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藤田六郎兵衛さん(2) 

文楽の豊竹呂太夫さんから六郎兵衛さんと会って話をしてほしいというお話があって、あまり事情が分からないままお会いしました。六郎兵衛さんは大変ご多忙で、全国を走り回っていらっしゃいましたので「書くことになっていた狂言風オペラ『フィガロの結婚』の台本が書けなくなった」そうです。それで「あなたに頼みたい」とのことでした。私は意味が分からずきょとんとしてしまったのですが、どうもおっしゃることが冗談やお世辞ではないことが分かってくると、からだが震えそうになったものでした。
六郎兵衛さんは、私のサポート役として一緒に行ってくださった方のお話によりますととても大きなお声で、いかにも能管の鋭くも温かい音を出されるにふさわしい方だったようです。
一見こわそうなのですが、終始ニコニコなっさっていたのが印象的でした。
その後はすべてメールのやり取りで連絡を取り合い、私がなんとか書き上げたものをお送りしますと、これがやはり出来が悪くて、六郎兵衛さんは年明けにかなり筆を入れられました。頼まなければよかった、と思われたのではないかと申し訳ない気持ちになりました。『フィガロ』の稽古が始まると、最初は演出のために来られていたのですが、途中で入院のために休みます、ということでおいでになれませんでした。しかし最後の稽古のころには復帰なさって、本番では舞台から挨拶もされたようでした。
その後、六月の名古屋での舞台を最後に公の場には姿をお見せにならなかったようで、休演が続いたことでファンの方もご心配になっていました。
私はほんとうにわずかなおつきあいでしたが、残念でなりません。

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藤田六郎兵衛さん(1) 

訃報というのはどうにも心臓に悪いものです。ドキッとするばかりでなく、胸が詰まるような思いに襲われます。
私の同級生もすでに何人かはこの世の人ではありません。最初に同級生がなくなったことを知ったのは高校を卒業して間もなく。高校一年生の同級生でしたが、とても聡明で気立ての良い女性で、彼女は理系に進んだので私とはそのご縁がありませんでした。ただ、三年生の時にはもうすっかり体がやせてしまっていて、もう長くはないのか、という想像ができないでもなかったのです。卒業後はどうしたのか知らないのですが、たぶん19年の命だったと思います。
そういう例もありますが、最近はごく当たり前のように同年代の人がなくなっていきます。
私もあまり長生きできそうにはないので、今のうちにできることをしっかりやっておこうという気持ちが強まっています。
能楽笛方の藤田六郎兵衛さんの訃報が入り、とにかくびっくりしました。このところ休演が続いていましたし、春には入院もされていましたので、嫌な予感はなくもなかったのですが、やはり驚きました。
六郎兵衛さんと初めてお会いしたのは去年の秋のこと。もうすっかり能とは縁が薄くなっていましたので、六郎兵衛さんの笛をお聴きしたのかどうかすら記憶にありませんが、恰幅の良いちょっとこわもての先生、という感じでした。仕事でお会いしたわけですが、私のすぐお隣にお座りになっていましたので、いくらかお話もさせていただき
六郎兵衛さんは、地元名古屋にとどまらず、広く能楽を支えてこられました。ファンの方は親しみを込めて「ろくちゃん」とお呼びになっていたようです。
快活で人をそらさない感じの、私とはまったくタイプの違う方でした。
明日、少しだけ思い出を書かせていただきます。

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五本の角(2) 

『閑居友』の「恨み深き女、生きながら鬼になる事」はこんな話です。
ある男が美濃の国の女と親しくなったのですが、心ならずもなかなか訪れられません。それを男の不実のせいだと思った女は、男に恨み言も言うのですが、そういうことをされるとかえっていやになるのが男です。男の訪問はやがて完全に途絶えます。すると女は何も食べなくなり、衾(かけぶとんのようなもの)をかぶってばかりいました。そしてあるとき、自分の髪を結いあげて飴(水あめ)で固めて五本の角のような形にしました。そして真っ赤な袴をはいて夜の闇に消えていったのです。詳しいことは書かれていませんが、このあと彼女は男を殺したのです。
よく似た姿を描いたものに

    『平家物語剣の巻』

があります。これはいわゆる『平家物語』の中に入っているものではないのですが、なかなかよく知られたものだったようです。この中に、嵯峨天皇のころの出来事として、ある女が貴船に参って「ある女が妬ましいので殺してしまいたい。だから私を生きながら鬼にしてほしい」というのです。すると貴船大明神は「本当に鬼になりたいのなら、姿を変えて宇治川に二十一日間浸れば鬼になれるだろう、と言います。すると女は喜んで、髪を五つに分けて飴を塗って巻き上げて五つの角のようにし、顔は朱を塗って体には丹を塗り、頭には鉄輪を戴いてたいまつ三本に火をつけて一本ずつを鉄輪の足につけたのです。
能の「鉄輪」も

    貴船

です。貴船は今でこそ叡電にのって行けばさほど遠くありませんが、昔の人の感覚では都の外です。貴船自体が都の明神とは違う強い霊性を持ったイメージがあり、それだけにまた神託も真実味があろうというものでしょう。「鉄輪」はさらに人形というアイテムや安倍晴明という人物が登場していっそうドラマティックになっていきます。
それにしても、自分の髪を巻き上げて飴を塗って角のようにする女、というのはなんと恐ろしいことでしょうか。

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五本の角(1) 

嫉妬というのは恐ろしいもので、それが昂じると人は鬼になってでもその恨みを晴らそうとすることがあります。
有名なのは能の「鉄輪」でしょうが、能にはほかにも女同士の嫉妬からくる悲惨な話があります。たとえば「藍染川」という作品があります。藍染川というのは九州の大宰府にあった川です。九州国立博物館の西に光明禅寺というお寺がありますが、このすぐ北側に「藍染川」の碑があり、さらにそこから少し西に行くと

    「藍染川と梅壺侍従蘇生碑」

というものがあります。この梅壺侍従という人はもちろん京都の人ですが、太宰府から都に上っていた中務頼澄という神官と知り合って梅千世という子までなすのです。ところがそのまま別れてしまい、頼澄は大宰府に戻ってしまいます。そこで梅壺侍従はなんとか子どもを父親に合わせたいという一念で九州まで行くのです。ところが、頼澄には妻がいました。この妻が嫉妬深い人で、梅壺侍従からの手紙を盗み読みしたうえで、偽りの返事を書いて、彼女を絶望させ、ついに梅壺侍従は藍染川に身を投げてしまうのです。そこに外出していた頼澄が戻ってきて彼女が亡くなったことを知り、天満天神を祈ると彼女は

    息を吹き返した

というのです。
しかしここで嫉妬する妻はアイ(狂言方)の演ずる役で、「鉄輪」のような恐ろしさはありません。
それにしてもあの「鉄輪」の「全身を赤く彩り、頭に鉄輪を載せて三本の足に火を灯す」といういでたちは恐ろしいものです。そして、ああいう姿は能以前にもあったのでした。
鎌倉時代の初めに書かれた説話集に『閑居友』(かんきょのとも)という作品があります。慶政という人の作品ですが、この中に「恨み深き女、生きながら鬼になる事」という話があります。

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12,000歩 

台風のあと、涼しくなるのかと思っていました。
甘かったです。ひどい暑さが戻りました。
昨日は、朝、涼しかったのですが、ぐんぐん気温が上がりました。
しかし、どうしても調べたいことがあって、徒歩で往復44分の図書館へ。
午前中でしたからまだしもよかったのです。
とりあえず、調べるべきことは済ませ、本も借りて帰りました。
昼食後、明日の

    朝ごはん

を買いに行かねばならないことに気づき、安売りの(笑)店へ。徒歩て往復14分。
そのあとは借りてきた本を読んだり、調べたことをまとめたりしていると眠くなって、夕方までダウン。
目が覚めてまた同じ作業をしていると、またまた

    調べたいこと

が出てきました。
夕方なので多少は涼しくなっただろうと思って、往復50分の別の図書館へ。なんのなんの、じゅうぶん暑かったです。館内をうろうろしている時間も含めると、昨日は110分あまり歩いたことになります。1分110歩としても12,000歩を超えます。
汗びっしょり。
涼しいときならともかく、バカみたいに歩いたものです。
帰宅してすぐにシャワーを浴び、ビールをググッと・・・と言いたいのですが、ビールはありませんから、水をいっぱい(笑)。
いい運動になりました。

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休まして 

20年ほど前のことです。
私が書いたお芝居を能勢町で上演していただけることになりました。
いろいろ打ち合わせがあります。
大阪梅田の某ホテルの喫茶室で劇場の方と文楽の技芸員さんで作曲してくださることになっていた方とお会いしました。
その技芸員さんが何かのはずみで「ほんま、忙しですねん。

    休まして、

言いたいですわ」とおっしゃいました。大変なのだな、としみじみ感じました。
私も暇ではありませんでしたが、それでも技芸員さんほどではありませんでした。
あれから20年ほどが経ち、私もやっと「休まして、言いたいですわ」という日々を送るようになりました。
仕事場では飲み会というのがあるはずですが、私は多分

    15年

くらいご無沙汰しています。旅行も行けませんし、文化的な時間を持てなくなりました。
障害を持って、健常者の方々に負けない仕事をしようとするうちに、驚くほど時間を費やすことがわかりました。
かつてはほんとうに楽だったと思います。
いや、泣き言を言っている場合ではありません。8月も残り少なくなりました。
頑張ります。

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休館 

今日から、仕事場の図書館が休館になるそうです。
蔵書点検らしいです。毎年のことですからしかたないですし、迷惑をこうむるのは私くらいでしょうから文句の言いようもありません。
私は文献で仕事をしてきましたので、実験系の人が「今日から試験官もビーカーも薬品も使えません」と言われるようなもので、

    手も足も

出なくなります。特に、今書いている原稿が追い込みの時期ですので、致命的。
とにかく、昨日までに徹底的に調べるべきことを調べ、たくさんのメモを取りました。
昨日は開館から閉館まで、昼休みを除いてほぼ館内にいました。
そして、名残りを惜しみながら帰ろうとすると、カウンターのあたりに、たくさんの

    学生さん

がいました。しかも、図書館を利用していた、という雰囲気ではないのです。
なんだろう、と目を丸くしていたのですが、あるいは蔵書点検のバイトか何かかも知れません。私も暇だったら、バイトしたいです(笑)。

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飲み薬 

持病のため、30年くらい薬を飲み続けています。
最初は3種類くらいだったと思うのですが、症状が重くなり、最多で6種類飲んでいました。中には強い薬の副作用予防のため、というものもあり、どれが効いて、どれが効かないのかわからないくらいでした。
しかし、最新の

    注射薬

を使うようになって症状がおさまり、ドクターは漸次飲み薬を減らそうと言います。
そして、昨日の診察時に

    ゼロ

にしてみることになりました。
これでどうなるかを観察して、異常がなければそのままになるのですが。
まだまだ予断は許されませんが、叶うならばこのままに、と願っています。

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やっと、朝顔 

朝顔は俳句の季語としては「秋」なのですが、学生はたいてい「夏じゃないんですか!」と言います。
今の暦だと7月に咲き始めて、8月、9月が盛りでしょうか。
立秋が8月初めですから、やはり秋の花です。
私の家の朝顔は、うっかり

    24時間明るい

ところに置いてしまったのがいけなかったのか、咲きませんでした。
それに気づいて8月初めに移動させたら、花芽が出始め、やっと8月半ば、つまり立秋のあとになって咲いてくれました。
正真正銘、秋の花です。そして、今は

    連日

新たな花が咲いています。
夜は暗いところでないと咲けない、ということがよくわかりました。自然は正直なものです。
さて、タネはできるかな、というのが今は気になっています。

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子ども学園 

私が仕事しているところは大学のはずなのですが、今は小学校になっています。なんだか、英語を教えているみたいです(詳細不明)。
とにかく、エレベーターには団体で乗ってきますから、鉢合わせすると大変です。
よって、私は図書館に

    逃げ込む

ことが多く、その間は平和です。なんだか、立派な観光バスを何台も連ねてやって来るみたいで、どういうおぼっちゃま、お嬢様なんだろう、と不思議でなりません。
今やまともな大学はともかく、

    経営の危うい

ところは、なんでもしなければならないのでしょう。
外国人教師がいっぱいで、みなさん実に気軽な服装をしています。
彼らが夕方去ったあとはパソコン教室など、たいていパソコンの画面がつけっぱなし。どうやらスリープにしているみたいですが、それすらしないのま多く、先日など朝早く見てみると、20台ほどがつけっぱなしでした。
気になるのは、大学生がパソコン教室を使えないこと。彼女たちも、私と同じで、追われるように(笑)図書館に逃げてきます。

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大塔宮曦鎧(その2) 

なかなかおもしろく、夏狂言として定着するのではないか、という感想をSNSなどでみていましたので、期待していました。一方、新作みたいな面がありますから、私のような者には事前の準備が必要だと、とにかく以前いただいた東京公演の

    プログラム

を読んで、あらすじは頭に入れ、聴きどころならぬ観どころを探していました。
やはり語りのものかな、人形の動きは肚で遣う感じかな、それならいささかつらいかも、と不安も感じながら行きました。
斎藤太郎左衛門と永井右馬頭妻である花園を中心とする場面で、今回は玉也さんと勘弥さんの人形でした。
まずは立端場と言えばいいのでしょうか、

    六波羅館の段

です。
守護職の常盤駿河守(玉輝)が中央に座し、金屏風。斎藤と花園が落ち着くと左右対称の形。冒頭の言葉も難しく、大序のような雰囲気もありました。
常盤駿河は「威勢雷の如く響き渡れる」とあって、蘇我入鹿並みに口アキ文七でしたが、そこまで大きな人物なのか、語りがわからない私としては違和感なきにしもあらずでした。

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図書館とともに 

このところ、平日は仕事場の、休日は家の近くの図書館のお世話になっています。
平日はほぼ貸切で、土曜日など、ほんとうに利用者は私一人かもしれません。
月曜から金曜にかけては、学生はチラチラ見ますが、なんといっても

    教員

に会いません。夏休みのみならず、普段からそうなのです。実験系、フィールド系の人が多いこと、文献の人も図書館で仕事なんてしないことなどが理由かな、と思います。
おかげさまで私は机に本を広げて自由に勉強させていただいています。
家の近くの図書館はさすがに人は多いです。なんといっても無料で涼めて、本まで読める!
イスは30くらいかもしれませんが、そこでじっと読んでいる人も少なくありません。
私も数冊取り出しては熟読ではなく

    斜め読み

しています。
そして、何冊か借りて帰ります。
大変ありがたいのですが、ここまで行くには徒歩22分。真夏はさすがに厳しく、いつも家を出る前に水分を摂ってから行きます。
そういえば、仕事場の図書館も文学、美術の本がある4階まで歩いていきます。
ちょっとした苦行ではありますが、ありがたさが倍増します(笑)。

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減りゆく薬 

長い間苦しめられてきた呼吸困難なのですが、ここ2か月ほどはかなり楽になっています。
あまり自分の病気については言いたくないのですが、普通の人に比べて異常値を示すものがあって、これが原因になっているのかもしれない、ということは素人なりに感じていたのです。で、その値を下げるものはないのですか、と聞いたところ、「それはない」ということでした。そして、医者の

    奥歯にものの挟まった

ような言い方をあえて私なりに翻訳するなら、その値を下げたからと言ってよくなるのではなく、その値が高いことがあなたの病気を示しているのだけなのだ、という、もう一つ説得力のないことを言われたように思うのです。
ところが、今年になってから、その値を下げる薬ができたから使ってみるか、と言われたのです。どういうことやねん、それ。
まあ、とにかく使ってみることにしたのですが、結果的にそれが大当たり。薬を使って2週間目くらいから劇的に変化が訪れました。
その後、段階的に

    飲み薬を減らそう

といわれて、今はもっとも副作用の強い薬については以前の12%くらいの量になりました。つまり88%減ったわけです。そしてひょっとすると次の診察の時に「0にしよう」と言われるかもしれません。その他にもやめた薬が2種類。もうわずかなものだけを使っている現状です。
新薬は、幸い内臓などへの副作用はないので、それもいいところです。
今度はこの新薬(とても高価)をどの程度使うかの問題になってきました。

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大塔宮曦鎧(その1) 

文楽夏休み公演では、5年前の東京公演以来の

    大塔宮曦鎧

がかかりました。
実は、東京公演の時、文楽ファン仲間の方がプログラムを送ってくださいましたので、かろうじてその内容を知ることができました。
このたび大阪で再演され、私も拝見しました。
まず、その概要を記しておきます。
護良親王(1308~1335)は醍醐天皇の皇子で天台座主になった人。大塔宮(「だいとうのみや」「おおとうのみや」)と呼ばれます。
この演目は享保八年(1723)二月竹本座初演。近松が亡くなる前年ですね。竹田出雲、松田和吉の合作で近松が添削したのだとか。
復曲されたのは、三段目の斎藤太郎左衛門のくだりで「六波羅」と「身替り音頭」。
平成23年に復曲されたものだそうで、野澤錦糸さんと竹本文字久大夫さんのご尽力があったようです。
平成24年3月23日には東京の伝統芸能情報館で一般に公開され、文楽素浄瑠璃の会でも上演、そして翌年に人形入りで復活されたのでした。最近の上演は明治25年(1892)だったそうで、

    121年ぶり

とのことでした。
一度廃れたものをなぜ復曲するか、面白くないから廃絶したのなら単なる骨董的価値しかないのではないか、そういう不安もあったかもしれませんが、たとえばあの『女殺油地獄』が今や文楽に欠かせない演目になったことを思えば、安易に現代には受け入れられないと言い切れないように思います。

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ゆふつづ 

昨日は涼しかったですね。
私、ちょっと咳き込んだりしました。
一日中図書館などで仕事をして、夜の9時頃家に着きました。ふと空を見上げ、あ、忘れちゃいけない、今日は七夕だった! と思い出しました。秋の空で、ほんとうに星がきれいでした。南の方に火星、月と並んで金星。
牽牛、織女の影が薄くなるほどでした。

    文章の上達

を願いつつ、あらためて火星と金星を眺めました。
昨日書きましたが、金星は「ゆふつづ」とも言われ、とても目立つ星でした。

    壬生忠岑

の歌に「日暮るれば山の端出づるゆふつづのほしとは見れどはるけきやなぞ」があります。この歌の「ゆふつづ」は金星だと思って、そう書いたこともあるのですが、日暮れに山の端から出てくる、というと、東の山のようにも思えます。すると金星ではないようにも思えるのです。しかし、日が暮れると西山あたりにふと見える、というのを「山の端出づる」と言ったのであれば、やはり金星の可能性が高いでしょう。どちらなのでしょうか。
月と星のマークというと、昔、月星という会社がありました。今はどうなっているのかと思ったら、「ムーンスター」と社名が変わっているのですね。あの会社の星のマークを昨日夜空を見上げていてふと思い出しました。

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たなばた 

今、星がきれいです。
火星が赤々として、金星はキンキラとして、月も上弦で、うるさくないのにそれなりに明るいのです。
昨夜(16日夜)から気温が下がりつつあって、なんだか夏は終わるんだ、と感じるようにもなってきました。
それもそのはず、すでに

    立秋

は過ぎましたし、気がつけば今日は旧暦七月七日ではありませんか。
なるほど、たなばたは秋の行事です。星がきれいな頃です。ペルセウス座流星群も先日ピークを迎えていました。
火星は、昔は中国風に熒惑(けいこく)と言われ、あの赤い色は時として不気味に感じられたようです。
金星は明けの明星、宵の明星ですが、中国風にいうと太白とも言われました。また、夕方の星を「夕つづ」といい、特に金星を指すことが多かったようです。金星はまだ日が出ている時から見えることもありますからね。枕草子にも「星は、すばる、ひこぼし、ゆふつづ」とあるくらいです。
さて、枕草子が挙げている

    「ひこぼし」

はもちろんわし座のアルタイルのことで、こと座のベガと一対になって愛されてきました。
旧暦七月七日は乞巧奠でもあり、裁縫などの技芸上達を願う日です。
私はやはり、今日の星を見て文章の上達を願うことにします。

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夏も終わり? 

年賀状が激減していますが、それの上を行くのが暑中見舞いではないでしょうか。私はここ数年、書いていませんし、いただいたこともないずです。しかし今年は「暑中お見舞い申し上げます」と心から言いたくなるような夏でした。
とにかく、暑いなんていうものではありませんでした。熱中症で亡くなった方、病院に搬送された方がずいぶんいらしたようです。
梅雨明けの後、ひどい暑さが続き、私の部屋でも最高

    37℃

を超えましたし、ひなたに温度計を置こうものならとんでもない数字になりました。
さすがに私もまいってしまい、一昨日(14日)は食欲がなく、夜ご飯はなんと、冷ややっこ一丁!
これはまずいとばかり、15日はほんとうに動かずにあまり勉強もせずに過ごしたのです。
ところが、天気の週間予報を見ると最高気温が30℃を下回る日や最低気温が20℃そこそこという日もあるというのです。

    眉唾かな

とも思いますが、このところの天気予報はなかなか精度が上がっているようですので、ひょっとするともう暑さの峠は越えたということでいいのかもしれません。ぜひそうであってもらいたいものです。

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八月十五日 


甲子園球場では昔から変わらずこの日の正午にはサイレンが鳴るようです。こういうサイレンというのは、今は珍しいものになったような気がします。救急車やパトロールカーのサイレンも、昔とは違ったものになっています。かといって、甲子園球場の正午に救急車の「サイレン」を鳴らすわけにはいかないのです。やはりあの、真夏の昼には昭和二十年から変わらない何かがあって、その気持ちを表すのには「ウー」というサイレンが似合うような気がします。
選手、役員などはもちろんのこと、観客もほとんどの人が黙禱して、73年前のことに思いを馳せるのです。
私も何度か聴きましたが、いわゆる「玉音放送」(天皇の肉声。実際は録音されたもの)が戦争の終わりを告げました。

朕、深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を收拾せむと欲し、茲(ここ)に忠良なる爾臣民に告ぐ。朕は帝国政府をして米英支蘇四国に対し其の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり・・・・

昭和天皇は、もしこのまま戦争を続けたら、として、こうも言っています。

終(つい)に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延て人類の文明をも破却すべし

私はよく学生に「戦争は人の命を奪うからダメなのですが、同時に

    文化も破壊する

から大きな罪だと思います」という話をするのですが、まったく同じことだろうと思います。
国会議員の中には「もし戦争になったら、私は一番に戦場に行く」と言う者があり、こういう人は「戦争は絶対悪」という発想はないのだろうと思います。勇ましいことを言っていますが、まゆに唾をつけながら聞くほかはありません。
それにしても、今の時代、何やら不穏な空気も漂います。この間ツイッターに「70年前に制定された憲法は時代に合わなくなってきたので、130年前に制定された憲法に戻そう」という皮肉なことを書いている人がいました。明治は江戸時代に対して新しい時代だったのであり、今から見ればやはり古い時代だと思います。
     青 





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お盆休み 

今日から3日、図書館が閉まりますので、自宅で仕事をします。
そのために資料を持ち帰りました。
学生時代、大先生が、依頼されていた原稿(40枚程度)を3日で書いたとか、本一冊を10日で書いたとか、そんな話を聞きましたので、私など楽なものですが、9月初めまでに、つまり、3週間で

    40枚

です。
書いたからといって誰が読んでくれるわけでもないのですが(笑)、それでも書かずにはいられません。
これを仕上げたら私の「夏休みの宿題」の大きな山

    

を越えることになります。
お盆休みというと、以前は京都で研究会に参加するのが常で、楽しく勉強しました。今は何をするのも1人ですからその意味では楽しくはないのですが、勉強そのものはやはり生きがいです。
とにかく、この三日間はしっかり頑張ります。

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朝顔の転地療養 

去年採取した種を播いて、今年もまた朝顔を育てています。
昨年は窓辺にプランターを置いたのですが、今年は

    緑のカーテン

にしようと思って、場所を変えました。毎日水やりをしていると蔓がどんどん伸びて、快調でした。
が、花が咲かないのです。なにしろ花芽が出ないので咲くはずがありません。
なぜだろう、と夜に見にいくとそこは24時間真っ暗にはなりにくいところだと気付きました。これでは朝顔もいつ咲いたらいいのかわからないはず。

    かわいそうなこと

をしました。
そこで、手遅れかな、と思いつつ、昨年と同じ場所に移してみました。
すると、1週間ほどしたらなんと花芽が出てきたのです。
この記事を書いている時点ではまだ咲いていないのですが、秋の花らしくかわいい花をつけてくれるものと期待しています。

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翁長さん 

政治に疎い私ですが、今の総理大臣が誰か、という程度のことは知っています。
しかし、居住する県の官僚っぽい人とか、お隣の府の品のないオヤジみたいなのとか、はて名前はなんだっけ、と思うと浮かんできません。京都、奈良、滋賀、和歌山などの知事はお顔も知りません。
全国の知事と名のつく人で、私が顔も名前も知っている唯一の人は、沖縄県の

    翁長さん

でした。琉球系の珍しいお名前だから、というだけではなく、権力におもねることのない、反骨精神に溢れた人だとお見受けしたからです。
普天間飛行場の辺野古への移設には反対し、お金くれるなら賛成してもいいよ、という軟弱な姿勢を見せなかったように思うのです(ほんとうに政治に疎いので、間違っていたらすみません)。
もともと自民党の人ですし、以前はさほど辺野古移転は反対ではなかったのでしょう。しかし、一転、これはおかしいと思ったら、自分の考えを捨てても新たな道に行き、権力者相手でも臆することなく

    突き進む

のは、私の考え方、人生観とよく合うのです。
間違っていても、隠し通そうとする安っぽい役人根性の人間とは相いれません。
翁長さんが知事としてどういう仕事をされたのかは知りません。しかし、私のような無知な者までが名を知るのですから、よき仕事をなさったはずだ、と思わずにはいられません。
御歳67。まだまだご活躍いただきたい若さでした。

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LGBTへの無理解 

レスビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランジェンダーなど、性的少数者をあらわすのがLGBT。
なんでも、国会議員がLGBTの人を「『生産性』がない」と言ったそうで、また、そういう人を支持する人もかなり多くあるような話も聞きます。「あれは『』付きで言っているのだから間違っていない」という詭弁のようなことも「論客」といわれるような人が言っていたようです。
私も学生とこういう話はすることがあって、彼女たちの言うことを聞いていると、まずLGBTに対する無理解はないといってよいくらいです。「私はLGBTではないけれど、そういう人を友達に持ちたい」「実は、私は好きな女の子がいる。恋愛感情ではないが、そうなってもいいと思う」などわりあいにあっけらかんと話をしてくれます。一方、

    「親世代

は概して無理解だと思う」「うちの親は『気持ち悪い』とか「そういう人とは付き合うな』とか言っている」などとも話していました。
そして、あの発言をした議員もどうやらその世代のようです。さらにその上の世代、学生から見ればおじいちゃん、おばあちゃんの世代の議員などはさらにわからない人も多いのではないでしょうか。この議員の所属する党の幹事長という、なんだかいつも不愛想な「俺は幹事長だ!」という顔をしている人も理解していないように見受けられます。LGBTを

    「変な趣味」

と思っている人もいるようです。
こういう輩は障害者も平気で差別するような連中だろうとしか思えません。私は、自分がそうだからというわけでもないのですが、少数者、社会的弱者に対する差別的な言動にはかなり敏感なほうです。そしてそういう言動をする者に対しては怒りを禁じえません。

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最後の補講 


前期の授業は地震や大雨によって予定が狂わされました。しかも、オカミのご命令によって15回は何が何でも実施しないければならないので、補講をしなければなりません。しかし、こんな暑い時期に、しかも私の授業などに誰が来るものですか。甲子園球児じゃあるまいし、汗をかきながら、熱中症の危険を感じながら必死に授業を受けるなんて、何ら美しくありません。もちろん、美しいかどうかの問題だけでなく、教育的にも価値があるとは思えません。
しかも、この時期に実習のある学科があり、この日はだめです、この日にしてください、という連絡が来ます。最終的に

    8月6日

が最後の補講日になりました。
学生が来るかどうかは別として、私は行かないわけにはまいりませんから、教室に、指定の時間に行きました。結局どうなったのか、というのは、まあ、ご想像にお任せします。そのご想像は多分正しいです。
ほんとうに、この補講っていうのは何なのでしょうか?
ともあれ、これでやっと成績が出せて、

    ひと仕事

が終わります。このあとは1か月間、ひたすら勉強しなければなりません。
お盆は必要だと思いますが、お盆休み、いらない・・・。

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今年も原爆忌 

一昨日は広島の、明日は長崎の原爆忌です。

広島にわずかながら住んだことのある者として、8月6日はやはり特別な感じがあります。とにかく広島で迎えた初めての原爆忌の印象が強かったのです。
あれは何だったのか、とにかく7月の後半あたりになると「もうすぐまたその日が来る」という空気が街に漂い始めるのです。具体的には街中に張られたポスターとか人々の会話とか、そういうものなのでしょうが、とにかく空気が変わるのです。そして、8月6日の朝、広島に移住する以前はテレビで放送していることは知っていても平和記念公園での式典など見たこともなかったのです。それが、なんだか自然に目に入ってくるような感じでした。
広島のお寺の墓地を歩くと、墓に刻まれた命日として昭和20年8月6日とか7日とか、そのあたりの日が目立ちます。また、享年7歳とか、10歳とか、そういう哀しい年齢も見られます。
戦争を知る人がどんどん少なくなっていって、原爆について語れる人も減ってきました。戦後間もなくのアメリカの世論調査では
戦争を知る人がどんどん少なくなっていって、原爆について語れる人も減ってきました。戦後間もなくのアメリカの世論調査では

★広島、長崎に原爆投下すべきだった
   53%
★日本に威力を示すため人の住んでいない地域にまず原爆を落とすべきだった   
14%
★原爆を使用すべきではなかった
  4%
★日本が降伏する前にもっと多くの原爆を急いで使用すべきだった
   23%

だったそうです。今も、共和党支持者を中心に原爆の使用については肯定的な意見も少なくないそうです。
ありきたりの言い方ではありますが、原爆を投下された唯一の国である日本は絶対にそういう意見に与するようにはなってはいけないと思います。

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2018文楽夏休み公演千秋楽 


例年に増してひどい暑さの中でおこなわれた文楽夏休み公演は千秋楽を迎えます。
珍しい大塔宮の上演がありました。今後も再演できそうな感じがするのですが、いかがでしょうか。
来月は東京で
第1部
良弁杉由来(志賀の里、桜の宮物狂い、東大寺、二月堂)
増補忠臣蔵(本蔵下屋敷)

第2部
夏祭浪花鑑(住吉鳥居前、内本町道具屋、道行妹背の走書、釣船三婦内、長町裏、田島町団七内)

という番組です。
大阪は晩秋までご無沙汰です。

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熱中症? 

この間の土曜日、つまり8月4日ですが、朝起きたら何だか気持ちが悪くて、何となく脱水症のような感じがしました。
水分は摂ったのですが、どうも変な感じ。
そういえば、前夜、あまり水分を摂っていなかったような気もしてきました。
頭がボーッとして、新聞を読む気になりません。
熱はなさそうなので、

    熱中症

ではないような気がするのですが、なかなかよくなりません。でも、仕事がたくさんありますから、出かけました。
調べたいことがあって、図書館の4階まで2度昇ったのですが、息切れはしないものの、とにかく気持ち悪いのです。
この日は

    だしまきの夕べ

がありますから、ぜひ行こうと思っていたのです。
しかし、どう考えても無理。
早めに帰って横になっていました。
みなさま、失礼いたしました。

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第42回だしまきの夕べ 

昨夜、文楽の終演後、というか、途中からというか、だしまきの夕べが開催されました。
ゲストとして人形遣いの吉田玉誉さんにおいでいただきましたが、この方の場合、ゲストなのか常連さんなのかわからなくなってきました。
やたけたの熊さんとはもうツーカーのお友だちですからね。
そうそう、玉誉さんというと、先日ラジオに出られたそうで、文楽をやめていた時期のこととか、復帰された事情とかいろいろお話しになったようでした。そんなことも話題になったのでしょうか・・・。

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ストーリー・テラー 

箱庭療法などでも知られた心理学者の河合隼雄さんが亡くなってもう11年になるようです。河合さんは本当にたくさんの著書をお持ちです。私など、専門書は存じませんので、エッセイばかり読ませていただいています。
私はおそらく読んだことのないもの(実際は以前読んでいるのに忘れている、ということもありますが)に、20年以上前の「京都新聞」に掲載されたものがありました。
それを読んでいたら、河合さんは子供のころなりたいとおもっていた仕事に

    紙芝居屋さん

があったそうです。といっても、描くのではなく、街頭に出て実演するほうです。河合さんは昭和3年生まれだそうですので、子供のころというと昭和10年前後でしょうか。おそらく盛んに街頭紙芝居がおこなわれていたのでしょう。
河合さんは国際会議などでよくお話をなさったわけですが、そういう場合はスライドを用いて説明していくことが多かったようです。河合さんはそれを「まさに紙芝居そのものではないか」と書いていらっしゃいました。
このエッセイを読んでいて、うれしくなったのは、あの大先生が私と同じように紙芝居が好きで、紙芝居屋さんにあこがれていらっしゃったからです。河合さんはアメリカで講演するときの講師紹介の文に

    ストーリー・テラー

とあったのがとてもうれしかったとも書いていらっしゃいます。
いいなぁ、いいなぁ。私もストーリー・テラーになりたいです。




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漫画の名 

八月一日になると思い出すのが「八月朔日」という姓です。「ほずみ」「ほづみ」などと読む珍しいお名前です。漢字と仮名がある日本語ではこういう珍しい姓というのがしばしばあります。
「四月朔日」は「わたぬき」、「一尺八寸」は「かまつか」という類です。旧暦の四月一日は衣更えで、綿を抜くから「わたぬき」、鎌の柄は一尺八寸なので「かまつか」。

    判じもの

というかなぞなぞというか、よくこういうのを考えたなと思うほどです。
何かのついでがあって、学生に珍しい苗字の話をしました。「読めるもの、ありますか?」と聞いたら、意外にも多くの学生が「小鳥遊」を「たかなし」とよみました。なぜ知っているのだろうと思ったら、漫画にそういう姓の人物が出てくるのだとか。
そういえば、漫画は登場人物の名前に凝る傾向があります。『サザエさん』の一家は「磯野」「浪平」「フネ」「カツオ」「ワカメ」などすべて海にかかわる名前、「ドラえもん」の人物も、のびのびした「野比のび太」君や源義経の思い人であった静御前に(たぶん)ちなんだ「源静香」ちゃんなども現実にはあまりなさそうな名前を工夫しています。『名探偵コナン』に出てくる人は目暮(メグレ)警部や阿笠(アガサ)博士といった具合に推理小説仕立てです。子供の時に読んだ


    『おそ松くん』

などはありえない名前だらけで、六つ子は「おそ松」「チョロ松」「トド松」「カラ松」「十四松」「一松」。お父さんは松造でお母さんは松代、姓は松野。『サザエさん』とは少し違った形のこだわりです。
小説であれば「あまりにもわざとらしい」ということになるところ、漫画ではこういうのはアリなのですね。

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レポート書き? 

前期の授業が終わって、学生さんは一斉に夏休み、と思いきや、まだかなりの人が出入りしています。あるいはまだ補講などがあるのかもしれませんし、レポートを書くために来ているのかもしれません。
最近のレポート事情はよく知らないのですが、メールで送るということはあまりないように聞いています。
プリントアウトしてそれを提出するのか、あるいは

    手書き

しているのか。
私の学生時代はもちろんすべて手書きでした。用紙は400字詰めの原稿用紙に決まっていました。10種類くらい書きましたので、それぞれ10枚書くとしても100枚になりました。実際はもっと多く書くことが普通でした。
当時、紀伊国屋の原稿用紙に万年筆で書いたりするとちょっと高級感がありました(笑)。私はそんな贅沢はできませんので、一番安いコクヨの原稿用紙にボールペンでした。それでも、量が多いですからいつもごっそり買っておかねばならなかったのです。
今の学生さんは原稿用紙なんて小中学校で使うくらい(?)で、大学生になるとめったに使わないでしょうね。
私は今でも、パソコンを使う場合でも

    「400字詰めで何枚書く」

という発想が捨てきれません。私にとっては一番わかりやすいのです。呂太夫さんの本のときも、その計算で書いたものでした。もちろんパソコンの設定を1ページ400字にするのではなく、たとえば1600字のように、400字詰めに換算しやすいようにするのですが。
私の周囲の学生さんはなんだか難しい化学式だとか人体図だとか、そんなものを使って書くのかな。
皆さんもう少し頑張ってください。

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