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文楽・超入門(2) 

江戸時代、人形浄瑠璃はとても流行したのですが、なんとなくパターンが出来上がってしまいました。

    水戸黄門 パターン

    ウルトラマン パターン

とでもいいましょうか、前半何らかの苦しみや葛藤がありながらついには圧倒的な力でハッピーエンドがもたらされるという型です。
その代表的なヒーローは

    坂田金平

という人。あの金時さん(いわゆる金太郎)の息子です。
「金平」は「キンピラ」と読みます。と言えば思いだしますよね、「キンピラゴボウ」。その語源になったという人物です。
これはおもに江戸ではやったようです。

一方、京の都でもなんとなくパターン化した浄瑠璃が続いていて、それにもうひとつ不満だった人がいたわけです。
時は17世紀も後半。あの芭蕉や西鶴も活躍していた時代です。

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それが京で芝居作者として活躍していた、あの有名な

    近松門左衛門 (1653~1724)

です。もっと詩情を、もっと人情を、もっと世情を、彼は新しい浄瑠璃を描きたかったのです。
ふと周りを見ると、彼の願う作品を語るにふさわしい声と技術の持ち主がいました。
2歳年上の

    竹本義太夫 (1651~1714)

です。それまでの浄瑠璃に独自の工夫を加えて「義太夫節」を築き上げた竹本義太夫と近松門左衛門は新しい浄瑠璃芝居を模索し始めました。

江戸ではあの有名な「忠臣蔵」の事件が起こり、赤穂浪士による吉良上野介への討ち入りが決行され、ついに46人の浪士が切腹しました。切腹は元禄16年(1703)2月のことです。その2か月後、大坂・曽根崎で若い男女が心中しているのが見つかりました。
世間を大騒ぎさせた大事件の決着がついた後の、名もない男女のひっそりした死でした。
ところが近松はその些細な事件を聞いて膝を打ち、あっというまに

    曽根崎心中

を書き上げてしまったのです。
これをもって「世話物(せわもの)」の初めとしています。
世話物は過去の武将の英雄的な活躍を見せるものではなく、現在まさに市井で起こっている出来事を素材にした、

    現代劇

だったのです。

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コメント

藤十郎さんの解説を楽しませていただ
いています。こうして江戸の出来事や
流行、近畿圏の事件などを説明してい
ただけると、その時代の雰囲気が出て
面白いものですね。金平ものは「絵入
浄瑠璃史」(国会図書館の近代デジタ
ルライブラリーで見ました)で読みま
したが、武勇談のようなものが多かっ
たようですね。絵で見ると、首が飛ん
だり、体を串刺しにされたりといった
残酷なシーンなどもあって、これは今
の文楽にも残っているような部分だと
(笑)思いました。

♪やなぎさん

金平浄瑠璃、相当派手ですよね。あれはあれで面白かったのでしょうね。
関西では宇治加賀掾のような朗朗たる声(聴いたことはありませんが)の浄瑠璃などが人気があったようですが、義太夫の雰囲気はまた独特のものだったようですね。

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