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初老 

ずっと続けている歴史エッセイの次のテーマを

    初老

にしようと考えて構想を練りつつあります。
今、初老というと何歳くらいからになるのでしょうか。「村の渡しの船頭さんは今年六十のおじいさん」ですから、少し前なら60歳は立派な初老だったはずです。しかし今や「老」にあてはまる60歳の人は少ないのではないでしょうか。特に文楽の技芸員さんはそうですね。60歳からが華ですし、86歳で現役バリバリの方もいらっしゃるのですから。

しかし、私の書くものは平安時代中期が素材になりますので、初老といっても

    40代

です。四十の賀を済ませて、そろそろ孫ができる年齢。書こうとしているのは孫が2人できた45歳(数え歳)の藤原道長です。病気がちながら、まつりごとについてはまずまず順風満帆。その秘訣は政敵の扱いがうまかったことではないかと思います。その年の冬の初め、10月1日に漢詩の会を持っており、その題は「秋尽林叢老(秋尽きて林叢老ゆ)」でした。季節をテーマにしていますが、いくらかでも我が身によそえられたのではないかと思います。

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織田信長は政敵の扱いを歴史に学ぶべきではなかったか、と思います。いや、部下の扱いかな。
下剋上の時代、「敵は本能寺に」と、いつ寝首をかかれるかわからないのに、明智光秀の扱いはあれでよかったのでしょうか。

    絵本太功記

は、東照大権現として神格化された家康らの「主君」への絶対的な忠義という、いわば江戸時代的な価値観を前提にしていて、それが光秀の母さつきの考えに反映しているように思います。
その価値観に合わない光秀は時代遅れとも時代を先取りしていたとも言える人物のように感じます。そして、眉間の傷を抱えて誰からも孤立して行きます。
彼がもし老人なら親は既におらず、若者ならあそこまで主君にいじめられもしなかったでしょう。
藤原道長よりもさらに「初老」の言葉が似合う、

    50代

の光秀。
責任も自負も見識もあるのに、どこか不器用な彼の生き方はなんだかとても切実で胸に響きます。吉田玉女さん、57歳。光秀の気持ちをしっかり捉えられる年齢での大役です。

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