を成分とするものだそうです。今も売られているということは、なかなかいいものなのでしょう。上西家は、もとは近江の神社の家柄だそうですが、そこで伝承薬として用いられていたものを商品化して大坂

    天神橋筋一丁目

で天明二年(1782)に開業し、「はらはらぐすり〜」と声を挙げながら売り歩いたのだそうです。その本家の次男として天保十四年(1843)に生まれた上西吉兵衛は、大声自慢だったのでしょう、やがて素人として呂篤(「鶴澤叶聞書」によれば二代目)を名乗り、研鑽を積んだようです。そして明治七年に呂太夫と名乗ってデビュー、生涯その名を改めませんでした。この人が「はらはら屋」と通称されているのは、今も製造されているはらはら薬に由来すること、申すまでもありません。この人はとてつもない大音で、「鶴澤叶聞書」(茶谷半次郎)によると、御霊文楽座の客席にある高窓を通して、一丁南の瓦町まで

    大落としの声

が聞こえたと言います。二世古靱太夫(のちの山城少掾)話でも文楽座の東側の平野町へ出た東北の角まで聞こえたと言います(山口廣一『文楽の鑑賞』)。大げさな気もしますが、二人の証言で、しかも同じように100メートルほど先まで聞こえたと言っているので、ある程度信用できそうに思うのです。風に乗ったとしてもすごいものです。デビュー(道頓堀竹田芝居)が『御所桜堀川夜討』三段目で、この演目はかなりお得意だったそうです。

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天満あたりへ(1) 

大阪は梅田界隈がなんといってもにぎやか。その南、御堂筋沿いの淀屋橋、本町あたりはオフィス街です。御堂筋が栄えたのはやはりあの広い道ゆえ。道をどう設計するかという町造り文化が経済を発展させた例といえばいいのでしょうか。
その道に対する敬意は持ち続けたいものですが、私はどうも最近のあの木に電線を巻いた電飾が好きになれなくて、御堂筋にあまり行きたくないのです。特に冬場は昼も夜も興味がありません。
文楽劇場まで梅田から歩く時は、そんなわけで東側の

    堺筋

を南下することにしています。難波橋から南です。
先日、用があって谷町6丁目を目指すことになったのですが、いきなり行くのはもったいないので、今回はその難波橋から堺筋コースではなく谷町筋を目指しますので、さらに東側、梅田から天満橋辺りまで歩くことにしました。
さて、梅田から南、やや東寄りにおなじみの

    露天神社

があります。いわずもがなの「お初徳兵衛」の神社です。その少し東南には遊女かしくの法清寺、北に戻ってさらに少し東へ行くと太融寺や綱敷天神、北に戻らずに東に行くと堀川戎や成正寺(大塩平八郎の墓所)、ここまでいくと天神橋筋はもう少しです。ついでに天神橋筋を越えて東へ行くと山片蟠桃、篠崎小竹、緒方洪庵らの墓所が並ぶようにあります。
いろいろ回りたいのですが、暑い時期でもありますし、チェックポイントその1の堀川戎界隈を目指すことにしました

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消去法 

数学は、中学生の頃はさほど成績は悪くなかったのですが、高校時代にいっぺんに苦手になりました。
なぜあそこまで毛嫌いするようになったのか、自分でもよく分かりません。すぐに答えを出さないとダメ、というのがまず気に入らなかったのかもしれません。教師もせっかちな人が多くて、ちょっと考え込んでいると「こんなこともわからんのか」と「はい、次!」とそっぽを向くタイプが多くて、そりが合わなかったのかな。
いやなことはしない、という怠け者ならではの性格が災いして、学年が上がるにつれてますます数学はできなくなりました。特に図形なんて、なんだかわからなかったな。理系の連中がなぜこんなものをおもしろがるのか、神経を疑いました(笑)。だからといって、

    大学受験

がありますので無視はできないのですが、やはり無視しました(笑)。肝腎の入試はほんのわずかに点が取れたかな、という程度。0点ではなかったと思います。
不思議なことに、大学の教養科目で受講した数学は具体的なことに何を学んだのかはもう覚えていないのですが、なかなかおもしろくて、しっかり勉強したために成績も良かったのです。ということは受験数学だけがダメだったということか・・。
・・などということを考えていたのは、

    消去法

って、数学で出てきたのかな、と思ったからです。方程式か何かの関連だったかな? 理屈に合わないものを消していって、残ったのが正解だとか何とかいうやりかたですよね、多分。

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弱い者は叩け 

この春、プランターにニンジンの種を蒔いてみました。時期がやや遅かったのですが、去年はナス科を植えましたので、ほかのものをと思って選んでみました。時期が遅いと暑くなり過ぎる可能性がありますので、果たしてうまくいくものかどうか、甚だ不安です。ただ、根が太るかどうか、食べられるかどうかは第一の目的ではないのです。「こいつ、また

    寝ぼけたこと

を言っている」と思われるかもしれませんが、私の価値は寝ぼけたことを言うことにありますので話を続けます。
ある程度育った苗をひとつ植えるのとは違って、種を蒔く場合はその植物の生涯をすべてみつめることになります。ニンジンは発芽率が低いのだそうで、発芽までの約1週間、きっちり水やりなどの世話をするのが大事なのだとか。もうひとつ大切なことは、発芽した個体すべてを育てるのではなく、

    間引き

をすることです。これをしないと成長するものもしなくなるので、心を鬼にして適宜抜いて行きます。「心を鬼に」なんて大げさに思われそうですが、実際そういう気分になるのです。間引きをする場合、あまりしっかりしていない、弱いものを選ぶことになります。弱いのだから仕方がない、強いものを生かすためには犠牲になってもらわねばならない、という理屈です。こんなふうに書くと、なんともやりきれない思いがします。つい、人間界に置き換えてしまうからです。しかしあえてそれを自分に課することを、ニンジンの種を蒔く目的の一つにしたのです。

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学生の紙芝居 

私は最近、授業で何種類もの紙芝居を演じています。しろうとですからうまいわけはありませんが、しろうとだけに基本を勉強して、何度も練習していることだけは自負しています。
「私は専門家ではありませんから、その点ではみなさんと同じです。だから、今日は基礎的な話をしますので、それをもとに自分で練習して次回の授業でやってみませんか」とそそのかして(笑)みました。教養科目ならこういうことをいっても知らん顔をされるのが宿命のようなものですが、この科目は

    専門科目

です。保育士や教諭を目指すならこれくらいのことはやっても当たり前だという口調で勧めたので、きっと何人かやってくれるだろうと信じていました。
当日、それでも不安な私は、誰も挙手しないことを前提にもう一度自分で演じた上で強制的にやらせてみる気持ちで授業に行きました。
杞憂でした。8人の学生が図書館から借りてきた紙芝居をそれなりに工夫して実演してくれました。
彼女たちがとりあげたのは「ふうせんふわふわ」「ごんぎつね」「こぶたのけんか」「みにくいあひるのこ」でした。2つが未就園児向けのもの、あとの2つは幼稚園から小学校低学年向けの物語性のあるものです。
私が話したポイントは、語りに関しては
 ★あせって早口にならないこと
 ★間をとること
 ★人物を語り分けつつも声色にならないこと
 ★緩急、強弱、高低などの変化をつけること
などで、抜き方に関しては
 ★場面に応じてさっと抜いたりゆっくり抜いたり途中で止めたりすること
 ★必要に応じて紙を揺らす、回すなどの工夫をすること
 ★その他、独自の工夫を凝らしてもよい
といったところです。

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選挙、行きません 

新しい公職選挙法が施行されて初めての国政選挙がありました。
ポイントは選挙権が「18歳以上」になったことです。
海外の事情を鑑みても18歳以上とするのは不自然なことではないような気がします。
ただ、電車の料金は中学生以上は大人、バイクの免許は16歳以上、自動車免許や成人映画は18歳以上、タバコやお酒は20歳以上、とバラバラなので、一体おとなというのはいくつからなの? という感じがしないでもないのです。成人式は20歳ですよね。
学生のころを思い出しますと、私の実感としては

    18歳からが大人

で、選挙権だけが20歳まではないという感じでした。いわば、18歳からの2年間が研修期間のようなものでした。
大学にはいればもう誰にもはばかることなくお酒が飲める(法的には飲めない)し、タバコも吸える(法的には吸えない)というわけで、1年生の時からコンパではお酒が出るなんて当たり前の話でした。
法律違反。はいそうです。誰もが分かっていますが、一方では

    「それが何か?」

と誰もが思っていたのです。
私はタバコは吸いませんでしたが、お酒は最初の「新歓コンパ」のときにおそらく誰にも負けないくらい(先輩には負けましたが)飲んだだろうと思います。

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ヒロインの孤独(2) 

紫の上の年齢ははっきりしないのです。最初に登場した時は「十歳ばかり」と書かれていて、もし十歳なら光源氏と八つ違いになります。そのあと、「十歳あまり」と書かれているところもあり、「十二、三」というところもあります。はっきり年齢が書かれているのは「若菜下」巻で、「今年は三十七にぞなりたまふ」という記述があります。このとき光源氏は四十七歳なので、十歳違いになります。今の小説なら不明確で一貫性がないといってあげつらわれるでしょうが、当時の読者はそこまで厳密なことをいわなかったのかもしれません。
今話題にしているのは、その「三十七」になる前年ですので、三十六歳(源氏と八つ違いなら三十八歳)のときのことです。翌年の

    厄年

を見据えているのか、まさにその厄年に亡くなった藤壷中宮(紫の上の叔母)のことがいくらか念頭にあるのか、死の影すら感じ取っているような気がするのです。彼女は光源氏に言います。「今はこのようなありふれた暮らしではなく、のんびりと仏道修行をも・・と思うのです。この世はこれだけのもの、と見果ててしまったような気がする年齢にもなってしまいました。そのように(出家することを)ぜひお許しください」と。
今なら三十代半ばなど人生がおもしろくて仕方がない頃かもしれませんし、少なくとも来世を願うような年齢ではないでしょう。しかし当時はそろそろ

    初老

という意識があったはずですし、実際彼女には「孫」がいるわけです。
出家を願う言葉を、彼女は「折々」言っていたと作者は書いています。思いつきで言ったのではなく、ずっとそう思っているのです。

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ヒロインの孤独(1) 

『源氏物語』を読むと、至る場面で感動してしまいます。誰かと語り合いたくなります。今、公開講座で読んでいるのは「若菜 下」巻なのですが、ここでも作者の憎らしいほどの人物描写に心動かされます。まともに本を読んでいない私が言っても説得力のかけらもありませんが、『源氏物語』はやはり最高峰の文学だと信じて疑いません。
初めてこの物語を現代語訳で通読したのは大学に入ってすぐの夏休み(谷崎初訳、谷崎新々訳、円地文子訳の三種類)。原文で通読したのはさらにその次の夏休みだったと思います。その時にはまったく分かっていなかったことが、今読んでみると目からぼろぼろと

    鱗が落ちる

ようです。
作者がすばらしいのはもちろんですが、これを愛読し、伝え、註釈してきた読者諸賢、研究者諸氏に敬意を表したいものです。文学は読まれなくなると姿を消します。同時代読者が愛読したからこそ続きが書けたのでしょうし、後代の読者がいたからこそ今に続いているのです。その意味では、紫式部一人がこの作品を書いたのではないのです。
私は今の時代を生きるものとしてこのすばらしいものを

    後世に伝える

(ほんのささやかな)役割を担っていることを幸福だと思っています。文学、広く言うと文化を伝えることは生きることに等しいのです。文化を破壊するなど言語道断です。

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結婚式 

あるかたが、Facebookで「嫁菓子」のことを書いていらっしゃいました。実は私はこれまで「嫁菓子」を体験したことがないのです。こういうものは地域の終刊で当たり前のようにおこなわれるところもあればまったく無縁のところもあるでしょう。私がこれまでに出た結婚式は無縁なところだけだったということなのでしょう。
結婚式が派手なのは

    名古屋

だ、とよくいわれます。特に「嫁に出す」側が派手にすることがいいことだという考えがあるようなのですが、娘が二人いる私は名古屋の人間でなくてよかったです(笑)。
セレモニーというのが苦手なのですが、どういうわけか学生時代にはよく結婚式の司会をさせられました。もちろん、ありがたいことだと思ってすべてお引き受けしました。ある先輩が結婚されるとき、先輩ですから私は関係ないと思っていました。ところが結婚式の直前に呼び出されて、「今から言うこと、断るなよ」と脅迫されました。

    「何ですか?」

とうかがったら「僕の結婚式の司会をしろ」。「えっ! だって、司会は先輩の同級生の○○さんじゃなかったんですか?」。「あいつ、この時期になって、顔に怪我しやがって・・。『いくらなんでも包帯巻いた司会者はまずいやろ』と断られた。わかったな、やれよ」。まさか断るわけにも行かず、急遽登板。ところが先輩のお嫁さんというのがやはり学者さんで、出席者を見渡すと私など怖いくらいのお歴々の大先生だらけでした。

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創作浄瑠璃の会(2) 

少し司会者に間を繋いでもらって、後半に移ります。師匠は糸を繰って準備してくださいます。
私が書いた「落葉なき椎」を演奏していただきます。学生にはウケないだろうな、と悪〜い予感を抱きつつ様子をうかがっていました。冒頭は三下り歌で始まりますので、そのように調子を合わせてくださっています。いよいよ演奏。こちらは内容がよくわかります(あたりまえ)。
そして私も予想していなかった

    琴と三味線の合奏

になると客席はさらに耳を澄ましていました。この部分は登場人物が歌うところで、三味線と琴にのせて歌う形になっています。
これでひととおりのプログラムは終了。時間のないかたはどうぞお帰りください、ということにしたのですが、誰一人帰る人は居ませんでした。
そこで引き続き

    三味線体験

コーナー。公開講座受講者の方がおひとりと、学生が2人、師匠の三味線を弾かせていただいたのでした。そのあと少し師匠のお話。お琴を演奏してくださったFさんもご紹介いただいて、これにて終演。みなさん、ほんとうにありがとうございました。
学生さんに「手伝ってほしいことがあるので、時間がある人は来てください」とお願いして、解散。

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創作浄瑠璃の会(1) 

ひょんなご縁でお付き合いのある歌舞伎義太夫三味線の野澤松也師匠に創作浄瑠璃の会をお願いしました。
ご縁というのは、ある方を介して松也師匠から「創作浄瑠璃をしているので話を書いてくれ」と言われたことにあります。
私の書くものなどに師匠が曲をつけてくださるなど、夢のようなことだと思っておりましたので、実現するのだろうかとおそるおそるお送りしましたらきちんと付けてくださって、あちこちで上演してくださっています。
近くは、7月23日(土)18時から、東京都中央区築地3−7−2 鶏由宇二階アトリエ で、『送り拍子木』『灯無蕎麦屋』の2曲を、なんと俳優(女優)の

    駒塚由衣さん

がセリフを担当してコラボ演奏してくださるそうです(会食込み6000円)。

話を戻しますが、遠慮を知らない私は、その後さらにあつかましいことに「私の仕事場においでくださって語っていただくことはできませんか」とまでお願いしたのです。
すると昨年の12月においでくださいました。そのときさらに、

    「来年もお願いできますか」

と申し上げましたら、それも承知してくださったのです。
どれだけあつかましい奴だと思われているか分かりません(笑)。
そして先日、その演奏会が実現したのでした。

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枝豆 

「生涯学習論」という授業では日常のなんでもないことが学習として意義深いものであることを話題にしたりします。今年はじめて選挙権を得た学生がそれを行使しようとすると、やはりまったく何も知らないで投票することはないでしょうから「学習」します。これも大人になるステップなので、生涯学習の実践と言ってもよいと思います。ボランティアで町のそうじをするとか、いとこの子どもをあやすとか、そんなことだって大事な学習です。今のうちにあまり

    興味の無いもの

にも触れてみるといいですよ、という話もしています。私も、高校時代あれほど理系の科目が苦手で嫌いだったのに、学生の頃に天体物理学だとか相対性理論だとか、初歩だけではありましたが勉強してみようと思っていくらかの本を読んだのはいい経験だったと思います。本格的に文楽や落語に接したのは平安時代の勉強をしながらサブワークとして生かされることになりました。
そんなあれこれを話しているうちに、父親とどう付き合うかという問題も出てきました。「父と一緒にジョギングしています」という学生もあれば「父とは

    口もききません」

という人もいます。そういう時期なのですね。そういう学生には「父親(母親も)というのは子どもにとっては絶対的な存在であり続けてきたわけですが、実は弱い一人の男に過ぎないのです。人間はたいして変わらないのです。あまりけんか腰にならずに、この人も悩みを抱えたおじさんなんだ、と思って父親を見るのも、18歳になった若い大人としての心得かもしれません」などと言ったりもしました。

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ごんべえさんともものひめ(3) 

(ご)お手紙? どれどれ、読んでみよう。え~、なになに。「ごんべえさん、モグリンさん。少しの間でしたが、一緒に暮らすことができて・・・
(桃)・・でしたが、一緒に暮らすことができてとても楽しかったです。ありがとうございました。ごんべえさんのこと、ほんとうのお父さんのように思って、大好きでした。でも私が桃太郎さんのように鬼退治をして宝物を持って帰れなかったので、ごんべえさんは私のこと、好きではなかったのですね・・・。
(ご)そんなことがあるもんか。
(桃)実は私は、桃の姫ではなくて、かぐや姫なのです。お月様がまんまるになったので、帰れなければなりません・・・。
(ご)そうか。かぐや姫じゃったのか。
(桃)月を見たら、私のことを必ず思い出してくださいね。私もけっして忘れません。ごんべえさん、お父さん。いつまでもお元気で。さよ・・・
(ご)・・・いつまでもお元気で。さようなら。かぐや姫」。そうじゃったのか。桃から生まれたかぐや姫か。かぐや姫! わしもお前のことが大好きじゃぞ。鬼退治とか、宝物とか、つまらんことを言ってすまなかった。許しておくれ、かぐや姫。どんな宝物よりも大切なのは子どもなんじゃ。子どもが一番の宝物なんじゃよ。
(モ)ごんべえさん。かぐや姫さんからのおみやげが置いてありますよ。
(ご)おみやげ? こ、こりゃ小判じゃ。ありがとう、かぐや姫。でもな、わしはこんなものより、かぐや姫がいてくれる方がずっと嬉しかったのじゃ。ええい、こんなもの、今さら何の役にも立つものか。
(モ)どうしますか。捨ててしまいますか?
(ご)いや、お金はやっぱり大切なものじゃ。そうじゃ。このお金で、あの、桃が流れてきた川をきれいにして、子どもたちが楽しめる公園を作ろう。そうすればきっとかぐや姫も喜んでくれるじゃろう。富三幼稚園のお友だちも楽しみにしておくれ。モグリン、行くぞ。
(モ)行きましょう。

 ごんべえさんは、かぐや姫からもらったお金で村の人と一緒に川をきれいにして、かぐや姫公園を作り、そこは子どもたちの楽しい遊び場になったそうです。
                   (幕)

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ごんべえさんともものひめ(2) 

(ご)さあ、桃太郎が生まれるぞ。桃ちゃん、桃からパッカーン! あれ? だめじゃな。そうじゃ、やっぱりモグリンの魔法で切ってもらおう。
(モ)わかりました。では、やってみましょう。モグリン、モグリン、グリリンパ。桃から生まれる桃太郎。あれれ。私でもだめですね。では、○○幼稚園のみんなに一緒に言ってもらいましょう。みんな、いいですか? いきますよ。モグリン、モグリン、グリリンパ。桃から生まれる桃太郎。もう一回。モグリン、モグリン、グリリンパ。桃から生まれる桃太郎。
    (桃が割れて女の子が誕生)
(ご)ありゃ。男の子だと思ったら、かわいらしい女の子が生まれたぞ。
(桃)ごんべえさん、モグリンさん、○○幼稚園のみなさん。産んでくださって、ありがとうございました。
(ご)あ、はいはい。え〜っと。ももた・・ろう、ではないな。女の子だから、うん、桃から生まれた「もものひめ」じゃな。はっはっはっは。
  (モグリン消える。ごんべえともものひめは後ろを向き、もものひめは姉
   さんかぶりをしてハタキをかける。そのあとごんべえを中央に呼び出し
   て肩をもむ)

 こうして、ごんべえさんは桃から生まれたもものひめと一緒に暮らし始めました。もものひめは畑の仕事はできませんでしたが、ご飯を作ったり、家の中を掃除したり、ごんべえさんの肩をもんだりしてくれました。それでも、ごんべえさんはあまりうれしそうではありません。

(ご)のう、もものひめ。そうやっていっしょうけんめい働いてくれるのはありがたいんじゃが、いつになったら鬼退治をして宝物を持ってきてくれるんじゃ?

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ごんべえさんともものひめ(1) 

奈良市内の幼稚園で実施してきた文楽人形劇も6年になりました。今年は最後の稽古の日が警報で中止になるというアクシデントもありましたが、なんとか上演にこぎつけました。
例によって、台本をここに掲載しておきます。私が最初に提示した台本は以下の通りですが、実際に上演したものは多少の改変があります。文中の「○○」には実際には幼稚園の名前が入りますがここでは略しました。出演者のみなさんにお配りしたものには演出メモも書いてあるのですが、それも略してあります。人形の出入りなどは、ごく簡単に書いている部分があります。
(ご)はごんべえ、(モ)はモグリン、(桃)はもものひめです。何も指示のない部分はナレーターの語りです。


 ○○村のごんべえさんは、仲良しのもぐらのモグリンと一緒に近くの川に魚釣り(さかなつり)にやってきました。自分で作った釣り竿に糸を垂らして、ポーンとなげこむと、糸は川の水といっしょにゆらゆらゆっくり流れます。この川は、昔はとてもきれいだったのですが、このごろ、ゴミを捨てる人が多くて、ずいぶん汚れてきました。

(ご)おっと、きたぞ、きたぞ。それっ! あ〜あ。
(モ)ごんべえさん、この川、もっときれいにならないんですか。この河原もお花を植えて公園にしたら、子どもたちも遊べるんじゃないでしょうか。
(ご)そうなんじゃよ。わしもそう思って村の人たちに話したんじゃが、きれいにするにはたくさんお金がかかるそうな。お? 今度は釣れたかな。おっと、てごわいぞ、おっとっとっとっと、負けないぞ、おっとっとっとっと、こりゃなかなか、大物だぞ。
(モ)ごんべえさん、しっかり。

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今年の文楽人形劇(4) 

こうして今年の文楽人形劇は終わりました。
来年もあるのか、もうこれで終わりなのかは分かりません。
当日は読売新聞の奈良支局の方が来られていました。記事になったのかどうかは分かりませんが、若い女性記者さんもなかなか楽しそうでした。
以下、いただいた

    ご感想

をいくらかご紹介しておきます。
皆さんいいことばかり書いてくださいますのでうぬぼれそうになりますが、そこは割り引いて(笑)拝読します。

★ナレーションで参加しました。人形の動きと声を合わせるのが難しく、練習を重ねるたびに問題が出てきました。ドキドキの本番でしたが、舞台の裏からでも子どもたちが楽しんでいる気配が伝わり、とても思い出に残る貴重な体験をさせていただきました。
★もものひめの声を担当しました。やりがいのある役でした。
★ごんべえさんの声で参加しました。園児たちもノッてくれて楽しくできました。来年は黒衣を着たいです(笑)
★解説のもものひめの主遣いでした。とても貴重な体験ができてよかったです。子どもたちがすごくのって観てくれたのでやりやすかったです。
★芝居のもものひめの主遣いです。みんなで協力してアイデアを出し合い、だんだん形になっていき、とても嬉しかったです。本番が一番よい出来だったと思うのですが。
★解説のもものひめの左を遣いました。とても難しかったですが、息が合うにつれてそれらしくなっていき、やりがいを感じました。また参加したいです。
★芝居のもものひめの左遣いです。子どもたちの楽しそうな表情を見ることができて参加してよかったと思いました。
★もものひめの足遣いです。練習は大変でしたが楽しかったです。何とか子どもたちに楽しんでもらえたようで安心しました。
★ツケ打ちをしました。皆さんと力を合わせてひとつのものを作り上げていく喜びを体験でき、文楽というものに触れることもできて感動しました。
★去年も今年もごんべえさんの左遣いでした。幼稚園のPTAさんのパワーを感じました。
★ごんべえさんの足遣いをしました。できるかどうか不安でしたが、練習を重ねるたびに楽しくてよい経験になりました。
★月の役でした。文楽に馴染みもなく、どうなるかと思いましたが、台本がおもしろく、子どもたちも私たちも楽しめました。
★小道具を作りました。本当に楽しかったです。

役員さん
★皆さんが時間外でも練習してくださって、本番はで子どもたちがとても楽しく声を出してくれてやりがいがありました。来年につながると嬉しいです
★司会をしました。最初はどうなるのかと思いましたが、だんだんなんとかやれそうな気持ちになり、ガンバルゾーという気持ちが出てきました。終わったなー、またやりたいなー。

その他のスタッフの皆さん
★練習中は不安でいっぱいでしたが、本番で園児たちの盛り上がる声を聞いて頑張って練習してよかったと思いました。
★裏方の大変さ、やりとげたときの喜びを体験できました。子どもたちとすてきな時間を過ごすことができました。
★二人の子が通園していたので、4回連続で見せてもらい、今回始めてスタッフ側で参加しました。短い期間でしたがとても楽しい時間が過ごせました。
観客のかた(ごく一部の方だけです)
★ストーリーも子どもたちにわかりやすかったし、モグリンがかわいかったです。ラストはとても感動しました。
★よそうの斜め上を行くとても面白いお話でした。しっかりとできていて、大人でも楽しんで観ることができました。
★人形の繊細な動きや小道具など、細部にわたりすばらしかったです。おつかれさまでした。
★ストーリーが親しみやすく、とてもおもしろかったです。子どもたちもとても喜んでいたのでよかった。
★日本の文化の色の濃い人形劇に仕上げてくださり、そのできばえのすばらしさ、子どもたちの反応に大変感激しました
★子どもたちの反応がとてもよくて感動しました。
★文楽人形を始めて見て感動しました。ストーリーも面白かったです。

みなさん、ほんとうにありがとうございました。

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今年の文楽人形劇(3) 

月が出てきました。
もものひめは悲しそうな顔をしてその月を眺めています。そしてごんべえさんの寝顔を見て、何かを置いたかと思うと、ふわりと浮き上がって、そのまま月の世界に飛んでいってしまいます。
明け方近くになって、モグリンがやってきます。ごんべえさんが目を覚ますと、そこには手紙が置いてあります。
ごんべえさん、モグリンさん、お世話になりました。私は実はかぐや姫だったのです。ですから月の世界に帰りますごんべえさんは鬼退治に行かない私のことがきらいだったのですね」と書いてあります。

2016630手紙を読むごんべえ
↑置き手紙を読むごんべえさん

ごんベえさんは思わず「そんなことがあるもんか。鬼退治とか宝物とか、つまらんことを言って悪かった。わしは、お前と一緒に暮らしているほうが幸せだったんじゃ。子どもが一番大事なんじゃ。子どもが一番の宝物なんじゃ」と悲しみます。
月からはかぐや姫がその様子を見ているようです。

2016630手紙を読んで泣くごんべえ
↑嘆き悲しむごんべえさん

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今年の文楽人形劇(2) 

見学してくださる地域の方々がたくさんいらっしゃいます。今年も50人ほどのかたがいらっしゃいました。幼稚園の園医とでもいうのでしょうか、歯医者さんが「稽古から見たい」「写真を撮りたい」とおっしゃってずっと居てくださいました。先生、医院のほうは大丈夫なんですか?
そして、園児たちの入場。観客席は

    100人

にふくれあがりました。朝のゲネプロが少し長引いたこともあって、予定より少し遅い10時20分頃に開演。まず15分ほど解説です。といっても、このあとの劇に出てくる小道具を紹介がてらのクイズを中心としたものです。
まずもものひめ(娘首)、ごんべえ(ツメ首)、モグリン(小道具で製作)の三体の人形が登場し、モグリンの魔法の呪文を子どもたちに覚えてもらいます。

  「モグリン、モグリン、ぐりりんぱ」

のあとに願い事をいうのです。この解説では「モグリン、モグリン、ぐりりんぱ。きょうのおやつはチョコレート!」と言ってもらいました。すると小道具のチョコレートがひょいと出てくるのです。次に娘人形による人形の遣い方を簡単に。そして針仕事をしてもらいました。ずいぶん練習していただいた成果で、なかなかそれらしく見えました。最後の稽古で少し「こうしてください」とお願いしたこともできて、とてもお上手でした。
そしてクイズです。この芝居では小判とハタキが出てきますので、それを知ってもらうためのものです。たとえば、ハタキでは「これは何に使うものでしょう?」とズバリ質問。解答の選択肢は
  1 神社で神主さんが使う
  2 そうじをする時に使う
  3 演奏会で指揮者が使う
というもので(実際はもっと簡単な言葉を使いましたが)、正解した子どもたちは大喜びでした。

2016630針仕事
↑針仕事をする娘人形

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