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吉備大臣(2) 

吉備大臣入唐絵巻はとにかくユーモラス。
唐人は次に「才はあっても芸はあるまい」と言って、吉備大臣に

    囲碁

を打たせようとします。これも鬼が教えてくれたので、吉備大臣は囲碁について殿上人の組入を碁盤に見立てて作戦を練ります。
翌日、囲碁の名手がやってきます。
相手も名手、吉備大臣もしたたか者です。互いに譲らず、勝負がなかなかつきません。そこで吉備大臣は相手の黒石を一個飲み込んで、勝ちを収めます。卑怯ものと言われるかもしれませんが、彼は全く囲碁を知らなかったのに一晩勉強しただけで名人と互角の勝負をしているのです。文選の時も盗み聞きしただけで理解しましたが、実に優れた才だと言うべきではないでしょうか。

しかし、どうもおかしいぞ、ということになって唐人が占いをすると、吉備大臣が飲み込んだという結果が出ます。飲み込んだものは出させればいい、というわけで、「かりろく丸」を飲ませて、尾篭な話ですが、

    下から出そう

ということにします。
ここの絵がまたケッサク。出すものを出してきた肌着姿の吉備大臣がみつめている方向に、唐人が3人地面を見ています。一人は見たくないものを見るのはいやだとばかりに手をかざすようにして目を半ば隠し、一人は袖口で鼻を覆い、もう一人に至っては鼻の穴に指を突っ込んでいます。要するに、吉備大臣の排泄物を調べて、黒石を探しているのです。
しかし吉備大臣は腹中に碁石を留めて出さなかったのです。

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一応絵巻はここまでなのですが、『江談抄』や『吉備大臣物語』によって、このあとの話がうかがえます。
唐人たちはかなり頭にきて、今度は宝志という僧に命じて難しい詩を書かせ、これを吉備大臣に読ませようというのです。

    野馬台詩(やばたいのし)

と言われるものです。これは盗み読みが出来ないように「結界」をして書かせたので、さすがの吉備大臣も鬼も手が出せません。そして吉備大臣が呼ばれ、さあ読め、ということになります。
吉備大臣はまったく意味がわからず、困惑し、住吉明神と長谷観音に祈ると、蜘蛛が一匹降りてきて、その詩の上を歩き始めます。その蜘蛛の歩く順番に読んでいくと、意味が通じたのです。
実はこの場面が前回書きました黒田日出男氏の想定する錯簡の部分なのです。
男達に囲まれて、なにやら書いている人物がいるのですが、これが宝志という僧だろうと黒田氏は想定しています。
さて、唐人たちは怒り、ついに楼を今後一切開けないと決めまあす。吉備大臣は鬼に「百年を経た双六の筒、賽、盤があれば持ってきて欲しい」と頼み、鬼が持ってくると、吉備大臣は賽を盤の上に置き、筒で覆うと日と月が姿を消します。真っ暗闇で人々は大騒ぎ。唐人が占うとどうも

    吉備大臣の仕業

らしい。そこで使いを派遣して事情を問いますが、吉備大臣は「私は知らないが、日本の仏神が私に感応してくれたのかもしれない。私を無事に帰してくれたら日も月もが現れるかもしれない」と言います。唐人が承知すると、吉備大臣は筒を取り、日と月が現れました。
黒田氏は、ここにも錯簡想定されると言います。すでにご紹介した、皇帝の前で人々が相談している部分は、日もつきも消えたためにどうすればよいのかを議論しているのだろうと言われます。またもうひとつ、囲碁について鬼が教えに来た場面のあとに老人が宮殿に入っていく姿が描かれているのですが、これは日月の隠れたことを占う老人を描いたのではないかとされます。100%そうだと言い切れるかどうかは別として、とても面白く、またかなり説得力もある説だと思います。

後日、まとめを書きます。

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