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文楽実験劇場(2) 

で、話は私が最初に覚えた「三つ違ひの兄さんと、言うて暮らしてゐるうちに」でおなじみの

    「壺坂観音霊験記」

に行くのです。
「壺坂」といえばお里・沢市。浪花亭綾太郎の

    妻は夫をいたわりつ

    夫は妻に慕いつつ~


でもおなじみで、子供のころ私は浄瑠璃と浪曲の区別も付かずに同じように覚えていました。
さて、あの沢市の首は「源太」ですね。
若い二枚目。それが疱瘡になって、目も不自由。
二枚目だけにいっそう哀れだ、という感じです。
妻のお里が夫の目が明きますようにと一生懸命観音様に祈願してくれているのに、自暴自棄になって別の男のところに通っているのではないかと疑ったりします。
お里は老女形。
老女形・源太というのは、おさん・治兵衛と同じ組み合わせです。

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沢市は人間的にあまり複雑でなく、むしろ朴訥なイメージを私は持っています。
目が明いたあと、お里と顔を見合わせて「はじめまして」とあいさつをするところなど、飄々としてユーモラスですらあります。

鬱屈した人生を送りながらおのずからにじみ出る人間性。しっかりものの妻がいて、いつも世話になりながら仲良く暮らしている。
どこかで見たなぁ、こういう人。

    又平!

あの人です。

    『傾城反魂香』

の又平。
で、思ったのですが、沢市の首を「又平」にしてみたらどうだろう、と。
案外味のある沢市になるんじゃないか、そして、当然太夫の語り方も変わってきますから、作品全体が少し色を変えるかもしれない、と思うのです。
かつて、ある人形遣いさんにこんなことを言ったら一笑に付されてしまいました。まあ、そうですよね。これまでぞっとそれでやってきたわけですから。
でもいまなお、一度でいいから

    「又平の沢市」

を見たいという気持ちもあるのです。

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コメント

続き?

沢一像へのコメント待ちでせうか。

妙に短い記事です続きが気になります。壺坂観音霊現記では――とか。

失礼しました

実は昨夜更新しようと思いながら、途中まで下書きをしたまま寝てしまいました。
ところが、午前0時に自動更新されるようにセットしておいたものですから、途中まで書いたものが朝の10時ごろまで出てしまいました。
上のように書き加えましたので、改めてお読みいただければ幸いです。

壺坂寺

ありがとうございました!
「首」の話はピンときませんが、どこで聞いたか「妻は夫をいたわりつ~」は耳に馴染んでいます。
壺坂寺にも子どもの頃、お参りしました。

壷坂

幕開きで村人たちが「沢市は目が見えないから、お里の美貌を見たことない。でも味は知ってる」てなことを、言い合いますね。われわれ同様、スケベなオッサンたちです。

>野崎小唄さん

野崎にせよ壺阪にせよ、観音様は庶民の味方。
現世でのご利益をくださるのでありがたいですね。
私もいろいろほしいので(笑)、久しぶりに壺阪に行って来ようかな・・・。

>やたけたの熊さん

村人の噂話で彼らの境遇をずばり言ってしまいますね。
ところで、「われわれ同様」の「われわれ」には私は入っていませんよね?

又平

又平とは妙案ですね、賛成ですっ!(^-^この場合2枚目と違って素朴・無口で黙々と仕事(按摩)をするイメージですね。こちらも見てみたいです~。

>唐織さん

そうですか!?
もちろん、全体を見ればそうは行かない部分が出てきて、やっぱり源太がベストというところに落ち着くのかもしれませんが、こういうことをいろいろ考えるのはなかなか面白いと思うのです。
又平ではこういうところが具合悪い、というものを発見したら、それが「壺坂」という作品解釈に寄与する面もあるかと思ったりします。

作品解釈なんてもんでもないのですが…

やっぱり元々が男前やからこそ、最後に目が開いて顔のブツブツもなくなっった方が劇的で、美男美女でのフィナーレも絵になるような気がします。

折角病全快してもその顔が又平では…(想像中)

ううぅん。私のようなミィハァ婦女子としてはイマイチ盛り上がれないかも…。

ほんま作品解釈みたいな高尚な話題でなくてスミマセン!!

>睡蓮さん

いやいや、どう考えてもそちらが正論だと思います。実際そうやって上演されているわけですから。
失言覚悟でいろいろ言ってみようと思っているので、ご容赦を。
睡蓮さんは「壺坂」は詳しいんですよね。

いえいえそんな…汗汗

失言覚悟とかご容赦やなんてそんなそんなァ~汗汗
私こそミィハァな戯言でごさりまする!

首といえば、昔は娘役の首で「笹屋」というのがあったそうですね。
今は首自体がなくなってしまったのでしょうか。
きれいな娘=「娘」しかない現代ってなんか寂しいような気がするのですが…とまた暴言を…汗汗汗

>睡蓮さん

このブログでは、できるだけ言いたい放題言おうと思っているのです。
これからも何を言い出すか分かりません(笑)ので、よろしくお付き合い下さい。
「笹屋」は細工師の笹屋の作ったものの雰囲気を伝える首だそうですね。
小ぶりで細面。今も禿に使われているのがこれだとか。
「娘」をややふっくらさせたものを「新造」と呼ぶこともあるようですが、これもあまり「娘」と区別はされていませんね。

使われているのですね!

そうですか!禿でちゃーんとご出演されているのですね。
国立劇場のアーカイブに「笹屋」がなかったのでもうないのかと思っていました。
でも、首の特徴や名称が違えば性根も違うはずですよね。
なんだかいっしょくたにされてしまうのはやっぱり可哀想な気がします。

>睡蓮さん

「新造」(「しんぞ」と発音するのでしょうね)は梅川などがそれに当たるようですが、私などぱっと見ただけでは「娘」と区別できません。
文楽のプログラムにもずいぶん昔は「新造」と書いてあったような気がするのですが(違うかもしれません)、今はすべて「娘」みたいですね。

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