阿修羅像
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時々私は乱暴なものの言い方をします。見識がないと非難されることもしばしばです。
かなり気が短く、理性に欠ける人間なのです。
今日もまた上方ぜいろくの戯言と笑われるでしょうか。
奈良・興福寺の
阿修羅像
が東京に行きました。
昨日から始まった東京国立博物館での展示のため、さらにはそのあと九州国立博物館をめぐるためです。
なんともいえない困ったような表情のあの姿は子供の頃切手のデザインになったこともあってよく覚えていました。
半世紀ぶりに外に出て展示されるのだそうで、期待する方は少なくないようです。私もこの展覧会の成功を確信し、またお祈りもしております。
ただ、私はあえて異を唱えます。なぜ東京で展示するのか。東京なら多くの人に見えてもらえる。地元の人はもちろん、出張の人がふらりと寄ったり、ゴールデンウィークにディズニーランドに行く家族連れがついでに立ち寄ることもできる。天皇も総理大臣も行こうと思えば行ける。
小学生でもわかる理屈です。しかし私には小学生なみの理屈でしかないとも思えます。
こういう、めったにない展示ならむしろ盛岡とか新潟とか、そういった普段あまり人の集まらない地域で実施する勇気はないのかと思います。![]()
↑応援よろしく!
関東にお住まいの方々は実感できないと思うのですが、たとえば私が広島にいた頃、(ひろしま美術館というすばらしい美術館はありますが)、文化的なものがどんどん素通りして、疎外されたような気になりました。
東京でやっておけば間違いない
という考えに、私はなんとしても与しません。
九州国立博物館(福岡)はまだわからないでもないのですが、これも宮崎だとか高知だとか、そういう発想は生まれてこないものか。なんのために本四架橋が何本もできたのか。
かつて「モナ・リザ」や「受胎告知」が来たときもいずれも上野。ほかに何か考える力はないのかと思います。
文楽の公演も実は東京公演は年に一回でいいと思っているのです。
たとえば2月・九州と四国の隔年 5月東京 9月北海道と東北の隔年、というように。
おそらく関東の方からは囂々たる非難を浴びると思うのですが、そうやってこれまで「地方」を無視してきたのだと思うのです。
演劇における利賀村や音楽におけるルツェルンなどを思い起こします。
阿修羅は美しい像です。1250年の時を経てなおも美しい像です。
たまには田舎の清らかな空気を吸わせてやりたいと思えてなりません。
- [2009/04/01 00:00]
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コメント
東京一極集中
私が学生時代の頃、京都の某家の「秘宝展」なるものが全国を巡っていましたが、わざわざそんな事するのは要するに文化財の修繕の為にお金が要るからだ、とどっかで聴いたか読んだかしたことがあります。
藤十郎さんも重々承知のことと思いますがわざわざ東京人の行楽の為に「出張」をやっている訳ではないと思います。
しかし、京都の学校を出たのに同輩の殆どが東京で働いているという恐ろしい現状が有ります。関西圏から都市銀行の本店も無くなりましたね。仰りたいことはよく分かるのですが…。
九州の中で「ミニ一極集中」している所に居るもんがナンバイイヨッカ、と言われるかも知れません。
「博多座」という劇場が有り、足繁く通っていますが東京からの「卸」でしかない事には危機感を覚えます。
♪しろくまさん
たしかにらお金の問題などもありますね。
でも私は岩手県立美術館「阿修羅像展」はじゅうぶんに可能なことだと思っています。
国がこういうところにきちんと補助をして、岩手県もしっかり予算を組んで県全体で盛り上げ、青森、山形、秋田、宮城もお金を出す。旅行社は奥州藤原氏、義経、啄木、賢治など岩手県から芭蕉や太宰やついでに康楽館まで回れる「みちのくの温泉と歴史と阿修羅像ツアー」を組む。
新聞社も今年は岩手だ!とキャンペーン。
高速道路全国1000円なんてやめて、この期間に県外から岩手に来る人だけは半額。
今年は岩手をひいきにします、でもいいのではないか、とまあ私の妄想は広がるのです。この妄想を嘲笑する方はどうぞご自由に。
出開帳
わたしは藤十郎のご意見とも違い、奈良の興福寺から、国宝をわざわざよそに運んで見せる必要があるの?と思うのです。
阿修羅像を見に”わざわざ”奈良まで足を運んでほしいと思います。
御本尊を江戸まで運んで見せた「出開帳」が江戸のころからあったことは、山本一力さんの小説などで読んだことがあります。その小説を読んだときも、ほんとうにそんな必要があったのかなあと疑問に思いました。
♪やたけたの熊さん
おっしゃること、まったくの正論です。
仏像は美術館で見ると魅力も失われありがたみもありません。
新薬師寺に行った時、信仰心のない私が堂内の薬師如来像をみ見て、思わず合掌したという経験があります。あれは美術館では体験できない感覚だと思います。
京都、永観堂の見返り阿弥陀もあそこにあってこそだと思います。
基本は「やはり堂内に置け」です。奈良に来ていただくのがベスト。それを承知で、美術品として展示するなら、という気持ちです。
景気対策
高速道路が1000円になる御時世、あながち笑い話ではない、と思います。しかし何も東北だけを贔屓にしなくてもとも思います。
阿修羅像は奈良にあってこそ、です。
航空運賃を全国一律9000円ぐらい、というのはどうでしょうか。航空会社に税金投入しても文句は言われまい、と思います。
これを好機にするか、は地元のアイデア次第、です。
いつも文楽の地方公演は秋と春で東海道線沿線は年2回ある訳でしてずるいな、と思っているものですが。
博多座公演があるので我慢しろ、ということでしょうか?
♪しろくまさん
文楽の経費も半端なものではありませんが、九州で15日の公演は工夫できませんかね。
お金は国や自治体やもうけている企業に出してもらえばいいのですが、動くのは市民だと思います。
大相撲は今東京が3回ですが、これも東北に1回移せないものかと思います。
あ、もちろん岩手と言ったのは言葉のあやで、決してオザワさんを意識したわけでもなく(笑)、熊本でも徳島でもよかったのです。
九州で15日
九州で15日、ですか。例えば博多座で打ったらガラガラなのは必至です。
博多座で鳴り物入りで1月から3ヶ月打った「ミス・サイゴン」、1月は苦戦していました。
私は行ったこと無いのですが嘉穂劇場、八千代座、などの芝居小屋も有りますし、山口には国立劇場・文楽劇場以外に唯一文楽廻しがあるルネッサ長門、という劇場も有ります。こういう劇場で輪番、というのは如何でしょうか。
嘉穂劇場、と来れば私は無理矢理休み取ってでも行きます。麻生太郎饅頭もありますし。(笑)
さまざま
この記事を読み始めた時は「阿修羅展の最中に興福寺宝物館に来た人は阿修羅が見られない」という話になるのかと思っていたんですが、そう来ましたか〜。
藤十郎さんがおっしゃるのは、結局は“企画力”と“実現力”ということになるのでしょうか。あるいは人材とお金。東博で阿修羅展を、しかも、もう興福寺でも見られない『当初の並びにしちゃおう』で前後左右から見せちゃおう!なんて、夢のようです。阿修羅像や八部衆も、元は中央の権力でつくられたもの、それが現代の中央に出開帳ですね。もちろん、見せ方としては信仰の側面というより、美術・歴史的な価値観からではありますが。
例えば現代アートでは、奈良美智さんが出身地の青森で地元を巻き込んで2ヶ月くらいの展覧会をやって何万人もお客さんが来た、というようなこともあります。アイディア、熱意、入れ物、インフラがないとそういう単位の人を呼び込むのはなかなか実現しづらいのかもしれませんね。
そういう一方、東北のお寺で番をしていたおばあさんから、それに、九州で装飾古墳を見せていただいた地元の教育委員会の方から、それぞれ「中央へのうらみ」を聞かされたことがあります。いろんな意味でのうらみ、でした。
ところで、土曜日が文楽劇場の初日ですね。予定通り、ワタシはその日に行くつもりです♪楽しみです♪♪
♪しろくまさん
そういえば福岡は麻生さんの選挙区があるんですね。さすがに地元、饅頭がありますか。やはりあのお顔の特徴を捉えたデザインになっているのでしょうか。
長門は近松の「もうひとつの生誕の地」だけに力が入っていますね。
♪cocoさん
私の住む町、宝塚の未来を思っていろいろ考えるところがあり、岩手県などと言っていますが実は宝塚市が心にあるのです。
いよいよ初日です。cocoさんのご来場を国立文楽劇場は何よりも歓迎しております……、って私は劇場支配人か?
仁王像
とんちんかんなコメントですが…私は南大門の仁王さまが好きなんです。あのお二方にお越しいただくのは難しいでしょうから当方から出向くしかありません(苦笑)。踏みつけてほしいくらい好きです。
♪D.Dさん
ぜんぜんとんちんかんじゃありませんよ。南大門の仁王様に踏まれているD.Dさんを想像させていただきました(笑)。
あれはやはり出向いていただかないとどうにもなりませんね。
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