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大正時代 

世間では話題になっているのかもしれませんが、個人的にはまったく気づいていませんでした。
今年は

    大正100年

にあたるのですね。
大正時代は99年前、1912年7月30日に始まり、1926年12月25日に幕を下ろします。ほぼ14年半ということになります。
しょっちゅう改元されていた平安時代に比べると長いですが、明治や昭和があまりにも長かったので間に挟まる大正は影が薄いようでもあります。
文楽の技芸員さんでは、今や竹本住大夫師匠が唯一の大正生まれ。私が文楽に接したころには明治生まれの方もいらっしゃいましたから、ほんとうに大正は短いですね。
ただ、個人的にはこの大正生まれの方が私にとっては

    ザ・文楽

の師匠方と言えます。
四世竹本越路大夫、四世竹本津大夫、五世竹本南部大夫、五世鶴澤燕三、四世野澤錦糸、吉田玉男、二世桐竹勘十郎、四世豊松清十郎、吉田作十郎・・・。
今思えばもっともっと何度も何度も見ておけば、聴いておけばよかったと思います。

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大正天皇の人物像についてはかなりぼんやりとしているように思います。発語障害があったとか、「遠眼鏡事件」があったとかなかったとかいろいろ言われているようでもあります。
学習院の初等科に入学する時に伊藤博文から贈られたランドセル(江戸時代にも背嚢はあり、オランダ語の「らんせる」という語も流布していた)が、学校かばんとして世間にはやるきっかけとなったとも言われているようです。
こういうエピソードはなんとなくほほえましいように思います。
またこの人は和歌や漢詩に才能があったらしく、45歳で亡くなった天皇としては傑出していたと言えるかもしれません。
天皇としては例外的に

    側室

がおらず、貞明皇后との間に4人の男子がいたことは知られるとおりです。学生にそんな話をすると、とても喜びます。学生はどんな事情があろうと「側室」なんて許しません。

大正生まれの人はなんとなく優雅な印象があるのです。
私が最初に勤めた短大の忘年会の時、カラオケで歌っている人に合わせて女性の手を取って踊り始めたのは大正生まれのベテランの先生でした。そのとき、横にいた昭和初めの生まれの先生が、「大正生まれは口うるさいけど、ああいうことできるんだよね」とうらやましそうにおっしゃっていました。
住大夫師匠の無尽蔵かと思わせるエネルギーも、口うるささ(笑)も、そしてなんといっても語りの中のあの色気もやはり大正生まれの真骨頂なのでしょうか。

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コメント

作十郎さん大正でしたか。

こうして見ると、私が行きはじめたころに中心となって舞台を支えていた方々が軒並み大正なのですね。

南部師匠はちょっとしか聞いたことがなくて、たぶんおかると阿古屋の2回くらいしか聞いたことがなくて、その2回を同じ人とは認識しなかったので勝手に増殖させていたくらいですが、「優雅」っていうと思い浮かぶのはあの声だなあ。残念ながらお顔を含めお姿はまったく記憶にありません。紋も知りません。単に、見なかったのかも。

訂正

もう中身みたらとうにお分かりと思いますが上の「あらー」というのはえるです。名前のところにタイトル書きました。

恐れ多くも他国の神様がネットなさってるわけではありません。

あらーさん

あらーさん。

ずいぶんお詳しい人が登場されたと思ったら、えるさんですか!

あらーさんも「だしまきの夕べ」に参加されそうなので、テーブルとイスのレイアウトをどうしようかと思案してました(笑)

♪えるさん

え! えるさんだったのですか! 全然気がつきませんでした(そんなわけねえだろ)。
私も南部師匠はそんなには知らないのです。南都さんが、稽古の時に張り扇を投げつけられたとかなんとか言われて、意外だなぁと思ったことがあります。
昭和一ケタの方はなんとなくシャイな気がするのですが、そうでもないでしょうか?

♪やたけたの熊さん

あらーさんだからだしまきのときは断食でもされるかと思ったのですが、そうでもなさそうですね。
近日中にだしまきの告知をしますので、またよろしくお願いいたします。

んもー

「2回しか聞いたことない(と思う)」、しかも「同一人物とは気づかなかったので2人に増殖させていた」と言うてるのにどこが「詳しい」んですかあ。

作十郎さんは「永遠の年齢不詳」という気がしてました。おいくつくらいなのか、見当さえつけられませんでしたもの。

♪えるさん

「あらー」さんに次いで今度は「んもー」さんかと思いました。
作十郎さん(ご本名でしたよね)は、たしかに年齢不詳でした。玉男師匠とひとつ違いでしたね。

えーーーっ

<ひとつ違い

私ねえ、作十郎さんってなんていうか「お人形さんみたい」とも思ってました。あんなかしら、いかにもありそうでしょ。

あと、白が似合うとも思ってました。夏の着付になったら男ぶり5割くらい上がるんですもん。

そうそう、人形遣いさんのはずなのに(もちろんお会いしたこともご挨拶したこともないのに)、私、お声を存じ上げてるような気がします……

♪えるさん

今度は「えーーーっ」さんですか。
えべっさんの親戚みたいですね。
ああ、なるほど。「夏祭」で三婦なんて遣っていらっしゃるとよく映りました。
作十郎さんは舞台で時々左遣いさんに声を出して指令されていた(お小言をおっしゃっていた?)のでそれが聞こえたとか?

着付は

夏物で男ぶりの上がる人もいれば、黒紋付の方がよかったって方もいらっしゃいます。大半の方はどちらも大差ないんですけど。

白で点数が上がるのはあの方とあの方とあの方と。早く黒に戻そうねと思っちゃうのはあの方とあの方とあの方と……。

そういえば、まっしろじゃなくて淡いグレーや淡いベージュなど、かすかな色の入った夏物でおしゃれをなさってる方もおられますね。

作十郎さんのお声は、

「うあっ」というようなのと「ふんっ」というようなのが記憶に残ってます。自分が叱られているかのように縮み上がりました。

そんな前列に座ってたわけじゃないんですが……(さすがに2等ではありませんでしたけどね)

♪えるさん

観察が細かいなあ。しかも「あの人とあの人と」って批評眼も鋭い。作十郎はんのお声は、例えば師直が大笑いに入るときにも出されていたと思います。

批評眼ではなくただのミーハー心です。まあ、芸そっちのけで着付姿をあれこれ言うなんて邪道なのだろうとは思いますが、ま、夏だけの楽しみということで。

作十郎さん、口あき文七の印象強いですね。

♪えるさん

例の「どこ見てんねん鑑賞法」ですね。
口アキもいろいろ持たれましたね。でも大判事、平作、久作、孫右衛門(新口村の)など、味のある役もかなりなさいましたね。

口あき

そのね、並ぶとね、ちょっと似ているんですよね(ぼそっ)。

♪えるさん

私の印象、記憶では、作十郎さんは無表情なのに人形によって表情が異なった(変な言い方ですが)のです。
時平なら怖いまま無表情で、平作なら情けないまま無表情。やっぱり変な言い方ですね。

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