fc2ブログ

喜左衛門師匠 

三世野澤喜左衛門師匠が亡くなりました。
野澤勝平から三世を継がれたのはまだ四十代の頃。
将来大きな時代物の演奏者として期待されながらまだ六十代でのご逝去。
残念でなりません。
かつては竹本文字大夫(現住大夫)の相三味線として活躍もなさり、その後はさまざまな太夫さんを引っ張る役割を果たし続けていらっしゃったと思います。
掛け合いの三味線を弾かれると、中堅、若手を叱咤するようにぐいぐいリードしていかれ、無言の教育をなさっていたように記憶します。

床でのお顔つきの鋭さから、とても怖い人という印象がありますが、洒脱な雰囲気を持っていらして、楽屋からお帰りになるときは帽子にステッキ姿でニコニコしていらっしゃいました。
今年の正月にいただいた年賀状には、「退院した」「復帰に向けて頑張る」という意味のことを手書きしてくださって、楽しみにしていたのですけれども。
お弟子さんの喜一朗さんが最近メキメキ力をつけているところだけに、心残りも多かったのではないかと拝察いたします。
喜左衛門の名はすぐれた初代によって興され、越路大夫、住大夫ほかあまたの大夫を育てた二世によって大きくされて三世に受け継がれた名跡です。絶やさないで欲しい。ぜひ喜一朗さんに継いでいって欲しいものです。

三味線弾きさんは寛治師匠をトップに、力のある人が多いのですが、ベテラン陣が必ずしも多くないので、もっと長く指導し続けていただきたかったと惜しまれます。

六世燕三誕生直後の悲しいニュースでした。

スポンサーサイト



コメント

ああ…

まいど!
ただただ残念です…。悲しい…。
もう一花、二花咲かせる事が出来る年代の方ばかり逝ってしまいはります…。
心からご冥福をお祈りいたします。

惜しんでも惜しんでも

相生さん、呂大夫さん、緑さん、八介さん、清十郎さん、文昇さん、一暢さん。
何度惜しんでも余りありますね・・。

不勉強なので、存じ上げませんが・・・。藤十郎さんの文面を拝見させていただく限りでは、とっても素敵な方だったのですね。
そういったかたの訃報は本当に残念でなりません。
ご冥福をお祈りいたします。

父の日に

68歳でいらっしゃので、まだお若いといわざるを得ませんよね。
私の父も68歳で亡くなりましたが、いまどき60代というのはまだ「中年」でしょう?
文楽界のお父さんのような師匠が、父の日に亡くなりました。

ただ、ただ、悲しい・・

です・・・。盆が廻って出て来たときの鋭い眼差し、バチで鼻をこする仕草がもう見られないと思うと・・(涙)
師匠のあのお姿を拝見するだけで、「あぁ~~文楽に来た!」といつも思ったものです。
個人的な事ですが、昨年・2月公演の折、所用の為楽屋口の廊下にいた私に、たまたま、通りかかった師匠が「ご用はうかがってますか?」とやさしくお声を掛けて下さり、大いに恐縮したのを思い出しました・・・。

上演資料集488号P125に「関取千両幟」の芸談が掲載されています。2月にこれを読んだ折は、師匠の復帰は直ぐ!! と思ったのに・・。
ご冥福をお祈りいたします。

やっぱりやさしい

師匠の優しさの一端を垣間見させてくれるエピソードをありがとうございました。
やっぱり優しい方でしたね。
そうそう、あの鼻の脂をちょいとつけるしぐさ、晩年は腰をいたわるため小さな腰掛に座っての演奏で、演奏が終わるとお弟子さんの喜一朗さんがその腰掛を床の後ろからすっと下げられて、ああ、師弟っていいなぁ、とも思いました。曲弾きのアクロバティックな技も冴えた師匠でした。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/115-565df527