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文楽の字幕 

この記事もかなり前に書いたものです。
ちょっとタイミングがずれた気もしますがそのまま掲載します。


文楽は大阪公演でも東京公演でも字幕が出ます。
これについては当初予想通りの反発があり、今なお不要論も絶えません。
ただこれから文楽を見る人にとっては

  字幕があって当たり前

で、なくなると「復活してほしい」という希望が寄せられるのではないでしょうか。
大阪と東京では字幕に違いがあります。大阪は一文字の部分、つまり舞台の上、真正面の黒幕の部分に横書きで出ます。
一方東京では左右2箇所。床の上の辺りと下手側のその対称の位置に縦書きで。


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先日東京で字幕をいくらか眺めながら、ふと気づいたことがあります。
歴史的仮名遣いを用いていたのですが、これが

    かなり正確

だったのです。
そんなの当たり前でしょう、とお思いになるでしょうが、そうともいえません。
江戸時代になると仮名遣いはずいぶんいいかげんで、その「いいかげんさ」が今なお太夫さんの用いる床本の基準になっているようなのです。
それは別にかまわないのですが、大阪ではその仮名遣いをそのまま字幕にも出しています。
たとえば、

    追ふて行く

正しくは「追うて行く」です。
しかし太夫さんは床本にはたいてい「追ふて行く」と書いています。
それが東京ではきちんと歴史的仮名遣いどおりになっているのです。
で、プログラムについている「床本」を見ると、これもかなりきちんとしたものです。
大阪のプログラムについている「床本」はやはり「追ふて行く」の形。
また、東京は漢字もかなりわかりやすくなっているのですが、大阪の字幕は当て字もそのままにしているところがあります。

こういうところにも大阪と東京の微妙な違いがありました。

私は、この字幕を見る人が求めるものから考えると

  ●歴史的仮名遣いとして正しく表記し、漢字は当て字をやめて
   一般に通用するものに統一する
  ●現代仮名遣いを用いて、常用漢字程度で表記する

のいずれかでいいんじゃないかと思っています。
字幕の役割はその程度なのではないかという考えです。

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コメント

>藤十郎さま
先日国立小劇場で字幕ありますかと尋ねて田舎もんを露呈してしまいました。おー縦書きやんか。確かに旧仮名遣いの横書きはミョー。さすがお江戸,文部科学省のお膝元とか適当なこと考えてましたが,あながち外れていないので自信持ちました。
要不要論にはきっと参加するまいぞ。でございます。

そうなんですね

藤十郎さま
お早うございます。
字幕の東京と大阪の違いって知りませんでした。そういうのもあるんですね。字幕はわかりやすいものである方が良いですね、大夫さんの発音に近いものが良いと思います。ですが、筋書きは、歴史的なものにして、ルビを振る、というのが良いように思うのですが、いかがでしょうか?

>おとみさん

東京はやはりきっちりしていて、大阪のいい加減さは国立にもあるんだな、と思ってしまいました(大阪のいい加減さはけっこう嬉しかったりもするのですが)。
受験勉強するわけではないので、どちらでもいいようなものですが(笑)。
ただ、当て字は面白いのですがせめてルビくらい振らないとあれを頼りにしている人はわからないかなと思ったりするのです。
ルビは「今日の時宜(しぎ)」のように( )内に入れる方がいいですね。字が小さくなりますから。
国立小劇場は狭いので字幕のスペースもなかなかないのですね。

>rudolf2006さん

いつも朝お早いですね(笑)。
「観音様をかこつけて」など、(くわんのんさま)とルビを振るとしゃれてるかもしれませんね。
太夫さんの中には「かんのんさま」と発音してしまう人もいるようですが、織大夫(現・綱大夫)さんがきれいに「くわんのんさま」と発音していたのが忘れられません。rudolf2006さんのおっしゃる「大夫さんの発音に近いもの」でいくなら、ぜひそういうルビの振りかたがいいですね。
字幕の可否よりも、字幕を見る人の使いやすさを考えるべき時期に来ていると思っているのです。

うかつ

藤十郎さん
超アバウトな私、大阪と東京の字幕表示の微妙さ、気付きませんでした。(笑)
>字幕の可否よりも、字幕を見る人の使いやすさを考えるべき時期
そうかも・・です。
>きれいに「くわんのんさま」と発音していた
↑これとても大事な事だと思います。
それと鼻濁音、私も含めて話せなくなってきた昨今、浄瑠璃の世界では留意して語っていただきたい、と切に思いますね。

そういえば勘平腹切の綱大夫、床本と語りが微妙に違う箇所がありました。
(字幕は見ていないので、字幕には表示してあったのかも?しれませんが)
私が聞き違っている場合もあるのでその時は、平にお許しを。

*床本「いかなる天魔が魅入りし」
*綱大夫「いかなる天魔が魅し」

その後の「涙を浮かべ」は
綱大夫は「浮か
と「め」に近い音。

それと「いれ事」でしょうか?「お身はどうしたものだ」というのがあったように記憶しています。
文字で書いてしまうと↑ですが、音遣いは非常に微妙な表現でした。
ただ太夫の語る通りに字幕を「表示」するとなると文字で表現できにくい「微妙な音遣い」はどう表記するのか?チト気になるところ・・・ではありますが・・・。

さすが綱大夫

綱大夫さんは鼻音が非常にはっきりしていますね。
鼻濁音だけでなく「n」音も。
鼻濁音は私が大学で担当している「朗読演習」という講座でもちょうど今日話をするところです(笑)。「さりながら」なんて、鼻濁音だときれいです。
「魅入れし」は原作を見ると「見入し」とあって、「見」の右下に小さく「れ」と送ってありました。
「鋭き眼に涙を浮かめ」も原作は「め」ですし、これは「め」のほうがいいと思います。さすがに綱大夫さんだと思います。
「勘平、コレサ勘平、御身はどうしたものだ」ですね。実は私はこれが入るのが当たり前だと思っていました。
たしかに「床本」には(原作にも)ないんですね。亡くなった津大夫さんは「御身は(おみゃ)どういたいた(致いた)ものだ」とおっしゃっていたような気もするのですが、ちょっと自信がありません。

久しぶりでございます。

国立能楽堂に字幕がつくようになりました!ホントに嬉しいでイッパイです。

能楽堂へ行くのが楽しみが増えました!
聴覚障がい者にもわかってほしいですね!

>こばやん さん

お久しぶりです。
座席につくんですね。英語も出ると聞きましたが。
一度試してみたいと思っています。

静かになればいいです。

はじめまして。
今更ですが、字幕不要論者です。
初心者ながら、浄瑠璃は話の内容がわかる程度には聞き取れているもので。
それに字幕で済むんなら、何のために太夫さんも三味線さんも汗だくになって熱演してはるの?と思ってしまうのです...
しかしながら、素浄瑠璃の会においてさえ、客席でガサガサとページをめくる雑音が騒々しい今日この頃、字幕もアリだな、と先日納得した次第。
東京では床の上あたりにでるので、人形よりも床のほうをなぜか熱心に見てしまう私にはチト邪魔ですが(笑)。
やはり大阪がよろしいです。
アバウトなところもまたよし。
ところで、床本というものは元来、太夫さんが師匠のものを自分で書き写していたと聞いておりますが、太夫さんによって詞章が違うことがあるのではないですか?院本と違うことも多々あるようですが、字幕を作る人はすべて確認しているのでしょうか。だとしたら大変ですね。
学術研究じゃないんだから、語っている内容が分かればいいんじゃない?と思いますが...
藤十郎さまのおっしゃるとおり、字幕の役割ってその程度ですよね。
とすれば、私としては太夫さんに忠実な(?)大阪式で行ってもらいたいです。そのほうが『義太夫!』って感じがすると思うんですけど...なんかアバウトだな(笑)

>光好さん

はじめまして。
コメントありがとうございます。
いろんなかたのご意見をうかがえてとても嬉しいです。
床本は伝統的に自分で書くんですね。もちろん代々受け継ぐ本もありますが、原則的には今でも書くようですね。
微妙な違いはもちろんありますし、それがまた面白いところです。
「すしや」の冒頭を「つるべ鮨屋の弥左衛門」というか「御鮨所の弥左衛門」というかなども。「御鮨所」は十九大夫さんで聴いたことがあります。
「太夫さんに忠実な」というのは文字もですか? たしかに独特の当て字があると義太夫だなっていう気もするんですけどね。「追ふて行く」もまたよし、でしょうか。

字幕について

こんばんは。
字幕あれこれでござますが、ここまできたら後戻りはできないでしょうね。
かといって、ほんの少し前は字幕なしが当たり前でしたから。

でも、ずっとこの状態が続くと、字幕がなかった頃の感覚が、消えてしまうかも知れませんね。
私は、なるべく字幕見ないようにして、分からないなりに聞いているのですが、時として浄瑠璃の文字が舞台に浮かぶような感じを受けることがあります。とても変な表現ですが。

1公演で、せめて数日は、字幕なしの日があってもいいと思います。観客も技芸員さんも微妙な「勘所」を保っておかないと、と思うのですが。

後、お手軽で面白い単語解説冊子作って欲しいですわ。漢字読めても意味分からないという状況をフォローするためのものですね。

>あやりんさん

私もなくていいとは思うのですが、学生などを見ていると仕方ないかなという気持ちにもなります。
イヤホンガイドが無料で借りられるなら学生などそれを使えば必要ないだろうと思うのですが…。
忠臣蔵の「通さん場」にあやかって、「字幕使わん演目」があってもいいかなと思ったりもしますが、現実としては難しいでしょうね。
いったん始まってしまうとなかなかやめられないでしょうね。
単語解説冊子、というのはその公演の演目ごとにですか?これも無料配布ですかね。
よければ私が作りますけどね(笑)。

字幕(2)

字幕は
>いったん始まってしまうとなかなかやめられない
そうでしょうねぇ。能楽堂の「新方式」は来月早速「体験」してきます。

イヤホンガイドが無い頃に歌舞伎・文楽デビューした「婆首」の私には隔世の「感」。イヤホンガイドも当初はあれこれ言われておりましたが、今は「観劇の友」としてすっかり定着したように「字幕」も文楽公演のスタンダードになるのでしょうねぇ。いささか複雑な心境ではありますが・・。

個人的にはあやりんさんがご提案のように「字幕なし」の日を設けて下さると嬉しい~~ですが難しいでしょうねぇ。

>単語解説冊子
浄瑠璃には死語や難しい「漢語」が出てきますよね。私は「原作」みたり「辞書」をくったりしてますが、あると便利かも?! 藤十郎さん「バカ売れ!!」かも・・ですよぉ(笑)

>戸浪さん

能楽堂は、私も次回東京に出かけるときのスケジュールに入れてみようかと思っています。
イヤホンガイドなんかありませんでしたねぇ。今は過保護です。「分からなかったら自分で考えてみろ、何回も聞いてみろ、そのうちに分かる」という論法はダメですかねぇ。
字幕もイヤホンガイドもない緊張感ある客席から「じわ」が生まれるような気もしますが。
「単語解説冊子」、売れるような本ならもっと偉い先生に書いてもらわねばなりませんね(笑)。

続字幕について

いったん始まったらやめられない、かも知れないですね。

しかし、トライアルで限定復活してみてもいいと思うのですけどね。
字幕のある楽しみ、字幕のない楽しみ。それぞれの楽しみ方があると思います。
一律復活しなさい、とは言いません。数日でいいのです。
チケット買うときには、事前に「この日は字幕ありません。ご注意ください」と告知できてればいいのじゃないかな?
物理的には、スクリーンの電源きればいいんだから簡単(きっと)。

解説本は生徒さんに書いていただいても面白いでしょうね。
若い人たちの感性で、文楽の言葉を現代の言葉に置き換えていただく。
(例:「胴欲じゃ」=「ひっど~い(T_T)」)
もちろん、藤十郎さんの監修で。
いいなあ、どうでしょう?
イラストつけて。売れないかな?

>あやりんさん

さしづめクラシックラガーですね(ちょっとちがうか…?)。
学生に作らせたら、大阪の子ですから
「胴欲ぢや=えげつなぁ」
「そりや、きこえませぬ=んな、あほなぁ」
になるかもしれませんが、よろしいですか?(笑)

そしてイラストは

お園さんなのですよね。(笑)

>mayaribeさん

↑私もそう言おうかと思ったのですが、遠慮しちゃいました。
でもそうなったらツチ子大夫さんには文章書いてもらわないとね。

字幕について

はじめまして。藤十郎さんのお名前はかしまし娘さんや、ツチ子さん・
お園さん宅で拝見してました。
大阪のが横書きとは知りませんでした。多分大阪で観た時はまだ字幕が出る前だったかと(苦笑)
字幕は 私はあってもなくてもいい派です。文楽を見始めた時は 当然(?)字幕のない時代でしたので、床本に目をちらちら落としながら観るスタイルが身についてしまったものですから・・・床本をめくる音、ページの変わり目だけのことだし、当初はそれが普通だったので今まで気にしたことありませんでした。そっか、耳障りに感じる方もいらっしゃるということですね。

>あいらぶけろちゃんさん

はじめまして、だったんねですね。
私もお名前はよく存じておりますのでまったくはじめてとは思っていませんでしたが(笑)。
あらゆるお芝居がお好きなんですね。
実は私はあのページをめくる音が結構好きだったのです。あれはあれで劇場の雰囲気だなと思ったりして。
でももちろん不愉快な方もいらっしゃるはずなので、やはり字幕へと移るのは必然的なことだったのでしょうか。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

文楽に字幕があるのが当たり前になってます

昨年9月の文楽デビューだった私には電光掲示板の字幕があるのが当たり前なのでございます。耳と目から義太夫を楽しめることから一気にハマったのでした。字幕があればイヤホンガイドなしで楽しめるのがよかったです。勉強も目と耳の両方からインプットするとよく覚えられたという経験があるのでこれは私に向いていたのです。字幕によって敷居を低くしていただける効果があるし、鑑賞方法が多様になるのはいいのではないかと思います。。
>「分からなかったら自分で考えてみろ、何回も聞いてみろ、そのうちに分かる」という論法はダメですかねぇ.....これだと厳しいですね。私など幅広く鑑賞したいので文楽ばかりに絞り込めず、何回も聞く余裕がございません。
「仮名手本忠臣蔵」では文楽では初めてイヤホンガイドも利用しました。舞台を観て床を観て字幕も読んでイヤホンガイドも聞く.....これは寝る暇がなかったです。寝てしまうとチケット代が勿体ないと思ってしまう私としてはこれは重要です。
お能は一度観ましたが、やはり眠気に勝てなかったです(^^ゞ国立能楽堂にも字幕装置が入ったので行ってみたいと思うのですが、椅子席についているというのがちょっと不安。そろそろ目のピント機能が衰えてきているので、舞台と椅子の字幕装置とを行ったりきたりだと目に負担なのではないかということです。もうひとつ心配なのは自分が利用している時にお隣や後ろにいる方の目に画面の光が入って邪魔になるのではないかということです。以上2点に問題があるようであれば椅子席につける方式はあまり広げていただきたくないです。
字幕なしの日をつくる案はいいと思いますが、東京は休日のチケットをとるのが大変なので字幕なしの日が休日があるとさらに狭き門になるのがちょっと困るというのも本音です。
6月に字幕について書いた記事がありますのでURLを書かせていただきます(画像も含んで書いてます)ので、お目通しいただけると嬉しいです。
http://blog.goo.ne.jp/pika1214/d/20060615

>ぴかちゅうさん

詳しくご意見くださってありがとうございました。
いろいろうかがうのはとても面白いです。

>目のピント機能が衰えてきている

私もちょっとつらいかも。
とにかく一度体験してみないとっていう感じですね。

地方公演などでは字幕サービスはまだまだ難しいでしょうが、実は地方公演こそ必要かもしれません。

>ひかちゅうさんー追伸

字幕についての詳細な記事拝見しました。
歌舞伎にも入ることがあるんですね。
知りませんでした。

字幕のある時

「字幕のある時」を数日設けて欲しいですね。ものスゴイ、年齢層が高くなったりして。ハハハ。
字幕がついて、イヤホンガイドを借りる人が減ったかも?と思ったりしてます。実は、私と母は字幕が付いたらやめました。イヤホンガイドにお世話になって約7年くらいかな?。最初は色々と教えてもらう事も多かったのですが、最近は太夫の語りの時にも、イヤホンが語ることにイライラし始めていたんです。文楽ってズ~っと語ってるんだから仕方ないんですけどね(笑)
私、床本をめくる音が好きでした。しかも、大阪って大きかったしね。なんか「それ~!」って感じの勢いがあって(笑)
太夫&三味線はどう感じていたんでしょうね。「風物詩」くらいに考えて、気にしていらっしゃらなかったりして。太っ腹だ~!

>かしまし娘さん

そういう日は『551のぶたまん」をサービスしたいですね(関西限定ギャグ?)。

>字幕がついて、イヤホンガイドを借りる人が減ったかも?

実はこれをずいぶん気にしていたのです。イヤホンガイドって外注でしょ?
イヤホンガイド利用者には不便にならないかな(たとえば「単価が上がる」)とも思うのですが。

私も床本パラパラはほほえましく思っていました。
受け止め方はいろいろなんでしょうね。

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