喪中はがき 

年賀状の季節が近づいてきましたが、もうあまり盛り上がりを感じません。私の知り合いでも多くの人が「年賀状はやめます」という宣言をした人がいます。
私の場合、友人知人で年賀状を出す人は減ることはあってもめったに増えることはありません。
今年はどれくらい出すことになるのか。はなはだ寂しい予想をしています。
大変だな、と思うのは

    文楽の技芸員

さん。
やはりファンの人をないがしろにはできないでしょうから、多くの方はお書きになると思います。
私もまだやり取りさせていただいている方が少なくありません。
しかし、私がやり取りする方の多くは中年以上の方ですから、寂しいことながら親を亡くす年代ともいえるわけです。
毎年のように技芸員さんのどなたかが

    喪中はがき

をくださいます。
今年もある方が義理のお母様が亡くなったそうで、くださいました。
ほかにも、旧友からも届いています。中にはお父様とおばあさまが相次いで亡くなったという人がいます。
お父様は80代。となると、おばあさまは・・・。なんと106歳で亡くなったのだそうです。
こうなると、大往生という感が強いですから、お悲しみではあっても、どこやらでめでたさすら感じてしまいます。
でも、もう来なければいいな、と毎日思いつつ、郵便受けを見ています。

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ストレスチェック 

仕事場ではどんどん働く環境が悪くなっています。
最近は、メールボックスを遥か遠くに移されてしまい、2週間くらい行けませんでした。そのため、書類を出せという矢の催促に遭いました。
また当分行かない(笑)ので、次はいつ催促されるでしょうか。
で、まとめて持って帰ってきた書類の中に、ストレスチェックというのがありました。
何これ?と思ったら、最近は労働法関係で義務付けられているそうですね。
なんだかわかりませんが、試しにやってみたら、ひどいものでした。

非常にたくさんの仕事をしなければならない
時間内に仕事が処理しきれない
・・・などは「そうだ」

職場の仕事の方針に自分の意見を反映できる
職場の雰囲気は友好的である
・・・などは「ちがう」

と答えざるを得ず、最終的に「仕事に満足だ」も「ちがう」になってしまいます。

これを出したら、

あなたはストレスのかたまりです

と言われそうで怖いです(笑)。
と思ったら、もう提出の締め切りを過ぎてました(笑)。

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でんでんむしむし 

柳田國男の有名な研究に「蝸牛考」があります。
岩波文庫にも入るもので、今は「カタツムリ」といわれている虫がどのように呼ばれているかを調べ、

    方言周圏論

を唱えたものです。
アバウトに言うなら、都(近畿)の言葉が東西に広まり、その言葉に新しい言い方ができるとまた東西に広まり、ということを繰り返し、北東北や西九州ではかなり古い「なめくじ」という言い方があり、九州や東北には次に古い「つぶり」、関東や四国には次に古い「かたつむり」、中部や中国には次に古い「まいまい」、そして近畿には「ででむし」という新しい言い方が残っているのです。
今は、そのうちの関東や四国に多い

    かたつむり

を基準にしているようです。
でも、私が小さいころは「ででむし(厳密には『でんでんむし』)」は明確に生きていました。
当時の文部省唱歌に

でんでんむしむし かたつむり
おまえのあたまはどこにある
つのだせ やりだせ あたまだせ

があるとおりです。この歌は、わらべ歌をもとにしているらしく、わらべ歌のときは「かたつむり」という語は入っていなかったそうです。
京のわらべ歌だったのでしょうか。

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2017年文楽11月公演千秋楽(昨日) 

昨日は今年の大阪本公演の千秋楽でした。
後半は寒い日が多かったですが、いかがでしたでしょうか。
次は東京、そしてその次はもう初春になります。織太夫の名前の復活は嬉しいです。華のある、いい名前です。

それにしても、11月は何の工夫も感じない演目の立て方でした。
国立劇場の場合、観客が入らなくても、文化の保護維持のために上演する価値のあるものは上演してもよいと思います。博物館みたいと言われても、長い目で見てそれはかまわないと私は思っています。
しかし、この演目はそういう意味はないでしょう。

世上では、野澤松之輔師の改作に批判的な立場から、松之輔作品をすべて否定する向きもありますが、私はその立場も取る気はありません。
しかしそれでも今回の番組は魅力を感じないものでした。

劇場は居直らずにきちんと反省はするはず。それができないなら腐敗と言ってよいと思います。

第38回だしまきの夕べ 

昨夜は文楽十一月公演のあと、文楽ファンの皆さんが集まって、恒例のだしまきの夕べが催されました。というと、総勢20人くらいかな、という感じですが、なんと、

    4人!

らくださん、やたけたの熊さん、紅一点のまゆみこさん、そして私でした。
寂しいと言えば寂しいですが、盛り上がりは普段に劣りませんでした。。
少ない場合のメリットは、全員が喋っている人の話を聞けること。
もう、みんな

    言いたい放題

でした。
1時間ちょっとでお開き。私はいささか飲みすぎたな、と思ったのですが、そのあと、らくださんとやたけたの熊さんは「さあそろそろ飲みに行こうか」という感じでミナミの高級クラブ(笑)においでになりました。
やはり強い人は強いです。
次回は1月20日(土)だそうです。
みなさん、ぜひお越しください。

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韻 

漢詩ぱかりでなく、多くの外国の詩には綺麗に韻がふまれています。
ビートルズの歌でも脚韻、頭韻がごくあたりまえのように出てきます。
イエスタデイなら

    yesterday
    away
    stay
    yesterday


など。
レットイットビーには

    Mother Mary comesto me
    Whisper words of wisdom


という頭韻もありました。
日本語はその性質からどうしても脚韻は踏みにくいのです。いくらか工夫のしかたはあっても、やはり限界があると思います。
むしろ日本語では五七調、七五調のような韻律が重視されます。
私のへたな創作浄瑠璃でも七五調は大事にしています。もちろん、すべて七五調にするのではなく、破格を繰り返しつつ七五調を用います。
韻をふむとしたら、頭韻は意識します。ここぞというときに頭韻を用います。

    滝の音は絶えて久しくなりぬれど
      なこそ流れてなほ聞えけれ


という藤原公任の和歌はよく頭韻が響きます。
こういう感じで浄瑠璃にも使うことがあります。
ただ、こういうのは作者の思い込みのようなもので、聞いてくださる方がそこまで感じてくださるかどうかわりませんし、また私としては感じてくださらなくてもあまり気にしないのです。

真昆布 

このブログにときどきコメントをくれる「押し得子さん」は、たった1年だけ、ある大学に非常勤講師にしていただいたときの「教え子さん」なのです。
業平についてお話をしたようにも思うのですが、そうとうひどい内容だったと思います。今ならいくらかマシな話もできると思うのですが、なんといってもまだ若気の至り。
ありがたかったのは結局私が四年制大学の国文科で授業を体験したのはこの大学が唯一で、もう二度とないと思うからです。
授業の内容は記憶のかなたなのですが、彼女が伊勢物語を卒論にしたことはなぜか覚えています。
いずれにしても、私は彼女の卒論の指導をしたわけでも、就職のお世話をしたわけでもないのです。にもかかわらず、今なお

    付き合ってくれる

ありがたい人です。
ご亭主は立派なお仕事をされていますので彼女は悠々自適みたいで、ときどきもらう連絡からは、なかなか文化的な生活をしているように感じています。
彼女にはときどき私の書いたものを送ったりしていたのですが、どうもそれを気にしてくれていたみたいで、先日とても嬉しい贈り物を頂戴しました。
なんと、函館の名産

    花折昆布

です。なんでも桐の箱に入れようもの名からびっくりするような値段がつくしろものらしく、幸い、ある縁で比較的安く買えたのだそうです。それでも相当高価なものと思われ、エビでタイを釣った心境です。
先日は公開講座の方からお味噌をいただき、このたびは昆布をいただき、なんだか皆さんのお布施(?)によって糊口をしのいでいるような気がします(笑)。
ほんとうにありがとうございました。

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自家製のみそ 

一般の方々と『源氏物語』を読むようになって、本当に充実しています。皆さん、とても熱心ですから、反応がすばらしいのです。
『源氏物語』の講読というと、なんとなく「現代語訳」ができるようになること」のように思われがちなのですが、まったく違います。
「紫式部からのメッセージを受け止めて

    よき読者

になりましょう」ということを目標にして読んでいるのです。すると最近、「私、紫式部からのメッセージがわかるようになってきました」「以前よりいい読者になれていると思います」というご感想をいただくことがあるのです。
私も予習時間は惜しみません。1回2時間の講座のために、私は5~6時間の予習をしています。すぐれた源氏物語学者なら、なにもしなくても自然に内容の濃いお話しをなさるのかもしれませんが、私など予習が命。必死になっています。
それだけに私にとってもきわめて充実した時間をいただいていることになり、ありがたいことだと思っています。

いささか話が変わりますが、先日、講座が終わったあと、ある方が近づいてこられました。何かご意見などを言ってくださるのかなと思いました。すると
その方は紙袋を差し出されて、「うちの田んぼで作ったお米を使ったものです」とおっしゃって、

    お味噌

をくださったのです。「え~、いただいていいんですか」とびっくりしながらご厚意を頂戴しました。
家でひとつまみ嘗めてみると熟成したお味噌で、とてもおいしいものでした。
冷奴に載せてみたり、味噌汁にしたり、あるいはご飯にのせてもおいしいです。何にでも合う熟成味噌。
講座をしているとたまにはこういういいこともあるのです(笑)。

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学生と写本を読む(3) 

そしてこの日の最後の歌は、『古今和歌集』では「よみ人知らず」、『百人一首』では猿丸大夫の歌とされる、

    奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の
       声聞くときぞ秋は悲しき


でした。すると、彼女の顔が俄然生き生きしたのです。何でも、この歌は一番好きなのだそうです。これも彼女に任せて読んでもらいました。さすがに難しい字があるのですが、何しろ好きな歌ですから一生懸命挑んでくれました。『百人一首』を使ってよかったな、と思いました。
ところで、この歌の「紅葉踏み分け」なのですが、これはいったい誰が紅葉を踏み分けているのでしょうか。そんなことを聞いてみました。すると彼女は当たり前のように

    「鹿だと思います」

と答えてくれました。そこで、「私(作者)が奥山に入って紅葉を踏み分けて歩いていると鹿の声が聞こえてきた。ああ、秋は悲しいな」という解釈もできますよね、と言ったのです。すると彼女は自分が思っていたこととまるで違ったことを言われてびっくりしていました。
「じゃあ、今日はここまでにするので、帰りの電車で『もし自分の考えが間違っていて、紅葉を踏み分けているのが作者だとしたらどうだろう』と考えてみてくれませんか。

    自分が間違っているかもしれない

と思うことは大事なことです」という話をしました。
世の中には自分の考えを依怙地なまでに押し通そうとする人がいます。社会的に重要なポストにいる人でもそういう人はいます。そしてそういう人がいると周りは迷惑することもあります。しかし往々にして権力のあるものは自分の考えを主張するために詭弁を弄し、時には相手の頭を押さえつけ、無理を通そうとしがちです。もっと柔軟な頭を持たないと、ろくなことになりません。
なんだか、写本の読み方の稽古をしていたのに、最後はそんな話になってしまったのでした。
よかったらまた来てくださいね。

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学生と写本を読む(2) 

本当に来るのかな、と思いつつ(笑)待っていたら、うきうきした表情でその人はやってきました。
実は彼女は高校時代は文系で、国語は好きだったそうです。しかし事情があって「あまり古文には馴染んでいません」とのことでした。
それでも意欲は満々で、とても嬉しそうにスタートしたのです。
教材には

    百人一首

を取り上げました。
応永13年書写のもので、字はやや窮屈で、読みにくいかなと思ったのですが、『百人一首』はある程度知っているそうなので、自習もしやすいだろうと思ったのです。
最初の天智天皇の歌から順番に5つ読んでみました。
天智天皇の歌からですね。この写本の「天智天皇」という字にはちょっと面白いことがあります。「智」という字の脇に小さな二つの点があるのです。これは何かわかりますか?」と聞いたら「??」という顔をしていました。実はこれは濁点なのです。つまり「天智天皇」は「てんちてんのう」ではなく、「てんぢてんのう」と読みますよ、という記号なのです。その話をすると「ああ、なるほど!」と彼女の顔がたちどころに柔かくなりました。
そしていよいよ読み始めたのですが、当然ながら最初はわけがわからないようでした。
でも、こういうのは馴れると

    字が見えてくる

のです。2つ、3つと読んでいるうちに、彼女の反応が変わってきました。早くも読める字が出てきたのです。
そこで4つめの歌については自分で読んでみてください、と言ってみました。かなの手引書を見ながら一生懸命読んでいましたが、かなりうまくできたようでした。
なかなかセンスのいい人です。(続く)

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学生と写本を読む(1) 

『源氏物語』の授業をしています。その授業で、『源氏』の写本を紹介したことがあるのです。
室町時代のもので、もちろん複製です。
専門外の学生ばかりですがから、読んでもらおうと思ったのではなく、少しでも日本の文化について感じ取ってもらおうと思ったからです。私の授業は要諦は

    感じる

こと、学生が何かを感じ取ってくれさえすればそれで完結するのです。知識を植えつけるものではありません。
ところが、そのあと、ある学生さんが「あの字を読みたい。読めるようになりたい」と言ってきたのです。もちろん拒むつもりはありませんし、それどころか私にとって嬉しいことですから、週に1度でも来ることができるなら付き合いますよ、とお答えしました。
すると、先日本当にやってきました。できれば複数の人できてほしい(女子大ですから、1対1はあまりよくないので)と言っておいたら、もう一人誘ってくれました。しかし結局はその人はバイトがあってダメみたいだ、ということでした。
じゃあやめましょう、というわけにもいかないので、外から見える(せめてこれくらいはしないと、昨今の女子大では何かとうるさいのです)教室で

    個人レッスン

することになりました。
私が学生時代に恩師の号令で大学院生が協力して変体仮名の読みかたの本を作ったことがあるのですが(今でも売っています)、それを使いながら、ほんとうに「手ほどき」のようなことをはじめたのです。
以前は国文科などがあったのでこういうことは授業の中で実践したのです。中にはとても熱心な人がいて、授業が終わるころには簡単なものであればすらすら読めるようになった人もいました。
さて、今回の看護学科の学生さんはどうでしょうか・・。(続く)

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行けるのか、文楽 

文楽十一月公演も残り1週間です。
一番熱心に通っていたころなら、もうすでに3回や4回は行っていたはずです。
ところが今回はまだ一度も行っていない野ですのです。
今月は仕事以外何もできないようなありさまで、このままではほんとうに観ずに終わる可能性があります。
せっかく観続けてきた文楽ですから、ここで途絶えるのは残念です。かといって、これからの一週間も余裕はありません。
特に困るのが

    昼夜入れ替え

がないことです。夜の部は何とか行けるかもしれませんが、昼はなかなか動けそうにないのです。
私とは逆に、夜は行けないという方もいらっしゃると思うのですが、そういうお客さんをみすみす失ってしまうことになるのではないか、そんな気がするのです。
入れ替えをなくしたのはなぜだったのでしょうか?
25日は

    だしまきの夕べ

の日ですから、せめてこの日に夜の部には行けるかなと思っているのです。チケットは真ん中5列目などとぜいたくを言わなければまだあるでしょう。
それにしても、ほんとうに昼の部が心配です。

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パワハラ、モラハラ 

いつの間にかよく使われるようになった言葉ですが、パワハラにせよモラハラにせよ、今なおどこでもおこなわれているようです。
学生があるバイト先で社員の人に怒鳴り散らされるという話をしていました。ひどいことばを使って「おまえ、頭わいとんのか!」とか「なにさらしとんえん!」とか、そういう言葉遣いをされるのだそうです。
学校でもそういうことは今もあります。
新聞にもしばしば教員が学生にとんでもない暴言を吐いたり、何らかの行為をしたりする事件が出ます。そういう場合、教員の言い草はほとんど「学生が勉強しない」「自分の

    要求するレベル

レベルに達しないのでイライラする」というようなことのようです。
もちろん学生は怠け者が多いですから、高い要求をしてもなかなかそこまできてくれない、ということはあります。思い起こせば、私自身、恩師がイメージしていたであろうレベルにはおよそ達していませんでした。
そういう場合、よく叱られましたが、だからといって、恩師はパワハラめいたことはいっさいしませんでした。
やはり教員の適性のない人が教員をしているとそうなるのかな、と思います。
学生に話をしているとき、ふと、「大学教員は

    教員としての実績

などあまり表に出てこないものです」と言ってしまいました。そう言ったあと、そうだよな、たしかに、と自分で自分の言ったことに妙に納得してしまいました。そういえば以前学生が、「○○先生はえらい人らしいんですけど、授業は何を言っているのかわかりません」と言っていました。こういう人でも大学教員として評価されるのが実情ですからなんとも変な世界です。
私は授業もうまくないし、学問はできませんから、学生が教員の評価、というか、噂話をしていると想像したら、何を言われているか、いつも冷や汗をかきそうになります。
最も私など誰も噂もしないだろうとは思いますが(笑)。

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余裕がない 

管理栄養士を目指す学生がかなり愚痴をこぼします。
相当しんどいのだとか。
なんでもレポートが大変で、1年生でも大変なのに、2年、3年になるともっと大変らしいです。
バイトも2年生以後になったらある程度制限したっほうがいいとも言っていました。
さっぱりわからないのですが、その資格を取るのはそんなに難しいものなのでしょうかね。
ただ、「管理栄養士を目指す」というのは建前で、実際は

    そうは思っていない

という人もいるのです。
よく大学の宣伝文句で「国家試験合格率98%!」などというのがありますが、あれはけっこうまゆつばで、受験した人の合格率がそれくらいということであって、学生数に対する合格率ではありません。
そして学校によっては成績がよくない、つまり合格しそうにない学生には受験させないというところも少なくないようです。そうすれば合格率は上がりますから。
でもなんだか宣伝のために受験の可否を決められるように見えてしまい、私など納得がいかないのです。
就職率100%という学校もありますが、これも

    就職希望者

を「就職できそうな人」に限って計算するからそうなるだけ、というからくりがあったりします。
発想がどうも好きになれません。今関係している学校がそうだといっているわけではありません。そういうところがあるのを知っているということです。
とにかくそんなわけで、学生は余裕がなくて、教養の単位なんかどうでもいいから取りやすいのを取っておくとはっきり言う学生もいます。
私の授業には多くの学生が来ますが、きっとそれは「取りやすい」からということだろうと思います。
みんな、余裕がないみたいだけど、頑張ってください・・・とこんなことしか言えないのがなんとも寂しいです。

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第38回 だしまきの夕べ(予告) 

今月は、今年最後の文楽大阪本公演がおこなわれています。
ということは、だしまきの夕べももう今年はこれでおひらきということです。
ちょっと早い

    忘年会

ともいえるでしょうか。
そのだしまきの夕べは

    11月25日(土)

に開催されます。
またよろしくお集まりください。

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正倉院展も国宝展も 

ちょっとまいっています。
先月から今月にかけては秋らしくさまざまな催しがありました。
このあおき、京都国立博物館では名品をぞろぞろと出すという企画で

    国宝展

がおこなわれています。
行く気満々でしたが、とてもそんな余裕はありません。まして、奈良国立博物館でおこなわれた

    正倉院展

など計画すらできませんでした。
それにしても、あんなに山ほど国宝を出して、しかも四期に分けて、お客さんを集めて、あれで展覧会は成功といえるのでしょうか? 私は、ほとんどやっかみで(笑)言いますが、あれは京博の企画の失敗だったとすら思っています。
並んで疲れて中に入ったら人ごみを掻き分けて、それでたくさん入場者があったといって喜んでいるのはどうも変な気がします。
もういっかい、やっかみでいいます。行かなくてよかったかも、と。

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お歯黒 

テレビの時代劇は言うまでもなく嘘があります。それはやむを得ないことです。
まず、言葉がたいていの場合現代共通語ないしは江戸時代っぽい独特の「時代劇ことば」。
こんなの、へたに時代考証しようものならわけがわからなくなります。
日本語のハ行は古くは両唇摩擦音、つまり上下の唇を触れたあとで発音したものと思われ、

    ファフィフフェフォ

に近い発音だったとされます。平清盛も多分そんな発音をしていましたが、だからと言って「たふぃらのきよもり」と名乗られてもわけがわかりません。
このあいだ、

    お歯黒

の話をしたのです。
谷崎潤一郎はお歯黒をした女性に魅力を感じるということを書いていましたが、あれがオシャレだとはどうしても信じられないというのがたいていの学生の感想です。
学生がいうのはもっともで、それが証拠に時代劇にはいっさいお歯黒をした人は出てきません。それどころか、ほとんどの人物は真っ白な歯を見せています。
学生は、衣食住、特に化粧や食べものの話は関心があるようです。

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今年も慌ただしい十一月 

ここ何年か、6月と11月は多忙です。
働けど働けど楽にはならない生活ですが、生きがいだけは感じます。ありがたいことだと思っています。
私の場合、健常者の方に負けたくありませんので、授業(一般の方向けのも含めると10時間くらい)の予習だけで週に30時間はかけています。これだけで

    40時間。

それに加えて自分の勉強や定期的な原稿。
そして6月と11月はそれに加えて別の仕事が入ることが多いのです。
今年は10月にルターの創作がありましたので、忙しさが1か月早まったかな、と思っていたのですが、甘かったです(笑)。
そんなわけで、今月も忙しく、体調管理が難しくなっています。このあいだの土曜は疲れて眠れず、やっと寝たら夜中の2時半ころに目が覚め、しばらく起きていて、また寝て、5時過ぎに目覚め、3時間ほどしたらやはり眠くてさらにまた寝て、今度は

    11時ころ

まで寝てしまいました。
仕事の合間に仕事をするので、こういうことになってしまいます。
でも、あと半月、何としても頑張ります。

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ビオラの花 

スミレ科の花に、パンジーやビオラがあります。大きめの花をパンジー、小さいのをビオラとも言うようですが、今は厳密ではないのだとか。
冬に咲いてくれるので、殺風景な季節にとても愛される花です。
ほとんど枯れていた苗をもらったのです。もうダメじゃないか、というくらいしょんぼりして、カラカラに乾いた土で苦しんでいたものです。あまりにかわいそうだったので、もらい受けてまず水をやり、土を替えて肥料も間隔をおきつつ与えました。
すると、徐々に元気を取り戻し、葉だけはしっかりしてきたのです。
そしてやがて小さな花が開き、今では五株のうち、三株で花を咲かせています。
あとの二株はまだ花はなく、もうしばらく待とうと思っています。
きちんとしてやれば花は咲きます。でも、扱いが悪いとそうはいかないのです。世のブラック経営者に見せたいくらいです。

高い薬 

医者から新薬の使用を打診されました。
最近厚生労働省から認可されたものだそうで、説明書を見ると、メカニズムとしては、私にはどうも効きそうな気がします。注射薬ですが、月に一度だそうです。
ところが医者の説明がどうも歯切れが悪いのです。
その理由は・・。
「これね.

    高額

なんです」。医者はいかにも言いにくそうに言うのです。
ひょっとして一回一万円とか?
医者が値段を調べてくれました。保険適用前で、なんと、一回の注射につき、

    18万円近く

するそうです。じ、じゅうはちまんえん?
もう、びっくりなんてものではありませんでした。
保険適用があり、しかも補助もありますので実際はそんなにかかりませんが、それでも万というケタであることには変わりません。
お金持ちの皆さん、使ってください。

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闘いと祈り 

ヨハネの福音書2章13から16にかけて、エルサレムに入ったイエスが神殿の中で牛や羊や鳩を売る者たち、また両替人たちがいるのを見て細縄で鞭を作って追い出すという場面があります(ほかの福音書にもあります)。
この場面は絵画にもずいぶん取り入れられ、エル・・グレコ、ヤーコブ・ヨルダーンスなどが描いています。
ちょっとショッキングなのです。いつぞやエル・グレコの絵を観たとき、キリストさん、いくらなんでもここまでしなくてもいいんじゃないの? と思いました。
あまり熱心に聖書などを読んでいるわけではありませんので、この暴力行為が唐突な感じがしたのです。
それは私だけではなかったようで、劇作家の

    倉田百三

も最初はずいぶん奇妙に思ったようです。
ところが、若き日の百三はあっさりその本質を見抜いており、このあたりがやはり私などとはまるで違うところです。
倉田百三といえばやはり『出家とその弟子』を一番に思い出しますが、彼には若き日の名著

    愛と認識との出発

もあります。一時は若者の必読の書のように言われましたが、今となってはかなり難しくて学生でこれを読んでいる人はめったにいないのではないでしょうか。
百三はこの本の中で「愛するならば責めねばならない」と言っており、「責めること」と「赦さぬこと」は別だとしています。また彼は「愛は闘いを含み得る。純粋なる愛の動機より、他人と闘うことができるようになるならば、その愛はよほど徹した内容を持っている」とも書いています。その例として、上述のキリストの行為を挙げているのです。
愛しつつ、赦しつつ、なおもこのような行為をあえてすることは可能なことなのだ、というわけです。
だからどうした、といわれると、今はこれ以上何もいえないのですが、このごろ何かとこういうことを考えてしまうのです。

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恋とはどんなもの? 

『源氏物語』空蝉巻を読んでいました。
十七歳(今なら高校1年生の年代)の光源氏が「空蝉」と呼ばれる人妻に、それもけっして美貌というわけでもない女に思いを寄せて、失敗を繰り返す話です。
ひょんなことから一夜の契りを交わした光源氏とこの女でしたが、その後は徹底的に女が拒むのです。
そしてある夜、光源氏がこの空蝉のところに忍び込むと彼女は義理の娘と

    囲碁

をしていました。娘のほうはふっくらとした明るく美しい女性で、空蝉が痩せていて鼻筋もきれいでなく、容貌に関して言えば明らかに劣っているのです。ところが娘はどことなく品がなく、光源氏はやはり空蝉に執着します。そして囲碁も終わって寝静まったころ、光源氏が近づくと、衣擦れの音に気づいた空蝉は薄い単衣だけの姿で逃げてしまうのです。あたかも蝉が殻から抜けるように。
そして光源氏は思いがけず娘のほうと契りを交わすことになります。とはいえどうしても空蝉への思いはやまず、その後も悶々とするのです。
おとなの女に

    翻弄された

ような、自分の未熟さを思い知らされたような気になっていたかも知れません。
一方の空蝉も、実は光源氏の事をふっつり忘れてしまうことなどできず、もし自分がかつての(まだ結婚もしていないころの)娘であったら、と思わないではいられません。

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同じく惜しむ 

先日上演された「ルター」のお話から。
若き日のマルティン・ルターはラテン語などもかなりよくできたようで、学業優秀であったがゆえにさまざまに苦悩することになります。父の希望で法学を修めることにして学士にまでなるのですが、どうもこの学問がしっくりこないのです。その気持ちを表すために、冒頭は

    少年老い易く学成り難し

を借りて「少年老い易く学成り難きのみならず」と始めてみました。
以前書いたことがあると思うのですが、私も大学に行くとき父親に経済学部か法学部に行けと言われ、甚だ違和感を覚えました。私はが文学部に行くと言うと「そんなことをしたら食べていけない」と言われました。まさか、と思っていたのですが、今になると父緒の言うとおりだったと、その炯眼におそれいっています。
それはともかく、ルターは悩んだ挙句、雷に出遭ったときに恐怖のあまりふと口にした「私は修道院に入りますから助けてください」という自らの言葉に従って、父の希望にそむいて法学を捨てたのでした。
ルターは私とは人間の大きさや賢さが違いますから、それが結果的にはよかったわけで、今に名を残す偉人となりました。
ただ、ルターは神に対して恐ろしい感情を抱いていて、納得の行かないこともあったのだそうです。彼がえらいと思うのは、自分の納得のいかないことについては妥協しなかったことです。そして、考えに考えて彼が住まいとしていたという修道院の塔で悟りを開くように

    神の本質

に思い至ったと言うのです。私が書いた「ルター」はこうして彼の人生の転換点となった二つの出来事にフォーカスした「雷鳴の段」と「塔の段」から成るのです。

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免許の更新(4) 

ふと気付いたのですが、おそらく警官OBと思われるこの講習担当の人、5年前の担当者とそっくりなのです。あのときは明石でしたし、5年経ったらやめているかもしれませんから、別人だろうとは思うのですが、とにかくよく似ているのです。
ひょっとしたら同じ人かもしれませんが、あるいは

    元警官

というのは、目つきその他の雰囲気が似てくるのかもしれない、とも思いました。
受取証に捺印して、あとは出来上がりを受け取るのみ。しかし、これがまた厄介です。
受取証には番号が書いてありますので、私の二、三番前の人が取りに行ったら何とかなるかな、と思い、失礼ながら他の人の番号を覗き見しました。残念ながら、私より

    少し後の人

しかわからず、最後になっても仕方ないな、と思っていました。ところが、その、私より少し後の番号の人が「そろそろだ」という様子を見せましたので、窓口を見たら、ちょうど私の名前を呼んでいるところでした(こういうのは、口元を見ればわかります)ので、見事にゲット!

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免許の更新(3) 

早速入口で愛想のかけらもない(笑)おばさんとやりとり。なんとかわかってもらえて、書類作り。これは簡単です。
本籍地も居住地も変わっていないので記載することも少ないのです。
次にお金の支払い。支払いは嫌ですが(笑)、手続きそのものは問題ありません。
次に○番(何番が忘れました)に行けと言われたので行ったら、ここがひどいのなんの。
何か言われるので「障害があるため、そちらのおっしゃることが

    わかりません」

と言ったのですが、なおも何か言ってきます。
だ〜か〜ら〜、わからないんだってば。
それでも諦めずにしゃべるおばさん。さらに二、三度繰り返したあげく、ふてくされたような表情で指で5を示したので、「え? いいんですか? 5番に行けばいいんですか?」と言ったら、不愉快そうに頷かれました。
何だったの? ここはパスしていいの? と思ってよく見たら

    交通安全協会

の窓口でした。パスしてよかったです。
あんなひどい態度でお金を取ろうなんて、もってのほか。悪口は書きたくありませんが、今回やりとりした窓口で最悪でした。
あなたは見られているのですよ、と言いたかったです。

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免許の更新(2) 

老松酒造さんの横に、人がずらっと並んでいます。
これはいつもの風景で、珍しいことではありません。ここでは朝9時から夕方5時まで井戸水をいただくことができるのです。
なんでも、水道水よりは硬度が高い、地下95mから汲み上げている酒造り用の水だそうです。

    老松丹水

というのです。
最近は水にこだわる人が多く、以前、水無瀬に行ったときも名水をもらっている人たちを見かけました。
小西酒造本社はJR伊丹駅の東、東有岡に移りましたが、ブルワリーショップの脇に若山牧水の歌碑があります。彼は酒豪で、白雪を愛したそうです。

    手にとらば 消なむしら雪 はしけやし
    この白雪はわが心焼く


「はしけやし」は「はしきやし」と同じで、愛おしい、というような意味です。

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免許の更新(1) 

運転免許の更新に行きました。
前回は、兵庫県の自動車免許の試験場がある明石まで来いと言われて、半日がかりのしんどい思いをしたのですが、今回は最寄りの更新センターがある伊丹市でよろしいとのこと。なんと、1時間で終わりました。
いくらか思うこともありますので、以下に書きとめておきます。
伊丹市は隣町なのですが、電車で行くとなると面倒なところです。

    JR宝塚

まで行けば伊丹までさほど遠くありませんが、阪急沿線の私は、安上がりなので(笑)つい阪急電車を使ってしまいます。
西宮市、尼崎市を経由して伊丹市に入ります。ぐるっと遠回りします。私は写真でしか見ていませんが、阪急伊丹駅は

    阪神大震災

で悲惨なまでに打撃を受けました。しかし復興はみごとにおこなわれ、駅ビルも立派なものができています。
駅を降りると、ちょっと迷いながら(笑)東商店街を通り抜けました。あまり賑わっている感じはしなかったのですが、実際はどうなのでしょうか。

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2017年文楽11月公演初日 

早いもので、大阪では今年最後の本公演になりました。
今日が初日です。
この公演は

第1部が
八陣守護城
鑓の権三重帷子

第2部が
心中宵庚申
紅葉狩

ということで、実はあまり食指の動かない番組です。
何を見ればいいのだろう、と思いながら行きます。
今は特に「これに期待する」というものはありませんので、掘り出し物に期待しています。

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谷町4丁目界隈 

先日、呂太夫さんの「ルター」の公演に行ったのですが、会場は大阪府警本部のすぐ近く。ということはNHKや

    大阪市立大阪歴史博物館

もご近所です。
今、歴史博物館では

    「世界に誇る大阪の遺産 -文楽と朝鮮通信使-」

を開催しているので立ち寄りたかったのですが、閉館時間に間に合わず、断念しました。
NHKをまじまじと見たのは久しぶりです。多分、昔、ここのスタジオでテレビの収録をした時以来だと思います。いや、何かでもう一度くらい行ったかもしれませんが、物忘れはなはだしく、覚えていません。
今回は当然、素通りしました。

ルーテル大阪教会
↑日本ルーテル大阪教会

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あさがおのかんさつ(結) 

朝顔はやはり秋の花だとつくづく感じました。
しかし、さすがに終わりになりました。
本当に長い間観察させてくれました。
最終的に、種がかなり採れましたので、ぜひまた来年その種をまいてみたいと思っています。

    花を育てる

なんて、以前は思いもよらないことでしたが、その魅力がいくらかわかりました。
今は、

    ビオラ

を植えています。

朝顔のあとにタマネギを植えたかったのですが、ホームセンターでは100本がワンセットなので、さすがにそんなにはできないな、と半ば諦めています。
朝顔にはただただ感謝しています。

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