若き日の父(1) 

思いがけないものが出てきました。仏壇の奥にあったらしいのですが、ハガキの束なのです。
それもかなり古いもので、今から70年以上前のものです。どうやら私の祖母にあたる人が保管していたものが、そのまま残っていたようです。
私の父は「阿部」という家に生まれたのですが、三男であったために親戚筋から養子に乞われ、本人が何も知らないうちに、つまり

     赤ん坊の時に

養子に来て、そこが今私の住んでいる家なのです。
何も知らされずに育ったらしいのですが、母親(養母)とは40年ほどの年齢差があったので、おそらく不思議な気持ちは持っていたようです。養父とはさらに年齢差がありましたので、同級生のご両親と比べると自分の親だけが飛び抜けて高齢だったのではないでしょうか。『源氏物語』の薫の君のように(そんないいものではありませんが)自分の出生に

    何らかの疑問

を持ちつつ成長したようなことを生前話していました。
やがてそれを知らされた時はどんな気持ちだったのか、それは聞くことができないままでした。
戦争末期には召集があって、命に関わる経験もしたようです。詳しくはわからないのですが、大学は休学したのか、あるいは大学に行く前に応召したのか、とにかく大学を出たのは戦後で、少し年齢を重ねた時点で卒業したはずです。養父母にしてみれば、子供ができずに、つまり後継ぎがいない状態でやっと手に入れた息子だったのです。それを戦争にとられるのはどんな思いだったのでしょうか。
何度かに分けて、そのハガキを記録しておきます。

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ネギの花 

ネギというと葉ネギが基本の関西です。今は大好きですが、子どもの頃、長ネギ(ねぶかネギ、白ネギ)はあまり好きではありませんでした。
最近、スーパーに行くと透明のプラスチック容器に入った「きざみネギ」を売っています。きれいにきざまれたネギで、うどんや蕎麦に載せても鮮やかで、100%使える便利なものです。しかし私はこれを買ったことがありません。買わない一番大きな理由は「値段が高いから」ということなのですが、もうひとつは、きざんでいるときに包丁から立ちこめるあの香りがたまらなく好きだからでもあります。
そしてもうひとつ、私が買うのは

    根っこの付いた

もの、というと理由はおわかりいただけると思うのです。
使ったあとは根を捨てることなく、必ずプランターに植えておきます。限度はあるものの何度も葉が生えてきますから繰り返し使えます。日曜日など、蕎麦をゆがいてプランターのネギを穫ってきていい香りのするものをいただくのが大好きなのです。
そして、葉が伸びなくなってきたらまた新しい根付きのネギを買ってくる、ということをしています。
この時期、ネギはしばらく放っておくと

    ネギ坊主

を付けます。古風な橋についている擬宝珠(ぎぼし、ぎぼうし)は文字どおり宝珠を模して作られたものですが、それとそっくりなのが可愛いです。

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あさがおのかんさつ(2) 

小学校時代にしそびれた朝顔の観察記録を、遅ればせながら書き留めておこうと思っています。
とにかくお金を使いません。ビニールポットはこれまでに野菜の苗などを買った時についていたものを保管していましたのでそれを使っています。部屋の窓際に置いているものに水やりをするのにふさわしい小さな

    ジョロ

など持っていません。そういうものもホームセンターに行けば売っているでしょうけれど、もったいないので費用ゼロのものを使っています。底が天神様のように梅鉢型になった(五か所がとがっている)形のペットボトルがありましたので、そのとがった部分に錐で穴を開けると立派なジョロとして働いてくれるのです。ジョロ(ジョウロ)は漢字で「如露」とか「如雨露」と書きますが、誰がこんな字を当てたのでしょうか。この簡易ジョロは、土を入れれば種まきポットとしても使えます。水は

    米のとぎ汁

などをペットボトルに入れてあります。
支柱も窓際の鉄柵と物干し竿を利用して麻ひもを取り付けるだけですので必要ありません。行燈仕立てなどという立派なことはしないのです。
準備は整いました。いよいよ種まきです。

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あさがおのかんさつ(1) 

小学校の時に朝顔の観察日記を書くというのが夏休みの自由研究の定番のように言われますが、私はそういうことをした記憶がありません。そもそも理科が苦手でしたので、花の観察にもほとんど興味がなく、仮に宿題が出ていたとしても、面倒で

    サボった

のかも知れませんが(笑)。
「朝顔」は、古くは今の桔梗のことを言ったという説もあるようです。その後、ムクゲが渡来して桔梗より人気があったので「朝顔」という名前を奪ってしまい、さらに平安時代になると今の朝顔が渡来してこれまたムクゲより美しいというので「朝顔」といえばこちらを指すようになった、とも。このあたりのことはまた後日書きます。
今年、その朝顔の種を蒔いてみました。10粒ほどありましたので、7つくらい発芽してくれればいいなと思って、小さなポットに蒔きました。少し時期をずらして半分ずつにしようと思ったものですから、最初に蒔いたのは5月初め。ちょっと早かったかなと思ったのですが、4〜5日で発芽して、まずは順調でした。
横長のプランターがひとつありますので、これに3〜4株、鉢が3つくらいありますので、これにひとつずつ、と思っています。鉢植えのひとつは私の部屋の窓辺に置いて、

    緑のカーテン

とまではいかなくても、いくらかでも日ざしをやわらげてはくれないものか、と期待し、何よりも毎朝、花を観る楽しみも味わえたら、と思っています。
このあと、小学校の宿題を今果たす気持ちで「あさがおのかんさつ」を折々書こうと思います。

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薫ときたら・・・ 

『曽根崎心中』にせよ、『心中天の網島』にせよ、『冥途の飛脚』にせよ、「この男、何やってるの?」と言いたくなる男性主人公が登場します。こいつがもうちょっとしっかりしていたら、と思うのですが、だいたい、若い男はしっかりなどしていないものです。経験上(笑)そう思います。
呂太夫さんの本にも書いたのですが、こういうダメな男たちが道行の歩みでみるみるうちに成長させられ、

        「恋の手本」

にまで昇華することになります。ドナルド・キーンさんはそれを「寂滅為楽を悟った徳兵衛は歩きながら背が高くなる」(「近松とシェークスピア」)とおっしゃいました。
それにしても、若い男に翻弄される女性たちの悲しみは何とも哀れです。だからこそ芝居になるのでしょうが。

    『源氏物語』

には光源氏をはじめ、さまざまな男性が登場します。たいていは美男で聡明。『源氏物語』はそういう男が女性をとっかえひっかえする物語だと思っていた、としばしば学生がいいます。しかし、この作品はそれだけならこんなに長い間読まれ続けるはずがありません。
彼らもまた時としてダメな男で、やはり女性たちが彼らに翻弄されることが往々にしてあるのです。理想的な女性で光源氏に愛される紫の上でも実に悲しい思いをすることがあるほどです。

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宝塚の春 

すみれの花咲くころが、私の住む宝塚の季節といえるかもしれません。
何もない街ですが、宝塚歌劇が唯一全国に知られる名物になっています。「大阪の宝塚」と思っている人も少なくないそうですが、兵庫県です。甲子園球場も兵庫県です。お間違えのないようにお願いします。
面積が大きくて、それだけにあまり特徴を感じないのがこの県で、世界遺産の

    姫路城

は兵庫県だといわれても、私の住む町から見るとはるか西のほうにあるのであまり親近感がないとも言えます。
なにしろ京都に行くほうが近いのですから。
宝塚というのは芦屋、西宮、尼崎、伊丹などとともに

    阪神間

と総称されることがあります。神戸の東側(御影や岡本)も含めて、大阪ではなく神戸の三宮以西とも違う独特の雰囲気があると思います。
花の季節は夙川公園(西宮市)とか宝塚花の道などがにぎわうのですが、私はここ数年花の道ばかりに行っています。といっても、家から歩いていける距離なのですが。

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コナン君 

学生と共通する話題がもはやほとんどありません。
テレビタレントさんは、私が名前すら知りませんので、学生にとっては当たり前の話題が私には通用しません。とにかくテレビ関係で仕入れられたネタはさっぱりわからないのです。
学生の言葉遣いも、最近はまた変わってきているのかも知れませんが、さっぱり理解できません。いわゆる

    若者言葉

も、私がリアルに学生から聞いたのは十年以上前ですから、今の学生が小学校に入ったかどうかという頃です。当然その間に変化があるはずですから、ネットなどの情報からそれを追いかけるのがやっとです。
いつぞや

    激おこプンプン丸

という言葉に出会った時はかなり衝撃的でした。あんなの、もう使われていないのでしょうか。
「きよぶた」(清水の舞台から飛び降りるように思い切ったことをする)というかつての若者言葉はもう死語になっているそうですから、あっという間に変わっていくようです。

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源氏、源氏、源氏 

高校時代、古文の授業ではあまり多く『源氏物語』には接しませんでした。かろうじて「桐壺」「若紫」「橋姫」などには触れましたが、全体像はわからぬままでした。大学生になって、まず読んだのは谷崎潤一郎初訳『源氏物語』でした。これは戦前独特の雰囲気の中で書かれたもので、光源氏と藤壷の密通や光源氏が準太上天皇の位に就いたことははっきり書かれていません。藤壷密通の場面に来たのでどう書いてあるんだろうと思って楽しみにしていたのですが、がっかりしたことを覚えています。谷崎が訳したのに、時の政府から天皇家の名誉に関わるから削除しろと言われたわけではありません。出版側が

        忖度した

のでした。嫌な話です。
その後、原文に挑むことにしました。まだ私には無理かな、と思っていたのですが、なんのなんの、おもしろくて読むペースが巻を追うごとに上がっていきました。
しかしこの対策はとても私ごときの手には負えないと思って、研究対象にするのは尻込みしてしまったのです。頑張って

    卒論のテーマ

にすればよかったと今になると思います。
仕事をするようになってからは、授業で『源氏物語』をしょっちゅう取り上げました。しかしまだ若気の至りで、きちんと読めもしないのにいいかげんな話をしていたとあの当時の学生さんには申し訳なく思っています。

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講座のはじまり 

今年も一般の方々と『源氏物語』を読む機会を得ました。
こういう催しは受講者の方がいらっしゃらないと成立しないわけですから、おいで下さる皆様方には感謝申し上げるばかりです。
これまでの公開講座は年間16〜20回で、各回90分。ところがその形の講座は昨年度で廃止され、今年からはかなり長い時間の講座になりました。受講者のみなさんが時間的な負担を多く感じられはしないかといささか不安を抱いております。なんと、各回120分で、年間30回になりました。つまり前年度の

    2倍

になるのです。こんなのでおいでくださるのか心配でしたが、昨年度とほとんど同じ人数の方がいらっしゃることになりました。これはもう『源氏物語』の力以外のなにものでもありません。
千年間読まれてきた名作の力はおそるべきものです。
その一回目の講座が

    12日(金)

にスタートしました。


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じゃがいも 

今年は春がなかなか来なくて、灯油がなくなったあとは新たに買うのももったいないので、寒くて我慢の日々でした(笑)。
人間でさえこうして敏感に感じ取るのですから、植物などはさらにデリケートにその生育に関わってくるでしょうね。何と言っても今年は桜が遅く長持ちしました。
そして、聞いたところでは、ジャガイモが不作なのだとか。
そういえば、よく行く酒屋(私はお酒ではなく、たいてい牛乳を買いに行くのですが)のお菓子の棚にずらりと並んでいたポテトチップスが

    忽然と

消えていました。
といっても、輸入品のコーナーでは相変わらず品が揃っていて、それどころかずいぶんたくさん並んでいたように思います。
同じ頃、肉じゃがを作ろうと思ってスーパーに行ったのですが、じゃがいもってこんなに高かったかな、とも思っていました。今思えば不作の影響だったのでしょう。スーパーには、

    鹿児島産

のじゃがいもというのが置いてあって、なんとなく珍しいなとも思っていました。いや、珍しくないのかも知れません。ただ、私が知っているのはたいてい北海道のものだったからそう感じたのです。

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2017年5月文楽東京公演初日 

今日から文楽東京公演が始まります。
4月の大阪に続いて六代豊竹呂太夫襲名披露公演。
東京でのお披露目をお慶び申し上げます。
演目は次のとおりです。

第一部(11時開演)
寿柱立万歳
菅原伝授手習鑑(茶筅酒、喧嘩、訴訟、桜丸切腹)
豊竹英太夫改め
六代豊竹呂太夫 襲名披露 口上
菅原伝授手習鑑(寺入り、寺子屋)

第二部(16時開演)
加賀見山旧錦絵(筑摩川、又助住家、草履打、廊下、長局、奥庭)

またまた申しますが、大阪が呂太夫→咲太夫でしたから、今度は咲太夫→呂太夫でいく、という工夫はできないものでしょうか。咲太夫さんの顔も大阪で立ちましたし、今度は呂太夫さんに花を持たせるということがあっても、と思うのです。
呂太夫さんは当然一段すべて語るお気持ちがおありでしょうが、それが叶わないならせめて2か月で全段を語る形に。
もはや詮無いことですが、付け加えておきます。

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はなかっぱ研究中 

幼稚園での文楽人形劇のために、幼稚園児が今どういうことに興味を持っているのか、どういうことがはやっているのか、といったことに注意を払うことにしています。
あまり気にしないでいい、という考え方もあるでしょうが、私の場合は園児のお母さんたちにうかがったりしながらいろいろ調べたりすることにしています。今回は

    かっぱ

の登場するお話にしようと思っているので、園児たちがどれほど「かっぱ」というものを知っているのかがまず気になるところです。
周知のこととしてかっぱの話をして、何も知らない園児がいた場合、わけがわからない可能性もあるからです。
かといって、稽古が始まってから園児のお母さんたちにうかがったのでは遅いですから、これは事前に知っておきたいことです。
こういうときにありがたいのは若いお母さんの友人です。Facebookで友人になっていただいている方の中には若いお母さんがいます。そこで早速うかがいましたら、かなりよく知っているはずだ、とのことでした。「なぜ?」と思ったらテレビアニメで

    はなかっぱ

というのを放送しているからだとのことでした。
はなかっぱ??
恥ずかしながら、私は全然知りませんでした。
そこで早速「はなかっぱ」で検索してみると出てくる、出てくる。いくらでもでてくるのです。ということはかなりの人気アニメなのでしょう。

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連休のまとめ(2) 

笠智衆さんは『東京物語』では好々爺のように見えましたが、『麦秋』ではまだ中年紳士。
私も水やりばかりしているわけにはいかないので、この連休は『麦秋』の笠さんの真似事もしました。
しかし、体調不良が災いし、しかも怠惰な性格ですから余計に仕事ははかどりません。
連休前半は授業の予習。私の授業のやり方の場合、あまり先まで予習はできないので、

    2週間分くらい

でしたが。
学生が提出した意見、質問用紙をすべて読み、配布するプリントの原稿を作り、パワーポイントのスライドを作り、その作業をしながら何を話すかを考えていきます。
天皇の退位の問題は現在進行形ですし、世界文化遺産の候補になっている

    沖ノ島

がどうなるかも目が離せません。
そうこうしていると、予習にはどうしても時間がかかります。

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連休のまとめ(1) 

長い連休が終わりました。
私はたまたま11連休という長さでしたが、結局どこにも行かず、文字通り休んだだけでした。
2月以来続いている不調が4月の末にピークを迎え、ほとんど歩けないありさまでした。
そういうわけでどこにも行かなかった、というより行けなかったのでした。
家事と勉強はサボれませんからなんとかこなしましたが、あとは家で鉢植えに水をやるくらい。なんだか

    『東京物語』

のラスト近くの笠智衆さんみたいになっていました。
昨年植えたアマリリスは植えっぱなしにしているのですが、今年ももうすぐ花が咲きそうです。
同じ時期に植えたグラジオラスは秋に

    球根

を掘り上げていました。それを4月の終わりに植えたら、早くも勢いよく伸びてきました。
木子も植えましたが、これは芽がでることは期待していません。大きくなってくれるかな、という気持ちです。

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ちゃくだのまつりごと 

平安時代の話です。
昔の暦ですから今と季節感は違いますが、五月には「着だ(金へんに大)政」という年中行事がありました。
「ちゃくだのまつりごと」と習いましたが、「ちゃくだせい」と読まれる方もいらっしゃいます。
「金へんに大」の字は、

    枷(かせ)

のこと。罪人にこれを掛けて数珠つなぎのようにするのです。
都にあった市(いち。もともとは東西の市でしたが、西の市は廃れたので東の市のみ)に幄舎(あくしゃ。テント)を張り、衛門佐(えもんのすけ)らの役人がその座に着き、看督長(かどのおさ)という

    検非違使

の下級役人が罪人をつないで引き出します。
検非違使は都の治安を守る警察。文楽人形の首で検非違使というと「けんびし」と訛りますが、本来は「けんびゐし」「けびゐし」です。「非違を検ずる使」つまり犯罪を検察する役人ということです。かなり権力があったようで、泣く子も黙る検非違使、というところでしょうか。
看督長というのはもともと監獄の番人でしたが、のちには警察の最前線として働きました。

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両輪 賛江 

いつまでもそこにあって欲しかったお店。
文楽を愛する人たちが公演ごとに集まって、朴葉焼きやだしまきなどをいただき、話に花を咲かせました。
大阪日本橋、文楽劇場すぐの季節料理の店

    両輪

さんが店を閉じられるとうかがいました。
事情もうかがいましたが、それは書きません。
私が初めて両輪さんに行ったのはもう20年ほど前でしょうか。人形遣いさんとお話があって、その人形遣いさんが連れて行ってくださったのでした。
ビルの二階にあって落ち着いた雰囲気でした。ごく数人で始まった

    だしまきの夕べ

の会場にさせていただきました。
亡くなった床山の名越昭司さんの結われた両輪の鬘ゆかりの、文楽とは切っても切れない縁のあるお店。いつも文楽のそばにありました。

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フィガロ(2) 

まだ指揮者のカール・ベームが健在だった時、ウィーンフィルと来日し、ルチア・ポップ、ヘルマン・プライ、グンドゥラ・ヤノヴィッツ、ベルント・ヴァイクル、アグネス・ヴァルツァらが出演した「フィガロ」がありました。たしか、「ばらの騎士」や「ザロメ」も上演されたと思うのですが、記憶違いかもしれません。
ヴァルツァのソロが伸びやかで素晴らしく、ヤノヴィッツも透明な歌声が健在、ポップは愛くるしくてリリック。
ヴァルツァの歌った

    「自分で自分がわからない」

は総毛立つようでした。
とえらそうに書きましたが、お金のない学生だった私はテレビで観ただけなのです。
それでもこの作品が何から何まで好きになり、原作も読み、スコアも読み、FMで放送があれば逃さず聴き、先のベームの公演はビデオで繰り返して観たのです。
あの

    序曲

を聴くだけで心が踊りました。
映画「アマデウス」では皇帝ヨーゼフ二世がサリエリの作曲した歓迎のマーチを演奏しているところにモーツァルトが入ってきて、その単純なマーチをたちどころにアレンジする場面がありましたが、そのアレンジされた曲は「フィガロ」のアリア「もう飛ぶまいぞこの蝶々」の旋律でした。

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フィガロ(1) 

ボォマルシェの「セビリアの理髪師」(のちにロッシーニがオペラ化)に登場する理髪師の名前はフィガロ。
彼はアルマヴィーバ伯爵(リンドーロと名乗る)とロジーナの結婚を成立させる立役者です。ロジーナの後見人で彼女との結婚をもくろむバルトロから彼女を救ったとも言えます。
ボォマルシェが、そのフィガロをタイトルロールとしたのが

    フィガロの結婚

で、こちらはモーツァルトが作曲してオペラにしました。
フィガロがスザンナとの結婚を前にウキウキしていると、スザンナが「伯爵が、あの忌まわしい権利を復活させようとしている」と言うのです。その権利とはすなわち 

   初夜権

で、領主が新郎より先に新婦と交われる権利です。アルマヴィーバ伯爵はスザンナに横恋慕するあまり、廃止したはずのその権利を行使しようとするのです。
権力者というのは偉そうなことを言いながら、自分に都合のいいことは人の道に反してもこれは権利だとか、法的に問題ないなどと強弁するものです。

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邪気を祓う 

五月はいい季節ですが、古代中国では悪月とされて、邪気祓いが行われました。
それが日本にも入り、菖蒲を葺き、薬玉が配布され、騎射が行われるなど、精一杯の邪気祓いがなされました。
年中行事絵巻には、内裏紫宸殿の前に菖蒲が並べられた絵も残されています。

    薬玉

というのは五色の糸を垂らしたもので、これを肘にかけると寿命が延びると言われたそうです。
邪気祓いというとなんだか恐ろしいようでもありますが、

    枕草子

に「節は五月にまさる月はない。菖蒲、よもぎなどが香り合うのはたいそうすばらしい」とあって、楽しみでもあったのです。
騎射も邪気祓いの意味を持ちながら、近衞府のつわものたちの妙技を楽しむ面があったでしょう。

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歩きたい 

連休も終盤です。
この間に私が何をしたかというと、授業の予習くらいで、ろくに働いていません。
2月頃から続く息苦しさで、歩けないのが致命的。
この気持ち良い季節は、毎朝長い距離を歩くのが普通なのですが、ほとんど歩いていません。
体調の良し悪しは胸を張れるかどうか、

    姿勢よく

歩けるかどうかで判断できるのですが、最近は背骨がまっすぐ伸びてはいないように感じます。
歩くことでリフレッシュ効果があるような気がするのです。それがないから全然

    フレッシュじゃない

日々なのです(笑)。
身体を休めることはできていますが、どうも調子が上向きになりません。
連休明けから7月いっぱいまではかなり忙しくしかもノンストップ。中でも6月は予定がぎっしり。
今から不安です。
いやいや、そんなことを言っている暇があったらさっさと仕事をしなければなりません。
今日も頑張ります!

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連休の宿題(2) 

4月の終わりから体調がまた下り坂で、一時は歩けないくらいでした。その後少し上向きになってきたのですが、まだまだ自由に活動できるには至りません。
しかし、幸いにも、座ってできる仕事が山ほどありますので、これを少しでも片づけようと思っています。
連休明けから一般の方にお話しする

    源氏物語

の講座が始まりますので、まずはその予習。授業もできるだけ先まで予習します。
源氏物語といえば、今月末が連載原稿の締め切りなので目安だけは付けておかねばなりません。
来月早々から幼稚園の文楽人形の稽古が始まる予定ですから、台本を書かねばなりません。
台本といえば、

    創作浄瑠璃

6つめをそろそろ仕上げたいと思っています。
カッパを素材にしてちょっとした権力批判もしたいと考えています。

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連休の宿題(1) 

4月29日から連休になりました。私自身は27日からたまたま休みで、11連休。
29日、30日は土曜、日曜で休みとして、月、火はなぜ休みなのか実は知りません。4日はなんでしたっけ? まあ、どうでもいいですが。
昭和のころ、4月29日は

    天皇誕生日

でした、というと、ほとんどの学生が「ヘーッ」という時代になりました。
私個人としては、この連休の半分を6月に回してほしいです。いっそすべてを

    1か月ずらして

もらってもいいです。
新学期が始まって3週間でストップするより、半ばくらいで休みたいです。
ついでにいいますと、4月を31日にして8月を減らしてほしいです。アウグスティヌスめ!

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音楽から教育へ 

このあいだ、何気なく学生から聞かれたことなのです。
「障害をどうやって受け入れましたか?」「どうやって立ち直ったのですか?」
私の答えは、情けないことですが、「今なお受け入れられません、立ち直れません」ということでした。
そう言ったあとで「なさけないなぁ」とつぶやかざるを得ませんでした。
「怖いことはありますか?」
もちろん自動車が怖いとか、ホテルで

    独りで泊まる

のが怖いとか、そういうことが挙げられます。しかし、何よりも
「人と付き合うのが怖くなりました」
というのが本音の答えでした。やはり情けないと思いました。
「忘年会なんて15年以上行っていません」と言ったら、「行ったらどうですか? 皆さん受け入れてくれますよ、きっと」と励まされもしました。
またくそのとおりで、行けばいいのでしょうね、きっと。
どうも、こういう話をすると、

    自己嫌悪

に陥ってしまいます。
屈託のない学生さんは「今度あそこ(某レストラン)に行きましょう。せんせ、おごってください」と励まされているのかせびられているのかわからないことも言ってくれました(笑)。

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