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春は千本桜 

来年の話です。
四月で国立文楽劇場は25周年を迎えるそうです。
へ~っ、もうそんなに・・・。そういえばあの時、私は20代でしたよ!
そして今回の上演演目はあの時とまったく同じ

    寿式三番叟

    義経千本桜

だそうですね。
文字(住)の翁で始まって、津大夫・団七の「大物」、越路・清治の「すしや」、南部らの「道行」に織(綱)・燕三の「川連館」。
玉男の知盛と権太、先代勘十郎の狐忠信、簑助の静御前と弥助、文雀の弥左衛門。
先代清十郎が初日途中までお里を持たれ、代役は一暢。
当代勘十郎、清十郎はまだ亀井六郎、入江丹蔵でした。

ありありと思い出します。

プログラム

プログラム2

プログラム3
いずれも昭和59年4月公演プログラムより

プログラム3
チケットと床本とアンケート
 アンケートの商品は
  松賞 北海道旅行特別参加資格証
  竹賞 北海道特産品=ホワイトチョコ、ニポポ人形、木彫熊など
  空の旅賞 特製スカーフ、エプロン、キーホルダー、ボールペンなど 
でした。

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25年という月日は、将来の文楽の柱といわれていた文字大夫さん(住大夫師匠)を最高峰の太夫に高め、中堅だった嶋大夫、咲大夫さんらをトップクラスに持ち上げ、若手だった簑太郎、玉女さんらに主役を持たせるまでに育て、影も形もなかった(笑)若者を呂勢大夫、喜一朗などという中堅に成長させました。

その一方では越路大夫、津大夫、玉男、勘十郎(先代)、燕三(先代)、錦糸(先代)らを失うことになりました。
文楽ファンの人で

    越路大夫を聴いたことがない

という方が増えているのに驚くことがあります。私もいくらか古くなってきたのでしょうか?

思えば、あのときから私は

    ノートに感想を付け始めた

のです。何も分からないまま、近くの席のおじいちゃんおばあちゃんに話しかけたり話しかけられたりしながらいろいろ教わり、同世代の技芸員さんと少しずつ話すようになり、どんどんのめりこんでいったのでした。
当時は「上方芸能」誌(編集長はまだ40代の木津川計先生でした)に「文楽評」というページはなかったのです。まさか自分が将来そういう場所に書かせていただくことになろうとは夢にも思っておりませんでした。

この四月の配役はまだ出ていませんが、当然ながら25年前に比べると目を瞠るほど若返っているはずですね。
四月はできれば大阪以外の皆様に集まっていただき、パ~ッっと我々だけの25周年祝賀会など実施したいものです。
私もそれまでには何とかお酒が飲めるように元気になっておきますので・・・。

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コメント

25年

 四半世紀ですね。時間の早さに驚かされます。私は残念ながら見ていないのですが、あの時の千本桜、先代清十郎師匠がお里を持たれたのに、途中休演され、そのまま舞台には復帰されなかったのでしたね。そのお弟子さんが、立派に師匠の名跡を継がれて、師匠の芸風を彷彿させるところにまでこられたことは、本当に嬉しいことです。
 もしかして、玉男師匠の遣っておられた知盛を玉女さんが、狐忠信を勘十郎さんがお遣いになったら・・・楽しい空想がいくつも湧いてきます。
 そしてこの舞台が、次の25年への歩みの第一歩となることを願っています。
 

黒川紀章氏も逝かれました

>藤十郎センセ
こけら落としは、文楽ではなく、平幹二朗丈、辻村寿三郎氏で天守物語を拝見しました。
誰と見たかは忘れても舞台は忘れないものですね。やっぱ見続けないとあきません。あのときがそうだったように、一つのジェネレーションが交替するのが今なのでしょう。

日本文化

その頃、私は大学生でした。時の経つのは早い、と思う今日この頃です。4月の公演は観ていませんが、日本文化の教養にと、短期留学の前後に母と観に行きました。

ぜひ!

祝賀会参加させて下さい。

文楽劇場が出来たのを知ってからは、藤十郎さんと変わらないくらいですが、文楽を観てまだ1年の「ひよこ」ですが。

私も

大阪在住ですが、ぜひ私も祝賀会に参加させて頂ければ・・・。実行委員会を設立するのであれば、使い走りと連絡係など、雑用をさせてもらいます。

♪まゆみこさん

勘十郎の狐忠信、玉女の知盛、期待したいですね。清十郎の静でしょうか、お里でしょうか?
ダブルキャストでもかまわないので、権太や弥助や弁慶に中堅の人形遣いさんを起用して欲しいですし、床も大抜擢をしていただいて、未来の文楽をみつめるような布陣を敷いていただきたいものです。

♪おとみさん

信じられないかもしれませんが、チケットを買いに行ったら長蛇の列。30分くらい待ってやっとチケット売り場にたどり着くという有様でした。
日延べ公演もおこなわれ、文楽に何が起こったのかと思うくらいでした。
毀誉褒貶はありましたが、黒川さんの建築記号学を駆使した設計でした。
NHKで放送がありましたが、若々しい木津川計先生、今や劇場の顔のような切絵作家の杉江さん(「若いお嬢さん」として紹介されていました)などが出ていらっしゃいました。

♪野崎小町さん

え? 25年前は大学生? 小学生の間違いじゃ・・・? というくらい、今も若々しい野崎小町さんです。留学はイギリスでしょうか? 日本を知ってこそ海外が見え、また海外に出てこそ日本が見えるということでしょうね。

♪花かばさん

とても「ひよこ」とは思えないくらいはまっていらっしゃるようにお見受けします。
花かばさんの日程、決まったら教えてください。

♪りゅうみんさん

大阪以外の皆様、と申しましたのは、大阪の方はもちろんのこと、という意味ですから、そうおっしゃっていただくと嬉しいです。
数人での集まり、というのはこれまでかなりあったのですが、いろんな方が集まるというのもいいのではないか、と思うのです。

大阪以外の一人です(笑)

4月に集合、とのことですか。
ちと予算がなぁ、と嘆くのですが前向きに考えさせて下さい、としか言いようが有りません。
関西での「考えておきます」ではなくて。

藤十郎さんとのお付き合いは結構長いのですがすれ違いばっかりのようなので。

♪しろくまさん

そういえば、文字でのお付き合いだけで、お目にかかったことのない大物のお一人がしろくまさんです。
ぜひ「前向き」にお願いします。

忘れていました、

来年の4月で文楽ファン10周年、でした。
藤十郎さんとの文字だけでのお付き合いもその頃からですね。「大物」なんて腹周りだけです。(笑、その時までに解消せねば、)

文楽劇場初めての演目は通しでの「妹背山女庭訓」でした。私も越路師匠を知らない世代です。先代の燕三師匠も知りません。
呂大夫さんは聴いたことある筈なのにお亡くなりになった事位しか知らないのです。

♪しろくまさん

10周年おめでとうございます!
というと平成11年からですね。ほぼ私が『文楽評』を書いている時期と重なります。
越路師匠は引退から20年ですね。これまた早いです。私は一時期越路師匠のテープを寝ても覚めても(は大げさですが)聴いていたことがあります。

25周年記念祝賀会

いいですね!道頓堀あたりで集いたいところですが、道頓堀が変わってしまいましたから。それまでに場所を探しておきます。

♪やたけたの熊さん

これはこれは幹事の熊さんではありませんか。
もうそういうことは一切お任せです。安くて足が伸ばせて女性も安心のお店をよろしく。遠来の方のご都合を考えると土曜の夜でしょうか?

25周年を口実に集まる会、という感じでもありますが(笑)。

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