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手を振る 

あるとき、学生さんに「生活に不満はないですか?」と聞かれました。答えのしようがありませんでした。不満なんてもう通り越してしまって、生きることに精一杯ですから。
不満が持てるくらいの余裕がないとだめだな、と改めて気づかされました。
「手を抜くって大事ですよね」とも言われました。たしかに、あまりにも一生懸命になってしまうと息切れして、かえってマイナスになることも多いようです。
学生さんからは

    教わること

が多いです。
「この間、廊下を歩いていた時、あいさつしようと思ったのですが、どうすればいいかわからなくて」とも言われました。ありがたいことです。私などあえて無視していく「オトナたち」もいますから、学生さんのこういう気持ちは何物にも代えがたいくらいうれしいです。
「一番わかりやすいのは

    手を振って

くれることです。そうすればハッと気が付きます」と言いました。するとこのごろ廊下であろうが外であろうが自習室であろうが、学生さんが次々に手を振ってくれるようになりました。
やはり心の優しい人が多いのです。

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髪切ったんです 

昨日、授業のあとで学生さんが近づいてきました。なんだろうと思ったら、「髪切ったんですけど、気がつきましたか?」とのことでした。
実ははっきりとは気づかなかったのです(笑)が、あまり愛想のない言い方もできないので、「あ、ほんと!」と言っておきました。かえって失礼だったかな?
彼女にとってはかなり

    大事なこと

だったらしく、どうしても聞いてほしい、という雰囲気でしたから、すげない返事がしにくくて・・。
そのあと彼女は

    「保育所ぶりです」

と言いました。
さて、難解な言葉です。おそるおそる「保育所に行っていた子どもの頃以来、という意味ですか?」と訊いたら、そうだ、とのことでした。
あの「〜ぶり」という言い方はどうにも慣れません。
明るくて愛嬌のある優しい学生さんで、よく話しかけてくれます。
学生さんの中には、話しかけてはいけない、と考える人もいるようですが、とんでもないことで、とても嬉しいのです。

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五月病? 

どうにも元気がありません。
去年の秋からずっとですが、特に5月の連休明けからは、仕事が増えたこともあって、かなりきついです。今は5分も歩けません。
弊害はいろいろあって、風呂にもろくに入れませんし、薬の副作用で脂肪がたまりがちなのに、消費カロリーは少なく、今、体重が何キロあるのか不安です。
もっとも、食べる量も減っていて、特に

    お菓子

の類などはほぼ食べませんし、甘いジュース、コーヒー、お酒も口にしていません。
このところ、1日の摂取カロリーは

    1500カロリー

くらいではないかと思います。基礎代謝くらいです。
この時期、いわゆる「五月病」で仕事や学校をやめる人がいるようですが、私も気になって仕方がありません。

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2018年5月東京公演千秋楽 

文楽東京公演が本日千秋楽を迎えます。
二か月にわたって襲名披露をなさった五代目吉田玉助さん、ひとまずお疲れ様でした。
しかし、これからまだまだ長い道のりがありますので、どうか

    新時代

を切り開くつもりでご健闘ください。
織太夫、玉助という期待の中堅の襲名披露があり、いささかお祭り気分が続いたあと、次の本公演は8月。復活作品もあり、期待されます。
文楽は、

    住太夫以後

へと向かいます。
今年の後半から来年にかけて、ということは、平成から新しい元号に代わるこのタイミングが、とても大事な時期に思えてきます。

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秘密基地 

子どもの頃、空き地というのがあって、そこはよほど悪いことをしない限り自由に使える、子どもだけの秘密基地でした。
私の家の近くにも、石がたくさん転がっているため、危なくはあったのですが子どもが野球をするくらいの広さの空き地がありました。
数年後には

    テニスコート

になり、今はマンションが建てられています。よくあるパターンです。
今はなかなかそんな場所はなく、土地が空いたら駐車場になったり、家が建ったり。
空き地なんて、

    ドラえもん

でしか見なくなりました。
昨日は仕事のため、土曜日にもかかわらず、仕事場へ。
やはり子どもが多数来ていました。
大きなデスクに本を広げて仕事をしたいものでから、人がいない部屋を物色していました。図書館はいいのですが、パソコンがないので腰を落ち着けられません。
ふと、防音のために厚いドアがある部屋があるのを思い出し、こっそり忍び込みました。
快適でした。
誰もこない密室っぽい秘密基地でした。

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橙30年 

タイトルをご覧いただいても何のことかお分かりいただけないと思います。
私がこのところ何かとお世話になっている短歌結社である

    橙(オレンジ)

が30周年を迎えたのです。
大阪に本拠を置くグループで、故山崎雪子さんによって始められたとうかがっています。
私は、今の代表の野澤正子先生にお許しをいただき、『源氏物語』についてのエッセイを連載させていただいています。
その定期総会が今日おこなわれ、私もお招きにあずかりました。あいにくの体調不良のため、大変失礼ながら欠席させていただきますが、せめてもの

    お祝い

のために、このブログにもその次第を書き留めました。

祝歌
手のひらにオレンヂひとつつつみ持てば
わが体温に歌あふれいづ

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土曜の喧噪 

仕事が片付かないので、土曜日も仕事場に行くことが少なくありません。
図書館は開いていますが、肝腎の仕事の本拠地に何かの催しがあるらしく、たくさん子供が来ていて、バタバタします。
元気ですから、走り回りますし、関係ないフロアまで探検に来ます(笑)。
私が1人で仕事していたら、覗きにきて、私が気づいて顔を上げると、サッと

    逃げて

いったりします。
パソコンや電灯がつけっぱなしになっていることも少なくありませんから、夕方になると消して回ることもあります。
土曜日はもはや

    大学ではない

感じです(笑)。
明日も仕事の積み残しがあるため、行かざるを得ないのですが、ちょっと憂鬱です。

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枕草子の危機 

枕草子の講座を始めたのですが、最初の時間においでになった方は予定の半数。
2回目はさらに減り、講座が維持できるかどうか難しいところです。
枕草子はおもしろいのに、やはり講師が私ではダメだったか、と、清少納言さんに申し訳なく思っています。
中止になったら仕事は楽ですが、生活はまた転落。ジレンマ続きです。
私自身は枕草子のおもしろをいくらか感じ取ることができてきましたので続けたいのですが、どうなりますことやら。

七くさ 

『枕草子』の予習をしていたら、七日の若菜摘みの話が出てきました。
今も「七草がゆ」として続く行事ですが、清少納言は、春の初めに、雪間で若菜摘みをするのがいい、と書いています。
旧暦の一月七日は、五節句のひとつで、

    人日(じんじつ)

と言い、これは文字どおり「人の日」のことです。
古代の中国で一月の最初の七日をそれぞれ鶏、犬など七種の動物の日として、七日目が人の日に当たるのです。そしてこの日には七草を食べる習慣もあって、これが日本に伝わったのです。
いつもこんなことをあれこれまとめてはお話しするのですが、何しろ知らないことだらけですから、予習には大変な手間がかかります。
専門分野の『枕草子』ですらこれですから、ほとんどが専門外の学生に対する授業はさらに時間がかかるのです。
私は今、1週間に

    七種

の授業をしていますから、その分の予習が必要で、てんやわんやになっているのです。
少しでもサボろうものならそのしっぺ返しが来ますから、休めません。
七種(ななくさ)の予習は『枕草子』のように「いとをかし」なんてのんびりは言っていられません。
しかし、しっかり予習することで、おもしろいですし、また身につきますからやめられないのです。
やはり「いとをかし」と言うべきでしょうか。

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春はあけぼの(2) 

「春はあけぼの」は“Spring is dawn”という意味ではありません。何かあることに関して「(ほかの季節ではなく)春はあけぼのなのだ」と言っているのです。ではその「あること」とは何なのでしょうか。
『枕草子』は類想的な段、随想的な段、回想的な段によって構成されているといわれますが、あるいはそうではなく、すべてが回想的なものではないか、そんな、『枕草子』研究者の人から眉をひそめられそうなことも考えました。
つまり「春はあけぼの」もまた彼女がかつて中宮定子の前で行われた同僚女房たちとの話を回想して書いているのではないかということです。
おもいきり想像をたくましくしてみます。
中宮が女房たちに向かって「ねえあなたたち、一日のうちいつ頃が一番好き?」と尋ねます。ある女房は「お昼ですね。だって元気が出そうな時間帯じゃないですか」と言います。別の女房は「それは夕方が一番です。何となく物思いにふけることができそうですから」と答えます。自分の気分を根拠にして時間帯を選んで答えたわけです。すると中宮定子が清少納言に向かって「あなたはどうなの?」と問います。すると清少納言はおもむろに

    春はあけぼの

と答えました。一同、「えっ?」と言います。「どういうことなの?」と問われた清少納言は「やうやうしろくなりゆく、やまぎはすこしあかりて、むらさきだちたる・・・」と言い始めます。「なるほど、面白い時間帯も季節によって違うというわけね。では夏は?」「夏は夜ですね。・・・秋は夕暮れです・・・冬は早朝です」と話が続きます。ほかの女房が自分の思いを基準にしていったのに対して、清少納言は

    風景

によって素晴らしい時間帯を説明したのです。その風景は決して心象風景ではありません。きわめて純粋に客観的に見つめた風景なのです。けっしてありきたりの「さくら」「うぐいす」「もみじ」などはでてきません。中宮は「それはおもしろいわね」と言ったので清少納言は心にとどめたのです。そして『枕草子』を書くに際して、このことを思い出し、第一段として書いて、中宮に差し上げた・・。

以上申し上げたことは小説的な発想で、まったくの思い付きです。しかし、「春はあけぼの」は、そんなことを想像させるような魅力を持つ一段でもあると思うのです。

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春はあけぼの(1) 

『枕草子』の第一段はあまりにも有名な「春はあけぼの」です。昔、曙という名前の横綱がいましたが、あの人が春場所に優勝すると新聞の見出しには「春は曙」と出るのが普通でした。
この段の解釈など、今さら問題にはならない、と思われがちなのですが、決してそんなことはありません。私が今とても気になっているのは、この段を清少納言はどういうつもりで書いたのかということです。彼女は失意の時期に実家に帰っていたことがあり、そのころに『枕草子』はかなり書かれていたらしいのですが、この段もそのときに書かれたものである可能性は高いのです。ただ、これを思いつきで書いたのか、何か下地というか、

     宮仕えにおける体験

がもとになって書いているのか、ということがひっかかるのです。
「春は」という書き出しなら、続く言葉はたいてい「桜」とか「梅」とか、何らかの景物だろうと思うのです。それを「あけぼの」としているのはなぜなのか。またこの文の構造はどうなっているのかということも引っかかります。よく国語学専攻の人が問題にする文に

    私はウナギだ

というのがあります。これはもちろんウナギ君が人間の言葉で“I’m an eel”
と言っていると考えることができます。しかし食堂で何を食べるかという話題になったときに「私は親子丼だ」「ぼくは木の葉丼だ」「私はウナギだ」という言い方がありうるのです。「春はあけぼの」もあるいはこれと同じで、何か話題になっていること(何を食べるか、という話題に当たること)があって、それに関して「春はあけぼのだ」と言っているとも思えるのです。

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薔薇を見たい 


このところ、ほんとうに出歩いていません。4月に京都宇多野の陽明文庫に行ったのが最後で、連休も食料の調達以外はたぶんどこにも行かなかったと思います。
原因の第一は体調で、歩くのが億劫なものですから、仕事場への往復ばかりです。もうひとつはあまりにも多い授業関係の仕事です。授業も勉強も好きなのですが、やはり多すぎると負担です。このところ好きなことはあまりしていません。仕事場にいる時間も12時間くらいだったのに、このところは

    13時間を超える

のが当たり前になってきました。
つまらないです(笑)。
行きたいところはいろいろありますがすべてじっと我慢です。奈良国立博物館の「春日大社」にもおそらく行けないまま終わることと思います。
昨年もあまり調子は良くなかったのですが、それでも近所の宝塚花のみちあたりには散歩に行っていて

    「ベルサイユのばら」

と称する花を見に行きました。こういうのはFacebookが「去年あんたはこんなことしてた」といちいち教えてくれますのでわかるのですが。
今年はこれもあきらめなければならないのか、と思うとまことに残念です。

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学生さんとのお話 

昨日、仕事部屋に学生さんが遊びにきました。
以前から「一度行きたい」と言っていた人なのですが、やっと来てくれました。
彼女は三味線を習っているそうで、私が時々授業でする芸能関係の話に興味を持ってくれたようなのです。
もう一人、ホルンを吹いているという友だちも一緒に来てくれました。
2人とも音楽全般に興味があるようですから、話題はやはりそちらに向きました。
部屋には三味線のほか、能管、篠笛、龍笛もありますので見てもらいました。

    文楽人形

も持ちたい、と言うので体験してもらいました。
三味線を弾く学生は地元の踊りで弾いたり、素人の落語の出囃子を弾いたりするそうです。なかなかたいしたものです。
私はいささか

    体調不良

だったのですが、彼女たちの元気に乗せられて、いくらか気分もよくなりました。
やはり学生さんと話をするのはいいものです。

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『源氏物語』の夢(2) 

光源氏は父の妻(つまり、彼の義母)である藤壺中宮に道ならぬ思いを寄せ、ついに密通してしまいます。するとそのあと夢を見ます。
夢解きをさせると、思いがけないことが起こる、と言われます。藤壺が懐妊し、男子を生むことになるのです。
その後、光源氏はわけあって須磨に身を引きますが、そこではすでに亡くなっていた父の夢を見ます。また、大嵐に遭った後、明石入道という人物から明石に招かれるのですが、それ入道が夢を見たことによるのです。
このほかにも、その明石入道が娘ややがて生まれる孫についての予言めいた夢を見たり、光源氏の息子の

    夕霧

が亡き友人である柏木の夢を見たり、さまざまに夢が出てくるのです。
夢は深層心理のあらわれなのでしょうが、時としてそれは人の生き方に影響を与えることにもなるようです。
夢については、

    夜に話してはならない

という俗信もあったようで、また、夢はめったな人に話すものではない、とも考えられたようです。
夢は何とも不思議なものです。
西郷信綱さんに『古代人と夢』というご著書があって、学生時代に読みました。今回またその本を取り出して参考にさせていただきました。

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     赤 


     ピンク 

『源氏物語』の夢(1) 

『源氏物語』の講座で夢の話を取り上げようと思っています。
古代の人は、夢については我々現代人よりはるかに神経質でした。
奈良の長谷寺は夢のお告げをくださる、というので、それを目当てに参詣する人もいたくらいです。
『更級日記』にも長谷寺と夢にまつわる話が出てきます。長谷寺と夢で、もっとポピュラーなのは「わらしべ長者」の話でしょうか。
『かげろふ日記』の筆者は滋賀県の

    石山寺

で、不思議な夢を見ました。僧が現れて、彼女の膝に水をかけた、というのです。
『信貴山縁起絵巻』には、尼が東大寺で夢を見る話が出てきます。
その他、多くのお告げの話があります。寺は何かのメッセージをくれるのですね。
『源氏物語』にもかなり見られます。
夕顔巻の怪事件は

    光源氏

の夢の中で起こります。
枕もとにとても美しい女が座っていて、恨み言を言います。そして隣に寝ている夕顔を揺り動かし、夢が覚めると夕顔は頓死するのです。

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     赤 


     ピンク 

丙午 

今年のことではありません。
学生に日本文化の話をしていたら、丙午についての質問がありました。
彼女たちの親が1966年の丙午生まれという場合があり、おそらくご両親から聞いていることがあるのでしょう。
「うちのお母さんが

    キツイ

のは丙午生まれやからや」とかなんとか。
今年52歳になる方々ですね。秋篠宮の紀子妃も丙午です。あの方はキツイのでしょうか(笑)。
丙は火の兄(ひのえ)、馬は陽獣で、赤兎馬のような赤毛馬は火そのもの。「赤馬」は放火や火事の隠語でもあります。

    八百屋お七

が丙午だったという俗説もあります。
で、学生に私から質問したのです。「8年後なので、皆さんはひょっとしたら子どもを産むかもしれませんよね。どうしますか?」と。
まあ、そんなこと誰も気にしないだろう、と思っていたら、続々と「私は避けます」という意見がでてきました。
へぇ!

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マラソン授業 

寄る年波(笑)で、何かと体力に自信がなくなってきました。
もう、時速150km/hのボールは投げられません(投げたことないけど)。
それなのに、これから7月半ばまでの火曜日はひたすらしゃべります。
学生相手の授業が90分×3、そして一般の方に対しては120分。合計390分です。
実際に体験してみて、意外にできるものだと思いました。疲れはしますが、やはり好きなことは苦になりません。
終わってからさらに2時間、次週の

    予習

をしましたが、平気でした。「寄る年波」というのは撤回します。
これなら何とかなるかな、と思いました。
が、そうはいかの塩辛。翌日の授業を始めたら、喉の調子があまり良くないのです。声を出しているのに伸びていかないのです。といより、何だか、

    ポタッと

落ちる感じがするのです。やはり「寄る年波」を再度認めます(笑)。
幸い、水曜日は90分だけで、あとは黙って仕事ができます。
もう一つ大変なのは予習量の多さです。週に13時間しゃべるために、私の場合はその4〜5倍の時間を予習に割かねばなりません。計算してみると、週に70時間かかるわけです。
物理的な時間だけではなく、それでなくても鈍い頭がうまく回転してくれません。
これが意外に大変です。
さて、最後までもつのでしょうか?

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にんじん栽培 

プランターで何かを作ろうと考えたのは、人生にゆとりができたから、と言いたいのですが、実際はゆとりが失せていったから、という方が当たっているように思います。
プランターと培養土は手に入れたものの、何を植えればいいのかもわからず、また、栽培の用語も理解していませんでしたから、まさに

    手さぐり

でした。図書館に行って入門書を借り、いくらかの知識を得て、ホームセンターに行ったはずですが、時期が合わなかったのか、定番の(?)ミニトマトなどは選ばず、なぜか

    ミニニンジン

のタネを買って帰りました。
無事に発芽しましたが、何が悪かったのか、あまり育たず、痩せたものがいくらか収穫できた程度でした。それ以後は、オクラ、ミニトマト、ピーマン、シソ、キュウリ、ほうれん草などを植えて、ニンジンとは縁がありませんでした。
この春は体調が悪く、仕事以外のことができない日々だったので、プランターが空いたままになっていました。
で、4月半ばにスーパーに行ったついでに何となくホームセンター(スーパーに隣接しています)に寄ったとき、ほんとうに思いつきで久しぶりにミニニンジンの種を買ったのです。
買ったからには蒔かねばならず、数日間隔で蒔きました。
なかなか発芽率もよく、間引きするのはしのびないですが、育てるためにはやむをえないものと割り切り、今は2条で40本くらいが成長しつつあります。
今回はどれくらい収穫できるでしょうか。

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源氏物語も 

火曜日に実施する枕草子講座とともに、金曜日には今年度も源氏物語講座を開催します。一昨日はその第一回でした。
この講座は若菜上巻から読み始めたのですが、すでに若菜下巻、柏木巻を終え、今は横笛巻を読んでいます。もうすぐ鈴虫巻、夕霧巻と進み、来年も続けられるなら御法巻、幻巻へ。光源氏の生涯がこれで終わることになります。
最初は若菜上巻だけでも読めれば、と思っていただけに、予想外の進み方です。これはひとえに参加してくださる方々のおかげです。
とにかくおもしろく、源氏物語は初めて、という方も「ハマりました」とおっしゃいます。

    紫式部

はさすがにすばらしいです。
この講座では、先日、京都への遠足(陽明文庫)をしたのですが、こういうのも定着するといいな、と喜んでいます。「受講者が、どんどん

    仲良し

になるんです」とまでおっしゃってくださいます。
また、枕草子講座の方々を含めてどこかへ行けないかな、と思っています。

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2018年5月文楽東京公演初日 

今日から、文楽東京公演が始まります。
住太夫師の逝去、文字久太夫さんは骨折とのことで住一門は寂しいですが、この公演も五代目

    吉田玉助

襲名披露として賑わうことでしょう。
演目は大阪と同じだとか。
千秋楽の28日まで玉助さん、どうかお元気で突っ走ってくださいますように。

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忙しくなります 

ずっと続く体調不良にもかかわらず、今週からさらに忙しくなってまいりました。
4月は週に90分×6コマだったのですが、今週からの10週間はこれに240分追加で週に780分しゃべることになります。しゃべるだけなら高校の先生くらいなのですが、問題は予習で、今のやり方なら週に40時間くらい必要。てことは、授業関係の仕事だけで週に53時間労働(^_^;)。

   働き方改革

しないとなぁ。
でも、私のように、健康な一般教員に劣る者はそれくらいしないとまともな授業はできません。
まともな報酬をもらってないので、まともでない授業をしても平気でいられるか、というと、それができないのが教師の

    性(さが)

というものです(笑)。いや、実際はまともでない授業をしているから、報酬に釣り合っているかも。
とにかく、倒れないように、頑張るほかはありません。

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枕草子講座開催(2) 

『枕草子』を読むといっても、高校の「古文」のように《現代語訳と文法》と軸とするものとはまるで違います。高校の「古文」は本格的に古典文学を読むための基礎のようなもので、高校の先生は面倒でも「何とか活用」というような説明をしてくださるわけです。
私はその先生たちの恩恵を受けつつ、もっと細かい点まで読んでいきます。
『枕草子』にはさまざまな注釈があるのですが、今なおわからないことはあります。そもそもタイトルの

   「枕」

の意味にも諸説あって、確実なことは言えません。
注釈はもちろん江戸時代にもありました。この時間は北村季吟の

    枕草子春曙抄

を折に触れて紹介していくつもりです。
一昨日は、図書館にある江戸時代の板本を司書さんに出していただいて、みなさまにお目にかけました。
ついでに、こういう古い本を見るときの注意点も、私の知る限りお話ししておきました。
こうして枕草子講座は始まったのですが、前途程遠し。わからないことだらけで、受講してくださるみなさまのお助けを得ながら読んでいこうと思います。

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枕草子講座開催(1) 

不安だらけの枕草子講座が昨日から始まりました。
小さな学校で無名の教員が実施するものですから、聴いてやろうという方がいらっしゃるものかどうか、甚だ不安でした。
もし3人以下しか希望者がなければ実施できない、と言われていました。事前に、お二人の方から申し込むつもりだ、とうかがっていましたので、もうひと息、と思う反面、まあ無理だろう、という諦めが強かったのです。
ところが、ふたを開けてみると

    9人

の方がいらっしゃるとのこと。しかも平日の昼間なのに男性が3人(お仕事をリタイアされた方かと拝察しています)。
こういう少人数の場合、参加してくださる方々によってかなり雰囲気が違ってきます。
楽しむぞ、というタイプの方も、じっくり勉強しようという方もいらっしゃるでしょうから、
昨日は、

    初顔合わせ

だけに、お互いに様子をうかがう感じが無きにしも非ず(笑)。
ただ、以前私の講座に来てくださった方が3人いらっしゃいますので、私としましてはまったく見ず知らずの方々ではなかったのです。心強かったです(笑)。
最初にみなさんのお名前をご紹介して、この講座の概略をお話しし、ようやく中味に入ることになりました。

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困るで 

毎年、連休の長さには辟易しています。半分は6月に分散してほしいくらいです。
世にゴールデンウィークというようですが、苦しいシャレを言うなら、私にとっては

    困るでウィーク

なのです。
毎年、無理やり9連休くらいにするので仕事に支障が出ます。
昭和天皇には申し訳ないですが、もう、4月29日は祝日から離してほしい。そして、6月半ばあたりに

    雨の日

でも作って(笑)、雨に感謝するのはどうでしょうか。ダメですね、わかりました。
海外旅行に行けるような身分の方は長期の休みもいいかもしれませんが、私にはほぼ恩恵がありません。
代休とやらで月曜日を潰すのもやめてほしいです。半分は金曜日に回すなどしてもらいたい。
そんなわけで、今年の連休もかえって疲れました。

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切、そして名跡 

文楽の太夫さんの最高の名誉は「切」の字が付くこと。いくら寺子屋を語っても、許された人しか「切」の字は付きません。
私が明確に覚えているのは越路、津、南部、文字以降です。
その後、織、嶋、十九、咲と続きましたが、今は咲太夫さんおひとり。
これから、どうされるのでしょうか。
ファンや学者の中には「安売りするな」「まだまだ早い」といって反対する方もいらっしゃるようですが、私はそのお考えに与する気にはなれません。
今の文楽で切場を語るのは咲さんのほかには呂、津駒、千歳の3人がいらっしゃり、三輪さん、呂勢さんもいいものをお持ちではないでしょうか。
どなたも

    欠点

はおありでしょう。それは当たり前です。でも、いいところも多々あるはずです。
襲名も修業の励みになるでしょう。
でも、太夫さんはなかなか襲名できないままの方が多いのです。
師匠のお名前に一字加えた形の津駒、津國、文字栄、文字久、呂勢というお名前はいかにも初名という感じで重みがありません。三輪、千歳もきれいなお名前ですが、物足りません。
文楽の

    名跡

は遺族が管理するそうですが、途絶えた名前など協会が預かる努力をして繋げることはできないのでしょうか。
春太夫、染太夫、駒太夫など、いい名前があれこれあります。越路、津、若の名前も復活されないものでしょうか。
住太夫以後の文楽のありかたについて、襲名についても考え直すことは必要ではないか。私にはそう思えるのです。

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住太夫師匠(7) 

住太夫師は、文楽で初めて文化勲章を受章されたことに象徴されるように、数々の栄誉を受けられました。
二十歳を過ぎての入門でありながら、60年をはるかに超えるキャリアをまっとうされ、文楽の神様に愛された人生を送られたのではないでしょうか。
その稽古は大変厳しいことで知られます。
呂太夫さんがおっしゃっていました(呂太夫さんの本にも書いてあります)が、「お前なんか

    人間やない」

みたいにケチョンケチョンにけなされるのだそうです。呂太夫さんは、それでも感謝している、とおっしゃっていましたが、誰もが受け入れられる稽古の仕方だったのか、その点は第三者ながら気になります。
お弟子さんに、文字栄さん、文字登さん、文字久さん、小住さんがあります。今はお三方ですが、ゆくゆく十代目文字太夫や八代目住太夫は誕生するのでしょうか。
よく、歌舞伎は襲名で稼ぐ、と揶揄されます。そして、文楽はその真似をするな、という方もあります。でも、やはりこういう伝統芸能にとって襲名はめでたく明るい話です。
世襲を基本としない文楽では、それでなくても襲名はあまりおこなわれません。特に太夫さんは、このところ歳をとってからの襲名が多く、先だっての

    織さん

など、珍しい部類でした。
しかし、襲名は功成り名遂げた人へのご褒美ではないと思います。
住太夫師亡き後、いい機会だから、というのは語弊がありますが、新しい時代に向けて、太夫さんもいい名前を積極的に継いでいくようになさったらどうでしょうか。

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住太夫師匠(6) 

文楽はこれまでにもさまざまな苦境を乗り越えてきました。
住太夫師も戦後まもなく入門されたあと、二派分裂による巡業の日々、松竹から文楽協会への移行、閑古鳥の鳴く朝日座から国立劇場による安定的な公演形態の確立という経験をされました。
最近では、

    詭弁を弄する

ばかりの大阪の政治屋によって逆風にさらされたこともありました。
政治は文化を支援するためにあるのに、目の前の帳簿にこだわるだけの安っぽい考えが一部の人に熱烈に受け入れられました。そのとき、住太夫師は脳梗塞で倒れられ、口さばきが不自由になられたのでした。
懸命のリハビリと長年の蓄積に、天性の勘も働いて不死鳥のように復帰されたものの、以前のような語りは無理。納得できないということだったのでしょう、ついに引退されました。
引退披露の口上もなさらず、最後の舞台は、大阪では「桜丸切腹」、東京では

    沓掛村

でした。
その後は、お弟子さんらの稽古をなさりつつ、あちこちでお話をなさり、文楽の普及に努められたのでした。
私が最後にお目にかかったのは2017年6月の能勢浄るりシアターでした。ご令孫のみゆきさん(岸本みゆきさん)の新作を楽しまれるお姿でした。

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住太夫師匠(5) 

個人的な思い出はそれだけで、あとはただただ床での熱演を拝聴するばかりでした。
先日書きましたように、住太夫師の名演はたくさんあります。しかし、私は必ずしも住太夫師の語りと波長が合ったとは言いがたく、多くの方が泣いた、とおっしゃるものでも、感じ入ることこそあれ、胸がいっぱいになった、という経験は

    一度しか

ありませんでした。それは、私が父を亡くした直後の「沼津」で、特別な意味があったのです。
そのうちに、私は義太夫節と疎遠にならざるを得ず、せっかくの名人芸とも距離ができてしまいました。
住太夫師は、休演されたこともありましたが、とてもお元気に活躍されました。単に名人というだけでなく、

    文楽の顔

とでもいうべき面があり、何冊も本を出され、講演や対談などもなさいました。さすがに弁が立ち、いつまでもお話しになるくらいでした。あるとき、先代燕三師とお二人でよもやま話をされたことがありますが、リードされたのは当然のように住師。燕三師は住師から聞かれたことに答えるという感じで、住師は「兄さん(燕三師)、何ぞしゃべっとくなはれ」とおっしゃっていました。
襲名の口上などをなさると立て板に水。越路師匠の引退披露口上のときも、越路師匠の経歴などを事細かによどみなくおっしゃいました。

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住太夫師匠(4) 


師匠は舞台上で講評などをなさったのです。

「こういう場合『いいところを褒める』というのが普通かな、そうしたら、私も少しは褒めてもらえるかな」

と、私は自惚れと期待で住太夫師匠のおっしゃることを聞いていました。
すると師匠は少し首を傾げながら

    「まあまあ

でけてます」と、褒め言葉とは思えない(笑)ことをおっしゃったのです。悪いとは言わないが、いいものではない、という感じでしょうか。あまりにも正直なおっしゃりようでしたから、私はつい前のめりになっていた背筋がピンと伸びました。やっぱりこの師匠は厳しいな、としみじみ感じたのでした。
知人があとで「あの言い方はないよな」と言っていましたが、でも、あのときなまじ褒められていたら私は天狗になっていたと思います。よくぞ首を傾げてくださった、と、これは私の本心です。
このあと、ちょっとしたパーティのようなこともあったのですが、そこではあまりお話ししなかったはずで、住師とのもっとも身近なふれあいはこうして終わったのでした。

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住太夫師匠(3) 

住師との唯一の思い出はやはり能勢の新作浄瑠璃のことです。
浄るりシアターが地元で上演するための新作を募集すると知った私は、ぜひ応募したいと思いました。審査員には住、燕三(先代)、簑助の師匠方が名を連ねていらっしゃいました。
作品はかなり集まったようですが、やはり今ひとつ十分でないとのことで、入選候補者(3人)が集められ、文楽劇場で話し合いがありました。その中に私も入っていたのです。
燕三師がご病気でしたから、三味線からは清介さんが出ていらっしゃいました。
住師はご用がおありだったのか、おいでにならず、清介さんと簑助師匠を前にして候補者が(主に清介さんから)こういう点に注意して書き直してほしい、というお話を承っていました。
そこに現れたのが住太夫師匠でした。
清介さんが深々と一礼されて「お先に始めさせていただいてます」。すると住師は「やっとくなはれ」とおっしゃって泰然としていらっしゃいました。
あまりあれこれおっしゃることなく、その場は終わり、私は多分いくらか書き直してお送りしたのだったと思います。平成8年初めのことです。あまり覚えていないのにはわけがあり、私は身内に不幸があったものですから、バタバタしていたのです。
シアターから私の作品を使うことにした、という連絡があったのは、まだその出来事で慌ただしい日々のさなかでした。
さて、いよいよ初演の日が来ました。
当然私も行きました。

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