fc2ブログ

新口村の哀愁 付590,000 

奈良県橿原市(かしはらし)に

    新口町

があります。もちろん読み方は「にのくち」奈良県の方は運転免許センターがあることでご存じの方も多いのだろうと思います。耳成山が遠からず、ずっと南に畝傍山、南東に天香具山。
近鉄電車の橿原線「新ノ口」駅は大和八木駅のひとつ北側。さらに南へ行くと橿原神宮前駅があり、近鉄吉野線に入って岡寺駅、飛鳥駅、壺阪山駅があります。もちろん壺阪霊験記の壺阪です。近鉄はここから西側に迂回していますが、壺阪山から山を越えると真南に下市があります。あの「風味も吉野下市に」ですね。吉野川を登っていくと妹山、背山が川の両岸に。その南には吉野山。金峯山寺蔵王堂などがあり、もうこうなると浄瑠璃の世界が次々展開することになります。
近代的な都会の電車である阪急や阪神と違って、大阪、奈良、京都、伊勢、名古屋などを結ぶ長い長い路線を持つ近鉄は歴史の宝庫を走るので、なかなかすてきなのです。
また行きたいなぁ・・・。

さて、その新口なのですが、近鉄の駅を降りて北へほんの2,3分歩くと

    善福寺

があるのです。ここには梅川忠兵衛の碑があり、いかにも「新口村に着きけるが~んな♪」という感じがします。近松の『冥途の飛脚』では、男気のあるのは八右衛門でした。鬢水入れの件も黙ってくれましたし、封印切ではいやなこともいいながら忠兵衛をたしなめます。不器用なところがあって、うまく忠兵衛に伝わらなかった面もあるのでしょうが、八右衛門としては二枚目クンはどうも扱いにくいようです。
『恋飛脚大和往来』になりますとが、八右衛門は憎まれ役に近づき、『傾城恋飛脚』「新口村」では巡礼姿で忠兵衛を捜索しています。
忠三郎の女房が軽くあしらって追い返し、ここで「(かまどの)前にさしかかる」となります。

にほんブログ村 演劇ブログへ
 ↑応援よろしく!

陶然とするというのか、新口村の切場冒頭は綺麗なことばに哀愁のある曲と節。
私の「新口村」は越路大夫・喜左衛門に始まりますが、ほんとうにすてきでした。

  前に差しかかる。落人のためかや、今は冬枯れて
  すすき尾花はなけれども、世を忍ぶ身の後や先
  人目を包む頬かむり、隠せど色香梅川が
  馴れぬ旅路を忠兵衛が、労はる身さへ雪風に
  凍える手先、懐に、暖められつ暖めつ
  石原道を足引きの大和はここぞ故郷の、新口村に

越路師匠の語りに乗って何度も自分で声に出してみたものです。
落人のためではないのです。でもそう思わせるものが冬枯れの野にあります。自然は時として人情を解するのです。いや、浄瑠璃が

    自然のこころを読み解く

のです。
「お~~~ち~~~~ぃぃぃ、い~~ぃ、う~ぅど~の」。越路師匠の語りはこれだけで寂寥感があふれ、感動してしまいました。
すすき尾花は、と言っておいて、それはないのだ、と言い直す。実在するかのように言葉にしておいてそれを打ち消すのは「見渡せば花も紅葉もなかりけり(藤原定家)」と同様です。

どんなに人目を忍んで頬かむりしたところで、梅川の色香は隠せません。

  春の夜の闇はあやなし梅の花
     色こそ見えね香やは隠るる(古今集 凡河内躬恒)

を思わせる一節です。
懐に手を入れて温め合う。寄り添う二人です。舞台では人形がひとりずつ登場しますが、これを詞章の通りにくっついて出てきたらどんな感じになるでしょうか? やってみたい気もします。
石原道を大和へ来ますが、それは「足引きの」大和(山門)。「足引きの」はもちろん「山」にかかる枕詞ですが、同時に足を引きずりながら苦労してたどりついた二人を描いているようです。

スポンサーサイト



コメント

八右衛門

八右衛門って、男気があってとてもいい人ですね。友達が悪に落ちるのを救おうと懸命に説得します。と、はじめて「封印切」を見物して思いました。

その後「傾城恋飛脚」では、しつこい悪人に変わっているではありませんか。ちょっと頭のなかが混乱したのを覚えています。

藤十郎さんの文章を拝読し、もう一度「近鉄電車」に乗ってみたい・・と思いました。来年実現できるといいなぁ~♪

>冥途の飛脚の八右衛門
八右衛門の忠告を聴けない忠兵衛は「馬鹿な奴」(失礼!)で八さんは男気のある「いい奴」と思っていたこともありました。
が複数回観劇を重ねる内に自分の中に当初とは異なる「八さん像」が生じてきたのも事実です。

あっ~!!

途中で投稿されてしまいました(苦笑)。すみません、続きです。

養母の前で鬢水入れの件を黙っていてくれたのは「友情」からでしょうが、廓で衆人環視の中で忠兵衛の「懐具合」を話す(暴露か?)するのは、私はどうも合点がいきません。
忠兵衛の事を心配するのなら皆に知られない様店の主人にだけそっと耳打ちすれば済む話です。本当の友人だったらそうする様に私は思うのです。

廓は昔の社交場。ここでの「噂」は商売売にも影響(心中天網島にも廓での噂を心配する場面があった様に思います)しかねない・・のではないでしょうか?忠兵衛が激昂するのは、私には理解できます。

ただ、八さんの味方(笑)をする訳ではありませんが、彼の意見は至極真っ当。忠兵衛の梅川身請けは身代を潰す行為に繋がるのを八さんは充分過ぎる程分かっていて店(身代)の永続を第一義に奉ずる「大坂商人」として忠兵衛の行為は到底容認できるものではなかったのでは。それが皆の前での「忠兵衛の棚卸し」に繋がった・・と私は妄想(笑)しています。

結論から言うと八さんは忠兵衛の「友人」と思いますがただその「友情の表現」の仕方がいかにも「八さん」らしく一筋縄ではいかない「複雑」さがある様に感じています。それがこの人物に陰影を深みを与えているように思います。彼とお話してみたいです(笑)。

♪やたけたの熊さん

熊さんが八つぁんの論評をするというのも江戸落語ふうで楽しいです。
八右衛門の気持ちはよくわかるのですが、彼は教師には向かないタイプかと思います。真っ当なことを言いつつ、押し付けがましいところもあり。
私もしばしば同じ失敗をして、「教師には向かない」と自覚するのです。
メッセージの出し方は難しいです。
でも、八右衛門はどこまでも「悪」ではないですね。

♪戸浪さん

近鉄沿線は浄瑠璃の町が多いですね。三輪山、伊賀、阿漕、伊勢等々。
文楽とも長いご縁があり、沿線にお住まいの技芸員さんも多いですよね。
八右衛門の人物像、私もそうだと思います。真っ当なことを言いつつ、けっして聖人君子でも教育者でもない。そこにむしろ彼の人間味がある。
忠兵衛の琴線に触れない表現しかできない。
私は「河庄」の太兵衛も現行の『心中紙屋治兵衛』版より近松原作のほうが好きなのです。

近鉄沿線といえば、

行く先々に「南都銀行」の支店や営業所やATMがありますよ(笑)。

でも、南都銀行の「三輪支店」はJRの沿線なんですよねぇ。

♪えるさん

ありますね。奈良の人以外はあまり馴染みは多くないでしょうが。太夫さんが頭取の銀行は珍しいですね(ウソだって)。
やはりえるさんは敏感に反応されますね。「南都銀行三輪支店」の前に立つとうっとりして立ち尽くされるのでは?
「南都大夫」は先代綱師のお弟子さんの織部さんが一時名乗っていらしたのでしたね。

ぶははは。

少しでも奈良のどこかに縁があると、必ず、南都銀行とは顔を合わすことになるのです。バイト代の受取りとか、家賃の支払いとかね。

文楽に行くより先に南都銀行の方をよく知ってましたから、チラシを見て「ぷっ。銀行みたいな太夫さんがおる」と思ったものです。どの人なのかはずいぶん後になるまで知りませんでしたけど。

三輪支店には大家さんの口座がありまして、家賃を払うたびに目にしていました。大家さんご自身は桜井の方じゃなかったんですが、縁があったのでしょうか。ご家族の持ち物だったのかも。もう時効だから書くけど、ごうつく大家でねぇ! 

♪えるさん

ウーン、南都さんまたは南都さんと親しい技芸員さんがこのコメントをご覧になって吹き出していらっしゃるかも(笑)。

奈良のお客さん、多いですからね。
南都さんご自身は言われ飽きておられるでしょうね。

三輪さんも、悪徳家主の思い出と結びつけちゃってゴメンネ!

♪えるさん

南都さんに両替商、三輪さんに悪徳役人役は如何? これじゃ掛け合いになるか……。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/1805-27a69a03