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玉男師匠文楽協会葬 

昨日(10月30日)午前11時より、大阪府吹田市千里会館で、9月24日に長逝された

    吉田玉男 師匠

の文楽協会葬がおこなわれました。
まさに

    玉男晴れ

の大阪でした。

私は仕事の都合で行けないはずだったのですが、このブログに来て下さる皆様の多くはご列席できないと思われますので、代わりに参列してまいりました。
というより、どうにも気持ちがおさまらなかったからなのですが……。

会場には徳兵衛、忠兵衛、良弁、景清、熊谷、知盛、由良助、菅丞相などを遣われる玉男師匠の写真が飾られ、途中、ビデオで徳兵衛、熊谷、樋口、知盛、由良助、菅丞相、実盛などが上映されました。
文楽を代表しての弔辞は住大夫さん。大阪府知事さんも(代理でなく)ご本人がいらして弔辞を読まれました。
玉男師匠の長年のコンビであった簑助師匠と愛弟子の玉女さんが遣う「曽根崎心中・道行」のお初・徳兵衛による無言の弔辞もありました。徳兵衛は最後まで編笠を脱ぎませんでした。

かつて、徳兵衛を1,111回遣われた記念日に簑助師匠は花束と共に「いついつまでも添うてください」という恋文を玉男師匠に贈られました。
今もなおその思いを抱きつつ、あるいは逆に「もう添うてくれはりませんのんか」というお気持ちでお初を持たれたのではないかと忖度いたします。

技芸員のみなさんはほとんどお見えではなかったでしょうか。
お弟子さんたちが痛々しいですが、亡くなってから一か月以上がたちますのでその分落ち着いていらっしゃるようにお見受けしました。玉佳ちゃんが深々とお辞儀してくださったのがとても印象に残りました。

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玉男師匠はいつまでもファンの心に主役として残り続けていきます。その意味では「玉男師匠、今後ともどうぞよろしく」という気持ちです。
考えてみますと、私の持っているあらゆるビデオ、DVDなどの大半に玉男師匠が出ていらっしゃいます。
古いものでは

    津大夫・寛治(先代)で「盛綱陣屋」の盛綱

文楽劇場以後もっとも古いのは

    越路大夫・清治で「すしや」の権太

これは文楽劇場開場公演でした。

本当に長らく人形の座頭として主役を勤めてこられました。
もういちどだけ、

  玉男師匠、ありがとうございました

それにしてもこの三日間

    父の命日 28日

    近松の墓前祭 29日

    玉男師匠の協会葬 30日

と、私にとって3人の父を思う日々になりました。私の父の葬儀の日も雨の予報を覆す見事な晴天でした。父の名は晴夫といったのです。晴れ男で有名な人でしたので、その日も兄と「さすがに『晴れ夫』さんの葬儀の日だね」と話したことを思い出します。


20061030193519.jpg

↑参列者に配られた玉男師匠の写真です。
 玉男師匠のお顔と人形の顔が正真正銘の
 道真になっているではありませんか!
 吉田玉男という人と孔明首の人形と菅丞
 相という役柄がひとつになっています。

   玉男孔明菅丞相のひとつ顔   藤十郎

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コメント

そうでなくてはなりません。

>藤十郎さま
ご父君の葬儀,これより大事なご用あろうとも思えません。
必ず行っておられるものと思うとりました。
>もう添うてくれはりませんのんか
そんなことあらしません。夫婦は二世。末は一つ蓮の上でございます。
とはいえ,それは先のことでありますよう…。

藤十郎さま
お早うございます。
昨日の夕刊に、玉男師匠の協会葬の模様が載っていました。
私は不思議に思っているんですが、NHKは、どうして、追悼番組をしないのでしょうか?歌舞伎の文化功労者とかの場合は、必ず、追悼番組をやるのに;; NHKのサイトで検索しても出てきません。かなり残念です;;

追悼番組ありますよ!


11月25に(土)13:00~13:44 NHK12CH教育テレビ「芸能花舞台」です。

私もお参りさせて頂きました。
お別れしたくないのに、お別れを確認する儀式でした。
只、残念なのは、どうして文楽劇場でお別れが出来なかったのか・・・・。遅くに到着された方は狭い会場の為2階の部屋でスクリーンを見ながらの参列だったとか。
文楽劇場で出来ないのは何の理由があるのでしょうか?10人の人が10人同じ意見でした。

>おとみさん

実は、結果的に授業をひとつキャンセルしてしまいました。
1時間ほどで終わるだろうと思ったのが甘い見通し。会場で再三大学にメールするという非礼を犯してしまいました。
そうですねぇ、玉男師匠は簑助師匠に「千年も万年もご無事で長生き遊ばして未来で添うてくだされ」と雛鳥のせりふのように願っていらっしゃるかもしれませんね。

少しご無沙汰しておりました

またしても以心伝心なのか、玉男さんの事に思いを馳せると同じところに辿り着くのか…

>玉男師匠はいつまでもファンの心に主役として残り続けていきます。その意味では「玉男師匠、今後ともどうぞよろしく」という気持ちです。

玉男さんの命日の日に、同じ様な事を考えて、稚拙ではあるのですが

「お亡くなりになって「生命力」というのも矛盾した話ですが、溢れんばかりのそれを、ひと月経つ今ひしひしと感じます。」

という言葉を書いておりました。

勝手ながら「きっと藤十郎さんは行っていらっしゃる」と思っておりました。お礼を申し上げるのも妙な話かも知れませんが、こちらに来る方々の分まで行ってくださって、また、同じ様に思っている事を教えてくださって、有難うございました。

>rudolf2006さん

追悼番組、亡くなられた直後にせめて住大夫師匠や簑助師匠を招いて番組作って欲しかったですね。越路師匠もなかったし燕三師匠も。
文楽の人はこれまでやってないから、ということ? と思ってしまいます。

>あまんじゃくさん

追悼番組情報ありがとうございます。
芸能花舞台は当然ですね。
楽しみではあります。
rudolfさんのお嘆きのように、NHKは文楽をあまり重視してないのかと思ってしまいますが。
会場が確かに残念でしたね。私は10時40分頃に着いたのですが師匠の遺影の見えない位置でした。多くの技芸員の方々も私の周辺にいらっしゃいましたよ。気の毒でした。

>mayaribeさん

仕事の時間ぎりぎりになる(結果はキャンセルしましたが)ので前日の夜までは諦めていたのです。
でも、夜遅くになってブログを更新しながら「このブログに来て下さる方々で遠くにいらっしゃるみなさんはおいでになれないのだから、代表のつもりでうかがおう」と僭越なことを考えて慌てて用意したのです。
少なくともmayarbeさんの代理にはなれたようで、少し安堵いたしました。
mayaribeさんのブログも今から拝見します。

藤十郎さんが、文楽協会葬に行ってくださったことで、なんだか私も一緒におまいりできたようで、とてもありがたく思っております。

>mainaさん

もちろん、mainaさんの分も一緒にお参りしてきましたよ。

TBありがとうございます

30日の協会葬、行けなかった気持ちは、
藤十郎さんにたくしてありましたので、
こうした記事が読めて嬉しく思います。

>玉男孔明菅丞相のひとつ顔

…まさしく、ですね。
いい写真です。でも、できれば生で観たかった!

>ツチ子大夫さん

皆さんと一緒に行った、という気持ちを持ちたくて、長々とした記事を書いてしまいました。
今からビデオで「菅丞相」を見ようかと思っています。

昨日の朝刊に、ご葬儀の記事が小さく出ているのを見て、涙ぐんでしまいました。
いまだに、玉男さんがもういないということに慣れません。
認めたくないのと、会場が少し遠いこともあり、結局遠慮しました。
藤十郎さまが参列してくださってよかったです。私が言うのもヘンな話ですが、ありがとうございました。

ところで、同じY新聞の近松祭の記事
『人間国宝の吉田さん人形操り墓参』
思わずドッキリしましたよ!玉男さんかと思って...みんな吉田さんだっつーの(笑)
まったく、どんな人が記事書いてるんでしょ?

>光好さん

あまんじゃくさんがおっしゃっていたように、文楽劇場でお別れができれば多くのファンの方がいらっしゃれたでしょうにね。
「吉田さん」という言い方、ときどきありますね。社会面の記事で目立ちます。
あれは社会部の人が書くんでしょうか?
歌舞伎でも「片岡さんと中村さんと坂田さんが…」では近所の寄り合いと間違えますよね。

心に残る人

藤十郎様、まいど!
千里会館には別の思い出もあり、心が痛みます。
住大夫も「悲しい」と、素浄瑠璃の会で語っていました。
時が経てば経つほど、思い出してしまいまうんです…。

>かしまし娘さん

住大夫さんは自分より年長の人がいてくれる、というのが大きな支えだったのではないでしょうか?
私もついさっき大学で玉男師匠の「すしや」の権太を見ていて、なんだか悲しくなってきました。

かしまし娘さんの「別の思い出」は何だったのでしょうね(もちろん穿鑿はしませんが)。

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【News】吉田玉男さん文楽協会葬

吉田玉男さんの文楽協会葬が30日、大阪府吹田市の公益社千里会館で営まれました。以下、関連記事のリンクになります。

  • [2006/11/01 10:03]
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  • 大入り!文楽手帖 |
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