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16歳の少女(1) 

9月の国連気候行動サミットにおけるスウェーデンのグレタ・エルンマン・トゥーンベリさんのスピーチは目を瞠るようなものでした。
これはWikipediaの受け売りですが、グレタさんは俳優の父と、オペラ歌手の母を持つ16歳の少女で、昨年8月に

    SKOLSTREJK FÖR KLIMATET

を敢行し、スウェーデン議会に対して気候変動問題を訴えました。英語のできない私が言うのもどうかと思いますが、School Strike for Climateのことでしょうか。
同調者も多く、Friday for Future として学校ストライキがおこなわれるようにもなったようです。
彼女は親にも飛行機に乗らないように言い、肉食をしないなど、ささやかではあってもみずから二酸化炭素を出さない活動も行っています。
そして今年の8月にはイギリスからアメリカのニューヨークまで、ソーラーパネルのついた

    レーシングヨット

で渡航したのだそうです。何という行動力でしょうか。
そのうえで、9月23日に国連で例のスピーチをおこないました。
多少の緊張は感じられましたが、にこりともせずに言いたいことをよどみなく話すのも相当度胸のある人だと思いました。
私は日本語字幕のついたYoutubeで見ただけですので、彼女の口吻はわかりません。それにしても、相当厳しい口調であったことは感じ取れました。

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アンダーウェア(2) 

先日、このブログがブロックされる原因になっているらしい言葉遣いを試しに省いてみました。
まるで反応がありません。
やはりもうだめなのかな、と思います。
機械って、ほんとうに融通の利かないものです。
まあ、人間も似たようなものですが。
というわけで、これからも途切れ途切れに携帯から投稿致します。

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1週目が終わって 

後期の授業の1週目が終わりました。
疲れます。
一般の方対象の講座を含めると7種類8.7コマ。
すべて講義系なので、喋りっぱなし。特に堪えるのは7種類という点です。しかも専門外が半分以上。
このあと、10月24日から4週間は

    奈良

にも行かねばなりません。
大丈夫かな、と今から不安です。
韓国からの留学生に対応できるようにするため、予習時間がまた多くなりそうです。
これで月給が

    50万

くらいあれば我慢もしますが(泣)。
寒くなると風邪をひくこともありますから、予習は次々に早めにしなければなりません。
土曜日もまた図書館かなあ?

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今年もニンニクを 

昨年、なんとか収穫できたニンニクですが、今年もチャレンジしてみようと思っています。
ニンニクは土の中で育つだけに、なんとなく土くさいというか、汚い印象を受けてしまうのですが、実際はとてもきれいなものです。まっ白な肌はあのにおいからは想像もできないくらいです(笑)。
というわけで、ホームセンターに行き、できるだけしっかりしたものを購入しました。
で、植えつけようとして皮を剥いたら、部屋の中が一気に

    臭く

なりました。いやもう、すさまじいです。
しかし、だからこそのニンニクです。
準備していたプランターに植え付けて水をやり、芽がでるのを待ちます。
さて、今年より

    大きな

ニンニクが収穫できるでしょうか。

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定期券 

以前は仕事に行くのに電車に乗ったり車を使ったりしていましたので、電車の場合は切符を使っていました。
この春からは、電車ばかりなので、機会を見計らって

    定期券

を使うことにしました。数年ぶりです。なんといっても経済的。仕事場は6か月分の費用をくれますが、冬休みは使いませんから、先日、三か月分を買いました。
これで、日曜に近くの図書館に行く時も電車でひとっ飛びです。また、西宮の駅前の図書館に行くのもOK。
京都に出るのもぐっと安くなります。
車がなくて困るのはスーパーで大きな買い物ができなくなったこと。特に、

    

は重いので、これまで行っていた少し遠いスーパーで買うのはまず無理です。
朝は6時台の電車ですが、それでも空いてはいません。
帰宅は9時台ですが、これも区間によっては混みます。
疲れはたまりますが、安上がりなのにはかえられません。

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アンダー・ウェア 

仕事場でこのブログを見ることはできないため、投稿もできません。
家はネット環境にないので、携帯が唯一の投稿手段です。
なぜ見られないかというと、怪しげなサイトと機械的に判断されているからのようです。
どうやら、記事の中に上下の「下」の字と「着る」という字をつなげた言葉が入っているのが機械によってはねられたようです。
たしかに、そういう言葉を使ったことはありますが、それは「平安時代の男性は必ず烏帽子を着けました。着けないのは「下」+「着」姿で外に出るような恥ずかしさがあったのでしょう」という、まことにまともな(!)記事だったのです。
こんなことをいちいちチェックして何が楽しいのかと思いますが、所詮機械というのはそんなものなのですね。
機械に

    検閲

されるなんて、悲しい話です。
しかし、不便なで、試みにその言葉を書き換えてみました。
これでなんとかなるのでしょうか?
機械の

    愚かさ

加減がこれでわかるかも。
あっ!
機械をバカにしたからまたチェックされるかめま!

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後期が始まりました 

昨日から、後期授業が始まりました。
この夏休みは九月半ばになって図書館通いをほとんどやめて家に籠って秋からの仕事の準備をしていました。これが私の事実上の「夏休み」です。
なにしろ授業が始まるとそれに追われて何もできなくなるので、少しでも先まで予習して、わずかにでもゆとりを持たせたいのです。合間合間に入ってくる仕事にも対応しなければなりませんから。
もう2年前のことになりますが、やはり後期が始まってすぐに文楽の呂太夫さんから「ルター」の仕事を頼まれました。宗教改革500年を記念しての催しで、ルターについての創作浄瑠璃を呂太夫さんが上演されることになったので、その台本をということでした。
それを書何とか書き上げたところに今度は

    フィガロの結婚

の台本の話がありました。あの苦しかった1か月は生涯忘れることはないと思います。朝から晩まで仕事以外何もできない日々でした。
幸か不幸か(不幸だろうなぁ)去年はそういう大きな仕事はありませんでしたし、今年も(そして今後も)おそらくないと思いますので、人生最大のピンチだったかもしれません。それでも、何かがある場合に備えて、授業の予習は早めにしておく必要があります。
特に大変なのは、一般の方向けの講座の予習です。二種類あるのですが、合計すると一年に

    600枚

のレジュメを作っていることになります。どうしてもコミュニケーションが取れないという問題があるため、資料を多くして説明をしていく必要を感じているからです。
学生に対する授業もレジュメの量は他の先生よりずっと多いと思いますので、私は年間にどれほどの紙を使っているのか、見当もつかないくらいです。
この秋からの授業には韓国の留学生が来るのがかなりの難題になっています。どうすれば彼女たちに日本の古典を理解してもらえるだろうかと、彼女たちも不安でしょうが、私も今から不安なのです。
教員なんて自分の知っていることをペラペラしゃべっていればいいんでしょ、というのは大きな誤解で、授業のためだけでも苦しみはかなりのものなのです。どんな仕事でもしんどいでしょうが、教員も楽な仕事というわけではないと思います。

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2019年9月文楽東京公演千秋楽 

本日、文楽東京公演が千秋楽を迎えます。
主に千葉県を襲って甚大な被害をもたらした台風がありましたが、文楽はつつがなく千秋楽を迎えて何よりでございます。
噂では、かつてほどチケットが取りにくくはないとのことで、特に夜の部は空席も目立つと聞きます。
企画制作の問題もあるのか、気になるところです。
今度は東京で

    菅原伝授手習鑑

の年間通しをやります!・・とでもいうことになるのでしょうか。
このあとは、一部の方はアメリカで原作版の

    曽根崎心中

の上演があるとかで、他の方は地方公演その他のお仕事でしょう。
なにとぞご健康に留意されつつ、頑張ってください。
さて、そのあとは十一月の錦秋公演。秋も深まる頃ですね。

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曼珠沙華 

世にも不思議な姿の花。秋の彼岸になると咲く花。
彼岸花とも曼珠沙華とも言いますが、どちらの名前も仏教的なもので、この時期ならではのものです。
サンスクリット語で

    manjusaka

というのだそうで、それを日本風に読んで曼珠沙華。
何を言おうとしてあんな姿を見せるのか、花に尋ねてみたいものです。
今年も咲いているかなと思って、近くを歩いているのですが、昨年見かけたあたりには見られず、まだ出会っていません。
今年の夏の

    上がったり下がったり

した気温の変化についていけずに季節を見定めかねているのかな、と思ったり、いや、たまたまなのかな、と思ったり。
地獄花とか幽霊花などの別名もあるそうで、不吉さを感じ取る人も多いようです。
義理堅く、彼岸の中日に咲くのかな、と期待しています。

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竹本錣太夫 

竹本津駒太夫さんが六代目竹本錣太夫を襲名されるそうです。
おめでとうございます。

先代、つまり五代目錣太夫(1876〜1940)は江戸っ子で、本名井上市太郎。芝の金杉の出身だったそうで、私の親が長らく住んでいたところとは目と鼻の先です。幼くして義太夫節の稽古を始め、豊竹岡太夫に入門して小政太夫、さらに竹本識太夫門下となって識子太夫から錣太夫。1897年に大阪に来て大隅太夫門下から伊達太夫門下。主に彦六系に出たあと、1914年から文楽へ。
実際に語りを聴かれた吉永孝雄さんによると、時雨炬燵の伝海坊や雷門のどじょうなどのチャリにおもしろさがあり、端場の名人だったそうです。
艶ものの味があり、妹背山の山の段では

    雛鳥

を語られたそうで、津駒太夫さんとは重なる部分もありそうです。
この襲名は寛治師匠のお勧めがあったのでしょうか。そのあたりはもう少し先にわかるでしょうね。
津駒太夫さんは広島県出身。四代津太夫門下になって、新派に行かれた伊志井寛さんがかつて名乗っていらした津駒太夫としてデビュー、一時は掛け合いで姫などを語っていらっしゃいましたが、どうも私は違うように思っていました。
むしろ本格的な時代物か、時代世話が合うのではないか、と感じていました。
最近は切り場に相当する場を語るようになられ、咲、呂に次ぐ位置にいらっしゃいます。
竹本姓では一番上ですよね。
この襲名で、

    切語り

となっても何の問題もないと思います。
寿命が伸びているとはいえ、津駒さんも70歳を過ぎられました。
いろいろご意見もあるでしょうが、呂太夫さん、錣さんは早いうちに切語りになっていただきたいと願っています。
津駒さんとは30年くらい前に言葉を交わすようになり、温かいお人柄なのでずっと応援してきました。
これからもますますお元気でご活躍いただきたいと心からお祈り申し上げております。

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韓国を嫌う高齢者たち 

先日、朝日新聞の世論調査が記事になっていて、その中に「韓国が好きですか。嫌いですか。特にどちらでもないですか」という項目がありました。
その結果は
「好き」13%
「嫌い」29%
「どちらでもない」56%
でした。
この結果をどのように読めばいいのか悩むところです。嫌いな人が好きな人の2倍以上もいる、ともいえますし、嫌いという人は3人に1人もいない、ともいえます。
年齢別の結果も出ていました。若い世代は

    「好き」という人

が多く、18歳~29歳では「好き」が23%で「嫌い」は「13%」ところが世代が上がるにつれて「嫌い」という人が増えていきます。70歳以上に至っては「好き」は7%で「嫌い」は41%にのぼります。
私は若い世代の人との付き合いがほとんどですので、韓国が嫌いという声はめったに聴きません。留学生が来ると喜んで話をしていますし、韓国語を習ったり旅行に行ったりもしています。それよりも何よりも、韓国の音楽が好き、ドラマが好き、役者さんが好きなど、

    文化面で

韓国を愛する人が多いのです。これは誠に健全な感じがします。
私はあいにく音楽もドラマもわかりませんが、韓国語は少しだけかじったことがあり、「アンニョンハセヨ」レベルではありますが、文字も少しは読めます。
国民性はやはり違いますが、それはどの国でも同じことでしょうから気になったことはありません。
それにしても、「嫌い」という人がそう多いわけでもないのに、「嫌韓」の本を出したり雑誌で特集したりすると「売れる」というのも妙な感じです。「嫌い」という人の間で売れればそれでよいのかもしれませんが、実際は嫌っている人が多いわけでもないのに「韓国はひどい国だ」といわんばかりにメディアがあおるのはまったくばかげているとしか思えません。
それにしても高齢者のみなさん、何の恨みがあるのでしょうか。

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時代が見えない 

私は世事に疎いのです。
テレビを観ないので、今、どういうことがトレンドなのか、とか、どんな人が人気があるのかなど、さっぱりわかりません。
学生はよく有名人(らしき人)の名前を、私が知っているものと思って出してくるのですが、たいていは
「それ、誰?」

    「えー知らないんですか!」

の繰り返しです。
パソコンの利用も、ほとんどワード、エクセル、パワポどまりで、以前のほうがいろんなアプリを使っていました。
いまだにキャッシュレスは滅多に利用していませんし、スマホで決済とか、

    なんとかペイ

っていうのも詳しいことは知りません。
そうなるとだんだん現代への興味も薄れ、まずいことになってきた、と思っています。
残りの人生はますます後退するばかりなのだろうか、と不安があります。

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久しぶりの福島 

福島と言っても、大阪市福島区のことです。長らく通っていた病院があるのですが、このところ、ご無沙汰しています。でも必要があって、5年ぶりに(!)行ってきました。ここはすぐそばに「逆櫓の松」の遺跡があって、実際、樋口兼光が物見をしようとして登ったらポキッと折れそうなひょろりとした松が植えてあります。町中の狭いスペースですので、大木だと迷惑になるかもしれませんが。またその前はかつての蜆川で、浄正橋が架かっていたところです。
病院は建て替えされたために要領が分からず、一から教わりながらなんとか診察室にたどり着きました。今は

     電子カルテ

が普通になりましたが、主治医は以前からパソコンが、というよりキーボードが苦手な人で、今なお人差し指一本でカルテを書いていました。聴力検査をするところには言語聴覚士さんがいるのですが、以前と同じ人で、「おひさしぶり」という感じでにこにこしながら対応してくれました。この人は以前私が出たテレビにも一緒に映ったことがありましたので、それでよく覚えてくれているのだと思います。
用件は済んだのですが、このあと事務の人がうまく対応してくれなくて、とてもひまがかかりました。こういう障害はなかなか分かってもらえないのです。私は普通にしゃべっていますので、あちらも話は普通に通ずるのだと思ってしまうのですね。いくら言っても理解してもらえないことがあります。
帰り道は、新福島駅からJRに乗ればいいのですが、久しぶりですし、交通費も安いので(笑)阪急の梅田まで歩きました。その道は、かつての蜆川に沿った道で私は何度歩いたことかわかりません。

     梅田橋

跡から矢頭長助、右衛門七親子の墓や『五大力恋緘』『盟三五大切』『国言詢音頭』でおなじみの「五大力の碑」のある浄祐寺を経てきんつばやのある出入橋、さらには南詰に石碑の残る(斜めになって倒れそうでした)

    桜橋跡

から曽根崎新地へ。
梅、桜といえばもうひとつ松があるわけですが、松を表す

    緑橋

はもう何も目印になるものが残っていません。
このブログにもそのあたりを歩いた記事は書いたことがあります。
梅田に着いたころには「今日は何の用でこんなところに来たんだっけ?」という感じになっていました。

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モモちゃん(3) 

あまり詳しく書いてしまうといわゆる「ネタばれ」になりそうですので、『モモちゃんとアカネちゃん』について書くのはこれで最後にしておきます。
モモちゃんのママのところには夜になると死に神がやってきます。そして「さあ、くるのだ」とママを引き寄せます。ママは「い、行きませんよ」というのですが死に神は

    「いや、くる」

としつこいのです。
おや? どうしてここのセリフは「いや、こい」ではなく「いや、くる」なのでしょうか。そしてまさに死に神の世界に吸いこまれようとするとき、アカネちゃんの声が聞こえ、死に神はふと消えてしまいます。
死に神はどこから来てどこへ消え去ったのでしょうか? 死に神はママの心の中に住んでいて、病気でママを殺してしまおうとしているのではなく、ママの意思で死ぬようにさせようとしている、わかりやすく言うと自殺させようとしているのではないでしょうか。だからママに向かって「(お前は死の世界に)来る」と言っているように思えます。
そんな死に神に苦しめられているママは

    森のおばあさん

のところに行きます。おばあさんはすべてお見通しでした。おばあさんは二本の枯れかかった木を植木鉢から抜いて根っこを洗い森の土に植えると、ママの木である「育つ木」は見る見る元気になりました。そしてもうひとつ、パパの木である「歩く木」は肩のあたりにやどり木をのせて歩き始めたのです。
歩く木と育つ木。ママはこの二本の木はこのままではいけない、根を分けで息ができるようにしなければ、と思います。そしてママとパパは「さようならをする」ことになり、モモちゃんとアカネちゃんとネコのプーと一緒に「森のむこうの町」に引っ越すことになります。
まことにもってぞっとするような話です。
しかしモモちゃんとアカネちゃんの少しずつ成長していくお話がなんとも楽しく温かい、すてきな物語だと思います。

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モモちゃん(2) 

松谷みよ子さんの『モモちゃんとアカネちゃん』は読んでいると時折ぞっとすることがあります。
モモちゃんはおともだちのコウちゃんと「もっか、けんかちゅう」なのです。いばりんぼのコウちゃんがきらいだといって、モモちゃんはコウちゃんと遊ばないのです。だからとても暇で、ママがつるバラの手入れをしているときにそばで手伝ったりもしています。ママはいうことをきかないバラの手入れをしているのですが、その様子は何となく寂しそうです。モモちゃんは、パパと「もっかけんかちゅう」だからかな、と思います。

    とげのあるバラ。

思うようにならないバラ。それを何とかしようとして苦しんでいるママなのです。
そんなとき、コウちゃんがやってきて聞きもしないのに「おつかいにいくんだ」と言います。しかも、コウちゃんの家の近くにはスーパーがあるのでこちらに来る必要などないのに・・。モモちゃんはこのあと

    「あたしのこと、すきっていう子」

が誘うから公園に行く、と言います。でもモモちゃんはその子が好きじゃないといって、コウちゃんの買い物に付き合うことになります。
もう、コウちゃんとモモちゃんのけんかは終わりです。
でも、ママは「だまって、ひとりで、ばらの枯れた枝を切っている」のです。
ママの「もっかけんかちゅう」はなかなかおしまいにはならないのです。
『モモちゃんとアカネちゃん』屈指の名場面だと思います。

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久しぶりの運転 

4か月ぶりに運転しました。
いえいえ、車を買ったわけではないのです。それは無理です(笑)。
人の車を借りたので、馴れないこともあり、緊張しました。どこを見て運転すればいいのか、そんなことすら戸惑うほど勘が鈍っていました。以前なら何でもなかったことも心配で、車間距離を十分すぎるほどあけたり、子どもが歩いている時間帯でしたのでちょっとした角でも

    飛び出してこないか

気になったり。
こんなに難しいものだったかな、と思いました。今はたいていオートマティックですから、その点では楽ですし、ハンドルさばきはさほど難しくはありません。やはり周囲を見ることが大変です。私の場合は100%目視が頼りですので、信号はもちろんのこと、その他の標識、歩いている人など気になるものだらけです。実際、走り出してすぐのところで高齢の女性が道の真ん中をふらふら歩いていらっしゃるところに出くわしました。
それにしても

    便利なものだ

と改めて感じました。座っていたらあっという間に目的地に着くのですから。このところの暑さで、また、重いものを運ぶ目的がありましたので、歩いて、というわけにはいかなかったのです。
やっぱりほしいなぁ、と改めて感じました。
子供のころ、ラジオの深夜番組の最初の「ドナリ(怒鳴り)」が「はがきで当てよう、車と一万円」だったのですが、そういうの、ないかなぁ(笑)。できれば燃費のいいコンパクトカーがいいなぁ。
はがき、買ってこようかな(笑)。

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名月のころ 

名月というと、大阪府能勢町の浄瑠璃『名月乗桂木(めいげつにのせてかつらぎ)』という私の書いたお芝居があります(笑)。
今振り返ると、ありきたりの芝居だな、とは思いますが、一生懸命書いたのでご容赦を(笑)。
昨日は

    中秋の名月

でしたから、あの芝居の場面はきっと昨日だったのでしょうね(作者自身、忘れてる)。
でも、忘れられないのは名作『源氏物語』夕顔巻。十五夜の翌日、光源氏が夕顔の女を連れ出してある屋敷に泊まります。その夜、つまり

    十六夜

の夜に怪しげな正体不明の女が光源氏の夢に現れ、彼が眼を覚ますとその女の残像があり、夕顔の女はそれに魅入られたかのようにして頓死してしまうのです。
印象深い場面です。
源氏物語では、光源氏の妻葵の上も、紫の上もほとんど同じ中秋に亡くなります。
秋は別れの季節であり、物悲しい時節であります。
この時期に亡くなると四十九日は晩秋で、冷ややかな寂しい頃です。
今年の暑さも峠を越え、秋は深まります。

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モモちゃん(1) 


秋からの授業で、児童教育学科の専門科目「児童国語」があるのですが、これで大弱りしています。というのは、この授業は、これまでは多くて25人、少ない時は10人くらいだったのです。ところが今年

    80人

もの学生が履修届を出してきたのです。
すごい人気だな、ですって? 違うのです。去年までは5時間目(16:20~15:50)だったのに、今年は3時間目(13:00~14:30)になったからなのです。夕方はみんなバイトに行ったりしますので、敬遠されますが、3時間目は逆に何か授業を取らないと時間が空いてもったいない、「ええい、これでも取っとけ!」というわけです。
10人から25人と言えばゼミの人数ですし、一人ずつの顔も名前も覚えられます。しかし80人となるとまるで話が違います。しかたなく、数年来のやり方はキャンセルして新たな方法を模索しているところです。
夏休みはあまり本を読めなかったのですが、この授業のために

    モモちゃんとアカネちゃん

を読みました。ひょっとして教材にできないかなと思ったのです。モモちゃんシリーズでこれを選んだのは図書館にこれしかなかった(笑)という理由にすぎません。もし使おうと思ったら、公費で(!)全6冊を買おうと思っています
児童文学には疎いのですが、さすがに松谷みよ子さんはよく知っています。これまでにもこの方の監修された紙芝居をずいぶん授業では使ってきました。ただ、モモちゃんシリーズは一生懸命読む機会がなく、この期に及んで(笑)精読しているのです。もちろんおもしろいです。ただ黙読するだけでなく、音読してもおもしろいです。

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知らなかった災害 


台風が日本の東の方をかすめたらしく、千葉県で大変な災害になっているとのこと。
私はあまり知りませんでした。
新聞記事はあまり深刻さを伝えていなかった気がするのですが、私が読み違えていたのかもしれません。
千葉県のゴルフ場のネットがポールごと倒れた写真は一面で見ましたが、停電や断水の記事は片隅だったように思うのです。
それよりも

    誰が大臣になる

とかなんとか、そんなことばかり追いかけていたような印象があります。
人事って、そんなにおもしろいのでしょうか。・・おもしろいのでしょうね、やはり。
災害というのは局地的なものです。100m離れたらもう何でもない、ということすらあります。
関東地方が豪雨、強風と言われても、関西では暑いだけで災害の実感はありません。
地震も同じで、阪神大震災のとき、大阪の人が意外なほど平然としていたのに驚きました。
だからこそ、人事よりも

    地域災害

を伝えて欲しいと思うのです。

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昔はよかった 

こういうことを言い出すのは老化現象だと思いますが、しみじみ昔はよかったな、と感じています。
昔といっても20年ちょっと前です。
授業は半期に12、3回。夏休みは二か月半で後期が始まるのは10月。90分6コマの授業は日本文学ばかりで、同じ内容の繰り返しもありました。おまけに、

    気候は穏やか

気候は穏やかで9月半ば近くに35℃なんてなかったと思います。
今は15回の授業で休講は許されず、もし休んだら必ず補講。夏休みは一か月半で授業は専門外がほとんど。一般の方対象の講座もありますから、8.67コマ。これで報酬は半額以下なんてありえません。
・・と愚痴っても仕方がないのですが、この夏のしんどさは半端ではなく、つい愚痴も言いたくなります。
今から、奈良市の幼稚園での

    人形劇の台本

に取りかかります。
平行して授業の予習がたっぷりありますから、気がついたら後期が始まっていた、ということになりそうです。
働かざる者食うべからず。頑張ります。

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秋でしょ? 

8月の終わりあたりは涼しさが感じられ、秋だな、と思っていました。
ところが、この数日、35℃になんなんとする暑さです。
台風が関東地方を襲ったとかで、太平洋から熱風が吹き込んで来るようです。
私はテレビを観ないので、新聞が主な情報源。しかし関西の新聞ですから、関東地方のことについては関心が薄く、あまりよくわかっていませんでした。
今さらながら、関東地方のみなさまに

    お見舞い

申しあげます。猛烈な風だったらしく、昨年関西を襲った被害を思い出しました。
なんだか、台風の荒っぽさが年々増しているようで、恐ろしいです。
さすがに昨日の夕刊には被害の記事があり、千葉県方面でかなりひどい被害があったような。
その余波で、関西もかなりの猛暑です。
昨日はたまらずに

    アイスノン(笑)を

抱いて仕事をしました。
すると、あまりにも気持ちよくなって昼寝してしまいました。
まだしばらくは30℃を超える日が続くそうで、もう秋じゃなかったの? と言いたいです。
もう少し我慢しつつ仕事します。

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他大学からも 

韓国からの留学生が私の『源氏物語』の授業にも来るらしいということは以前書きました。
すると今度は「他大学の学生さんが(『源氏物語』とは別の)授業に来るのでヨロシク」という連絡がありました。
近隣の大学が、一定の授業を開放して、お互いに単位を取得することができるようにするもので、

     単位互換制度

という名前なのです。希望する場合は理由が必要で、建前として「興味があるから」とかなんとかいうのだろうと思うのですが、実際のところは4年生になって単位が揃わないので何とかしたい、と思う人が、所属大学ではなく(時間割の都合か何かで取れないのでしょう)、自分の住まいの近くの大学で、空いている時間に取りやすそうな(笑)ものを選んで受講しに来る、ということが多いのではないかと感じています。卒業救済制度のようなものでしょうか。しかしそれはそれでかまわないので、遠慮なく来ていただければいいのです。
以前は、近くの大学の学生さんが「図書館を借りて一日勉強したいので、そのために何か授業を取らなければならないから」と、偶然私の時間に来たことがありました。まあ、適当に居眠りでもするのかな、と思ったら、お互いに

    波長が合った

というか、とても真面目に話を聞いてくれて成績は抜群、補講にまで顔を出してくれたことがありました。
今度来る学生さんはまた4年生かな‥と思ったら、やはり4年生でした。文化の話をしますので、どうか、楽しんでいってくれればと思っています。

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なつやすみのしゅくだい(完) 

このブログに、何度も「なつやすみのしゅくだい」について書いてきましたが、これはどなたかに読んでいただきたいというよりは自分にはっぱをかけるための日記だったといえます。
実は、一昨日(9月6日)が原稿提出の締め切りで、最後の「しゅくだい」を何とか出してきました。
年数だけは長く平安時代の勉強をしてきたのですが、和歌やについて書くことはそこそこありながら、散文作品について書いたことはほんのわずかだと記憶します。そして、恥ずかしながらこれまで

    『源氏物語』

に真正面から取り組んだものを書いたことがありませんでした。読むのは大好きですし、授業でもしょっちゅう取り上げてきたのですが、いったいこれまで何をやってきたんだ、と自分でも情けなくなります。やはり平安時代と言えば『源氏』ですから。
そこでこの春以来、なんとかこの作品に関するものを書きたいと思って読み返しをしていました。データを取る作業はかなり膨大なものになり、A4用紙で40枚を超えました。それでもまだ足りないところがあり、それを補いながらこの夏一気に書き上げました・・・というのは嘘で、実際は

    牛の歩み

でした。しかも大学生のレポートに毛が生えた程度のレベル。最新の研究傾向などおかまいなし。何年やっても成長しないものだとしみじみ感じます。
これが活字になるのは、なんと半年先だそうで、出来上がるころには内容を忘れているかもしれません(笑)。
あと何年出来るのかわかりませんが、書けるだけいろいろ書いておきたいと思っています。

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2019年9月文楽東京公演初日 

今日から文楽は東京です。
咲さんはやはり大和屋、呂勢さんが河庄、千歳さんが日向嶋。
酒屋は3つに分けるのですね。
お園は清十郎さん。もう、簑助師のお園はないのかな。今回は日向嶋の糸滝だそうです。
玉男さんの景清、小春・治兵衛は和生・勘十郎。おさんは勘弥。
私は拝見できませんが、日向嶋はすごいことになりそうな気がします。

プログラムは次のとおりです。

第一部(午前11時開演)
心中天網島(北新地河庄、天満紙屋内、
      大和屋、道行名残の橋づくし)
第二部(午後4時開演)
嬢景清八嶋日記(花菱屋、日向嶋)
艶容女舞衣(酒屋、道行霜夜の千日)

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追いつめられて 

「なつやすみのしゅくだい」についてはもう何も書かないつもりだったのですが、ふと卒業論文のころを思い出したのでメモしておきます。
学生時代、誠に恥ずかしい卒業論文を書きました。とても論文とは言えないような代物で、よくもあんなつまらないものに指導教授も付き合ってくださったものだと、妙に感心しています。
それでも、かき上げた時の

    解放感

は今も昔も同じことです。
この夏は久しぶりに自分を追い込んだというか、何かに追いつめられるようにして仕事をした、という思いがあります。できなかったらできないでいいや、というような感覚はありませんでした。卒業論文もできないでは済まされませんから、とても懐かしいような気分になりました。
数年前、同じくらいの課題を自分に与えたことがあるのですが、そのときはひとつできなくて、「まあこれは仕方がないか」で済ませてしまったのです。今回はその

     轍を踏む

わけにはいかないので、意地でも、と思っていました。でも実際は途中であきらめかけたこともあったのです。そのたびにこのブログに「あとこれだけやるぞ」と書き込んで、自分を煽っていました。
しかし、実際に書いてみると、これくらいのことはまだできるのか、ということに気が付きました。私の恩師は定年を迎えられたあと、「これからは本作り」をするとおっしゃっていました。総仕上げ、というわけですね。あいにく私は本にするような業績を持ちませんし、お金もありませんからもう出版はしないだろうと思うのですが、小さなものをこつこつと書き続けることくらいはできるかもしれないな、と思っています。

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忠臣蔵じゃないけど 

今年の文楽劇場の企画である『仮名手本忠臣蔵』の「年間通し」というやり方は、私などはほとんど興味をそそられなかったのですが、客席の入りはとてもよいらしく、夏は(公演期間が短いとはいえ)連日補助席が出る盛況だったようです。引き続き秋の公演でも大入りが続くようなら、この方式は柳の下のもう何匹かのドジョウ狙いで『千本桜』『菅原伝授』『一谷』『妹背山』『伊賀越』などにも波及するのではないか、と想像し、一抹の不安がよぎります。
それにしても、「大阪は『通し』より『見取り』が好まれる」という、これまで

    都市伝説

だと思っていたものが、「『通し』すら『見取り』ふうに上演すればお客さんが入る」という形で実証されてしまったようにも思えます。いくら「通し推進派」が文句を言っても、この現実の前にはトーンダウンしてしまうのではないでしょうか。文楽劇場の企画制作はこの大当たりをどのように今後の参考にされるのでしょうか。
しかし、イベントの企画としては大いに参考になるという気もしています。
この秋、国立博物館(京都)でおこなわれる

    佐竹本三十六歌仙絵

の展示なのですが、おそらくかなり多くのお客さんが入ると思います。ひょっとすると以前おこなわれた『鳥獣戯画』展にも匹敵するかもしれません。あのときは、私も1時間並んで(3時間待ちということもあったようです)ざーっと流して見るだけという悲しい体験をしました。細かいところなど観るすべもありませんでした。博物館はあの特別展を「大成功だった」という総括をなさったのでしょうか。
佐竹本も興味を持つ人は多く、全国から観客が集まる可能性があります。となると土日などは相当混雑しそうです。またあの「○時間待ち」というのが繰り返されるのでしょうか。
それなら『忠臣蔵』方式で、年間企画にしてみてはどうなのか、と思ったりします。それでも混雑することに変わりはない、といえるかもしれませんが、多くの絵を、ずっと混雑の中で観る疲労感は相当なものだと思います。だからといって、すべてを一年間展示するのは、国宝ですから多分ダメだと思うのです。やはり何度かに分けて展示して、一度に観る数を減らしつつ、年間通してきてもらうような企画にはできないものでしょうか。いや、これは京都近辺に住むものだからそういうことが言えるので、北海道の人が年に何度も京都まで行けるものか、といわれたらそのとおりなのですが。

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遊べませんでした 

文楽劇場に行ったほかは、この夏はどこにも行けませんでした。と言ってもこういうことは珍しいわけではなく、何年もの間こういう生活をしていますので慣れたものではありますが。以前のように出張という名のもとに東京の国立劇場に行く(そのときは必ず上野にも寄りました)こともできなくなりました。
そういえば、

    『忠臣蔵』を歩く

というテーマで、親の家(港区芝公園)を本拠として、本所の吉良邸跡から回向院を通って(ついでに芭蕉庵にも立ち寄って)、浅野家の屋敷のあった聖路加病院あたりから新橋、六本木その他の四十七士がお預けになった大名屋敷の数々、さらには高輪の泉岳寺などを何度にも分けて歩き回ったこともありました。思えば夢のようです。
今はもうお金がないので(笑)、新幹線までが文字通り

    「夢の(!)超特急」

のように思えてなりません。
とまあ、ため息をついていてもしかたがありませんので、どこにも行けないなら行けないなりに何かをしようというわけで、勉強でもするか、という「でもしか勉強」の日々を送っていました。

今、私が「遊ぶ」と言ったら何ができるのだろうとふと思いました。
競馬競輪などの賭け事は一切しないし、お酒もほとんど飲まないし、芝居や映画も観なくなりましたし、テレビも観ないし、飲み会もないし(あるのかもしれませんが、お誘いもありませんし、誘われてもほとんど参加できません)、一人でぶらっと社寺や美術館に行くのがせいぜいなのですが、これまた五月に「フェルメール展」に行って以来ご無沙汰しています。
秋には佐竹本三十六歌仙の絵が国立博物館(京都)に出ますが、混雑するかな、と二の足を踏んでいます。なぜあんなに大混雑を予想させるような展示の仕方をするのか、実は私は疑問を感じています。でも、秋くらいはやはり遊びに行きたいなぁ。

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何も書くことが・・ 

夏休みだけは、普段できない本来の仕事をします。ほんとうなら普段からしなければならないのですが、今のご時世、貧乏な私学にいると、勉強なんてろくにできません。
夏はそれを取り返すための期間。
夏休みというのは授業がないというだけで、仕事は山ほどあります。
去年までは、それでも9月半ばの1週間くらいはゆとりがあったように思うのですが、今年は休みなしで後期に突入、という感じです。
そうなると、毎日があまりにも起伏がなく、

    ブログのネタ

になるようなことがないのです。
朝起きたら仕事、昼ごろ図書館に行って調べもの。午後は仕事。夜は仕事。そんな日々を過ごしています。
SNSを見ると、とても楽しそうな記事にあふれていて、もう、私にはこういう

    優雅な日々

はめぐってこないかな、と思ったりしています。
そのSNSにも書くことがなくて、何だか寂しいです。
唯一楽しみなのは、今書いているものを無事提出すること。明日から仕事場の図書館が再開しますのでしっかり勉強してきます。

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入道雲 

秋雨前線というのがあるのは知っていますが、このところの空模様は何だか梅雨みたいで、鬱陶しいです。
先日は、図書館に行こうとして、念のために折りたたみの傘を持って行きました。
図書館でしばし調べたいことを調べたあたりで、何となく外が暗くなったような気がして、様子を見に行ったら案の定降っていました。
帰るときも小雨が降っていて、傘が役に立ったとはいえ、憂鬱でした。
佐賀などの

    西日本方面

では被害が出ているらしく、去年関西でも起こった豪雨災害を思い出します。
ここ何年もそうだった気がするのですが、この夏も私は夏らしさを感じない決定的なことがひとつありました。
それは、

    夕立

がないことです。
ざあっと来て地面を冷やして通り去る、そんな雨が来ないな、と。
入道雲も同じで、あまりそれらしいものを見ていないと思うのです。
一時の暑さはとびきりのものでしたが、夏って暑いだけではないはずです。
雨の降り方や気温の上がり方がどうも不穏な気がします。

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H君に捧げる 

今年も3分の2が過ぎ、本格的な秋になりました。次の満月が中秋の名月ですから、実際はもう秋の半ばなのですね。。
私は未だ「なつやすみのしゅくだい」が終わらず、それどころか、夏休みもまだ来ていないような気がしています。
この夏、最後に書こうとしているのは『源氏物語』に関わるものですが、レベルは低くても何としても書き上げたいのです。
以前の私なら諦めていたかもしれないのに、なぜこんなに執着するのか、自分でも不思議なくらいです。
で、ふと思い当たったことがあるのです。
今年の五月、学生時代の友人が亡くなりました。絶対私の方が短命だと思っていたのに、

    早過ぎ

です。
彼は一貫して『源氏物語』を研究対象にしていました。家庭的には恵まれないこともありましたが、よき先生として学生さんに愛されたことは想像に難くありません。
その友人が、ひょっとしたら私の背中を押してくれているのかもしれない、と、先日ふと思ったのです。
最後まで書けよ、という声が聞こえてきそうです。
そんなばかな、と思われてもかまわないのです。私は今やそう確信するに至りましたから、何と言われても平気です。
あと数日で締め切りになるこの原稿は、心の中で

    H君に捧げる

と決めました。
今も涙があふれそうですが、それは少し先までこらえて書き終える決意です。

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