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書けない原稿 

藤原道長の40代の頃についてあれこれ史料を読むことが多いのです。
当時の40代というと、子供は成人して、孫もいるのが普通。道長も数えの

    43歳

で祖父になりました。
その孫は、娘の彰子が中宮となって産んだ、天皇の子でした。やがてこの子が即位すると道長は外祖父としてさらに強固な権力を確立することになります。40代という年代は、今は「中年」と意識されているようですが、この当時はどうだったのでしょうか。
長寿の祝い、とまでは言わなくても、

    四十の賀

をした時代ですから、今でいうと還暦くらいの感覚でしょうか。

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寛弘七年(1010)九月晦日、45歳の道長は物忌みのため屋敷にこもり、

    下臈の男

たちとともに漢詩を詠みました。下臈といっても漢詩の得意な者たちだったのでしょう。題は

    秋尽林叢老

というものでした。「秋尽きて林叢老いぬ」。秋が終わり、木草は冬を迎える姿ですが、それを「老いぬ」と言ったのですね。
このころ、道長は痢病を患っており、必ずしも元気ではありません。そんな時にこういう題の詩を詠み、さてどんな心境だったでしょうか。あるいは自らの老いを重ねる気持ちもあったかもしれません。

    初老

の実感ですね。
そういうことを素材にして文章を書こうとしているのですが、私もまた道長以上に元気に乏しく、思うようにはかどりません。
うむむ、これが忍び寄る老いの正体なのでしょうか。

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