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お駒(2) 

この作品は

  どこかで聞いたような話

になっています。

いわば

  「失われた宝物とそれによる沈淪と苦難」
  「宝物の奪還とそれゆえの危機」

というパターンで構成されます。『伊達娘恋緋鹿子』などと似ていますね。お駒の父がお七の話を語って聞かせるのもこういう共通点があるからです。
ところが、今の上演では「失われた宝物(この場合は茶入れ)」の話がはっきりせず、はじめて見る人にはやや分かりにくい面があるのではないでしょうか。
文楽の上演はいわゆる「見取り」の形式が多く、話の前提は何らかの形で知識として持っていなければ分かりにくいことがある、ということが多いわけです。

イヤホンガイドでは詳しく解説がおこなわれているのでしょうか?
わかりにくいといえば、お駒は「城木屋」の段切で帯をぎゅっと締めなおして、奥に向かって歩みを進めますが、一体彼女は何をしに行くのでしょう?

現在の上演では

  喜蔵を殺しに行く

ということになっており、人形遣いさんもそういう思い入れで遣っています。
しかし、いくら丈八に刷り込まれたとはいえ、殺人に行くというのはずいぶん飛躍があります。

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プログラムのあらすじを見ると、

  お駒は恋しい才三郎のために茶入れを取り戻そうと、喜蔵を殺す決意をし

と書かれています。これまた???という説明ではないでしょうか。
いつ彼女は茶入れを喜蔵が盗んだことを知ったのでしょう? 喜蔵を殺すとなぜ茶入れが取り戻せるのでしょう?

どうもこのあたりがはっきりしないままずるずると「鈴が森」に強引に持っていかれているような気がするのです。
「鈴が森」でお駒の母が「もし茶入れが見つかったら助かるかもしれないと期待していた」というのも意味がはっきりしないのではないでしょうか?

本筋の茶入れの紛失とその詮議の話が半ば忘れられ、「城木屋」は丈八のチャリの面白さと「そりやきこえませぬ才三さん」のクドキなど、見せ場・聞かせどころが重みをなして、「鈴が森」のお駒の訴えがまた重くなりすぎている感もあります。

いわば浄瑠璃としての断片が有名になりすぎ、物語の真実は

    知る人ぞ知る

ふうにも見えてしまいます。

などと書いてきて、また少し考え込んでしまうのです。

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コメント

役の性根

テーマと違う内容ですみません。
昨夜「プロフェッショナル」というNHKテレビの番組を見ました。番組の主役は岩田さんという日本人男性。ボリショイバレー初の、ロシア人以外の第一ソリストだそうです。主役になれるまで、家族や友人に支えられながら11年間もかかったそうです。
役作りのシーンがありました。この人のようにトップクラスになると、技術面では大きな差はないようです。それよりも「役の性根を掴んでいるか」がいちばん重要で、舞台監督はそこを評価するとのこと。あれっ、文楽と同じやん。私まだバレーを観たことないのですが、表現方法は違っても演技のベースは同じなんですね。

♪やたけたの熊さん

バレエも顔の表情ではなく、せりふでなく、音楽に乗った動きで性根を見せますね。文楽人形と共通点がありそうな気がします。
いいお話をありがとうございました。

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