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世話物の道行 

世話物の道行は心中道行が多いですね。
  天神森(曽根崎)
  名残の橋尽し(天網島)
  思ひの短夜(宵庚申)
  霜夜の千日(艶姿)
  朧の桂川(桂川)
など。
死に場所を求めての「旅」なのですね。
「橋を渡る」という我々からするとなんでもないようなことが、当時の人にとっては此岸から彼岸に渡ることですらあったように思います。
『曽根崎』「天神森」の梅田橋は本当に重い意味を持つ橋だったと思います。堂島新地という、華やかな極めて現実的な街を抜けて、闇の深い北の曽根崎村へ入っていく。そこには寺も多く、彼岸をイメージするにはじゅうぶんな地だったのでしょう。

『網島』「橋尽し」もその意味で彼岸への旅路を橋の名に託して語り続けるのだと思います。

『桂川』の道行もまた轟々と流れる水の音に吸い込まれるような錯覚をしてしまいます。源氏物語における宇治川のようにも思えます。

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『冥途の飛脚』「相合籠」はちょっと中途半端な印象を持ちます。
近松の原作では雨の中を二人が逃げて、心中ではなくむしろ生への執着すら感じさせる内容です。しかも最後は捕えられてしまいます。
現在の「相合かご」は逮捕される場面は描かずに逃げてゆくだけ。
改作の「新口村」が雪の中の親子の別れを描いてあまりにも有名になったため逮捕させられなくなっちゃったんでしょうか?

『夏祭浪花鑑』「妹背の走書」は心中道行といってもかなりストーリーが入って、磯之丞・お中のかわりに番頭が殺されてしまうというどっちが悪いんだかわからないような話。あまり上演されませんね。私も一回しか見ていません。

『近頃河原の達引』「涙の編笠」もあまり上演されません。

直前の愁嘆場が独立性が強くなったため、道行が「付け足し」の印象を与えるのでしょうか。

皆様、

    お好きな世話物の道行

は何でしょう?

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コメント

天神森

道行どれか一つ選びなさい、と言われれば、私はやはり曽根崎心中・天神森の段。怖いくらい美しいです。

文楽なんて…と、食わず嫌いの人には、曽根崎心中を見てから言って、と私は言いたい。

この世の名残、夜も名残。死にに往く身をたとふればあだしが原の道…。

ぞくぞくします。

>やたけたの熊さん

やっぱりこれですか…。
とにかく名文ですよね。
野澤松之輔師匠は『曽根崎』作曲に当たってかなり脚色されていますが、この道行の冒頭だけはさわれなかったようですね。
暗誦しちゃいますよね。

はじめまして

いつも拝見させて頂き、国立劇場へ文楽へ行くときのガイド代わりに読んでいます。とてもとても為になります。道行について、高校1年の時、テストで「道行とは何か、述べよ」という問題が出て、心中道行しか知らず(というのも、文楽で見た道行しか知らず、今思えば曽根崎心中だったような)、そう答えたら、半分○だった記憶があります。この記事を読んでいたら、正解取れたのにね、と思いました。

>まさぞうさん

こんにちは。
ガイドなんてとんでもないです。
ヘッポコガイドでかえって本質を見落としてしまう恐れがありますので、ご注意を!
それにしても高校1年で「道行とは何か」なんていう問題が出る高校って、どんなところですか?
私の高校なら、生徒は全員「道行って、道路交通法のことか? でも、交と行じゃ字が違うよな」とか何とか言ってたと思いますが。
これからもどうぞよろしく!

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