吉田玉男師匠ー逝去 

文楽人形遣い

    吉田玉男師匠

が24日午後0時12分逝去されました。
87歳。
忠臣蔵の千秋楽を見届けるかのように、などというのはきれいごとでしょうか。

実はまだ気持ちが整理できないくらいで、ここにも何を書けばいいのかわかりません。

とにかく、私が文楽を見始めた時から玉男師匠が人形の座頭の位置にいらっしゃったので、何かこれで私の文楽も終わってしまうのではないかと、妙な動揺を覚えます。

続きが書けそうになったら書きます。とりあえず。



下に続けます。

かなり動揺してしまいました。

私は二代目吉田栄三師匠(昭和49年死去)は舞台で拝見したことを覚えておりません。
最初から玉男師匠が人形の座頭でした。
当時のトップクラスは玉男、勘十郎(先代)、亀松、玉五郎、清十郎、簑助、文雀、作十郎、文昇……という方々だったと思います。
ご健在なのは簑助・文雀両師匠だけになってしまいました。

玉男師匠の印象に残る役? 数えたらきりがありません。

大星由良助、知盛、熊谷、弥陀六、実盛、松王丸、光秀、樋口次郎、安部貞任、勝頼、俊寛、景清、菅丞相、白太夫、政右衛門、盛綱、六助、十次郎、十兵衛、忠兵衛、徳兵衛、治兵衛、半兵衛、長右衛門、権太、良弁、保名、大判事、久我之助、求馬、伊左衛門、又平、駒沢次郎左衛門、十次兵衛、合邦、久作、園部兵衛、団七、義平次、福岡貢、おさん、葛の葉、岩手、お吉、尾上……。
「新版歌祭文」の小助や「桂川連理柵」の儀兵衛のような役も面白かったですね。
文雀師匠から伺ったのですが、「封印切」の八右衛門を玉男師匠遣われたことがあって、これがとてもよかったとおっしゃっていました。
まだまだありますが……。
エピソードもいろいろ伝えられていますし、芸談は国立劇場の上演資料集に森西真弓さんのインタビューで連載されていました。

襲名とか引退披露とか、派手なことは苦手だとおっしゃって、初名の玉男をこの九月の番付に残されたまま亡くなりました。

かっこよくて、明るくて、ユーモラスで、謙虚で…。
楽屋口では女性ファンに囲まれて握手攻めのお姿をよくお見かけしました。

コメント

 玉男師匠が死去された、というニュースを知り、驚いています。
 そして、ものすごく寂しくなりました。
 私が、文楽劇場で、初めて文楽の公演を見た時の演目は、「夏祭浪速鑑」でした。正確な年は、忘れましたが、夏休み公演です。その時、三河屋義平次を文雀師匠が、団七九兵衛を玉男師匠が遣っておられました。それを、今でも覚えています。
 玉男師匠の、御冥福を、お祈り申し上げます。

今知りまして

本日午後、と知り、とりあえず急いでこちらに来ました。

すごく恐ろしいような心細いような怖いような気分になっています。
私も何を書いているのやら…すいません。

夕刻のニュースで知りました

>藤十郎さま
奇しくも仮名手本忠臣蔵千穐楽の日に…という思いはワタクシも同じ。少しでも救いを見出そうとする藤十郎さまのおこころに共感致します。
ご冥福をお祈り致します。
>何かこれで私の文楽も終わってしまうのではないかと、妙な動揺を覚えます
喪失感は図り知れません。言葉を失います。お待ち致しております。

先程知りました

藤十郎様
いつも拝見しております。
亡くなったのがまだ信じられず呆然としております。
公演後に2Fロビーで飄々としたお姿で、ニコニコされていました。
初めて観たのが玉男師匠が遣っておられた徳兵衛、美しい姿が目に浮かびます。

>新谷さん

早速のコメント、ありがとうございます。
覚悟していたこととはいえ、やはり悲しいですね。
今は頭の中をぐるぐる玉男師匠が回っています。

>mayaribeさん

私もかなり動揺して、どうしようかと思いました。
父をなくしたような気持ち、というのは師匠に失礼かもしれませんが…。

>おとみさん

昨年夏の長右衛門を思い出します。正直言って痛々しいほどでした。

思い出は尽きませんね。

>唐織さん

おひさしぶり、ですよね。

ほんとうにロビーでは飄々とした感じで明るく振舞っていらっしゃいましたね。
よろしかったらいろいろ思い出を書き込んでください。

ご冥福お祈りします

ニュースで知り、ただただ驚いております。きっと、また、舞台に復帰してくださるものと信じていましたので....
思い出の舞台はつきませんが、そこにいるだけで存在感のある玉男さんを見ると、芸の力は凄いな、と思います。
気のせいかも知れませんが、舞台からよく玉男さんの視線がとんできたように思います。でもきっと皆さんそうなのかも知れませんね。
悲しい、寂しい気持ちです。

たくさんの素晴らしい舞台や芸の力が見られたこと、感動をいただきありがとうございました。心より感謝申し上げるとともに、ご冥福をお祈りします。
合掌。

>あやりんさん

舞台上では人形を見ずに、ほとんど一体となっておられたように思います。
変な言い方ですが、出遣いでも黒衣姿のような存在でした。
それほどに人形の生きた影として活躍されたのだと思います。
たしかに、感謝の気持ちばかりですね。

悲しい

夜のTVニュースで知り本当に驚き悲しみがこみ上げてまいりました。初めて文楽に接した30数年前、玉男師匠は既に人形トップでした。文楽観劇を再開してわずか8年程の短い月日でしたが、藤十郎さんが挙げて下さったお役の幾つかを拝見できたのは無上の喜び&幸せ・・・です。師匠、本当にありがとうございました。そしてお疲れ様でございました。合掌。

脱力してます

藤十郎様、まいど!
いつかは…いつかは…と思ってはいましたが、やはり現実の事となると予想以上にショックですね…。脱力してます…。
脂がのっている頃の玉男さん時代に文楽ファンだった友人が、「いい男だったよ〜」とよく言ってました。
私は老齢になられてからでしたが、舞台での姿を観ることが出来て幸せ者です。
今月の舞台もそうでしたが、これからは、事ある毎に「玉男さんなら」なんて事を考えてしまうのでしょうか…。
ちょっと自分でも考えをまとめられなくて支離滅裂だ…。とりあえずTBさせてもらいました。

>戸浪さん

戸浪さんも長いファンでいらっしゃいますよね。
立役で言えば、玉男・勘十郎(先代)時代から玉男時代、そして次の世代が育ちつつある現代まで、本当に長らくご活躍でした。
君臨してしまわずに次代を育てることにも大変なお力だったと思います。
「鎌倉」で三浦母を遣われた時、周りの人形にじっと目を配っていらしたお姿も思い出します。

>かしまし娘さん

私が拝見したのは師匠50代の頃からですが、かっこよかったです。勘十郎師匠としのぎを削るいい男でした。

高齢になられてからもかっこよさは失われませんでした。かしまし娘さんもすてきな玉男師匠をご覧になっていますよ。

多くの後進を育てられ。

玉男師匠は、玉女さんはじめ、多くの後進を育てられました。四世・越路大夫師匠ともども、文楽を育て発展させるため、力を尽くされたと思うと、ただただ頭が下がるばかりです。

しばらくは劇場に行っても、玉男師匠が揚幕から出遣いで、出てこられるような錯覚をするように思います。

残念です

玉男さんを初めて見たのは、NHKの特集番組「人間国宝ふたり」でした。大阪放送局の制作だったこともあり、そのころ文楽を何も知らない私は、大阪でしか公演をやっていないものと思い込んでいました。
昨年の12月から突如文楽にはまってしまってからは、いろいろな人が玉男さんに関して書いている文章を読んだり、写真集を買ったりと、一度でいいから舞台を拝見したいという思いだけでした。
舞台に立っていらっしゃらなくても、文楽に関わる(ファンも含め)皆さんの気持ちの支えだったのでしょうね。
ご冥福をお祈りいたします。
皆様の玉男さんの思い出話を拝見するのも、悲しいけれどありがたいです。

文楽はほとんど見たことがない私でも、テレビでのお姿や記事を通して、気品のあるお姿は知っています。
 書き込みの早さ・多さで、その存在感の大きさの一端をを教えて頂いたように思います。

>やたけたの熊さん

そこですね。
単にお弟子さんが多いというだけでなく、若手の会の指導もなさいました。
十色会も、玉男簑助両師匠が厳しく稽古なさってあそこまで成長したのです。
これは十色会のリーダーの人形遣いさんがおっしゃっていたことです。
また、文楽を広めるためならいろんなところでいろんな事をやって来なさい、お弟子さんたちにも勧められていたようですね。
後日記事にしますが、私は舞台上でも素晴らしい指導をなさっていたように思っています。

>mainaさん

亡くなった方のお話をするのは本当に悲しいし、また他人が勝手に話すわけですから、場合によったら故人に失礼があるかもしれません。
でも、話さなければいられないほど大事な人だったのだということでお許しいただきたいのです。
mainaさんは舞台ではご覧にならなかったとのことですが、私の教えている学生も同様で、さあ、これからどのように伝えようかと思っているところです。

>野崎小唄さん

今日お目にかかったとき、そのお話をしようとなさっていたのでしょうか?
私が聞こえなかったので失礼しました。
玉男師匠は我々の勤務先の近くにお住まいだったのですよ。

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この上のコメントを下さったM様。よろしければ一度左側のメールフォームからでもメールをいただけないでしょうか?
からメールでもけっこうです。お礼申し上げたいこともございます。

本当に大きな星が;;

藤十郎さま
初めまして、私のブログにコメントありがとうございます。m(_ _)m

私も、津太夫さん、越路さん、勘十郎さん、玉男さんが元気であった頃から見ておりました。みんな亡くなってしまわれました;; 鴈治郎はんも延若さんも、仁左右衛門さんも…;;

本当に寂しいです;; 残っておられる、住太夫さん、文雀さん、出来るだけ長生きして、良い藝を見せて欲しいですね。

玉男さんが、「探偵ナイトスクープ」という関西の番組で、確か小学校の同窓会を二人でするというものにも出ておられたのを今、懐かしく思い出しています。大阪の味を色濃く残している芸人さんが亡くなっていくのが、本当に寂しいです;;

>rudoさん

私も河内屋さん、好きでした。
仁左衛門とおっしゃるのは十三代目ですよね。私の「理想のおじいさん像」
です。
こうしてみると大阪・京都らしい、色の濃い人がずいぶんいらっしゃいましたね。

探偵ナイトスクープ

rudo様、初めまして。かしまし娘と申します。
藤十郎さん、横入り失礼します。
>玉男さんが、「探偵ナイトスクープ」という関西の番組で、
「文楽に連れてって!(田中マリコ 著 青弓社)」という本で、そのエピソードを知り抱腹絶倒しました。
同窓生の方の「人間国宝の頭を叩きたい」というお願いでしたね。
玉男さんって楽しい方だな〜。OA見たかったな〜。と悔やんだのでした。

天神さま

玉男さんの写真集の中で、菅原道真の人形を遣って梅の木を植樹していらっしゃる写真がありました。
あの写真がとても好きで、玉男さんが出演されないかもしれないけれど、「菅原伝授手習鑑」楽しみにしてました…。

>mainaさん

菅丞相は貫目の必要な特別な役ですよね。
次は誰が遣われるのか、ちょっと見当たらないような気がしてしまいます。

こんにちは

先日はブログにコメントを残して下さってありがとうございます。
色々な役を観てられるのですね・・・私も少しだけ観られただけでも良かったのかもしれません。

今になって思うことは、もっとちゃんとしっかりと観ておけば良かったと。

>ねもさん

突然訪問して、あつかましくコメントまで書いちゃいました(笑)。
これからどうぞいろいろご覧になってください。
文楽は不滅です!

遅ればせだけど

当日夕方のニュースで短く報道され、
え?と思って、ネットで見てもまだどこにも
のってなくて・・。
「玉男さんと簑助さん」お2人そろっているのが
とっても好きだったのですが。
この2〜3ヶ月、ほんとにバタバタしてて考える間もなくて、
いまふと立ち止まってみてます・・。
ナイトスクープもよく覚えています。

>yayoiさん

稀代のゴールデンコンビでしたね。
ああいう息で「お初・徳兵衛」や「梅川・忠兵衛」や……が今後誰によって演ぜられるのでしょうね。
今月30日が文楽協会葬だそうですね。

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文楽人形遣い「吉田玉男」逝く

ついに…

  • [2006/09/25 08:50]
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おくやみ:吉田玉男さん死去

文楽人形遣いの吉田玉男さんが24日午後0時12分、肺炎のため、7月末から入院していた大阪市の病院で死去されました。以下、関連記事になります。

  • [2006/09/27 00:40]
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